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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
第1章 地底へのいざない
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第12話 宙地原世界の地下運河 その4

 しばし導水路で留まり、待機することになった。

 どう過ごそうかと考えていると、皆から距離を取って1人水際の階段に座る仁芸にぎの姿が目に留まる。輝夜てるやすの背中がぽんと叩かれた。


「良かったら話しかけてあげてくれない? あの子、人見知りで人付き合いが苦手なのよ」

「俺が話しかけていいの……?」


機國きぐにさんの弟なのに)


 輝夜てるやすが呑み込んだ言葉を見透かしたように響華きょうかはフッと笑みを浮かべた。


「そう私に断ってくる時点で、敦美あつみとの関わりをちゃんと考え始めてくれているってわかるわ。まじめに考えているなら良いって言ったでしょ」

「あ……、うん」


 輝夜てるやすは遠慮がちに仁芸にぎの傍へ近付く。

 仁芸にぎは隣に輝夜てるやすが座ってビクッと肩を揺らした。

 輝夜てるやすはどんな話題で話し始めようかと考えた。浮かんだのは、敦美あつみに話すはずだった愛犬ロボットの甲斐かいの話題だ。


甲斐かいって名前の犬のロボット、仁芸にぎ君は知っている?」

「……〝甲斐かい〟? え、はい……」


(お! 甲斐かいを知ってるんだ!)


 輝夜てるやすは顔を綻ばせた。

 仁芸にぎは目を丸くすると、改めて輝夜てるやすのことを上から下まで見る。


「昔、機國きぐにさんに甲斐かいをもらったんだ! 今はうちにいるよ」

「そうなんですか!? 俺が外側のボディを造りました。えっと……水城みずしろさん、姉とそんなに古い付き合いの人なんですね」

「いや、その……古くはあるんだけど親しいとは言い難いというか。そっか、仁芸にぎ君も関わっていたんだ」

甲斐かい、元気ですか?」

「元気だよ。甲斐かいのおかげでうちは回っている感じ」

「懐かしいです。姉との初めての合作だったんですよ。造る部分の進行具合で喧嘩ばかりして、よく完成させられたなぁって感じで……。あの時、もう合作なんてこりごりだと思いました」


 言葉を交わすごとに、仁芸にぎの警戒心が薄れていくのを感じる。輝夜てるやす仁芸にぎの言葉に耳を傾けながら頬を緩めた。


「でも、あの合作が無かったらヒナも炎王えんおうも生まれていないんです。俺のロボット技術の……特に中身は、姉の設計が原点で。姉は『領王』になって機械兵器製作にシフトしてしまったけど、もしあのままロボット製作を続けていたら、どんなロボットを生み出していたのかって思います」

「へぇ。機國きぐにさん凄いんだね」

「そうなんです! 姉は無から有を創り出せる人間なんです! ……それに比べて俺は想像力が皆無で……。何も無いところから新しい物を生み出すのが苦手なんですよ。アレンジや改造は得意なんですけど、ロボットもモデルがないと造れないんです」


 仁芸にぎが溜息をつく横顔を、輝夜てるやすはまじまじと見た。実在の人物のロボットを誰の了承も得ずに造っている彼を、非倫理的なマッドサイエンティスト思考がある人間だと身構えてもいたので、仁芸にぎなりに正当な理由があったことに肩の力が抜けた。


「じゃあ機國きぐにさんがずっとロボットを造っていたら、甲斐かいみたいな犬のロボットがもっとたくさん生まれていたのかなぁ」

「そうですね。ああ見えて、姉は動物好きだから」


 仁芸にぎは、輝夜てるやすの肩の上でゆるく尻尾を振る草乃かやのに視線を向ける。


機國きぐにさん、動物好きなんだ!」

「はい。あとは最近料理にも目覚めたのか、昨日から料理を始めていて」


 「料理」という単語で、輝夜てるやすは昼食がまだだったことを思い出す。

 おぼろ篁朝たかとき輝夜てるやすがコンビニから戻らず心配していることだろう。2人は何か食べただろうか。


「お腹、空いたよなぁ」

「俺はあんまり……あ、そうだ」


 仁芸にぎはジェラルミンケースを開け、弁当が入った袋を取り出した。そして輝夜てるやすへと差し出す。


「これ良かったらどうぞ」

「え!?」

「色々あり過ぎて全然食欲湧かなくて。残したら帰って怒られるだけだし、どうぞ食べてください」

「いいのかな……」


 輝夜てるやすは戸惑いながらも受け取り、周りの顔を見渡した。そんな輝夜てるやす由理ゆりが微笑む。


「食べられる時に食べておいた方が良いと思いますよ。良ければ他の方も、梨はいかがですか? 水知みずちさん、小刀をお貸しいただけますか」


 水知みずちが慌てて腰のホルダーから小刀を取り出して由理ゆりに手渡した。

 由理ゆりは持っていたウェットティッシュで小刀と手を丁寧に拭いて梨をむく。巾着の付いた和布のバックの中から取り出した小さな木の小皿と茶器の上にむいた梨を乗せて皆に配った。

