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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
第1章 地底へのいざない
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第16話 月の皇子『かぐや』の正体


(……誰……って……)


 何を問われているのか、脳がその疑問を受け付けない。頭の中が真っ白になる。

 呆然とする輝夜てるやすに、葦成あししげは落胆した。


「なんだ。お前自身は答えを持っていないのか」



 ――『呪われた月族つきぞくの皇子〝輝夜かぐや〟は『かぐや』の容れ物でしかない』



 葦成あししげに告げられた言葉が脳裏にこびりつく。


(俺が二重人格なことを、言っているだけには聞こえない……。まるで俺が作った『かぐや』の人格が、元々あったもののような……本来の俺みたいに)


 輝夜てるやすが動揺する様子に葦成あししげは目を細めると、傍に置いていた鞄から一冊の書籍を取り出した。


「お前に俺の勉学熱心さを披露するか」


 軽い調子で投げられた書籍を、輝夜てるやすはなんとか落とさずにキャッチする。

 それは歴史を感じさせる古い文献だった。糸で和紙を縛って綴じられた本だ。文字は墨で書かれている。表紙に書かれた題名と中の文字も流れるように繋がったくずし字でつづられており、輝夜てるやすには読めず困惑した。

 葦成あししげは読めて当然とでも言うのか「52ページだ」と輝夜てるやすに指示する。


(ご……ごじゅうにぺーじ……。ど、どこに数字表記が……)


 輝夜てるやすは目を白黒させながら無意味にページをめくる。

 不意に、耳の傍で「ニャア!」と小さな鳴き声が聞こえてびっくりして手を止めた。いつの間にか草乃かやのが肩までよじ登っていた。

 手を止めたページには、輝夜てるやすでも読める文字がある。


 『輝夜かぐや


 由理ゆりに書道を習い始めてから、ずっと書かされている文字だ。そのページでは頻繁に〝輝夜かぐや〟の文字があった。


「俺はずっと大地族だいちぞくがどうにもお前の名前を別の意味で呼んでいる気がしていたんだ。目のつけどころがいいだろ? そしてそれを皇帝城の資料庫に忍び込んで見つけた。

 それを読んで驚いたのは過去に刃傷沙汰を起こし〝輝夜かぐや〟と改名されて皇族序列落ちにされた月族のことが、宮廷罪人リストに載せられていないことだ。そして別に〝輝夜かぐや〟という項目が設けられているだろ? どういうことかわかるか?」

「……〝輝夜かぐや〟って名前の人間が何人もいる……それも今後も出てくるってわかっているみたいな……」

「面白いだろ?」

 

 輝夜てるやすは〝輝夜かぐや〟の名前が罪人につけられるものだという事実すら初耳だった。そして自分の〝輝夜かぐや〟という読みの字の名前は、両親ではなく、皇族家が名付けたはずだ。

 『かぐや』に心の中で呼びかける。彼が、自身のことを「架空の咎人とがびと」と告げていたことがあった。何かを知っているのではないか。

 だが輝夜てるやすの呼びかけに『かぐや』からの返答がない。


「つまり、全ては逆さまだ」

「さか……さま……」

「刃傷沙汰を起こしたら〝輝夜かぐや〟になるんじゃない。皇族序列落ちした〝輝夜かぐや〟という月族がまず存在していて、ことごとく刃傷沙汰に発展するはめになる。これが正解だ」


 輝夜てるやす葦成あししげから突きつけられる内容にがく然とする。ショックで二の句が告げられない。


「しかも男の月族ばかりだ。妙な偶然だなと思ったところで、この門外不出の皇族御三家の家系図が答えをくれる」


 葦成あししげは鞄から今度は巻物を取り出した。「門外不出」と言いながら何故かここにある家系図。巻物は放り投げたりせず、アウトドアチェアから立ち上がって輝夜てるやすへと直接手渡しに近付いて来た。

 間近に来られ、輝夜てるやすはビクリと身体を震わせる。

 葦成あししげはそんな輝夜てるやすの態度は気にもとめず、肩に乗る草乃かやのが威嚇する姿に目元を和らげていた。文献と交換する形で巻物を輝夜てるやすに渡した後は、無防備に背中を見せながら元の位置に戻る。

