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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
第2章 けぶる翡翠の亡霊達
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 第4話 思惑の攻防


(もう学校の昼休みが終わってる……)


 あい領地『領王』機國きぐに敦美あつみは無表情を崩さず、しかしその漆黒の眼光はじっと空中に表示される時刻を睨む。 13時40分。あい領地本部ビル内の領王執務室で、今日も敦美あつみは敗北を感じていた。


(何で昼休み前に仕事が一段落のところまで終えられないの)


 これでは昼休みに学校に行き、水城みずしろ輝夜てるやすに会えない。昼食をともに取れないのだ。


 学校に行けない間、敦美あつみは日に日に料理の腕を上げ、弁当の中身は豪華になっていく。反面、輝夜てるやすにその腕を知られていない理不尽さに焦れていた。

 弁当の包みを足の上に置き、口を引き結ぶ。

 早く名誉挽回したいのだ。あの地下で輝夜てるやすが口にした黒焦げの弁当は、本当に最初で最後の失敗であって敦美あつみは料理が出来るのだと、はっきりと輝夜てるやすに伝えたい。


 そんな焦燥を抱えながら敦美あつみは『領王』の仕事に追われ、学校に通えない日々が続く。

 毎朝、今日こそは昼休みにだけ次元移動で学校に行って昼食を輝夜てるやすと食べるのだと意気込むのだが、気付けばいつもその時刻が過ぎていた。


 敦美あつみは領王執務室で、朝からずっとあい領地で起こる様々な案件や報告書にじっくりと目を通している。そして熟考し、許可不許可を判断してサインをしていた。ただこれだけの雑務が何日経っても終わらない。1つ1つに時間を掛け過ぎている自覚はあるが、輝夜てるやすの身の安全に関わってくると思うと手を抜く訳にはいかないのだ。


 そう考えると同時に、1週間前のドロドロと崩れた地下で悄然と座り込む心細そうな輝夜てるやすの姿が思い起こされ、敦美あつみはギリッと下唇を噛んだ。


(――何も守れていない……!)


 思わず傍にあった書類を握り潰していた。ぐしゃっと微かに耳に届いた紙の音に、はっと意識を引き戻されて潰した紙を丁寧に広げ直す。


(……報告書が終わらないのは、だいたいこれのせいだよ)


 敦美あつみは、くず領地の特使が持ってきた〝あい領地への訪問会談要望書〟と記された封書と、ぐしゃぐしゃにしてしまった中身の紙に冷たい視線を向けた。


 その封書の中で、くず領地は先々月のくず領地工作員ランカー2人の謝罪を訪問理由に挙げている。

 更には要望と書きながら、既に細かい日程とその人数、更には種族名や氏名、領地ランカー順位まで記されていた。先方はあい領地の返答など全く聞く気がなく、決定事項として押しかけてくるつもりである。

 そして、くず領地『領王』一行の中に混ざる、とある人物達によってあい領地は訪問を拒否する訳にはいかない。



 ――桔梗ききょう領地の『五位』ランカー、獣和じゅうわ隠近やすちか


   同じく『六位』ランカー、獣伏じゅうふしたけし



 この領地名は、今のあい領地にとって非常に重い。



(皇族御三家が敬意を払うという桔梗ききょう御大おんたい――……。その桔梗ききょう領地の上位ランカー2人と、彼等の付き人の桔梗ききょう領民の獣羽じゅうは恵兎けいとの3人が一緒に来る予定、か。これ、宙地原族そらちのはらぞくとの件で先手を取られているよね……?)


 皇族御三家に信頼されている立場ということは、逆に考えると皇族を尊重する立場でもあるということだ。宙地原族そらちのはらぞく側に連絡を受けたために今回乗り込んで来るのかもしれない。その可能性は充分にありえる。

 建前として獣櫛じゅうくし涼柁りょうたへの面会が訪問の主な理由として挙げられているが、どこまでが本当なのか怪しかった。


(こうなってくると、あい領地に獣櫛じゅうくし殿を抱え込んだのが裏目に出てる)


 元次期御大候補で桔梗ききょう『二十一位』ランカーだった獣櫛じゅうくし涼柁りょうた水族みずぞく本家が抱え込んだのは、桔梗ききょう領地との交渉のためだった。あい領地から宙地原族そらちのはらぞく大地族だいちぞくの排斥をする際の見届け人……所謂、後日正当性を証言する他領地として指名したかったのだ。彼らへ提示する見返りはあい領地での涼柁りょうたの命と生活の保証だった。


