第17話 着火された火種
コンビニ近くの公園では、多数の水族の下位領地ランカー達が待機していた。そこには『領王』機國敦美と、電谷の姿もある。
敦美は自らの電脳画面の左上に表示されている時刻を確認した。
時刻は14時32分。辛夷領地の会談途中に起こった異変から、既に1時間半もの時間が経過していた。
藍領地は、現在敦美と電谷以上の何者かの電脳族に電脳を奪われている。そのため輝夜と未だ連絡がつかない。
藍領地には電谷を超える力の電脳族の領民はおらず――実際は電須佐由が隠れ住んでいるのだが、敦美は彼の可能性は低いと考えている――密入領した外部の電脳族の仕業だと思われる。
だが、電谷と並ぶ電脳族はあまりいないのだ。
宙地原世界で電脳能力上位5名とされる者の情報は、電脳族内で密かに周知の事実として共有されている。そこに電谷と敦美は名を連ねていた。
佐由を筆頭に、電拳剣、機械族の敦美、電谷、それに――
(これは、まさか巫倉……?)
敦美は目を伏せて電脳画面を消す。動くことができず、時間ばかり無為に過ぎる現状に、無表情こそ崩さないが内心では業を煮やしていた。
(今なら響華がヒールを鳴らす気持ちがわかる)
そう胸中で思うだけにとどめ、静かにじっと立つ。
基本的に敦美は身体を使って感情を表現するのは苦手だ。苛立つ感情を内に秘めて黙っていた。
しかし時間が経つにつれ、漆黒の双眸は昏く剣呑な光を帯び始めていた。
(響華ならきっと大丈夫。でも、水城君は……)
敦美達が動けずにいるのは、街頭の監視カメラが捉えたコンビニ前の崩落映像のせいだ。正確には、その映像を見た『三位』水名透が、水族族長の許可が出るまで動くのを待って欲しいと敦美に懇願したからである。
映像には、藍領地の地図には存在しない地下空洞らしきものに皆が落ちる様子が映っていた。水族の態度から、彼らが把握している昔からの秘密の地下だと察せられた。
(あんなものがあったなら、いくら地上で大地族の対策をしても意味が無かったじゃない。
電牙葦成は地下にいたんだ。水城家近くの地下から電拳族長のアプリを起動して水城君をサーチしていた。いくら地上を探しても見つからないはずだよ)
焦れながらも大人しく水族族長の指示を待つ理由は、藍領地の『領王』として水族本家に配慮しているからではない。水族である水城家に配慮しているからである。
彼らが輝夜の後見でなければ、とっくに切り捨てている指示だった。
「『領王』様」
水城家の様子を見に行っていた『二位』雷秀寿が、軽く手を振りながら公園に戻ってきた。
「獣櫛家と水城家に問題は無かったです。 ――いや、むしろ水城家はそれが問題だと思いました。篁朝さんが動ける状態じゃないんです。いざという時に、水城を助けられる人間がいない」
秀寿の報告に、敦美は落胆した
輝夜の兄の篁朝は恐ろしい力の暴走をするが、輝夜を守るという一点に置いては絶大な信頼がある。
何より敦美のように二の足を踏むしがらみも無い。その篁朝が動けない状態だというのは保険を潰された心地がする。
「それに、妙な人間が水城家に来ていたと。水城の代わりに弁当を家まで届けてくれた同級生がいたと、水城朧様が言うんです。その同級生が一体誰なのかわかりません。コンビニの監視カメラと街頭カメラ、衛星映像の確認もお願いします」
「――水城家の守りは?」
「水名主導で、いつの間にか時蔵さんが呼ばれていました。『領王』様に連絡は?」
敦美は首を横に振る。
秀寿が肩をすくめて苦く笑った。
「俺達、実は『領王』と『二位』じゃないですね。皆、勝手に動いている」
「――雷は、水族に従う現状は不満……?」
「いえ、不満というより不甲斐ないです。篁朝さんが動けない今こそ、俺が水城を守れなければならないのに。全く恩を返せないでいる自分が許せない」
秀寿は兄妹弟子の病を篁朝に治してもらっている。彼女の命を救われたことで、篁朝に一生をかけて恩を返すのだと心に決めているそうだ。個人的な想いで水城家に肩入れする秀寿は、敦美とは似た者同士であり、互いに信頼に足る人物だ。
秀寿は離れたベンチに座っている電谷へと視線を向けた。
敦美も顔を動かさず、目だけを動かして電谷を一瞥する。
「電谷、放っておくと随分と楽しそうですね」
「――そろそろ釣り上げ時かな」
