第10話 水城家への招待状 【後編】
獣櫛涼柁への相談は終わった。
敦美は、公園に行ってもらっていた獣櫛草乃達を迎えに行く。次元移動はせず、電谷と細かい話をしながら歩いた。
電谷は敦美の命令に「俺がっ、準備とか! 変態扱い待ったなし!!」とこれからの準備にもだえている。
敦美はそれには反応せず、疑問を口にした。
「――獣櫛殿の家、変じゃなかった……?」
「お! やっぱ『マスター』もそう思いました? 生活感無さ過ぎで、電脳族の家みたいでしたネ。電須佐由様の次元空間で暮らしてらっしゃるのかしらん。はて? てるやんは、かやのんがいるから一緒に暮らさないって言ってたんだけども。まぁ、安全で良いんじゃないでしょーか。最近の藍領地ってば、修羅の方面で人材豊富になってますからぁ!」
電谷は何故か空に向かってひと差し指を立てて腕を上げる。特に意味は無い仕草だろう。
敦美はその行動には触れず、淡々と無言で流す。
流されたと察すると、電谷はすっと表情を引き締めた。
「……リョー様、こっちに何も言ってくれませんけど、前から宙地原族に命を狙われてる疑惑ありますもんね。殿が葛の工作員ランカーに爆破攻撃させて追い回していたのだって、要するに宙地原族から「それしていいよ」って許可されていたってわけで。御大にもならないって宣言しているのに理不尽っすよ。あれですか? 翡翠革命で『皇帝』陛下側にいたから宙地原族と敵対を――」
「――電須佐由と……電脳族と一緒にいるからだよ、電谷」
敦美は静かに呟いた。電谷が、ぐしゃりと顔を歪ませる。
敦美は電谷に言い聞かせるように念を押した。
「――宙地原族は、電脳族を認めない」
「……分かってます。電須佐由様の養子縁組を猛反対の頃から、本当心底分かってますよっ……! でも俺達、領地も無い、充分底辺な存在じゃないですか。そこまで目の敵にされるいわれあります!?」
電谷は胸の内にくすぶる憤りを、拳を震わせながら吐露した。
「リョー様もですけど、俺てるやんもむちゃくちゃ心配……。殿は一体どういうつもりであんなルート作って……。てるやんのこと嫌ってんのかな……。何か俺の方がへこみます」
電谷は自分の言葉に落ち込んで俯いた。
電拳剣が藍領地にバラ撒いた『藍らふらいふ』アプリ。
その中に隠し攻略キャラクターとして存在する輝夜のシナリオは、電谷が攻略した内容では輝夜と両思いになるという恋愛EDが固定で、ラストは宙地原族と思われる謎の少女にプレイヤーが刺されて死ぬオチがついているものだった。
更に、敦美の弟・仁芸が地下でサーチしたことによって出現した〝水城輝夜EDでの生存ルート〟という別シナリオでは、始まった当初からプレイヤーは輝夜と親密な仲の設定で、謎の少女も登場せず、プレイヤー自体は刺されて死ぬこともなく平穏にエンディングを迎えるが、ラストは輝夜が急逝し葬式EDというブラックなものだった。輝夜が死ぬ原因は不明である。
仁芸にこの詳細な記録やプレイ動画を渡された敦美は絶句した。
それは2つのルートを比較した電谷も同様だ。かなりのショックを受けたのである。電谷が「あんなルート」と称するのは、この葬式シナリオのことだ。
「――……」
敦美は気落ちする電谷にどう答えるか悩んで、結局やめた。剣は輝夜に対して悪感情をもっていないと敦美は思っている。しかし、前に話した時に敦美がそう感じただけで彼の本心は分からない。確証はないのだ。
敦美が考え込んでいるうちに電谷は暗い顔を改めて、気持ちを切り替えるように首を横に振ると明るく笑った。
「やめやめ。別の話題にしましょっ。てるやんのお父様も紫の瞳で綺麗でしたねー。うちの領地、稀少なはずの紫の瞳を持っている人が多過ぎ問題あると思いますデス! てるやんのお父様と、お兄様のタカ様。うちの殿でしょ。『四位』のクラ様、『五位』のハザ様……」