 闇束やみづかは断ったが、水知みずち響華きょうかは摘んで「美味しいですね」と感想を述べる。

 食べることを渋っていた仁芸にぎも一口だけ口の中に入れて目を丸くした。輝夜てるやすの肩から降りた草乃かやのは、しゃくしゃくと夢中で食べている。

 輝夜てるやすもかじってその甘さに癒された。どうやら喉もかなり渇いていたと気付かされる。

 皆が口にするのを見届けた後、由理ゆりも梨を口に入れた。そして目を見張る。


「――輝夜てるやす様。この果物、獣櫛じゅうくしさんからいただいたとおっしゃっておりましたわね……?」

「はい。草乃かやのちゃん達も、人から貰って多かったからうちにおすそわけしてくれたんだよね?」

「ミャア」

獣櫛じゅうくしさんはどなたにいただいたのでしょう?」

「さあ、そこまでは聞いてないです」


 草乃かやのも首を傾げている。知らないようだ。

 由理ゆり輝夜てるやすの返答に俯いた。それを見た水知みずちが慌てる。


「ご気分がすぐれないのですか!?」

「……いえ。珍しい品種の梨だったので少々驚いたのです。限られた土地でしか栽培をしていないものなのですよ――懐かしい味ですわ」

草乃かやのちゃんもお弁当いるよね? 半分こしようか」


 草乃かやのが浅葱色の瞳を輝かせてお座りする。輝夜てるやすは弁当の蓋を開けた。



 〝真っ黒な何か〟が目に飛び込んできた。



 輝夜てるやすは一瞬、頭の中が真っ白になった。目の前に広がる黒い中身をじっと見つめる。

 ――いや、黒いだけではない。白い部分もある。白飯だ。

 これはたぶん紅白ならぬ白黒弁当なのだという考えに至って動けるようになるまでに数秒の時が必要だった。

 横で仁芸にぎが「うわ?!」と悲鳴を上げていた。


「なっ、何だよコレ!? 全部炭!? さては姉ちゃんだな!! す、すみません、水城みずしろさん!!」

「え!? 機國きぐにさんが作ったの!?」

「あら、随分と焦がしちゃったのね。でも味付けは保証するわよ」


 響華きょうかが弁当を覗き込んで苦笑した。「俺の弁当箱はゴミ箱じゃない!」と仁芸にぎが顔を赤くして憤慨する。幼い子供のような拗ねた表情で怒る仁芸にぎは、それまでのおどおどとした仁芸にぎとは印象が異なる。これが普段家庭で見せている〝弟の顔〟なのだろう。

 輝夜てるやすは彼をなだめた。


「焦げの部分をけずれば普通に食べられるよ。大丈夫」


 輝夜てるやすは真っ黒な表面を丁寧に箸でけずる。すると、これが玉子焼きとハンバーグのお弁当だと判明した。

 半分にわけて草乃かやのの皿にのせる。それから玉子焼きを食べてみた。


(俺が好きな甘い玉子焼きだ)


 「大丈夫、美味しいよ」と仁芸にぎに味を教える。

 草乃かやのはピンクの鼻や髭をヒクヒクと動かしてから、ぺろりと舌で舐める。そして少しずつもぐもぐと頬張り始めた。


機國きぐにさん、料理頑張っているんだなぁ)


 今度料理の話をするのもいいかもしれないと思う。輝夜てるやす敦美あつみのことが知れて嬉しかった。


「俺も料理をし始めた頃はよく焦がしたよ。お味噌汁も、母さんが作り置きしていたやつをぐつぐつするまで温め過ぎてまずくしちゃったりさ」

「あら。輝夜てるやすは料理が出来るのね」

「出来るっていっても、野菜炒めやカレーとか簡単なものだけだけど」

「充分よ。料理が出来るってポイント高いわ」


 褒められるとこそばゆい。

 仁芸にぎは、笑顔の響華きょうかと照れ笑いをする輝夜てるやすを交互に見て焦った表情になる。


「ふっ2人は、なっなな仲良いんですか!?」

「ほどほどかしらね」

「ほどほど……」


 どう受け取っていいのか頭を悩ませる仁芸にぎの様子には頓着せず、響華きょうかは表情を引き締めると声のトーンを落とした。


仁芸にぎ。この状況だとヒナと炎王えんおうは一緒に出られないのはわかるわね。この水路は外に繋がっているようだから、彼らは彼らで水路からどうにか出しなさい」


 仁芸にぎはごくりと唾を呑み込みながら、ぎこちなく頷いた。


「それと、外に出れば電脳が繋がるようになるわよね。まぁ、たとえ繋がらなくてもそのうち敦美あつみ電谷でんやが復旧させるわ。時間の問題よ。でもそうなれば、アンタの携帯のアプリが拾ったサーチ情報があのストーカー族長に流れるわ」

