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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
第2章 けぶる翡翠の亡霊達
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 第5話 葛『領王』とゆかいな渡航者

 敦美あつみは、腕の中の白い薔薇の花束を無感情に見つめた。

 その上に布のような次元空間を出現させ、ふわりと被せると花束を消す。

 すると、周りでざわめきと驚きの声が上がる。一部の客人達は、機械族きかいぞく敦美あつみ電脳族でんのうぞくの能力まで使えるとは知らなかったようだ。

 敦美あつみは何事も無かったかのように、遙かに背の高いくず領地の灰兼はいかねおもい『領王』を見上げる。


「――そちらは、どうやら無事に自領地に戻ったようで良かったですね」


 灰兼はいかねの背後に控える粒島りゅうしまけん氷藤ひょうどう信次しんじに視線を向けながら、ちくりと言う。敦美あつみなりの精一杯の嫌味だ。あまり踏み込んで言うと、こちらが逃亡を許した落ち度の話にもなりかねないので軽く濁す。


 ただ彼らも妙な連中だと思う。あの時は既に無罪放免の釈放が決まっていたのに、わざわざ留置所から逃亡し、あい領地を無断で脱出しているのである。工作員ランカーとして何か理由と意味、利益があったのだろうかはなはだ疑問だ。

 あの逃亡は敦美あつみだけでなく、取引をした灰兼はいかねの顔も同時に潰していた。


 灰兼はいかねは探るように灰色の瞳を細める。


「ああ、確かに。彼らが再びあい領地で失踪しないよう祈るばかりだな。おかげでこちらは体裁を取り繕うのに、苦労をさせられた」

「――……」


(え……? 交渉を無くすために、私達がわざと逃がしたと思っている?)


 灰兼はいかねの言葉に敦美あつみは訝しんだ。微妙に話が噛み合ってない。いや、認識の齟齬が生まれている。どちらも相手が逃亡を企てたと思っているのだから。


(第3者が絡んでいるんだ。でも一体誰の仕業……)


 こう言っては何だが、今のあい領地はフリーの不審者がはびこり過ぎである。敦美あつみの中でも複数人ぱっと浮かぶ。

 宙地原族そらちのはらぞくらしい少女、大地族だいちぞくの集団、電牙でんかび葦成あししげ、その協力者達、電須でんす佐由さよし――……魑魅ちみ魍魎もうりょうの魔境に思えてきて、敦美あつみはそれ以上頭の中で容疑者をリストアップするのを止めた。きりがない。


 灰兼はいかねが、ちらっと背後の船員スタッフに視線を向ける。


「……こちらは客人を含めてあい領地に泊まるつもりはない。ただ数日の滞在の間、船員スタッフも買い出しなどであい領地に出入りする。それは了承してくれるな? 身元は保証しよう。何なら調べてくれてもいい」

「――構いません。信用しています」

「ほう、信用」


 灰兼はいかねが流し目で意味深にほくそ笑む。それから直ぐに、敦美あつみの後方に離れて立つあずま秀寿ひでとしを見た。

 秀寿ひでとしは苦笑しながら敦美あつみ達へと近付く。


「こんにちは、灰兼はいかねさん」

「やあ、あずま君。世話になるよ。先々月も思ったが本当に大きくなったな」

灰兼はいかねさんもそう言うんですね。何だか親戚のオジさんみたいな口ぶりですよ」


 秀寿ひでとしのその一言で灰兼はいかねは突然笑顔を消すと、それまでの印象をガラッと変えるような早口でとつ(とつ)と話す。


「君は9年前は小学生だったからね。俺達と違って姿が1番変わっているじゃないか。なら俺が年を取っているかどうかではなく、それを話題にするのが自然の流れだ。……ところで、彼はどうかな。出来れば会いたい」

