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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
第1章 地底へのいざない
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 最終話 世界の変革を望む者たち

 水族みずぞく本家族長・水名みずな晴樹はるきは、水族みずぞく本家屋敷の広間の一段高い上座から、下座で手枷をされた水族みずぞくの隠密衆頭領・水綿みずわた海津かいつと、その部下・水乾みずひる朱石あかしに渋面を作った。

 水乾みずひる朱石あかしにはセットで行動を共にする水盈みずみつ王希おうきという女性がいたはずで、そちらを取り逃している現状に頭を抱える。2人とも拘束しないと意味が無いのだ。同時に動きを封じて水綿みずわたに命令の撤回をさせなければ、そのまま片方が頭領の水綿みずわたと刺し違えてでもその命令を遂行し続けるのだから。


水名みずな晴樹はるき族長。貴殿は子息の戦闘教育を怠っているな。あのような腑抜けた性根であい領地の上位ランカーなぞ務まらん」


 幼い子供のような容姿とは裏腹に、水綿みずわたは低く渋い声音で尊大に晴樹はるきに告げる。晴樹はるきは冷や汗を掻きながら、「はぁ……」と曖昧な返答を零した。水綿みずわたはこれでも晴樹はるきより年上で晴樹はるきが族長になる前から隠密衆頭領なのだから、晴樹はるきは彼に頭が上がらない。


 ――いや、頭が上がらないのは晴樹はるきだけではない。水族みずぞく分家もだ。


 同じ下座で息子のとおるの隣に座した、水族分家(がしら)の跡取りであるあい領地『八位』ランカーの水瀬みずせ英貴ひできが顔色悪く水綿みずわたをきつく睨んでいた。


水綿みずわた様はどういうつもりですか……! 外部の人間にっ、よりによってあんな殺人鬼の大地族だいちぞくに地下運河の存在を教えるとは……! 教えたのは貴方だろう!?」


 くってかかる英貴ひでき水綿みずわたは一瞥し、隣のとおるを見る。


水名みずなとおるは、私に問い質したいことはないのか?」

「……輝夜てるやす君を危険に晒したのは何故ですか!?」


 とおる水綿みずわたを眼鏡越しに睨み付ける。水綿みずわたはその答えを訊き、目を閉じた。


「腑抜けた性根と称したのは訂正しよう。戦闘には不向きな気性か。水族みずぞく生来の気質がよく出ているな」

「はぁ……」

水名みずな晴樹はるき族長、「はぁ」ではない」

「は……も、申し訳ありません」


 晴樹はるきは頭を下げながら、どちらが族長か分からないなと頭の隅で考える。バンッ! と拳で畳を乱暴に英貴ひできが叩き、水綿みずわたに敬語も忘れて怒鳴り散らした。


「質問に答えろ!!」


 水綿みずわたは冷ややかな視線を英貴ひできに送る。

 水乾みずひる英貴ひできを無視してずいっと前に出た。


「諜報内容を我があるじ篁朝たかとき様以外の要請で喋る気はありません」

「諜報……。あの電牙でんかび葦成あししげという青年は、やはりただの大地族だいちぞくではないのですか」


 晴樹はるきは顎に手をやって考え込む。

 苛立った英貴ひできが立ち上がり、「月族つきぞく本家への謀反行為だぞこれは!!」と吐き捨て乱暴に障子を開け、部屋から出て行った。同じ水族みずぞく分家の水尾みずおが後に続く。

 晴樹はるきは疲れたように嘆息してポリポリと頬を掻いた。


「此度、輝夜てるやす様が発揮された力は一体何なのでしょうか。あれは月族つきぞくの力で合っているのですか? 我々の力に似通っているような……」

「正確には分からん。水城みずしろ輝夜てるやす殿下も、純粋な月族つきぞくではなく水族みずぞくと――あの方々の血を引いておられるからな」

水綿みずわた様。この後、密入領みつにゅうりょうと誘拐、犯罪者幇助の罪で貴方がたを『領王』様に引き渡さなければならないのですが……」


 すくっと水綿みずわた水乾みずひるは立ち上がり、容易く手枷を外す。「ああ……」と晴樹はるきは頭を振って呻いた。とおるが身構えるのを、晴樹はるきは「よせ」と手を振って制す。水綿みずわた達は堂々と障子を開けて立ち去った。