響華きょうかさんは壊すべきだって……」

「本来なら、ね。でも、あえて流しなさい。理由はそのアプリが大地族だいちぞくに内容を秘匿して作っているらしいことと、この地下の水路をサーチしたことで〝水城輝夜みずしろてるやす生存ED(エンド)〟が出たことよ。アンタが言うには、あのストーカー族長は未来の予知夢を見るのよね? この場所を教えることでリアルで誰かさんの死亡とやらが無くなる可能性があるなら余計にね。それに関しては嫌な予感がするものを徹底的に取り除いておきたいわ」

「あの、その死ぬ誰かさんって俺……?」


 アプリのゲーム内容を全く知らない輝夜てるやすが怖々と口を挟む。

 響華きょうかは首を横に振った。


「アンタ本人じゃなくてプレイヤーが死ぬらしいのよ。アンタと両思いになった途端にね」

「えっ」

「だから生存ED(エンド)ってやつはプレイヤー自身が生存状態でエンディングを迎えられるものだと思うわ。

 仁芸にぎ、外に出たら、私達は水族みずぞく本家にここでのことを口外しないように強く約束させられるはずよ。誓約書も書かされるかもね。だけど、『領王』の敦美あつみにだけはここの話を――特にアンタの地下道での話を洗いざらい話しておきなさい。アンタだけが知っている、上のトンネルの入り口を絶対にね」


 響華きょうかの力強い念押しに仁芸にぎは何度も頷いた。


炎乃えんの響華きょうかさん」


 突然、響華きょうかは名を呼ばれる。ヒソヒソと内緒話をしていた3人はビクリと肩を揺らした。

 響華きょうかが振り向くと、闇束やみづかに寄りそうように綺麗な姿勢で正座をしている由理ゆりが柔らかく微笑んでいた。


「こちらでわたくしとおしゃべりしていただけませんか?」

「私と?」

「ええ。同族同士お話しできるせっかくの機会ですもの」

「同族……」

「わたくし、水族と親交が深くて同族とは疎遠なのです。だからぜひ」


 おっとりとした声音だが、響華きょうかは堂々とした態度の由理ゆりに迫力を感じ、緊張を隠しながら近寄った。

 由理ゆり響華きょうかの姿を藤紫の瞳に映して優しく語りかける。


「わたくし、火住ひずみ由理ゆりと申します。炎乃えんのさんは闘技大会のお話が有名ですわね。試合でほどよく負け続け『九位』の座に甘んじていらっしゃると聞き及んでおります。上位までは勝っておりましょう? 『九位』をよしとした理由の基準はおありになるのですか」

「実力がその程度だったのよ」


 響華きょうかは眉間に皺を寄せてぶっきらぼうに告げる。

 由理ゆりは重ねて尋ねた。


「何故『領王』にならなかったのですか?」

「は? 何……」

「貴女は炎乃えんの姓を授かっていらっしゃるわ。〝炎乃えんの〟は、代々火族(ひぞく)族長になる者に与えられる名字です。ただし、族長になるにはその名字だけではなく『領王』の地位を得ることが最低条件でしたわね。

 古代は皇族御三家の太陽族たいようぞく族長、『皇帝』陛下に仕えるのが職務でもあった地位ですもの。他種族以上に実力を重んじていると存じます」


 隣の闇束やみづかが目を見開いた。心配そうな暗黒色の瞳が響華きょうかに向けられる。

 響華きょうかは苛立たしげに険のある声で答えた。


「いつの時代の火族族長の話なのかしらね」

「私が世間知らずなのは重々承知しておりますわ。貴女は、現在の火族族長の火辺ひべ権太ごんだをどう思っていらっしゃるの? 炎乃えんの姓を持たない臨時の族長に疎まれているという噂は本当ですか?」

「世間知らず、ねぇ」


 響華きょうかは「詳しいじゃない。どこがよ」と嫌悪もあらわに鼻白む。

 離れた位置で立つ水知みずちはハラハラしながら響華きょうか達の様子を窺っていた。


「私は単なる火族の鼻つまみ者よ」

「そうなったのは、炎乃えんのさんがあい領地『九位』になったからでしょう? それもわざとでの結果なのです。火辺ひべ族長は炎乃えんの姓も取り上げにくく、己よりも強い貴女の処遇と扱いを決めかねていらっしゃるようですわ。ですからお尋ねしているのです。何故『九位』にはなっても、『領王』とはならなかったのかを」

