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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
第2章 けぶる翡翠の亡霊達
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 閑話・辛夷監獄の隠れ鬼【前編】 〈砂岳巽視点〉

 懲役5年――砂岳さたけあい領地で下された刑罰は、人の命を奪ったにしてはあまりにも軽いものだった。


 元・あい領地『十一位』ランカーの砂岳さたけたつみは、護送車の中でそっと嘆息する。殺人はもっと重大に扱われるべきではないかと、自身に下された刑罰をうれいだ。


(嫌な気分だ。電脳族でんのうぞく族長じゃなく他の種族の族長が被害者なら、もっと重くなってたんじゃって考えちまう)


 懲役5年という軽さは、砂岳さたけが下位領地ランカーだったことが影響している。密入領みつにゅうりょう者の殺害なら領地防衛の範囲に含まれるからだ。

 この刑罰は殺人に対するものではない。ただ、上位領地ランカーの命令無く防衛行為を独断で実行した――上官の命令に反した軍規違反としての罪状だ。


 共に現場に居て手を貸したとされるあい領地『十二位』ランカーの土部つちべ阿騎あきは、砂岳さたけの主張で上位順位(ランク)砂岳さたけの命令を実行しただけということになったので、こちらは軍規違反にならずに無罪放免となった。

 この結果に砂岳さたけはほっと胸を撫で下ろしている。同僚の罪をかばうのは正義ではない。しかし、今件にかぎっては事件そのものが不透明できな臭いのだ。


土部つちべ少年は、電拳でんつか族長を殺してない)


 だからこそ砂岳さたけ阿騎あきを庇って捕まった。

 くず領地の『四位』ランカー霧原きりはらひょうの霧の中で、『十二位』ランカーの阿騎あきが力を使えたとは考えられないのだ。彼女の霧が港から出ないように、その一帯を封鎖する防御壁を展開する程度が精々だと思う。

 上位領地ランカーと下位領地ランカーの越えられない一線、実力の差を砂岳さたけはよく分かっている。種族の相性でまされば防御は叶う。だが、相手への直接的な攻撃は一切届かない。能力が発現しないことすらある。


土部つちべ少年も、自分が作っていた防御壁の中で何が起こっていたか分からなかったらしいしなぁ)


 口寂しさにコートのポケットに入れた葉巻を取り出そうとして、コートが無い状態に気付く。砂岳さたけは自身の両手にかけられた手枷と質素なTシャツとズボン姿を思い出し、苦く笑った。

 隣から話し掛けられる。


「そろそろ辛夷こぶしの刑務所だろうか」

「ん、そうだろうなぁ」


 砂岳さたけと同じ服装で隣に座る、翡翠ひすい領地『領王』森蚕もりこみのるに軽く相づちを打った。

 何故か森蚕もりこ砂岳さたけに気安い。あい領地からともに護送され、運命共同体として親近感を持たれているのかもしれない。


(そういや翡翠ひすい革命前は、翡翠ひすいの『十一位』ランカーだっけか。翡翠ひすい『領王』っつっても繰り上がりでなってるだけのようだし、俺が同じ順位ランクだから気安いんかね)


 先日、森蚕もりこ密入領みつにゅうりょうしたあい領地で、あい領地上位ランカーとくず領地『領王』達を襲い、建造物の火付けや破壊、武器の密輸行為など、比較的平和な御時世でとんでもないテロ行為をした犯罪者である。

 本来なら死刑の判決を下すどころか、あい領地で直ぐに処刑されているところだが、他の実行犯がほぼ全員死亡していることを建前にして、懲役2年という前代未聞の甘過ぎる刑罰が下された。

 一部の他領地からこの処置に非難と苦情があったらしいが、あい領地『領王』機國きぐに敦美あつみはこれを一蹴している。



 敦美あつみいわく『北東の遠い島まで、統治する暇は私にはない』だそうだ。



 そもそも敦美あつみは、最近ようやく重い腰を上げてあい領地を真面目に統治するようになったばかりの『領王』なのである。

 森蚕もりこには出所後、翡翠ひすい領地に戻ってもらう。その後に、彼が翡翠ひすい領民に『領王』の座を引きずり下ろされて制裁を受けようとも、それはもう翡翠ひすい領地内の問題になる。翡翠ひすい領地内で決着させ、最終的には翡翠ひすい領民に全ての責任を取ってもらい、あい領地は関わらないという方針なのだ。


