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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
第2章 けぶる翡翠の亡霊達
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 第9話 水城家への招待状 【中編】

 くず領地『領王』灰兼はいかねおもいの希望で、水城みずしろ篁朝たかときと面会させることになった。敦美あつみはその要請のため、水城みずしろ家に自らおもむく。

 敦美あつみと同じように次元移動で瞬時に移動出来る電谷でんやともっていた。電谷でんや輝夜てるやすの様子を見たいという。


「――どうしたの? 水城みずしろ君に何か」

「いやあ、まぁ大したことじゃないんっすよ。最近てるやんってば、色々あったんで体調崩してるみたいだから心配でして。あとは……ちょい調査中の段かーい?」


 電谷でんやはおどけた仕草で曖昧な応えを返す。これ以上追求しても、電谷でんやは口を割らないだろう。「――後で、報告して」とだけ敦美あつみは言っておく。


 水城みずしろ家の玄関チャイムを押した。

 敦美あつみは少しの高揚と、初めて訪れる輝夜てるやすの家に緊張する。


水城みずしろ君、久し振りに会えるかな)


 おかしなところはないか、軽く髪を手で整える。

 玄関の扉を開けたのは清潔感のある小柄な壮年の男性だった。錫色の髪に菫色の瞳。何度も写真や映像で見知っている相手、輝夜てるやすの父親の水城みずしろおぼろである。


 彼との接触は、敦美あつみはこれが初めてだ。


 おぼろ月族つきぞく本家から放逐されたと言っても月族つきぞくの皇子のためか、水族みずぞく本家は敦美あつみが直接連絡を取ることに難色を示していたので、これまで水族みずぞく本家を介してでしか連絡を取ったことはなかった。だが今は、敦美あつみ電谷でんやが通信関連を停止させているため、本人に会う公然の口実が作れたとも言える。


 対面したおぼろは、ただそこに佇むだけで穏やかな雰囲気が感じられ、扉から手を離す仕草や敦美あつみ達を迎える立ち姿などで明らかに育ちが違うと一目で思わせる何かがあった。

 敦美あつみはドキドキと心臓の鼓動を早めながら、出来るだけ丁寧にお辞儀をする。


「――初めまして。このあい領地の『領王』機國きぐに敦美あつみです」

「こちらこそ初めまして。篁朝たかとき輝夜てるやすの父親、水城みずしろおぼろです」


 2人の挨拶が終わったのを見計らって、電谷でんやおぼろに挨拶をした。


「お久しぶりなのです」

「ああ、電谷でんやさん。水族みずぞく本家以来だね」

「はい! いやぁ、お父様にさん付けされるのっていつまで経っても慣れないと申しますか、照れますなぁ」


(〝お父様〟)


 電谷でんやの言葉に敦美あつみはピクリと反応した。電谷でんやは随分と親しげである。敦美あつみは羨ましく思った。


「実はですね、現在ハイさ……くず領地のハイカネ『領王』様があい領地に来ておりまして。タカさ……タカトキ様との面会をしたいってことなんっすよ。こっちとしては断れなくって」

「ああ、構わないよ」

「強制に……って、え?!」


 篁朝たかときを外に出すことに難色を示されるだろうと予測しておぼろの説得を色々と考えていたらしい電谷でんやは、さらりと許可が出されて目を見開く。



「父さーん。俺、2個ぐらい貰っていいー?」



 リビングから輝夜てるやすがひょっこりと顔を出した。敦美あつみが知る輝夜てるやすとは違って若干声音が高い。


水城みずしろ君、お父さんにはこんな感じなんだ)


 全面的に安心しきって甘えられている様子に、反抗もせず家族と仲が良いのだと感心した。敦美あつみの家庭も家族仲は良い方なのだが、弟の仁芸にぎは内弁慶というやつで、外ではオドオドしているくせに家では我が儘で、たまに父や母に偉そうにしていることがあるのだ。そういう時は何様のつもりなのかと、敦美あつみがデコピンなどで一撃制裁を加えることがある。同じ弟でも全然違う。


仁芸にぎも、ちょっとは水城みずしろ君を見習って欲しいよ)



輝夜てるやす篁朝たかときにお客様だから呼んできてくれないかい」

「おきゃ……」

「やっほーですよ、てるやん。お邪魔しますデース」


(あっ……)


 輝夜てるやす電谷でんやの言葉を聞くと、直ぐに奥へ引っ込んでしまった。


(全然話せなかった)


 敦美あつみは肩を落とす。名残惜しく、輝夜てるやすがさっきまでいた場所を見つめていると、そこから眉目秀麗な青年が現れた。敦美あつみは目を瞠る。



水城みずしろ――篁朝たかとき……)



 ごくりと唾を飲み込む。敦美あつみが彼に会うのは、これが初めてではない。百貨店で対峙し、敦美あつみは直接的にではないが、横から隙を突いて彼を昏倒させたことがある。あの時も美形だなという感想を持ってはいたのだ。ただ、それだけで特に琴線には触れなかった。

 ――だが……。


(え……。この人、こんなに目を惹く人だった……?)


