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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
第3章 叡智の眺め、MMO『黄泉オンライン』
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 第3話 『黄泉オンライン』 その1・下準備編

「てるやん、しばらく休学かー。俺の学校生活もわびしくなりますな」

「そういえばやっくん、学校は?」


 輝夜てるやすは階段を上がりながら壁掛けのカレンダーに視線を向ける。

 11月15日。今日は平日だ。


「今日は電脳技術屋の引き継ぎがあって欠席してますよん! 丁度休憩中なのでした。まぁ、学校は明日から登校っすね」

「引き継ぎって、あい領地の電脳技術屋のバイト辞めるのか?」

「うむ。ほら、殿とのの件がショックでくず領地から亡命した電徳でんとく遙一よういち君がね、あい領地で安定した生活基盤が直ぐ持てるようにお仕事を譲ることにしたのデス。彼は元・くず領地の電脳技術屋ですし勝手は分かっておりますからネ」

「ああ……」


 電拳でんつかつるぎの通夜で、自分のせいだと号泣していた見知らぬ電脳族でんのうぞくの姿を輝夜てるやすは思い出していた。

 しばし沈鬱ちんうつな間が流れる。

 電谷でんやが少し躊躇ためらいがちに口を開いた。


「……それに俺もね、フリーな状態になっておかないとマズイ感じなのです。電脳族でんのうぞく族長の座が空いちゃったデショ。電脳内での電脳族でんのうぞく諸君の空気がね、どうにも俺にお鉢を回そうぜ的な。っていうかもう族長代理みたいな扱いでして。

 俺も殿とのみたいに、全ての万物の事象を知ってそうな電須でんす佐由さよし様を探し回って連絡取らなきゃ本当ヤバい!」

「やっくんが電脳族でんのうぞく族長……」

「代理ねっ! あくまで代理! わぁっ、俺なんか言っていること、殿とのそっくりっすね!?」


 電谷でんやの騒ぎっぷりに輝夜てるやすは首を傾げた。


「やっくんは族長になりたくないのか」

「てるやん。なりたいなりたくないの世界じゃないんっすよ。俺、電脳の実力は充分だって自負はあるんですけど、族長の資格を持ってないのデス。先々代の電照でんしょう族長のブラックボックス問題っすね。アァー……知りたくなかった、こんなハードモード……!!」

「えっ。電脳族でんのうぞく族長って、なるのに特殊な条件あるんだ?」

「俺も知らなかったのよ。蓋を開けてみてビックリ。しかも殿とのもその資格を持って無いまま電脳族でんのうぞく族長をやってたクサイ。今明かされる衝撃の事実!!」

「えぇ!?」

「なのに俺ってば、殿とのが族長代理だって毎回公言してたのを自信無いだけだって思ってたとか。本当の意味で殿とののこと、全然分かってなかったっぽいのデス」


 電谷でんやは苦く笑って大袈裟に肩を竦めた。


「ま、そういう訳でして、てるやんは頑張って電須でんす佐由さよし様に連絡取れるようになって下され。俺、超期待しているので協力は惜しみませぬ」

「うわ、責任重大だな」


 2階の輝夜てるやすの自室へ行く。よくよく考えると、輝夜てるやすは友人を自室に招くのは初めてだった。部屋を見渡す電谷でんやに若干緊張する。


「うおっ!? てるやんのPC(パソコン)、ノリト重工のかまどシリーズ先輩じゃないっすか!!」

「へ?」


 電谷でんやは目を輝かせてPCに近付く。

 輝夜てるやすの中では電谷でんやが選んだものという認識だったので不思議な心地がした。


(本当に夢じゃなくて、あのショッピングモールのやっくんは機國きぐにさんだったんだ)


「……やっくん。俺、この間のことで色々と物申したいんだけど」

「ノンノン、てるやん。アレはお仕事で口止めされていたのですぞ。文句は『マスター』までどうぞっ」

機國きぐにさんには言えないよ!」

「おや? このPC、てるやんが増設したの? PCはよく分からないって言ってなかったっけ。初心者なのに凄いのデス」

「ゾウセツ? 説明書通りに電源の線は差したけど、それのこと?」

「ぬ!? ちょい待ち。コレ他に誰か触った? 店員にやってもらったとかっすか。えっと、てるやんに分かりやすく言うと性能引き上げるオマケが取り付けられてるんだけども」


