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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
『眠る月の皇子』
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第3章 突き進む先、黄色信号点滅中

「どやー、落ち着けるっしょ。お気にの店なんっすよ」

「へぇ……」


 電谷でんやに連れられてやってきたのは、紅茶専門の喫茶店だった。

 店内はジャズのBGMが流れ、明るすぎない照明とアンティークな家具で統一されてレトロな雰囲気が漂う。

 もっとオタクっぽい店に連れていかれると身構えていた輝夜てるやすは、電谷でんやへの偏見を深く反省した。


「俺、紅茶って詳しくない……っていうか、ほとんど飲んだことないんだけど」

「あらま。じゃ、とりあえず味と言うより香りを楽しむ飲み物ってことで。無理しなくても紅茶以外もありますことよ? オススメはレモンスカッシュっすね」

「うーん、でもこの機会にちゃんと飲んでみたいかも」

「お。そのチャレンジ精神は尊いですぞ!」


 反応が大袈裟な男である。


(そうだ。帰るの遅くなるって家に連絡しないと)


 輝夜てるやす電谷でんやに断って席を立った。


(御手洗い前とか、隅っこでなら電話しても平気だよな)


 移動途中、進行方向の奥の席に座る客に目が留まる。そこに座っていた人物が――いや、人物と言っていいのだろうか。領地を転々としてきた輝夜てるやすにとっても、非常に珍しいと感じる種族の客がいたのだ。


 灰色に黒の縦縞模様が入ったふさふさの毛柄。

 人間とほぼ同じぐらいの背丈で2足歩行の狼姿――獣族けものぞくだ。


 通り過ぎた後も、つい振り返って2度見した。

 獣族けものぞくの対面には誰も座っていない。


(あれ……? さっきまで誰か向かい合って座ってなかったっけ。見間違いかな)


 獣族の客の、ソファから垂れ下がる長いふさふさとした尻尾がぱたぱたと揺れるのを横目でこっそり追いながら、輝夜てるやすは隅の壁際でつむぎに連絡を取った。

 どうやら兄の帰宅も遅れているらしく、電話口の紬の声音は不安げだ。


(兄貴、まだ病院から帰ってないんだ。ヤバイかな……)


 電源が切られているのか、兄の携帯電話に繋がらない。

 メールで輝夜てるやすの帰宅が遅れる旨を送信したが、読まれない気がひしひしとする。


(駄目だ……。連絡つかないなら直ぐ帰ろう。遅くなると兄貴が心配してパニック起こすし)


 輝夜てるやすの兄の篁朝たかときは、家族が定刻に家に戻らないと不安と焦燥で大騒ぎするのだ。その大騒ぎは、もれなく領地の人々を巻き込む大災害に発展することがある。篁朝たかときはそれほどの能力者だった。





 輝夜てるやすを待つ電谷でんやの耳元で軽快なメロディが鳴る。

 目の前の空中に、受話器のイラストアイコンが現れた。電谷でんやは慣れたもので水をすすりながら、


「ほい」


 と軽く返事をする。イラストアイコンはスピーカーアイコンへと変わった。

 電谷でんやの耳元で電話を掛けてきた相手の声がする。その声は電谷でんや以外には聞こえない。ふんふんと軽く頷いていた電谷でんやだったが、次第に顔を強張らせていく。


「……ちょい待ち。その病院の監視カメラは弄ると詰みますぞ。これ『マスター』に内緒の裏案件でしょ?