 まるで別人だと思った。目が離せない。敦美あつみがあの時は彼の魅力に気付いていなかっただけなのかと思ったが、隣の電谷でんやもぽかんと口を開けてほうけていた。

 言葉もなく立ち尽くす敦美あつみ電谷でんやとは違い、おぼろは気軽に篁朝たかときへと話し掛ける。


篁朝たかとき灰兼はいかねさんが会いたいそうだよ」

「はい、かね……」


 ぼんやりとした口調で篁朝たかときが復唱する。


「……ああ……」

「じゃあ、私がつき添うよ」


 おぼろ篁朝たかときに柔らかく微笑む。

 篁朝たかときは頷いた。


「ああ。父さんも、一緒……」


 敦美あつみ電谷でんやは2人のやり取りにぎょっとする。おぼろまで危険な目に遭わせる訳にはいかないのだ。そう言いたいのだが、敦美あつみの口は動かなかった。頭では必死に断らなければならない申し出だと思っているのに、どうしてか否定する声が出せない。

 敦美あつみの背筋に冷や汗が流れる。


(何――これは……?)


 敦美あつみが頭の片隅で危険信号を感じた、その瞬間だった。



「父さんが行くくらいなら俺が行くよ!」



 ふっと、場の〝何か〟が切れた。

 頬をほてらせた輝夜てるやす篁朝たかときの傍にやって来て言う。


「父さんには護衛の人がいないだろ!? 危ないじゃないか! 兄貴のつき添いは俺が行く!」


 輝夜てるやすは自分が付き添うのがベストだと懸命におぼろへ主張している。

 その提案に、敦美あつみの隣で電谷でんやが胸を撫で下ろしていた。

 だが、敦美あつみはそれほど安堵は出来ない。輝夜てるやす灰兼はいかねに接触させるのは危険がつきまとう。

 敦美あつみ篁朝たかときの反応を見る。篁朝たかとき輝夜てるやすの横顔をじっと見つめていた。敦美あつみはその見守るような姿に引っ掛かりを覚えて微かに眉根を寄せた。


(――この人、本当にまともな意識が無い人なの……?)


 篁朝たかときを観察し続ける敦美あつみに変わって、電谷でんやが話を纏める。


「じゃあ、てるやんが行くなら電気屋っすね。俺が忙しくって伸び伸びになっていたPC買いに行きましょーよ。そこでこっそりハイ様閣下と会うってことで!」

「それいい、やっくん!」


 おぼろが考え込む。

 次に輝夜てるやす篁朝たかときに頼み込んだ。


「兄貴、俺と一緒に買い物に行こうよ。ほら、佐由さよしさんのゲームやるPC(パソコン)買うんだよ。俺としては兄貴にも買うPCでゲームが動くのか確認して欲しいしっ」

「……そうだな」


 篁朝たかときがぼんやりと呟いた。

 輝夜てるやすは顔をほころばせる。敦美あつみは、その輝夜てるやすの横顔に視線を奪われた。彼が喜ぶと敦美あつみまで嬉しくなる。


 おぼろ篁朝たかときの返答に、輝夜てるやすの提案を受け入れることにしたようだ。


「じゃあ輝夜てるやす篁朝たかときを頼むよ」

「うん!」

「ではでは、明日俺が迎えに来ますわん。かなり急ぎの予定になりますが、とにかく早めに片付けたいのデスヨ」

「――電谷でんや


 敦美あつみの咎める呼び掛けに、電谷でんやは声を潜めて話す。


「……『マスター』、お父様につき添ってもらうよりマシっすよ。てるやんなら、うちの上位ランカーを連れていけますし。さっさと終わらせて、他領地の方々にはお帰りいただく。それで電脳直しませんか」

