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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
第3章 叡智の眺め、MMO『黄泉オンライン』
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 第1話 大地族と水族の密会 〈地原養造視点〉

 あい領地のとあるホテルのロビー。

 杖で身体を支える老人は、眼前で跪く中年の女性に報告が記された紙を渡された。


「やはり、どれほど探しても月族つきぞく本家らしき建物が見つからぬのか……」


 大地族だいちぞく族長の地原ちはら養造ようぞうは、手元の報告書を見て渋い表情になる。いくらあい領地内を探しても、月族つきぞくの住居が見つからないのだ。

 報告者の「あとは地下ぐらいでは……」という言葉に、地原ちはらは首を横に振る。


「古代より、全領地に我らの地下通路が張り巡らされているのだ。地下に居住を作ったのならば我らが既に知っていよう。だがこの800年、地下で他種族が動くような異変は感知しておらぬではないか。ありえぬ」

「ならば、電牙でんかび葦成あししげは……一体どこから現れたのでしょう。地原ちはら族長、差し出口になりますが、他に我らの知らぬ抜け道があるのでは」


 地原ちはらは、痛いところを突かれたとばかりに顔をしかめる。

 〝電牙でんかび葦成あししげ〟は、地原ちはら曾孫ひまごでありながら身内の汚点と言える存在であまり触れたくはない。地原ちはらは歯切れ悪く言葉を濁した。


「……あの者は我らと種族が違うのだ、特殊な方策を持ち得ておるのだろう。それよりも、まだ捜索をしていない土地があるではないか。そちらに月族つきぞく本家があるかもしれぬ」

「その大地族だいちぞくを排除した区域ですが、水族みずぞくが四六時中見張っております。地下通路から近付けても、地下から表に出て探すことは困難な状態です」

「それでも引き続き調査は続けよ」

「はっ」


 報告者は一礼してこの場を辞した。地原ちはらはゆっくりとホテルのロビーに併設されたカフェテラスへと足を運ぶ。

 そこには地原ちはら大地族(だいちぞく)あるじと敬う存在が、まるで一般客のような振る舞いで席に座っていた。

 地原ちはらは眩しげに目を細めると、これから迎える相手との会話が彼女に最も聞き取りやすいテーブル席を選んで腰を下ろす。来訪者は、彼女の存在を知覚出来はしない。地原ちはらあるじの思惑に乗り、こっそりとほくそ笑んだ。


 そう間もなく、面会相手がやって来た。

 地原ちはらは微かに目を眇める。


(……若造じゃな。なんじゃ、あの歩き方は。所作に品位も足りん。これで皇族の代弁者気取りとは)


 地原ちはらは内心鼻白みながら、薄藍色の髪の青年と挨拶を交わし合い、「よう来てくれたな。そちらにおかけなされ」と好々爺のような笑顔を作って対面の席に座るように促した。


水族みずぞくの方々は、我々大地族だいちぞくと話す気が全くないと思うておりました。あい領地在住の大地族だいちぞくを通して連絡をいただいた時は驚きましたわい」

「こちらはあい領地への密入領みつにゅうりょうの件を咎める気はありません。本来全ての領地は皇族御三家のもの。かの宙地原族そらちのはらぞくの方がいらっしゃるのに随行した大地族だいちぞくの方々を咎めるのもおかしなことです」

「……ほう?」


 あい領地『八位』ランカー水瀬みずせ英貴ひできの、決められた台本を読むような物言いに地原ちはらもまた芝居がかった相づちをうつ。

 当初大地族(だいちぞく)あい領地から排除するのに苦心していた水族みずぞくの本音のはずがないのは明らかで、白々しいものだと地原ちはらは胸中で毒づいた。

 英貴ひできは抑揚のない声音で地原ちはらに釘を刺す。


「単刀直入に、水族みずぞくの総意をお伝え致します。先だってショッピングモールのウォータ―サーバーに仕込まれた毒は、貴方がたの仕業でしょう。あのような輝夜かぐや様への過度な干渉を今後一切止めていただきたい」

「言い掛かりではないですかな。どこに我々が仕込んだとの証拠がお有りか?」

輝夜かぐや様の命を保証していただけるならば、代わりに月族つきぞく本家との渡りをつけましょう」


 地原ちはら英貴ひできの言葉に大袈裟に驚いて見せた後、真意を探るような目を向けた。


「――そなた、水族みずぞく分家ではないか。分家ごときに決定権はなかろう」


 侮蔑のニュアンスを感じた英貴ひできはピクリとまなじりを上げるが、直ぐに尊大な笑みを浮かべて受け流す。


「いいえ。現族長の水名みずな家は、近々族長職を辞し、分家だった水瀬みずせ家が本家の家名と変わるのです。私は次期水族(みずぞく)族長という立場ですので」

「あの水名みずな家が……? そうか……」


(時代の流れ、か。惜しいものだ……我が地原ちはら家と対をなすほど古き家名だったというのにな)