「父上……っ」

「すまん、とおる。『領王』様とあずま様に何とか取りなしてくれないか。水知みずち君、『領王』様の弟君が作られたヒナというロボットを液体化から救ったそうだな。よくやった。……とおる、この件を交渉材料にするといい」


 水知みずちは「意識を取り戻した後、無我夢中でパニックを起こして力を使っていただけですけど」と照れていた。水雲みずもがにへらと笑いながら「やるじゃーん」と脇を肘で小突く。ジロリととおるに2人は冷たく睨まれ、慌てて俯いた。晴樹はるきは大業に嘆息する。


「疲れるな……」

「それは根回しをする僕の台詞です!」


 生真面目な息子にキッと睨まれて、晴樹はるきは背を丸めて小さくなった。






              ◇◇◇






 あい領地、郊外マンションの一室。

 扉を開けた婚約者に、土菊つちくく理砂りさは腰に手を当てて拗ねた顔をした。


「もう何よ。だらしない顔!」

「えぇ? そうかー?」


 嬉しそうに満面の笑みを浮かべる葦成あししげは、理砂りさに抱擁すると軽く口づけをする。だが理砂りさの機嫌は直らず、葦成あししげを睨み付けた。


「ねぇ、どうしてあの女どもを殺さなかったの? ……まさか、私の家族を焼き殺した奴等への報復をもうやらないなんて言わないわよね!?」

「やるさ。ただし、俺は大地族だいちぞく分家を作るのは辞めたんだ」

「え。じゃあ、葦成あししげはどうなりたいの?」


 理砂りさは目を丸くする。理砂りさの質問に葦成あししげははにかんで笑った。


「別の分家になる……って言ったら?」


 理砂りさははっとすると、じわりと涙を滲ませた。


「どうして泣くんだよ、理砂りさ。喜んでくれないのか?」

「馬鹿……嬉しいの。遂に決心したんだ……」

「ああ! 俺は今日、俺がこの世でただ1人の変革者じゃないことを知ったからな!」


 葦成あししげは部屋のカーテンを引き、瞳を輝かせて住宅街の景色を眺めた。


「素晴らしいな、あい領地は。9年前に革命が起こっていたのは翡翠ひすい領地だけじゃないとは分かっていたけど、これほどだったなんてな……! 皇族御三家の決めた階級順位制度の根底を覆したあい領地の闘技大会。あれは階級順位最下位の機械族きかいぞくが、最上位の『領王』に君臨する異常事態の大会結果だった。まさに宙地原族そらちのはらぞく達が潰すべき革命は当時2つ起こっていて、ここは奴らが9年前に見落として放置してしまった革命の成就せし地だ……!!」


 葦成あししげは肩を揺らして笑った。


「俺こそどうして気付かなかったんだろうな。機械族きかいぞくの『領王』の存在、『かぐや』を始末しない電須でんす佐由さよし、御大を継がない獣櫛じゅうくし涼柁りょうた、『かぐや』を放置する決定をした水族みずぞく本家――水城みずしろ輝夜てるやすに深く関わる人間が、ことごと御天日みあめひ凰十おうと『皇帝』の遺言に……皇族御三家の意思に反して動いていたっていうのに!」

「〝水城みずしろ輝夜てるやす〟? 彼、呪われた〝水城みずしろ輝夜かぐや〟じゃなかったの?」

「あれは、古き者には呪いにしか視えない。本当は祝福の存在だったのさ」

「そうなの?」


 理砂りさは、よく分からないと首を傾げる。それからテーブルの籠の中に置いてあった梨を1つ取って「食べる?」と訊ねた。葦成あししげが頷くと、果物ナイフを取りに、台所へと向かう。


