閑話・機國家の家族会議 〈機國仁芸視点〉
機國仁芸。15歳、中学生。
2歳上の姉は、藍領地の『領王』機國敦美だ。
現在10月36日、21時15分。あと3時間もすれば日付が変わって、11月1日になる。
その事実に、ハアァと重い溜息を仁芸は吐いた。今日という厄日はまだ終わらないのだ。むしろこれからが本番である。
仁芸はちらりと対面に座る姉を盗み見た。
敦美は腕を組み、じっと電脳画面を見ている。無表情だが漆黒の瞳に険のある鋭い光があり、仁芸は身震いした。
(……無茶苦茶怒ってる)
機國家の食卓には、姉の敦美と、父の機國冬衣が仁芸の対面の椅子に座っていた。
電脳族の母の電富斗乃香は「機械族同士でしか話せない話もあるわよね」と空気を読んで、さっさと自室に引き上げている。
「――……」
「――……」
仁芸がいくら待っても2人は無言だ。機械族特有の無口を発揮して、会話すら始まらない状態である。本質的な性格はお喋りな母似の仁芸は、ひたすら続く沈黙に耐えられず、きつく目をつぶると口火を切った。
「お、俺のせいじゃない……!!」
頭の中で考えていた謝罪をすっ飛ばし、思わず出た批難を避ける言い訳めいた言葉に、仁芸は内心ギャッと悲鳴を上げた。
冬衣は隣の敦美に視線を向けてから、冷や汗を掻く仁芸に厳しく言う。
「――道路を爆破しておいて、それは通らないだろう」
「うっ……」
今日の昼頃、仁芸は地下から地上の道路などを爆弾で吹っ飛ばした。工作員ランカー顔負けのテロ行為である。
「――私は地下工房を作る許可しか出していないはず」
敦美が漸く口を開く。仁芸を糾弾する声音は恐ろしく凄味があり、仁芸は背を丸めて俯いた。冬衣も真剣に仁芸を叱る。
「――父さんも、初めに言ったな。格納庫を作らなくても、父さんが使っている工場を一緒に使わないかって。でも仁芸が断ったんだ。地下に作ってみたい、父さん達には迷惑をかけないからって約束したんだぞ。なのに犯罪に当たる行為を起こして、沢山の人に迷惑を掛けた上に、『領王』の弟だからと不問にしてもらうなんて恥ずかしいと思わないのか」
「……ごめんなさい……」
普段はこれほど喋らない父に責められ、仁芸はしゅんと落ち込んだ。
今更、機械を作るための地下作業場を建造するのは建前で、実は隠れ家的な1人でいられる空間が欲しかっただけとは言い出せない。自室は何だかんだで斗乃香が勝手に入って掃除するので、仁芸はプライベート空間が欲しかったのだ。
もやもやとした後ろめたさを抱えながら、仁芸はぽつぽつと話し出す。
「……地下を掘っていたら、藍領地の地図に無い、岩と土で作られた道に出たんだ。そこがどこに繋がっているのか、地下の道を探索したくなって……少し調べたんだけど、電脳族の次元移動では行けない場所だと思う」
「――次元移動が出来ない……?」
敦美が興味を引かれたのか電脳画面を消した。
仁芸ははっとする。上手く爆破の件から話が逸らせる好機だと思った。
「道の天井の高さと左右の横幅が、微妙に次元空間を発動する空間の広さを満たしていないんだ! 見つけても電脳族は次元移動出来ない場所だった……っ」
一見、電脳族の次元移動は、どこにでも移動出来る万能な力に見える。
だが、実際は細かい発動条件があり、だからこそ領地を線引きする領境の壁を越えられず、領地間の移動は次元の力では不可能なのだ。他種族の移動能力の力にも条件があり、同じように移動出来ない。
領境防壁には、様々な種族の能力発揮の条件を阻害するものが組み込まれて作られ、更には改修され続けており、まさに歴史の英知を積み重ねている素晴らしい建造物なのだ。
しかし、藍領地の領境防壁は、先々代の風我唯『領王』が統治した11年前からつい1ヶ月前まで全く改修がなされず、朽ちた部分も放置されており、移動の力を持つ種族が普通に侵入出来ていたらしい。他領地ランカーと工作員ランカー天国だったようだ。
そんな状態でも藍領地を侵略しようとする他領地が今までなかったのは、この領地に水族本家があるためだ。
藍領地周辺の他領地の『領王』は、単純な領地戦争だけがしたいのであって、種族間戦争をしたい訳ではない。水族一族との全面戦争を忌避していたのだ。
それと、機械族の『領王』や信用出来ない順位の上位領地ランカーへの対処法が不明で困惑しているのも攻めあぐねる大きな理由だと、電脳内ではまことしやかに噂されている。藍領地の上位領地ランカーは他領地では見かけないような種族のオンパレードなのだとか。
戦いのマニュアルが無い未知の相手。それが現在の藍領地の『領王』と上位領地ランカー。
ところが2日――いや3日前にその領境防壁もめでたく補修と改修が完了した。加えて敦美の声掛けで機械族族長が直接やって来て、最新鋭の技術を壁に搭載していった。その最新鋭の内容を少しだけ聞かされた仁芸は、一生旅行もせずに藍領地内で暮らそうと決意したのだ。
……1度でも藍領地の領境防壁を通過すると、その際に密かに身体の細胞にチップを刻まれるとか、ヤバ過ぎて震える。
こんな非人道的なシステムの壁は、藍領地のみの特別製らしい。「――自慢の出来の一品だが、ここだけの内緒だ」と、ふんわりと微笑んで誇らしげに仁芸に語った機械族族長の顔が忘れられない。大人しくて世話好きで誠実な族長の印象が、仁芸の中で変わったのは間違いなかった。
(ひょっとしてあの地下の道は、他領地にまで続いていたんだろうか?)
