第10話 宙地原世界の地下運河 その2
突然水底から上がってきた、青年と幼い少女そして仁芸という少年の3人組。「ぶっとばされたいようね」と怒鳴りつけられた仁芸は、どうやら敦美と親しい間柄の人間らしい。
彼は目を泳がせ、どうにか誤魔化せないかと考えを巡らせている様子だ。その思惑が全て顔とそわそわとした態度に出ている。
響華は腰に手をやって仁王立ちで少年を睥睨していた。
その凄みのある迫力に輝夜は腰が引けた。草乃もおびえて輝夜の肩へと飛び乗ってくる。
心持ちこの場の気温が彼女の力で上昇した気もする。輝夜に敦美のことを苦言した時もかなり怒っていると思ったが、あれは彼女なりに感情を抑えて控えめに話してくれていたのだと気付かされる。
響華ににらまれて縮こまる少年の姿は、まさにヘビににらまれたカエルである。他人事ながらはらはらした。
「久しぶりね、仁芸。アンタを追い回していたストーカー族長の一件以来だから、1年ぶりくらいになるかしら」
(ストーカー族長?)
一体誰のことを言っているのだろうか、輝夜は首を傾げる。それに一族を率いる族長が、少年のストーカーだなんて話は、事実ならその種族の沽券に関わる醜聞の事案である。
不意に、輝夜の脳裏に電脳族族長の電拳剣の顔がよぎった。
だがそんな連想で剣を思い浮かべるなんて失礼にもほどがある。そう輝夜が胸中で反省した瞬間、
「……電拳さんの件は……色々と――……」
仁芸が濁しながら呟いた言葉に、輝夜は「うっ」という呻き声をかろうじて喉の奥に呑み込む。
(剣さん……なのか。何しているんだ、あの人!)
仁芸は拳に力を入れ、俯いていた顔を勢いよく上げた。目の前の響華に携帯端末をかざす。響華は無遠慮に突き出された携帯端末を遠慮なく奪い取った。
仁芸がさっと顔色を変える。
唐突な一連の流れに輝夜は目を瞬くばかりだ。
「挨拶もしないとはいい度胸じゃないの。私にもぶっとばされたいのかしらね」
「……っ」
『機國。ほらまずは挨拶だって。どーもお嬢さん、初めまして。俺は炎王と申す者でね』
(機國!? じゃあ、機國さんの身内なのか!?)
震える仁芸に対して、明るい笑顔で挨拶を促す青年――炎王の言葉に、輝夜は即座に反応した。「敦美の弟なのよ」と響華が補足して教えてくれる。輝夜は改めて〝機國仁芸〟を見た。
彼は大人しく気弱そうな雰囲気で、鉛色の前髪に少し隠れている煤色の瞳は不安に揺れていた。確かに、儚げな面差しが敦美に似ている。年齢は中学生くらいだろうか。
響華は炎王を訝しんだ。
「ちょっと待って。アンタ、〝火嶋良平〟じゃないの……?」
『へぇ。お嬢さん、俺の原型をご存知で?』
『炎王殿。彼女は炎乃響華様です。無礼があってはなりません』
幼い少女が見た目に反して凛とした声音で炎王を正す。『おっと、これは失礼をば炎乃様』と炎王は言い直し、慇懃に響華に頭を下げた。『響華様と呼ばれると良いですよ』と少女が重ねて付け加える。
輝夜は、眉間に皺を寄せて2人を凝視する響華に尋ねた。
「響華さん、この〝えんおう〟って人も知り合い?」
「初対面だわ。だけどこの男のモデルは知ってる。俳優の〝火嶋良平〟が演じている火族族長・炎乃竜久。通称、炎王よ。ドラマ内で炎王としか呼ばれない男なの」
「え。モデル? ドラマ……?」
「炎王は、9千年以上前の大昔に実在した火族族長よ。皇族お抱えの戦争屋で、当時のどの種族の戦争にも関わって武力制圧しているの。宙地原世界の大地に線引きをして、春夏秋冬の名前もつけたわ。領地ってものを最初に作り上げた人物。宙地原族と最も親しかった火族族長としても有名かしら」
「へぇ?」
「歴史は苦手なのね」
「ハハハ……」
「火嶋良平は、歴史ドラマや映画でいつも炎王を演じていた俳優なのよね。5年前に病死したんだけど。こいつ、彼を模して仁芸が造ったロボットよ」
「俳優のロボット!?」
輝夜は目の前に立つ赤い髪と瞳の炎王に驚いた。言われてみると、ビシッと紺色のスーツを着こなす彼は、男前で精悍な顔立ちだ。
響華は疲れた溜息を吐き、未だに床に座り込む仁芸を一瞥する。
「どういうつもりで、火嶋良平が演じる炎王なんてロボットを作ったわけ? 場合によっては怒るなんてもんじゃすまさないわよ。故人をオモチャにしているようで気分が悪いわ」
『響華様は俺が生まれてきてはならなかったと言うつもりか?』
当の炎王本人から真剣に問われると、響華は歯噛みして黙った。
輝夜は響華へ鋭く切り返してきた炎王の姿に唖然とする。
(嘘!? 感情表現が凄く人間っぽい!?)
