第6話 仮初めのブレークタイム 〈炎乃響華視点〉
『現在、藍領地の電波塔や通信施設で事故が起こり、大規模な電波障害が発生しています。一部停電の地域もあり、電話や電脳などの通信機器が使用不能です。運転再開の見込みは現在のところ未定となっています』
街中を巡回し続けている車のスピーカーから流れるアナウンスに、藍領地『九位』ランカーの炎乃響華は長く紅いウェーブの髪を掻き上げて嘆息する。
(力技で来たわね、敦美)
響華の幼馴染み、藍領地『領王』機國敦美が、この故意の事故を起こしたのは初めてではない。1年前にも行った荒技だ。
響華は電脳族族長の電拳剣が藍領地への来領したことへの対策だと直ぐに悟った。あのストーカーが来ているのかと、響華は手の中の携帯端末をじっと見つめる。
(長続きしないわよ。次はどうするつもりかしら)
響華は携帯端末をセーラー服のスカート内ポケットに入れると、当初の予定通り、目当ての焼き菓子店へ向かう。停電地域の店なので、この停電で閉店していないことを祈るばかりだ。
響華の祈りが届いたのか、焼き菓子店は通常通り営業していた。
響華は店に入り「いらっしゃいませ」と挨拶をされた後、店員の女性に響華は尋ねられた。
「炎乃様。あの、電話と電脳を使わなければ大丈夫ですよね? この停電って要は電脳族対策でしょう? 停電になってから自家発電に切り替えたんですけど、生活の電気を使っちゃまずいって話ではないですよね?」
「ええ、平気よ」
「やっぱり! 以前からこういう時のために、うちだけじゃなく他の店や家も自家発電を設置してたりするんですよ! ……あ。すみません! ご注文は何ですか?」
店員は領地ランカーから咎められることがないと確信が持てたことで、ほっと胸を撫で下ろす。
むしろ問われた響華の方が驚かされた。まさか自家発電を用意して対策をしているとは。
1年前、藍領地から剣を追い出した経験は、どうやら藍領地民の中にも事前の防災への備えをする、良いきっかけとなっていたらしい。
響華はくすりと笑みを零す。「贈り物だからちょっと選ぶわ」と店員に断りを入れ、目の前のケーキショーケースではなく、傍のギフト用ディスプレイを眺める。
箱に入ってパッケージされた見本商品を見ながら、ブッセやマードレーヌにするか、がっつりパウンドケーキかバームクーヘンにするか、はたまたクッキーかタルト……どれをメインにして、かつ削るかの配分に悩む。
(どれをあげても、霞は喜ぶかしらね)
「11月の果物は林檎か葡萄が旬なの?」
「はい。うちでは梨もですね。それぞれ限定のタルトが出てますよ」
「じゃあ、このタルトとクッキーの詰め合わせにするわ。1つお見舞い用にお願い」
「かしこまりました」
「それと、店内で食べるアップルパイとカフェオレも」
「はい」
この店では店頭販売だけでなく、喫茶店がくっついて併設されている。そちらで食べられるのだ。隣の喫茶店へと響華は足を運ぶ。
店内は普段より客足は少なくガランとしていた。少ない客の1人のうちの、窓際の席にいる眼鏡の青年は響華の見知った相手だった。
「透。珍しいところで会うわね」
「炎乃さん」
藍領地『三位』ランカー水名透は、響華に声を掛けられて顔を上げた。
「今、休憩中? 確かアンタ、桔梗の客の護衛をやってるんじゃなかった?」
「ええ、護衛をしてます。……ただ、今は獣櫛殿の家に皆さんいらっしゃるので、時蔵さん1人で足りていますから」
(足りている? 護衛は人数多ければ多いほどいいでしょ。減らすことないじゃない)
妙なことをすると、響華は眉根を寄せる。水色の目を伏せてそっと俯いた透に、何か失敗をして護衛を外れたのかと思った。そのことには言及せず、透に薦められたので響華は向かいの席に腰を下ろす。
(全く、変に生真面目なんだから)
「私は霞のお見舞いのお菓子を買いに来たの」
「お見舞いにお菓子ですか」
「そうよ。っていうか透。この間、切り花持ってきたでしょ。アレ、病院じゃ駄目だからね」
響華の言葉に、透は顔を上げて驚いた。
「えっ、そうなんですか?」
「そうよ。昔は良かったけど、今はもう病院では駄目。花瓶の水が病原菌の温床になるらしいから。今度お見舞いに行くなら、食べ物にしなさいよ。その方が霞も喜ぶわ」
「そうします」と透は頷く。だが、どこか覇気の無い気落ちした表情に、響華は心配そうな視線を透に向ける。
「透、何かあったの? らしくないわ」
「らしくない……ですか。普通ですよ」
「自覚が無いの? それともわざと話を逸らしているのかしら。アンタはもっと細かくて神経質な男のはずよ」
響華のズバッとした無遠慮な物言いに、透は苦笑しながら眼鏡のブリッジを上げた。
響華は真紅の瞳を眇めてはっきりと言う。
「私、今まさに仕事を放り出して霞のお見舞いに行く話をしているのよ。なのに、透が何も嫌味を言わないなんてどうしたのよ。いつだって「『九位』の領地ランカーとして働け動け」って口うるさかったくせに」