 輝夜てるやす葦成あししげが座ったのを確認してから、恐る恐る巻物の紐をほどいた。

 巻物を少し手の中で転がして引っ張っていると、葦成あししげが手振りで広げ方をレクチャーする。


「両手を使え。左手で転がしながら、同時に右手で巻き直しながら読む。それが巻物の読み方だ」

「こ、これ縦にする……?」

「方向は好きにしろよ」


 自分を殺す気だった相手と対峙するという異常な状況が長く続くせいだろうか。それとも葦成あししげがまるで世間話をするかのように話しかけてくるせいなのか、葦成あししげを恐怖の対象として怯えていた感情が段々と薄れてきていた。葦成あししげに慣れつつある。

 巻物内では、名前らしき文字が記され、その下に縦線が伸びて別の名前が記載されていたりする。家系図だとは判るが、こちらも輝夜てるやすが読めるような文字ではないのでどのような名前が書かれているのかさっぱりだ。


(……とにかく、〝輝夜かぐや〟の名前を探せばいいんだ)


 辛抱強く目を皿にして探し続ける。冷えきって静まり返るトンネル内は、ぴちゃんっと小さな水音がいやに大きな音として響いていた。

 しばらくしてついに〝輝夜かぐや〟の名前を発見する。


(本当にあった)


 それまで目に入ってきた長い名前と違い、〝輝夜かぐや〟という名前は随分と短い文字数の名前で異彩を放っている。その辺りから、時折朱色の墨で〝輝夜かぐや〟という名前が記され始めていた。


「黒が女、赤で書かれている名前が男な」

「赤が男……?」

「月族族長は本来女しかなれない。月族は女系皇族なんだ。結婚相手の突然変異種族の風族かぜぞくが、男で生まれてくるからちょうど良いんだろうな。相手が突然変異種族だからこそ、生まれてくる子供は全員月族になるしな。

 だがその図式が〝輝夜かぐや〟という皇女が生まれた時に一度崩壊しているだろ? 家系図を見ろ。当時、何故か〝輝夜かぐや〟皇女ではなく、彼女の弟が月族族長になっている。

 宮廷内で何が起こっていたのか? こういう考察は楽しい。ここで当時の侍女日誌を俺は掘り起こした」


 葦成あししげは次に鞄から取り出した巻物を、今度は床に転がして一気に広げて輝夜てるやすに見せる。輝夜てるやすが持っている巻物と違い、雑で乱暴な扱いだ。

 これは皇族関係者の重要な歴史資料でその価値は計り知れないはずである。輝夜てるやすは内心ひやっとした。

 しかし、葦成あししげの方はどうでもよさそうな興味の薄い表情で床に転がる巻物を眺めながら解説を始める。


「〝輝夜かぐや〟皇女は生没年不詳の存在になっているが、その家系図を見ればだいたいの年代は推定できるだろ? だから俺は暦の天宙月あめのそらつき7500~8000年ぐらい――おおざっぱに現代から約3000年前ぐらいの皇女だろうなと推察した。そしてこれはその頃の記録係、大地族の侍女が書き残していた宮廷内の日誌だ。

 これが当たりだった。ああ、この巻物の出所は皇帝城の資料庫には無かった代物とだけは言っておこうか」


 葦成あししげは口元を歪めてくつくつと嗤いを噛み殺す。

 その一言で、輝夜てるやすは彼が大地族本家の秘蔵の巻物を盗み、それがこの床に転がした巻物ではないかと思った。


「古文は苦手か? 噛み砕いて現代語訳をしてやるよ。日誌によると、いにしえに実在した〝輝夜かぐや〟皇女殿下は未熟児で生まれ、すぐに亡くなると医者に宣告を受けた。その医者の言葉を信じ、皇族にふさわしい名付けはしなかった――が、この判断とは裏腹に、彼女は15歳まで長生きした」


(15歳……。俺より年下だ。全然長生きじゃない。早過ぎる……)


 想像すると胸が痛い。輝夜てるやすは沈痛な面持ちで耳を傾ける。


「彼女の弟は、臨時で月族族長になったようだな。仕方のないことだったのだが、〝輝夜かぐや〟皇女はそれが許せなかったらしい。自身の存在意義を奪われた、自分が生まれてきた意味はなんだったのかと床に伏しながら、死ぬまで恨み言を呟いていたらしいぞ。