篁朝たかときさんは家から連れ出せるような状態じゃないですよ」


 秀寿ひでとしの返答に、灰兼はいかね敦美あつみへと顔を向け直す。


「〝水岐みずき広早こうさ〟に会う都合をつけて欲しい。病院、ショッピングモール、どこでもいい。偶然鉢合わせたという体裁で場を用意してもらおうか」

「――……」

灰兼はいかねさん、『領王』様に無礼です」


 命令口調の灰兼はいかねに、秀寿ひでとしは苦言を入れる。

 敦美あつみ秀寿ひでとしを静かに制して一歩前に出た。


「――その要望に等価するものは何ですか?」

くず領地の後見だ。大地族だいちぞくを追い出すだろう? 協力しよう」

「――その件の見届けを、以前に大地族だいちぞくと揉めていたくず領地がやるのでは対外的には微妙です」

「ほう、それなりに情報収集能力はあるのか。……では、堅香子かたかご領地もつけよう。この後に招待を受けている。交渉は俺が責任を持ってしてやろう。どうだ?」


堅香子かたかご領地――芸術とメディアの中央大陸の領地か。本当なら凄いことだけど)


 やはり桔梗ききょう領地は、宙地原族そらちのはらぞく大地族だいちぞくの件ではあい領地の味方にはなりえないのだ。ともに入領にゅうりょうした桔梗ききょう領地の名を出されなかったことで、敦美あつみ桔梗ききょう領地との交渉を完全に諦めた。


「――口約束で終わらないならば」

「成立だ」


 パチンッと灰兼はいかねが手を鳴らす。黒の革手袋をしていて、何故指で音が鳴らせるのか。わざわざ音を仕込んでいるのかと敦美あつみは軽く眉間に皺を寄せた。


 灰兼はいかねの傍に3人……いや、3匹の2足歩行の動物が来る。桔梗ききょう領地の上位ランカー2人と、桔梗ききょう領民だ。敦美あつみ達に恭しく頭を下げた。


わにと犬とうさぎ……)


 犬と兎の毛が、もあっと逆立っている。秀寿ひでとしの静電気の影響だろう。2匹はつぶりそうなほど目をすがめている。秀寿ひでとしが彼らの苦痛に気付き、すっと後退りして距離を取った。


桔梗ききょう領地の方々はあい領地内では決して人型を取らず、半獣型の姿でお願いします。破られた場合、護衛をまく不穏な動きをしたとしてあい領地から全員追放します」

「分かっておるん。此度のご配慮、痛み入るん」


 わにがガラガラ声で応え、呼応して犬と兎も神妙に頷いた。


「私は桔梗ききょうの『五位』獣和じゅうわ隠近やすちかと申す者なん。こちらは、『六位』獣伏じゅうふしたけし。その隣は獣羽じゅうは恵兎けいとであるん。わかがご厄介になっていること、申し訳ないん」


 敦美あつみわに姿で着流しの和装をした獣和じゅうわ隠近やすちかと握手し、挨拶をする。そして橙色の着物に紺の袴を着た白い兎姿の獣羽じゅうは恵兎けいとには、不思議な既視感と親しみを覚えた。


(初めて会うのに懐かしい感じがする。何でだろう……?)


 彼らの護衛につく時蔵ときくら石斗せきと水名みずなとおるが傍にやって来て、彼らに挨拶をし、送迎車へと案内する。

 そんなとおるの背中を見ながら敦美あつみは寂しくなった。

 とおるはいつも敦美あつみの隣で補佐をしてくれていたので、彼がいないとこれほど他領地の『領王』達との会話の取っ掛かりが手探りになるものなのかと、少々疲れも感じていた。

 同じ気持ちだったのか、一緒にとおるの背中を追っていた秀寿ひでとしと目が合う。秀寿ひでとしは肩を竦めて苦笑いを返してきた。


「仲が良いんだな」


 灰兼はいかねは、からかい混じりに秀寿ひでとしに尋ねる。

 秀寿ひでとしは腰に手を当てて嘆息した。


「これでも9年間、俺はこのあい領地の『領王』代理の職に就いているので」

「それほど彼女は信頼出来る相手か?」

篁朝たかときさん並には背中を預けられます」


 灰兼はいかねはピクリと身体を揺らす。敦美あつみを灰色の瞳に映してじっと凝視した。

 敦美あつみはそれを無表情で真っ向から受け止める。


「――灰兼はいかね『領王』。貴方は獣櫛じゅうくし殿には会わなくてもいいんですか?」

「ああ。ふっ、桔梗ききょうの彼らも往生際が悪いだろう? かたを説得出来ると本気で思っているようだよ」

「――獣櫛じゅうくし殿は、まだ次期御大に望まれて……」

「死者の謝罪がないかぎり、彼が御大になることはない。世界の終焉しゅうえんが来たとしてもな。散るだけの望みさ」


 灰兼はいかねは鼻で笑った。

 敦美あつみはその言葉に肩を揺らす。


(謝罪……? いや、それより今――)