 輝夜てるやすにPC本体以外の余分な物を購入した記憶はない。ただ思い当たることはあった。


「そういえば、やっくんが一旦(あい)領地本部ビルに送ってチェックするって言ってて、それが終わってうちに届けられたものだ、これ」

「ウォォォ! それは俺じゃなくて『マスター』ね!? じゃあこれ『マスター』の仕業かぁ。ほほう。ハイエンドPCに化けておりますな」

「はいえんど?」

「てるやんがかなり快適に遊びやすいように手を入れてくれてるよん」

機國きぐにさんが……」


 じーんと胸の中が温かくなる。輝夜てるやすのことを気に掛けてくれていることが気恥ずかしくも嬉しかった。何か今のうちに敦美あつみに返せることはないのだろうかと輝夜てるやすは考える。

 電谷でんやはPCを電源を入れて立ち上げた画面を指差した。


「ほら、てるやん。このパスワード設定の隅っこに小さな◇マークがあるっしょ。電脳族でんのうぞくはここをクリック! すると自分の電脳回線接続の画面が出るのだよ」

「へぇ」

「ではいざいざ! あっ、俺作成のセキュリティも一緒に入れときましょーか?」

「あっ、うん」

「ほい。じゃ、これでオッケー」


 電谷でんやは設定を終え、PCの前から横に移動して輝夜てるやすに場所を譲る。

 輝夜てるやすは以前佐由(さよし)にもらったゲストアカウントとパスワードが記された紙を取り出した。


「わくわく。いやぁ、電須でんす佐由さよし様のゲームなんて都市伝説、いや噂すら聞いたことないっすよ! やっぱ電脳ネットは広大ネ。一体どこに隠して置いてるんだろーか!」

「置いてる……? あっ、確かにこのゲームどこでダウンロード出来るんだろう? これにはアカウントとパスワードしか書いてない」

「なぬ!? どれどれ」


 輝夜てるやすの持つ紙を電谷でんやが覗き込む。彼は眉間に皺を寄せて小難しい表情を作った。


「URLは記載されてないっすね。タイトルはありますな。ヨ、……ヨミ? 『黄泉オンライン』ってまさか検索して出たりはせんよね」


 電谷でんやは訝りながらも素早く電脳で『黄泉オンライン』を検索する。すると1件の検索結果が表示された。


「はいぃ!? ちょっ、堂々と電脳内に存在してる!?」

「『黄泉オンライン』……読みは〝ヨモツオンライン〟なんだ」


 電谷でんやは更に検索を掛けた。

 〝ヨモツオンライン〟〝よもつおんらいん〟だと先ほどと同じURLの一件が表示され、〝ヨミオンライン〟と〝黄泉〟、そして〝オンライン〟の単体の語句では表示されず、代わりに他のその語句を使った表記のものが膨大に検索で引っ掛かる。

 続いて電谷でんやは空中にあい領地共用の電脳画面を出す。同様に検索すれば、全く同じ検索結果だった。


「嘘ぉん!? ずっと誰もが使ってる電脳内に堂々と存在してたんっすか!? 俺も含めて他の電脳族でんのうぞくが一切気付いてないとか震えるわぁ……ガクブルゥッ!」

「じゃあ、このページ見てみる」


 輝夜てるやすは検索結果で出た一件をクリックした。真っ白なページに『黄泉よもつオンライン』のタイトルとアカウントとパスワードだけを打ち込む形のページが現れる。その素っ気なさに輝夜てるやす躊躇ためらう。


「本当に、もらった紙の内容を打ち込んで大丈夫なのかな……?」

「パス抜きページっぽくて怖いっすね。でも大丈夫っすよ、てるやん! キミの隣にいるのは電脳族でんのうぞく族長代理が回ってくる人デス!」


 電谷でんやがニカッと白い歯を出して笑う。

 電谷でんやに背を押された輝夜てるやすは安心して頷き、ゲストアカウントとパスワードを打ち込んだ。

 ゲームダウンロード画面が表示され、ダウンロードボタンをクリックしダウンロードする。デスクトップに表示するかの文言が出たのでそれにチェックを入れれば、PC内に『黄泉よもつオンライン』のアイコンが表示された。アイコンを押せばゲームが起動する。

