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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
第2章 けぶる翡翠の亡霊達
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 第10.5話  今生のさかずき 〈獣伏武視点〉


 獣伏じゅうふしたけしは、数メートル先の道路に出現した巨大な機械ロボットの拳が、あい領地の上位ランカーに問答無用で振り下ろされた様を目撃して仰天していた。


(な……何なのだ。あれは……)


 すると、ともに獣櫛じゅうくし涼柁りょうたの護衛として隣に立つあい領地下位ランカーが間延びした声を上げた。


「うわっ。相変わらず凄いなぁ、『領王』様」


(おぉ……水族みずぞくの方は、何と豪胆であるか)


 獣伏じゅうふしは、隣の水雲みずもしげるを横目で盗み見る。獣伏じゅうふしは現在半獣型(はんじゅうがた)で2足歩行の秋田犬姿のため、顔を相手の方向へ無意識に向けていた。

 水雲みずも獣伏じゅうふしに説明を求められたと思ったのか、軽い調子で答えた。


「あ、気にしないで下さい。うちでは結構よくあることなんです」

「そ……そうであるん。ず、随分と殺伐としておるようなん……」

「殺伐!? いや、そんな大袈裟です!」


 水雲みずもはへらへらと笑いながら、手を左右に振って否定する。何故だか緩い。


刃佐間はざま様への制止は、派手だから物騒に見えてるだけです。刃佐間はざま様の力は完全に発動前の、構えってやつですか? あの状態の瞬間に、誰かが全力の一撃で仕留めないと止まらないんですよ。生半可な力じゃ結局発動しちゃいますし。一撃必殺、相手は本当に能力ごと胴体真っ二つで即死です」


(能力ごと切り裂く!? 刃族やいばぞくにそんな特殊能力の者がいたのか……!?)


 獣伏じゅうふしは、獣族けものぞくがどの種族よりも他種族の能力について熟知している自負があったので、知識に無い能力を知らされて驚愕する。

 一方、隣で水雲みずもが世間話でもしているようにのほほんとしている余裕のある態度にも戦慄した。このどこかとぼけた雰囲気が水雲みずもの気質でないなら、異常な能力の目撃に慣れているという恐ろしい事実が浮上する。


 獣伏じゅうふしの脳裏を、あい領地の機國きぐに敦美あつみ『領王』が機械族きかいぞくでありながら電脳族でんのうぞくの力で花束を消した信じがたい場面がかすめ、ぐっと口を引き結んで目を細めた。


(思い起こせば最初から……。くっ、何という非常識な。一体どうなっているのだ、あい領地は。他の上位領地ランカーも全員変わり種ではなかろうな!?)


 獣伏じゅうふし達は、護衛役の『四位』時蔵ときくら石斗せきとにも充分驚かされたのだ。

 時代が時代なら、刻族ときぞく太陽族たいようぞくの養子になっている突然変異種族である。



 騒ぎのあった方向から、まさしく脱兎の如く2足歩行の真っ白な兎が猛スピードで走ってきた。

 獣羽じゅうは恵兎けいとだ。彼女に獣和じゅうわ隠近やすちかが暴力を振るった件は獣伏じゅうふしの耳に届いているので、気遣いの言葉を掛けようと口を開いた。


恵兎けいと様。お戻りに――……」

獣伏じゅうふし殿。私は今日からあい領地民ですから、お帰りはご勝手になさって下さいね!」

「は?」


 獣伏じゅうふしは真顔で聞き返したが、瞳をキラキラと輝かせた恵兎けいとはウインクをしてさっさと獣櫛じゅうくし家の家の中へと入ってしまった。

 水雲みずもはぽかんと口を開けて恵兎けいとを見送る。

 共に見送った獣伏じゅうふしは眉間に皺を刻んだ。その皺の大半は、もこもこの小麦色と白色の毛の中に埋没する。


(何故……涼柁りょうた様といい、皇族家と関わりを持つ方々は、こうも独善による行動を取られるのか。せぬな)


 獣伏じゅうふしは唸りながら遅れて獣櫛じゅうくし家へ入る。室内では言葉も無く呆然とした様子の獣和じゅうわが、涼柁りょうたに背中を押されて玄関へと追いやられていた。


「この家は、けいちゃんが管理してくれることになったん。草乃かやのもいるし、2人とも帰るといいん」

「わっ、若……!? なな何をおっしゃっておられるのですか!?」


 わに獣和じゅうわが泡をくって動転する。涼柁りょうたの方は涼しい態度だ。ふさふさの尻尾をブンブンと振っていた。

 獣伏じゅうふし涼柁りょうたの顔色を窺いながら尻尾を下げ、獣和じゅうわのために口添えをする。


「……隠近やすちか殿は、桔梗ききょうなまりが消えるほど動揺しているご様子。このまま外に出す訳にはいきませぬ。落ち着かれるまで、しばしの滞在をお許し下さいませ」



 ――桔梗ききょう領地の訛りは、一種の処世術である。目上の人物に敬語を使うように、獣族けものぞくが他種族に使う言語だ。超常的な能力を持つ他種族と違い、原始的な能力しか持たない獣族けものぞくは、この桔梗ききょう領地の方言で相手の油断やおごりを引き出し、見極めて交流するのが常だ。頭が悪い獣だと思わせるのが肝である。

