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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
第1章 地底へのいざない
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第15話 過去からの怨嗟 

 葦成あししげの言葉に、輝夜てるやすは頭を殴られたような衝撃を味わっていた。


 ――確かに、覚えている。廊下の隅で、上級生3人に囲まれて俯いていた彼を。皆が遠巻きにその光景を見ていた。あの上級生は、大地族だいちぞくのかなり力が強い人達だったはずだ。教諭達も彼らには強く出ず、誰もが関わり合いになりたくないと見ないふりをして息を潜めていた。


 上手く言葉に出来ない叫びが輝夜てるやすの中で渦巻く。輝夜てるやすにとって葦成あししげの恨み言は一方的で理不尽なものとしか思えなかった。


(なんで……見ていたのは俺だけじゃない……っ。他にも何人もいたのに。たまたまこいつから見える位置にいたのが俺だけだった。それだけで、どうしてこんなに恨まれなきゃならないんだよ……!!)


 金銭を巻き上げるのは犯罪行為だし、酷いことだったとは思う。それが見逃されてまかり通っていたあの環境は異常だった。

 だが、大人達ですら見て見ぬふりをしていたそれを、同じクラスメイトというだけだった輝夜てるやすに何ができたというのか。何もできはしないのだ。

 輝夜てるやすは無謀な正義感と彼らを取り締まるような力を持っていない――それに、あの時は非力な水族みずぞくでしかなかった。

 喉元まで出かかったその心情を、輝夜てるやすは飲み込み続ける。

 葦成あししげには言い訳にしか聞こえない言葉でしかないのだ。しかし、ぐるぐると内心を巡るもやもやとした腹立たしさとは折り合いがつけられず歯噛みする。ぎゅっと拳を握り込んだ。


 無意識に、輝夜てるやすはきつく葦成あししげを睨みつけていた。


 輝夜てるやすが初めて作ったその鋭い眼光は、対峙する葦成あししげただ一人が見ていた。

 彼は軽く目を見張るが、すぐにその表情を隠す。組んだ足の上に乗せていたコンビニ弁当を床に置き、顎に手をやって輝夜てるやすを値踏みするように上目遣いで見つめた。

 洗練された美しい所作で背筋を伸ばす葦成あししげの仕草に、輝夜てるやすは一瞬、涼柁りょうたおぼろ、何より由理ゆりの姿を幻視した。


(え……なんで……)


 最近、由理ゆりに立ち居振る舞いを指導されている輝夜てるやすは、端々で垣間見せる葦成あししげの品位のある所作が目に止まった。


「俺は自分自身以外を過大評価はしない。それは皇族でもだ、月族つきぞくの〝輝夜かぐや〟」

「!?」


(俺のことを知ってる……!!)


「他人は嫌がらせを平気でやる。想像力の無い輩、思いやりの無い輩は特にそれが顕著だ。さらにはどんな聖人も、無意識に人を害する行動は取る。人は本当の意味で、他人を自分以上に置き換えられないと俺は確信している。

 だから俺は、俺の不快さが分かるように変換してやる。俺がお前に目を逸らされて、どんなに気分が悪かったか。お前もよくわかったよな?」

「……」

「答えろ!」


 葦成あししげ輝夜てるやす恫喝どうかつする。

 輝夜てるやすは身体を強張らせた。はずみで首を縦に振るが、葦成あししげは納得しなかった。


「俺のことをどう思っている? 言えよ。俺はお前の目の前にいるんだ、無言は許さない。会話をしろ。なぁ、ムカついているよな?」


 うながされて、輝夜てるやすは応えた。


「……ああ」

「だよな」


 葦成あししげは明るく笑って頷いた。

 まるで世間話をしているかのようで戦慄する。


「あの時は暇に任せて結構凝る時間があった。それに俺が意趣返ししたのはお前だけじゃない」


 輝夜てるやすは虚を突かれた。

 輝夜てるやすの驚いた顔に、してやったりと葦成あししげはニンマリと口角を上げる。


「俺から金を取った奴らからは、家、親、兄弟、財産、命、全部目の前で取ってやったよ。少しずつ少しずつ。最期の顔は一生忘れない。最高だった」

「な……」


(何、言って……)