「――そんなに多くないよ」
「いやいや、これ充分多いですから! 昔は突然変異種族しか持っていない瞳の色だって言われてたんっすよ。現代は特殊な種族能力だと持っている色って認識っすけど。でもね、俺は水城家に関わるようになってから怖いことに気付いちゃったんですよね」
「――水城家に……?」
敦美は興味を引かれて微かに肩を揺らす。
「ほら、てるやんが全領地覆い尽くす月を空に出したでしょ。あれほどの巨大な力を持っている月族が、800年間も藍領地に隠れ住んでいるかもですよ! だから藍領地民に全くその影響が無かったとは言えなくって。紫の瞳は、まさにその影響の一種じゃないかなぁと! 俺達、月族の力の増強効果を受けて生まれてきた……もしくは育ってきたかもなんです。皇族御三家統治時代、月族は中央の皇族領地から一歩も外に出てないのデス。それは他種族に影響を出さないために、離宮に籠もりきり生活をしていたせいなのでは!?」
敦美は肩すかしをくらった気分で、うろんげな眼差しを電谷に向ける。
「――電谷の空想論なの」
「む、信じてませんね。じゃあとっておきの怪談を。電須佐由様、電照巫倉様、殿、『マスター』、あと俺! な電脳族トップ5名ですが……」
「――何?」
「全員が藍領地生まれ、もしくは育ちーっ」
電谷は声高々と知識を披露する。
敦美は知人と自身の名を出されたことで少し思案してみた。しかし、直ぐに嘆息する。
「――科学的根拠の無い偶然」
「バッサリ?!」
「貴殿、よくも謀ったん! 若を説得する気など始めからなかったん!!」
突然、公園から怒鳴り散らすガラガラ声が聞こえた。瞬時に敦美は次元移動する。
公園の一画で鰐の半獣型姿の獣和隠近が、兎の半獣型姿である獣羽恵兎に拳を振り上げていた。
敦美は獣和の背後に現れて、彼の腕を掴んだ。
「!?」
腕を掴まれた獣和は、ぎょっと目を剥いて背後を振り向いた。
敦美の姿を見て顔を強張らせる。
「機國……『領王』様……」
「――藍領地内での暴力行為を認めた覚えはありません」
敦美に腕を解放された獣和は苦々しく口を引き結ぶ。
揉めていた2人から離れたところにいた藍領地『四位』時蔵石斗は、困ったように眉根を下げていた。その背後には草乃がいるようだ。時蔵は草乃の前に出て、彼らの揉め事を見せない配慮をしていた。
「幼子の前で人を殴るなぞ感心せんのう。大人が困ったもんじゃ」
恵兎は既に1度殴られていたらしい。殴られた痕が分からないフサフサの兎の毛並みを一瞥してから、敦美は獣和の前に立ち塞がる。
遅れて電谷が次元移動してきた。
「わ。何すかー。桔梗領地の御方がた、どうしたって言うんですか?」
「……。これは、桔梗領地の問題であるん」
獣和はジロリと恵兎を睨んで身を翻した。それを見た時蔵が敦美に言う。
「『領王』様。私はこのまま彼の護衛をするので、獣羽恵兎殿を頼んでもいいですかのう。獣和隠近殿とはともに帰りたくないじゃろうて」
「――構わない」
時蔵は敦美に頭を下げ、草乃を連れて公園から去って行く。
残された恵兎は無表情の敦美に無言で見つめられ、気まずげに佇んでいた。
見かねた電谷が、敦美達に公園のベンチに座ることを薦める。2人は近くのベンチに座った。
真っ白で長い耳をピンと立てた恵兎は、恐る恐る敦美にお礼の言葉を述べる。
「こ……このたびは、助けていただきありがとうございました。更には大変お見苦しいところをご覧に入れて申し訳ありません」
敦美は漆黒の瞳を軽く瞠る。
鼻をピクピク動かしながら喋る恵兎の言葉は桔梗領地特有の方言が無く、全く訛っていなかった。
(ただの桔梗領民――という触れ込みだったけど、やっぱり違う……?)