 私的には、灰兼はいかねおもい『領王』を無罪放免にまでしたのはまずかったと砂岳さたけは思っている。

 あい領地の被害は甚大だ。彼らのせいであい領地『二位』領地ランカーのあずま秀寿ひでとしが安否不明という事態にまで陥っているのだから、あい領地の矜持を守るため、敦美あつみ森蚕もりこと同様程度には灰兼はいかねを断罪し、多少(くず)領地の統治に口を挟めるような利権を得ておくべきだった。

 桔梗ききょう領地の客人の送迎をくず領地の船が担っている手前、直ぐに灰兼はいかね達を出港させなければならなかったので仕方ないといえば仕方ない処置だったのだが、もう少し手を打った方が後々のためになったと思う。


 それに、留置所内で水族みずぞく本家が灰兼はいかねを罰することに反対していると小耳に挟んだ時は耳を疑った。あい領地で暴れた灰兼はいかねを罪に問わないとはいくら争いに消極的な種族と言ってもおかしい。砂岳さたけ水族みずぞくの正気を疑う。相手は他領地の侵略者で味方ではないのだ。庇う理由が――……


 不意に、砂岳さたけは穏やかな笑みを浮かべた上品な男性の姿を思い出す。ことが起こる前に、かの方を見掛けたのは確か港の近くだ。


おぼろ様は、灰兼はいかね『領王』と会っていたのか……?)


 元々水城(みずしろ)おぼろの護衛に関しては、下位領地ランカーの砂岳さたけがつけられていた程度の手配だった。灰兼はいかねの来訪で更に砂岳さたけまで護衛から外れており、それについて水族みずぞくからの苦情は聞こえてきていない。

 もし水族みずぞくおぼろ灰兼はいかねの接触を見て見ぬ振りをしているとしたら、水族みずぞく灰兼はいかねと裏で繋がっている可能性がある。水族みずぞくおぼろに、灰兼はいかねとの渡りをつけさせたのかもしれない。

 あい領地に不利益をもたらしたように見える水族みずぞくの不穏な動きについて考えていると、昔のことを思い出し、砂岳さたけは懐かしさを感じた。


(強いて言うなら、あい領地被害の責任を追及して『領王』様降ろしか。邪魔だと思う上位領地ランカー排除も兼ねてたのかね。あー、段々思い出してきたぞ。こりゃ、もし水族みずぞくが噛んでんなら、よその領地の水族みずぞくの指示かもなぁ。風我かざわ様で懲りてないというか、早急に整えなきゃならないあい領地を荒らしてまでよくやるぜ)


 砂岳さたけは遠い目で過去を振り返り、フンと鼻息を出す。



 先々代のあい領地『領王』風我かざわゆいが率いる当時の上位領地ランカーは、水族みずぞくと衝突し、折り合いが悪かった。特に他領地にいる水族みずぞくの集団は、水族みずぞくの主張を無視するゆいに業を煮やし、他領地に根回しをしてあい領地を攻撃させる暗躍をしていたのである。他領地からの攻撃被害で責任を追求し、ゆいを『領王』の玉座から引きずり降ろす算段だったらしい。


 だが、その目論見は実現しなかった。


 ゆいが先に動き、周辺の領地全てに巨大な竜巻を連日起こし続け、多くの他領地を壊滅させたのである。大袈裟ではなく、領地が跡形も無く壊滅した。それが自然災害ではなく人災な辺りが恐ろしい。さすが皇族御三家に匹敵する順位の風族かぜぞくである。

 水族みずぞくはそれ以後、ゆいに何も要求しなかった。ゆいの所業に沈黙したというより絶句したのだと思う。



 砂岳さたけの脳裏を、ゆいの弟子である敦美あつみの淡々とした横顔がよぎった。


(『領王』様は、よその領地の水族みずぞくの悪意を知っているだろうか)


 砂岳さたけが難しい顔で考え事をしている間に護送車は止まり、車のドアが開けられた。砂岳さたけ森蚕もりこは警察官に指示されるまま外へ出る。他にも何台か護送車が止まっており、砂岳さたけ達と同じように手枷を填められた人間が車から下ろされていた。他領地の犯罪者達だと思われる。

 彼らとひとまとめになりながら大きな門と壁をくぐり、辛夷こぶし領地の刑務所内へと足を踏み入れた。


 宙地原そらちのはら世界の刑務所は、この辛夷こぶし領地の1カ所のみである。ここには全領地の犯罪者が一堂に集められていた。

 しかし、その建物の規模は砂岳さたけが想像していたよりも小さい。敷地は広くて建物も巨大だが、全領地の犯罪者を何十万人も収容しているとは思えないものだった。

 収容の際の入り口では、数人の武装した刑務官に検査や身分書類の確認作業を何度もされ、更に鉄格子のドアを複数回くぐって部屋の奥へと進んだ。


 拓けた一室に出る。そこは吹き抜けのエントランスロビーのようなホールで、何階立てか分からないぐらい上から下まで白塗りの壁の小部屋の入り口がズラッと階層で並んでいた。小部屋は扉だけが鉄格子で、そこから多少室内が見える。