 ぐにゃりと周りの景色が歪んだような感覚に輝夜てるやすは陥る。

 明確な悪意と殺意を滲ませて品良く笑う葦成あししげは、禍々しく不気味な怪物に映った。


 輝夜てるやすは一癖も二癖もある人間を知っている。別次元に引き籠もり、他人と関わって生きる気がない電須でんす佐由さよしや、人を煽ったり罵倒したりして会話に問題はあるけれど真摯に電脳族でんのうぞくのためだけに生きる電拳でんつかつるぎ――。

 2人に対しては芽生えない恐怖という感情を葦成あししげには抱く。その感情は、どこか昔の篁朝たかときに対する畏怖にも似ていた。


「俺は、さっきまでお前でも最高な気分を味わう予定だった。だけどな……」


 葦成あししげは言葉を切ると、再び輝夜てるやすをじっくりと見つめる。


「取り止めた理由を聞くか? どうする? 理由は単純だが、その理由に至るまでの殺しの計画が今日まで頓挫していた理由も多くて長いがあるぞ? そっちも聞きたいか?」

「?! き、聞きたい……!」


 輝夜てるやすは脊髄反射で応えた。

 怖くてたまらない。前からずっと輝夜てるやすを殺すつもりだったと堂々と言われているのだ。理由が知りたい。


「まず、俺がこの1年半お前を見逃していた最大の理由。単純にお前を見失っていた。教室で視線を逸らしたのは最初の仕掛けに過ぎない。なのに次の日には転校するって……想定外だ。あんなに早く一家で逃げられるなんて経験は後にも先にもお前だけ」


 葦成あししげは呆れ気味の嘆息をした。


「そこからさらに探さなかった理由は別のことで忙しくなったから。金を巻き上げたあいつらをつついたら、俺の出生やらの秘密がボロボロ出てきた。

 あ、俺は実は電脳族じゃないんだ。地原ちはら……大地族族長に電脳族の姓をつけられて捨て置かれていた境遇だ。なぁ、お前彼女いる?」

「え……? い、いない……」

「俺はいる。婚約者だ。素晴らしい女性なんだぜ」


 葦成あししげは嬉しそうに携帯端末をいじり、婚約者だという女性の写真を輝夜てるやすに見せる。

 輝夜てるやすは動揺した。その女性は、額と顔半分と首などに焼けただれた火傷痕がくっきりと傷として残っている容姿だった。


「元々彼女は、両親が密かに俺を大地族の姓にするために用意してくれていた婚約者だったらしい。宙地原族そらちのはらぞくと大地族族長の意向に反して、俺を受け入れようとしていた彼女の家族には本当に感謝の心しかない。

 あいつらから教えられるまでその存在すら知らなかったなんて……俺はそれまで生きていなかったようなものだ。だから彼女を迎えにいった。わかるだろ? お前を探す時間よりも優先するべき事項だ」


 葦成あししげは愛おしそうに写真を指でなぞる。赤墨色の瞳を優しく輝かせた。


理砂りさは、いつか俺にこの世界での偽名ではない姓名を与えてくれるはずの女性だった。だが、俺の知らないところで彼女との婚約は消されていた。俺の両親と彼女の家族が9年前に死んだ時から――。

 さて9年前というと、何があった? ヒントはお前の兄に関係している」

「ひ……すい……」

「そう、翡翠ひすい革命だ。

 当時彼女の兄が、オンラインゲーム内で大地族は足音がしないとバラし、翡翠領地に大地族が巣くっている状況を暴露した。

 ……人が良かったんだよな。良い奴は皆、早死にする。彼女の家は宙地原族や大地族族長からは縁遠くて、奴らのたくらみに不参加だった。だからこそ俺の婚家だったわけだが、それで粛清された。

