第14話 不気味な男、仮名・電牙葦茂
(苦しいっ……!!)
輝夜はダイビングスーツの男性に腕を掴まれ、水中深くへと引きずり込まれ続ける。
目を開けられず、呼吸が出来ない苦しさに耐える。
輝夜はこのまま死ぬのではないかと思ったが、不意に呼吸が叶った。そして空気を夢中で吸い込む。
気付くと側にダイビングスーツの子供がいてぎょっとした。さらに輝夜の顔の周りには水のない空間が作られていた。
「殺さず連れて行く手はずに変わったはずだ。彼は水族ではないぞ」
水中ではっきりと聞こえた渋い声音に輝夜は驚愕する。
(この子、いやこの人、水族か……!?)
どうやらこの子供が輝夜に手をかざして、水のない空間を作ってくれているようだ。
輝夜の腕を掴んでいた男性は、子供の忠告に輝夜を一瞥するとその腕を子供に向かって放した。
ガチンッ!
突如、水中で硬質な音が響く。次いで爆発が起こった。輝夜を解放した男の空気タンクがピックのような鋭い氷の塊に穴を開けられたのだ。
全員が吹き飛ばされ、衝撃によって男達と引き離された輝夜を別の人物が受け止める。
「輝夜様!!」
水知だ。
ともに追いついてきた草乃は犬かきで泳いで、輝夜の肩へとへばりつく。水知と輝夜の前にヒナが浮かぶ。周りの水を凍らせていき、防御壁を作り出していた。
水知が「氷族!?」と驚く。ヒナの正体を知っている輝夜は別の意味で仰天した。
(嘘だろ!? ロボットが種族能力っぽい力を使えるなんて……どうなっているんだ!?)
ダイビングスーツの男性も驚愕していた。
水族らしき子供の方は、ヒナが水族のように水中で活動している異常さにすかさず気付く。自身のBCDなどのダイビング機材を即座に外して空気タンクが壊された男に投げ渡すと、新たな水の八角形の空間を出現させ、ヒナ達をその中に閉じ込めた。
「!?」
その空間の中で、さらに水の壁が作られて細かく分断される。八角形内は、水の壁以外は水が抜かれて外のような空間に変わった。
「わっ!?」
浮遊感が無くなり、水のぶよぶよとした床に落ちる形になった輝夜は着地に失敗して転びかける。
ヒナは周りに凍らせる水が無くなったため、動きを止めた。
八角形の空間を見て、水知は仰天する。
「こ、これは! 水綿さ……!?」
外の水中では、渡されたダイビング機材を装着して持ち直した男がこちらへ泳いでくる。そして、八角形の空間内へとやすやすと手を突っ込んだ。
輝夜達は閉じ込められて出られないが、彼の手は水の壁を素通りし、ヒナへと手のひらが向けられる。
バチッ! と凄まじい稲光とともに電撃がヒナと水知の区画に流れた。
ヒナからブツンッと電気機器の電源を切った時のような音がして、ヒナの身体がゴトンと水の床へ崩れ落ちる。水知も同様に気を失って倒れた。
それから2人の区画は消えて、ヒナの身体は水底へ落ちていき、水知の身体は水上へと浮かんでいく。
取り残された輝夜と草乃は怯えて声も出せなかった。
そんな輝夜達を空間内に閉じ込めた状態のまま、ダイビングスーツの子供は、八角形の空間を空気の入ったボールのように直接手で押して移動させ始めた。中にいる輝夜達の重さは全く感じないようだ。
導水路は輝夜が想像していた水深を軽々と超えていた。深海のように広大で、水底には巨大なトンネルが無数にあった。戦艦ドッグと言われれば信じられるほどの大きさだ。
その1つへと連れていかれる。トンネル内を進むと次第に床が坂道となっていった。本当に船をつける場所なのかもしれない。坂道を上がると水上へと出たのだ。