「――……」


 無表情の敦美あつみから渋る気配を感じたのか、輝夜てるやす敦美あつみの真っ正面に立って告げた。


「き、機國きぐにさん! 俺に任せて欲しい。大丈夫、ちゃんと兄貴を連れて行くから」


 真剣な輝夜てるやす敦美あつみは見惚れた。役に立ちたいと、輝夜てるやすがやる気になっている表情はとても輝いて見える。


(男の子だなぁ……)


 敦美あつみは軽く頬を緩ませながら輝夜てるやすに応えた。


「――うん。水城みずしろ君にお願いします」

「! ま、任せてよ……!!」


 嬉しそうに輝夜てるやすは意気込んで胸を張る。

 敦美あつみはそんな輝夜てるやすを眩しく思っていた。


水城みずしろ君は、自分の安全よりお父さんを心配するんだ……。この優しさが水城みずしろ君なんだ)


 子供の頃、自分もその優しさに救われたのだと、敦美あつみは胸の内で思い返す。

 もっと輝夜てるやすと話したかったが明日の予定も詰めなければならない。くず領地とのやり取りもある。

 敦美あつみ電谷でんやは早々に水城みずしろ家から去ることにした。

 玄関の扉に敦美あつみが手を掛けた時だ。



「守りは苦手か、あい『領王』」



 突如背後から投げられた言葉に、敦美あつみは反射的に篁朝たかときを振り返った。

 篁朝たかとき敦美あつみ達にそっぽを向いて、けだるげに壁にもたれ、ぼうっと天井を見つめている。しかし、その声はいやにしっかりとしているように聞こえた。

 敦美あつみは彼の言葉に応えてみる。


「――領地防衛はあまり……」


 すると、鋭く返答があった。


「師は」

「――風我かざわゆいです」

「ああ、攻撃が防御の風族かぜぞく……。道理で」


 それから篁朝たかとき敦美あつみを指差す。いや、正確にはその指先は敦美あつみの背後を指していた。


「うちの向かいに、防衛特化領地出身の奴が住んでいる。相談しておけ。ああ見えて『皇帝』の右腕だった男だ」


 敦美あつみは呆然と背後に目をやる。そこには玄関の扉しかないが振り返らずにはいられなかった。

 篁朝たかときはそれだけ言い、リビングへと引き返す。「え……あ、兄貴!?」と我に返った輝夜てるやすが慌てて彼の後をついていく。

 敦美あつみ輝夜てるやすを見送って、今度こそ水城みずしろ家を後にすることにした。




 敦美あつみは、そのまま向かいへと足を向ける。

 門の前に立つ獣伏じゅうふし水雲みずも敦美あつみに頭を下げながらも、突然の来訪に驚いていた。背後から「マジ行くんっすか……?」と電谷でんやのオドオドとした声がする。

 玄関の扉は敦美あつみがインターフォンを押す前に開けられた。


「いらっしゃいなん。とっても丁度良いタイミングなん」


 黒い縦縞が入った灰色の毛皮が特徴的な2足歩行の狼が、敦美あつみ達を笑顔で迎えてくれた。ぱたぱたとふさふさの尻尾を振った狼こと獣櫛じゅうくし涼柁りょうたは、そうして家の中にいる別の来客2人を振り返る。


「僕、機國きぐに『領王』と話すことがあるん。草乃かやの、2人に公園へ連れて行ってもらうん」


 人型ひとがた獣櫛じゅうくし草乃かやのはこくりと頷いた。

 草乃かやのは、来客の獣和じゅうわ隠近やすちか獣羽じゅうは恵兎けいとの着物の袖を摘まんで遠慮がちに引っ張る。


「若……! 話はまだ」

「――席を外していただけますか」


 敦美あつみに言われ、わに半獣型はんじゅうがた獣和じゅうわは「……申し訳ないん」と引き下がった。

 2人と草乃かやのは家の外へ出て行く。

 1人だけ人型ひとがただった幼い草乃かやのの姿を見送って、ふと彼女の獣型けものがた人型ひとがた姿しか見たことがないのに敦美あつみは気付いた。大人達は皆、半獣型はんじゅうがたになっている。ひょっとしたら子供は半獣型はんじゅうがたにはなれないのかもしれない。


 涼柁りょうたは、敦美あつみ電谷でんやをリビングへと案内する。

 敦美あつみは視線を感じて、反対方向にある階段の上を仰いだ。真っ黒な男がこちらを見下ろしていいて、ぎょっとする。瞬きをした次の瞬間、その男は階段から消えており、敦美あつみは一瞬心臓が止まるかと思うほど驚き、肝を冷やされた。


(で……電須でんす佐由さよし……! ホラー映画みたいな登場と去り方をしないで……!!)