 かろうじて生き残ったのは彼女のみ。これも理由のうちだ。彼女の家族の殺しに関わった輩の始末を俺はしていて忙しかった」


 輝夜てるやすの脳裏で、通り魔殺人犯として葦成あししげを報道していたニュース映像が蘇る。喉はカラカラに乾いていた。


「本当に、人を……?」

「一応そいつらの身内の子供は見逃してやっている。このぐらいの背丈の奴はな」


 葦成あししげは右手を挙げて基準を示す。それは152センチの輝夜てるやすぐらいの身長だった。


「勿論、お前だけはこの基準が適用されない」


 再び葦成あししげに憎悪を宿した眼光で睨まれ、輝夜てるやすはひゅっと息を止めた。

 「ミャア……」と小さな声が聞こえてハッと意識を引き戻される。輝夜てるやすの足下に草乃かやのがいて寄り添うように傍にいた。

 草乃かやのの丸まった背は小刻みに震えている。大きな浅葱色の瞳は不安を滲ませて揺れていた。


(そうだ、草乃かやのちゃんがいるんだ。俺がしっかりしないと。落ち着け……)


 輝夜てるやすは騒ぐ鼓動と心を静められるようにゆっくりと息を吸い込んで吐き出した。

 すると、少し落ち着いてくる。落ち着きを少しでも取り戻すと、葦成あししげのことを思考出来る余裕が生まれた。


佐由さよしさんと同じだ。俺と常識が違う……それだけなんだ。さっきから話している感じじゃ、支離滅裂なわけじゃない。理由が……こいつの常識がちゃんとある。やっくんは「サイコ殺人犯」って言っていたけど、全部に理由があってやってるんだ)


「あ……あい領地に来たのは、俺がいたから、なのか……?」


 心を奮い立たせて口から出た言葉は、詰まりながらでぎこちなかった。

 輝夜てるやすの方から話の続きがうながされ、葦成あししげはしばし輝夜てるやすを凝視する。

 そこで輝夜てるやすは、先ほどから頻繁に向けられる不可解な葦成あししげの視線にようやく気付いた。


(あれ? こいつも俺と同じように、俺を見ていないか……?)


 葦成あししげは明らかに輝夜てるやすを訝しんでいる。葦成あししげを不気味に思う輝夜てるやすのように、葦成あししげもまた輝夜てるやすを不気味に感じているのではないだろうか。

 葦成あししげは、すっと目を伏せると輝夜てるやすの問いに答えた。


「――いいや。俺は、宙地原族と大地族族長を追って藍領地に来た。お前を見つけたのはおまけだ。まさか〝水岐みずき広早こうさ〟の弟で月族だともわかって、また想定外かと思ったぐらいだ。

 駅前で『かぐや』の月も見たぞ。美しかった。目にして宙地原族が何故欲しがるのか、やっと納得できた。見る者すべての心を奪う、魔性の輝きだった」

「それが理由で、俺を殺さないって……?」

「いや。お前は宙地原族をおびき出す餌で、不要な皇族御三家だ。さっき宙地原族ともに一網打尽にして殺す手はずだった。……ハプニングさえなければ」


 葦成あししげが天井を仰ぎ見る。

 輝夜てるやすは真っ暗なトンネルでのことを思い出した。響華きょうかが警戒していた〝地王ちわか〟という少女が脳裏をよぎる。


(あの女の子が宙地原族……)


「大地族以外の種族が、宙地原族を認識するのは難しい。どうせもう、お前も奴の認識が曖昧になっているはずだ。髪と瞳の色が定期的に変わり、どこにでもいるようで、どこにもいないと感じさせる存在だからな。皆、普段から「惑星で息をしている」と常に意識しては暮らしていないだろ。それと同じだ」


 そう言われても輝夜てるやすにはよくわからない。理解は一旦保留して訊ねた。


「じゃあ響華きょうかさんが……いや、草乃かやのちゃんが一緒にいたから見逃してくれたのか」

「お前が何者なのか、わからなくなったから取り止めた」

「俺?」


 思いがけないことを告げられて驚いた。

 葦成あししげはそんな輝夜てるやすの様子をじっと観察している。


「あの場にいるのは『かぐや』だったはず。命の危機に陥って『かぐや』が出てこないなんて異常だ」

「か、『かぐや』のことまで知っ――」

「呪われた月族の皇子〝輝夜かぐや〟は『かぐや』の容れ物でしかない。なのにお前は『かぐや』を押しのけているよな?」


 葦成あししげは緊張を孕んだ表情で輝夜てるやすを凝視する。



「お前は、誰だ」


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