 砂岳さたけは全て鉄格子の部屋を想像していたので驚いた。白い壁の影に隠れれば、少しだがプライバシーが守れる造りなのだ。

 右手首と左手首の手枷を繋いでいた鎖だけが外され、部屋に案内される。砂岳さたけ森蚕もりこと同じ2階の部屋に振り分けられた。

 森蚕もりこが明らかにほっと胸を撫で下ろし、顔をほころばせて「よろしく」と嬉しそうに砂岳さたけへ挨拶をする。

 砂岳さたけはポリポリと頭を掻きながら、「こちらこそ」と応えた。

 砂岳さたけに振り分けられた囚人番号は35番。随分と若い番号だった。この番号の囚人が刑を終え出所したのだろう。同室の森蚕もりこが66番なので統一性がない。空いた番号を特に意味も無く振り分けている感じだ。


 ビーッ! とけたたましい音が館内に鳴り響いた。


 「夕食だ!」と騒ぐ声が砂岳さたけの部屋の階下から聞こえる。鉄格子のドアが自動的に開き、皆がゾロゾロと最下層の廊下へ出て行く姿が見えた。

 刑務官から詳しい案内や説明は特になかったが、共に向かうことにした。待っていても食事は配られないようだ。監獄内は放任――というか放置が基本なのだろう。犯罪者風情に心を砕く必要はなく、いっぱぐれる奴が悪いという考えの場所だと思われる。


もり……っと66番。行かんかね」

「部屋を勝手に出て良いのか……?」


 森蚕もりこは怯えたように周りをキョロキョロと見ながら、砂岳さたけの後をおっかなびっくりについて来る。

 森蚕もりことは対照的に、砂岳さたけはいつもの癖で両手をコートのポケットに突っ込む仕草の延長で腰に手をやって、少し偉そうな態度で廊下を歩いていた。何人かの囚人に鋭い目で睨み付けられる。睨み付けられたからと態度を変えるのも舐められるので砂岳さたけはそのまま歩く。内心困ったように嘆息した。


(この癖、早々に直さんとなぁ)


 気後れしていないかと、背後の森蚕もりこをチラリと確認したら目が合った。

 森蚕もりこ砂岳さたけの姿に目を丸くしてその瞳を微かに輝かせている。


……いや、えっと35番は堂々としたもんだな」

「そーかい? 普通普通」


 砂岳さたけは肩を竦めて苦笑を返した。




 食堂なる部屋に砂岳さたけ達は辿り着く。

 思った以上に静かで、皆黙々とテーブルで食事をしている。

 広いが、どう見ても百人居るかどうかの人数しかいない。他にも食堂があるのだろうかと首を傾げつつ、食事をもらうカウンターに列が出来ていて砂岳さたけ達も並んだ。

 列の前方の人間が「おいどけよ」「何すんだ!」と揉めていた。「少ねぇ! 足りるかよ!」とカウンター内の給仕に突っかかる者もいる。列に並ぶ人間だけが騒いでいるので、静まり返るテーブルの方が異様な雰囲気を醸していた。


 静かなテーブルの方は、よく見ると1人の人間を囲むように大勢座っているところと、そうでない1人席、更に間に誰も座らないテーブルを挟んで大勢座る席など、派閥のようなものがあると砂岳さたけは直感する。

 どこに座れば平気なのか、砂岳さたけは頭を悩ませながらテーブル席を観察していると、大勢席に座る人間達が騒ぐ連中を白い目で見ている視線に気付いた。

 騒ぐ連中の顔も、そういえば砂岳さたけは見覚えがある。


(ああ、刑務所の入り口で見た顔だ。今日護送されてきた奴らか)


 逆に一切騒がず無言で食事をしているのが、この刑務所の古株連中なのである。つまり、ここの暗黙のルールを既に熟知している人間達が静まり返っているのだ。


(うわー……、ここで騒ぐとヤバそうだ)


 砂岳さたけは騒ぐ連中と関わらないように顔を逸らす。因縁をつけられそうになったら、頭を下げて列の最後尾に並び直すぐらいのへりくだった態度でいようと心に決めた。


 砂岳さたけは身構えていたが、その後絡まれることもなく、砂岳さたけの順番になって食事がのったトレーをもらった。さっさとカウンターから距離を取りたかったが、どのテーブルが新人が座っても許される場所なのか分からない。確実に序列があるはずなのだ。

