表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
眠る月の皇子  作者: 古波萩子
第1章 地底へのいざない
51/141

第14話 不気味な男、仮名・電牙葦茂


(苦しいっ……!!)


 輝夜てるやすはダイビングスーツの男性に腕を掴まれ、水中深くへと引きずり込まれ続ける。

 目を開けられず、呼吸が出来ない苦しさに耐える。

 輝夜てるやすはこのまま死ぬのではないかと思ったが、不意に呼吸が叶った。そして空気を夢中で吸い込む。

 気付くと側にダイビングスーツの子供がいてぎょっとした。さらに輝夜てるやすの顔の周りには水のない空間が作られていた。


「殺さず連れて行く手はずに変わったはずだ。彼は水族みずぞくではないぞ」


 水中ではっきりと聞こえた渋い声音に輝夜てるやすは驚愕する。


(この子、いやこの人、水族か……!?)


 どうやらこの子供が輝夜てるやすに手をかざして、水のない空間を作ってくれているようだ。

 輝夜てるやすの腕を掴んでいた男性は、子供の忠告に輝夜てるやすを一瞥するとその腕を子供に向かって放した。


 ガチンッ!


 突如、水中で硬質な音が響く。次いで爆発が起こった。輝夜てるやすを解放した男の空気タンクがピックのような鋭い氷の塊に穴を開けられたのだ。

 全員が吹き飛ばされ、衝撃によって男達と引き離された輝夜てるやすを別の人物が受け止める。


輝夜てるやす様!!」


 水知みずちだ。

 ともに追いついてきた草乃かやのは犬かきで泳いで、輝夜てるやすの肩へとへばりつく。水知みずち輝夜てるやすの前にヒナが浮かぶ。周りの水を凍らせていき、防御壁を作り出していた。

 水知みずちが「氷族こおりぞく!?」と驚く。ヒナの正体を知っている輝夜てるやすは別の意味で仰天した。


(嘘だろ!? ロボットが種族能力っぽい力を使えるなんて……どうなっているんだ!?)


 ダイビングスーツの男性も驚愕していた。

 水族らしき子供の方は、ヒナが水族のように水中で活動している異常さにすかさず気付く。自身のBCDなどのダイビング機材を即座に外して空気タンクが壊された男に投げ渡すと、新たな水の八角形の空間を出現させ、ヒナ達をその中に閉じ込めた。


「!?」


 その空間の中で、さらに水の壁が作られて細かく分断される。八角形内は、水の壁以外は水が抜かれて外のような空間に変わった。


「わっ!?」


 浮遊感が無くなり、水のぶよぶよとした床に落ちる形になった輝夜てるやすは着地に失敗して転びかける。

 ヒナは周りに凍らせる水が無くなったため、動きを止めた。

 八角形の空間を見て、水知みずちは仰天する。


「こ、これは! 水綿みずわたさ……!?」


 外の水中では、渡されたダイビング機材を装着して持ち直した男がこちらへ泳いでくる。そして、八角形の空間内へとやすやすと手を突っ込んだ。

 輝夜てるやす達は閉じ込められて出られないが、彼の手は水の壁を素通りし、ヒナへと手のひらが向けられる。


 バチッ! と凄まじい稲光とともに電撃がヒナと水知みずちの区画に流れた。


 ヒナからブツンッと電気機器の電源を切った時のような音がして、ヒナの身体がゴトンと水の床へ崩れ落ちる。水知みずちも同様に気を失って倒れた。

 それから2人の区画は消えて、ヒナの身体は水底へ落ちていき、水知みずちの身体は水上へと浮かんでいく。

 取り残された輝夜てるやす草乃かやのは怯えて声も出せなかった。


 そんな輝夜てるやす達を空間内に閉じ込めた状態のまま、ダイビングスーツの子供は、八角形の空間を空気の入ったボールのように直接手で押して移動させ始めた。中にいる輝夜てるやす達の重さは全く感じないようだ。



 導水路は輝夜てるやすが想像していた水深を軽々と超えていた。深海のように広大で、水底には巨大なトンネルが無数にあった。戦艦ドッグと言われれば信じられるほどの大きさだ。