 いや、だーかーらー! 『マスター』が突然〝今日のアズ様〟って、部下の足取り洗い出し始めたらその病院の映像見るでしょ。そんで映像を加工してんのが一発でバレるの。俺は秀才、あっちは天才! そこから芋づる式に街中の監視カメラまで調べられたらアウトよ」


 電谷でんやの目の前に電話の主が話題に出している映像が現れて再生される。これも他人には見えない。

 テーブルに肩肘を立て、仏頂面で電谷でんやは画面を睨みつけた。


「なーんでよりによってアズ様と会ってんの? この角度なら幸い顔は見えてないし、もうこのまま放置デショ。……はえ? いやいや、お金の問題じゃないっすよ!」


 画面に釘付けだった電谷でんやは、ふっと自分を見下ろす人の気配を感じた。

 輝夜てるやすが戻って来ていたのかと顔を上げる。


「て……」


 そこに立つ人間を見た瞬間、発しかけた声が最後まで音に変わることはなかった。

 見知らぬ男が無表情でこちらを見下ろしている。仄暗い漆黒の瞳が電谷でんやの姿を捕らえていた。

 電谷でんやは背筋が凍りつき、息を止める。

 男は電谷でんやにしか見えていないはずの映像へと、ぎょろりと目玉を動かした。

 電谷でんやはぎょっと目をむく。


(俺の電脳をハックしてる!?)


 電谷でんやの電脳をハッキング出来る電脳族でんのうぞくは限られている。これでも電脳族内で5本の指に入るくらい優秀な部類なのだ。

 しかもこれほど容易く他人の電脳を扱える人間に、電谷でんやはこの世界でたった1人だけ心当たりがあった。

 まばたきをする。次にまぶたを上げると、見下ろしていた男は綺麗に消え失せていた。


「はあああぁぁ……」


 電谷でんやは全身の力を抜いて脱力する。ズルズルと背もたれから滑り落ち、仕舞いには椅子から身体を落とすとテーブル下の床に横たわった。


「遅くな……わっ!?」

「て、てるやん……はは……。おかえりなさいませぇ……」


 席に戻ってきた輝夜てるやすは、電谷でんやが唐突に店内で非常識な体勢をしているのに驚かされる。


「床は汚いだろ……? あ、えっとごめん。俺、今日はもう帰るよ」

「そ、そね……。俺も急なバイト入ったし……ヤバい目に合ったし」

「何かあったのか?」

「いやあ……おっそろしい御仁ごじんにね、さっき店内で人生初遭遇よ……。しかしマジか……。ガチでこの辺りにお棲みになって……。ひゃーっ! 殿とののアホ! 噂はガセじゃなかったっての! 怖過ぎるんで教えてやんないよ俺!?」


 バイト先の怖い先輩にでも遭遇したのだろうか。

 輝夜てるやすは不思議に思いつつ、つっこんで話を広げはしなかった。



 メニューを取ってくれた店員に断って、2人は早々に店を出た。店員は嫌な顔ひとつせずに対応してくれて、本当に良い店である。

 店の前の道路の、横断歩道を渡った先で電谷でんやとは「また今度この店にこよう」と約束をして別れた。


(兄貴、どこに寄り道してるんだろう!?)


 引っ越してきたばかりだから道に迷っているのではないかと、輝夜てるやすは心配する。

 立ち止まって携帯電話を操作した。地図を表示するがどう見つければいいのかわからず、ただただ指の動きを空中で止めるばかりになってしまう。


(世の中の普通の携帯電話は発信器みたいに使えるんだよな。電脳ネットの地図に携帯電話を持ってる人の居場所が出る機能があって……。いいよなぁアレ。人を探すのが便利で)


 水城みずしろ家が持ち歩く携帯電話にはその機能がない。いつ手放しても痕跡が残らないように色々とカスタマイズしている特別製だ。


「えっと、そっ、そこのきみ! 道を教えてほしいんやけどっ」

「え」


 突然、輝夜てるやすは呼び止められた。

 先ほど店にいた2足歩行の狼が近寄ってくる。

 店内では気に止めなかったが、赤と茶のボーダー柄のぶかぶかなパーカーに、輪っかの付いた黒のボトムスを着用していてパンクな格好の獣族だ。しかし弾けた服装とは裏腹に、地味で柔らかな人柄の印象を受けた。

 凜々しさのある狼顔は、耳が半分に折れて垂れている形のせいで犬っぽい愛らしさに目立たない。酸漿ほおずき色の瞳も鋭くなく、優しい光にあふれているせいだろう。

 犬っぽい狼を見ていたら、愛犬の甲斐かいのことが頭に浮かび、妙に親近感を覚えた。


(藍領地の人じゃない? 獣族だし、桔梗ききょう領地っぽい方言だし。旅行者かな?)