「――……一番好きなドラマの偉人だったから、どうしても友達に……欲しくて……。生身の人間は、まだ信用するのがやっぱり恐くて……話せなくて」
地面に視線をむけたまま、仁芸が重い口を開いてぽそりぽそりと話し出した。その声はところどころ擦れていて、響華は釣り上げていた目を徐々に下げていく。
「俺……ずっと、友達いないから……」
「人間不信ね。あのストーカーの傷跡は深いわ……。全く、アンタも不器用なんだから」
「ちょ、ちょっと待って! 話についていけないの俺だけ!?」
輝夜は慌てて口をはさんだ。
「友達って物理的に作るものなの!? それ機械族の常識だったりする?!」
「さぁ? でも敦美も作っていたから、そうかもしれないわね」
「機國さんも友達を!?」
「敦美は戦闘用巨大ロボットね」
「そ、それは……人間そっくり? 喋りますか……?」
「効果音はついていた気がするけど、ロボットって一目で分かる見た目だし、人語は喋らないと思うわよ」
「そ、そう……」
思わず力んで問い糾してしまった輝夜は、我に返って恥ずかしくなる。
だが敦美の傍に人間そっくりの男性ロボットがいたら嫌だと思ったのだ。ロボットだとわかっていても腹が立つ。
嫉妬心だけは一人前の自分自身がとても矮小な男だとも思った。
「ちなみに、この女の子もロボットよ。電拳族長はこの子が欲しくて仁芸のストーカーをやっていたわ」
『ヒナと申します』
幼い少女が礼儀正しく頭を下げた。
清楚な白いブラウスに、ブラウニーのキュロット。ずぶ濡れだった服や薄水色のポニーテールの髪はそれなりに乾き始めている。大きな白磁の瞳は凜々しく輝き、草乃と同じ7、8歳ぐらいの年齢の見た目だがどこか大人びていた。こんな小さな女の子が剣の好みなのかと、輝夜は微妙な気持ちになる。
草乃がピンクの鼻を動かして身を乗り出し、ヒナに近づいて匂いをかいでいる。
(あれ? 俺、どっかでこの子を見たことがある……?)
