第9話 水城家への招待状 【中編】
葛領地『領王』灰兼思の希望で、水城篁朝と面会させることになった。敦美はその要請のため、水城家に自ら赴く。
敦美と同じように次元移動で瞬時に移動出来る電谷を伴っていた。電谷は輝夜の様子を見たいという。
「――どうしたの? 水城君に何か」
「いやあ、まぁ大したことじゃないんっすよ。最近てるやんってば、色々あったんで体調崩してるみたいだから心配でして。あとは……ちょい調査中の段かーい?」
電谷はおどけた仕草で曖昧な応えを返す。これ以上追求しても、電谷は口を割らないだろう。「――後で、報告して」とだけ敦美は言っておく。
水城家の玄関チャイムを押した。
敦美は少しの高揚と、初めて訪れる輝夜の家に緊張する。
(水城君、久し振りに会えるかな)
おかしなところはないか、軽く髪を手で整える。
玄関の扉を開けたのは清潔感のある小柄な壮年の男性だった。錫色の髪に菫色の瞳。何度も写真や映像で見知っている相手、輝夜の父親の水城朧である。
彼との接触は、敦美はこれが初めてだ。
朧が月族本家から放逐されたと言っても月族の皇子のためか、水族本家は敦美が直接連絡を取ることに難色を示していたので、これまで水族本家を介してでしか連絡を取ったことはなかった。だが今は、敦美と電谷が通信関連を停止させているため、本人に会う公然の口実が作れたとも言える。
対面した朧は、ただそこに佇むだけで穏やかな雰囲気が感じられ、扉から手を離す仕草や敦美達を迎える立ち姿などで明らかに育ちが違うと一目で思わせる何かがあった。
敦美はドキドキと心臓の鼓動を早めながら、出来るだけ丁寧にお辞儀をする。
「――初めまして。この藍領地の『領王』機國敦美です」
「こちらこそ初めまして。篁朝と輝夜の父親、水城朧です」
2人の挨拶が終わったのを見計らって、電谷は朧に挨拶をした。
「お久しぶりなのです」
「ああ、電谷さん。水族本家以来だね」
「はい! いやぁ、お父様にさん付けされるのっていつまで経っても慣れないと申しますか、照れますなぁ」
(〝お父様〟)
電谷の言葉に敦美はピクリと反応した。電谷は随分と親しげである。敦美は羨ましく思った。
「実はですね、現在ハイさ……葛領地のハイカネ『領王』様が藍領地に来ておりまして。タカさ……タカトキ様との面会をしたいってことなんっすよ。こっちとしては断れなくって」
「ああ、構わないよ」
「強制に……って、え?!」
篁朝を外に出すことに難色を示されるだろうと予測して朧の説得を色々と考えていたらしい電谷は、さらりと許可が出されて目を見開く。
「父さーん。俺、2個ぐらい貰っていいー?」
リビングから輝夜がひょっこりと顔を出した。敦美が知る輝夜とは違って若干声音が高い。
(水城君、お父さんにはこんな感じなんだ)
全面的に安心しきって甘えられている様子に、反抗もせず家族と仲が良いのだと感心した。敦美の家庭も家族仲は良い方なのだが、弟の仁芸は内弁慶というやつで、外ではオドオドしているくせに家では我が儘で、たまに父や母に偉そうにしていることがあるのだ。そういう時は何様のつもりなのかと、敦美がデコピンなどで一撃制裁を加えることがある。同じ弟でも全然違う。
(仁芸も、ちょっとは水城君を見習って欲しいよ)
「輝夜。篁朝にお客様だから呼んできてくれないかい」
「おきゃ……」
「やっほーですよ、てるやん。お邪魔しますデース」
(あっ……)
輝夜は電谷の言葉を聞くと、直ぐに奥へ引っ込んでしまった。
(全然話せなかった)
敦美は肩を落とす。名残惜しく、輝夜がさっきまでいた場所を見つめていると、そこから眉目秀麗な青年が現れた。敦美は目を瞠る。
(水城――篁朝……)
ごくりと唾を飲み込む。敦美が彼に会うのは、これが初めてではない。百貨店で対峙し、敦美は直接的にではないが、横から隙を突いて彼を昏倒させたことがある。あの時も美形だなという感想を持ってはいたのだ。ただ、それだけで特に琴線には触れなかった。
――だが……。
(え……。この人、こんなに目を惹く人だった……?)
