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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
第2章 けぶる翡翠の亡霊達
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 第18話 霧散の救世

 くず領地の豪華客船。

 火災が発生したらしく、白い煙が通路を漂っていた。

 客船のスタッフは、くず領地『四位』ランカーの霧原きりはらひょうと、能力封じの手枷をされたままの電脳族でんのうぞく族長の電拳でんつかつるぎの2人を外へ誘導しながら困惑する。


「他のお客様がどちらにいらっしゃるか、ご存じですか? 客室にお姿がなくて」

灰紋はいもん獣和じゅうわ殿なら、既に自主判断で避難しました。電徳でんとくも同様です。心配は不要ですよ」

「避難した……?」


 スタッフの男は顔色を曇らせる。さりげなさを装いながら、霧原きりはらの背後に回った彼を霧原きりはらは警戒しつつ、前を歩くつるぎと共に舷梯げんていを下り始めた。

 霧原きりはらは長年の勘からスタッフの男の変化にいち早く気付く。

 男が種族能力を発動する前に、一瞬にして眼前に霧の世界を作り出した。


「なっ!? 力が!?」

「船内の食事には手をつけていませんので」


 霧原きりはらの霧で種族能力を抑えつけられ、力が発動出来ない男は「くっ……!」と呻き声を上げると、花火のような丸い玉を床に投げつけた。すかさずジャケットの中に隠していた銃を取り出し、真っ白な霧の中に発砲する。

 その銃弾は、もやの中、空中で止まった。

 男は霧原きりはらの霧の防壁に対処出来ないと判断すると素早く身を翻し、船内へと駆け戻っていく。その際、出入り口を鉱物で塞いだ。

 そして、その鉱物族こうぶつぞくらしき男が投げつけた丸い玉からは黒い煙が勢いよく上がる。

 霧原きりはらは、はっとして頭上を仰いだ。

 豪華客船と着岸している港付近の一角が、土で洞窟のようにすっぽりと覆われた。


大地族だいちぞく!? 馬鹿な!」

「あーらら。閉じ込められちゃって。それでも元・女郎花をみなえし領地の『領王』なんですかねえぇ?」


 つるぎは、霧原きりはらを煽るようにわらった。白銀の前髪から覗く紫電の瞳はを描き、愉快げに鼻歌まで口ずさむ。

 霧原きりはらはこの一帯を霧の中に沈めた。


「見えないの迷惑だなぁ」

「私と力が拮抗している……。これほどの大地族だいちぞく翡翠ひすい領地の者ではないですね」


 霧原きりはらの霧で頭上の土の防御壁は消えない。それどころか土壁からは、硬くて厚い山のような手応えを受ける。

 霧族きりぞく大地族だいちぞくでは相性が悪い。この大地族だいちぞく霧原きりはらより少し格下であると推し量れるが、種族能力として優秀なのは種族の階級順位で上位の大地族だいちぞくの方である。

 残念なことに相性の問題で、格上であるはずの霧原きりはらに軍配は上がらない。むしろ分が悪過ぎる。

 つるぎは自身の電脳画面を開いていた。

 電脳画面に映したカメラ映像を、自動的に霧だけ消す処理が施されるように設定する。これでつるぎにも電脳画面越しならば通常の景色が目視出来るようになった。

 つるぎはうんざりしながら呟く。


「どうせあい領地滞在組の大地族だいちぞくでしょ。今のあい領地には大地族だいちぞくの強者が叩き売り出来るレベルに居るんだし」

「まさか地原ちはら族長か!? 何故ショッピングモールではなくこちらに――」

「……。さあね?」


 つるぎは思い当たる事柄があるのだろう。霧原きりはらから目を逸らした。

 彼が誤魔化したことに霧原きりはらは気付き、ジロリとつるぎを睨んだ。


「メールに細工でもしましたか?」

「ハァ? 俺の救援者にでも見えるのか。どう見ても一緒に巻き込まれてるだろう? それよりその黒い煙、消せてないけど? さっさと消せよ」


 偉そうなつるぎの喋り方は癪に障るが、あえて霧原きりはらは文句を言わない。口論をしている場合ではない事態だ。

 霧原きりはらが自身の霧で黒煙を覆おうとするが、霧がその一定距離内に近付けず、黒煙が消せない。

 この黒煙は、能力封じの物だと察した。霧原きりはらがこの一帯に霧を出している状態の今は、黒煙は丸い玉が置かれた床付近に漂うのみに留まっている。そこは鉱物族こうぶつぞくの男に塞がれた舷梯げんていの架かる出入り口でもあり、霧原きりはらが霧を近付けられないので、鉱物の壁を破壊出来ない状態でもあった。

