第1話 大地族と水族の密会 〈地原養造視点〉
藍領地のとあるホテルのロビー。
杖で身体を支える老人は、眼前で跪く中年の女性に報告が記された紙を渡された。
「やはり、どれほど探しても月族本家らしき建物が見つからぬのか……」
大地族族長の地原養造は、手元の報告書を見て渋い表情になる。いくら藍領地内を探しても、月族の住居が見つからないのだ。
報告者の「あとは地下ぐらいでは……」という言葉に、地原は首を横に振る。
「古代より、全領地に我らの地下通路が張り巡らされているのだ。地下に居住を作ったのならば我らが既に知っていよう。だがこの800年、地下で他種族が動くような異変は感知しておらぬではないか。ありえぬ」
「ならば、電牙葦成は……一体どこから現れたのでしょう。地原族長、差し出口になりますが、他に我らの知らぬ抜け道があるのでは」
地原は、痛いところを突かれたとばかりに顔を顰める。
〝電牙葦成〟は、地原の曾孫でありながら身内の汚点と言える存在であまり触れたくはない。地原は歯切れ悪く言葉を濁した。
「……あの者は我らと種族が違うのだ、特殊な方策を持ち得ておるのだろう。それよりも、まだ捜索をしていない土地があるではないか。そちらに月族本家があるかもしれぬ」
「その大地族を排除した区域ですが、水族が四六時中見張っております。地下通路から近付けても、地下から表に出て探すことは困難な状態です」
「それでも引き続き調査は続けよ」
「はっ」
報告者は一礼してこの場を辞した。地原はゆっくりとホテルのロビーに併設されたカフェテラスへと足を運ぶ。
そこには地原達大地族が主と敬う存在が、まるで一般客のような振る舞いで席に座っていた。
地原は眩しげに目を細めると、これから迎える相手との会話が彼女に最も聞き取りやすいテーブル席を選んで腰を下ろす。来訪者は、彼女の存在を知覚出来はしない。地原は主の思惑に乗り、こっそりとほくそ笑んだ。
そう間もなく、面会相手がやって来た。
地原は微かに目を眇める。
(……若造じゃな。なんじゃ、あの歩き方は。所作に品位も足りん。これで皇族の代弁者気取りとは)
地原は内心鼻白みながら、薄藍色の髪の青年と挨拶を交わし合い、「よう来てくれたな。そちらにおかけなされ」と好々爺のような笑顔を作って対面の席に座るように促した。
「水族の方々は、我々大地族と話す気が全くないと思うておりました。藍領地在住の大地族を通して連絡をいただいた時は驚きましたわい」
「こちらは藍領地への密入領の件を咎める気はありません。本来全ての領地は皇族御三家のもの。かの宙地原族の方がいらっしゃるのに随行した大地族の方々を咎めるのもおかしなことです」
「……ほう?」
藍領地『八位』ランカー水瀬英貴の、決められた台本を読むような物言いに地原もまた芝居がかった相づちをうつ。
当初大地族を藍領地から排除するのに苦心していた水族の本音のはずがないのは明らかで、白々しいものだと地原は胸中で毒づいた。
英貴は抑揚のない声音で地原に釘を刺す。
「単刀直入に、水族の総意をお伝え致します。先だってショッピングモールのウォータ―サーバーに仕込まれた毒は、貴方がたの仕業でしょう。あのような輝夜様への過度な干渉を今後一切止めていただきたい」
「言い掛かりではないですかな。どこに我々が仕込んだとの証拠がお有りか?」
「輝夜様の命を保証していただけるならば、代わりに月族本家との渡りをつけましょう」
地原は英貴の言葉に大袈裟に驚いて見せた後、真意を探るような目を向けた。
「――そなた、水族分家ではないか。分家ごときに決定権はなかろう」
侮蔑のニュアンスを感じた英貴はピクリとまなじりを上げるが、直ぐに尊大な笑みを浮かべて受け流す。
