閑話・血統の埋葬
「敦美。変なところで会うわね」
「――響華」
夜。『五位』刃佐間逍遙の家宅前。制服姿の炎乃響華と、軍服姿の機國敦美は鉢合わせする。
響華は門の中に足を進めず、肩を竦めると背を向けた。
「――入らないの?」
「やめたわ。ちょっと、これは違うわね。気の迷いよ。それより敦美。ストーカーの通夜なんて立場的にいいわけ? 水族本家がうるさいんじゃないの?」
「――参列はしない。刃佐間には直接会って聞きたいことがあって」
「そ」
敦美が玄関のチャイムを鳴らすと、直ぐに玄関の扉を刃佐間が開けた。刃佐間には事前に来訪の旨を連絡している。
刃佐間は家の中へ敦美を促すが、敦美は断った。
「――ここでいい。電話で聞くようなことじゃないと思ったから来ただけで、直ぐに帰る。……電拳族長の両親の本当の種族を知りたい」
敦美の言葉に、刃佐間は瞠目する。敦美は淡々と言葉を重ねた。
「――電拳族長の容姿は刃族の特徴が出ていたし、片親が刃族なのは間違いない。でも、もう片方の親は……? 戸籍上ではこちらも刃族になっているけど事実じゃない」
「『領王』様、何故事実ではないと……?」
敦美は刃佐間の目の前に電脳画面を出現させた。『藍らふらいふ』で電谷が撮った〝水城輝夜〟EDに登場した、宙地原族らしき金髪の少女のスクリーンショットを表示する。刃佐間は難しい顔で眉根を寄せた。
「これが何でしょうか」
「――今日、今の皇族御三家……特に宙地原族について詳しく知る機会があった。今の宙地原族は警戒心が強く、皇族に会う以外では姿を見せない存在だそうだよ。でも――」
更にスクリーンショットを拡大し、荒くなった映像をクリアにした状態のものを表示する。宙地原族の少女の緑色の右目と群青色の左目の中に電拳剣の姿があった。
「――これは、人工衛星や監視カメラの映像を探して持ってきたものじゃない。電拳族長が直接目の前で会った時に撮った画像を使って作っている。あまり言いたくないけど……宙地原族が、ただの電脳族族長如きと直接会っているなんて変だよ」
刃佐間は黙ったままだ。
それでも敦美は真っ直ぐな眼差しで訊く。
「――太陽族内には、『皇帝』を輩出しない傍系の後宮内侍従の血筋があるよね。彼らはたまに降嫁して、一般領民として暮らすことがあったはず。電拳族長の片親は、太陽族だったんじゃないの?」
「……彼の両親は刃族だと聞いています。それ以上、言えることはありません」
伏し目がちに発せられた否定を敦美は追求はせず、「――分かった。ありがとう」と一言告げて踵を返した。
敦美とともに響華も歩き出す。響華は敦美の隣に並んで、肘で軽く敦美をつついた。
「宙地原族の話、誰から聞けたのよ」
「――電牙葦成。しかも自称宙地原族を公言してた」
「宙地原族!? あの男が……?」
響華が眉を潜め、敦美は静かに頷いた。
「アンタがぶっ飛ばしたって聞いたけど、それが本当ならまずかったんじゃないの? 皇族でしょ」
「まだ誰も彼を皇族だと認識してないから、ただの犯罪者だよ」
「言うわね」
響華は笑った。
敦美も微かに笑い返す。
「――でも、逃げられた。ただ、手応えはあったから負傷はしているはず」
「しばらくは、動きを封じられたってとこね」
「――攻撃するか、結構悩んだよ」
「何でよ?」
「――水城君の味方のような口振りだったから。実際、彼が水城君が毒を口にするのを防いでくれた」
「毒!? 彼は月族でしょ。大地族に命を狙われる要素なんてないはずよね!?」
響華は目を丸くして驚いた。
敦美は前方をきつく睨みつけながら苦々しく話す。
「――その思い込みで、私も水族も、水城君が口にするものをあまり気にしていなかったの。特に水族は、飲み水に毒が混ぜられていても脅威にならないから、本当に気にならなくて盲点な部分だった。私達は電牙葦成に、宙地原族が水城君の命を狙っているって指摘されてようやく――2度とこんなこと起こさせない」
「宙地原族の……電牙葦成、ね」
響華は微かに顔色を翳らせてぽつりと呟いた。
「……そっか。アイツ、電脳族のくせに機械族の敦美じゃなく、私の好感度が異様に高いわけもようやく分かったわ。道理で――」