 途切れることもなく出続ける黒煙に、今後の維持を考えると、霧原きりはらの背中に冷や汗が流れる。

 霧原きりはらの持久力が衰え、霧の力を少しでも引っ込めれば、黒煙の空間が広がることだろう。1度広がった空間は霧の力で取り戻せない。更に、この一帯をドームのように密封している土壁も大きさを変え、内側へと規模を縮めて範囲を狭めてくる。まさに八方塞がりだった。


「ねぇ、俺の手枷を外してくれなぁーい? 次元空間で新鮮な空気供給するからさぁ」


 耳障りなつるぎの猫なで声に霧原きりはらは眉をひそめる。つるぎの申し出を一刀両断した。


「貴方を逃がす失態を犯すぐらいなら、私はともに窒息死で構いません」

「あっそ」


 半眼で霧原きりはらを睨み付けると、つるぎは1度両腕を上に上げて身体を伸ばす。そして突然船へと走り出した。霧原きりはらが制止の声を上げる間もなく、舷梯げんていを駆け上がって黒煙を撒き散らす丸い玉を、岸と船の隙間の海中へと蹴り落とした。

 霧原きりはらは目を見開く。

 つるぎは紫電の瞳を細めて海面を冷淡に見つめた。


「種族能力に頼り過ぎなんだよ」


 次の瞬間、銃声がした。船の窓やデッキから身を乗り出して銃を撃つ者と、黒煙を出す丸い玉を次々と霧原きりはらつるぎに向かって投下する者がいる。

 発砲されたつるぎは滑るように急いで段飛ばしに舷梯げんていを下りて、霧原きりはらの元へ戻る。つるぎは息荒く霧原きりはらに苦情をぶつけた。


「俺に来る銃弾は防いでくれないとか、打開策を披露したのに見返り無いって酷い! 俺のコーディネートが白で霧の中は迷彩状態じゃなきゃ動くマトだったんだけど!?」

「結局打開は出来てないですから。……ですが、意外にも感心しました。小型の銃に対して、貴方が咄嗟とっさに逃げる判断が出来る人間だったとは思いませんでしたよ。闘技大会に出た者でも、その場で動かない選択をしてしまう者は多いので」

「それどこのバカ領地ランカーの話かな。銃が動くものを当てるのが苦手な武器だって、常識レベルな知識じゃないか」


 霧原きりはらは会話の間に、船の奥に引っ込むのが遅れた男2人を霧の濃度を濃くして呼吸不全にさせ、昏倒させる。


「なかなかの度胸です。電脳族でんのうぞくらしからぬ判断力でした」

「……それは、よく言われる」


 つるぎは乾いた笑みを浮かべた。

 霧原きりはらは船内からのアクションをしばし待つが動きはない。内心焦れながら乾く下唇を舐める。

 再び放たれた複数の黒煙を抑えつつ、霧原きりはら達を港に閉じ込める大地族だいちぞくとの持久戦が始まったと思った。この大地族だいちぞくとの勝負を終えないと豪華客船の制圧にも乗り出せない。しかも、霧原きりはらでも勝てる見込みは不透明だった。


「これ以上、敵に増援が無ければ良いのですが」

「ハァ? 随分弱気な……」


 霧原きりはらを茶化そうとしたつるぎの声は途絶える。紫電の瞳を見開き、電脳画面をくい入るように凝視した。


「この……船……」


 つるぎは呆然と呟き、豪華客船の俯瞰映像に後ずさる。


「そういえば、貴方は目隠しで乗船させましたね。大きい船で驚きましたか」

「……何で、今更俺が……見つけられる……」


 つるぎの震える声音に霧原きりはらは驚いた。

 つるぎからは人を嘲笑うかのような嫌な笑みの仮面が剥がれ落ち、愕然とした素の表情で固まっている。


電拳でんつか族長?」

「悪夢の船……何で、何でここに……。翡翠ひすいでは1つも見つけられなかったのに……彼女を救えなかったのに、何でだ……!? 今になって急に……っ」


 つるぎは自身の言葉に、はっとする。電脳画面の隅にある『あいらふらいふ』アプリのアイコンに視線を向けた。そのアイコンの隣には吹き出しがあり、〝博士が地下運河発見〟と表示されている。


