第18話 霧散の救世
葛領地の豪華客船。
火災が発生したらしく、白い煙が通路を漂っていた。
客船のスタッフは、葛領地『四位』ランカーの霧原雹と、能力封じの手枷をされたままの電脳族族長の電拳剣の2人を外へ誘導しながら困惑する。
「他のお客様がどちらにいらっしゃるか、ご存じですか? 客室にお姿がなくて」
「灰紋と獣和殿なら、既に自主判断で避難しました。電徳も同様です。心配は不要ですよ」
「避難した……?」
スタッフの男は顔色を曇らせる。さりげなさを装いながら、霧原の背後に回った彼を霧原は警戒しつつ、前を歩く剣と共に舷梯を下り始めた。
霧原は長年の勘からスタッフの男の変化にいち早く気付く。
男が種族能力を発動する前に、一瞬にして眼前に霧の世界を作り出した。
「なっ!? 力が!?」
「船内の食事には手をつけていませんので」
霧原の霧で種族能力を抑えつけられ、力が発動出来ない男は「くっ……!」と呻き声を上げると、花火のような丸い玉を床に投げつけた。すかさずジャケットの中に隠していた銃を取り出し、真っ白な霧の中に発砲する。
その銃弾は、もやの中、空中で止まった。
男は霧原の霧の防壁に対処出来ないと判断すると素早く身を翻し、船内へと駆け戻っていく。その際、出入り口を鉱物で塞いだ。
そして、その鉱物族らしき男が投げつけた丸い玉からは黒い煙が勢いよく上がる。
霧原は、はっとして頭上を仰いだ。
豪華客船と着岸している港付近の一角が、土で洞窟のようにすっぽりと覆われた。
「大地族!? 馬鹿な!」
「あーらら。閉じ込められちゃって。それでも元・女郎花領地の『領王』なんですかねえぇ?」
剣は、霧原を煽るように嗤った。白銀の前髪から覗く紫電の瞳は弧を描き、愉快げに鼻歌まで口ずさむ。
霧原はこの一帯を霧の中に沈めた。
「見えないの迷惑だなぁ」
「私と力が拮抗している……。これほどの大地族、翡翠領地の者ではないですね」
霧原の霧で頭上の土の防御壁は消えない。それどころか土壁からは、硬くて厚い山のような手応えを受ける。
霧族と大地族では相性が悪い。この大地族は霧原より少し格下であると推し量れるが、種族能力として優秀なのは種族の階級順位で上位の大地族の方である。
残念なことに相性の問題で、格上であるはずの霧原に軍配は上がらない。むしろ分が悪過ぎる。
剣は自身の電脳画面を開いていた。
電脳画面に映したカメラ映像を、自動的に霧だけ消す処理が施されるように設定する。これで剣にも電脳画面越しならば通常の景色が目視出来るようになった。
剣はうんざりしながら呟く。
「どうせ藍領地滞在組の大地族でしょ。今の藍領地には大地族の強者が叩き売り出来るレベルに居るんだし」
「まさか地原族長か!? 何故ショッピングモールではなくこちらに――」
「……。さあね?」
剣は思い当たる事柄があるのだろう。霧原から目を逸らした。
彼が誤魔化したことに霧原は気付き、ジロリと剣を睨んだ。
「メールに細工でもしましたか?」
「ハァ? 俺の救援者にでも見えるのか。どう見ても一緒に巻き込まれてるだろう? それよりその黒い煙、消せてないけど? さっさと消せよ」
偉そうな剣の喋り方は癪に障るが、あえて霧原は文句を言わない。口論をしている場合ではない事態だ。
霧原が自身の霧で黒煙を覆おうとするが、霧がその一定距離内に近付けず、黒煙が消せない。
この黒煙は、能力封じの物だと察した。霧原がこの一帯に霧を出している状態の今は、黒煙は丸い玉が置かれた床付近に漂うのみに留まっている。そこは鉱物族の男に塞がれた舷梯の架かる出入り口でもあり、霧原が霧を近付けられないので、鉱物の壁を破壊出来ない状態でもあった。