「――え?」
「……ストーカー族長の話よ。今考えると、確かに中身が太陽族っぽいのよね。気にくわない立場を正そうとする姿勢とか、電脳族一族を纏めようとする、リーダーみたいな気質も含めて」
「――電拳族長の件は、まだ推測の域は出ないよ」
「だけど、敦美。9年前の領王制度廃止案ってやつの口約束を『皇帝』陛下がわざわざ実行した理由にもなりえるわよ。あの話、正直眉唾ものだったのよね。電脳族の族長が直接抗議しにきたからって、『皇帝』陛下が改善策をやってあげるって話に普通ならないわよね? 電脳族は底辺の、地位すら存在しない種族なのよ。でも電脳族族長が『皇帝』陛下の外戚なら話は変わってくるわ。『皇帝』陛下は、アイツを身内の1人にカウントしていたんじゃない?」
「――そうかもしれない。それに、宙地原族もそう扱っていたと私は思っている」
敦美と響華は顔を見合わせ、互いに思い思いの嘆息を零した。
「なんか死んでから急に重要人物臭さが増したわね……。そういう意味でも、どうしようもないくらい厄介な男だわ」
「――私が藍領地から追い出したせいで、真相は闇の中になった」
「敦美の? 違うわ。あの男の馬鹿馬鹿しい日頃の愚行のせいでしょ」
響華は敦美の額を軽く指で弾くと、遠くなった刃佐間家を振り返り見つめた。
「あの男、本当に馬鹿だったわよ。地位なんてものにこだわらなければ死ぬこともなかったんじゃないの」
響華の憂いを帯びた横顔に敦美は気付く。
「――響華……?」
「敦美も見たわよね。私に向けた辛夷の火上『領王』の動画」
「――うん」
「私、10年前に次期火族の族長になることが決められたわ。火族族長になるための条件は、現族長から炎乃姓を授かること、それと素質だけじゃなく『領王』になって実力を示すことよ」
「――だから弟子になったんだね」
「まぁ、そうね。でも人に怪我させないためにって、昔敦美に話した理由も嘘じゃないわ。むしろ私本人の理由はそれ。火族族長を目指そうなんて思ったことすらないのよ。だからかしらね。巫倉が風我師匠と藍領地を出て行った時、火族族長も『領王』も、私は心底なりたくないって思ったわ。私は2人について行きたかったわけじゃないけど、私が選ぶ前から身動き出来ない理由があったこと自体が理不尽で、堪らなく嫌だったのよ」
響華は真紅の瞳を揺らせて苦笑する。普段の強気な響華とはまるで違う、弱々しい表情だった。
「闘技大会の前日に、両親に気持ちを伝えたわ。あの人達、何て言っていたかしらね。確かそう、「火上の方に無理に譲ってもらった炎乃姓。私達に恥をかかせないでちゃんと『領王』になってきなさい」だったかしら。何なのかしらね? 両親は私を火族族長以外にする気もなければ、まるで私が負けないと思っている傲慢な台詞しか言ってくれなかったわ。私は勝手に将来を決定されて腹が立った。普通の女の子として平凡に生きる道すらないなんておかしいじゃない。でも私は子供で、帰る家はそんな両親のところだけ」
「――それが、あの滅茶苦茶にした上位順位決定戦の試合……?」
「ええ。子供の反抗。両親への当てつけだったわ」
響華はそこまで話すと、腰に手をやって夜空を見上げる。雲に隠れて星は全く見えなかった。
「あの時の馬鹿な子供のわがままが、未だに皆に迷惑を掛け続けているのよね。嫌なら闘技大会に出なきゃ良かっただけよ。それが最良だったはず。本当、よくもあそこまで中途半端なことが出来たわねって感じ」
敦美は、隣で黙って響華の自嘲を聞いていた。
「私、あれから後悔しないで生きてきたつもりだったわ。でも最近、あの9年前の試合を悔やむ自分がどこかにいるのよ。真面目にやれば私は敦美に勝てたのか、それとも負けたのか? ……もし私が藍領地の『領王』になっていれば、火族の族長として、敦美と、敦美の大事な彼と水族の味方になって大地族をどうにか出来たのにってね」
「――らしくないよ、響華」
「ええ。そう、なのよね。こんなの全然私じゃないのよ!」
響華は力強くそう言い切ると、敦美に不敵な笑みを向けた。
いつも通りの響華に戻って敦美も安堵する。
「アンタに話して結構すっきりしたわ。ありがと」
「――私の方こそ響華に心配掛けてたんだね。ごめん」