 だが、水族みずぞく本家は1ヶ月以上経った今でも桔梗ききょう領地との交渉を始めていない。そのせいで、先に宙地原族そらちのはらぞく達から密命を受けているかもしれない桔梗ききょう領地の上位ランカー達があい領地に来領らいりょうする事態に陥っている。


(まさか水族みずぞく本家と水族みずぞく分家がそこでも意見が割れていて交渉が出来ないでいる……とか? 分家が格式の高い桔梗ききょう領地を脅すのは非常識だって言ってるのかな。……分家の人間って随分と頭が古そうだったし)


 敦美あつみの脳裏には、水族みずぞく分家の『八位』水瀬みずせ英貴ひできが「輝夜かぐや様に薬を使って月族つきぞくの力を封じる」と言い切っていた腹立たしい発言が蘇る。敦美あつみは静かに怒りを溜めた。


 1週間前に電谷でんやの電脳によって水族みずぞく本家と水族みずぞく分家の確執を知った敦美あつみは、そこで初めて水族みずぞくの中にも輝夜てるやすを害する存在がいることを認識したのだ。彼らは輝夜てるやすではなく、その上位の月族つきぞく本家を崇高しており、輝夜てるやす自身に敬意を払うのは月族つきぞく本家の命令だからしかないことなのだと、本気で考えて行動しているような不遜な態度に思えた。


 敦美あつみは微かに眉間に寄せた皺を深くした。

 その時、ノックの音が聞こえてくる。敦美あつみが「――ど……」と了承の返事を言い切る前に扉は開けられた。


「『領王』様。そろそろ14時からの会議が始まります。幹部会議室へおいで下さい」


 くだんの英貴ひできがにっこりと笑顔を浮かべて入って来た。薄藍色の髪に紺碧こんぺき色の瞳。一見誠実そうなこの好青年の、全く誠実ではない裏の顔を敦美あつみは既に知っている。

 無表情を英貴ひできに向けながら英貴ひできが持ってきた会議の書類を受け取り、敦美あつみは内心むっとしていた。


(……水名みずなは、いつもちゃんと私の返事を聞いてから入室してたよ)


 つい、敦美あつみは『三位』水名みずなとおる英貴ひできを比べて胸中で愚痴を零す。

 だが、これは英貴ひできが全面的に悪い訳でもないだろう。

 敦美あつみが普段から無口で返答が遅いため、英貴ひできはノックの際に無口な敦美あつみは返答しないという固定概念があるのだと思う。だから敦美あつみの返答は待たないのだろう。

 そのことに関して、敦美あつみが入室の返答程度をわざわざ指摘するのもどうかと思うのだ。彼の顔を潰すことになるではないかという危惧もあり、敦美あつみは黙っている。いくら敦美あつみ水族みずぞく分家の英貴ひできを気に入らなくても、輝夜てるやすとの繋がりを保つためには多少の文句は呑み込むしかない。


 最近、水族みずぞくの仕切りで忙しいらしいとおるの代わりに、水族みずぞく代表として領地ランカー側の調整を英貴ひできが受け持つようになってから、敦美あつみとおるの補佐がどれほど快適なものだったのか日々実感するばかりである。


水名みずなはこの9年間、『領王』の私に色々思うところもあったはずなのに、真面目に私を『領王』として尊重して接してくれてたんだね。全然気付かなかったよ)


 敦美あつみとおるのことを感慨深く思い浮かべている間に、英貴ひできは踵を返し、領王執務室から出て行った。

 退出の際の挨拶もなく、ふっと敦美あつみは嘆息する。ただ単に英貴ひでき敦美あつみという存在を歯牙しがにもかけていないだけの気がした。自身を卑下ひげして好意的に解釈することもなかったかもとも後悔する。



 再びノックの音がする。

 敦美あつみは「――どうぞ」と告げた。その後、敦美あつみの返答を待ってから開けられた扉に少し気が晴れた。

 顔を出したのは『二位』あずま秀寿ひでとしだ。蜜柑みかん色の癖毛の髪を揺らしながら、眠そうに見える向日葵ひまわり色の半眼を細めて爽やかに笑んでいた。


「今、時間ありますか?」

「――あずま。時間は作るものだよ」

「はは。それ、『領王』様の信条ですか? 並々ならない気迫が籠もってますね」

「アズ様。この後幹部会議ありますし、巻きで行きマショー」

「――電谷でんや


 丸眼鏡を光らせながら、ひょっこりと扉から半分顔を出した電谷でんやは、英貴ひできが去った方角をじっと凝視してから、神妙に領王執務室の扉を閉める。その仕草で英貴ひできに聞かせる気がない内密の話をしに来たのだと察せられた。