 敦美あつみの漆黒の双眸は、一瞬動揺に揺れた。灰兼はいかねに悟られないように唾をゆっくりと呑み込む。



(〝世界の終焉〟……この、フレーズは)



「今日は、このまま船内に籠もっているよ。彼と会える日取りが決まり次第、こちらに連絡を。ああ、一応君達に謝罪の席を設けようか」


 そう言って客船に誘うような手振りをした。


(船内は治外法権であい領地じゃない。あの中はくず領地だ)


 敦美あつみは「――必要ありません。こちらはミサイルを発射しているので」と固辞した。

 秀寿ひでとしも同様に断り、別れの挨拶を交わす。今日は桔梗ききょう領地の上位ランカー達の送迎と顔合わせだけとなった。港に集めた下位領地ランカー達は、そのまま港の警備と警護のために残す。

 灰兼はいかねは、くず領地の他6名を引き連れて船内へと姿を消した。

 敦美あつみはそれを確認してから身を翻して歩き出す。素早く電脳で、電谷でんやに連絡を入れた。この胸騒ぎが杞憂であって欲しいと願いつつ、急場で取れる最前策を真っ先に切った。


「――電谷でんや。どんな手段を使っても良い。今直ぐにあい領地内の通信と電脳を停止して。セキュリティを引き上げるだけじゃ駄目」


 嫌な予感がする。敦美あつみは乗り込んだ車の中から荘厳な豪華客船を苦々しく睨み付けた。







                 ◇◇◇






「まるで、ままごとだな。あれで要人の護衛を揃えたつもりなのか。これだから闘技大会が強制ではない領地は困る。軍人の少なさは致命的だな。領民が戦いを避けられる選択の自由があるほど、他領地が侵略しやすい穴だらけの軍が出来上がる見本だ」


 赤ワインを入れたグラスを揺らしながら、灰兼はいかねは足を組んで優雅に豪奢な椅子に腰掛けていた。クツクツと笑いを口元で殺しながら、愉快で堪らないと言った表情になる。


「それであい領地の現状は? 電拳でんつか族長」


 ご機嫌な灰兼はいかねの前には、窓際に置かれている長椅子に能力封じの手枷を填められた電脳族でんのうぞく族長の電拳でんつかつるぎが座らされていた。

 つるぎは嫌悪感も露わに灰兼はいかねに悪態をつく。


「三十路のおっさんが、そんな黒歴史な露出で生きていて恥ずかしくないんですかねぇぇぇ?」

「何だ、無能か。衛星を取り上げられたぐらいであい領地の情報も吸い出せないとはな」


 灰兼はいかねは余裕の笑みを浮かべて肩を竦め、わざとらしいほど大業な嘆息を零し、ワインを口にした。

 つるぎは舌打ちをして床を何度か踏み鳴らして暴れると、ハアハアと荒い息遣いになる。白銀の前髪の間から紫電の瞳で灰兼はいかねを憎々しげにねめ付けた。


「……『領王』と『八位』がフリー配置の司令塔役。くずどもの護衛は『二位』のみ。『三位』と『四位』が桔梗ききょう担当。『五位』『六位』が水城みずしろ家担当。『七位』があい領地担当。『九位』配置無し。『十位』は負傷で入院中、配置無しだ……死ね!!」


「ちゃんと優秀じゃないか。……合っているか?」


 灰兼はいかねは促すように顎を上げる。整列していた6名のうち1人が1歩前に出た。

 くず領地の電脳族でんのうぞくで電脳技術屋として灰兼はいかねに重用されているうちの1人、電徳でんとく遙一よういちである。


「はい、合ってます。俺も隣で確認しました。嘘は言ってません」

「自分の種族の族長を売るとは随分黒い了見だなぁ、電徳でんとく遙一よういち!」


 つるぎがギロッと遙一よういちを睨んだ。

 遙一よういちは「うっ」と呻くと気まずげに顔を背ける。


「〝にゃんすけ〟目を逸らすな!」

「リアルでその呼び方は止めてくれよ!!」

「言っておくが、俺のせいで固定パーティーが崩壊したんじゃないからな。お前が調整するか、俺をさっさと切らない優柔不断さのせいだろ。リーダーの癖に人のせいにしやがってっ……」