「謝ることないわ。こっちが勝手にぐずぐずと考えていたってだけじゃない」
「――あ。響華」
「ん?」
「――巫倉なら、藍領地に帰って来て公共の電脳を乗っ取っているよ。電牙葦成に協力しているみたい」
「は……?」
響華の目が点になった。そして段々と目が据わってくる。
「……どういうことかしら。アンタ、今の今まで私に言うのを忘れていたみたいに聞こえたわね……?」
敦美はさっと響華から目を逸らす。
その瞬間、響華は柳眉を釣り上げた。
「敦美ぃーッ!!」
夜道に響華の怒声が木霊した。
あれから敦美は、響華の怒りを何とか静めて家路についた。
敦美が次元移動で玄関の前に出て扉を開けると、弟の仁芸が青白い顔で待ち構えていて面くらう。
「――ただいま。何しているの、仁芸」
「ね、姉ちゃん、おかえり……。で、電拳さん……っが……」
「――うん。でも仁芸が気に病むことないよ」
敦美は、剣が仁芸につきまとったために藍領地から剣を追い出したのだ。剣が亡くなったことで被害者だった仁芸が気に病んでいるのだろうと思い、慰めの言葉を掛けた。
ところが仁芸は小刻みに震えながら涙声で訴える。
「ど、どうしよう……っ。俺無理だよ……!? こんな知らないものや人ばっかり、どうにか出来そうにない……! こ、こうなった、で、でで電拳さんのサーチだなんて……っ」
「――え?」
仁芸の様子がおかしい。よく見ると、仁芸の両手は携帯端末を持って震えていた。
「『藍らふらいふ』アプリに……お、俺宛てのアップデートが。あの、姉ちゃんの友達の水城さんのやつ……」
敦美は弾かれるように、仁芸が遠慮がちに差し出していた携帯端末を受け取る。内容を見て敦美は顔を強張らせた。
「――仁芸、新しい携帯を買ってあげる。その代わり、これは貰う」
「分かった……。姉ちゃん、電拳さんの遺言さ、出来るだけ信じて叶えてあげて欲しい……! 頼む!」
仁芸はそれだけ言い切り、慌ただしくこの場を後にした。
敦美の提案に文句がないのは、仁芸自身が始めから携帯端末を敦美に渡そうと考えていたからだろう。だから仁芸は、敦美の帰宅を玄関でひたすら待っていたのだ。
敦美は改めて携帯端末の画面を見る。
そこには『藍らふらいふ』アプリのスタート画面を背景にメモが表示されていた。メモには剣からのメッセージが書かれている。
『博士へ。〝水城輝夜〟ED残りの分岐を全て追加。これが最後のアップデートだよ。現実で順番ずつ条件を満たして、6番目の真EDを目指してみて。それで俺の視た世界の終焉が全て終わる。
1・プレイヤー死別ED……〈条件〉〝翡翠革命〟〝藍領地『領王』が機國敦美〟
2・水城輝夜葬式ED……〈条件〉〝地下運河発見〟
3・水城輝夜失踪ED……〈条件〉〝豪華客船の停泊〟〝藍領地電脳支配をしていない電拳剣の死亡〟
4・滅亡来襲ED……〈条件〉〝『黄泉オンライン』炎乃響華がプレイ〟〝影法師の目撃〟
5・御三家崩壊ED……〈条件〉〝月族本家を炎乃響華、機國敦美、電照巫倉が来訪〟〝獣櫛涼柁の御大襲名〟
6・真・宙地原世界ED……〈条件〉〝藍領地の闘技大会で以下の出場者が揃う。水名篁朝、風我唯、水名透、電須佐由〟
現在、10の条件のうち、〝翡翠革命〟〝藍領地『領王』が機國敦美〟〝地下運河発見〟〝豪華客船の停泊〟〝藍領地電脳支配をしていない電拳剣の死亡〟の5つがクリア済み。いやクリア予定かな? 博士、前に嫌なこと言ってごめん。じゃあね』
敦美は目を通して絶句する。これから起こる未来が全て書かれているような内容だった。真実かは分からない。だが、剣はこれが全て真実と信じて行動していた節がある。
条件の1つ、〝藍領地電脳支配をしていない電拳剣の死亡〟
剣は1年前に藍領地から追い出されるまでは、藍領地の公共の電脳支配に執着していた。自分自身の死亡を回避するための行動だったのかと思うと、敦美の背に冷たい汗が流れる。そんな彼を敦美は藍領地から追い出したのだ。
一旦、敦美は深呼吸をする。
ふぅっと重い溜息を吐き出して気持ちを切り替えた。
(後悔はしない――……。だってこれが本当なら、電拳族長を助けると水城君が危険なんだもの……!)