「俺が近付くと妨害になるので、後で教えてくれますか?」
敦美はバサッと膝掛けタオルケットほどの布を出現させ、秀寿の頭から被せる。布に見えるそれは敦美の次元空間だ。
秀寿は目を丸くした。
「――それは雷の力を防ぐから、一緒に電谷の電脳画面が見られると思うよ」
「……『領王』様の電脳能力も電須さんに負けず劣らずの――……いや、ありがとうございます」
呆気に取られたような秀寿を連れて、敦美は電谷へと近付いた。
背後から肩を叩かれた電谷はビクゥッ! と過剰なくらい反応して小さな悲鳴を漏らして立ち上がる。
それまで電谷が見ていたと思われる空中に、電谷の電脳画面が第三者に見える形で出現した。表示させたのは敦美だ。秀寿とともにその電脳画面を覗き込む。
そこには水族本家の屋敷内の映像が流れていた。映像内には透と『八位』水瀬英貴と他2人の青年達が映っている。
電谷は、敦美と秀寿に情けない声を出す。
「『マスター』ハッキング酷いっ! 返して俺の電脳ぉぉぉ!!」
二人に手を伸ばしてプルプルと震える芝居がかった仕草をする電谷に、敦美は特に反応は返さない。秀寿は電谷に「悪いな」と一言告げる。
電谷は大げさにうずくまると、次の瞬間にはケロリとした表情で顔を上げる。その様子に秀寿は笑ってから、改めて映像に目を向けて感嘆の声を上げた。
「水族本家屋敷内の映像が簡単に見れるって凄いな」
「だってアズ様。俺ってば水族の専属電脳技術屋なんですぜ。管理を任されている立場ですもん。プライバシーの観点は置いといて余裕ですわ」
「藍領地の電脳技術屋でもあるから専属じゃないだろう。兼任が正しいんじゃないか」
「専属って響きがジャスティス! カッコイイ!!」
「そ、うか……?」
「あ。『マスター』、さっき前哨戦は終わっちゃいましたヨ」
「――前哨戦?」
「フフフフフ。水族本家VS水族分家、ファイッ!」
「――水名と水瀬が?」
「はいな!」
映像内では透と英貴が渡り廊下で対峙していた。二人の表情は険しく、若干英貴の方が透を侮蔑した酷薄な薄笑いを浮かべていて、まるで上の立場のような態度をしている。
「驚いたな……。水瀬は水族分家の人間だったのか。分家は隣の露草領地にのみ住んでいるわけじゃないんだな」
「へ?! アズ様は水族分家のこと知ってるんっすか!?」
「昔、氷藤さんが教えてくれたんだ。ああ、氷藤さんと言うのは、翡翠領地の同僚で氷藤信子さんという方だ」
「くっ、詳しくお願いします!」
「今、俺達の住むこの南の島は、大昔は水族だけが住んでいたひとつの領地だったんだ。けど『領王』制度の初期に起こった土地の奪い合いで、藍、露草、千草、蒲葡、鴇領地の5つに分かれた。その時に水族に分家が生まれて、彼らは藍領地ではなく露草領地を本拠としているって話だ」
「『領王』制度初期……。あー、その辺りの歴史は全然興味湧かなくてノータッチだったなぁ」
「電脳族は皇族御三家が絡まない歴史に興味が無い奴が多いみたいだけど、電脳族はむしろ『領王』制度時代に誕生しているんだから皇族支配の階級順位制度の時代じゃなく『領王』制度時代に詳しくなった方がいいんじゃないか?」
「ぬう、そうっすね。俺も重い腰を上げて宙地原の近代史に手を出しますわ」
『また1ヶ月前のグダグダな指揮の焼き直しだな』
『違います!』
映像内では、英貴の言葉を透が苦々しく歯噛みして否定していた。
普段は見せない2人の様子が暴かれ、敦美達は驚く。
明らかに『八位』の英貴は『三位』の透を見くだしていた。
『どこが違うって? 客観的に認められないのか。ますます水族族長の座にふさわしくないな。もう一度チャンスをやる。どこが違うか説明しろ。ん? 言えないなら黙ってこちらの言うことを聞いていろよ』
「うへぇ……セッ様ってこんなヤな性格だったなんて、えんがちょー」
電谷が舌を出してうんざりする。
敦美も眉根を寄せた。普段の英貴は従順な好青年の印象だったので余計に不快なものを見てしまった嫌悪感が生じた。
「――何を揉めているの、この二人」
「今回、ナー様がね。『マスター』に水族の門外不出系の情報を一部教えようって言ってて、セッ様がそれにキレてる図」
「門外不出?」
「俺も具体的なことわかんないけど、運河がどうとか言ってるし多分てるやんがいる場所の話よ、コレ」
(水城君の居る場所!?)