 敦美あつみは努めて動揺を出さないように、いつもの無表情で案内されたソファに座る。涼柁りょうたが茶菓子とお茶を出してくれた。

 電谷でんやは落ち着かないのか、キョロキョロと部屋を忙しなく見渡している。

 意外と殺風景な部屋だと思った。家具が机とソファ以外なく、生活感がない。

 涼柁りょうたは突然の敦美あつみの訪問でも、とても機嫌が良かった。尻尾がブンブンと振られるのがその証拠だ。


電谷でんや君もお久しぶりなん。僕、おかげで凄く助かったんよ。それでご用は何なん?」

「――実は獣櫛じゅうくし殿に相談したいことがあるんです。水城みずしろ篁朝たかとき……さんに薦められて」

「たっちゃんに?」

「――現在の、あい領地の防衛について」


 涼柁りょうたの半分垂れている耳が少しだけピンと上へ向く。

 敦美あつみは呟くように話し出した。


「――私は領地防衛の知識がありません。風我かざわ師匠はあい領地の『領王』を務めた人でしたが、その時も防衛は――……」

「そういえば、そうなん。昔の荒ぶっていた時のあい領地は、攻撃される前に攻撃していた印象があるん。確か、攻撃する気のない領地にも先制攻撃いっぱいしてたん」

「――……」


 他領地から見ても、風我かざわゆいの統治下は〝荒ぶっていた〟評価である。敦美あつみは弟子として何とも言えない据わりの悪さを覚えた。名乗り出たのを軽く後悔する。

 涼柁りょうたは考え込むように上向いて、ふさふさの顔の毛に手を添えた。


「領地ランカーでもない僕が、具体的にあい領地の現状を聞いてもいいん?」

「――はい」


 敦美あつみは頷き、涼柁りょうたくず領地に対する護衛の配置や、電脳族でんのうぞく族長への処置として通信や電脳を停止させていること、更に明日、くず灰兼はいかね『領王』と篁朝たかときを引き会わせることになり、輝夜てるやすがつき添うことになった話をした。

 涼柁りょうた敦美あつみの話に目を丸くする。


「わ。随分とバタバタとして大変なん」

「――助言はありますか。どこか改善出来るところは……」

「うーん……、機國きぐに『領王』は何かやりたいことあるん?」

「――」

「ありゃ、方針も決まってない感じなん? 第3者の僕から見たら、降って湧いたことにとりあえず対応か反応してるだけみたいに見えるんやけど」

「――まさに、その通りです」

「でもそれは『マスター』のせいじゃないっすよ! 水族みずぞくとのすり合わせの結果でもありますんで……! 仕方ないのデス!」


 電谷でんやが急いで敦美あつみのフォローのために口を挟む。

 涼柁りょうたもそのことには理解を示してくれた。


「不思議なんやけど、何であい領地の電脳を停止するん? 想定する相手は電拳でんつか族長なん。あまり意味がない気がするんやけど……」


「いや、確かに殿とのは、電脳族でんのうぞく族長の特権能力で普段から全領地の電脳を覗いたり、掲示板の書き込みまでは出来ますけど、実は完全なる電脳のハッキング――……乗っ取りって、うちみたいに電脳族でんのうぞくが共用の電脳を管理していると、支配権が移ってて出来ないのデスヨ。その場合、乗っ取るためにはクリア条件がつきます」


「クリア条件?」

「もし電脳族でんのうぞくの管理人がいるなら、1. その領地内にいること。2.上書きする電脳の基盤を支配している電脳族でんのうぞく全員が、自分より対等もしくは格下であること。3.その領地の共用の電脳が停止していないこと。この3つクリアじゃなきゃ完全乗っ取り不可っす」


 涼柁りょうたは興味深く電谷でんやの説明を聞く。


「じゃあ客船に電拳でんつか族長がいる場合は、1の条件はクリアされているん。でも、こんな条件があるなら、領地間の会談のためにやるハッキング戦は、電脳族でんのうぞくが電脳の管理を担ってない場合は始めから負けていて、管理人の電脳族でんのうぞくがいるなら何もしなくても勝つってことなん?」