 一筆書きの星のような図を背景に『黄泉よもつオンライン』のゲームタイトルロゴが出て、輝夜てるやす電谷でんやは「おおっ」と歓声を上げた。


「タイトル的に幽霊要素があるんでしょーか。ありゃ? タイトルバックの星、よく見ると七芒星っすね。なにゆえー?」

「それって変なのか?」

「幽霊をお祓いする内容だとしたら、メジャーな五芒星か六芒星を出さなきゃ変っすね。

 七芒星はそれで星を書く意味はあまりないって星の書き方なやつで、ゲーム知識っすがお祓い効果は無かったような。ほら、このタイトルバックの星表記も星の形のバランスがちょい崩れてるデショ? 七芒星は綺麗に書けない数字の星書きなんっすよね。だから不可能を可能にするって意味を現わしたものだったような?

 あと光って意味も含まれてるんだっけか。古代光族(ひかりぞく)が家紋の一部に使っておりましたな」

「へぇ、光族ひかりぞくの家紋……。やっくん詳しいね」

「古代の皇族家関連の歴史はちょっとね!」


 電谷でんやが自信ありげにどや顔をする。

 輝夜てるやすは「俺、全然分かんないや」と尊敬の眼差しを向けた。


 『黄泉よもつオンライン』のタイトルメニューには、ログイン入力のスタートとは別に新規アカウント作成という項目がある。そこに佐由さよしにもらったゲストアカウントとパスワードで入力してもログインは出来なかった。これはゲームダウンロード用なのだろう。

 新規アカウント作成で、輝夜てるやすはIDとパスワードを新たに作った。それでログインすると新規キャラクター作成画面が表示され、輝夜てるやすは胸を躍らせる。


「わっ、これ自分で好きなようにキャラクターを作れるんだ!? 種族も好きに選べるよ! どうしよう、どんな人間にしようか?」

「ちょっ!? 何この3Dモデリングのクオリティーは!? 実写!? つーか、もの凄くガチのオンラインゲームなのでは!?」


 顔を綻ばせて喜ぶ輝夜てるやすと違って、電谷でんやはキャラクター作成画面に度肝を抜かれて焦る。一瞬神妙な顔で考え込み、おもむろに空中に2つの電脳画面を表示した。


 1つはあい領地共有の電脳回線を使ったもの、もう1つは電谷でんや自前の電脳回線のものだ。

 電谷でんやは2つともで『黄泉よもつオンライン』ページを表示し、輝夜てるやすが使ったゲストアカウントとパスワードを入力した。あい領地共有の電脳回線のものは弾かれたが、電谷でんや自前の方はダウンロードが始まり「おぉ……っ」と感嘆の声を零す。そのまま新規アカウント作成も出来て、更に「おぉお!?」と驚愕の声を上げた。


「てるやん、俺も遊べるッ! っていうかこのアカとパスと、ついでに専用の電脳回線持っている人間なら誰でも遊べるっぽい!? ひゃっほうー!!」

「それって、もし俺があい領地の共有の電脳回線を申し込んでいたら」

「詰んでたっすね」

「あ、危ないところだった……」

「だね。いやあ、偶然(あい)領地の共有の電脳回線が乗っ取――」


 喋りながら電谷でんやは上目遣いでどこか上を見る仕草して「偶然?」と首を傾げる。


「……もし自由電脳使用主義の殿とのが乗っ取ってたら、共有の電脳回線のパスワード設定をとっくの昔に消して常時誰でも使える状態にしてたよな。そしたらてるやんも共有の電脳回線使ってて詰み……。あれ? まさか乗っ取り犯ってマジで妹様?」

「やっくん……?」

「失礼、てるやん。何でもないっす! 他の人も遊べる可能性が出て来ましたし、てるやんは誰か他に誘いたい人いないんっすか?」

「うーん。涼柁りょうたさんも兄貴も既に遊んでるからなぁ」


(兄貴とは一緒に遊びたかったけど、今の兄貴の状態じゃ無理っぽい)