とても懐かしい面影を見ている気がした。
「この子のモデルは子役?」
「仁芸の初恋の相手よ」
響華が意地悪く笑う。仁芸がその言葉にギシッと石のように固まった。
輝夜は仁芸の反応に色々と察してしまう。
(う、うわぁ。これ既に黒歴史になっちゃっているたぐいのロボットだろ)
「あ……そ、その……っ! 子供の頃の話で……い、今は全然!」
仁芸はしどろもどろと言いつくろう。明らかに響華に向かって懸命に弁解していた。
ところが響華は仁芸の言い分を歯牙にもかけない。
「子供の頃に公園で見かけていた美人のお姉さんらしいわよ」
「お姉さん?」
小さなヒナを見て、輝夜はぽかんとする。〝お姉さん〟という見た目ではない。
響華は肩をすくめた。
「当時の仁芸が、接しやすいように自分と同い年にして造ったのよ」
「うわ……。それは年が経つと年齢が開いて――」
「ね。最初に造ったロボットだから手も加えたくないそうだし、かといって人には譲りたくないって。仁芸、彼女出来ないわよ」
響華の冷たい視線に、仁芸がショックを受けている。
輝夜は公園という単語に引っかかった。
「……造ったのって何年前?」
「公園で見かけなくなったのは闘技大会の年ね。仁芸の泣きそうな顔も覚えているわ。ヒナを造り始めたのはそれからしばらく経って――完成したのは今から7年前ぐらいかしらね?」
「もう……忘れてほしい……」
「じゃあ、公園にそのお姉さんが来なくなったのは9年前――」
輝夜はその耳慣れた〝9年前〟という年数にはっとする。ヒナの薄水色の髪に白磁の瞳――同じ色を持つ男性を1ヶ月前に見たばかりだ。
輝夜は、幼い頃に藍領地の公園で何度か会っている女性のことを思い出した。
いつも御天日凰十『皇帝』の背後にいた女性――……
(――氷藤信子さんだ。この子のモデルは……)
1ヶ月前、藍領地で爆破事件を起こした葛領地工作員ランカーの氷藤信次の姉が、氷藤信子である。
そして翡翠革命で亡くなった女性だとも思い至り、輝夜は口を閉じた。
ヒナが仁芸をかばって前に出る。
『響華様。仁芸様に携帯を返してくださいませんか? それは仁芸様の持ち物です』
「ヒナ。無言で携帯端末を人に向けるなんてマナー違反だとは思わないのかしら?」
響華の指摘に、ヒナはちらりと横目で仁芸を見てから目を伏せる。
『申し訳ありません。きっと『藍らふらいふ』のせいでしょう。仁芸様もついサーチをしたい欲求が先行して魔が差されたのです。全ては製作者の電拳殿のせいなのです』
「は?」
「エェ……」
何故か全部剣のせいにする論調でヒナは喋る。力業である。
『仁芸様は、とある解析に挑戦しておりますので、響華様をサーチすればゲーム内に登場するか確認もしてみたかったのではないかと思われます』
「はあ? 悪いけど、あのアプリに私は登場しないわよ。っていうかアンタ、あの男のアプリなんて触っているわけ?」
響華は呆れながら、取り上げた携帯端末をヒナに渡す。ヒナは『戻りましたよ、仁芸様。元気を出してください』と満面の笑みで気落ちしている仁芸に渡した。
「アンタ達がここにいる経緯を話してくれない?」
『はい。仁芸様は、敦美様の許可を得て自宅の地下を掘り、倉庫を作っておりました。すると、地図に存在しない空洞を見つけたのです。光源はありませんでしたが、人工的なトンネルでした。自然に出来た空洞ではありません。どこまで続いているのかを調べるため、今朝から仁芸様とヒナ達は自宅地下から探索に出ました。音の反響を拾ったヒナ達は、現在の地下2階の存在に気付きました。そこでこちらに入れてあった小型爆弾を使い、下に道を切り拓くことにしたのです』
ヒナは仁芸の側にあるジュラルミンケースを指し示す。響華がピクリと片眉を上げた。
「爆弾……?」
仁芸の目が泳ぐ。ヒナは仁芸のすぐれない顔色を振り返って、響華に告げる。
『不運が重なり、タイミングが悪かったのです』
「へぇ。ちょうどいいタイミングでコンビニの下だったと?」
『量も少々間違っておりました』
「つまり、私達がここにいる元凶は仁芸ってわけね」
『いえ、爆弾で開いた地上への穴と、地下一階と二階を行き来できる穴を塞いだ第三者がおります。爆弾はもうありませんし、ヒナ達も閉じ込められている状態で出口を求めてさまよっていたのです。水中からどこかに繋がる通路を見つけられないかと潜りましたが、水底は深く、仁芸様の息も移動中あまり続きません』