途切れることもなく出続ける黒煙に、今後の維持を考えると、霧原の背中に冷や汗が流れる。
霧原の持久力が衰え、霧の力を少しでも引っ込めれば、黒煙の空間が広がることだろう。1度広がった空間は霧の力で取り戻せない。更に、この一帯をドームのように密封している土壁も大きさを変え、内側へと規模を縮めて範囲を狭めてくる。まさに八方塞がりだった。
「ねぇ、俺の手枷を外してくれなぁーい? 次元空間で新鮮な空気供給するからさぁ」
耳障りな剣の猫なで声に霧原は眉をひそめる。剣の申し出を一刀両断した。
「貴方を逃がす失態を犯すぐらいなら、私はともに窒息死で構いません」
「あっそ」
半眼で霧原を睨み付けると、剣は1度両腕を上に上げて身体を伸ばす。そして突然船へと走り出した。霧原が制止の声を上げる間もなく、舷梯を駆け上がって黒煙を撒き散らす丸い玉を、岸と船の隙間の海中へと蹴り落とした。
霧原は目を見開く。
剣は紫電の瞳を細めて海面を冷淡に見つめた。
「種族能力に頼り過ぎなんだよ」
次の瞬間、銃声がした。船の窓やデッキから身を乗り出して銃を撃つ者と、黒煙を出す丸い玉を次々と霧原や剣に向かって投下する者がいる。
発砲された剣は滑るように急いで段飛ばしに舷梯を下りて、霧原の元へ戻る。剣は息荒く霧原に苦情をぶつけた。
「俺に来る銃弾は防いでくれないとか、打開策を披露したのに見返り無いって酷い! 俺のコーディネートが白で霧の中は迷彩状態じゃなきゃ動くマトだったんだけど!?」
「結局打開は出来てないですから。……ですが、意外にも感心しました。小型の銃に対して、貴方が咄嗟に逃げる判断が出来る人間だったとは思いませんでしたよ。闘技大会に出た者でも、その場で動かない選択をしてしまう者は多いので」
「それどこのバカ領地ランカーの話かな。銃が動くものを当てるのが苦手な武器だって、常識レベルな知識じゃないか」
霧原は会話の間に、船の奥に引っ込むのが遅れた男2人を霧の濃度を濃くして呼吸不全にさせ、昏倒させる。
「なかなかの度胸です。電脳族らしからぬ判断力でした」
「……それは、よく言われる」
剣は乾いた笑みを浮かべた。
霧原は船内からのアクションをしばし待つが動きはない。内心焦れながら乾く下唇を舐める。
再び放たれた複数の黒煙を抑えつつ、霧原達を港に閉じ込める大地族との持久戦が始まったと思った。この大地族との勝負を終えないと豪華客船の制圧にも乗り出せない。しかも、霧原でも勝てる見込みは不透明だった。
「これ以上、敵に増援が無ければ良いのですが」
「ハァ? 随分弱気な……」
霧原を茶化そうとした剣の声は途絶える。紫電の瞳を見開き、電脳画面をくい入るように凝視した。
「この……船……」
剣は呆然と呟き、豪華客船の俯瞰映像に後ずさる。
「そういえば、貴方は目隠しで乗船させましたね。大きい船で驚きましたか」
「……何で、今更俺が……見つけられる……」
剣の震える声音に霧原は驚いた。
剣からは人を嘲笑うかのような嫌な笑みの仮面が剥がれ落ち、愕然とした素の表情で固まっている。
「電拳族長?」
「悪夢の船……何で、何でここに……。翡翠では1つも見つけられなかったのに……彼女を救えなかったのに、何でだ……!? 今になって急に……っ」
剣は自身の言葉に、はっとする。電脳画面の隅にある『藍らふらいふ』アプリのアイコンに視線を向けた。そのアイコンの隣には吹き出しがあり、〝博士が地下運河発見〟と表示されている。
「……かぐやちゃん……。ああ……」