「……かぐやちゃん……。ああ……」


 つるぎは頭を抱えて崩れ落ちるようにしゃがみ込む。


 ……つるぎには、生まれた時から見続ける悪夢があった。それは〝世界〟というくくりの終焉しゅうえんの夢。そして、その終焉を回避するための光景を同時に見る。つるぎの人生は、終焉を回避するための光景を見つけることに大半が費やされていた。

 だが、現在に至るまで1度たりとも発見出来たことがなかったのである。それが今、つるぎの目の前にあった。


 つるぎは長年捉えられなかった〝悪夢〟の正体をようやく知る。放心したように豪華客船を見つめ、次第に肩を揺らしてわらいだした。滑稽だと自嘲する。


「ハ、ハハ……! そうか、俺の悪夢じゃない……! 道理で彼女を助けられない……だって俺が世界を救うための夢じゃないんだからっ! あれは全部……そっか。俺があの男のために動かなかったから、翡翠ひすい革命はあの結末か! ハハハハ……っ。何だよ、ずっと勘違いしていたじゃないか。だから今になって、あい領地で〝地下運河〟を見つけられるのか。あい領地に、彼が――いや、君がいるから」


 狂ったように独り言を喋るつるぎを、霧原きりはらは奇異の目で見つめる。

 つるぎはひと通り喋り終わると、紫電の瞳を揺らせて疲れた表情で呟いた。



「……かぐやちゃん。俺、ずっと君の悪夢だって気付かなかったよ……」



 つるぎはすっと表情を引き締めると、顔を上げて多数の電脳画面を出現させ両手を動かした。

 突然プログラム作業をし始めたつるぎに、霧原きりはらは露骨に顔を顰める。


「この非常時に何をやっているのです!?」

「だぁってー、今日はこれから大規模アップデートの時間なんですぅ」


 つるぎの声音は人の苛立ちを煽るような猫なで声に戻っていた。だが、その双眸には真剣な決意の意志が宿っている。

 その時、ドゴォッ! と轟音を上げて、霧原きりはらつるぎの間に巨大な土の壁が生えた。


「新手!?」


 霧原きりはらは信じられない思いで周りを見渡す。この区画を土壁で覆い、霧原きりはら達を閉じ込める大地族だいちぞくとは別口だった。

 しかも、霧の中で全く気配がしないのである。

 そもそも霧原きりはらの霧の防御壁内に侵入し、霧原きりはらに悟られずに相手が力を発動させていること自体がおかしい。霧原きりはら霧族きりぞくの頂点の族長という立場でもあるのだ。この相手は、霧原きりはらよりも遙か高見の強者だと思われる。

 霧原きりはらは死を覚悟して驚異の出現に身構えた。ところが、相手側から次の手がこない。

 隔てられた壁を睨み付け、霧原きりはらは眉尻を釣り上げた。


「目当ては電拳でんつか族長か」






 土壁に、ひやっと肝を冷やしながらも、つるぎは手を止めず、プログラミング言語を打ち込んでいた。


 ――あの終焉に、辿り着いたのか。


 つるぎは、不思議なほど冷静沈着な自分自身に笑みを零す。

 背後で人の気配がした。顔を上げなくても誰がいるのか分かる。

 来るのは分かっていた。『あいらふらいふ』アプリを配布した時から。

 アプリのプログラム作成作業に区切りをつけて保存する。つるぎは顔を上げると、皮肉たっぷりに穏やかな笑顔で彼女を仰ぎ見た。


「珍しいところでお会いしますね。こんにちは、御神地みかむちすめらぎ殿下」

「息災か、電拳でんつかつるぎ族長」


 妖艶な笑みを浮かべる少女が金髪の髪を風に靡かせて立っていた。



 ――宙地原族そらちのはらぞく御神地みかむちすめらぎ皇女殿下。



 立ち姿も麗しい彼女の口から発せられた言葉をつるぎが聞き終えた直後、つるぎの腹に強烈な衝撃が穿うがつ。コンクリートの地面から生えた鋭利に尖る巨大な杭が、つるぎの胴体をたやすく突き刺していた。つるぎは悲鳴も苦痛の喘ぎも、ぐっと歯を食いしばって呑み込み耐えきる。

