第14話 「宙地原族講義」と「世界征服のススメ」
「病院で火事だってさ」
電牙葦成は、藍領地の速報ニュースを表示した携帯端末の画面を輝夜達に見せる。まるで友人かのような気安い態度に、輝夜はどう反応を返すべきか戸惑った。
電谷は険しい表情で輝夜を背にかばい、葦成の前に対峙する。それから電脳画面を目の前に出して一瞥した。火事関連の真偽を確認したのか、直ぐにその電脳画面を消して葦成を警戒する。
「何故、ここに?」
「電脳族族長が大地族族長に送った『〝水岐広早〟と葛の『領王』がここで会う』という電子メールを盗み見たからな。どうせなら、1番でかい魚が泳いでいる釣り堀を覗きに来たんだ。面白い疑似餌でやっているじゃないか?」
葦成は口角を上げた。
電谷は葦成の例えに顔を顰める。
輝夜だけ何を言われているのか分からなかった。頭の中で、ギジエ? と反芻する。
反応の鈍い輝夜に、葦成は目を細めた。
「水城輝夜、釣りの経験も教養も足りて無いんだな。海も川もある領地で損な生き方をするなよ」
「……よく、てるやんだって分かったっすね」
「確かに、俺の加工より出来は良いか?」
葦成は輝夜を上から下へとなめ回すように見て、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた。
輝夜の脳裏に、電脳で女装の地下アイドルと称して晒された一連の記憶が蘇る。
顔色を青くした輝夜を、更に庇うように電谷は葦成の前に立ちはだかった。
「貴方は電拳族長のメールをハッキングするほど電脳の能力があるようには見えませんが、他に電脳族の仲間でもいるんですか?」
いつもと違い、かなり真面目な口調の電谷は、葦成を探るようにじっと見つめる。
葦成は電谷を見つめ返し、首を傾げた。
「お前、思っていた感じの電脳族じゃないな? つまらん」
「その電脳族は〝電照巫倉〟ですか。彼女をどうやって引き入れたんですか。まさか脅して……」
「んー? じゃあ、協力者は〝電須佐由〟の方だと言ったら?」
葦成は猫のように目を細めると、からかう口調でおどけた。
「それは絶対ありえない」
輝夜がはっきりと断言する。思わず否定の声を出し、輝夜は内心しまったと思った。途端に、ぶわっと嫌な汗が噴き出す。
電谷と葦成は、突然口を挟んだ輝夜に驚いていた。輝夜に2人の視線が集中する。特に葦成は輝夜を凝視しながら、次第に口元を緩ませ始めた。
「電須佐由に「絶対」だと? まさか手札に……っ!? また想定外かよ!」
興奮した葦成は、いつの間にか輝夜の目の前にいた。葦成が輝夜の肩に伸ばした手を、寸前で電谷がバシッと勢いよく払う。
葦成は、しばし無言で無表情になり、虫を見るような目で電谷を見下ろしていたが、すっと視線を逸らす。鼻歌を歌いながら、上機嫌で食券をカウンターへと持って行った。
輝夜は呆然とその後ろ姿を見送る。客を装った周りの下位領地ランカーと思われる人達からも、不安と困惑が混じった視線が向けられていた。
そんな中、輝夜の背中をぽんっと優しく電谷が叩く。
「かやのん。敵意は無いようだから、今は放っておこう。とにかく、さっさとハイ様閣下との面会を終わらせないと」
「う、うん。そうだね、き……」
輝夜は不意に口をついて出そうになった名前を呑み込んだ。
思わず、電谷の横顔を少し凝視した。そこにいるのは間違いなく電谷だ。
一瞬別の人物と錯覚しかけた自分自身に首を捻ると、輝夜はカウンターに行き、食券を渡した。
注文品を待っている間、葦成が篁朝に絡まないか心配したが、葦成は何故か座らずに、輝夜が料理を受け取るのを待っていた。待たれても、それはそれで困るのである。
困惑しつつ、ピザが乗ったトレーなどを受け取って、篁朝のいる席に向かう。
すると、葦成がついて来た。本当に迷惑だ。彼は素知らぬ顔で同じテーブルに腰掛ける。
出来るだけ関わり合いたく無かったので、輝夜は彼の所行に抗議はしなかった。何より下手に篁朝を刺激したくなかったのだ。
篁朝はというと、藤色の瞳を不安定に揺らしていた。テーブルの上で組んだ両手に力を込め、小刻みに震えている様子に輝夜はぎょっとする。葦成のせいかと思ったが、篁朝の視線の先を追って、その要因が窓の外の街の景色だと気付いた。街からは黒煙が空へと上がっており、篁朝はその煙を凝視しているようだった。
(さっき、電牙が言っていた病院の火事……?)