「――彼は貴女が謀ったとおっしゃっていましたが、何かこの領地で不穏な動きを……?」
「いっ、いえ、やましいことは何も……っ。滅相もございません……!」
慌てて恵兎は否定した。そして敦美の様子を怖々と窺いながら話し始める。
「……私が悪いのです。「獣櫛殿を説得してみせる」などと、かの方を唆して私が藍領地に渡る足掛かりとしたのです。獣和殿のお怒りはもっともなものですので、どうか獣和殿には寛大なご配慮を」
恵兎は恭しく頭を下げた。
(〝獣櫛殿〟、か。……この人、他の桔梗の2人と違って、他領地の人間みたいな呼び方をしている。あまり親しくない桔梗領民だから……? でも、親しくないならどうしてこの人が獣櫛殿の説得に選ばれて来ているのかという話になるし)
敦美は彼女の話に冷静に切り込む。
「――何故、藍領地に来たかったのですか? 答えないという選択を取るならば、全員葛領地の客船に戻ってもらいます」
「そ、そんな……!」
恵兎は悲鳴を上げる。長い耳が先ほどよりも更にピンと立つ。しばし逡巡する様子を見せたが、恵兎は重い口を開いた。
「……藍領地に月族がいらっしゃるのではないかという電脳の噂を知りました。私はいても立ってもいられず、こうして馳せ参じてしまったのです」
「――月族に、会いたいのですか」
「は、はい! あ、いえ決して興味本位などで会いたいなどと言っているのではありません。獣櫛殿が狼の獣族として生まれた時から桔梗領地の御大となる地位を得られていらっしゃるように、兎の獣族として生まれた私にも生まれながらに皇族御三家の月族に仕えるという地位があるのでございます」
「ひゃへっ!?」
電谷が離れたところから素っ頓狂な驚きの声を上げる。
突然飛び出した桔梗領地の新情報には敦美も内心驚愕していたが、淡々とした無表情を崩さず、その驚きは一切顔に出さなかった。
そのせいか、恵兎は敦美に照れながら話し続ける。
「流石藍の『領王』。私の素性を既に察しておられたのですね」
ただの桔梗領民ではないと疑っていたので、敦美は肯定も否定も返さなかった。
恵兎は長い耳を少しだけ下げる。彼女は敦美に対する警戒心を解きつつあった。
「桔梗領地は古代から皇族御三家に忠誠を誓って参りました。そしてそれぞれの皇族家に関わる者も厳密に決められてきたのです。『皇帝』陛下に関わり、太陽族の窓口になる御大は狼の獣族が。宙地原族の窓口は蛇の獣族が。そして月族の窓口は兎の獣族と」
敦美は一見当然のような表情で彼女の話を聞いていたが、胸中では困惑していた。
――古代領地と称される桔梗領地は、何千年という気が遠くなるほど領内の体制を変えず、現代も獣族しか住めない上に闘技大会も開かれない。
『領王』と分類されるのは獣族族長で〝御大〟と呼ばれる。更に桔梗の〝領地ランカー〟という存在も形式上の順位を御大が作り、それらをランカーとして呼んでいるに過ぎないと聞いている。事実上、『領王』制度が無い領地だ。
他種族は〝狼の獣族が御大になる〟という情報ぐらいしか知らず、どのような体制の領地か不透明で、歴史学者ですら皇族御三家との桔梗領地の関わり方について詳しい内情を知らないはずである。
歴史教科書でも一切言及されておらず、皇族御三家関連の歴史書籍で、桔梗領地と関係を扱ったタイトルを見たこともない。
宙地原族並みに秘匿の多い領地だとも思う。
なのに、歴史学者が喉から手が出るほど拝聴したいであろう桔梗領地と皇族との関わりの話を、兎の恵兎は鼻を忙しなく動かしながら何でも無いことのように、他領地の『領王』相手に語っているのだ。
敦美は困惑を通り越して心配になってきた。
(これは――他領地に漏らしていい情報じゃないと思うんだけど。口が軽いというより、この人立場があるのに、あまり人を疑うことを知らないんだ。……箱入り娘ってこういう人のことも言うんじゃないだろうか)
「月族にお仕えする私は、対外的な『領王』制度にあたる順位はありません。ですから、ただの桔梗領民という括りですが、実際には皇族家の従者として特別な待遇をいただいて暮らしておりました。ただ……」
恵兎は言葉を詰まらせると俯く。兎の顔色は敦美には読めないが、どこか悲しげな雰囲気が漂う。
「……800年前に、皇族御三家は表舞台から姿を消しております。こう言っては何ですが、それ以降に生まれた兎の獣族は特別な待遇をいただきながら、何も役に立っていないのです。桔梗領地では「無駄飯ぐらい」と陰口をたたく者もおり、とても肩身の狭い思いを代々しております」
(――「兎の獣族は」か。その言い方だと、御大と蛇の獣族の人は窓口として機能しているってことだよね。太陽族と宙地原族とは連絡が出来ているって私にバラしているけど……本当にいいのかな)
敦美はちらりと電谷へ視線を向ける。