 御神地みかむちすめらぎは冷たい瞳でつるぎを睥睨していた。


あい領地に配布したアプリは目に余る出来であった。あのような下賤げせんなものに〝水城みずしろ輝夜てるやす〟を登場させるなどという、皇族御三家の品位をおとしめる行為は許しがたい」

「……貴方がたの、いやしく傲慢な振る舞いの方が、皇族家の権威に……傷をつけて、いる」

「ほう、「がた」か。未だに御天日みあめひ凰十おうと『皇帝』陛下を加えずにいられぬのだな。『皇帝』陛下への侮蔑こそ不敬よ」


 つるぎの口内いっぱいに鉄の錆ついたような味の液体が広がっていた。嘔吐したくなるほど不快な味だったが、つるぎは飲み下して口角を上げる。「不敬ってどの口が。ふふっ……」と肩を震わせて笑い出すつるぎを、御神地みかむちすめらぎは無感情に見下ろす。


「何が楽しい?」

「いやぁ……ようやくすっきりしたんですよ。聖人君子なんて、やっぱり幻想だった。あの暴力クズ野郎と親友だって時点で類友で……。それ、さっき気付いたら、もうおかしくって。ああ、そうだ――」


 つるぎは痙攣し始めた指先で電脳画面を触り、『あいらふらいふ』アプリのアップデート送信ボタンを押す。



「――御天日みあめひ凰十おうと、ざまあみろだ……」



 ザシュッ! 


 つるぎの首に、更に杭が打ち込まれる。

 ドサリとつるぎの身体が地面に転がった。

 御神地みかむちすめらぎは物言わぬ死体と、しばし静かに見つめ合う。

 膝を折ってつるぎの顔に手を伸ばし、つるぎの目を閉ざした。


 それから人知れず、霧の中へと再び姿を消したのだった。







                 ◇◇◇






 あい領地『十一位』ランカーの砂岳さたけたつみは、ショッピングモールの建物が変形したさまに唖然としていた。開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。


 あい領地の軍服の上に茶色のコートがトレードマークのくたびれた中年男性こと砂岳さたけは、ショッピングモール付近の周辺を見回り、外で待機していた警備組の1人である。


 つい先ほど、ショッピングモールは9階のフードコート辺りを残し、全ての建物が水になるという怪奇現象が起こっていた。これに対して突如巨大ロボットが出現し、残った9階部分の落下を間一髪でくい止め、両手で掬うように手の中に9階を乗せて、現在も支え続けている。


 この巨大人型ロボットは、砂岳さたけの上司のあい領地『領王』機國きぐに敦美あつみの機械ロボットだろう。


 敦美あつみがどこにいるのか知らないが、ナイスファインプレーだと砂岳さたけは思う。

 しかし、流石だと感心したのは砂岳さたけのみだったようである。

 周りの下位領地ランカーにとって、ありえない領域の所業だったらしく(これほど巨大なロボットを所有していると思わなかったようだ)、唖然を通り越して絶句し、茫然自失な状態に陥っている様子が窺えた。

 次いで追い打ちをかけるが如く、水と化していた液体が再び集まり、9階へと伸びて1本の柱のように姿を変えて固まった怪奇現象も起こった。

 砂岳さたけはこの現象をどう理解していいのか分からず、頭を痛めている。物理法則は一体どこに消えてしまったのだと。

 しかもこの柱、ブヨブヨとした材質で、触ると正直恐ろしい。9階を支えられている気がしないのだ。だからこそ、敦美あつみもロボットを引っ込めないのだと思う。賢明だ。


(まぁ、とりあえず、前と違って月が出る騒ぎが起こらなかっただけ良かったんじゃないかい)


 砂岳さたけはそう楽観的に考えて肩の力を抜いた。

 そこに、現在(あい)領地の街全体の警護責任役であるあい領地『七位』ランカーの紙垂野しでのつかさから連絡が入る。


砂岳さたけさん、そっちどうですか?』

「どうって、報告した状態のままです。それ、この場を離れられる状況かどうかってことでしょうかね?」

『え? あ、えーと、はい。そうです』


 何とも頼りない紙垂野しでのの応えが返ってくる。

 紙垂野しでのあい領地上位ランカーの中で、『十位』ランカーの闇束やみづかかすみに次ぐ大人しい気質で、はっきり言ってリーダーには向かないと砂岳さたけは思う。今回の人選は、一体誰の頭の中から出てきたんだと砂岳さたけは胸中で溜息を吐いた。


