第12話 浮遊のイレギュラー
輝夜の当初の目的は、PCを買うことだった。
だから葛領地の人達と会う場所はPCショップか電気屋を希望していたのだが、葛領地の灰兼思『領王』が難色を示し、ショッピングモールへと変更されたのだ。
葛領地の『領王』がその店に行く自然な理由が無いのと、藍領地『二位』ランカーの雷秀寿が護衛役なので、電気製品関連の店に連れて行くのは店側に倒産するほどの損害をもたらしかねないというのが先方の言い分である。
輝夜達が向かったのは、少し駅前から離れた立地の藍領地で1番大きなショッピングモールだ。勿論、家電製品の店も何件かテナントで軒を連ねている。駅前の百貨店よりも敷地が広くて建物も高い。
入り口に立った輝夜は目を輝かせていた。
(こんなところに来たの、何年振りだろう!?)
9年間人混みを避けて逃亡生活を送っていたため、どうしても巨大な商業施設などからは足が遠のいていた。輝夜は頬を微かに赤らめて、興奮気味に隣の篁朝の腕を引っ張る。
「兄貴っ、初めてだよね。一緒にこういうところに来たのってさ!」
「……」
しかし、篁朝から返答はない。ぼんやりと視線を彷徨わせていた。今日の篁朝は昨日と違い、あまり具合が良くない。精神的に不安定な様子は見せないが、意識が現実にないようなのだ。輝夜は篁朝の様子に気落ちすると、そっと篁朝の腕から離れた。
電谷が1度咳払いをして口を開く。
「じゃあ、かやのん。まずはPCを買いに行きましょう」
輝夜は周りを見渡した。
すると、電谷が苦笑する。
「てるやんが、かやのんだよ」
「あ! そうだった」
輝夜は、現在〝獣櫛草乃〟として変装しているのだ。どうにも自分の格好は常に見えないので失念しがちである。視線を下げると、スカートから伸びた黒タイツの自分自身の足が目に入った。微妙な気持ちになる。
(でも、俺だけじゃ無いし)
輝夜は隣の絶世の美女を仰ぎ見て、気持ちを浮上させる。美女こと、篁朝をフォロー出来るようにしっかりしなければと意気込んだ。
電谷に先導されて、家電製品屋も兼ねたPCショップへと向かった。広いフロアに、1人で離れたら迷子になりそうだと輝夜は思う。
「かやのん。求めている機種かスペック、あと予算はどれくらい?」
「えっと、オンラインゲームが普通に動けば何でもいいよ。予算は10万皇三銭だけど」
「ゲーミングPCに10万かぁ……」
「厳しい……?」
「かやのんは自作はしないよね? 残念だけど、低スペックPCの部類になるよ」
「低スペックってどんな問題があるんだ? ゲームは出来るんだよね?」
「かやのんがやるゲームの質によっては、カクカクにしか動かせないかもしれない」
「え!? ……そうなんだ。佐由さんのゲームって、どんな感じなんだろう」
輝夜は答えを求めて篁朝の顔を何度か窺うが、ぼんやりとした様子の篁朝は話に加わる気配がない。篁朝の意見を引き出すのは諦めて、輝夜は電谷に頼む。
「……さすがに10万皇三銭も払って動かないじゃ困るから、どんなゲームでも最低限まともに動くPCの中で安いやつを見繕って欲しい。予算もちょっとは無理がきくように余分に渡されているから、何とかなると思う」
「そう。じゃあ、ノリト重工の竈シリーズだね。竈は御形領地で造られているから、ノートPCでも高性能だよ」
「ゴギョウ領地?」
「機械族の領地」
「へえ」
輝夜は頭の中で地理の授業を思い出していた。あやふやな記憶の世界地図を広げてみる。
(中央大陸の上の、北の大陸にある領地だったかな? 芸能で有名な堅香子領地と同じ大陸にそんな名前の領地があったような気がする)
目当てのPCが置いてある売り場に行くと、店員が直ぐに傍に来て、機種の希望の色や在庫状況を調べてくれた。あまりに親切過ぎるというか、他にも店員が数人来て囲まれ、それが全員男性だと、いくら鈍い輝夜でもこれはただの親切な接客ではないと気付く。
女装した篁朝と輝夜に鼻の下を伸ばしている様子の彼らに、輝夜は騙しているようで内心非常に申し訳なく思った。
そんな中、あえて空気を読まなかったらしい電谷が笑顔で「届け先は、藍領地本部ビルへお願いします」と告げた途端、場の空気が凍り、蜘蛛の子を散らすように会計をする店員以外は売り場へ戻っていった。
輝夜は胸を撫で下ろして会計を済ませる。
「かやのん、本部で一旦預かってから届けますね。一応中身を確認して、水城家へ持って行きますよん。安心して」
「色々ありがとう。……何かごめん。俺達、この格好で逆に目立っているみたいで」
「大丈夫大丈夫ー。フードコートで落ち合う御方に比べれば派手さはないから」
「灰兼って人、派手なんだ」
「それはもう」
電谷は歩きながら力強く頷く。
輝夜は溜息をついた。
「後で草乃ちゃんに迷惑掛からなければいいんだけど。だいたい、実際の草乃ちゃんの方が可愛いと思うんだよなぁ」
「かやのん、まだ7歳だっけ? 幼さもあって、確かに凄く可愛いっすよね」
輝夜は電谷の応えに目を丸くした。
輝夜の驚いた表情に、電谷もきょとんとなる。