「うぉおおい!? 俺がそれ恨んでアンタをはめたと思ってんの!? 違げーよ! くず領地のために決まってんだろ!! 俺そこまでキチったゲーム廃人じゃねーから! つーか捕まえるまでアンタが〝のん〟だったって知らなかったって! ボイスチェンジャーで女声出してネカマやってんじゃねーよっ!!」


「お前に貢がれだした辺りから中の俺は引いていたからな。出会い厨が」

「だっ、誰が……っ! ち、違げーよ!!! そんなんじゃないって!!」


電徳でんとく


 顔を真っ赤にして慌てふためく遙一よういちに、灰兼はいかねが呆れた視線を送る。

 遙一よういちは口を急いで閉じて元の場所に戻った。だがまだ口元はもごもごと動かし、言いたいことを我慢しているようだ。

 灰兼はいかねはそれを捨て置き、話を戻す。


「何にせよ、『十位』の闇族やみぞくが負傷はありがたい。水城みずしろ家に近付く際、最も懸念材料だった存在だ。何せ、闇族やみぞくとの戦闘の経験がある者が、俺を含めても皆無。知識の無い相手との戦闘は、格下でも倒される可能性を孕んでいる。……いや、格下でない可能性さえあるんだったな。あい領地の上位順位はデタラメらしいじゃないか。その闇族やみぞくが『領王』クラスだったとしても驚くに値しない」


 灰兼はいかねはうっとりとグラスを掲げ、灰色の瞳を輝かせる。強敵の存在に喜ぶ姿に、氷藤ひょうどう信次しんじが面倒臭そうに呟く。


灰兼はいかねって実は脳筋だよな」

「こらこら、シンちゃん! 申し訳ありません、灰兼はいかね『領王』様」


 粒島りゅうしまけん信次しんじの頭を掴んで強引に頭を下げさせて謝る。

 灰兼はいかねは口角を上げた。


「構わない粒島りゅうしま氷藤ひょうどうには堅香子かたかご領地で役に立ってもらうからな」

「げ。めんどくせー……」


 信次しんじはぼやく。しかし、ふとそこで視線を感じた。気付けばつるぎがじっと信次しんじを見ていた。目が合った信次しんじは訝しげに片眉を上げる。

 灰兼はいかねは2人の反応を静観しながらつるぎの手枷へと目をやった。


電脳族でんのうぞくがこれほど不可思議な種族だったとは、意外な発見だな。能力封じの手枷で封じられるのは次元能力のみか。次元能力で逃げるのを防ぐことは叶ってはいるが、電脳能力が封じられないとは」

「ハア? 何が不思議だ、頭が悪いのかあ? 電脳はお前ら他種族も使っているものだろうが。お・ま・え・らが使えるのに、能力として封じられる訳が無いだろうって、ちょっと考えてワカリマセンかねぇぇ」


 つるぎは煽るように嫌味ったらしくせせら嗤う。

 灰兼はいかねは気分を害した風でもなく尋ねる。


あい領地の電脳は、まだ健在か?」

「外で何を蒔いてきたんだか。さっきやっくんが電源引っこ抜いたぞ」

「ほう。対応が早いな。優秀な部類だ」

「やっくんだからな」

機國きぐに『領王』か……。あずま君が随分と評価していた」

「いや、やっくんだから」

「族長! アンタの謎の電谷でんや押し恥ずかしいから止めてくれよ!」

「黙れ直結野郎」

「ぶあ!? ちょっ、だ……誰が!! マジふざけんな!!」


 怒る遙一よういちを尻目に灰兼はいかねは言う。


電拳でんつか族長。〝水岐みずき広早こうさ〟と会う日取りが決まり次第、連絡を取ってその子細を知らせてもらおうか。どうせ統制の取れていないあい領地で何日も通信手段を潰す処置が保つ訳がない。復旧後、あい領地の電脳を奪い、利用し給え」

「……誰に連絡だ」


 つるぎが尖った声音で問う。

 灰兼はいかねつるぎが身構えた様子を眺めながら悠然と告げた。



「君のパトロン。大地族だいちぞくの王である宙地原族そらちのはらぞく――御神地みかむちすめらぎ殿下にだよ」




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