まるで別人だと思った。目が離せない。敦美があの時は彼の魅力に気付いていなかっただけなのかと思ったが、隣の電谷もぽかんと口を開けて惚けていた。
言葉もなく立ち尽くす敦美と電谷とは違い、朧は気軽に篁朝へと話し掛ける。
「篁朝。灰兼さんが会いたいそうだよ」
「はい、かね……」
ぼんやりとした口調で篁朝が復唱する。
「……ああ……」
「じゃあ、私がつき添うよ」
朧が篁朝に柔らかく微笑む。
篁朝は頷いた。
「ああ。父さんも、一緒……」
敦美と電谷は2人のやり取りにぎょっとする。朧まで危険な目に遭わせる訳にはいかないのだ。そう言いたいのだが、敦美の口は動かなかった。頭では必死に断らなければならない申し出だと思っているのに、どうしてか否定する声が出せない。
敦美の背筋に冷や汗が流れる。
(何――これは……?)
敦美が頭の片隅で危険信号を感じた、その瞬間だった。
「父さんが行くくらいなら俺が行くよ!」
ふっと、場の〝何か〟が切れた。
頬をほてらせた輝夜が篁朝の傍にやって来て言う。
「父さんには護衛の人がいないだろ!? 危ないじゃないか! 兄貴のつき添いは俺が行く!」
輝夜は自分が付き添うのがベストだと懸命に朧へ主張している。
その提案に、敦美の隣で電谷が胸を撫で下ろしていた。
だが、敦美はそれほど安堵は出来ない。輝夜を灰兼に接触させるのは危険がつきまとう。
敦美は篁朝の反応を見る。篁朝は輝夜の横顔をじっと見つめていた。敦美はその見守るような姿に引っ掛かりを覚えて微かに眉根を寄せた。
(――この人、本当にまともな意識が無い人なの……?)
篁朝を観察し続ける敦美に変わって、電谷が話を纏める。
「じゃあ、てるやんが行くなら電気屋っすね。俺が忙しくって伸び伸びになっていたPC買いに行きましょーよ。そこでこっそりハイ様閣下と会うってことで!」
「それいい、やっくん!」
朧が考え込む。
次に輝夜は篁朝に頼み込んだ。
「兄貴、俺と一緒に買い物に行こうよ。ほら、佐由さんのゲームやるPC買うんだよ。俺としては兄貴にも買うPCでゲームが動くのか確認して欲しいしっ」
「……そうだな」
篁朝がぼんやりと呟いた。
輝夜は顔をほころばせる。敦美は、その輝夜の横顔に視線を奪われた。彼が喜ぶと敦美まで嬉しくなる。
朧は篁朝の返答に、輝夜の提案を受け入れることにしたようだ。
「じゃあ輝夜、篁朝を頼むよ」
「うん!」
「ではでは、明日俺が迎えに来ますわん。かなり急ぎの予定になりますが、とにかく早めに片付けたいのデスヨ」
「――電谷」
敦美の咎める呼び掛けに、電谷は声を潜めて話す。
「……『マスター』、お父様につき添ってもらうよりマシっすよ。てるやんなら、うちの上位ランカーを連れていけますし。さっさと終わらせて、他領地の方々にはお帰りいただく。それで電脳直しませんか」
「――……」
無表情の敦美から渋る気配を感じたのか、輝夜が敦美の真っ正面に立って告げた。
「き、機國さん! 俺に任せて欲しい。大丈夫、ちゃんと兄貴を連れて行くから」
真剣な輝夜に敦美は見惚れた。役に立ちたいと、輝夜がやる気になっている表情はとても輝いて見える。
(男の子だなぁ……)