 その1つへと連れていかれる。トンネル内を進むと次第に床が坂道となっていった。本当に船をつける場所なのかもしれない。坂道を上がると水上へと出たのだ。

 陸に上がると、輝夜てるやす達を閉じ込めていた水の壁が消された。

 トンネルの突き当たりは、時折蒼く輝く白い石壁だ。そこには扉があり、その側には折りたたみのアウトドアチェアに腰掛ける黒紅くろべに色の髪の青年がいた。


 輝夜てるやすは、見知った横顔を目に入れて唾を飲み込む。


 青年は、左手で携帯端末を持ち、右手には箸を持つ。組んだ足の上にコンビニ弁当を広げ、もぐもぐと飲食をしながらゲームアプリで遊んでいた。

 ここが地上なら、至ってよく見る日常の光景と言えたが、地下で平時と同等の過ごし方をしている青年の姿は、輝夜てるやすの目には酷く不気味に映った。

 輝夜てるやすを連れてきた子供と男性は、輝夜てるやすの背後に無言で立っている。

 背後から突き刺さる視線も恐ろしく感じ、輝夜てるやすの心臓はドクドクと騒がしく鳴った。

 目の前の青年は、輝夜てるやすの記憶にある大人しい顔と、電谷でんやに見せられたニュース映像の写真の顔と、それぞれ三者とも似ているだけの別人に思えてくる。

 本当に彼と輝夜てるやす雉子きぎす領地の高校で同級生だったのか? 輝夜てるやすのことを電脳内で女装の地下アイドルに仕立てあげて晒していた人間で間違いないのかと、段々と自分自身の記憶にさえ疑念と不安がわいてくる。

 輝夜てるやすは震える声で彼に呼びかけた。


電牙でんかび……葦成あししげ……?」

「ああ、久しぶり?」


 あっさりと返答を寄越す電牙でんかび葦成あししげには、既知の知人に街で会った時ぐらいの気軽さがあった。特に輝夜てるやすに対して感慨も浮かんでいない様子だ。

 葦成あししげはゲームアプリの操作にめどがついたのか携帯端末から顔を上げ、ゆっくりと輝夜てるやすに視線を向ける。

 だがすぐに、輝夜てるやすの前に立つ小さな白い毛玉へと目移りした。

 子猫の草乃かやのは尻尾を下げながらも、背を丸めて毛を逆立たせ「フーッ」と小さな精一杯の威嚇を葦成あししげにしている。

 葦成あししげ草乃かやのの姿に頬を緩めて口角を上げた。


「むちゃくちゃ可愛い騎士だな。撫で回したいが、獣櫛じゅうくし草乃かやのだっけ。獣櫛じゅうくし涼柁りょうたの妹なら不用意に触れられないなぁ。三顧の礼をやっている最中なんだよ」


 それだけ言うと、正面から輝夜てるやすを見て首を傾げた。


「実物はこんなだったか? あ、そうだ。俺が代わりにコンビニで弁当2つ買って届けておいたから立て替えた金を払ってくれ。1300皇三銭こうさんせんな?」


 笑顔でレシートを見せる葦成あししげに、輝夜てるやすはぞわりと悪寒が走る。


「う……ちに……」


 問う輝夜てるやすの声はかすれ、最後まで言葉が続かなかった。昔、同級生だったと言ってもほとんど見ず知らずに近い人間に、自宅を知られて訪問までされていることに気持ち悪さと恐怖が襲ってくる。足が小刻みに震え出した。

 輝夜てるやすの怯えきった様子に、葦成あししげは満足そうにほくそ笑む。


「俺の名前も覚えていた。やっぱり嫌な目に合うと覚えているもんだな」

「え……」


 葦成あししげは愉快でたまらないといった様子で意地悪く嗤った。


「腹が立っただろ? 助けを求めた教室で、唯一自分を助けられるはずの奴が目を逸らすって」

「お前……っ」


 輝夜てるやすは、かっとなった。瞬間、怒りが恐怖を凌駕する。

 葦成あししげ輝夜てるやすの反応に満面の笑みを浮かべながらも、その赤墨あかすみ色の瞳は少しも笑っていなかった。


「お前も助けなかっただろ。俺が上級生に金を巻き上げられていた時。見ていたくせに目を逸らした。俺は俺を見ないふりをした奴を一生忘れない」


 葦成あししげのぞっとするほど冷たく鋭い眼光に輝夜てるやすは凍りついた。

 血の気が引く。

 生まれて初めて赤の他人に向けられる憎悪の感情に、輝夜てるやすは言葉もなく立ち尽くした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