輝夜は篁朝が怖がっているのではないかと感じた。そっと篁朝の手の上に自分の手を添える。
(大丈夫だよ、兄貴。ここは翡翠領地じゃない。俺だって傍にいるじゃん)
願うように、心の中で輝夜は呟く。
声には出さなかったが、篁朝にその想いは通じたようだ。篁朝の手の震えが止まった。輝夜の手の温かさに落ち着きを取り戻したのだろう。
「水、入れてくるよ」
輝夜はほっと胸を撫で下ろし、一旦席を離れてウォーターサーバーでコップ3つに水を注いだ。電谷へ1つ配ると「ありがとう」と礼が返ってくる。
ぼんやりとした眼の篁朝は視線を彷徨わせ、何食わぬ態度で隣にいる葦成を見た。
目が合った葦成は、よそ行きの爽やかな笑みを浮かべる。
「初めまして。貴方がくだんの〝水岐広早〟――いや、水城篁朝か。傾国の美女かってくらい素晴らしい完璧な容姿だ。なぁ、水城輝夜。お前より、兄の方が月族の『輝夜』皇女っぽいな?」
葦成は軽口をたたく。
その言葉に篁朝は微かに肩を揺らし、電谷は目を見開いた。
葦成は割り箸を割ってラーメンを一口食べ、次に当然のように輝夜達のピザに手を出して食べる。輝夜は呆気に取られた。
更に葦成は輝夜のコップを奪って水を飲み、ひとくち口に含んで動きを止めた。呑み込まずに水を吐き出す。
輝夜はその一連の所作に完全に引いていた。まさかそのコップをそのまま返されるのではと身構えたが、葦成はそのコップと篁朝のコップを持ってカウンターの返却口へと行き、コップを置いて戻ってきた。そして半眼で輝夜を見下ろすと、物憂げに嘆息する。
「全く教育が足りていない。お前にも、護衛にも。どうなっているんだ? 藍領地下位ランカーに毒味をやらせていたお前の父親の方が、よほど皇族らしい。最低でも、護衛に毒味をさせてから物を食え。もう月族だから命を狙われることはないなんて短絡的な思考は捨てろ。いいな? 2度とするなよ」
「え……?」
「ああ、そうだ、教育! お前に独学では得られない知識を与えに来たんだった」
葦成はそう言うと、さっさと席に座り直す。
「宙地原族の話をしてやる。あの女がどういう存在か、お前は敵を知っておく必要があるからな」
「て、敵って」
「何が気に障ったのか、あの女は執着していたはずのお前を邪魔だと思い始めたようだ。ここに来るまで確証はなかったが――」
葦成はちらりとウォーターサーバーに視線を向けた。
電谷が意図を汲み取り、顔色を変える。
葦成は「そのままにしておけ」と電谷の動きを制止して肩を揺らして笑った。
「いいねぇ、面白い。お前が目障りだった俺の方が、今はお前を重要なパートナーだと思っている。完全に立場が入れ替わったわけだ」
(パートナー?)
輝夜は目を瞬く。葦成が何を言い出したのか、全く理解出来なかった。恐る恐る聞き返す。
「電牙は俺を嫌っているんだよな……?」
「いや、今はそれほど? 過去のお前の過ちは水に流すことにした」
さらりと葦成は告げる。だが、輝夜に笑みを向けながらその瞳は一切笑っていなかった。
「お前は俺を一生涯見ていなければならない、運命共同体となる。俺の存在を無視するなんて2度と出来やしない。復讐の着地点としては最高じゃないか?」
悪戯っぽく笑みを深めるが、輝夜は背筋が凍った。妙な動悸がし始める。
葦成が酷く禍々しいと思える一方、彼を何故か頼りにするといった、どこから生まれてくるのか不明の奇怪な信頼感が今の輝夜の中に生まれていた。
輝夜は、ごくりと唾を呑み込んで神妙に問う。
「電牙は、一体何者なんだ」
「俺か。俺はあの女に存在を否定された宙地原族。お前と同じ皇族だよ」
「!?」
輝夜は息を呑む。
電谷も驚愕の目を葦成に向けていた。
葦成は視界の端で篁朝が軽く目を瞠ったのを見逃さず、ククッと含み笑いを零す。
「……来た意味は大きかったな! なぁ、水城輝夜。気付いていないのか? このままだとお前と俺の将来は詰んでいる。どちらもいつかは幽閉行き、お先真っ暗だ」
「――幽閉」
電谷が聞き咎める。
葦成は頬杖をついた。
「大地族内の極秘の情報――〝宙地原族〟という種族の実態を教えてやる。まず、皇族御三家が、何故皇族なのか。それは力の巨大さもあるが、それ以上に不老と不死の一族という神秘の特性を持つからだ。
太陽族と月族の特性は不老。だが、不死ではない。だから太陽族と月族は、少ないながらも一族というものを作り、その血を繋いでいく。