 電谷でんや敦美あつみに1度頭を下げ、心なしか小声で口火を切る。


「『マスター』。本日はお日柄も良く……」

「――単刀直入に言って」

「ハイ様閣下が送ってきたお手紙、見せて欲しいっす……。や、すみません。フツー、電脳族でんのうぞくの電脳技術屋如きに公的文書は見せるようなもんじゃないってのは分かっておるんですが」


 電谷でんやは恐縮していた。身分に釣り合わない要求をしていると自覚していて言葉は次第に尻すぼみになる。

 電谷でんやの言う〝ハイ様閣下〟とは、くず領地『領王』灰兼はいかねおもいだ。

 敦美あつみ電谷でんやに〝あい領地への訪問会談要望書〟を差し出す。

 電谷でんやは小走りにプレジデントデスクに近寄り、恭しく受け取って目を通す。はっと口元を押さえた。


「あっ……察し。これはまさかの展開」

「まさか?」


 扉から離れず部屋の隅に留まる秀寿ひでとしから、電谷でんやに疑問の声が投げられる。

 電谷でんやは頷いて敦美あつみに真面目な顔を向ける。


「『マスター』、これ一見詰んでるっぽいけど、大どんでん返しあるかも」

「――……。まず電谷でんやが詰んでいるという状況と、その大どんでん返しの想定を話して」


 敦美あつみに問われて、電谷でんやは「むう」とうめいて天井に目をやり、腕を組んで話し出す。


「俺的に詰んでいるのは、桔梗ききょう領地の上位ランカーが来る部分っすね。御大は皇族御三家に平等に忠誠を誓ってるそうっすけども、今現在、御大視点では皇族として正式に命令を下してくるのって宙地原族そらちのはらぞくだけなんじゃないかなぁって予想でして。だからあい領地に現在も潜伏しているっぽい、月族つきぞくを狙う宙地原族そらちのはらぞく大地族だいちぞく達の味方。もしくは援軍?」


 それは敦美あつみも思ったことだった。電谷でんやの言葉に頷く。

 しかし視界の隅で、秀寿ひでとしが首を傾げた姿が目に入った。

 電谷でんやも振り返って秀寿ひでとしの反応に「やっぱ、アズ様はハイ様閣下の元同僚ね。ナチュラルに分かってる感スゴい」と呟いた。


「大どんでん返し部分はですね。ハイ様閣下が、この詰み要素を先導して連れてくるってことっすね。桔梗ききょう領地単体でうちに来なかったって結構なラッキー! ……というか天の奇跡的な采配?」


「――つまり灰兼はいかね『領王』は太陽族たいようぞくと連絡が付くらしいから、彼の存在があい領地内で桔梗ききょう領地と宙地原族そらちのはらぞくの接触をさせない抑止力になる……? そう言いたいの、電谷でんや?」

「ノンノン。多分そんな小さな御利益だけじゃないっすよ。先週空に出現した月を見て、月族つきぞくを探し出す騒動が全領地でありました。それで真剣に皇族を探しだし、主権を渡したいと考えるマージメーな『領王』達が出て来て、彼らを纏めるリーダーを買って出たのがハイ様閣下でして」

「――うん。そうらしいね」

「ここであい領地のみの問題が。あい領地だけは、月族つきぞくの月が空に出現するのは2度目っすよね……?」


 敦美あつみ秀寿ひでとしが、はっとして顔を強張らせた。


「まさかその情報が外に漏れているのか……!?」

「箝口令は出してましたが漏れてます。「うち2度目だし、皇族いるのうちかも」ってオンラインゲーム内でどや顔した奴のリストがこれ」


 電谷でんやは空中に、オンラインゲーム名とそのプレイヤーネーム、チャットログと本名を記した電脳の表を出してそれを敦美あつみに投げた。敦美あつみは受け取ると淡々と呟く。