 仕方なく、列の人間に1番絡まれそうなカウンター近くの席に腰を下ろす。そんな砂岳さたけに古株の鋭い視線は飛んでは来ず、内心ほっと一息つく。


(カウンターから離れた壁際の席が特等席ってやつか。ってことは、あの辺りに座っているのがこの刑務所のボスってところかい。怖いねぇ)


 森蚕もりこも無事絡まれず食事を貰ったようで砂岳さたけの隣に座った。10人掛けのテーブルに他にも3人ほど、砂岳さたけの斜め向かいに座る。

 騒いでいた数人は、今度は偉そうに奥のテーブルへと行き、既に腰掛けていた1人に凄みを効かせて席を譲らせていた。黙って席を立った男を「腰抜け」とせせら笑う。大声で周りの静かな人間達も嘲笑していた。

 席を譲った男は、何故か一直線に砂岳さたけ達のテーブルにやって来て腰を下ろす。砂岳さたけは軽く面食らった。


「どうせ、あいつは明日には死んでいる」


 男は、砂岳さたけ達に聞かせるようにボソリと呟くと、何事もなかったかのように食事を再開した。

 〝死ぬ〟という言葉に、砂岳さたけ達はゴクリと唾を飲み込んで強張った顔を互いに見合わせ、男に倣って黙々と食事を取る。


 食事は、野菜を煮込んだ薄いスープと小さな梅おにぎり1つ、漬け物が申し訳程度に1つ、おにぎりの皿の隅に乗せられていた。

 これから5年間続く1日2回の食事がこれほど質素だと思うと、砂岳さたけは酸っぱい気持ちになる。周りの者も食べた気がしない食事の量にげんなりしていた。

 森蚕もりこだけが「こんなにまともな食事は久し振りだ」と喜んで食べていて、砂岳さたけはどん引きする。

 森蚕もりこは痩せこけて見える顔だと思っていたが、本当に飢餓で痩せこけていたようだ。現在の翡翠ひすい領地は、『領王』でこれなら一般領民は一体どういう健康状態なのか末恐ろしい。色々とグロテスクな想像をして砂岳さたけは身震いした。


 食事の終わった男は席を立ち、トレーなどをカウンターに返却する。そのまま食堂を出て行くと思ったが彼は戻ってきて座り直した。そして、砂岳さたけ達を見渡して口を開く。


「食事前と食事中は黙って食べろ。食器を片付けた後は、こうやって自由に話しても構わない。ただし、喧嘩などの騒ぎを起こすな。この食堂を使うルールはこれだけだ。鬼どもに殺されたくないなら守れよ、新入りども」


 砂岳さたけは頷き、直ぐに男と同じようにカウンターに食器を返却した。少し遅れて、他の者達も返却する。全員再度、男の話を聞くためにテーブルへと戻った。

 砂岳さたけは真っ先に口火を切って男に尋ねる。


「〝鬼ども〟ってのは看守か?」


 男は砂岳さたけの質問を待っていたとばかりに、ニタァと口角を上げて笑った。


「いいや。辛夷こぶしの『領王』と上位領地ランカーどもさ。特に『二位』の音根おとね比良高ひらたかは徘徊している悪鬼だ。見つからないようにしろよ」

「どういうことだ?」

音根おとねは罪状で人を判断しない。罪人に人権はないって考えの輩だ。例えば、万引きで1週間だけここにいれられた奴でも、音根おとねの基準で性根が悪だと思われたら問答無用で殺される。辛夷こぶしの上位領地ランカーは刑務所内の罪人の私刑が認められているからな」

「ちょっ!? そ、そんな話初めて聞いたぞ!」


 砂岳さたけとともに話を聞いていた1人が顔色を変えた。他の者も「他領地の人間を勝手に私刑なんて許されないだろ!?」と声を上擦らせて真っ青になっている。


「刑務所内のことだぞ? 「病死した」で全部通る」


 男は新人達が愕然とする様を楽しんでいるようで、肩を揺らして笑っていた。趣味は悪いが、ここには他に娯楽と言えるものがないのだろう。おかげで砂岳さたけはいち早く刑務所のルールを知ることが出来たわけだから、男の娯楽になるのもやぶさかではない。