敦美は軽く頬を緩ませながら輝夜に応えた。
「――うん。水城君にお願いします」
「! ま、任せてよ……!!」
嬉しそうに輝夜は意気込んで胸を張る。
敦美はそんな輝夜を眩しく思っていた。
(水城君は、自分の安全よりお父さんを心配するんだ……。この優しさが水城君なんだ)
子供の頃、自分もその優しさに救われたのだと、敦美は胸の内で思い返す。
もっと輝夜と話したかったが明日の予定も詰めなければならない。葛領地とのやり取りもある。
敦美と電谷は早々に水城家から去ることにした。
玄関の扉に敦美が手を掛けた時だ。
「守りは苦手か、藍『領王』」
突如背後から投げられた言葉に、敦美は反射的に篁朝を振り返った。
篁朝は敦美達にそっぽを向いて、けだるげに壁にもたれ、ぼうっと天井を見つめている。しかし、その声はいやにしっかりとしているように聞こえた。
敦美は彼の言葉に応えてみる。
「――領地防衛はあまり……」
すると、鋭く返答があった。
「師は」
「――風我唯です」
「ああ、攻撃が防御の風族……。道理で」
それから篁朝は敦美を指差す。いや、正確にはその指先は敦美の背後を指していた。
「うちの向かいに、防衛特化領地出身の奴が住んでいる。相談しておけ。ああ見えて『皇帝』の右腕だった男だ」
敦美は呆然と背後に目をやる。そこには玄関の扉しかないが振り返らずにはいられなかった。
篁朝はそれだけ言い、リビングへと引き返す。「え……あ、兄貴!?」と我に返った輝夜が慌てて彼の後をついていく。
敦美は輝夜を見送って、今度こそ水城家を後にすることにした。
敦美は、そのまま向かいへと足を向ける。
門の前に立つ獣伏や水雲が敦美に頭を下げながらも、突然の来訪に驚いていた。背後から「マジ行くんっすか……?」と電谷のオドオドとした声がする。
玄関の扉は敦美がインターフォンを押す前に開けられた。
「いらっしゃいなん。とっても丁度良いタイミングなん」
黒い縦縞が入った灰色の毛皮が特徴的な2足歩行の狼が、敦美達を笑顔で迎えてくれた。ぱたぱたとふさふさの尻尾を振った狼こと獣櫛涼柁は、そうして家の中にいる別の来客2人を振り返る。
「僕、機國『領王』と話すことがあるん。草乃、2人に公園へ連れて行ってもらうん」
人型の獣櫛草乃はこくりと頷いた。
草乃は、来客の獣和隠近と獣羽恵兎の着物の袖を摘まんで遠慮がちに引っ張る。
「若……! 話はまだ」
「――席を外していただけますか」
敦美に言われ、鰐の半獣型の獣和は「……申し訳ないん」と引き下がった。
2人と草乃は家の外へ出て行く。
1人だけ人型だった幼い草乃の姿を見送って、ふと彼女の獣型と人型姿しか見たことがないのに敦美は気付いた。大人達は皆、半獣型になっている。ひょっとしたら子供は半獣型にはなれないのかもしれない。
涼柁は、敦美と電谷をリビングへと案内する。
敦美は視線を感じて、反対方向にある階段の上を仰いだ。真っ黒な男がこちらを見下ろしていいて、ぎょっとする。瞬きをした次の瞬間、その男は階段から消えており、敦美は一瞬心臓が止まるかと思うほど驚き、肝を冷やされた。
(で……電須佐由……! ホラー映画みたいな登場と去り方をしないで……!!)