敦美は映像を食い入るように見つめる。そこで、はっとして電脳画面を拡大した。
電谷が「えっ、『マスター』?」と驚く横で、拡大した画面に映る青年二人の顔に秀寿はぎょっとした。
「水尾と水雲!? 水城の護衛をしていて一緒に落ちたんじゃなかったのか!? なんで水族本家の屋敷にいるんだ!?」
「……そのお二人なら、さっき庭の水の中から突然ポップしましたぜ」
「ぽっぷ……?」
聞き慣れない単語に困惑する秀寿と違い、敦美は電谷の言わんとしたことを理解する。
(この屋敷の庭に地下の空洞に繋がる道があるんだ)
次元空間能力――特に次元移動については、移動出来る場所の制限がある。個人によってその制限は異なるが、基本的に本人が行ったことのない未知の場所には能力で移動出来ないのだ。だから敦美も、一度は輝夜が落ちた場所へ自力で行かなければ次元移動能力が使えない。
ふと、英貴の背後に水尾征治が立ち、透の背後に水雲滋が立つという立ち位置の違いに気がついた。
「――まさか水尾も、藍領地出身の水族じゃないの……?」
「みたいっすよ。俺も下位領地ランカーの水族によその領地の分家が混ざっているとかビックリ。しかも、てるやんの護衛に半々で混ざってるとか!」
映像内では、透がややうつむいて眼鏡のブリッジを指で押し上げながら、英貴に応える。
『……前回は電拳族長と大地族に振り回され、結局トラブルの処理を部外者の『領王』様に頼り切って解決してしまったことに関して、僕の指揮は酷いものだったと認めます』
『そうだ。これが露草領地なら万全の体制で水城家を迎えていたぞ。まともな防衛対策すら無かったこの藍領地とは違ってな。しかもその1ヶ月前のツケで、未だに密入領した大地族の処理に右往左往しているザマなのには呆れるよ』
『あの時は急ぎだったんです。どうしても、輝夜君が意識を失う状態を直ぐに何とかしたいと頼まれて受け入れを――』
『我々の主は、水岐広早でも、まして朧様でもない! 月族本家だ!』
『……。準備不足だったのは十分身に染みています。
ですが、その件と今件は別です。我々水族が救出しては、運河のことを以前から知る事実が露呈し、800年前に月族を連れ出した道だとばれる可能性があるでしょう。
だからこそ『領王』様に出入り口を教え、助けてもらうんです。崩落映像を『領王』様も見ているのですから、地下に潜るのは自然の流れです。そこで捜索中に偶然、運河の方も見つけたという体裁で救助を行ってもらい、こちらは知らず存ぜぬの体裁を貫き通せるように交渉するべきです』
『いいや。由理様と輝夜様を我々の力で助け、他の人間は運河に置いてくればいい。運河の場所を知る部外者を生かしておくな。
あそこは、太陽族と宙地原族、何より大地族にその存在が見つかってはならない場所なんだからな』
『炎乃さん達を見殺しにするんですか!?』
『たかが上位領地ランカー風情だ、知ったことか。だいたい機國『領王』なんて、あと数ヶ月ですげ替えが決まっている部外者だ。運河の出入り口を教えるなんて正気の沙汰じゃない。何故理解出来ないんだ!?』
『……闘技大会は開きません。今の『領王』様が水城家にとって最も適任な守護者です。藍領地の『領王』はこれからもずっと機國敦美様です』
『なんだとっ』
英貴が表情を歪める。
透達の会話に、電谷が指で数字を数える仕草をした。
