第5章 犯行現場は閑古鳥
「冗談じゃないわ」
「炎乃様、来ていただいて本当に助かりました! 消火まで面倒を見てくださって」
「私は通りかかっただけよ。ふざけないで」
「その、これから……?」
「さっさとこの場で事情聴取が出来る奴の調書を取って帰るわ!」
「はい!」
高圧的な響きのある高い声で部下を一喝した少女は、長い茜色のウェーブがかった髪をうっとうしそうにかき上げながら、黒々と炭化した火災現場跡を睨みつけた。
彼女の鋭い真紅の瞳がその内面の苛烈さをも物語る。
ここは、藍領地の中央都市部商店街の大通り付近。
今回、隣接した数軒の建物に火災でも被害を出した、爆発した喫茶店があった場所である。
「そもそも駅前管轄の中央都市部警護の責任者やってる『四位』はどこ行ったのよ!?」
「時蔵様は火事の煙を誤って吸い込まれてお倒れに……」
「ジジイ耄碌してんじゃないわよっ! 『三位』はどうして来てないの!?」
「水名様は本部で藍領地全域の検問の手配を」
「犯人捜しと捕縛の方で動いてるのね。『二位』は!?」
「雷様はいつもの病院かと。ただ、連絡がつきません」
「『領王』!!」
「『領王』様は現場の判断に任せると……」
その一言に、彼女は街灯につけられた監視カメラに向かって中指を突き立てる。
「アンタがサボってんじゃないわよ敦美!! 私がサボれないでしょ! ぶっとばすわよ!!」
――藍領地|階級順位『九位』 〝炎乃響華〟
彼女は現『領王』機國敦美と姉妹弟子で幼馴染み。さらには『領王』どころか上位の領地ランカー全員と対等に話すという領地ランカー内でも異彩を放つ特殊な存在だ。
「直前まで店にいた客を連れてきました!」
部下の下位領地ランカーの1人が意気消沈した丸眼鏡の青年を響華の前まで連行してきた。
響華は彼を見て柳眉を釣り上げる。
「ああ……ホントに良い店だったのに。てるやんとも約束してたのに……」
「電谷! ウザイわね! アンタここで何やってるのよ!?」
「うはっ! 開口1番に罵倒とは流石エン様ね!! ゴ褒美ヨー! でもウザイって単語は好みじゃないからヤメテ欲シー!」
「即答して」
電谷の足元に転がってた、鎮火したはずの消し炭からボワっと炎がよみがえる。はしゃいでいた電谷は素早く真顔になった。
「くだんの紅茶専門の喫茶店におりましたよ。爆発したのは店を出て友達と別れてから2、3分もしなかったっすかね」
「はあ? アンタに友達? 幻覚じゃないの」
「ちょっ!? どゆことー!? 空想ズッ友とお茶してたって、エン様の考える俺マジでヤバ過ぎ?! 一体その俺には何が起こったというのだい!?」
電谷のオーバーなリアクションに、響華は面倒臭げに携帯端末を取り出して電谷に店内の記録映像を送った。
受信した電谷は眼前の空中にその映像を再生して目を見開く。
喫茶店内に設置されていたカメラ映像には、電谷ただ1人が客として映っていた。
「……ガチで俺しか店内にいませんな……。何、この恐怖映像……」
「その反応だとアンタが映像を加工したって話でもなさそうね」
「加工の形跡がわかんないレベルの品質なんだけど、ナゼに加工と断定を?」
「喫茶店の店員が無事なのよ。客が4人いたって証言してるわ」
「生きてんの!? 良かったー! ホント、店員さん含めていい店だったんっすよ!」
「その店員は店から5軒も離れた公園にいたわ。どうしてそこにいたのか、本人もわからないっていう妙な話よ。死人が出たのは飛び火した隣の店だわ」
「……瞬間移送……」
電谷は神妙な顔で呟く。腕組みをしてうなった。
「――だからあの依頼、兄の方のみだったわけだ……。てるやんは俺なんかの加工不要だってことで……」
「アンタ、心当たりがあるわね?」
「うーん、遠近法?」
「……は?」
「ほら、大きいものは近くで見ても見えないっていうアノ原理! ……とまぁ、それはただの冗談なんですが。実は俺、あそこで都市伝説の神に遭遇しまして。映像と移動系の謎は全部あの御方の仕業として収束してよいかと」
「私にわかる言葉で喋れないの?」
響華は真紅の双眸を半眼にして不機嫌もあらわにハイヒールの底を何度もその場の地面に打ち付けた。
電谷はそんな響華の態度にも動じず、けろりとしている。
「その神の名は、〝電須佐由〟様――……!
