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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
第1章 地底へのいざない
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第18話 新世の欠片 【前編】

 空の月に気を取られていた敦美あつみ達は、足下の変化に直ぐには気付かなかった。

 突然おかしな浮遊感に襲われる。


「!?」


 地面が消え、身体が奇怪な液体の中に沈んだ。

 敦美あつみは即座に次元空間を出し、公園近くのマンション屋上に脱出する。同じように脱出した電谷でんやも民家の屋根で息荒くアンテナにしがみつく姿が見えた。

 敦美あつみは下で起こった惨状に息を呑む。

 コンビニ、公園、バス停、付近の道路に家々―― 一帯が〝液体〟となっている。そして液体となった建物や地面の様々な色が漂い、混沌の渦と化していた。信じられないことに物質が液状化して洪水となっているのだ。

 下位領地ランカーの数人は水族みずぞくの力を使って液体の中に水の壁を作り、足場と空間を確保して防ぐ力が出せない者達を助けていた。


(他の人間もいる液体の中じゃ、あずまが下手に力を使えない……!)


 秀寿ひでとしは根本的に人が良い。無関係な人命の犠牲が出る状況では、命を捨てることになっても自身の力を使わないという頑固な潔さがあるのだ。

 敦美あつみ秀寿ひでとしを助けるために、秀寿ひでとしが沈んだ辺りの上空に次元空間を出し、そこから無人ヘリを出現させる。

 しかし、スライドドアに白い模様が浮かぶと一瞬にして液状化し、下の湖のような規模になりつつある液体と混ざり合った。消えてしまったヘリに敦美あつみは唖然とした。


(嘘……まさか、人工物は全部液体化する……!?)


 ――いや、着用している服は反応していない。厳密には全ての人工物が液体化するわけではないのだ。この現象には少なくとも何か明確な区別もしくは人為的な意思がある。種族能力に違いない。


(この現象が種族能力なら、間違いなく機械族きかいぞくの天敵種族だ)


 敦美あつみは顔色が悪くなる。

 敦美あつみの機械兵器は全て液体化する可能性がある。攻撃と防御の手段を――機械族としての能力を封じられたも同じだ。こうなると、敦美あつみは次元能力しか使えない。

 液体の中の下位領地ランカー達は種族能力が使えている。この場で能力を封じられているのは敦美あつみだけだ。

 突如、火の柱が上がる。

 火柱の中心は液体が蒸発して、くり抜かれたようになくなった。そこに数人の人間がいる。床は闇の球体が数個出現し、足場となっているようだ。

 敦美あつみは反射的に、彼女らの眼前に電脳画面を出してスピーカー越しに叫んだ。


響華きょうか! あずまが右8メートル先!」

「ズレて死んでも怨みごとは聞かないわよ!」


 響華きょうかが右一直線に猛る炎の塊をくり出す。横に伸びる円柱のような炎の軌跡は液体を蒸発させ、その部分だけくり抜いたような空間を作り出した。その先で黒い布を被った秀寿ひでとしの姿が見つかる。

 秀寿ひでとしは靴が炎で焼けるのも厭わず、炎で拓けた道を駆けて響華きょうか達のところへと辿り着いた。


炎乃えんの、助かった!」

「多少の火傷は覚悟してたわよね。って意外とダメージは受けてないんじゃないの?」

「ああ、これが防いでくれた。次元空間ってとんでもないな」


 秀寿ひでとしは被っていた布のような敦美あつみの次元空間を身体から離して、響華きょうかに広げて見せた。


「小さいけど、敦美あつみの次元空間じゃない。それで液体もはじいたわけね」

「いや。はじいていた感じじゃなかったんだ。蒸発……じゃないな、消した? いや、近付く液体を壊していた感じだった。液体と次元空間の間に妙な空間が生まれていたような」

「〝壊す〟って、電脳族の次元空間に物を壊すなんて攻撃的な面はないわよ。はじいて防げるだけ」


 秀寿ひでとしの言葉を、響華きょうかは怪訝そうにしながら否定した。

 唐突に、秀寿ひでとしが広げていた次元空間から敦美あつみが飛び出てくる。出て来た敦美あつみの身体を、ぎょっとしつつも響華きょうかは正面から受け止めて支え、のけぞる寸前の体勢で持ちこたえた。


「っ、……ちょっと! 出てくるなら出てくるって予告してくれない!?」

「――水城みずしろ君はどこなの、響華きょうか


 敦美あつみは焦りを含んだ声音で訊ねる。そして響華きょうかの周りにいる人間を見やった。

 闇束やみづか由理ゆり、それからここにいるはずのない弟の仁芸にぎと身体半分が液体になって消えたらしいロボットの炎王えんおうを見つけて、微かに顔を歪ませる。

 仁芸にぎの前まで行き、頭に重い手刀を一撃入れた。仁芸にぎを涙目にした。それから敦美あつみ響華きょうかの元へと戻る。

 響華きょうかは苦々しく答えた。


「彼なら誘拐されたわ。守れなくてごめん。私の責任よ」


 一瞬、敦美あつみは何を言われたのかわからなくなった。頭の中が真っ白になる。

 だが直ぐさま力尽くで意識を戻し、頭の中を切り換えた。


「――連れ出された時の方角はどっち。場所は?」

「リカバリーで再起動したあね様から、正確な追跡位置情報が届いているぞ」


 炎王えんおうがニカッと笑って敦美あつみにその情報を通信で飛ばす。

 受け取って頷く敦美あつみに、響華きょうかが言った。


「私が道を作るわ。移動だけでも大変よね」

「――ありがとう、響華きょうか


 響華きょうかは、敦美あつみが機械族としての力を封じられている状態に気付いているようだった。炎王えんおうが半壊している事態に、敦美あつみが機械兵器を取り出した時にどうなるのかを察しているのだろう。