「……僕は好きで口うるさかった訳じゃないです。ただ実力がある人が、その力に見合った働きをしないのは怠慢だと思います」
「あら、少し調子が戻ったんじゃない?」
響華は不敵な笑みを浮かべた。
透は肩を竦めて困ったように嘆息する。
「ただでさえ護衛役が少ないんです。今からでも要人の護衛に名乗り出る気はありませんか?」
「悪いけど、私はお見舞いついでに今日から霞の護衛をやろうと思っているの」
「え?」
透は虚を突かれた。
響華は透がたじろぐほど真剣な眼差しで彼を見つめる。
「今日本部ビルに行ったら、入院中の霞の身辺警護は放置されてて正直耳を疑ったわ。霞は今、よその領地ランカーが確実に潰せる、うちの重要な戦力の1人よ。だいたい他領地のランカーが怪我しようがどうでもいいわ。うちの戦力と、藍領地のことを守るのが先なんじゃないの? 今回の護衛配置は他領地の奴らに均等に護衛を配置して、逆に藍領地に対する守りが無さ過ぎるのよ」
「そう……ですか」
「ひょっとして、透は前の失敗を気にしてこの配置にしたの? だとしたら、まだ前の方がマシよ。何だかんだで個人じゃなく、藍領地を守るのに特化していたし、あの八方塞がりのやり方の方が私は好きだわ。……まぁ、八方塞がりだったけどね」
響華の言葉に、透は俯くと両手を組んだ。考え込むように目の前のコーヒーカップを見つめる。
響華は透に言いたかったことをぶつけたことで、霞を放置していた件で少しささくれていた気持ちが収まった。丁度注文していた商品も席に運ばれてくる。響華はアップルパイを口にした。
しばし2人の間には沈黙が流れる。だが特に不快なものでも気まずいものでもない、それはゆったりとした時間だった。
そのうち、透の方から口を開いた。
「……炎乃さんは、この店にはよく来るんですか?」
「たまにね。透は?」
「僕は今日が初めてです。普段よく入る店は、停電のために臨時休業でしたので」
「そう。この店、結構美味しいでしょ。焼き菓子もいいけど、オススメは季節限定のロールケーキよ」
「ロールケーキですか。僕はそれほど好きじゃない類ですね」
「この店のロールケーキは生地もパサパサしてなくて美味しいわよ。何より果物が入っているし。桃の季節限定のロールケーキなんて、桃の量が半端なくて甘くて美味しいのよ」
「桃のロールケーキですか」
透は果物が入っていることに興味を引かれたようだ。
響華は更に押してみる。
「夏に出る商品なのよ。桃がその頃に旬でしょ。来年食べてみなさいよ」
「来年……」
ふっと表情を曇らせる透に、響華は目を瞬いた。不思議に思って透に尋ねる。
「来年じゃ、何かまずいの?」
「いえ――……」
透は言葉を濁す。
響華は透の逡巡する態度に眉根を寄せた。
(本当に、全然らしくないわ。一体何なのよ)
――いや、落ち込んでいる時は、誰でもこういうものかもしれない。
1人になりたいところを響華が邪魔をしているとも考えられ、響華は気持ち早めにカフェオレを飲み、アップルパイを食べ終えると霞への贈答品の袋を持って早々に席を立つ。
「邪魔したわね」
「……あの、炎乃さんは他領地に進学予定はありますか?」
「は?」
呼び止められた響華は少し考えながら「今のところ、藍領地の大学予定で他領地は考えてないわ」と答えた。
「そもそも上位領地ランカーは他領地に移れないじゃないの。それとも何。私をそんなに藍領地からお払い箱にでもしたいのかしら」
「……ここだけの、内密の話にして下さいますか。電谷君には伝えてあることなんですが」
「内密?」
「来年、闘技大会が開かれます。僕は出場しません。そして、隣の露草領地に引っ越します」
響華は目を瞠った。
透は真摯な眼差しで響華に告げる。
「露草領地は、現在水族分家のある領地で融通を利かせられます。藍領地では、炎乃さんも息苦しい思いをしてきたでしょう。もし炎乃さんが次の闘技大会で現在の順位を破棄したいと――他領地に移って、領地ランカーから離れた生活をしたいと思ってらっしゃるなら色々と協力出来ると思うんです」
響華は息を呑んだ。しかし、直ぐに冷静になる。脳裏で透の言葉を噛み締めると、こそばゆい心地がした。高揚感は胸の奥に仕舞い、響華は透に訊く。
「透。まさか私を口説いているの?」
「え?」
響華の指摘に透が目を丸くする。善意だけで提案しただけなのが丸わかりの反応に響華は思わず笑った。
「言葉はありがと。でも、気のない女に一緒に来ないかなんて誘い文句は止めなさいよ」
「炎乃さん――」
響華はさらっとそれだけ言って身を翻した。背後に透が追いすがりかける気配を感じたが、響華は無視して店を出る。
透は追いかけてはこなかった。
腰に手を当てて、ふうっと嘆息すると響華は颯爽と歩き出す。
(悪い気はしなかったわね)
透との会話を思い出しながら響華はくすぐったくはにかむと、次に今後選択しなければならない自身の身の振り方を思い、表情を厳しくした。無表情な幼馴染みの横顔を思い起こし、眉間に皺を寄せる。
「私は敦美の味方でいたいのよね……」