 輝夜てるやすは内心しょんぼりとしょげる。そこでふと、敦美あつみの弟の機國きぐに仁芸にぎの顔が浮かんだ。


「そうだ、仁芸にぎ君を誘ってみるよ! 前にメールした時にゲーム好きだって言っていたし」

「うおっ、博士!? てるやんってば博士のメアドゲットしてんの!? 凄!」

「ま、まあね」


 輝夜てるやすは詳しく話すことは避け、言葉を濁した。電谷でんやがどの程度地下運河でのことを知っている立場なのかが分からなかったからだ。

 地下運河で偶然知り合った仁芸にぎは、救出後あの場にいなかったということで密かに処理されているらしい。


 携帯端末から学校にいるであろう仁芸にぎへ『俺の知人が作った『黄泉よもつオンライン』というゲームを良かったら一緒に遊ばない?』とメールを送っておく。そのうち返信が来るだろう。


 輝夜てるやす電谷でんやは再びキャラクター作成画面に向き直って操作し始めた。

 電谷でんやが口元に手をやり、大袈裟に感動する。


「で、電脳族でんのうぞくが! 電脳族でんのうぞくが種族選択肢にある! コレは約束されし神ゲーでは!?」

「本当だ。現代を舞台にしているのかな? 皇族御三家の種族も選べるよ。

 ……やっくんの感動に水を差して悪いけど、兄貴が駄作だって言ってたんだ。あまり期待しない方がいいと思う」

「ふむ。あ、てるやんは月族つきぞくにする?」

「俺、どうせだったら水族みずぞくになってみたい。それよりキャラクター作成って難しいな。どんな顔にすれば良いんだろう」

「キャラ作成は奥が深いっすよ。どのゲームでもキャラ作成には何日も掛けるって人が結構いますし。現実と性別を変えても良かよ?」

「絶対に嫌だ」

「そっすか? 女キャラでやっている男、ガチで多いけども。女キャラの服装の方が豊富だったりするのよねん」

「やっくんはいつも女キャラで遊んでんの?」

「うんにゃ」

何故なぜ薦めたのか」

「でへっ」


 男にされて微妙なおとぼけ顔を見せられ、輝夜てるやすは半眼で冷たく電谷でんやを睨む。

 電谷でんやが「くっ! てるやんには効かないか……!」と何故か効く前提で握り拳を作り、悔しそうにうめく芝居をしていた。その誤魔化す仕草が許されるのは敦美あつみのような可愛い女の子だけである。




 それから半時間、キャラクターの顔をいじっていたがどうにもピンとこなかった。特に作りたいビジョンも無い輝夜てるやすはいまいち決められず、次第に疲れてヘトヘトになってくる。


「はぁ……、結構疲れるね。段々どれでも良いような気がしてきた……」

「一旦休憩にする?」

「これ適当に決めてくれたりしないのかな。最初に表示されていたデフォルトのキャラでいいかも……。ログインし直さないとあのキャラに戻せないんだろうか。俺が適当に触ったせいで、このキャラの顔とか変になっちゃってるし」

「適当でいいのん? なら、右端に小さく表示されている〝ランダム〟って文字をクリックしてみなされ。ランダムで作成された容姿のキャラを表示してくれるはずっすよ」

「そんな便利な機能があるんだ。やってみる」


 輝夜てるやすはいそいそと〝ランダム〟をクリックした。

 すると現実の輝夜てるやすそっくりのキャラクターが作成画面に出現する。


「……」

「……」


 2人の間を奇妙な沈黙が支配した。

 電谷でんやが無言で自分の画面の〝ランダム〟を押す。

 現実の電谷でんやそっくりのキャラクターが作成画面に現れた。


「……」

「……」


 2人は無言で頭を抱えた。



 不意に、輝夜てるやすの携帯端末からハーモニカの音が鳴る。

 電話だ。相手は仁芸にぎと表示されていた。輝夜てるやすは急いで電話に出る。


「もっ、もしもし。ごめん、さっきは授業中にメールして」


『――ううん。執務室にいるから大丈夫』


 電話の可憐な声に輝夜てるやすは目を見開いて固まった。


 頭の中が真っ白になる。


『――教えてくれたゲーム……響華きょうかも誘っていいかな、水城みずしろ君』



 電話の相手――機國きぐに敦美あつみは遠慮がちにそんな提案をした。



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