電脳族の一族内で現人神として崇めてる特別な御方ですわ。本来なら電脳族族長になるべき正当な血筋なんですが、不幸な事故が重なりましてね……。もう17年も前にこの世界から失踪しちゃってまして」
響華は電谷の言葉に眉根を寄せた。
「失踪? それ、電脳族の次元シェルターに逃げ込んだって意味かしら?」
「ノンノン! そこがまさに神たるゆえん! 電須佐由様はシェルターなんて規模の小さいもんじゃなく、まさに世界そのものを……! 多数の多次元世界をポケットに持ってるような神様めいた驚異の能力者らしいです! しかも他人まで連れてけるんですよ!!」
「は? その能力が何だって言うのよ。……話ずれてない?」
「いや、本題のままですってば。だからその御方が喫茶店におられたんです。俺、クッソ見下されましてねー……。ご気性が荒いと噂で聞いてたもんで、もう殺されるのかと。
多分、電須佐由様が店員さんを外に繋げた次元に放り込んで助けたんじゃないかと思うんです。カメラ映像も俺しか入店してない別世界の映像を突っ込んでるんじゃないかなーって。加工じゃなくて無修正のレアものでは? と」
「……その推測、信じられないわ。そんな架空の人物みたいな能力の奴が本当に実在するわけ?」
「ですよねー。他種族サマには、底辺の電脳族ごときがナニ戯言ほざいてんだって感じですもんネー……」
電谷がフゥッと諦めにも似た重い溜息をつく。
響華は不思議そうな顔をして尋ねた。
「仮に実在したとしてよ。どうして失踪した奴が藍領地のこの店にいたのよ?」
「そこは本人に聞かないとなんとも。しかし9年振りかなー? この世界で電脳族があの御方を目視確認出来たのは」
「……アンタ狙いだったなら、他領地からの宣誓布告攻撃って単純に断定するんだけど。なんか厄介な話に発展しそうで嫌になるわ。何者かがそいつ個人に攻撃した線も出てくるじゃないの」
「あ。既に喫茶店の爆発は事故じゃなくて事件って形で調査してんですね。ほーん」
「アンタ、一緒にいたっていう友達の名前は?」
それまで饒舌に喋っていた電谷は、その質問をされた瞬間に黙り込んだ。
響華はその不審な態度に片眉を上げる。
「――名前は?」
「え……? い、いやぁ……俺達、偶然お茶してた一般人なんですが……。そ、そういうお調べ必要ですかね……?」
「笑わせないで。アンタは藍領地の電脳技術アシスタントで雇われてる技術屋でしょ。アンタが一般人名乗るなら下位領地ランカーなんて全員一般人になるわ。で、どこの誰だったのよ。アンタの友達」
電谷は目を泳がせてもごもごと口籠もり、明らかに動揺している。しかし焦点をどこかに合わせたかと思うと、再びはっきりと答えた。
「水城輝夜君。今日来た転校生ですぞ! てるやんはもう俺の心の友である!」
にかっと笑って誤魔化したが、響華は電谷が窺いをたてるような目線を送った先を見逃さなかった。
瓦礫の撤去作業を行っていた水族の領地ランカー達がいる方向だ。彼らも直ぐに顔を伏せたが、こちらの様子を見ていたのは明白だった。
「そういえばアンタ……最近、副業で小遣い稼ぎをしてるって噂を聞いてたわね。今のクライアントはどこの一族なのよ?」
「えっ……あるぇ? アルバイトって禁止でしたっけー……?」
冷や汗を掻き始める電谷に、響華は詰め寄る。
「これから洗いざらい申し開きしてもらうわ、『領王』の前でね!」
「ひええっ!? お見逃しをおぉぉぉぉぉ……!!」
響華に襟元を掴まれた電谷の、絹を裂くような悲鳴が現場で木霊した。