剣は頭を抱えて崩れ落ちるようにしゃがみ込む。
……剣には、生まれた時から見続ける悪夢があった。それは〝世界〟という括りの終焉の夢。そして、その終焉を回避するための光景を同時に見る。剣の人生は、終焉を回避するための光景を見つけることに大半が費やされていた。
だが、現在に至るまで1度たりとも発見出来たことがなかったのである。それが今、剣の目の前にあった。
剣は長年捉えられなかった〝悪夢〟の正体をようやく知る。放心したように豪華客船を見つめ、次第に肩を揺らして嗤いだした。滑稽だと自嘲する。
「ハ、ハハ……! そうか、俺の悪夢じゃない……! 道理で彼女を助けられない……だって俺が世界を救うための夢じゃないんだからっ! あれは全部……そっか。俺があの男のために動かなかったから、翡翠革命はあの結末か! ハハハハ……っ。何だよ、ずっと勘違いしていたじゃないか。だから今になって、藍領地で〝地下運河〟を見つけられるのか。藍領地に、彼が――いや、君がいるから」
狂ったように独り言を喋る剣を、霧原は奇異の目で見つめる。
剣はひと通り喋り終わると、紫電の瞳を揺らせて疲れた表情で呟いた。
「……かぐやちゃん。俺、ずっと君の悪夢だって気付かなかったよ……」
剣はすっと表情を引き締めると、顔を上げて多数の電脳画面を出現させ両手を動かした。
突然プログラム作業をし始めた剣に、霧原は露骨に顔を顰める。
「この非常時に何をやっているのです!?」
「だぁってー、今日はこれから大規模アップデートの時間なんですぅ」
剣の声音は人の苛立ちを煽るような猫なで声に戻っていた。だが、その双眸には真剣な決意の意志が宿っている。
その時、ドゴォッ! と轟音を上げて、霧原と剣の間に巨大な土の壁が生えた。
「新手!?」
霧原は信じられない思いで周りを見渡す。この区画を土壁で覆い、霧原達を閉じ込める大地族とは別口だった。
しかも、霧の中で全く気配がしないのである。
そもそも霧原の霧の防御壁内に侵入し、霧原に悟られずに相手が力を発動させていること自体がおかしい。霧原は霧族の頂点の族長という立場でもあるのだ。この相手は、霧原よりも遙か高見の強者だと思われる。
霧原は死を覚悟して驚異の出現に身構えた。ところが、相手側から次の手がこない。
隔てられた壁を睨み付け、霧原は眉尻を釣り上げた。
「目当ては電拳族長か」
土壁に、ひやっと肝を冷やしながらも、剣は手を止めず、プログラミング言語を打ち込んでいた。
――あの終焉に、辿り着いたのか。
剣は、不思議なほど冷静沈着な自分自身に笑みを零す。
背後で人の気配がした。顔を上げなくても誰がいるのか分かる。
来るのは分かっていた。『藍らふらいふ』アプリを配布した時から。
アプリのプログラム作成作業に区切りをつけて保存する。剣は顔を上げると、皮肉たっぷりに穏やかな笑顔で彼女を仰ぎ見た。
「珍しいところでお会いしますね。こんにちは、御神地皇殿下」
「息災か、電拳剣族長」
妖艶な笑みを浮かべる少女が金髪の髪を風に靡かせて立っていた。
――宙地原族、御神地皇皇女殿下。
立ち姿も麗しい彼女の口から発せられた言葉を剣が聞き終えた直後、剣の腹に強烈な衝撃が穿つ。コンクリートの地面から生えた鋭利に尖る巨大な杭が、剣の胴体をたやすく突き刺していた。剣は悲鳴も苦痛の喘ぎも、ぐっと歯を食いしばって呑み込み耐えきる。
御神地皇は冷たい瞳で剣を睥睨していた。
「藍領地に配布したアプリは目に余る出来であった。あのような下賤なものに〝水城輝夜〟を登場させるなどという、皇族御三家の品位を貶める行為は許しがたい」