なら地下から行けば、ぞっとするような藍領地の領境防壁を通過せずに旅行に行けるのではないかと仁芸は頭の片隅で夢想する。
「――地下で岩と土で作られた人工の道を見つける。……どこに爆弾を使う要素があった? 道の先を探索するなら不要だ」
冬衣の声に、仁芸は思索にふける意識を引き戻された。冬衣は首を傾げている。
「その……ヒナ達が地面がスキャン出来ないって言い出して……。俺もそれを聞いて地面に何か秘密があるのかもしれないって考えて……」
しどろもどろに仁芸はボソボソと喋る。
冬衣は眉間に皺を寄せた。
「――それで爆弾を用意したって言うのか」
「分解……じゃない、壊してみないと分からないし、自分の家の地下じゃ怖いからかなり距離を取って離れた場所で……つ、使った……」
結局爆破の話に戻ってきてしまい、仁芸は真っ青になった。これはもう曖昧に誤魔化せそうにない。少しでも心証を良くしようと仁芸は慌てて補足する。
「で、でもちゃんと……! いや、その作業場の壁にするための頑丈な金属壁で囲ってから遠隔で爆破を……!」
案の定、敦美が鋭く、最も訊かれたくなかった質問を仁芸に突きつけた。
「――何の爆弾?」
「うっ」と仁芸は呻き、鉛を呑み込んだような顔をした。
それきり口を閉ざす仁芸に冬衣は厳しく問い質す。
「――仁芸。答えるんだ」
「……。……核星爆弾……」
「!?」
仁芸の発言に敦美と冬衣は目を見開き、顔色を変えた。
(ああ……怒られる……)
がくりと肩を落とし、仁芸は覚悟を決めてぐぐっと拳を握り込んだ。敦美の顔が恐くて見られない。
明らかに場の気温が下がった。
ピリピリとした空気を肌で感じ、突き刺さる視線の気配に仁芸は顔を上げられない。ひたすらテーブルの傷跡を見つめていた。
敦美の低く硬質な声が仁芸に掛けられる。
「――どうして、仁芸が持っているの」
(こっわあああああァ……ッ!!)
仁芸は心の中で絶叫した。冷徹な響きの敦美の声の端々から非常に圧力を感じる。背筋を冷たい汗が伝った。
「――仁芸、機条族長から教わったんだろう?」
冬衣の確認の問いに仁芸は声も出せず、コクコクと何度も頷く。
敦美が微かに顔を顰めた。
「――核星爆弾は、族長のみが知っているはずの秘匿の大規模破壊兵器だよ。惑星の核を破壊する威力なんだから」
「――お姉ちゃんが『領王』の仕事で忙しそうだからって、自領地に帰る前に仁芸に何かの設計図を渡していったんだよ。どうやらその設計図が核星爆弾だったようだ」
「――……」
ふっと仁芸が敦美から感じていた威圧感が消えた。無表情ながらも呆れたような雰囲気が敦美から漂う。
「――どういうこと……?」
普段は賢い姉が、上手く状況を飲み込めないのか冬衣に問い掛ける姿に、仁芸は敦美が機械族族長の気儘な非常識とも言える行動に若干混乱しているのではないかと思った。
「――だいぶ前から族長の座を譲る後継者を物色して、沢山の領地を渡り歩いているとは聞いていたんだが、どうやらお姉ちゃんに狙いを定めたんじゃないかと思う。この間うちに寄った時に「――忙しそうだがいつ頃暇になるんだろうか?」と訊かれたよ」
「――え」
(あ。やっぱり姉ちゃんが機械族の次期族長にもなるのか)
仁芸は、ひっそりと納得する。独創性に乏しく、想像力が欠如している自身の欠点を仁芸はよく自覚していた。むしろ人の上に立つなんて考えられないので、自分でなくて良かったと安堵するほどだ。
「――敦美とは姉弟だから、後継者候補に仁芸もいいような気がしているのかもしれないな。だから気安く設計図を渡していったんだろう」
「――雑、だね……」
「――機械族族長は全領地の工業技術職の長でもあるからね。仁芸でも知識と技術面では問題ないと判断されているのだろう」
敦美は一旦考え込み、冬衣に訊く。
「――「だろう」って推察だけど、本当に父さんからはそこまで考えている人に見えている?」
冬衣はそっと目を伏せた。
敦美は嘆息する。