敦美は努めて動揺を出さないように、いつもの無表情で案内されたソファに座る。涼柁が茶菓子とお茶を出してくれた。
電谷は落ち着かないのか、キョロキョロと部屋を忙しなく見渡している。
意外と殺風景な部屋だと思った。家具が机とソファ以外なく、生活感がない。
涼柁は突然の敦美の訪問でも、とても機嫌が良かった。尻尾がブンブンと振られるのがその証拠だ。
「電谷君もお久しぶりなん。僕、おかげで凄く助かったんよ。それでご用は何なん?」
「――実は獣櫛殿に相談したいことがあるんです。水城篁朝……さんに薦められて」
「たっちゃんに?」
「――現在の、藍領地の防衛について」
涼柁の半分垂れている耳が少しだけピンと上へ向く。
敦美は呟くように話し出した。
「――私は領地防衛の知識がありません。風我師匠は藍領地の『領王』を務めた人でしたが、その時も防衛は――……」
「そういえば、そうなん。昔の荒ぶっていた時の藍領地は、攻撃される前に攻撃していた印象があるん。確か、攻撃する気のない領地にも先制攻撃いっぱいしてたん」
「――……」
他領地から見ても、風我唯の統治下は〝荒ぶっていた〟評価である。敦美は弟子として何とも言えない据わりの悪さを覚えた。名乗り出たのを軽く後悔する。
涼柁は考え込むように上向いて、ふさふさの顔の毛に手を添えた。
「領地ランカーでもない僕が、具体的に藍領地の現状を聞いてもいいん?」
「――はい」
敦美は頷き、涼柁に葛領地に対する護衛の配置や、電脳族族長への処置として通信や電脳を停止させていること、更に明日、葛の灰兼『領王』と篁朝を引き会わせることになり、輝夜がつき添うことになった話をした。
涼柁は敦美の話に目を丸くする。
「わ。随分とバタバタとして大変なん」
「――助言はありますか。どこか改善出来るところは……」
「うーん……、機國『領王』は何かやりたいことあるん?」
「――」
「ありゃ、方針も決まってない感じなん? 第3者の僕から見たら、降って湧いたことにとりあえず対応か反応してるだけみたいに見えるんやけど」
「――まさに、その通りです」
「でもそれは『マスター』のせいじゃないっすよ! 水族とのすり合わせの結果でもありますんで……! 仕方ないのデス!」
電谷が急いで敦美のフォローのために口を挟む。
涼柁もそのことには理解を示してくれた。
「不思議なんやけど、何で藍領地の電脳を停止するん? 想定する相手は電拳族長なん。あまり意味がない気がするんやけど……」
「いや、確かに殿は、電脳族族長の特権能力で普段から全領地の電脳を覗いたり、掲示板の書き込みまでは出来ますけど、実は完全なる電脳のハッキング――……乗っ取りって、うちみたいに電脳族が共用の電脳を管理していると、支配権が移ってて出来ないのデスヨ。その場合、乗っ取るためにはクリア条件がつきます」
「クリア条件?」
「もし電脳族の管理人がいるなら、1. その領地内にいること。2.上書きする電脳の基盤を支配している電脳族全員が、自分より対等もしくは格下であること。3.その領地の共用の電脳が停止していないこと。この3つクリアじゃなきゃ完全乗っ取り不可っす」
涼柁は興味深く電谷の説明を聞く。
「じゃあ客船に電拳族長がいる場合は、1の条件はクリアされているん。でも、こんな条件があるなら、領地間の会談のためにやるハッキング戦は、電脳族が電脳の管理を担ってない場合は始めから負けていて、管理人の電脳族がいるなら何もしなくても勝つってことなん?」
涼柁の疑問に、電谷は「あー……」と呻いて目を泳がせる。敦美に伺いを立てる視線を電谷は向けた。