『俺達だけなら問題ないんだがなぁ』
『響華様はどうやって地上からここに下りてきたのですか? 出入り口はどちらでしょうか? 光源のないトンネルを地下1階と称するのであれば、現在地は地下2階です』
響華と輝夜は互いに顔を見合わせる。
「私達はさっきまで暗闇のトンネルにいたけど、いつの間にかここに来ていたわ。出口は探しているところ。それにしても穴を塞いだ第三者、ね。……大地族の女のことかしら」
『大地族の女性もいたのですか?』
ヒナが炎王を仰ぐ。炎王は首を傾げた。
『スキャンした時は男性の人間生物だと思ったが誤作動か。女性だったなら帰って早々にメンテの必要があるな』
『炎王殿はぽんこつですね』
『ふふー』
何故か炎王はヒナの隣で得意げに笑った。彼と笑みをこぼし合ってからヒナは言う。
『響華様。そもそも仁芸様がここにいらっしゃるのも、全て電拳殿のせいなのです』
「ストーキング被害者だからって、加害者の罪状を盛るのはいかがなものかと思うわよ」
『いいえ、本当にそうなのです。仁芸様は『藍らふらいふ』のために探索をしています』
炎王も神妙に頷く。
響華が眉根を寄せた時、仁芸が携帯端末の画面に驚きの声を上げた。
「『地下運河を発見』してる!! 『ミズキカグヤED』? やっぱり電拳さん、悪夢のキーワードを仕込んでた……!!」
突然、仁芸の口から輝夜の旧名が飛び出しぎょっとする。
響華も驚いて仁芸の携帯端末を覗いた。
彼が見ていたのは『藍らふらいふ』のゲーム画面だ。ゲーム内で『終焉回避キーワード、地下運河を発見』『水城輝夜EDでの生存ルート解放』と表示されていた。
「アンタの携帯端末は電脳に繋がっているの?」
「う、ううん、今は使えない……。でも、このゲームアプリはオフ状態でも使えることがあるんだ。暗闇トンネルでサーチした時は反応なかったのに……今は、反応があった」
仁芸はぐるりと白く明るい石の天井を見渡しながら感嘆の溜息をつく。
「……幻の地下通路……。俺達、古代の遺跡の中にいるんだ」
「ここ、遺跡なの?」
「古代史では、炎王率いる大地族の私兵が、船を使わずにどうやって海を渡って島々を制圧したかがずっと謎で歴史ミステリーの1つなんだ。通説は大地族の能力で海に道を作ったっていうものだけど、俗説で皇族御三家関係者のみが知る秘密の地下通路があったっていうのがあって。暗闇トンネルがその地下通路かと思ってたけど、電拳さんはこっちが秘密通路って認識なのか……! でもこんな水路だと水族以外移動出来ないし、変だな。使わなくなってから水没させた? 一体どういうことなんだろう――」
仁芸は頬を紅潮させて饒舌に話す。かなり興奮しているようだ。皇族の歴史が好きな電脳族の友人を思い出させる姿である。
「仁芸、その人物名は〝みずしろてるやす〟って読むのよ」
「ミズシロテルヤス?」
「はい。お、俺ですが……」
輝夜は気まずい思いをしながら、恐る恐る手を挙げた。
仁芸はその挙手に目を白黒させつつ、携帯端末を輝夜にかざす。すると、ゲーム内で『水城輝夜』が攻略キャラとして追加され、不可解な感情を隠さずに眉根を寄せた。
「このプロローグテキストは恋愛ルートの……? この人も男装女子……?」
「違うわよ。敦美の前でそれ言ったらぶっ飛ばされるなんてもんじゃすまないと思うわ」
「そ……そうなんだ。闇束様とは違うんだ……。そっか」
仁芸は自分に言い聞かせるように呟く。「闇束」という単語を拾った輝夜は目を丸くした。
「今日、俺の護衛をしてくれてた『十位』の闇束って女の子だったのか!?」
「ええ。霞は9年前の闘技大会で男として出場した子なの。当時は子供の出場者に――特に女の私や敦美に風当たりが強かったから、霞はその煽りが恐くて性別を隠して出たの。だから今でも男装しているわ」
「その辺の一連の話、全部『藍らふらいふ』のシナリオで……。闇束さんは貧困の母子家庭だったから、どうしても上位領地ランカーになってお金がもらえるようになりたくて性別詐称して出場したけど後で問題になって、『十位』の順位を取り消さないために戸籍も男に書き換えたって。結婚出来ないからって、最後振られるのが両思いEDでかなりびっくりした……」