 地原ちはらは軽く肩を落とす。一抹の寂寥せきりょう感があった。


「しかし、主上は納得されぬよ。水城みずしろ輝夜てるやすをこの世から隠さねば――」

「具体的には、御神地みかむちすめらぎ殿下の800年前の婚約者との面会をセッティング致します。それで輝夜かぐや様から手を引いて下さい」


 地原ちはらは驚愕に目を見開いた。視界の隅に、地原ちはらあるじ英貴ひできを凝視している姿が目に入る。


「待て……あの輝夜かぐや皇子殿下がご存命なのか!? しかし『かぐや』は……!」

「それが『かぐや』は、宿した御方が亡くならずとも、次代が生まれるとそちらへ移られるのです。この発見は、月族つきぞくが皇族御三家から離れたことにより得た成果とも言えます」

「しかし、『かぐや』が失せた輝夜かぐや皇子殿下にお会いする意義は、こちらとしては無い」


 地原ちはらは渋る態度を取りつつ、横目で主が聞き入る様子で頬杖をつき、会いたがる反応を示したのを確認した。


「勿論、月族つきぞく族長、御満月みみつく夜重やえ皇女殿下との面会の場も用意致します。不躾ながら、御神地みかむちすめらぎ殿下は今の輝夜かぐや様が『かぐや』を宿している状態が気に障っているのだと、こちらは推察しています。ですからその懸念に関しては、輝夜かぐや様に早々に次代を作っていただければ済む話なのです。命を奪うほどのことではありません」

「それは時間が掛かり過ぎる」

「確かにそうです。ですが2年の猶予をいただければ……。その猶予を過ぎても御神地みかむちすめらぎ殿下のお心に添う結果にならなければ、こちらはもうどのようになさろうと何も申しません」

「ふむ……」


 地原ちはらは腕を組み、難しい表情で考え込む素振りをする。答えは決まっているが、交渉をしていると相手に思わせる間を作り出す。


月族つきぞく本家が、遂に〝水城みずしろ輝夜てるやす〟殿下を迎えに来るのか。この17年、長いようで短かったな)


 地原ちはらはあえて慇懃に口を開いた。


「一旦、主上に話を持ち帰らねばな。返事はここでは出来ぬ」

「承知しています。色よい返事をお待ちしています」


 英貴ひできは手応えを感じた笑みを浮かべ、地原ちはらに挨拶を述べるとカフェテラスから去って行った。

 地原ちはら英貴ひできの姿が消えた途端ふっと真顔に変わり、冷え冷えとした目線を出入り口へと向ける。


「あれが次期水族(みずぞく)族長とは。片腹痛いわ。水族みずぞくも落ちたものよの」

地原ちはら。随分と辛辣だな」


 地原ちはらは声を掛けてきた妖艶な少女――宙地原族そらちのはらぞく御神地みかむちすめらぎの方に身体を向け直し、恭しく頭を下げる。


「主上。今の水族みずぞく族長の水名みずな晴樹はるきの方は、のらりくらりとした狸。こちらと交渉する気もなく、もっと厄介そうな男なのです。先ほどの若造は愚直過ぎて話にもなりませぬわ」

水名みずなか。相変わらずあそこは、どの時代も灰汁あくが強いようで結構だ」


 御神地みかむちすめらぎが懐かしい思い出話を語るように話し、肩を揺らして笑った。

 地原ちはらは彼女の機嫌が良いことに満足げに頷く。


「主上、我々はあの者の話に乗ってやろうと思います。よろしいでしょうか?」

「無論。皇族御三家の月族つきぞくの顔を立てるのは当然のことよ」


 御神地みかむちすめらぎは言外に、水族みずぞくの顔はどうでもいいと切り捨てて微笑む。

 地原ちはらは「心得ております」と笑みを零した。

 御神地みかむちすめらぎは席を立ち、足取り軽く歩き出す。カフェテラスを出る間際、一時立ち止まると影の差す場所で表情を消し、ぽつりと呟いた。


「――月族つきぞく水城みずしろ輝夜てるやすを抱え込むのだ。こちらもならうべきではないか……?」

「はい。電牙でんかび葦成あししげの幽閉への手配を急ぎ整えましょう」



 ――ようやく主上が決断された。



 地原ちはらには自身の地位を脅かす曾孫ひまごへの愛情は無い。目の上のたんこぶとも言えた目障りな葦成あししげを処断する許可が下り、地原ちはらは安寧の訪れの予感に肩の荷が下りた心地がした。

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