「現状では、ここで俺に出来ることが無いんで動けます。状況が変わった場合の保険に待機していなくて大丈夫ですかい」

『う、うーん……。砂岳さたけさんはどう思いますか?』


 砂岳さたけはズコッとこけそうになる。頭をポリポリと掻いて、紙垂野しでのに尋ねた。


「俺をどこに動かしたいんで?」

『港の例の船の様子を見てきて欲しいです。炎乃えんのさんが病院の火災の件で、胡散臭いから今直ぐ船の様子を確認しろって電話があって。でも他領地が絡んでいる船なんで、あんまり下位の領地ランカーを向かわせられないんですよね』

炎乃えんの様が! そりゃ、何が何でも直ぐに行きますよ」

『良かった。じゃあ、土部つちべ君とお願いします』

「分かりました。土部つちべ少年も途中で拾います。駅前の方でしたよね」

『え? そっちにいないんですか?』

「へ? 今回、バラバラの配置だって聞――」


 何やら話の雲行きがおかしい。砂岳さたけは一旦口を閉じ、改めて言い直す。


「いや、ちょっと買い出しに行かせとるんです。直ぐに拾って一緒に港へ向かいますよ」

『あ、そうなんですか。お願いします』


 砂岳さたけは請け負い、携帯端末の通話を切る。素早く土部つちべ少年に連絡を入れるが繋がらない。次の瞬間、ばっと身を翻して走り出すと車に乗り込み、急いで港へ向かった。


(嘘だろ! 頼むから、妙なことに首突っ込んでくれてるなよ!!)


 今回、紙垂野しでのが警備責任者をやるなどの特殊な配置の人選を見ていたせいか、砂岳さたけ土部つちべ少年に「俺、砂岳さたけのおっさんとは別で駅前の見回りになった」と告げられても、それが嘘だと全く疑いもしなかったのである。完全に砂岳さたけの失態だ。


 砂岳さたけの同僚の土部つちべ少年――土部つちべ阿騎あきは現在10歳、小学4年生のあい領地『十二位』ランカーである。

 今、あい領地が神経質になっている大地族だいちぞくという種族のため、砂岳さたけがお目付役として土部つちべ少年を普段から連れ回して面倒を見ていたのだが。



 砂岳さたけは同窓生で元『十二位』ランカーの同僚でもあった彼の父親、土部つちべ卿士けいしの顔を脳裏に浮かべ、苦々しく口を引き結ぶ。


(お前さん、まさか子供を種族間のゴタゴタに巻き込んでるとか言わんでくれよな)


 砂岳さたけの願いは裏切られ、近付き見えてきた港の一角は、明らかに大地族だいちぞくの力によって覆われた土のドームが存在していた。砂岳さたけは急ブレーキをかけて乱暴に車から降りると、その一角に向かって走り出す。駆け出しながら右手をかざして、自身の力を振るった。

 土壁が砂へと変わり、崩壊する。土煙が舞い、その付近が黄色い黄砂で覆われた。

 ゲホゲホと咳き込む声と、目が痛いと泣く声が混じる。

 砂岳さたけは幼い声がしたところへ向かい、土部つちべ少年を見つけた瞬間、普段の数倍の威力のげんこつをくらわせた。


「痛っ!」

「コラ! 何をやっているんだお前さんはァ!!」


 土部つちべ少年はキッときつく砂岳さたけを睨み付ける。突然の暴力に対する声なき抗議の声だったが、砂岳さたけにはそれに取り合っている場合ではなかった。


「持ち場を離れて、ここで何をやってんだ!?」

「別に……」


 再び砂岳さたけが大袈裟に拳を振り下ろす仕草をすれば、慌てて土部つちべ少年は喋った。


「父さんがここで土の壁を作って、しばらく誰も出すなって。一族のためなんだ」

「「一族のため」って……。はぁ、お前さんそれがどういう言葉なのか、本当に分かって言ってるのか? 具体的にはここを閉鎖してどう一族のためになるんだ?」

「えっ……。それは――」


 土部つちべ少年からは続く言葉が出なかった。何も言えない自分自身に戸惑っている風にも見受けられる。遂には拳を握り込んで俯いた。


土部つちべクンよ。こころざしは立派だけどよ。親父さんの言葉を繰り返して言っているだけで、お前さんは何も知らないんじゃないかい。自分が知らないようなことに種族能力を使っちゃ駄目だ。怒られるのも責任を取らされるのも親父さんの方じゃない。力を使ったお前さんなんだぜ」