 葦成あししげは、遅れて部屋に入ってきた雷建らいたけ勇厳ゆうげんに梨を1つ投げた。雷建らいたけは、敦美あつみの機械ロボットに拳を振り下ろされた際に腕を折られていたため、上手くその梨を受け取れない。すると、扉の壁に立っていた水盈みずみつ王希おうきが水で伸びる手を作って代わりに受け取り、雷建らいたけの目の前で囓り出した。雷建らいたけはひくっと口角を引き攣るが、彼女に鋭い眼差しで見つめられて目を逸らした。


 理砂りさが梨を剥きながら、ふふっと幸せそうに笑みを零す。


「皇帝城の果樹園にも入れたんだものね、葦成あししげは」

「結局、獣櫛じゅうくし涼柁りょうたの説得材料にはならなかったけどな? しかもその梨を平然と水城みずしろ家に配るとか化け物メンタルかよ、あの人」


 深く溜息を吐きながらも、葦成あししげは高い目標を見つけ、楽しそうに目を輝かせた。理砂りさが剥いた梨をしゃくしゃくと咀嚼しつつ頬張る。


御神地みかむちすめらぎ――……俺を同族と認めず、大地族だいちぞくの姓さえ与えずに取り上げたことを後悔するといいさ。おかげで、俺が真の宙地原族そらちのはらぞくになる道を与えたのだからな」


 葦成あししげは皮肉げにせせら笑った。


「なぁ、理砂りさ。地下運河で顔を出しただろ? あまり勝手にあいつらの前に姿を出すなよ。危ないぞ」

「だって、一言言ってやらなきゃ気が済まなかったのよ……!」


 焼けただれた肌を指でなぞりながら、憎しみに染まった理砂りさの表情を、葦成あししげは綺麗だなとしみじみと思う。梨の乗る皿を部屋の隅のソファに座る少女に差し出した。


電照でんしょう巫倉みくら、お前も食うか?」

「いえ、いりません」


 御天日みあめひ凰十おうと『皇帝』の元婚約者であり、電須でんす佐由さよしの妹――そして敦美あつみの従姉妹で、姉妹弟子でもある電照でんしょう巫倉みくらは、敦美あつみに似た儚い容姿で静かに首を横に振って、ぺこりと頭を下げると、再び目の前に展開する電脳画面に目をやった。

 その画面には、地下運河で虫に擬態した監視カメラで撮った映像が流れている。



『私をこのまま、馬鹿でいさせてくれないかしら』



きょうちゃん……」


 漆黒の瞳を悲しげに揺らして、巫倉みくらはじっと画面内の響華きょうかを見続けていた。







              ◇◇◇







 水城みずしろ家の居間。深夜1時。

 静まり返ったリビングの床には、ぼんやりと窓の外を見つめ続ける篁朝たかときが横になっていた。

 篁朝たかときの傍にそっと彼の弟が近付いて正座し、じっと篁朝たかときの背中を白練しろねり色の双眸に映していた。子犬ロボットの甲斐かいは、彼に尻尾を振りながらも不思議そうに首を傾げる。


「……水城みずしろ篁朝たかとき。貴様に主上を頼みたい」


 『かぐや』は、淡々と篁朝たかときの背に語りかけた。


「主上が強さを求められるようになられたのだ。これから主上自らがお力を振るわれる機会が増えるだろう。喜ばしいことだが、……私では主上を助けられない……」


 篁朝たかときは相変わらず微動だにしない。

 それでも『かぐや』は真摯に語り続ける。


「私は、主上の問いに何も答えられなかった。私を呪いにするのも、祝福にするのも、全ては周りの者達の捉えようだからだ。貴様は私を煙たがっているが、どうか主上のためにも、私を呪いのまま終わらせないでくれないか……」


 『かぐや』はそれだけ呟くと、立ち上がって静かに部屋へと戻っていった。


 カチカチと、時計が秒針を動かす音だけがリビングに響き続ける。しんと冷え切ったリビングの床で、篁朝たかときはしっかりとした意志を藤色の瞳に宿し、夜空をじっと睨み付けていた。






【第1章 地底へのいざない・終】




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