 生まれた時から病弱で自身の部屋から出る体力すらなかった彼女にとって、弟は嫉妬の対象だった。本来なら、弟は月族族長にはなれない。〝輝夜かぐや〟皇女の従者として一生涯生きるはずの存在だったからな」


 葦成あししげは一体どちらの境遇に同情しているのか、浮かない顔をした。


「〝輝夜かぐや〟皇女の気鬱を少しでも和らげようと、『皇帝』や宙地原族そらちのはらぞく、皇族御三家一族や宮廷に仕える者達全員が団結して随分と心を砕いたらしい。頻繁に見舞いに通い、あまたの贈り物をした。皆に溺愛される絶世の美女だったようだな。月族なら当然か」


 そこで一旦話を中断すると、葦成あししげ輝夜てるやすの顔を見て首を傾げる。

 輝夜てるやすは巻物を見るふりをして、そっと目を伏せた。ジロジロと容貌を見られるのはきつい。

 月族の美貌とやらの遺伝子は、兄の篁朝たかときが継いでいると思う。というか、男の輝夜てるやすに美女要素を求めるのはお門違いである。「可愛い美少女系で絶世の美女じゃないんだよな」という葦成あししげの呟きも聞こえない、聞こえていないのだ。


「〝輝夜かぐや〟皇女は、健康な人間に見舞いに来られるのが苦痛だったようだな。何が欲しいか聞かれれば、この世に存在しない動物や食べ物、花や宝石をねだっている。遠回しに来るなと告げているんだが、彼女の要望を叶えようと無茶をして死んだ愚直な奴もいれば、偽物を作って持ってきて、彼女を騙そうとした馬鹿もいた。その馬鹿とは、宙地原族が二度と会わせなかった。この辺りは割愛するか。問題は彼女の死の直前と死後だ。

 〝輝夜かぐや〟皇女は死ぬ寸前、生まれて初めて月族の力を皆に見せている。空を暗黒に塗り替えるほどの強大なスケールで、その中でほのかに輝く月を出現させた。俺はこの記述に似た月を、1ヶ月前奇跡的に見たぞ?」


 意味深な笑みを向けられ、輝夜てるやすは顔を強張らせた。


(違う……あれは、俺の月族の力だ。〝輝夜かぐや〟皇女なんて人の力じゃない……――そうだろう『かぐや』!?)


 『かぐや』からの返答はやはり無い。

 段々と輝夜てるやすの胸中に不安と焦りが広がっていく。


「日誌には、当時〝輝夜かぐや〟皇女の月を月族全員が仰ぎ見て心を奪われたとある。〝輝夜かぐや〟皇女の月から、月族だけに不思議な光が降りそそいだ現象も記されているな。美しい光景から当初は幸運の祝福を受けたとされたが」

「それが呪い……?」

「そうだ。その後〝呪い〟と断言されている。

 〝輝夜かぐや〟皇女が死んだ1年後に、月族族長になった彼女の弟が『かぐや』と名乗る別人格に身体を奪われ、火族ひぞくと大地族を操って、太陽族たいようぞくと宙地原族の暗殺を謀る事件が起きた。〝輝夜かぐや〟皇女の呪いを受けた月族の皇子、最初の犠牲者だ」


(別人格!?)


 輝夜てるやすは胸を掴む。自分の中にあるもう1人の人格の存在に、強烈な嫌悪感がこみ上げてくる。

 だがその一方で思考は酷く冷えていた。


「この事件で命を狙われた側も、操られた側も、全員〝輝夜かぐや〟皇女の見舞いを頻繁にしていた連中だとさ。『皇帝』だけ対象外なのは面白いな。それともわざと『皇帝』だけ記録を残していないだけなのか……いや、大地族の侍女がそんな配慮なんてするか? 主人の宙地原族そらちのはらぞくは記載している……。ま、それに関しては他の資料を漁ったら出てくるかもな。

 〝輝夜かぐや〟皇女に関係ある人間がターゲットだったが、『かぐや』という人格は〝輝夜かぐや〟皇女本人ではないという供述が、投獄時に本人の口から出た。弟本人が、月族族長という重圧と亡き姉への後ろめたさに耐えられず、苦しみから逃れるために自ら作った人格だったという。