 よく見ると彼は四角い形のスポーツバックを肩に引っかけていて、大きな小麦色の編み込みのバスケットも持っている。大荷物だ。


「あの、俺もここに引っ越してきたばかりで道はわからないです。すみません」


 輝夜てるやすは素直に頭を下げて断った。


「そ、そうなん……。や、でも、その! 君は困ってるん? 助けたいん」

「へ……?」

「僕、ゲイみたいなもんやし」

「は?」


 突然何だ。

 怖い。


 見ず知らずの輝夜てるやすにどうしてカミングアウトをしようと思ったのか、深く考えたくない事案である。

 狼は後ずさりする輝夜てるやすの反応に焦った。


「その! その、あのうなんっ。僕、よっちゃんと付き合ってるだけなんよっ」

「……は? あの、よっちゃんって誰ですか……?」


 輝夜てるやすは疑問を口にしてから、しまったと思った。会話などせず逃げる場面のはずだ。

 狼は輝夜てるやすの返答にきょとんと目を丸くした。


「あ、あれ? よっちゃんを知らん? ええ!? ちょっと待ってほしいん……っ」


 狼は慌てて両手を左右に振る。すると持っていた編み込みのバスケットが大きく揺れ、「にゃっ…!」と小さな鳴き声が聞こえた。

 全力で走って逃げようと考えていた輝夜てるやすは、その声に虚を突かれてタイミングを逃す。

 バスケットのふたの隙間からピンク色の小さな動物の鼻が覗く。その鼻はひくひくと忙しなく動いていた。

 興味を惹かれて凝視する。小さな真っ白い子猫が、鼻で蓋を押し上げて中から飛び出してきた。

 子猫は狼の服をつたって肩までよじ登り、顔の傍でぴったりとくっついて丸くなった。狼のふさふさの毛の中に姿が埋もれる。人見知りをするのか、毛の中から顔を出したり引っ込んだり隠れる仕草をした。

 大きな浅葱あさぎ色の瞳で輝夜てるやすを見ては小刻みに震えている。


(うわ、可愛い……)


「えっと、ごめんなん。僕が君に声をかけた最初から、やり直させてほしいん。色々と初めてのことでテンパり過ぎたんよ。話すことを整理出来たん」

「へ? あ、はい……?」

「僕、オンラインゲームで遊んでるん」


(や、やり直しても唐突だなぁ、この人)


「それで、ゲーム内の友達とオフ会をすることになったん。藍領地で会うことになってるんよ」

「はぁ、そうなんですか」

「実はその友達も藍領地の人やないん。君、何か藍領地の人っぽくないように感じたから……」

「あ! なるほど。ひょっとしたらその人かもしれないと思って俺に声をかけたんだ!」

「……ごめんなん……」


(なんだ。人違いでからまれていただけか)


 輝夜てるやすはホッとした。


(顔も知らない相手と会おうとするなんて凄いな。俺は絶対に怖くて無理)




 ボンッ




 突如、大音量の破裂音がした。同時にキィィン―ー! と耳障りな機械音が響き渡る。

 音が全く聞こえなくなり、凄まじい勢いの熱風が身体に当たった。

 塵と火の粉が舞い、痛くて目が開けられない。

 いつの間にか、輝夜てるやすは狼の胸元にいた。

 彼は輝夜てるやすに覆い被さり、身体を張って直接の衝撃から守ってくれていた。

 近くの建物が倒壊し、炎で燃え盛っている。


 それは先ほどまで輝夜てるやす電谷でんやがいた喫茶店だった――……


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