閑話・考えすぎの闇束さん 〈闇束霞視点〉
闇束霞、19歳。
仕事は、藍領地『十位』ランカー。
性別は――戸籍では、男性。しかし実際は女性である。
闇束の性別がおかしなことになっているのは、9年前の闘技大会が関係している。
その闘技大会は、風我唯という先々代の藍の『領王』の影響で、女性の出場者に対する世間の風当たりが強いものだった。当時10歳だった闇束は、同じ出場者である大人の男性に待合室でどんな扱いを受け絡まれるのか、想像するだけで怖くてたまらず、つい出場申請書に男と記載して出場してしまったのだ。
ところが大会終了後、性別詐称が露見してしまい、出場自体を無効にされかけたのである。
闇束は必死だった。母子家庭の上、母親が身体を壊して働けなくなった直後で、明日の食事にも困る貧困生活をしていたのだ。母が働かずとも、毎月転がり込んでくる収入が喉から手が出るほど欲しかった。これを逃せば、明日にも母共々餓死の結末が待ち構えていたので、闇束は戸籍を男性に変更し、出場不正による『十位』取り消しという事実の方を消す選択をしたのだ。
――母には、「私のせいでごめんなさい」とむせび泣かれて、とてもつらかった。母の病を治せなかったのも悔やまれる。領地ランカーになってから、闇束は壊した健康は金銭を積んでも治らないという現実を知った。母は現在も床に伏している。
以上が、闇束の性別がおかしなことになっている原因だった。
ただ、この問題は何も戸籍だけに留まらない。闇束個人の心にも多大な被害をもたらしている。
月日が経ち、闇束の身体も女性らしく成長した。これがボディブローを受けるが如く心を抉ってくる。
一生好きな男性と結婚が出来ないと闇束に意識させた。温かい家庭に憧れるが、無理だと項垂れているのが現状だ。普通のまともな男性が、好き好んで内縁の夫になってくれるとも思えない。はなから戸籍の結婚を気にしないという男性は、悪いが闇束の方からお断りである。価値観が違い過ぎだ。
このため、闇束の青春や思春期なんて「何それ?」状態である。ただでさえ、宙地原世界で稀少な闇族の人数を減らすことに貢献していたのだった。
恋愛が出来ないなら学業に精を出したかというと、闇束はそうでもなかった。勉強することがそもそも苦手である。読書は嗜むが、あまりに分厚いと眠ってしまうし、勉強をしていると何だかやたらと気になることが頭に浮かび、そちらに手を出してしまうのだ。要は集中力が無い。
闇束は『十位』の所謂上位領地ランカーなので、現在はちょっとした富豪並に財産はあるが、結局大学には行かなかった。学びたいことなんてないのである。
「闇束様。友人を作りに行くって理由でも、良かったんじゃないですかい?」
「今まで友達なんて1人も出来なかったのに、大学行ったところで無理だよ」
『十一位』の砂岳巽に大学進学を進言されたが、闇束は首を横に振った。砂岳は闇束を気遣ってか、大判焼きを差し出して苦笑する。
「考え過ぎですってば。案外、気が合う奴がいるかもしれませんぜ」
そう言われても、闇束は一般領民とどうしても話が合わない情景が脳裏を掠め、ちっとも乗り気にはなれなかった。正直、2歳年下で世代が違うはずの『九位』炎乃響華との方がまだ会話が弾むレベルなのである。見ているものが違い過ぎるのだ。
(それに就職はしないから学歴はいらない。俺は、きっと将来の姿は砂岳さんが近いんだ)
39歳で独身の砂岳は、領地ランカーを引退せずに現役だ。闇束も砂岳のように家庭を持たず、ずっと現役の領地ランカーを続けていくことになるはずである。
闇束は年を取ってからの体力や種族能力の衰えは、それほど不安視していなかった。そもそも下位領地ランカーとは地力が違う。いくら年を取っても引退しなければならないほど弱ったり、力が無くなったりして戦えなくなることは無いと断言出来る。闇束の母が、床に伏すほど身体を壊していても普通に力を使えるからだ。
高校を卒業した闇束は、いつも幹部専用会議室の一画で待機という名の優雅なレクリエーションをしてのんびりと過ごしていた。水墨や切り絵などのお絵かきに読書、オカリナを練習したり、響華に薦められたドラマや映画を鑑賞したり、これで高給取りなのだから、上位領地ランカーの仕事は手放せないとしみじみと闇束は思う。
特に藍領地は、他の領地と違って領地ランカーの仕事があまり無い。機國敦美『領王』が藍領地を根本的に統治する気がないのも原因である。何となくこの気ままな生活が闇束はずっと続くように少し前まで思っていた。
ところが今年9月末に、藍領地の風向きが変わる。
突然『三位』水名透から、密入領した大量の大地族達を、検問を偽装して相手には悟られないように牽制しつつ、徐々に郊外へ追いやれという指令が下った。
降って湧いた大仕事に、闇束は眉を八文字にして俯く。
ちなみにこれは、困惑の表情に見えても困惑ではない。「知らないから話を振るな」か「何でそんなことを言うんだ、理不尽だよ。俺は不服です」の消極的な意思表示である。響華のように、はっきりと人を睨み付けると後で仕返しをされそうで怖いから、闇束なりに自身の意思を発信しているつもりだ。
困惑顔に見える闇束に、『四位』時蔵石斗は励ましの声を掛ける。
「そんなに難しく考えんでも大丈夫じゃ」
(あ、すみません。やるの面倒だから嫌だなって思ってただけで、特に何も考えてはいなかったんです……)