敦美には剣を犠牲にしてでも譲れない命がある。昔、選択の重要性を風我唯に教えられた。決断は、希望するものを選ぶのではなく、切り捨てられるものを決めてから選ぶのだと。そこに切り捨てるものへの思いやりや優しさなんて同情の感情を入れてはならない。
敦美は剣の予言を信じることに決めた。
今は恐らく2番目の〝水城輝夜葬式ED〟の状態。
3番目の〝水城輝夜失踪ED〟に変えてゲーム内容を把握しなければならない。失踪という単語は不穏だが葬式より幾分もマシだと思える。
敦美は次元移動で港に飛んだ。葛領地の豪華客船を携帯端末で撮る。
それから再び、刃佐間の家に行った。遺体を撮るのは酷く不快な行為だったが、亡くなった本人が作ったゲームシステムでもある。敦美は気分の悪さをぐっと我慢して、剣を携帯端末で撮った。
すると、『藍らふらいふ』アプリのゲーム内でアナウンス表示がされる。
『終焉回避キーワード、豪華客船の停泊と電拳剣の死亡を確認』『水城輝夜EDでの失踪ルート解放』
(自分の遺体を撮らせるなんて、どうかしてるよ……)
これを仁芸にさせようとしていたのだ。悪趣味でしかない。
胸中で剣をなじっていると、刃佐間が神妙な面持ちで敦美の傍にやって来た。
敦美は詫びの言葉を告げる。
「――度々、ごめんなさい。それにこんな恥知らずな真似をして」
「構いません」
刃佐間は慇懃に頷き、剣に視線を向ける。敦美の行動は剣が絡んでいると彼なりに察しているようだった。刃佐間は姿勢を正し、敦美に深く頭を下げる。
「『領王』様、お願いがあります」
「――何……?」
「翡翠領地監督のための赴任は、ぜひともこの刃佐間に命じていただきたい」
敦美は刃佐間の予期せぬ提案に目を瞠った。
「――刃佐間。でも今は」
「領地防衛、更に月族の御方の護衛役として、上位領地ランカーの数が足りていない現状は重々承知しております。ですが、私はそもそも守りの手段を持たぬ能力者。戦場に赴いた方がまだ使える人間だと自負しております」
「――……」
「剣が荒らしたという翡翠領地。彼の保護者として責任を取らせて下さい。代わりと言っては何ですが、私が領地ランカーから大地族を排除致します」
「――土部をともに連れて行くんだね」
「はい。此度の件は、領地ランカーの仕事の名目で正々堂々と大地族の領地ランカーを藍領地から引き離す絶好の機会かと。砂岳先輩からも、土部の面倒を頼まれています。どうぞお任せ下さい。土部にも、大地族の犠牲者を見せる意義はあると考えております」
「――分かった。土部をお願い」
「はっ」
刃佐間の敬礼を受け、敦美は最後に黙祷をして刃佐間家を後にする。
結局剣の通夜に参列する形となった。
ふと、剣は仁芸に参列して欲しかったのではないかと思う。
こうでもしないと、誰も自分の葬儀には来ないと彼は思っていたのかもしれない。