「いいえ。現族長の水名家は、近々族長職を辞し、分家だった水瀬家が本家の家名と変わるのです。私は次期水族族長という立場ですので」
「あの水名家が……? そうか……」
(時代の流れ、か。惜しいものだ……我が地原家と対をなすほど古き家名だったというのにな)
地原は軽く肩を落とす。一抹の寂寥感があった。
「しかし、主上は納得されぬよ。水城輝夜をこの世から隠さねば――」
「具体的には、御神地皇殿下の800年前の婚約者との面会をセッティング致します。それで輝夜様から手を引いて下さい」
地原は驚愕に目を見開いた。視界の隅に、地原の主が英貴を凝視している姿が目に入る。
「待て……あの輝夜皇子殿下がご存命なのか!? しかし『かぐや』は……!」
「それが『かぐや』は、宿した御方が亡くならずとも、次代が生まれるとそちらへ移られるのです。この発見は、月族が皇族御三家から離れたことにより得た成果とも言えます」
「しかし、『かぐや』が失せた輝夜皇子殿下にお会いする意義は、こちらとしては無い」
地原は渋る態度を取りつつ、横目で主が聞き入る様子で頬杖をつき、会いたがる反応を示したのを確認した。
「勿論、月族族長、御満月夜重皇女殿下との面会の場も用意致します。不躾ながら、御神地皇殿下は今の輝夜様が『かぐや』を宿している状態が気に障っているのだと、こちらは推察しています。ですからその懸念に関しては、輝夜様に早々に次代を作っていただければ済む話なのです。命を奪うほどのことではありません」
「それは時間が掛かり過ぎる」
「確かにそうです。ですが2年の猶予をいただければ……。その猶予を過ぎても御神地皇殿下のお心に添う結果にならなければ、こちらはもうどのようになさろうと何も申しません」
「ふむ……」
地原は腕を組み、難しい表情で考え込む素振りをする。答えは決まっているが、交渉をしていると相手に思わせる間を作り出す。
(月族本家が、遂に〝水城輝夜〟殿下を迎えに来るのか。この17年、長いようで短かったな)
地原はあえて慇懃に口を開いた。
「一旦、主上に話を持ち帰らねばな。返事はここでは出来ぬ」
「承知しています。色よい返事をお待ちしています」
英貴は手応えを感じた笑みを浮かべ、地原に挨拶を述べるとカフェテラスから去って行った。
地原は英貴の姿が消えた途端ふっと真顔に変わり、冷え冷えとした目線を出入り口へと向ける。
「あれが次期水族族長とは。片腹痛いわ。水族も落ちたものよの」
「地原。随分と辛辣だな」
地原は声を掛けてきた妖艶な少女――宙地原族、御神地皇の方に身体を向け直し、恭しく頭を下げる。
「主上。今の水族族長の水名晴樹の方は、のらりくらりとした狸。こちらと交渉する気もなく、もっと厄介そうな男なのです。先ほどの若造は愚直過ぎて話にもなりませぬわ」
「水名か。相変わらずあそこは、どの時代も灰汁が強いようで結構だ」
御神地皇が懐かしい思い出話を語るように話し、肩を揺らして笑った。
地原は彼女の機嫌が良いことに満足げに頷く。
「主上、我々はあの者の話に乗ってやろうと思います。よろしいでしょうか?」
「無論。皇族御三家の月族の顔を立てるのは当然のことよ」
御神地皇は言外に、水族の顔はどうでもいいと切り捨てて微笑む。
地原は「心得ております」と笑みを零した。
御神地皇は席を立ち、足取り軽く歩き出す。カフェテラスを出る間際、一時立ち止まると影の差す場所で表情を消し、ぽつりと呟いた。
「――月族が水城輝夜を抱え込むのだ。こちらも倣うべきではないか……?」
「はい。電牙葦成の幽閉への手配を急ぎ整えましょう」
――ようやく主上が決断された。
地原には自身の地位を脅かす曾孫への愛情は無い。目の上のたんこぶとも言えた目障りな葦成を処断する許可が下り、地原は安寧の訪れの予感に肩の荷が下りた心地がした。




