第13話 地下運河での襲撃
不意に、仁芸が天井を仰ぐ。
会話が途切れ、輝夜も彼の視線の先をたどって見上げた。導水路の白い石の天井が広がっている。特に気になるものはないように思う。
「? 何を見ているんだ?」
「カメラが……いる、ような……」
(「いる」? 「ある」じゃなくて? 機械族って、機械も生き物みたいに言うんだな)
輝夜はそんなとりとめのないことに感心しつつ、天井を見渡す。カメラとは監視カメラのことだろう。だが、いくら目をこらしてもそれらしい物が輝夜には見つけられなかった。
見上げながら首を傾げていると、突然景色がぼやけた。
視界を塞ぐ小麦色の土煙がどこからか現れ、導水路内に充満した。同時に遠くの方でザバァッと水音がする。何かが水の中から出てきたらしき音だ。
皆が水音がした方向に身構える。次の瞬間、輝夜は腕を引っ張られた。
(え……っ?)
脳が事態を認識する前に、水中へと引きずり込まれていた。悲鳴を上げる暇さえなかった。
真っ先に反応した響華が床を蹴って輝夜へ駆け寄り手を伸ばす。
しかし、その手はからぶった。
何者かに水中の奥へと引っ張られて小さくなる輝夜の姿に、響華は舌打ちをする。半身まで水に浸かった身体を翻し「千尋!」と怒鳴った。
名前を呼ばれた水知は水中へと飛び込み、草乃も続いた。
水滴を落としながら床を歩く足音が、先ほど水音がした方向から近付いてくる。
仁芸は目まぐるしく起こる事態についていけず、恐怖で声もなく固まっていた。
響華はそんな仁芸と、腰を上げかけて止まっている姿勢の由理、そして壁に手をつき身体を起こしてひざまずく闇束の前に立ち、正面から迎え撃つ臨戦態勢になる。
やがて視界を阻害する土煙の中から、シリコンスカートの二眼マスクにショルダーベルトのBCDを背負ったウェットスーツを纏う人間が現れた。
身体の凹凸に丸みを帯びた身体つきで、遠目にも女性だと判別できる。足元はダイビング機材のフィンなので地上は歩きにくいのか、ある程度まで近付くと立ち止まった。スノーケルを口から外す。
「この土煙の中で火を出すとボン! よ……?」
低いガラガラとした声音の女性は、手で拳を作ってぱっと手のひらを広げる動作をした。仁芸に視線を向けながらの警告を、響華にやんわりと告げる。
充満する土煙はこの女性の種族能力のようだ。女性は由理を瞳に映し、頬を引きつらせてニタァと歪な笑みを浮かべた。
「御瀬織律日様。ああ、800年前の歴史の偉人に会えるなんて……。まるでタイムトラベルのよう」
闇束が彼女の言葉に眉を八文字に下げて困惑の表情をする。警戒こそ緩めないが、疑問を投げかけるように響華の背中を見た。
視線を感じたが、響華も答えは持っていない。しかし眉1つ動かさずに、平然と女性をにらみつけて口を開く。
「人違いよ。他を当たってくれない?」
「外野は黙ってろ!!」
女性はヒステリックに高い声を上げる。響華を歯牙にもかけず由理を見つめた。その狐色の双眸には熱く燃えさかる暗い炎が点っていた。
「800年前の皇族御三家最後の宴を、忘れたなんて言わせないっ!! お前が全ての元凶だ。月族を拐かした犯人め! 翡翠革命も全部お前のせいで起こったんだ……! わかっているのか!? 翡翠革命で死人が出たのは翡翠領地だけじゃないんだッ!!」
金切り声を上げた女性を、由理は無感情に藤紫の瞳に映し、口元は弧を描いた。一切彼女と喋ろうとする気配もなく、ただ冷笑を向ける。その様子に相手は顔を歪めた。
響華は視界の隅で、仁芸が水面に視線を向けた動作を目ざとく拾う。
仁芸を水中へ蹴り落とした。ぎょっとその場にとどまる全員が目をむいた時には響華が炎を発現させる。
ドゴォッン!!
