第13話 亡霊現る 〈炎乃響華視点〉
藍領地『九位』ランカーの炎乃響華が病院へ着くと、3階の病室から火の手が上がっていた。
響華は表情険しく炎を睨む。
(こんなことなら、昨日泊まり込むんだったわ)
葛領地『領王』の移動で一部の交通機関が規制され、響華がいつもより病院に到着するのが遅れたのだ。
けたたましく鳴り響く警報器の音と、病院関係者や入院患者達が外に緊急避難をし始め、悲鳴と叫び声が聞こえる。空へドス黒い煙が上っていた。
響華は人波に逆らい、病院の入り口へと足を進める。
大人の1人は響華を止めようとし、顔を見て『九位』だと気付くと制止の声を引っ込めた。
(出火元は霞の病室だわ)
響華は眉間に皺を寄せて虚空を睨んだ。煙が立ちこめる入り口から、パニック状態で次々と出て来る人々に素早く視線を向け、響華は真紅の瞳を眇める。
口元をハンカチで覆った、とある男性が響華の横をすり抜けた瞬間、響華は動く。問答無用で炎の塊を男へと放った。
突然の強襲に、男は対応が出来ずに塊を受けて地面に転がる。衣服に燃え広がる炎に「ギャアアアアァッ」と耳をつんざく絶叫が響き渡った。
それを目撃した人々は響華の強行に声なき悲鳴を上げる。
響華はその男へと近付いて冷淡に見下ろした。
「アンタからこの火を生んだ気配がするわ。放火は大罪よ」
火が消えた男は、ぐったりと地面に転がりながら薄らと開けた双眸で響華を見上げ、顔を引き攣らせて笑った。
「やっと……楽に」
「何」
響華が口を開いた瞬間、男は絶命した。驚いて男を仰向かせると、男は自身の手に小型のナイフを握り、それを胸へと突き刺している。ナイフの先端には鮮やかな青色の液体が付いていた。
(毒――……)
響華は苦々しく舌打ちをして軽く右手を振る。病院から上がっていた火が一瞬にして掻き消えた。響華の力だ。
そこかしこで安堵と歓声の声が上がる。入り口には消防車がやって来たところだった。
(霞、無事よね!?)
響華は急いで顔を上げ、焦燥感を滲ませて避難者の顔を確認した。
すると、道路脇の消防車の隣に藍領地『十位』ランカーの闇束霞が呆然とした様子で立っている。
響華は彼女の無事な姿に安堵よりも疑問が先に立ち、思わず「は?」と不機嫌な声が出た。
柳眉を釣り上げて響華は闇束に近付く。
闇束は真っ青になっていた。
「アンタ、何で外にいるわけ?」
「……あ。近くに、有名な果物タルトの店があって」
闇束は、しどろもどろに理由を説明する。タルトのホールケーキが入っているらしい大きな箱を両手で大事に抱え込んでいた。
響華は闇束の頭部に巻かれた包帯を見ながら、呆れて嘆息する。
「まだ退院の許可も下りてないのに、よくもまぁ、勝手にふらふらと病院を抜け出せるわね」
闇束は響華の背後で黒い煙が上がっている病室に、眉を八文字にして縮こまる。
「も、燃やすほど怒らなくても……」
「私がやったんじゃないわよ! 失礼ね!」
ドスンッ!
突如、焼け焦げた病室の窓から、重い物が落ちた衝突音が響き渡った。
ドロドロに皮膚が溶けた人型の機械ロボットが地面に着地している。
響華は異形の姿にぎょっとした。
ロボットはそのグロテスクな状態で動き出し、周りでは恐怖の悲鳴が飛び交う。そして引き気味の響華と、口元に手をやって更に顔色が青くなった闇束の前へと来た。
『お帰りなさい』
「ひい! ふ、ふーちゃん……!? 身代わり頼んで、ご、ごめん!」
『オカエリナサイ』
「ヒッ!? や、闇がっ、闇が浅くてごめん……っ!」
ロボットは、まるで壊れたオルゴールのようだ。音声が破損してノイズが混じる声で、何度も『おかえりなさい』と繰り返す。
闇束はホラー映画のような惨状に、パニック気味で涙目になった。
さすがに勝ち気な響華も腰が引ける。
「これ、敦美が見舞いで贈ってきた、人工頭脳入りの大きなフェレットのぬいぐるみ……? 中身は人型のロボットだったの」
「それが外見も人型に変身出来て……だから、俺の代わりにベッドで寝てもらったんだけど……」
『刺さレた。火ツけラレた。怖かっタ』
ロボットのたどたどしい答えに、「こんなことになるとは思わなかったんだ……! 本当にごめん!!」と闇束は一層謝り倒す。
響華は先ほど自害した男の死体に視線を向けた。
「霞。敦美に礼を言っておきなさいよ。危うく暗殺されるところだったわ」
「ふーちゃん、直してもらえるかな……?! 『領王』様にお金をいくら払えばいいと思う!?」
響華が真剣に告げた言葉を聞き流し、闇束は気もそぞろにロボットの心配ばかりをしてオロオロしていた。
響華は呆れて首を横に振った。
「アンタ、そんなに気に入ったの? ここまで壊れていると、新しいものに変えた方がいいんじゃない」
「嫌だよ! 一生ふーちゃんと2人で生きていくんだからっ! もう他の子なんて考えられない……。直らないなら俺が責任を取って、このままでもずっと面倒見るんだっ……」
「そ、そう」
闇束の思い入れの深さに、響華はたじろぐ。
闇束の方は響華に思いの丈をぶつけて少し冷静になったのか、怖々と死体を見る。
「藍領地民――じゃない、よね。俺だって、さすがにそこまで嫌われてないはず。……ないといい」
「このタイミングだと、あそこ以外考えられないわね」
響華は北の方角を見据えた。
闇束も釣られて目線を向ける。
ここからだと距離が遠過ぎて見えないが、その視線の先にある港――そして、現在そこに停泊する他領地の船を2人は脳裏に思い浮かべていた。
響華はその結論に鼻白む。
「ただ、逆にあっちにメリットがないタイミングでもあるのよね。きな臭いわ」
通報を受けた藍領地の警察と領地ランカー達が到着し、響華達の方へと向かってくる。
響華は面倒くさそうに肩を竦めた。