「――意外と、電脳族でんのうぞくは皆無なんだね」

「ふふんっ。どやあ?」

「――口が軽いのは、音族おとぞく彩色族さいしきぞく植物族しょくぶつぞく鉱物族こうぶつぞく……。まぁ、普通にただのあい領地民達だね。しょうがないか……」

電脳族でんのうぞくは普段お喋りな印象があるんだが、何で黙っているんだ?」

「そりゃー、愛するあい領地の利益にならないですもん。あい領地住みの電脳族でんのうぞくは、あい領地がおおやけに発表するまでは黙ってますわ」


 敦美あつみ電谷でんやの言葉を聞きながら考え込む。


「――この情報ってもう灰兼はいかね『領王』、もしくは皇族を探している他領地の『領王』に捕捉されたのかな……?」

「『マスター』それ正解! 捕捉されてるんっすよ。実は今、他領地の電脳内では、あい領地に疑惑の目が向きまくっているようなんです。だもんで、皇族探そう隊隊長のハイ様閣下が代表であい領地をガサ入れに来るという裏の建前もあるのデス! ってかあの御方、そもそも捜索に参加せんでも、水城みずしろ家が月族つきぞくだって知ってますよね? タカ様とは翡翠ひすいで元同僚ですしー」


「表の建前が先々月のくず領地工作員ランカーの謝罪で、裏の建前が月族つきぞくの捜索? 電谷でんや灰兼はいかねさんの本当の狙いはどう考えているんだ?」


 秀寿ひでとしの問いに、電谷でんやは首を捻った。


「正確には分かりませぬ! けど俺はここが大どんでん返しの肝だと思ってます。ハイ様閣下は少なくとも、あい領地訪問で桔梗ききょう領地に便宜を図ってます。恩を売られた桔梗ききょう領地はこの訪問中はハイ様閣下に配慮して味方側にならざるを得ないというか……。今回、くず領地側が積極的に桔梗ききょうの御大と宙地原族そらちのはらぞくとの分断を仕掛けているんじゃないカナー? って思いますデス」

「――あずまもそう思う?」


 敦美あつみは漆黒の瞳に秀寿ひでとしを映す。

 秀寿ひでとしは少しの間考え込んだ様子だったが、肩を竦めて苦笑した。


灰兼はいかねさんは1つの行動で2、3以上の利益を求める策を打ち出すので、策を考えるのが苦手な俺にはよく分かりません。篁朝たかときさんなら正確に分かったと思うんですが」

「――水城みずしろ君のお兄さん……?」


 敦美あつみはその名に意表を突かれた。

 電谷でんやもきょとんとした視線を秀寿ひでとしに向けた。


「へ? タカ様って元々頭良い系なんっすか? 地上最強って力を持っているだけの人じゃなく?!」

「その言われ方が俺からしたら凄く不思議だな。翡翠ひすい領地での篁朝たかときさんは、いつも灰兼はいかねさんの策を言い当ててよく怒らせていた人だったから」


 秀寿ひでとしは懐かしそうに目を細める。

 すると電谷でんやが「ハッ!? そうだ! それより肝心の本題ヨ!!」と唐突に焦った声を上げた。


「『マスター』! 水族みずぞくからの要望で、あい領地から大地族だいちぞく掃討してくれってやつ署名してませんよね!?」


(それ、まだ出来ないものだよ)


 くず領地からの来訪があるため後回しにせざるを得なかった書類だ。敦美あつみとしては、早く輝夜てるやすの安全を確保出来るこの掃討を実行したいのだが――。敦美あつみはちらりと書類の束を見る。

 電谷でんやがプレジデントデスクをバンと派手に両手で叩いた。


「それ罠! 事情を知っている見届け領地が決まってない状態で署名したら、全部『マスター』の独断でやったって水族みずぞくに罪着せられて、あい領地から叩き出されるからマジ警戒してね!!」

「――……」

「え!?」


 敦美あつみがすっと目を眇め、秀寿ひでとしはぎょっとした。

 電谷でんやは頬を紅潮させて熱弁する。


「調べたんっすよ。大地族だいちぞくを領地外に追い出したら、どんなリスクがあるのかって気になって。うち『十二位』にツッチーも居ますし、問題になるよなぁって。そしたらまさに前例が! くず領地が以前に大地族だいちぞく掃討作戦やってました!

 どうやら実行までは良かったみたいなんですが、くず領地には見届け領地がいなかったみたいで。その後、くず領地から追い出された大地族だいちぞく達が「種族差別だ!!」って批難の声を上げて他領地に訴えまくっているんです。それで周りの女郎花をみなえし領地と藤袴ふじばかま領地がくず領地を糾弾して、最近までやってたあの冷戦戦争に発展していたみたいなんっすよね。まぁ、ついにハイ様閣下は勝利を勝ち取ったようですけども。

 でもほら、うちはくず領地と違って、他領地と戦争の準備も覚悟も無いでしょ? ましてや水族みずぞくは絶対反対すると思うんっすよね。だからその書類は、水族みずぞく側が『マスター』に全責任を被らせてあい領地で切る口実を作って追い出し、他領地とは戦争もしないっていう美味しい罠ってやつ」