 砂岳さたけはふむふむと相槌を打ち、興味深く聞いていた。

 道理で数十万人収容されているはずの囚人が、百人ほどしか食堂に集まらない訳だと思った。ほとんどの囚人は、収容後に処刑されているらしい。

 腑に落ちた理由に、胸中で「『領王』様、絶対辛夷(こぶし)の刑務所がこんなところだって知らないよな」と森蚕もりこを横目でチラリと見て、無事に彼は翡翠ひすい領地に帰れるのかが砂岳さたけは凄く心配になってくる。

 笑っていた男は、砂岳さたけの他人事のような余裕が浮かぶ顔色に気色ばんだ。


「――ひょっとしてお前か……? 『領王』の癖に刑務所に送られたっていう、ありえない間抜けってのは」


 砂岳さたけの隣で、森蚕もりこが微かに身体を震わせる。

 砂岳さたけは視界の端にその姿を見て、焦りを隠しながら、わざとおどけた笑みを作った。


「俺が? ははっ、無い無い」

「噂になっているんだよ。どっか辺境の『領王』が犯罪者として収容されるってな。お前、名前は?」

「35番」

「違う。実名は? どこの領地だ? しらばっくれてもこっちは調べる手段があるぞ。さっさと吐け」


 ギロリと鋭い目で睨まれた。穏便に済ませたい砂岳さたけは、さっさと名前を告げる。


あい領地の砂岳さたけたつみってもんだ」



あい領地の砂岳さたけ!?」



 突然、ガタンッと音を立て、男が血相を変えて立ち上がった。

 砂岳さたけは目を丸くする。

 男の悲鳴が届いたのか、奥のテーブルの何人かも立ち上がり、壁際のボスらしき男まで目を瞠って真っ青な顔色になっていた。


「あの風我かざわゆいの右腕の砂岳さたけか!?」

「ヒ……ッ、災害『領王』の参謀!!」

「あの女のあとを継いで、あいの『領王』になってたのか……! なるほど、あの非常識なあいの『領王』なら刑務所行きもありえるか!」


(うおぉぉい!? 勘違いだよ勘違い!)


 砂岳さたけは『領王』ではない。だと言うのに誤解され、他の囚人から羨望の眼差しを向けられた。

 誤解を訂正したかったが、視界の隅に森蚕もりこの怯える姿が入り、押し黙る。渋々隠れ蓑になる状況を呑み込むことにした。森蚕もりこには無事でいてもらわなければならないし、同室でこれから2年間ともに過ごすのだ。それなりに円滑な人間関係を築いていくための配慮である。


 何人かの囚人は、ゆいが壊滅させた領地の出身者のようだ。

 誤解――ではあるが、確かに半分本当の部分も混じっているというか、20年以上前の話になるが、砂岳さたけ自身10代の頃は上位領地ランカーではあったし、ゆいの起こす突風や竜巻に砂岳さたけの砂を乗せるとかなり凶悪な効果が出るので、たまにゆいに連れられて他領地に攻撃するような行為の手伝いをしたこともあった。

 しかし、その行為で参謀や右腕だと思われていたのには心底驚かされた。

 被害を受けた他領地の人間には、たまに脇にいた程度の砂岳さたけが強烈に印象づいているらしい。

 砂岳さたけは、ゆいが囚人内でも大厄災として恐怖される超有名人なのだと必要の無い知識が増え、がっくりと肩を落とす。


 先ほどまで軽快に喋っていた男がさっと姿勢を正した。


「さ、砂岳さたけ様。お願いがあります」

「ストップ。名前に様づけは勘弁してくれ」

「では、35番様。どうか、ヒルコに会ってもらえませんか」


(番号に様はいらんだろう……)


「ヒルコ?」


 砂岳さたけは頭を抱えつつ、耳慣れない言葉に首を傾げた。


「はい。『領王』って地位なら、どこかでヒルコの顔を見たことがあるのではないかと思いまして。ヒルコってのは、本人すらどこの誰だか分からなくなってる奴なんです。でもどうにも一般領民ではない」

「領地ランカーだと?」

「ええ、俺らはそう思ってます。素性をはっきりさせないと、あいついつまで経っても刑務所から出ていかないと思うんですよ」

「出て行かない?」

「そいつ、既に刑期は終わってます。でも出所せずにこの刑務所に居座っているんですよ」

「そりゃまた奇特な……」


 砂岳さたけは呆気に取られる。

 男は「ここ自動で食い物が出てくるんで居ついてしまって……」と複雑な表情で頷いた。

 奥のテーブルに座っていたボスと思われるいかつい男が、砂岳さたけ達のテーブル傍へとやって来て、男から砂岳さたけとの話を引き継ぎ、砂岳さたけを廊下へと促す。

 砂岳さたけ森蚕もりこを食堂に残し、そのボスの後についていくことになった。


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