「……貴方がたの、卑しく傲慢な振る舞いの方が、皇族家の権威に……傷をつけて、いる」
「ほう、「がた」か。未だに御天日凰十『皇帝』陛下を加えずにいられぬのだな。『皇帝』陛下への侮蔑こそ不敬よ」
剣の口内いっぱいに鉄の錆ついたような味の液体が広がっていた。嘔吐したくなるほど不快な味だったが、剣は飲み下して口角を上げる。「不敬ってどの口が。ふふっ……」と肩を震わせて笑い出す剣を、御神地皇は無感情に見下ろす。
「何が楽しい?」
「いやぁ……ようやくすっきりしたんですよ。聖人君子なんて、やっぱり幻想だった。あの暴力クズ野郎と親友だって時点で類友で……。それ、さっき気付いたら、もうおかしくって。ああ、そうだ――」
剣は痙攣し始めた指先で電脳画面を触り、『藍らふらいふ』アプリのアップデート送信ボタンを押す。
「――御天日凰十、ざまあみろだ……」
ザシュッ!
剣の首に、更に杭が打ち込まれる。
ドサリと剣の身体が地面に転がった。
御神地皇は物言わぬ死体と、しばし静かに見つめ合う。
膝を折って剣の顔に手を伸ばし、剣の目を閉ざした。
それから人知れず、霧の中へと再び姿を消したのだった。
◇◇◇
藍領地『十一位』ランカーの砂岳巽は、ショッピングモールの建物が変形したさまに唖然としていた。開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。
藍領地の軍服の上に茶色のコートがトレードマークのくたびれた中年男性こと砂岳は、ショッピングモール付近の周辺を見回り、外で待機していた警備組の1人である。
つい先ほど、ショッピングモールは9階のフードコート辺りを残し、全ての建物が水になるという怪奇現象が起こっていた。これに対して突如巨大ロボットが出現し、残った9階部分の落下を間一髪でくい止め、両手で掬うように手の中に9階を乗せて、現在も支え続けている。
この巨大人型ロボットは、砂岳の上司の藍領地『領王』機國敦美の機械ロボットだろう。
敦美がどこにいるのか知らないが、ナイスファインプレーだと砂岳は思う。
しかし、流石だと感心したのは砂岳のみだったようである。
周りの下位領地ランカーにとって、ありえない領域の所業だったらしく(これほど巨大なロボットを所有していると思わなかったようだ)、唖然を通り越して絶句し、茫然自失な状態に陥っている様子が窺えた。
次いで追い打ちをかけるが如く、水と化していた液体が再び集まり、9階へと伸びて1本の柱のように姿を変えて固まった怪奇現象も起こった。
砂岳はこの現象をどう理解していいのか分からず、頭を痛めている。物理法則は一体どこに消えてしまったのだと。
しかもこの柱、ブヨブヨとした材質で、触ると正直恐ろしい。9階を支えられている気がしないのだ。だからこそ、敦美もロボットを引っ込めないのだと思う。賢明だ。
(まぁ、とりあえず、前と違って月が出る騒ぎが起こらなかっただけ良かったんじゃないかい)
砂岳はそう楽観的に考えて肩の力を抜いた。
そこに、現在藍領地の街全体の警護責任役である藍領地『七位』ランカーの紙垂野司から連絡が入る。
『砂岳さん、そっちどうですか?』
「どうって、報告した状態のままです。それ、この場を離れられる状況かどうかってことでしょうかね?」
『え? あ、えーと、はい。そうです』
何とも頼りない紙垂野の応えが返ってくる。
紙垂野は藍領地上位ランカーの中で、『十位』ランカーの闇束霞に次ぐ大人しい気質で、はっきり言ってリーダーには向かないと砂岳は思う。今回の人選は、一体誰の頭の中から出てきたんだと砂岳は胸中で溜息を吐いた。