「何よそれ……。そんなことまでゲーム内に書かれているわけ!?」
響華は不快げに顔をしかめる。
(……俺と同じ童顔ってわけじゃなくて、本当に女の子だったのか)
闇束に対して、密かに親近感と仲間意識を覚えていた輝夜はガクリと肩を落とした。
(そういえば、闇束さんや他の護衛の人達、それに由理先生……皆、無事かな……)
顔色を曇らせた輝夜の胸中を察して、響華が輝夜の肩を優しく叩く。
「大丈夫、無事よ。霞がいるんだもの。あの子は本来『十位』なんて低い順位の実力じゃないんだから」
「ミャア」
草乃も輝夜を励ますように鳴いた。2人に慰められて輝夜は頷く。そんな輝夜を仁芸は不思議そうに見つめた。
「あの……あなたは何者なんですか? 電拳さんの悪夢に関係しているなんて」
「そういえばさっきから悪夢がどうとか、何の話?」
響華は仁芸に聞き返しながら、そっと輝夜を背後に隠す。
「俺、電拳さんと普通に話せていた頃に聞かされたんだ。世界が終焉を迎える悪夢をよく見るって話……。電拳さんの悪夢は現実に起こる。誰かが阻止しなきゃ……。回避するためのヒントも、電拳さんは悪夢の中で見ているんだ。阻止は出来るはずなんだよ」
「あの男の妄言をまともに聞いているなんて呆れるわね」
「でも……本当に現実で起こるんだ。電拳さん自身は、そのヒントがいつも現実で見つけられずに終わる……。だから、きっとこのゲームアプリにも駄目もとで仕込んでたんだ。もしかしたら、他の人が見つけられるんじゃないかって」
「毒されてるんじゃないわよ」
「放置したら、世界が終わるかもしれない」
「馬鹿馬鹿しい。その言い分だと、あのストーカーは何度も失敗しているのよね? でも別に世界は終ってないわよ。いちいち大袈裟なんだから」
鼻白む響華と、必死な仁芸。常識的に考えて、仁芸の話は胡散臭い与太話に違いないのだろう。だが輝夜は、響華のように一蹴出来なかった。
(それ……覚醒させた、たぶん電脳族の種族能力だ……)
輝夜はごくりと唾を飲み込む。やはり電脳族族長である剣にも、特殊な次元能力があるのだ。世界に影響を及ぼす力が。
そして剣の力は、未来に起こりえる危機を察知する予知夢なのか。
〝世界〟は観測者によって、世界の定義を変える。実際に誰かの世界は終焉を迎えたのではないだろうか。
――観測されていた世界が終わった――つまり見ていた誰か、人が死んでいる……?
そこまで考えて、輝夜の身体にぞくりと悪寒が走った。
「世界の終焉って格好つけて言いたいだけでしょ。この間も敦美にそんなことを言っていたけど、あの男は誇大妄想が激し過ぎるのよ」
「この間って!?」
「えっ」
輝夜が響華に焦燥をにじませて問う。
輝夜の必死な形相に、響華は面食らった。まじめに答えるために、既に曖昧になりつつある記憶の断片をたぐり寄せようと腕を組む。
「そうね……確か、獣櫛御大の話の時だわ。彼しか御大になれる人物はいないから、いつか電須佐由と別れる。その時が世界の終焉って言い方をしていたかしらね。電須佐由が暴れることの例えだろうけど、聞いた時も大袈裟さに表現しているとは思ったのよね」
(それは事実だ。佐由さんの多次元を操る能力は、本当にこの世界を壊せるんだから)
「――でも、その終焉はもう実現しない」
輝夜が静かに断言する。響華と仁芸は目を瞠った。
ここにはいない剣に語りかけるように輝夜は続けてはっきりと告げる。
「俺が潰したよ」
佐由の多次元の力は、輝夜が月族の力で封じたのだ。その終焉の未来は訪れない。
そして輝夜は同じように2つの世界の滅びの話を聞かされたことを思い出した。
――『創世から続く皇族御三家の確執に終止符が打てるか、それとも滅ぶか』
――『お前だと、もれなく水城篁朝が世界を水没させて滅ぼすおまけがつくしな』
どちらも佐由に告げられた言葉だ。
皇族御三家の確執に終止符が打てずに滅ぶ方の〝滅び〟とは、輝夜自身の世界の滅びだろう。被害は輝夜の生命のみ。
だが、篁朝に関しては違う。兄の力はそれほどのものなのだ。そしてそれは現状の病んだ篁朝が、輝夜の死によって起こす世界の滅亡なのではないだろうか。
(俺のわがままで兄貴を治すのを渋ってちゃ駄目だ)
輝夜はきつく目を閉じると拳を握り込んだ。
朧や輝夜が考えている以上に、篁朝の治療はこの世界自体の存続に関わる重大な事柄なのだ――……