敦美が頷くと、「ふあっ!? マジっすか!!」と声を上げた。額の汗を拭う素振りをして電谷は歯切れ悪く解説する。
「……実は種をバラすとぉ、そうなんですよね。電脳族をちゃんと雇っているかどうかで事前に決まります。管理人の電脳族がいた場合は乗っ取りは不可。ですが、〝疑似乗っ取り戦〟をやるのが暗黙のルール。他種族にあまり電脳管理について詳しく知られたくないので。
〝疑似乗っ取り戦〟は、電脳能力が優れている方が問答無用で勝ちって、やる前から決まってるもんです。ただ、負け確定の電脳族は雇い主への言い訳が必要デショ。そのための〝疑似乗っ取り戦〟――いわゆる電脳ハッキング戦が行われてるんですよ。そんで堂々と負けて、本当は乗っ取りまではされてなくても「乗っ取られましたー!」ってフェイクのパフォーマンスをするのデス。
まぁ、俺はこの八百長戦で、相手の遊んでいるゲームのキャラを、強制消去させるウイルスぶっぱを1回出来心でやりましてね。相手がウイルス除去出来ないで発狂させちゃった苦い記憶が……あれ以来、誰も戦ってくれませぬ。……辛夷領地はこれを知っているっぽいんですよねー。電脳ハッキング戦の限界を分かっているから、コントしてた説を俺は提唱したいっ」
「アプリは電脳を乗っ取らなくても配れるん?」
「『藍らふらいふ』アプリっすか? 一種のウイルスですからね、あれの配布は乗っ取り関係ないんっすよ。電脳族族長なら全領地好きなようにバラ撒きも可能ッ!」
電谷の言い分に、涼柁は首を傾げる。
「うーん、それじゃあ藍領地の公共の電脳を停止させる意味は無いん。電拳族長は、藍領地の電脳がなくても自分の電脳で知人とは連絡が取れるはずなん。藍領地の情報なら既に盗られているやろうし、今の状態は、むしろ藍領地側にしかデメリットがないん。領地ランカー同士の連絡を取るのが大変になっているんよ」
「――私達にしか……?」
「そもそも今の電拳族長に、藍領地の電脳を支配する気はあるん?」
敦美ははっとした。以前この手が通用したのは、当時の電拳剣が藍領地民で、藍領地の電脳支配を欲していたからだ。
それに、現在の藍領地の電脳を剣が乗っ取れるかどうか非常に怪しいところである。2番目の条件〝上書きする電脳の基盤を支配している電脳族全員が、自分より対等もしくは格下であること〟だが――……
(藍領地の電脳は、多分今も巫倉に乗っ取られたままだから)
電照巫倉。電須佐由の実妹であり、敦美の従姉妹で響華と同じ姉妹弟子。
その電脳能力は折り紙付きだ。佐由の代わりに電脳族族長に望まれていたほどなのである。3番手の剣が敵う相手ではない。
納得する敦美と違い、電谷は涼柁の言い分に渋い顔をしていた。
「うーむ、そんなデメリットです? 確かに領地ランカー間の連絡が、多少不便かもですけども。俺と『マスター』がいますし、何とかやっていけますヨ。電脳の安全策としては最善かと。何かある前に、手を打っておいても悪くないと思いますが」
「何で『領王』と電脳技師が、現場の伝書鳩なんてやるん」
「え」
「それは適材適所ではないんよ。藍領地の公共の電脳は、再起動させる方が良いん」
「――分かりました」
「『マスター』!? ……わーっ、もうどうにでもなぁれ……!」
電谷は半笑いでガクリとうなだれた。
涼柁は鼻をスンと動かす。長いひげがそよいだ。
「そんなに不安なん? それなら電脳内でのやり取りを暗号ですれば――……あ。ひょっとして藍領地には暗号がないん?」
「暗号! 心惹かれるワード! 確かに藍領地にはありませぬ……ぐぬぬ」
「こういう時のために作っておいた方がいいん。最低でも3つは欲しいん」