敦美あつみがいるのよ。そもそも私が藍領地で『領王』にはなれないと考えられないのかしら」

機械族きかいぞく風情に、炎乃えんの姓の者が劣るはずがございません。事実、機國きぐに『領王』との試合もわざと負けたではないですか」


 はっきりと敦美あつみの力を否定する言葉に、闇束やみづか水知みずちが顔色を変えた。響華きょうかが怒り出すのではないかと真っ青になって2人は慌てる。


「ふ……っ、アハハハ!」


 だが響華きょうかは腹を抱えて笑い出した。目に涙までにじませて大笑いする。


「本気で言っているのよね? ふふっ、確かに世間知らずだわ!」

「何がおかしいのでしょう」

「機械族に対する考え方が化石だわ。藍領地民の癖にずいぶんと古くさいわね」

「……正当な種族評価だと思うのですけれど」

「ソレ、私と敦美あつみの試合だけを見て言ってるんじゃないの? 敦美あつみの試合を全試合見ていたら出ない台詞だと思うのよね」


 「電脳ネットの動画でまだ見られたかしら?」と響華きょうか闇束やみづかに話を振る。闇束やみづかはわからないのか、眉を八の字にして曖昧に笑みを零すばかりだ。

 響華きょうかは明るく笑った。


敦美あつみにわざと負けた理由なんて決まっているじゃない! あんなやる前から勝敗が決まっている試合なんてまともにやっていられないわ」

「まさか炎乃えんのさんが負けると?」

敦美あつみの力の怖さはね、精神とスタミナと体調が関係ないことよ。一切本人のコンディションに関わらずどんな状況でも機械兵器で防御と攻撃をし続けられること。果てはステルス迷彩の戦闘機で爆撃、追尾ミサイルにガトリングで蜂の巣――」


 闇束やみづか水知みずちが「うっ!」と呻き声を上げる。当時の試合内容を思い出したのだろう。闇束やみづかに至っては、聞きたくないと怪我をしているのにその痛みも忘れたように頭を振って耳を押さえる有様だ。余程心的外傷(トラウマ)になるような試合内容だったようである。


「でもそうね。敦美あつみ以外は確かに手を抜いたわ。こんなはずじゃなかったってね。私、両親の期待に耐えられなかったのよ。火族族長にはなりたくなかったわ。普通の女の子として生きていきたかったの。

 でもそれなら、闘技大会に出場するなんて愚かだった。おかげで中途半端な今の立ち位置になって……昔の私は、可能性を余分に残そうと欲ばって誤ったのよね」


 響華きょうかの愚直な告白に由理ゆりは耳を傾ける。

 響華きょうかは苦く笑った。


「誰もが的確な道を選んで生きているわけじゃないわ。失敗の選択をしないで生きている人間なんていないでしょ。失敗していないと言う奴は、失敗に気付いていないだけのただの馬鹿よ。……だから私を、このまま馬鹿でいさせてくれない?」


 話の打ち切りを響華きょうかに促され、由理ゆりは少し考えを巡らせる間があった。彼女は響華きょうかに憐憫の眼差しを向ける。


「素直な方ですのね。見ず知らずのわたくしにそのような内面を吐露なさるなんて。……お若いですわ」

「褒められたと、受け取っておくわ」

「本当に、今のお話だけが『領王』を目指さなかった理由だと良いのですけれど」


 由理ゆりは含んだ物言いで哀れむような笑みを浮かべる。

 響華きょうかはもうそれ以上は話す気はないと顔を背けた。




(何の話をしているんだろう)


 響華きょうか達から離れている輝夜てるやすは、話し込んでいる様子が気になる。仁芸にぎ響華きょうかを心配しているのか不安そうにしていた。

 輝夜てるやす仁芸にぎの不安を取り除こうと努めて明るく話しかける。


仁芸にぎ君、連絡先を交換しよう! 俺、藍領地に1ヶ月前に引っ越してきたばかりで全然友達増えなくって。良かったら俺やあずま、やっくんと遊ぼうよ」

「え!? い、いいんですか……俺なんかと」


 そして仁芸にぎと連絡先を教え合った。喜ぶ仁芸にぎの姿に輝夜てるやすもほっこりした。


 そんな輝夜てるやす達を観察する眼がある。それは天井にへばり付く5ミリにも満たない小さな虫。

 誰も気付けない小さな存在は、生物ではなく機械仕掛けの虫である。監視カメラを眼とする虫は輝夜てるやす達の映像をあるじへと密かに流し続けていた。

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