「え!?」


 土部つちべ少年は、ばっと顔を上げる。信じられないと言った目で砂岳さたけを見た。


「俺は、ちゃんと父さんに言われた通りに一族のためのことをしただけなのに何で怒られるんだよっ!?」

「その前に、お前さんはあい領地ランカーなんだよ。くず領地の船に何かしたら問題になるんだ」

「でも父さんが……」


 土部つちべ少年は、彼なりに理不尽な思いを抱えて納得出来ないようだ。砂岳さたけは腰に手を当てて大業に嘆息した。


(怒られるってだけで済まないぞ。ヤバいな、こりゃ……)


 砂岳さたけの黄砂は消え、薄らと霧が立ちこめていた。霧の深みにはまるのを承知で、港に入っていく。

 土部つちべ少年が後ろからトボトボとついて来た。


霧族きりぞくか。鉱物族こうぶつぞくは勝てないんだよなァ)


 砂岳さたけ鉱物族こうぶつぞくである。霧の水分で砂を絡め取ってくる霧族きりぞくには、相性問題で絶対に勝てない。逆に、霧族きりぞくが苦手らしい大地族だいちぞくには本人の力量さえあれば勝てる。

 水族みずぞく本家のあるあい領地に霧族きりぞくがいないのは、砂岳さたけにとって幸運であった。おかげで『十一位』という下位領地ランカーでは、トップの順位ランクをキープ出来ている。

 よもやま話だが、霧族きりぞく水族みずぞくの枝分かれで生まれたらしい種族でありながら、水族みずぞくとは一切関わりが無いという。何とも不思議な種族関係だ。


 砂岳さたけ達が濃霧の中を進むと、前方に青年が倒れているのを発見した。遠目にも血だらけで、砂岳さたけは急いで駆け寄ると彼の脈を診る。


 ――既に亡くなっていた。

 

 青年の顔を確認してぎょっとする。


(え!? 電拳でんつか族長!?)


 彼は敦美あつみあい領地から追い出される1年前まで、あい領地の住人だった人間だ。当然領地ランカー最古参の砂岳さたけは、つるぎのことを見知っている。


 霧の中から白く長い髪と黒曜石色の瞳を持つ、20代後半の女性が現れた。灰色のスーツ姿というきっちりとした服装とは裏腹に血のように真っ赤な口紅を引いていて、それがとてもちぐはぐな印象を砂岳さたけに与える女性だ。


あい領地の軍服……領地ランカーですね。その大地族だいちぞくの少年を殺人罪で拘束して下さい」

「お、俺……そんな……」


 土部つちべ少年が身体を震わせた。

 砂岳さたけ土部つちべ少年を背に隠す。


「貴女はくず領地の――」

「『四位』の霧原きりはらひょうです」


(うっわ。よりによって霧族きりぞく族長かい!)


 一瞬、天を仰いで色々と投げ出したくなった砂岳さたけだったが、砂岳さたけのコートの隅を掴む小さな手の震えに気を引き締めて話す。


霧原きりはら様。貴女がやっていないという証拠は?」

「彼の傷口を見て分かりませんか」


 それを言われると痛い。腹や首の傷跡を見るに、霧族きりぞくでは有り得ない損傷だった。砂岳さたけはコートを脱ぎ、そっとつるぎの身体の上に被せる。


あい領地は、電拳でんつか族長の入領にゅうりょうは認めてないんです。違法の密入領みつにゅうりょう者が処刑されても――」

「処刑? 貴方がた下位領地ランカーにはその権限がありません。それともこれは上位領地ランカーに報告をしてでの処断ですか? 下位領地ランカーの独善的な私刑は全領地で認められてはいません。あい領地でも犯罪のはずです」


(おいおいおい。既にこっちの身元が割れてんのか!)


 くず領地の客人は、あい領地の階級順位表ランキングを全て頭に入れているようだ。

 砂岳さたけは覚悟を決め、腹に力を入れて断言する。



「ええ、そうですとも。俺の判断で密入領みつにゅうりょう者を処刑しました。この子は、順位ランクが上の俺の命令に逆らえなかっただけなんで、俺を罪人として、うちの『領王』様とくず領地の『領王』様に突き出して下さいよ」






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