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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
第1章 地底へのいざない
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第11話 宙地原世界の地下運河 その3

「あちらから、複数の人間生物のうち1人がこちらに近付いて来ている」


 炎王えんおうが指差した先は、輝夜てるやす響華きょうかが確認に向かおうとしていた方角だった。

 仁芸にぎが身体を硬くして後ずさる。ヒナが口に人差し指を当てた。

 タッ……タッタッ……と、遠方から近付いてくる足音が次第に導水路の壁に大きく反響して耳に届く。この場から逃げようと身を翻した仁芸にぎの首根っこを、響華きょうかが素早く捕らえて告げる。


「ヒナと炎王えんおうは隠れなさい」


 2人は傍の水底へと続く階段を静かに降りて水中へと姿を消した。

 遠方の人影が視認できる距離となる。その人影はあい領地の軍服を着ていて響華きょうかが肩の力を抜いた。


輝夜てるやす様!! ……え、炎乃えんの様!?」


 軍服の人物は、輝夜てるやす達の姿に喜色と驚きの表情を浮かべながら近づいてきた。輝夜てるやすは彼の顔に見覚えがある。護衛をしてくれていた下位領地ランカー3人のうちの1人だ。


「ああ! ご無事で……! 本当に心配しました! 俺達と一緒に落ちたはずなのにいなくなっていてどうしようかとっ。こちらに人の気配があるって闇束やみづか様がおっしゃっていたので確認しに来て正解でした。しかも炎乃えんの様まで! 炎乃えんの様が輝夜てるやす様を守ってくださったんですか!? 助かりました!!」

「別に何もしていないわよ。成り行きで一緒にいただけだわ」


 響華きょうかが素っ気なく答える。先ほどまで守られていた輝夜てるやすは、響華きょうかの否定に驚いた。

 「それでも助かりました」と下位領地ランカーが感謝を述べ、そして響華きょうかが捕まえている仁芸にぎに気付いた。


「そちらは?」

機國きぐに仁芸にぎ敦美あつみの弟よ」

「落下時にはいませんでしたよね……?」


 下位領地ランカーの不審そうな訝りに、仁芸にぎは顔色を青くする。


「私とコンビニでお茶して帰るところだったのよ。そこで巻き込まれて一緒に落ちたわ」

「そうでしたか!」


(あ。爆弾は秘密にするんだ。良いのか……?)


 輝夜てるやすは一抹の不安を持ったが、響華きょうかに従うことにした。

 それから3人は下位領地ランカーに先導されて歩き出す。輝夜てるやすは水の中に沈んだきりのヒナと炎王えんおうが気になったが、響華きょうか仁芸にぎが口にしないので輝夜てるやすも黙っておいた。