「桔梗領地にはそんなに暗号があるんっすか!?」
「どこの領地にもあるん。堅香子領地なんて、制作したドラマと映画の数だけ暗号があるって言われているん。暗号は古い手段やけど、解読にも時間が掛かるし、有効なん。僕達は電脳族より古い種族やもん。古い手段で対抗するのは普通なん」
電谷は、ふむふむと相槌をうつ。暗号の構想を頭の隅で考え始めた顔をしていた。
そこで改めて、涼柁は敦美に向き直る。
真剣な表情に敦美は姿勢を正した。
「機國『領王』。貴女は出来るからするなんて行動をしてはいけないん。『領王』は〝王〟なん。それは王の行動ではないん。部下を使うことはあっても、部下に使われる人であってはならないん。
それに、部下の使い方も注意があるんよ。部下を頼って全てを任せるのはいいんやけど、決して部下の顔色を窺って全てを任せては駄目なん。その2つは全然違うことやから」
敦美は膝に置いた手をぎゅっと握り込んだ。耳が痛い。敦美はこの1ヶ月半の間、ずっと水族側の顔色を窺っていたのだから。
「そこでまた訊くん。機國『領王』が今1番やりたいことは何なん?」
敦美は顔を上げる。
1番やりたいこと――その答えなら、始めから敦美の中にあった。
「――水城君を……水城輝夜を守りたい。私自身の手で」
涼柁は敦美の熱の籠もった返答に目を丸くしてから、ふっとほがらかに笑った。ぱたぱたと尻尾を振る。
「じゃあ、1つ僕の考えた案に乗ってみるん? この案、きっと思君はびっくりするんよ。僕、藍領地でまで御大の話を持ってこられて、とっても迷惑しているん。思君にはもっと驚いてもらいたいん」
涼柁の言葉に、敦美は目を瞠った。目の前で優しい笑みを浮かべている涼柁が、内心かなり怒っているのではないかという事実に行き当たる。微塵も怒りを感じさせない外面に驚嘆した。
「藍領地の電脳で連絡取るのも、結構びっくりポイントやと思うん。あ、これも藍領地の電脳を再起動させるメリットなんよ」
「――灰兼『領王』が藍領地の共用電脳を使うと……?」
「殿が居るのに藍領地のを使うんっすか。何故? っていうか、ハイ様閣下をびっくりさせる要素なんて、うちにありましたっけ……?」
「藍領地の共用電脳を使った通信は、藍領地にいる色々な人が傍受しているん。2週間前にも、その傍受で普段隠れている人達が集まって来ていたん」
「――宙地原族と、電牙葦成……!」
正解を口にした敦美に、涼柁は嬉しそうに目を細めた。
「思君は電拳族長に藍領地の公共の電脳を使わせて、宙地原族に呼び掛けさせると思うん。……それを誰に見せて呼び出したいかは分からないん。けど、ここで計算外の葦成君が出て来そうなん。思君は彼を知らないん。草乃から地下での話を聞いたんやけど、葦成君は輝夜君を気にしているから出て来る可能性は高いんよ」
「――彼は水城君に危害を」
「大丈夫」
涼柁に力強く危険を否定され、敦美は不安な気持ちを呑み込んで口を閉じた。
電谷は首を傾げる。
「しかしですね。あのサイコ殺人犯が藍領地にいるって情報は、葛領地の電脳情報屋も掴んどると思いますことよ……?」
「でも思君は、犯罪歴の情報でしか彼を判断してないはずなん。梨を出す子だって知らないんよ」
「はい? 梨?」
電谷の問いに、涼柁は応えなかった。
だが楽しそうに微笑む涼柁に、敦美と電谷が顔を見合わせる。
その後、涼柁の提案を2人は聞いた。敦美がその案を採用し、電谷は顔を引きつらせる。話を詰める2人を生暖かく眺めながら「あの容姿を気にしているのに無慈悲な……」と電谷は密かに輝夜に同情した。