 彼は密かに処刑されたが謎が残る。供述をした『かぐや』は、〝輝夜かぐや〟皇女の弟が知らない知識を――特に〝輝夜かぐや〟皇女だけが知る事実を多数知っていたそうだ」


(知らない知識……)


 輝夜てるやすはごくりと唾を飲み込む。ざわざわと胸が騒いだ。


 ――輝夜てるやすが知らないことを知る一面がある、輝夜てるやすの『かぐや』も。


「次に生まれた月族皇子も『かぐや』を生み出した。今度の『かぐや』は皇子本人の人格まで消した。さらに〝輝夜かぐや〟皇女の弟が生み出した『かぐや』の知識を持っていたようだ。それを告白後に投身自殺をしている。この辺りの間で宙地原族との刃傷沙汰と愛憎劇があったはずだが、これには書いてないな。

 とにかくその年で、ようやくこれは〝輝夜かぐや〟皇女の力の影響ではないかと皆が気付く。皇族御三家共通の特徴である〝不老〟という特殊な種族体質を、病弱だった彼女は特殊な種族能力として持って生まれていたと思い至った。

 自身の虚弱な身体が尽きても、月族の血の中で永久に生まれ続けて生きていく……不老の『かぐや』。何より羨んだ健康な身体を持つ弟――月族の皇子に成り代わる能力だ」


 輝夜てるやすは鳥肌が立ち、思わず後ずさる。内面で起こっている精神的な事象にぞっとするような恐ろしい解説をされている。


「これ、ひょっとして電須でんす佐由さよしも把握していない事実だな?」


 輝夜てるやすを観察して「なら、ここまでお前に話した収穫はあったな」と、葦成あししげは機嫌良く鼻歌を口ずさむ。床に転がした巻物を拾い、雑に巻き直し始めた。


「月族の皇女には、『かぐや』が発現しない。月族は元々男が滅多に生まれない種族だったから、呪いの問題は発覚後もしばらく軽視されていた。

 ただ、何も対策をしなかったわけじゃない。月族皇子には今後のことを考え、初めから〝輝夜かぐや〟という名付けをし、『かぐや』と極力分けない形で育て、別人格を作る土台を無くすという処置が取られた。ところがだ、その後の家系図は?」


 輝夜てるやすの巻物を持つ手が震える。声を出すのに時間がかかった。


「赤い文字の、〝輝夜かぐや〟、が……」

「そうだ。次々と男が生まれているよな? 勿論、子供の数が増えたわけじゃない。月族で女が生まれなくなっている。こうなってくると、皇族としての月族の在り方が変わってこないか?

 風族の伴侶が得られない。月族族長の座に新しい月族が就任しない。旧来の皇族御三家の法に縛られたままでいると、停滞し滅びに向かう一族に変貌した」

「月族が……滅ぶってそんな」

「滅ぶんだ。

 だからこそ、他の皇族家も行動に出た。今から800年前、『皇帝』による階級順位制度の廃止の宣誓がなされ、皇族御三家は歴史から姿を消した。これは民の自由と平等を謳ったんじゃない。ただ、月族のためだけに行われたものだったと俺は考えている。でなければ、あの皇族独裁主義の宙地原族そらちのはらぞくが宣誓に賛同するわけがない。

 姿を隠せば、種族間の摩擦と戦争を起こさず、月族は風族以外と婚姻が結べると踏んだはず。相手は案外宙地原族だったんじゃないか? そして月族は、太陽族と宙地原族から逃げて失踪した。

 こののちの時代に皇族御三家を分断する流れを作ったといえる〝輝夜かぐや〟皇女は、当時の月族の分家的な存在だったのではないかと俺は邪推している。彼女は生まれるべくして生まれ、皇族御三家の関係に一石を投じた、時代の寵児だ」


 葦成あししげは巻き終わった巻物を鞄に放り込むと、ふうっと疲れた溜息を吐いた。


「でも結局、風族以外との結婚から生まれた月族からも『かぐや』が生まれているのが現状だろ? 9年前『かぐや』を作っていた月族のお前を発見した『皇帝』達は、階級順位制度の廃止はただの無駄骨だったと思っただろうな。