「現状では、ここで俺に出来ることが無いんで動けます。状況が変わった場合の保険に待機していなくて大丈夫ですかい」
『う、うーん……。砂岳さんはどう思いますか?』
砂岳はズコッとこけそうになる。頭をポリポリと掻いて、紙垂野に尋ねた。
「俺をどこに動かしたいんで?」
『港の例の船の様子を見てきて欲しいです。炎乃さんが病院の火災の件で、胡散臭いから今直ぐ船の様子を確認しろって電話があって。でも他領地が絡んでいる船なんで、あんまり下位の領地ランカーを向かわせられないんですよね』
「炎乃様が! そりゃ、何が何でも直ぐに行きますよ」
『良かった。じゃあ、土部君とお願いします』
「分かりました。土部少年も途中で拾います。駅前の方でしたよね」
『え? そっちにいないんですか?』
「へ? 今回、バラバラの配置だって聞――」
何やら話の雲行きがおかしい。砂岳は一旦口を閉じ、改めて言い直す。
「いや、ちょっと買い出しに行かせとるんです。直ぐに拾って一緒に港へ向かいますよ」
『あ、そうなんですか。お願いします』
砂岳は請け負い、携帯端末の通話を切る。素早く土部少年に連絡を入れるが繋がらない。次の瞬間、ばっと身を翻して走り出すと車に乗り込み、急いで港へ向かった。
(嘘だろ! 頼むから、妙なことに首突っ込んでくれてるなよ!!)
今回、紙垂野が警備責任者をやるなどの特殊な配置の人選を見ていたせいか、砂岳は土部少年に「俺、砂岳のおっさんとは別で駅前の見回りになった」と告げられても、それが嘘だと全く疑いもしなかったのである。完全に砂岳の失態だ。
砂岳の同僚の土部少年――土部阿騎は現在10歳、小学4年生の藍領地『十二位』ランカーである。
今、藍領地が神経質になっている大地族という種族のため、砂岳がお目付役として土部少年を普段から連れ回して面倒を見ていたのだが。
砂岳は同窓生で元『十二位』ランカーの同僚でもあった彼の父親、土部卿士の顔を脳裏に浮かべ、苦々しく口を引き結ぶ。
(お前さん、まさか子供を種族間のゴタゴタに巻き込んでるとか言わんでくれよな)
砂岳の願いは裏切られ、近付き見えてきた港の一角は、明らかに大地族の力によって覆われた土のドームが存在していた。砂岳は急ブレーキをかけて乱暴に車から降りると、その一角に向かって走り出す。駆け出しながら右手をかざして、自身の力を振るった。
土壁が砂へと変わり、崩壊する。土煙が舞い、その付近が黄色い黄砂で覆われた。
ゲホゲホと咳き込む声と、目が痛いと泣く声が混じる。
砂岳は幼い声がしたところへ向かい、土部少年を見つけた瞬間、普段の数倍の威力のげんこつをくらわせた。
「痛っ!」
「コラ! 何をやっているんだお前さんはァ!!」
土部少年はキッときつく砂岳を睨み付ける。突然の暴力に対する声なき抗議の声だったが、砂岳にはそれに取り合っている場合ではなかった。
「持ち場を離れて、ここで何をやってんだ!?」
「別に……」
再び砂岳が大袈裟に拳を振り下ろす仕草をすれば、慌てて土部少年は喋った。
「父さんがここで土の壁を作って、しばらく誰も出すなって。一族のためなんだ」
「「一族のため」って……。はぁ、お前さんそれがどういう言葉なのか、本当に分かって言ってるのか? 具体的にはここを閉鎖してどう一族のためになるんだ?」
「えっ……。それは――」
土部少年からは続く言葉が出なかった。何も言えない自分自身に戸惑っている風にも見受けられる。遂には拳を握り込んで俯いた。