 響華きょうか由理ゆりを振り返り、高圧的に言う。


「仮にも火族ひぞくだって言い張るんだから、私の代わりにここの維持をお願いするわ。出来るのよね?」

「ええ、同族・・ですもの、出来ますわ。きっとすぐに水族の方が助けに来てくださるでしょうから、それまででしたら」


 響華きょうかはそのひょう々とした言い方に舌打ちした。

 由理ゆりの方は響華きょうかの命令同然の物言いに気分を害した様子も無く、柔らかく微笑む。

 地下での事情を知らない秀寿ひでとしは、二人のやり取りに目を丸くした。

 一般領民の由理ゆりを領地ランカーのように指図する流れが謎だった。それほどの実力がある人物なのか? 闇束やみづかに事情を訊きたくても、彼女は床に座ってぐったりとしており、とてもまともに話せる状態ではない様子だ。

 闇束やみづかは「ぐわんぐわん……限界近いよ。水族の救助早く来て……」とうわごとを朦朧とした意識で1人呟いているばかり。秀寿ひでとし敦美あつみが来ていることも気付いていないのかもしれない。こんな状態で、未だに自身の力を完全に制御して使っているのだから彼女の精神力はすさまじい。

 響華きょうかはそんな闇束やみづかにちらりと視線を向けると、今は輝夜てるやすのことしか考えられないだろう敦美あつみに代わって指示を出す。


秀寿ひでとしはここに残ってかすみをお願い。でも、どうにもならなくなったらアンタは足手まといのかすみも含めて全員感電死させてもでもここから脱出しなさいよ。これから『領王』が危険なところに突っ込むんだから『領王』代理にまで死なれちゃ藍領地がヤバイわ」

「難しい注文だな……」

敦美あつみ秀寿ひでとしがさっき妙なことを言っていたから確認するけど、次元空間は他種族の力を防ぐだけよね? 中に異物が入れない空間だからはじくけど、それは攻撃するものじゃなくて上に乗っても平気なものよね?」

「――ちょっと浮いている感じにはなるかも」

「歩けるなら問題ないわ。なら床はそれで……――いいんじゃないの!」


 響華きょうかが力を込めて、位置情報の場所に向かって一直線に炎の塊を放つ。

 炎の塊が液体を蒸発させ、斜め下へと伸びる円柱状のトンネルを作り出す。どこまでも真っ直ぐ底にまで突き進むと思われた炎の塊の勢いは、目指す位置付近で水の壁にぶつかって止まった。

 その感触を感じた響華きょうかは目指す遠方を鋭く睨み付ける。

 敦美あつみは炎のトンネルの床に、秀寿ひでとしに渡していた次元空間を転がした。次元空間の長さが変わる。長く途切れる気配がないカーペットのようなそれはコロコロと先に遠方まで下っていく。

 流れるような手早い2人の行動を、由理ゆりは驚愕の表情で見つめていた。


「『領王』の次元能力にこのような使い方が……?」

「別に敦美あつみに限らず、電脳族なら誰でも変わった使い方しているわよ。電谷でんやもよく足下の影に仕込んだりしてるから、むしろ足下配置なんて電脳族内ではメジャーな使い方なんじゃないの」

「そ、そうではなく、これではまるで完全に炎乃えんのさんの力を防いでいるようですわ……」


 炎を防ぐ床として機能するということは、響華きょうかの炎の力を封じているのと同じにしか見えず、由理ゆりは狼狽していた。

 響華きょうかはふっと不敵な笑みを浮かべる。


「今なら敦美あつみの評価で、別の言葉が聞けそうね」

「――響華きょうか、行こう」

「ええ。じゃ、後は頼んだわ」


 響華きょうかは投げやりに返答し、敦美あつみとともに炎のトンネルを駆け出した。



 

敦美あつみ、誘拐犯のメンツに水族がいるわ。私の炎を止めはしたから、とおる並みかそれ以上の奴ね。そいつがこの先で水の壁を作ってる」

「――下位領地ランカー達も水を張って足場を作っていたけど」

「それと同じで避難空間を作っているみたいよ。この作った道はそれにぶつかってるわ。……だからたぶん彼は無事。あいつらが避難空間に入れてると思うのよ。というかむしろこれ――」


 響華きょうかは液体に視線を向けて口を閉ざす。

 敦美あつみも、響華きょうかがあえて告げるのを止めた考えには至っていた。

 液体へと変化するヘリに一瞬浮かんだ白い月の文様を、敦美あつみは見逃さなかった。もしこれが輝夜てるやすの力なら、力を使う事態に陥っているということだ。

 輝夜てるやすは本当に無事なのか。敦美あつみは不安で堪らなかった。心臓がうるさいほど早鐘を打ち、嫌な想像をさせてくる。


水城みずしろ君……!!)


 水の壁が見えた。敦美あつみ達は立ち止まり、水の壁の中にいる人物達と対峙する。青年の姿に敦美あつみは表情を険しくした。


 この2日間、探し続けていた男だ。


「――〝電牙でんかび葦成あししげ〟……!!」


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