陸に上がると、輝夜達を閉じ込めていた水の壁が消された。
トンネルの突き当たりは、時折蒼く輝く白い石壁だ。そこには扉があり、その側には折りたたみのアウトドアチェアに腰掛ける黒紅色の髪の青年がいた。
輝夜は、見知った横顔を目に入れて唾を飲み込む。
青年は、左手で携帯端末を持ち、右手には箸を持つ。組んだ足の上にコンビニ弁当を広げ、もぐもぐと飲食をしながらゲームアプリで遊んでいた。
ここが地上なら、至ってよく見る日常の光景と言えたが、地下で平時と同等の過ごし方をしている青年の姿は、輝夜の目には酷く不気味に映った。
輝夜を連れてきた子供と男性は、輝夜の背後に無言で立っている。
背後から突き刺さる視線も恐ろしく感じ、輝夜の心臓はドクドクと騒がしく鳴った。
目の前の青年は、輝夜の記憶にある大人しい顔と、電谷に見せられたニュース映像の写真の顔と、それぞれ三者とも似ているだけの別人に思えてくる。
本当に彼と輝夜は雉子領地の高校で同級生だったのか? 輝夜のことを電脳内で女装の地下アイドルに仕立てあげて晒していた人間で間違いないのかと、段々と自分自身の記憶にさえ疑念と不安がわいてくる。
輝夜は震える声で彼に呼びかけた。
「電牙……葦成……?」
「ああ、久しぶり?」
あっさりと返答を寄越す電牙葦成には、既知の知人に街で会った時ぐらいの気軽さがあった。特に輝夜に対して感慨も浮かんでいない様子だ。
葦成はゲームアプリの操作にめどがついたのか携帯端末から顔を上げ、ゆっくりと輝夜に視線を向ける。
だがすぐに、輝夜の前に立つ小さな白い毛玉へと目移りした。
子猫の草乃は尻尾を下げながらも、背を丸めて毛を逆立たせ「フーッ」と小さな精一杯の威嚇を葦成にしている。
葦成は草乃の姿に頬を緩めて口角を上げた。
「むちゃくちゃ可愛い騎士だな。撫で回したいが、獣櫛草乃だっけ。獣櫛涼柁の妹なら不用意に触れられないなぁ。三顧の礼をやっている最中なんだよ」
それだけ言うと、正面から輝夜を見て首を傾げた。
「実物はこんなだったか? あ、そうだ。俺が代わりにコンビニで弁当2つ買って届けておいたから立て替えた金を払ってくれ。1300皇三銭な?」
笑顔でレシートを見せる葦成に、輝夜はぞわりと悪寒が走る。
「う……ちに……」
問う輝夜の声はかすれ、最後まで言葉が続かなかった。昔、同級生だったと言ってもほとんど見ず知らずに近い人間に、自宅を知られて訪問までされていることに気持ち悪さと恐怖が襲ってくる。足が小刻みに震え出した。
輝夜の怯えきった様子に、葦成は満足そうにほくそ笑む。
「俺の名前も覚えていた。やっぱり嫌な目に合うと覚えているもんだな」
「え……」
葦成は愉快でたまらないといった様子で意地悪く嗤った。
「腹が立っただろ? 助けを求めた教室で、唯一自分を助けられるはずの奴が目を逸らすって」
「お前……っ」
輝夜は、かっとなった。瞬間、怒りが恐怖を凌駕する。
葦成も輝夜の反応に満面の笑みを浮かべながらも、その赤墨色の瞳は少しも笑っていなかった。
「お前も助けなかっただろ。俺が上級生に金を巻き上げられていた時。見ていたくせに目を逸らした。俺は俺を見ないふりをした奴を一生忘れない」
葦成のぞっとするほど冷たく鋭い眼光に輝夜は凍りついた。
血の気が引く。
生まれて初めて赤の他人に向けられる憎悪の感情に、輝夜は言葉もなく立ち尽くした。