 景色の変わらない導水路をしばらく進むと、4人の人間がいた。下位領地ランカー2人と闇束やみづかかすみ、そして火住ひずみ由理ゆりだ。

 4人は輝夜てるやす達の無事な姿を見て安堵の表情を浮かべる。特に合流した下位領地ランカー3人は肩を組んで喜び合った。

 輝夜てるやすも、由理ゆり達に会えて安心し自然と頬が緩む。響華きょうかは白い石の壁にもたれかかる闇束やみづかの側に寄った。


「さすがね、かすみ。全員守ったようじゃない」

「はあ……お世辞はいいよ。俺は自分の守りを忘れてこのザマなんだから」


 闇束かみづかは頭を負傷していた。由理ゆりの持ち物と思われる和布を右手で頭にあてて押さえている。和布から血がにじみ出ていた。

 闇束やみづかの容態に身体を震わせた仁芸にぎを視界の隅に捉えながら、響華きょうか闇束やみづかから話を聞く。


「その傷は爆発での負傷?」

「いや……これはたぶん落下のどさくさに大地族だいちぞくが。鈍器並の固い土の塊が飛んできたんだ」

「明らかに爆発した時の道路の瓦礫や破片じゃなかったのね?」

「落下中に左右真横から弾丸スピードでぶつかってきた土の塊だった。世界の法則が変わって重力がでたらめになっていたって言うなら、爆発のせいかも」

「そんな軽口が出るなら案外平気そうね」


 響華きょうかが笑い、闇束やみづかも苦笑を返す。しかし怪我が痛むのか笑みはぎこちなかった。

 由理ゆり闇束やみづかの顔に浮かぶ汗を水で濡らした布で拭き取る。

 響華きょうかが彼女に視線を向けると、由理ゆり響華きょうかへと目礼した。


「……一般領民? 通行人かしら」

「あ、はっ、はい!」


 下位領地ランカーの1人が慌てて肯定したが、他の2人も目を見交わし口を開きかけてはやめるといった、妙にはっきりとしない態度で、響華きょうかは片眉を上げる。

 由理ゆりについては輝夜てるやすが横から補足した。


「俺の書道の先生なんだ。ちょうど帰るところだった。……先生、俺のせいですみません」

「いいえ、輝夜てるやす様のせいではありませんわ」

「へぇ。〝輝夜てるやす様〟ね」


 響華きょうかは下位領地ランカー3人をジロリと見やる。


「通行人じゃなくて、水族みずぞく本家の関係者ってわけ。そういえばアンタ達は全員水族だったわね」


 水雲みずも水尾みずお水知みずちの3人は言葉に詰まり俯いた。

 響華きょうかは「面倒くさいわね」と呟き、全員に状態を訊ねる。


「それぞれ力の具合はどう? 能力はどの程度使える状態かしら」

「闇が浅くてごめん……」

かすみ、こんな時ぐらいそのネタみたいな口癖止めてくれない? かすみの能力の低下は怪我のせいだろうから気に病まなくていいわ」

「俺達3人も今は力が使えなくなっています……申し訳ありません。この非常時でも自分達はちゃんと冷静なんです! ……なんですが、無自覚にパニック状態になっているらしくて力が使えず……。炎乃えんの様はどうですか?」

「私は平気よ。けど、こういう場所で使うと二次災害になりそうだから自重しているわ。正直なところ、自分の力がこんなに災害で使い勝手が悪いとは思わなかったわね」

「やっぱり……動けるのは俺だけになる」

「でもかすみは無理しないの。実はだいぶ朦朧としているでしょ?」

「うん……」

「こういう状況で安心して使えるのが負傷しているかすみの能力だけなのって行動に悩むわね。……さっさとここから出ないと」


 響華きょうかは天井を仰ぎ見て睨んだ。大地族の少女を警戒しているのだと思う。


(下位領地ランカーの人達は、非常時だと動揺して力が使えなくなるんだな)


 話を聞いていると、上位領地ランカーの響華きょうか闇束やみづかは、緊急時に平時と同程度に力は使える様子。闇束やみづかの方は怪我で力が減少しているようだが、それでも使えるのは常人より精神が強いからだろう。

 これまで、上位と下位領地ランカーの違いは生まれ持った力の大きさだと思っていたが、どうやら精神的な強さの違いも関係しているようである。

 ひょっとしたら下位領地ランカーと一般領民との差も、能力で人に攻撃出来るか出来ないかぐらいの違いしかないのかもしれない。


「落下直後のことを話してちょうだい」

「はい。俺達はその、とっさの衝撃に力が出せずに落ちるだけで……闇束やみづか様が即座に闇の球体で俺達を包み、地に足がつくまで衝撃から守ってくれたんです。その最中に闇束やみづか様が何者かに攻撃されて、その隙に爆発で開いた穴も塞がれたみたいで……それからここで身動きが出来ずにいて」