「あ! ほんとだ。もう数ヶ月で来年! 前回の闘技大会から10年! 次の闘技大会を開けちゃうっすわ。ひゃーっ、時間経つの早っ。そういえば前にナー様ってば闘技大会をなんとしてでも開くって話をしてたっけ」
「へぇ。水族は俺達を排除する闘技大会開催を目論んでいたのか。こんなに邪魔だと思われていたなんて少し寂しいな」
「――」
不覚にも、敦美は透に認められていたことが嬉しくて声を詰まらせていた。透には私情でしか動かない『領王』としてずっと非難されていると思っていただけに、敦美を肯定する言葉には胸が熱くなった。
(水名は私のこと、及第点の『領王』だって言ってたのに……。私が水城君のために1番良い『領王』だって思ってくれていたんだ……!)
だが敦美を評価する返答が気にくわなかった英貴は、透を罵倒する。
『頭が悪いな! 水族族長を水名家に名乗られるのが、こっちは本当に恥ずかしい。いい加減、本家と分家は取り替えるべき時が来ている。お前達は皇族への背信行為を改める気がないんだからな!』
『いいえ、僕達本家は月族本家のために尽くして――』
『どこがだ! 御天日凰十『皇帝』陛下の遺言まで踏みにじって、いつまで経っても輝夜様の月族としての能力を封じず、よくもぬけぬけと「月族本家のため」などと言えるな』
『「輝夜」ではなく、今の名前は〝輝夜〟君です。それに遺言に関しては、陛下の義弟だった電須殿には断られたんです。その件は諦めざるを得ないと何度も話をしているでしょう!?』
『その程度で何故『皇帝』陛下の勅令を破棄出来るのか。ありえない……! 種族能力に頼らずとも、水岐広早と同じ処置をすれば能力封じなど容易いというのにっ』
『水岐広早ではなく、篁朝さんです! 健康な輝夜君に薬を使うなんて、そちらこそどうかしています!!』
『これだから血縁関係のある身内はまともな判断も出来やしないで……!』
透を馬鹿にしきっている英貴の姿にノイズが走る。
秀寿が自分のせいかと直ぐに離れようとした。それを電谷が制止して、隣の敦美を指さす。
敦美が静かに怒りをたぎらせて、電脳画面に映る英貴の姿を冷たく睥睨していた。
秀寿はその迫力に顔を強張らせる。電谷は頬を両手で押さえ、「ヒィィィ」と大袈裟なリアクションで悲鳴を漏らす。態度こそふざけていたが、その青ざめた顔色は決して演技で出せるものではない。
「『領王』様、その……冷静に」
「――今から『八位』の水瀬と『十一位』の砂岳の順位を入れ替えよう……。文句がある奴は全員私が倒すよ」
「落ち着いてください!」
普段の愛らしい声音ではなく底冷えしそうな低い声音の発言に、秀寿は仰天する。
電谷も慌てて秀寿に加勢した。
「ちょ、ちょい待って『マスター』! ここで聞いたことはオフレコ! どんだけ水族分家がガチクズでクソ発言してても俺達は聞いてないってことにしてくれないと俺の立場がっ! マジ困るんっすよ!!」
「お前も言い過ぎじゃないか!?」
電谷の罵りが入った言葉に、秀寿の方が驚いた。
逆に電谷は秀寿の反応にきょとんと首を傾げる。
「ホントにクソだし……?」
「え!? い、いや、だけど」
「俺、もう今のてるやんと友達なんっすよ。なのにヤだよ、てるやんが別のてるやんになるなんてさ。しかも薬でって。それって今のてるやんの存在を消すみたいなもんでしょーに。んな、とんでもない話を簡単に言っちゃう水族分家なんてクソ野郎だよっ。俺の愛する藍領地から消えて欲しい害虫レベル!」
ぐわっと勢いよくベンチの上に立ち上がった電谷が高々と空へと拳を突き上げる。