 『領王』制度がはびこる現代はその効果が最も出ていて、〝桔梗ききょう御大おんたい〟をあなどる『領王』と、一歩引いてこちらを尊重する『領王』で知識と知能の差が目に見えて分かるほどに機能していた。



「玄関内ならいいん。女の子を殴る人は家の中に入れたくないんよ」

「わ、私は若の妹君を殴ったりはしませんっ!!」

「とっさの感情を暴力で表す人の言葉は、信用に値しないん」


 涼柁りょうたに笑顔で一刀両断された獣和じゅうわは、へなへなと地べたに座り込んでしまった。


(……終わったな、隠近やすちか殿)


 獣伏じゅうふしは、此度こたびあい領地訪問による涼柁りょうたの次期御大候補への復帰を促す算段は、これで完全に叶わなくなったと悟った。


 くだんの恵兎けいとは鼻をせわしなく動かしながら、長い耳を少しくたりと下に下げて、とてもリラックスした様子だ。急須と湯呑み2つをお盆に載せて持ってきた。

 獣和じゅうわ恵兎けいとを憎々しげに睨み続けるが、恵兎けいとはどこ吹く風である。


「やはり計算尽くだったのか……!」

天啓てんけいに従ったのです。行動されたのは全て獣和じゅうわ殿です。私はここに至るまで獣櫛じゅうくし殿の説得を提案したのみで何もしておりません。獣和じゅうわ殿、天啓へと導いて下さり、ありがとうございました」

「ぐう……っ! このうさぎおんなッ……!!」

隠近やすちか殿、さすがに恵兎けいと様に対して口が過ぎるぞ」

「っ……」


 獣伏じゅうふしとがめる声に、獣和じゅうわは爬虫類独特の拳をブルブルと震わせる。


 獣族けものぞくには第六感を持つ者が多い。最も持っている者が多い第六感は、地震などの天災を事前に察知する能力である。

 恵兎けいとの第六感は特殊だ。他者の行く末を察知する能力だという。獣伏じゅうふしはいまいちよく分からないでいた能力だが、どうやら察知するだけではなく、ある程度誘導出来るようだ。それでも曖昧模糊あいまいもこなフワフワした第六感だとは思うが。







 玄関のみの滞在を許された獣和じゅうわ獣伏じゅうふしは、それから玄関の段差に腰を下ろし、茶を啜った。2人の間には会話が無く沈黙が流れる。

 最初に口火を切ったのは獣和じゅうわだった。歯切れ悪く獣伏じゅうふしに訊く。


「……そちらはどうするのだ」

あい領地に残る。これは御大の御意思であられる。我が忠誠は、御大にしか捧げられぬゆえ。そして涼柁りょうた様と恵兎けいと様をお守りしようと思う」

「そうか。……私は戻るぞ。例え、居場所が無くともな」

「仕える先を変える気はないのか」


 獣和じゅうわは静かに頷いた。

 獣伏じゅうふしは急須を持ち、獣和じゅうわの湯呑みに茶をそそぐ。


桔梗ききょう領地とあい領地は遠い。これが最後のさかずきになるかもしれぬな」

「酒も無いとは寂しい最後になったものよ」


 獣和じゅうわは肩を竦め、湯飲みに口をつけた。そして、ふと声を潜めて話す。


「……何故、わかはこのタイミングで次期御大を辞し、あい領地へ移住したのだろうか。どうにも佐由さよし様が理由だとは思えん」

翡翠ひすい革命を悔いておられたからではないか?」

「9年経って、今更それが理由足りえるのか。……若の御大就任は、御天日みあめひ凰十おうと『皇帝』陛下の遺言でもあったのだぞ。どうにも、若を怒らせる事実が浮上したとしか思えぬ」

「……その勘ぐりは、不敬ではないか」

「だが、ここまでかたくなに遺言を実行せぬ理由が考えられぬ。『皇帝』陛下の臣下として見過ごせぬ何かを知ってしまわれたのだ。だからこそ、同じ皇族の臣下である姫宮なら若を説得出来るのでは無いかと、私は過分な期待をしていたが……!」


 獣和じゅうわは苛ただしげに、ぐいっと茶を一気にあおる。立ち上がって玄関の扉を開けた。


「私はくず領地の船へ戻り、そのまま桔梗ききょう領地へ帰還する」

涼柁りょうた様に挨拶は良いのか?」

「私は諦めていない。だから挨拶はせぬぞ。今生こんじょうではもう会えぬかもしれぬが」

「ああ、それでもまた」

「どこかで」


 獣和じゅうわ獣伏じゅうふしは握手して別れた。

 獣伏じゅうふしは、しばらく閉じた扉をじっと見つめていたが視線を感じて振り返る。顔を曇らせた恵兎けいとが立っていた。


獣和じゅうわ殿は残らなかったのですね」

「かの行く末は暗雲か……?」


 不安を感じて獣伏じゅうふし恵兎けいとに尋ねた。

 恵兎けいとは静かに目を細める。


「それが他者の好機となるのです」

「……」


 獣伏じゅうふしも茶を飲み干す。湯呑みの底には茶葉の塊が残り、酷く苦かった。




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