「この上にもう1階層真っ暗なトンネルがあったんだけど、アンタ達は一直線にこの下層まで落ちてきたのね」

「上の皇族通路には――」

「シッ!」


 水雲みずも水知みずちが横から腹を殴りつけて黙らせる。水尾みずおが首を振って目を伏せた。

 響華きょうかは真紅の瞳を冷たく光らせて彼らをにらむ。3人は凍り付いた。


「――知っているわけね。この地下がどこで、何の場所なのか」


 響華きょうかは苛立たしげにヒールのかかとを打ち鳴らし、注意深く言葉を選んで彼らに問う。


「水族本家にうかがいを立てないと他種族には話せない秘密の場所なのね? どの程度まで話せるの。私達が出られる出入り口がどこかも明かせないわけ?」

「え、っと」

「知ってはいるようね。かすみが怪我をしているのに、それでも外に出なかったのは見せられないからかしら」


 闇束やみづかが眉を八の字にして物悲しげな表情をした。

 水知みずちが急いで訂正する。


「そ、そうじゃありません! 輝夜てるやす様の安否が判明するまで動くわけにいかないでしょう!? 俺達は輝夜てるやす様の護衛なんですよ!」

「もう見つかったわ。それで外への出口に案内してくれるのかしら」


 水知みずち水尾みずおが息を呑む。水雲みずも響華きょうかの迫力に思わず声を出しかけて水知みずちに足を踏まれしゃがみこんだ。

 3人は応えない。

 響華きょうかは重い溜息を吐き、彼らに提案した。


「時間をあげるわ。外へ出て水族本家に通行許可を取ってきて」

「え」

「これも外に繋がっているんでしょ?」


 響華きょうかが視線を水路に向ける。


「この水路、水の中での呼吸が関係ない水族だけが通れる通路に見えるわ。藍領地だもの。地下に水族専用の秘密通路があったって驚きはしないわよ」

炎乃えんの様……」


 水雲みずも達は目配せし合った後、ぼそぼそと何事かの相談を始めた。

 最終的に水雲みずも水尾みずおの2人が、響華きょうかに了解を得て水の中へと姿を消した。


「ちょ、ちょっと待って! こ、この人も一緒に連れて行かないとじゃない!?」


 突然、仁芸にぎが慌てた様子で輝夜てるやすを指差す。

 輝夜てるやすは目を瞬き、響華きょうかはうろんげに仁芸にぎを見た。


「なんでよ」

「だってこの人が無事かどうかの心配を1番していたし……水族なんだから先に外へ出られるなら出た方がいいんじゃ……」

「あ」


 仁芸にぎの指摘に、輝夜てるやすが思わず声を上げる。響華きょうか闇束やみづか由理ゆり水知みずちが鉛を呑み込んだかのように口を閉ざした。

 仁芸にぎは周りの不可解な反応におどおどする。

 まず重い口を開いたのは響華きょうかだ。水知みずちに尋ねる。


「水路の水は、水族の力で出した水?」

「い、いえ。地底湖の一部で……」

「ああ……そう。そうでしょうね」


 響華きょうかは、ちらりと輝夜てるやすに視線を向けた。真紅の瞳は「無理よね」という言葉を含んでいたので頷き返す。


(あー……、水族の能力で出した水じゃないなら、月族つきぞくの俺はこの水の中で息は出来ない)


 しかし仁芸にぎは、輝夜てるやすが月族とは知らない。〝水城みずしろ〟という名字で水族だと思っているのだ。だからこその提案である。どう仁芸にぎに説明したものかと、気まずい沈黙が流れるなか、場の空気を変える一言が出た。


「わたくしが再三輝夜(てるやす)様がともにいらっしゃらないと不安な旨を訴えていたので、ご配慮してくださっているのでしょう? 輝夜てるやす様、わたくしのわがままにお付き合いくださりありがとうございます。外に出るまで、ともに居ていただけると心強いですわ」


 由理ゆりが上品に輝夜てるやすへと頭を下げる。「気にしないでください!」と輝夜てるやす由理ゆりのフォローに乗った。

 仁芸にぎは戸惑いながらも、輝夜てるやすが残る理由に納得したようだった。

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