 敦美あつみは無表情は崩さずとも息を呑む。味方だと考えている水族みずぞくに、寝首を掻かれるところだったかもしれないのだ。背筋が凍った。


「――この書類上では桔梗ききょう領地との交渉をしていないから、水族みずぞく分家がある隣の露草つゆくさ領地を見届け領地として水族みずぞくが整えているってことになっているよ」

「それ、本当に整っているかうさん臭いっすよ……。その、俺の言葉が全然力が無いことは分かっています……」


 電谷でんやは俯いた。

 敦美あつみは書類と電谷でんやを交互に見て、静かに呼び掛ける。


「――電谷でんや

「は、はい……」


 敦美あつみは縮こまる電谷でんやの目の前で書類をビリビリと破った。

 電谷でんやは呆けて紙片を見つめる。

 敦美あつみは微かに微笑んだ。


「――心配してくれてありがとう。これからも頼りにしているよ」


 電谷でんやは感激して瞳を揺らす。

 電谷でんやの背後からはパチパチと秀寿ひでとしの拍手が贈られ、電谷でんやは照れながら「でへっ」と頬を緩めて嬉しそうに笑った。





 その数分後。幹部会議室では、『九位』炎乃えんの響華きょうかと、入院中の『十位』闇束やみづかかすみ以外の上位領地ランカー達が集められ、主に来週来訪するくず領地と桔梗ききょう領地の面々につける護衛と監視の人選が割り振られた。

 

 今まで輝夜てるやすの護衛をしていた秀寿ひでとしは、灰兼はいかね『領王』の指名もあって彼の護衛に。

 そして予備の『三位』水名みずなとおると『四位』時蔵ときくら石斗せきとは、桔梗ききょう上位領地ランカー達の護衛に。

 更に、英貴ひできあい領地本部の司令塔として護衛から抜ける形になる。


 あい領地の護衛に適した上位の種族能力者は元々足りない。

 なので来週の間だけ、水城みずしろ家の護衛が、全く護衛向きではない攻撃一辺倒の能力者『五位』刃佐間はざま逍遙しょうようと『六位』色部いろべ直晃なおあきに変更になった。

 『七位』紙垂野しでのつかさあい領地の街全体の警護責任役として本部ビルでの待機組だ。


 敦美あつみ英貴ひできの人選に不安を覚えながらも反対はしなかった。代わりにじっと英貴ひできの様子を冷ややかな目で観察する。


大地族だいちぞく電牙でんかび葦成あししげも捕まえていないのに、水城みずしろ君の護衛にこの人選……。でも代えられる人もいない。これが今のあい領地の限界なんだ。……闇束やみづかの入院は本当に痛い)


 欠けた穴の大きさに敦美あつみは歯噛みして、英貴ひできへの不満を呑み込んだ。








 1週間後。11月12日。

 日が微かに陰る灰色の曇り空の中、海側のあい領地領境(りょうきょう)内の港に、豪華客船が停まった。

 そこからはくず領地の灰兼はいかね『領王』一団が降りてくる。

 あい領地は下位領地ランカー達を通路に一列に並べ、彼らを迎えた。事前にくず領地側からは「お忍びの訪問旅行だから大々的にしないで欲しい」との旨を伝えられていたのだが、豪華客船を見た敦美あつみは〝お忍び〟とは一体何か、難しい顔で一考せずにはいられない。


 くず領地の一団は、桔梗ききょう領地の3人を含めても10人ほどの少人数。

 あい領地で爆破事件を起こして逃亡したきりのくず領地『十八位』の工作員ランカー粒島りゅうしまけんと『三十四位』工作員ランカーの氷藤ひょうどう信次しんじの姿もある。


「招待に感謝する、機國きぐに『領王』」


 煌びやかに光る銀髪に灰色の瞳をキラリと輝かせる美形の男性。

 噂通りのロングの黒コートと黒手袋、銀のアクセサリーを身につけて王者のように悠然と歩いてきた灰兼はいかねを仰ぎ見た敦美あつみは、真顔で淡々と「――初めまして」と挨拶を返す。


(――私から招待した覚えはないんだけど)


 敦美あつみが胸中でそう呟いていると、突然灰兼(はいかね)から百本の白い薔薇の花束をバサッと手渡される。贈りものらしい。

 不遜な笑みを浮かべてこちらを見下ろす灰兼はいかねに、敦美あつみは今すぐ自宅の冷蔵庫のコーヒーゼリーを食べたいと、遠い目をした。



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