 俺がお前を不要の皇族だとする理由もそれだった。正直、兄の水岐みずき広早こうさ、いや水城みずしろ篁朝たかときこそが完成された次代の月族の在り方だと思った。月族の力は他種族のなかに溶けて種族としては消え去り、皇族御三家から脱落するのが自然の流れだろうとな」


「……『かぐや』……」


 ぽつりと、輝夜てるやすが低く呼び掛けるような声で呟いた。

 葦成あししげは動きを止めて、輝夜てるやすを凝視する。



 輝夜てるやすの意識が内に向かう。




 円形の石の祭壇上。

 目の前には輝夜てるやすに向かってひさまずき、顔を伏せた青年がいる。

 沈黙し続ける『かぐや』に、輝夜てるやすは苦々しく歯噛みする。


「『かぐや』。なんでさっきから答えないんだよ!? 俺ずっと呼んでただろ!!」


 つい、きつい口調で怒鳴る。まるで葦成あししげのような、一方的な責め方をしている自覚はあった。

 『かぐや』が静かに口を開く。


「……今、話すべきではないと判断致しましたので」

「『かぐや』は、俺の月族の力に人格を与えた存在じゃなかったのか!? 『かぐや』自身がずっとそう言っていたじゃないか! あっ、兄貴に殴られるのが怖くて、クローゼットの中で閉じ籠もっていた俺に、初めて話しかけてくれた時から……ずっと! もう1人の俺だってっ……俺のことを助けてくれるって……!!」

「どうか、お気を鎮めてください、主上……」


 輝夜てるやすは気休めでも否定の言葉が欲しかった。いくら目の前で歴史資料を見せられても、葦成あししげが語った話を鵜呑みにして信じてはいないのだ。

 しかし『かぐや』から一切葦成(あししげ)の話を否定する返答がないことに、どんどんと焦燥感が募り、冷静でいられなくなる。


「『かぐや』は本当は誰なんだ!? 俺をあるじみたいに扱って……っ。でも『かぐや』の方は、本当は自分が主人なんだと思っているんじゃないか!?」

「私は間違いなく主上から生み出された者です。心より主上にお仕えしております。あまり興奮なされては……」

「じゃあ、何で『かぐや』って名乗るんだよ!!」

「それが主上からいただいた私の唯一無二の名でございます。主上は、「カグヤ」読みの名をお捨てになられ、それを私が――」


「嘘だ! いつか、俺の身体を乗っ取るつもりだったんだろう……!!」


 ザバァっと祭壇上に水が侵入する。突然、湖の水かさが増し、ひさまずく『かぐや』の腰まで水に沈んだ。

 『かぐや』はぐっと悲鳴を呑み込む。震えながら輝夜てるやすを仰ぎ見た。

 恐怖と怒りがない交ぜになった表情の輝夜てるやすが、『かぐや』を睥睨へいげいする。その輝夜てるやすの背後では、湖底に沈んでいたはずの巨大な月が爛々と輝きながら、ゆっくりと湖上へと浮き上がり始めていた。頭上の夜空は蒼く塗り替えられていく。夜空に浮かんでいたほのかな月が陰り、青空の中に溶け去った。

 自身の月を消された『かぐや』は顔色を変えて叫ぶ。


「主上!! なりません!! 気をお鎮めに……!!」


 『かぐや』の必死の制止は掻き消された。





 その異変は突然だった。


 葦成あししげは目を瞠る。床、壁、扉、天井と、建造物に白き月の文様が一斉に浮かんだ。


「なっ?!」


 これまで沈黙して待機していたダイビングスーツの男性と子供も顔色を変えて声を上げる。

 葦成あししげは、呆然と自失状態で立ちすくんでいるように見えた輝夜てるやすが顔を覆う様を目に焼きつける。

 草乃かやのがミャアミャアと懸命に鳴いているが、その小さな声は輝夜てるやすに届いていないようだ。

 驚愕する内心とは裏腹に葦成あししげの口角が自然と上がる。月の文様がカッとまぶしく光り輝き、建造物がぐにゃりとねじ曲がって液状化した。


 天と地の境が崩れ、トンネルは消失した。

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