そして、宙地原族の特性は不死。こいつは異質で一族が存在しない。この世界で唯1人の存在。不老ではないが、身体は朽ちても新たに蘇る。魂の不死だ」
「魂の不死……?」
「死んでも大地族の中に生まれ変わって戻ってくる。原始の時代から現代に至るまで、宙地原族は中身が同一人物らしい。この世界の歴史を全て知る叡智の存在でもあり、この惑星の記録書だ。だからこそ、惑星と同じ〝宙地原〟という種族名を持つ。ところがこの生きた記録書は、感情と、偏屈で独裁的な思考を持つ。皇族御三家の中で最も発言権が有り、厄災的存在ともなっている」
「大地族の中から生まれ変わる……」
輝夜は驚いた。
それではまるで――……
「まるで、月族の皇子『かぐや』のようだろ? あの女が『かぐや』に固執する理由は、そこだろうな。この世で孤独に生き続けていた女が、自分と同じように生きる他の存在を見つけたんだ。さぞかし魅力的に映ったことだろうな」
葦成は一旦溜息を吐いた後、皮肉を乗せてあざ笑った。
「あの女、『かぐや』は良くて、俺は同族と認められないらしい。俺の存在は、唯一無二という価値を下げ、何より記録書としての交代さえ意味する危険を孕むからな。かといって下手に始末も出来ない。生まれ変わって、逆にその所在が不明になると探す手間がある。あいつらが俺を刑務所にはぶち込んでも、放置する理由だな。
そして何より、あの女は恐れている。俺が生まれたことで、本当に次も生まれ変わることは出来るのか。だから、昔ほど顔を見せなくなった。警戒心も強く、皇族に会う以外の事柄で姿を見せない。近いうちに、あの女は心の平穏を求めて俺の幽閉に乗り出すだろうな」
そこで葦成は輝夜を力強く見つめる。笑みを消し去り、真剣な眼差しだった。
「お前も月族本家から迎えが来るはずだ。しかも、あの女の動きで、そう先のことにならないと推測する。お前は月族本家からの迎えがどういうことか認識していないようだから、はっきり言っておくぞ。
世俗からの幽閉だ。月族本家自体が隠遁生活を良しとしているからな。今の表の世界で出歩けなくなる。家族にも2度と会えなくなる」
輝夜は葦成の言葉に心臓を掴まれる心地がした。
――考えていなかったわけじゃない。だが、突然他人に幽閉という未来を突きつけられ、動揺と混乱で頭の中はぐちゃぐちゃになった。
絶句する輝夜に、葦成は手を差し出す。あくどい笑みが張り付いた顔で明るい声音だった。
「俺と世界征服をしようじゃないか。この世界の覇権を、今の皇族御三家から奪い取る。それ以外に俺達には幽閉以外の未来はない」
「せ、世界征服……って……」
「俺が宙地原族分家になり、お前が月族分家になる。折角闘える月族なんだ、トップをやれ。後は、今あの女にガン無視されている次期『皇帝』候補の太陽族を味方に引き込んで、新しい皇族御三家になり表に復帰する」
「それは種族の階級順位制度を復活させ、『領王』制度を廃止する腹づもりですか?」
今まで黙って聞いていた電谷が口を挟んだ。
葦成は首を横に振る。
「『領王』制度こそ至高だと俺は考える。種族に関わらず、巨大な力を持つ者が領地を治める、大いに結構じゃないか。この800年間、『領王』制度で問題があったとは思わないな。『皇帝』制度と『領王』制度は、共存するべきだ」
「……電脳族の扱いをどう考えているんですか?」
「俺は電脳族扱いされて生きてきた人間だからな? 親しみはあっても電脳族を嫌ってはいない。階級順位制度の階級が欲しいなら与えるし、領地もやるかな。けど、結局『領王』として別の種族が統治することになるだろ? そもそも各領地に散らばる電脳族が、今更1つの領地に集まって暮らすか?」
「――……」
「かといって、前の『皇帝』が提案した『領王』制度廃止案は合わないよな? 投票制度は、他種族の組織票に電脳族が勝つ隙は無いはずだ。なるほど、こうなると電脳族を皇族の親族にするやり方が無難に最善な手ではあったのか。電脳族の処置は、俺なりにもう少し考えてみる価値があるか」
葦成はそう呟いて、再び輝夜へと視線を戻す。
輝夜は茫然自失としていた。
葦成は誘いの返答が今は期待できないと察し、早々に切り替えて手元を見下ろす。
「ああ、折角のラーメンが。伸びてるな」
マイペースに食事を再開し、ズルズルと音を立てて麺を啜った。