 涼柁りょうたの疑問に、電谷でんやは「あー……」と呻いて目を泳がせる。敦美あつみに伺いを立てる視線を電谷でんやは向けた。

 敦美あつみが頷くと、「ふあっ!? マジっすか!!」と声を上げた。額の汗を拭う素振りをして電谷でんやは歯切れ悪く解説する。


「……実は種をバラすとぉ、そうなんですよね。電脳族でんのうぞくをちゃんと雇っているかどうかで事前に決まります。管理人の電脳族でんのうぞくがいた場合は乗っ取りは不可。ですが、〝疑似乗っ取り戦〟をやるのが暗黙のルール。他種族にあまり電脳管理について詳しく知られたくないので。

 〝疑似乗っ取り戦〟は、電脳能力が優れている方が問答無用で勝ちって、やる前から決まってるもんです。ただ、負け確定の電脳族でんのうぞくは雇い主への言い訳が必要デショ。そのための〝疑似乗っ取り戦〟――いわゆる電脳ハッキング戦が行われてるんですよ。そんで堂々と負けて、本当は乗っ取りまではされてなくても「乗っ取られましたー!」ってフェイクのパフォーマンスをするのデス。

 まぁ、俺はこの八百長やおちょう戦で、相手の遊んでいるゲームのキャラを、強制消去させるウイルスぶっぱを1回出来心でやりましてね。相手がウイルス除去出来ないで発狂させちゃった苦い記憶が……あれ以来、誰も戦ってくれませぬ。……辛夷こぶし領地はこれを知っているっぽいんですよねー。電脳ハッキング戦の限界を分かっているから、コントしてた説を俺は提唱したいっ」


「アプリは電脳を乗っ取らなくても配れるん?」

「『あいらふらいふ』アプリっすか? 一種のウイルスですからね、あれの配布は乗っ取り関係ないんっすよ。電脳族でんのうぞく族長なら全領地好きなようにバラ撒きも可能ッ!」


 電谷でんやの言い分に、涼柁りょうたは首を傾げる。


「うーん、それじゃああい領地の公共の電脳を停止させる意味は無いん。電拳でんつか族長は、あい領地の電脳がなくても自分の電脳で知人とは連絡が取れるはずなん。あい領地の情報なら既に盗られているやろうし、今の状態は、むしろあい領地側にしかデメリットがないん。領地ランカー同士の連絡を取るのが大変になっているんよ」

「――私達にしか……?」


「そもそも今の電拳でんつか族長に、あい領地の電脳を支配する気はあるん?」


 敦美あつみははっとした。以前この手が通用したのは、当時の電拳でんつかつるぎあい領地民で、あい領地の電脳支配を欲していたからだ。

 それに、現在のあい領地の電脳をつるぎが乗っ取れるかどうか非常に怪しいところである。2番目の条件〝上書きする電脳の基盤を支配している電脳族でんのうぞく全員が、自分より対等もしくは格下であること〟だが――……


あい領地の電脳は、多分今も巫倉みくらに乗っ取られたままだから)



 電照でんしょう巫倉みくら電須でんす佐由さよしの実妹であり、敦美あつみの従姉妹で響華きょうかと同じ姉妹弟子。

 その電脳能力は折り紙付きだ。佐由さよしの代わりに電脳族でんのうぞく族長に望まれていたほどなのである。3番手のつるぎが敵う相手ではない。



 納得する敦美あつみと違い、電谷でんや涼柁りょうたの言い分に渋い顔をしていた。


「うーむ、そんなデメリットです? 確かに領地ランカー間の連絡が、多少不便かもですけども。俺と『マスター』がいますし、何とかやっていけますヨ。電脳の安全策としては最善かと。何かある前に、手を打っておいても悪くないと思いますが」

「何で『領王』と電脳技師が、現場の伝書鳩なんてやるん」

「え」

「それは適材適所ではないんよ。あい領地の公共の電脳は、再起動させる方が良いん」

「――分かりました」

「『マスター』!? ……わーっ、もうどうにでもなぁれ……!」


 電谷でんやは半笑いでガクリとうなだれた。

 涼柁りょうたは鼻をスンと動かす。長いひげがそよいだ。


「そんなに不安なん? それなら電脳内でのやり取りを暗号ですれば――……あ。ひょっとしてあい領地には暗号がないん?」

「暗号! 心惹かれるワード! 確かにあい領地にはありませぬ……ぐぬぬ」

「こういう時のために作っておいた方がいいん。最低でも3つは欲しいん」

桔梗ききょう領地にはそんなに暗号があるんっすか!?」

「どこの領地にもあるん。堅香子かたかご領地なんて、制作したドラマと映画の数だけ暗号があるって言われているん。暗号は古い手段やけど、解読にも時間が掛かるし、有効なん。僕達は電脳族でんのうぞくより古い種族やもん。古い手段で対抗するのは普通なん」