大爆発が起こる。衝撃とともに一気に導水路内に炎が走った。
「ギャアアアアアッ!!!!」
女性は絶叫した。身体が炎に包まれる。だが、すぐに大きな正方形体の水に包まれて彼女の身体は守られた。
「火! 火! イヤアアアアアッ!!!」
消えた炎が未だ身体に燃え移っているかのように自身の身体を見て女性は狂ったように叫ぶ。悲鳴を上げ続けながら水中へ飛び込んで逃げた。
「今の介入、水族の力……?」
響華はがく然と呟く。動揺を隠すように茜色のウェーブを掻き上げながら背後を振り返ると、そこには横顔に一房滑り落ちてきていた紅梅色の髪を結い直しつつ、平時と同じく上品に微笑む由理がいた。
闇束は心臓の辺りを手で押さえて盛大に嘆息する。
「ごめん。俺、自分1人の防御でそれどころじゃなかった……。火住さんは自分で防いで……しばらくは目をつぶっちゃったし肝心な時にこんな闇が浅いていたらくで……」
「その人の力を見ていなかったのならいいわ。後で透を問い詰めるから」
「思い切りがよろしいのですね、炎乃さん」
由理は口元を手で隠しながら楽しそうにころころと笑った。
動揺の欠片も無い様子に、響華は警戒を隠さず、うさんくさそうに目を細める。
「じゃあ、ここからは護衛対象がいなくなったし遠慮なくやれるわね。他の領地ランカーや一般領民の生死なんて考慮していたら敵にやられるもの。楽になるわ」
闇束も響華に同意して頷く。
由理は目を見開いた。
「まぁ……。わたくしは護衛対象ではないのですか?」
「太陽族なんて、別次元の強者が何言っているのかしら」
響華が冷たく吐き捨てて言う。
由理は笑みを浮かべて首を横に振った。
「あの女性のおっしゃっていたことは戯れ言ですわ。わたくしは火住由理ですもの」
「戯れ言で見ず知らずの女に恨み言をぶつけられるなんて、恐怖じゃないの」
「言いがかりですもの。何も恐いことなんてありませんわ」
パシャッと水音がすると、炎王が顔を出した。由理と闇束が驚く。
炎王はニカっと明るく響華に笑いかけた。
「終わったか?」
「ええ。水中に逃げたわ」
「そりゃ、今度は水中だと危ないな」
ザバッと片手で仁芸を引き上げる。仁芸はゲボゲホと激しくせき込んだ。炎王はそのまま仁芸を支えて階段を上がる。
上がりきった仁芸は転がるように床に横たわって水を吐き出し、苦しそうにせき込み続けた。
響華は彼の背中をさすりながら「悪かったわね」と謝り、闇束と由理に炎王が仁芸のロボットであることを伝える。
「げっ」
脈絡もなく炎王が発した声がいやに大きく導水路に響く。
その声に彼が見上げる天井へと皆の視線が誘導された。炎王が急いで口を閉じてももう遅い。
闇束はぽかんと口を開き、由理は視線をそっと逸らした。響華は顔を盛大にしかめる。
導水路の白い石の天井は薄らと青みを帯びて輝き、爆発が起こったというのにヒビ1つ無かった。
闇束が戸惑いと疑問を口にする。
「えっと……俺達、この石が壊れて穴が開いたから、ここに落ちてきたんだよな……? が、頑丈過ぎないか。これが本当に壊れた……?」
「――これはこの惑星の中心核石を覆う原始月光石なのでしょう。この星の核を包み、地中深くにもある岩石で皇帝城の門もこれで作られているという話ですよ。宙地原世界で最も頑強な物質なのですわ」
「は、はあ……」
由理の説明を聞きながら、闇束は目を瞬かせて導水路を見渡す。
響華は2人の隙をついて小声で仁芸を叱った。
「アンタ、絶対小型爆弾なんてちゃちなもんで爆破してないわね!? 外に出たら覚えてなさいよ!」
「……っ」
「まーまー、響華様。これで何とか」
「は?」
真っ青になる仁芸をかばって前に出た炎王が、響華の手へと3ミリほどの小さな黒い点を手渡す。
響華は目をすがめて、その黒い点をつまむ。それは虫のような形態をした機械だった。
「盗聴器? それとも盗撮カメラかしら」
「ご明察。カメラだが、爆発で壊れて水の中に落ちてきたから拾っておいたんだ」
「水族のならいいんだけど……嫌な予感がするわね。ヒナの方は今どうしているの?」
「水城を追った。俺は水の中じゃ役立たずだから置いていかれた。でも期待はしないでくれ。姐様も水中戦闘向けの仕様じゃないからな」
響華は胸を張って応える炎王に軽く目を見張り、身体をすくめて床に転がる仁芸を残念そうな目で見下ろした。
「創造主より優秀ね」
「ふふー。それほどのことはあるかもしれんなっ」