「土部クンよ。志は立派だけどよ。親父さんの言葉を繰り返して言っているだけで、お前さんは何も知らないんじゃないかい。自分が知らないようなことに種族能力を使っちゃ駄目だ。怒られるのも責任を取らされるのも親父さんの方じゃない。力を使ったお前さんなんだぜ」
「え!?」
土部少年は、ばっと顔を上げる。信じられないと言った目で砂岳を見た。
「俺は、ちゃんと父さんに言われた通りに一族のためのことをしただけなのに何で怒られるんだよっ!?」
「その前に、お前さんは藍領地ランカーなんだよ。葛領地の船に何かしたら問題になるんだ」
「でも父さんが……」
土部少年は、彼なりに理不尽な思いを抱えて納得出来ないようだ。砂岳は腰に手を当てて大業に嘆息した。
(怒られるってだけで済まないぞ。ヤバいな、こりゃ……)
砂岳の黄砂は消え、薄らと霧が立ちこめていた。霧の深みにはまるのを承知で、港に入っていく。
土部少年が後ろからトボトボとついて来た。
(霧族か。鉱物族は勝てないんだよなァ)
砂岳は鉱物族である。霧の水分で砂を絡め取ってくる霧族には、相性問題で絶対に勝てない。逆に、霧族が苦手らしい大地族には本人の力量さえあれば勝てる。
水族本家のある藍領地に霧族がいないのは、砂岳にとって幸運であった。おかげで『十一位』という下位領地ランカーでは、トップの順位をキープ出来ている。
よもやま話だが、霧族は水族の枝分かれで生まれたらしい種族でありながら、水族とは一切関わりが無いという。何とも不思議な種族関係だ。
砂岳達が濃霧の中を進むと、前方に青年が倒れているのを発見した。遠目にも血だらけで、砂岳は急いで駆け寄ると彼の脈を診る。
――既に亡くなっていた。
青年の顔を確認してぎょっとする。
(え!? 電拳族長!?)
彼は敦美に藍領地から追い出される1年前まで、藍領地の住人だった人間だ。当然領地ランカー最古参の砂岳は、剣のことを見知っている。
霧の中から白く長い髪と黒曜石色の瞳を持つ、20代後半の女性が現れた。灰色のスーツ姿というきっちりとした服装とは裏腹に血のように真っ赤な口紅を引いていて、それがとてもちぐはぐな印象を砂岳に与える女性だ。
「藍領地の軍服……領地ランカーですね。その大地族の少年を殺人罪で拘束して下さい」
「お、俺……そんな……」
土部少年が身体を震わせた。
砂岳は土部少年を背に隠す。
「貴女は葛領地の――」
「『四位』の霧原雹です」
(うっわ。よりによって霧族族長かい!)
一瞬、天を仰いで色々と投げ出したくなった砂岳だったが、砂岳のコートの隅を掴む小さな手の震えに気を引き締めて話す。
「霧原様。貴女がやっていないという証拠は?」
「彼の傷口を見て分かりませんか」
それを言われると痛い。腹や首の傷跡を見るに、霧族では有り得ない損傷だった。砂岳はコートを脱ぎ、そっと剣の身体の上に被せる。
「藍領地は、電拳族長の入領は認めてないんです。違法の密入領者が処刑されても――」
「処刑? 貴方がた下位領地ランカーにはその権限がありません。それともこれは上位領地ランカーに報告をしてでの処断ですか? 下位領地ランカーの独善的な私刑は全領地で認められてはいません。藍領地でも犯罪のはずです」
(おいおいおい。既にこっちの身元が割れてんのか!)
葛領地の客人は、藍領地の階級順位表を全て頭に入れているようだ。
砂岳は覚悟を決め、腹に力を入れて断言する。
「ええ、そうですとも。俺の判断で密入領者を処刑しました。この子は、順位が上の俺の命令に逆らえなかっただけなんで、俺を罪人として、うちの『領王』様と葛領地の『領王』様に突き出して下さいよ」