電谷は両手で顔を覆っていた。敦美も彼女の愚直さに困惑しているので、頭を抱えたくなる気持ちは分かる。
「あ、あの藍の『領王』っ……お願いがあるのですが」
「――はい」
「貴女は月族の居場所を知っていますよね。どうか教えて下さいませ」
敦美は意表を突かれて息を呑んだ。恵兎は確信を持って、敦美に真剣な眼差しを向ける。
「藍の『領王』は、電脳の噂話に対して、そのような噂があるのかと私に尋ねず、会いたいかどうかを問われました。私が出した〝月族〟という浮世絵離れした単語に全く驚きがありません。
貴女は月族について何かしらの情報を持ってらっしゃるご様子――……私は決して月族に徒なす者ではありません! 私が信用出来ないのであれば、どうぞ獣櫛殿にお問い合わせ下さいませ! ですからどうか私に慈悲をっ……。この身体を持って生まれたからには月族にお仕えする使命を全うさせて下さいませ……!」
恵兎が必死に頭を下げる。
敦美は彼女に対する分析を完全に誤ったと気付かされた。
(観察されていたのは私の方……!? 私の反応をちゃんと見て信用の判断を下して話していたんだ。何も考えてなさそうな振る舞いだったのに本当は全部計算していたの……?! ――獣櫛殿といい……あなどれない)
敦美は1度深呼吸すると、はっきりと恵兎に告げる。
「――皇族家に仕えたいならお引き取り下さい。藍領地にはただ普通の高校生として暮らしている藍領地民しかいません」
恵兎は、はっとして顔を上げる。敦美の言葉に兎の瞳は潤んでいた。
「皇族家に仕えることで権力を得るなどという煌びやかなものは一切望んでおりません……。その権力の地位こそ、月族の方々が姿を消された意志に反しているのは自明でございます。
ですから私はご迷惑にならない程度に、そっと影ながらお仕えする形で構わないのです。
藍の『領王』、せめて月族のいらっしゃるこの地で私は生きとうございます。獣櫛殿のように私の移住をお許し下さい」
恵兎は両手を震わせながら封書を差し出す。それは、今回の訪問者が移住を希望した場合、受け容れて欲しいという桔梗領地の現御大からの嘆願書だった。
敦美は目を通して動揺した。そこには御大自身の体調が悪いこと、次代の御大候補者が大地族側と親密であり、涼柁と藍領地を敵視していること、更に月族の窓口という役職そのものを廃する向きがあること、という桔梗領地で内紛が起こっているらしい事実が綴られている。
(御大が藍領地にこの人を逃がしたんだ)
先ほど恵兎を殴りつけていた獣和の行動も、この事態に焦った苛立ちのせいだったのかもしれない。彼自身も危うい立場にいるからこそ、藍領地の訪問メンバーにいるのだ。
敦美は漆黒の双眸を静かに伏せた。
「――灰兼『領王』が藍領地から去るまでは、この嘆願は受理しません。ですが、この意志が固いならば、これから先、獣櫛殿の敷地内から一歩も出ずにお過ごし下さい。全てはその後です」
「……っ。ありがとう、ございます……!」
恵兎の声は涙ぐんでいた。
敦美は恵兎に次の言葉を言うべきかどうか悩み、視線を逸らして若干言いにくそうに呟いた。
「――その……。獣櫛殿の向かいには、普通……の藍領地民の高校生が、います」
「え……?」
恵兎は目を見開いて固まった。敦美に言われた言葉に頭の中が真っ白になったようだ。固まったまま呆然とした様子で地面を見つめる。彼女が意識を取り戻すのに少しの間があった。
恵兎は突然がばりと身体を起こしてベンチから立ち上がる。
「行かねばっ!!」
恵兎は走り出す体勢で敦美の両手をガシリと握った。敦美は唐突にアグレッシブさを発揮した恵兎についていけず、目を丸くする。
「機國敦美様! 貴女はきっと藍の『領王』で終わる御方ではないでしょう……!!」
(え?)
今度は敦美が驚く番だった。
予言めいた言葉を発した恵兎は一目散で公園の外へと走って行く。
(待っ……ってえ!? もう居ない! 早い!)
恵兎の姿はどこにもない。敦美と電谷も慌てて立ち上がる。
「じゃ、じゃあ俺は買い物に行きますね!?」
敦美が頷くと、電谷は次元移動で姿を消す。
急いで敦美も次元移動を駆使して恵兎に追いつかねばならなくなった。
その後、真っ先に彼女を捕捉したのは敦美ではなく、水城家付近を巡回していた藍領地『五位』ランカーの刃佐間逍遙である。
近隣の塀の上によじ登って水城家を窺おうとしていた恵兎に「曲者!」と叫んだ刃佐間は、生み出した複数の刀で串刺しにしかける寸前だった。
その現場に居合わせた敦美は機械ロボットの腕を瞬時に出現させ、刃佐間をなぎ倒して防いだのである。
刃佐間自身が桔梗領地の客人の護衛ではないからと、問答無用で客人に切りつけた刃佐間の判断には冷や汗が背筋に流れた。
図らずとも敦美は、身体能力に特化した獣族の脚力を甘く見ていたことを思い知らされたのである。