「……闇が浅くてすみません」
闇束を気にしてくれている時蔵に申し訳なくも感じて、何も考えてなかった旨をそれとなく匂わすと、時蔵は目を丸くして、からからと笑った。
「闇束殿は奥ゆかしいのう」
(あ……。またあらぬ誤解をされている気がする。どうしよう。時蔵さんにも「嘘つきめ」って思われる日が来るかも)
闇束は他人と上手く意思疎通を図れないところがある。ポロッと零した一言が別の解釈をされたり、闇束自身は合っていると思って喋ったものが後々思い返すと違っていたりして、結果的に嘘をついたことになる会話が多い。いつか狼少年として糾弾されるのではと、ハラハラした不安によく苛まれる。圧倒的に足りない社交性による弊害だ。
「あの、時蔵様。水族と大地族は仲が悪いって噂があったし、ついに種族間戦争を始めたってことですよね」
「闇束殿、それは考えすぎじゃて。戦争なんて大事にはならんよ」
「水族は『皇族御三家』時代ですら戦争を一切しなかった種族じゃ。今度の大地族の領地侵犯も穏便に済ませるだろう」と笑う時蔵の言葉に、闇束は首を傾げながらも「藍領地に攻め込まれているけど、そんなものなのか」ととりあえず納得した。
そして駆り出された先では、上空が水で屋根のように塞がれて「え……俺達、水族に殺されるの?」と真っ青になる事態が起こる。更には闇の帳が下りて、月まで降臨した時は白目を剥いた。
大地族との諸々が穏便に収束した後、闇束は幹部専用会議室に呼び出され、敦美と透から大まかな説明を受けた。闇束はその内容にあんぐりと口を開ける。想像もしていなかった内容に絶句した。
「翡翠『二位』ランカーと……月族の保護……? 水城家の護衛……」
この情報を他に漏らさないという誓約書までサインさせられて、闇束は戦々恐々である。
しかも闇束は、皇族の水城輝夜という方の護衛任務に抜擢された。今までの闇束の快適なのんびり生活がガラガラと崩れていく音がした気がする。
正確には、輝夜の護衛は基本、『二位』雷秀寿と『八位』水瀬英貴が主に行い、時蔵と闇束が予備の護衛とされた。
秀寿は翡翠革命の関係で雷族の一族とは縁を切っており、時蔵は突然変異の刻族なので一族が存在しない。そして闇族は今や絶滅危惧種族というほど少なく、一族というより核家族な規模である。水族が月族を抱え込み、他種族の介入を極力避けている編成の抜擢なのは明らかだった。
それから1ヶ月。闇束が危惧していたほど劇的に生活は変化しなかった。闇束にとっては、少しばかり見回りや報告会議の頻度が増えただけである。形だけの予備のままで輝夜の護衛につくこともなかった。
ところが、秋も深まる10月下旬。『藍らふらいふ』アプリというプライバシー侵害なゲームによって、殺人鬼の脱獄囚が藍領地を徘徊していることが判明した。収監先だった辛夷領地への問い合わせに立ち会うため、秀寿が護衛を抜けることになり、そこで初めて闇束は輝夜と対面した。
(うわ……っ。これが皇族……流石に強い)
闇束は輝夜を見た瞬間、ぞわっと悪寒が走る。
闇族特有の直感能力の一種で、闇束の場合、自身より強者だと身体が戦うなと警告を発する。初めて闘技大会で敦美と響華を見た時もこの警告があった。
ついでに、虚ろな様子の篁朝にも挨拶を一応したら、やはり悪寒が走り、怖い兄弟だなという感想を持ったのである。
顔合わせの後は酷かった。
突然道端の地面は爆破されるし、地下で護衛対象から離れてしまうし、頭は怪我するし、闇束は散々な目に遭ったのだ。偶然にも、響華がいたのは救いである。正直、闇束の代わりに誰かに仕切って欲しかったので天の助けだった。
しかし喜んだのも束の間、今度は目の前で護衛対象が誘拐される。
明らかに藍領地民ではない女性も出没し、輝夜の知人の着物女性を太陽族呼ばわりするしで、もう闇束の手に負えない事態が目の前で展開されて目が回る。
何より闇束は自身の怪我が怖かった。着物の女性が太陽族で力を使っていたというのに闇束は悪寒を感じなかったのである。怪我のダメージのせいだろう。脳が本当にヤバいと朦朧とした意識で考え、感染症を起こしているかもしれないので早く病院に行きたいと心の底から願った。
響華の仕切りに任せて言われる通りに力を使い、気付けば闇束は病院のベッドの上にいた。どうやら乗り切ったのである。ほっと安堵の溜息をつく。
初めての要人の護衛は散々な結果に終わった。しかし、響華が何とかしてくれたはずだ。
闇束の意識が戻ったと聞き、直ぐに透が病院へやって来た。
やはり響華のおかげで輝夜は助け出されていた。闇束もついでに誉められる。透に見舞いとして花を持ってこられて、闇束はがっかりした。
闇束が食べ物が良かったと胸中で肩を落としていたら、透から誓約書を渡される。闇束は地下で知り得た情報全てを他言無用とする誓約書にサインを書かされることになった。
誓約書を見て不意に湧いた疑念を、闇束は恐る恐る口にする。
「これのサインで、俺が月族の水城輝夜様の味方陣営側にカウントされたりするのでは……」
「僕がそんな縛り付けるような書面を差し出したとでも言うんですか!? 妙な勘ぐりは止めて下さい!」
(本当かなぁ……よそから見ても大丈夫なのかなぁ……?)
憤慨する透に叱られながら、闇束は眉を八文字に下げて考え込みつつも、ささっと誓約書にサインをしたのだった。