釣られてその拳を見上げた秀寿は双眸を見開いた。
「……月……」
愕然と呟いた秀寿の声に、敦美も空を仰いだ。 電谷は空を見上げると、あんぐりと口を開けた。
空には月しかなかった。いや、空が〝無かった〟のだ。
あまりに巨大な白い月に、空は空としての姿を現す面積を奪われていた。かといって地上は暗く陰ることはなく、青空の下のように明るいままだ。
透き通る空に浮かんでいるであろう、白き月の姿がそこにはあった。
この巨大な月は、同時刻に、宙地原世界全62領地の全ての空を覆い尽くしていた。
その日、全世界の人々が『領王』制度によって忘却していた、皇族御三家の権威を思い出す――
◇◇◇
とある山間の奥地、寝殿造の広大な敷地の邸宅。
廂に居た小袿を着た幼い少女は、持っていた筆を文机に落とした。御簾を払い、よろよろと簀子縁へと出る。
眼前の空には巨大な月。高欄に寄りかかった小さな手が小刻みに震えた。彼女の後を追って簀子縁へと出て来た女房装束の女性は、空の有様を仰ぎ見て息を呑む。 だが直ぐさま我に返り、慌てて小袿の少女をたしなめた。
「御天食保日陛下。中へお戻りくださいませ」
「あ……あの月は……藍の者なのか……?」
「そう、でしょう。他に表にいる月族の者は考えられません。御神地皇殿下には勝手をせぬように申しつけたというのに、また月族に手を出しているのでしょう。苦言を呈しましょう」
小袿の少女は、ぐっと手を握り込む。
「そんなもの……結局、御神地皇殿下に無かったことにされるだけではないか……!」
「そのようなことは」
「敬う態度を取りながらも、わらわの『皇帝』即位式は、あれやこれやと難色を示して引き延ばしておるのだ! わらわに御神地皇殿下を諫めるほどの力が無いことを向こうは見透かして嗤っておる……っ。だからあの方は好き放題に振る舞っておるのだ!」
「御天食保日陛下は、まだ10歳ではないですか。種族能力が完成するのは16から20歳の間……。そのうち諫められるほどの強大なお力を得られることでしょう。そうなれば、御神地皇殿下もお認めになられます。それまでは耐えましょう」
その言葉に弾かれたように小袿の少女は、ばっと月へと手を上げる。
「6年もの月日を、誰が待ってくれるというのだ!? この月を見よ! わらわはこの月の者すら御すことが出来ぬ! 今このような事態に動けぬわらわを、誰が『皇帝』として敬うというのか!? 御神地皇殿下がそれを体現しておるではないか! わらわは『皇帝』より下位であるはずの宙地原族にあなどられておるのだぞ!!」
泣き叫ぶ少女に、女房装束の女性はおろおろと戸惑いながら彼女を慰める。
「先代の御天日凰十『皇帝』陛下が、次期『皇帝』に指名なされたのは他ならぬ御天食保日陛下だけでございます。どうか自信をお持ちになってくださいませ」
「……巫倉は、どこに行ったのだ……。いつ帰ってくる……」
「電照巫倉殿は、御天食保日陛下のために此度の御神地皇殿下の有り様を見極めに下界へ向かわれたのです。そのうち戻られます」
「……」
少女の頬に涙が伝う。
(……本当に、戻ってなど来るのか……。巫倉は、わらわを見限ったのではないのか……?)
先代『皇帝』御天日凰十の婚約者、電照巫倉。
彼女が2週間前にこの太陽族の邸宅から出て行ってからというもの、常につきまとう疑念を少女は呑み込む。
その疑念をこの月の下で口に出すほど、少女は自身の矜持を失ってはいなかった。
◇◇◇