「どうかした?」
「いや、だって、やっくん。子供苦手だって言ってただろ。だいぶ平気になったんだ?」
輝夜の言葉に、ふっと電谷が真顔になる。
「――子供が苦手……」
「実は草乃ちゃん、やっくんに距離取られることをちょっと気にしているみたいなんだ。きっと喜ぶよ」
「かやのんが、そう言ってたの?」
電谷の疑問に輝夜は首を振る。
「何となく、俺が察しただけ」
「優しいんだね」
「そんなんじゃないよ。俺、恐がりなんだ。つい、周りの顔色を気にしてしまって」
ぼうっとした篁朝の横顔を盗み見て、輝夜は電谷に苦笑いした。
「周りの誰かが困ってたり、苦しそうにしていたら不安になる。自分が不安な気持ちでいたくないだけで、優しいとかじゃないんだ。俺、前に機國さんと昔からの知り合いだって言ったけど、あれもさ、確か見掛けた機國さんの姿が見ていて不安になったから、機國さんに声を掛けたのが知り合ったきっかけだったんだよ」
「……。でも、それは誰かの助けになってる。人の気持ちを汲み取ろうとする行為は、短所じゃなくて長所だよ」
「長所……。そんな風に考えたことなかったなぁ。人の顔色を窺っているってオドオドしている感じしない?」
「だけど見ているだけじゃなくて、それとなく相手に伝えたり、行動に移しているからネガティブな顔色の窺い方とは全然違うよ。気持ちが通じるように接してくれるのは難しくて嬉しいことだから、優しいってこっちが感じるのも普通だと思う。だから優しいで合ってる」
最後は電谷にきっぱりと断言されて、輝夜は照れ笑いを浮かべた。思わぬところで褒められて、何だかこそばゆい。
「そう言ってくれる、やっくんこそ良い奴」
輝夜の褒め言葉に、電谷は眉根を寄せた。何故か納得出来ないと言った複雑な表情を作る。褒められるのが嫌いなのだろうか。謎である。
エレベーターで9階へと上がった。このショッピングモールの建物ではフードコートは数カ所有り、1番見晴らしのいい硝子張りの場所での待ち合わせだ。
輝夜達以外の客は少なく、まばらに数人の客が注文品をカウンターで受け取っていたりする。しかも、その客の顔も輝夜は見覚えがあった。
目を凝らすと、客の1人と目が合う。その客は輝夜の姿を見て飲み物を吹いた。どうやら、よく護衛をしてくれている水族の下位領地ランカーの人だ。
輝夜は慌てて目を逸らし、キョロキョロと周りを見て電谷に尋ねた。
「席はどこでもいいのか?」
「さりげなさを装って接触したいって要望だったから、注文品を受け取るカウンター近くがいいかな」
「分かった。兄……じゃない! お姉さんは何か食べたいのある?」
「……」
篁朝は相変わらず、どこかを彷徨っているような状態だ。
輝夜は「じゃあ、パン系の物と甘い物を買ってくるよ」と篁朝に告げて席に座らせ、食券の自販機へ電谷と一緒に行く。
輝夜は普段家の食事では出てないピザとホットドックに決めた。篁朝のためにフルーツや生クリームがふんだんに乗ったピザも別に買うことにする。
(ちょっと量が多いけど2人で食べるし、やっくんもいるから何とかなるよな)
「ラーメンにしないのか?」
不意に、輝夜の頭上から声がした。
驚いて仰ぎ見ると、輝夜の背後から食券の自販機を興味深そうに覗き込む背の高い男がいる。背後に立たれていたことに、輝夜は全く気付かなかった。輝夜は親しげに声を掛けてきた男に酷く戸惑う。
とても見覚えがあるのだが、誰だったか思い出せず、分からない。
顔色を変えた電谷が、男と輝夜の間に強引に割り込んで男を突き飛ばした。
男は不思議そうに電谷に首を傾げる。
「何だ、この電脳族。俺を認識している……?」
男は目を丸くしながらも、どこか余裕のある態度で、直ぐに輝夜へと視線を戻す。携帯端末を弄りながら気安く話し出した。
「ここのラーメン、電脳の評判良いぞ。俺はこれを食いに来たんだ」
「えっ……あの……?」
「そろそろ認識させてやるよ。俺の〝地下運河〟での歴史授業は面白かったか?」
その瞬間、輝夜は既視感の正体を知る。驚愕に目を見開いた。
どうしてこの人物を忘れることが出来ていたのか、信じられない。
輝夜は声を震わせる。
「……電牙、葦成……」
葦成は、輝夜の答えにニヤリと口角を上げた。
「まさか雷君を護衛に連れていると、エレベーターに乗れないとはね」
灰兼はショッピングモールの階段を上りながら、皮肉を乗せて笑みを浮かべる。
秀寿は肩を竦めて苦笑した。
「灰兼さんの運動不足解消に貢献出来たみたいで良かったです」
「ほう。君も言うようになったじゃないか」
灰兼は楽しげにククっと含み笑いをする。階段の壁は硝子張りになっており、外の景色がよく見えた。灰兼が「おや」と外を眺めて声を上げる。
「火事かな」
灰兼の呟きに秀寿も外を見る。街から黒い一筋の煙が空へと上がっていた。
灰兼と3人の葛領地ランカー達はそのまま歩を進める。
秀寿は立ち止まって煙をじっと眺めた。
「……あの海の上で見た煙みたいですね」
秀寿の呟きに、灰兼は振り返らず、こっそりとほくそ笑んだ。