「――仁芸、設計図は没収だよ。もう完全に覚えているだろうけど、一応。私が今度、機械族族長に返しておくから」
「あっ、あのさ、姉ちゃん……っ。俺、設計図通りだと惑星が無くなる威力だから、最初からその通りには作ってなくて小型爆弾並の威力に抑えるものを作ることに成功して……!」
「――小型爆弾は、金属壁で囲っているのに天井に当たる外の道路まで爆破する威力じゃないから」
小型化の成功を否定されて仁芸は悲壮感溢れる表情になった。
「……でも、原始月光石は核星爆弾でしか壊せないから、地面を壊すにはあの爆弾でしかそもそも無理だった訳で……」
愚痴を呟く仁芸の言葉を拾い、冬衣が驚く。
「――原始月光石!? どんな爆弾でも壊れない物質とされて、皇族領地の防壁としてのみ使われている石だろう。地下の道の地面がそれだったのか?」
「え? いや、上の道は……」
仁芸はそこまで口にしかけて、はっとする。急いで口を閉じると、ちらりと敦美を見た。
「『領王』の姉ちゃん以外に言っちゃ駄目だと思う話……」
冬衣は敦美と目を見交わして頷き、席を立ってリビングを出て行った。それを最後まで見送ってから敦美は仁芸に続きを話すように促す。
「水族からは口外御法度だって誓約書を書かされたことなんだけど、響華さんが姉ちゃんには言っておけって。地下の道の下には、更に原始月光石で出来た導水路があったんだ。電拳さんの『藍らふらいふ』アプリによると、そこが〝地下運河〟らしい」
仁芸がテーブルの上に出した携帯端末を敦美はじっと見つめる。
「――地下運河? 皇族の私兵の大地族達が色々な領地に一瞬で現れることに対しての回答で、仮説としてよく歴史書に載せられている古代の秘密通路のこと?」
「どうだろう……。俺、あれから色々と考えたんだけど、上の土と岩の通路が、その古代の秘密通路で、その下の原始月光石の白い導水路は、『皇族御三家』も知らない秘匿通路かもしれないって思うんだ。利用していたのは……あれは水族専用の通路だったんじゃないかって」
敦美は顎に手をやり、何やら考え込んでいた。
「――仁芸。そのアプリの〝水城輝夜〟ルートをプレイしたら内容を記録して、私に送って」
「え。姉ちゃん……俺がこのアプリで遊んでも怒らないのか!?」
「――響華にもう遊んでるって聞いたよ」
「うっ……!」
「――電拳族長のこと、仁芸なりに整理がつけられたんだと思ってる。少し安心したよ」
敦美に気遣う声音で言われ、仁芸は少し照れくさく気まずげに目を逸らした。
まだ完全に心の整理がついた訳では無いが、仁芸の心に巣くう恐怖は薄まり、電拳剣に関してはかなり冷静でいられるようにはなっている。
――電脳族の電拳剣族長は、少し前まで藍領地の住民だった。仁芸は電脳内で知り合い、仲良くなってリアルでも親交があったのだ。彼を友人だと思っていた時期もあったが、それはもう過去の話である。今は一切の交流を絶っていた。
彼から「ヒナを譲って欲しい」とねだられた時に仁芸が断ったのが発端で、剣は豹変した。「そのために仲良くしてやったのに」と罵られた時はショックでしばらく家に引き籠もっていた。一連の彼の言動は心の傷となり、仁芸の中で人見知りと人間不信という影を今でも落としている。
つらい思い出の場面が仁芸の脳裏に蘇りかけて、急いで頭を振った。それからわざと明るく軽口を言う。
「水城さんって姉ちゃんの友達だろ? 知っている人のルートをやるのって結構気が引けるなぁ」
「――水城君のこと、響華から……?」
席から立ち上がりかけた敦美が目を瞬く。
仁芸はおどけるように笑った。
「地下運河で話した。良い人じゃん。姉ちゃんのお焦げ飯、美味しいって言って食べてくれたし。っていうか何だよあの弁当! 俺の弁当箱は姉ちゃんのゴミ箱じゃ……」
ふと仁芸が敦美に目を向けると、敦美が立ち上がり掛けた動作の途中で固まっていた。
思わず口を閉じて、先に動くのを待ってみたが微動だにしない。動揺して微かに目が泳いでいる気もする。
珍しい姉の姿に、仁芸は目を丸くした。