 電谷でんやは、ふむふむと相槌をうつ。暗号の構想を頭の隅で考え始めた顔をしていた。

 そこで改めて、涼柁りょうた敦美あつみに向き直る。

 真剣な表情に敦美あつみは姿勢を正した。


機國きぐに『領王』。貴女は出来るからするなんて行動をしてはいけないん。『領王』は〝王〟なん。それは王の行動ではないん。部下を使うことはあっても、部下に使われる人であってはならないん。

 それに、部下の使い方も注意があるんよ。部下を頼って全てを任せるのはいいんやけど、決して部下の顔色を窺って全てを任せては駄目なん。その2つは全然違うことやから」


 敦美あつみは膝に置いた手をぎゅっと握り込んだ。耳が痛い。敦美あつみはこの1ヶ月半の間、ずっと水族みずぞく側の顔色を窺っていたのだから。


「そこでまた訊くん。機國きぐに『領王』が今1番やりたいことは何なん?」


 敦美あつみは顔を上げる。

 1番やりたいこと――その答えなら、始めから敦美あつみの中にあった。



「――水城みずしろ君を……水城みずしろ輝夜てるやすを守りたい。私自身の手で」



 涼柁りょうた敦美あつみの熱の籠もった返答に目を丸くしてから、ふっとほがらかに笑った。ぱたぱたと尻尾を振る。


「じゃあ、1つ僕の考えた案に乗ってみるん? この案、きっとおもい君はびっくりするんよ。僕、あい領地でまで御大おんたいの話を持ってこられて、とっても迷惑しているん。おもい君にはもっと驚いてもらいたいん」


 涼柁りょうたの言葉に、敦美あつみは目を瞠った。目の前で優しい笑みを浮かべている涼柁りょうたが、内心かなり怒っているのではないかという事実に行き当たる。微塵も怒りを感じさせない外面に驚嘆した。

 

あい領地の電脳で連絡取るのも、結構びっくりポイントやと思うん。あ、これもあい領地の電脳を再起動させるメリットなんよ」

「――灰兼はいかね『領王』があい領地の共用電脳を使うと……?」

殿とのが居るのにあい領地のを使うんっすか。何故? っていうか、ハイ様閣下をびっくりさせる要素なんて、うちにありましたっけ……?」

あい領地の共用電脳を使った通信は、あい領地にいる色々な人が傍受しているん。2週間前にも、その傍受で普段隠れている人達が集まって来ていたん」


「――宙地原族そらちのはらぞくと、電牙でんかび葦成あししげ……!」


 正解を口にした敦美あつみに、涼柁りょうたは嬉しそうに目を細めた。


おもい君は電拳でんつか族長にあい領地の公共の電脳を使わせて、宙地原族そらちのはらぞくに呼び掛けさせると思うん。……それを誰に見せて呼び出したいかは分からないん。けど、ここで計算外の葦成あししげ君が出て来そうなん。おもい君は彼を知らないん。草乃かやのから地下での話を聞いたんやけど、葦成あししげ君は輝夜てるやす君を気にしているから出て来る可能性は高いんよ」

「――彼は水城みずしろ君に危害を」

「大丈夫」


 涼柁りょうたに力強く危険を否定され、敦美あつみは不安な気持ちを呑み込んで口を閉じた。

 電谷でんやは首を傾げる。


「しかしですね。あのサイコ殺人犯があい領地にいるって情報は、くず領地の電脳情報屋も掴んどると思いますことよ……?」

「でもおもい君は、犯罪歴の情報でしか彼を判断してないはずなん。梨を出す子だって知らないんよ」

「はい? 梨?」


 電谷でんやの問いに、涼柁りょうたは応えなかった。

 だが楽しそうに微笑む涼柁りょうたに、敦美あつみ電谷でんやが顔を見合わせる。



 その後、涼柁りょうたの提案を2人は聞いた。敦美あつみがその案を採用し、電谷でんやは顔を引きつらせる。話を詰める2人を生暖かく眺めながら「あの容姿を気にしているのに無慈悲な……」と電谷でんやは密かに輝夜てるやすに同情した。



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