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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
第1章 地底へのいざない
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第8話 崩落直後


                ◇◇◇




『…じょう……主上しゅじょう


 輝夜てるやすは呼び声に答えるように目を覚ました。

 深い闇の中。石の台座に仰向けに横たわっていた。その傍で輝夜てるやすに似た青年『かぐや』が跪いている。


「『かぐや』……?」


 ここは、輝夜てるやすの深層心理の奥深くに根付く精神世界だ。月族つきぞくの力に人格を与えた存在『かぐや』との邂逅が、視覚的に実現する場所である。

 この世界の風景は常に夜空だ。果てしなく広がる湖の中心に、円形の石の祭壇が浮かんでいて、大きな月が半分湖に沈み、ほのかな光を放っている。


 だが、そのいつもの風景が変貌していた。


 今まで半分湖に沈んでいた月が、湖から離れて闇の空に姿を現し、浮かんでいた。

 そして湖が異様に明るい。まるで湖の底からライトを当てているように眩しく光り、湖面が輝き揺れていた。


『直ぐに、主上自身がお目覚めください。この光は、私の月でどうにかできるものではありません。主上の代わりに表へ移ることが叶わず、主上を護れぬ私をどうかお許しください』

「光……?」


 輝夜てるやすは、眩しく光る湖を覗き込む。


 湖の底には燦然さんぜんと輝く、巨大な月が沈んでいた――……





               ◇◇◇





 輝夜てるやすはゆっくりと瞼を持ち上げる。だが、目の前は真っ暗だった。

 身体が仰向けになっていて、こくりと唾を飲み込む。じわりと胸中に不安が広がった。


(……何が、起こってるんだ……)


 ジャリ……ッ


 間近で足音が聞こえ、輝夜てるやすは身をすくめる。


「起きたのね、皇子様」


 頭上付近から安堵の溜息を吐く気配があった。女性の声だ。


「光源がなくて悪いわね。何かのガスが充満しているかもしれないし、空気を減らしていいかもわからないから力で火を出すのが怖いのよ」


 「光源……あ!」と彼女は呟き直すと、服が擦れる音がした。たぶんポケットを漁っているのだと輝夜てるやすは想像する。

 直ぐに小さな四角い灯りが闇の中に浮かんだ。彼女は携帯端末の明るい画面を自身の顔にかざしながら、勝ち気そうな真紅の釣り目を少し下げて、輝夜てるやすを安心させるように笑みを作った。


あい領地『九位』の炎乃えんの響華きょうかよ。初めまして――は、おかしいわね。クラスメイトだし」


機國きぐにさんと仲が良い人だ)


「えっと、百貨店の時に」

「百貨店? そうだったかしら。忘れたわね……。私はアンタのことを大体知っているわ。正確には水城みずしろ輝夜てるやすの家の事情を。一方的で悪いわね」


 響華きょうかが横たわる輝夜てるやすに手を差し出す。

 状況が呑み込めない輝夜てるやすは、差し出された女性の手に狼狽した。

 固まる輝夜てるやすに、響華きょうかは一瞬きょとんとするとクッと苦笑して「失礼」と言い、輝夜てるやすの腕を掴んで引き上げた。


「うわっ!? ありがとう……」

「いーえ」 


 輝夜てるやすは立ち上がり、足下の不安定さに気付く。地面がでこぼこしている。瓦礫の上だ。携帯端末の光源でうっすらと照らされた周りの惨状に唖然とした。


「一体、何が」

「コンビニの前の道路が崩落して、私達落ちたのよ。直前に爆弾が起爆した感じがあったわね。攻撃されたってことになるのかしら。けど、道路の下に閉じ込める意味がわからないのよね」

「閉じ込める……」


 輝夜てるやすはそう呟いて、暗い闇しかない頭上を仰ぎ見る。


「俺達、穴に落ちたんじゃ……。穴がない……?」

「ええ、開いたはずの穴は塞がれているわ。大地族だいちぞくの仕業かしらね。面倒だわ。私達以外の人間も見当たらないし。そもそもここは何なのよ。電気ケーブルや水道管のトンネルでもなさそうだし、下水道でもないみたいじゃない」


(まさか、電牙でんかび葦茂あししげ……なのか?)


 輝夜てるやすは得体の知れない恐怖を感じ、ぶるりと身体を震わせた。

 その様子に響華きょうかが反応する。


「どうしたの。どこか怪我してる?」

「う、ううん、平気……。たぶん、かすり傷だけだと思う。……炎乃えんのさんは?」

「大体一緒よ。アンタの反応的に私の顔に傷は入ってなさそうだから問題ないわ」


 響華きょうかはあっさり流すと、携帯端末をいじりだした。

 華やかな容姿の響華きょうかに、第一印象で人当たりがキツい性格の人間ではないかと、密かに苦手意識を覚えていたことを輝夜てるやすは反省する。さばさばとして、とても話しやすい女の子だ。


「携帯も繋がらないわね……。ねぇ、皇子様は携帯を持っているかしら?」

「ちょっとコンビニ行くだけって感じで家を出たから、家に置いてきてる」

「そう」


 輝夜てるやす響華きょうかに返答した後にパーカーのポケットに手を突っ込むと、携帯電話が入っていた。どうして持っていないなどと断言してしまったのか。実は結構パニック気味なのかもしれない。


「……ごめん。あった」 

「は? アンタ、余裕あるわね」


 返答は皮肉染みた言葉だったが、聞こえてくる苦笑気味の響華きょうかの声音は優しかった。柔らかな雰囲気の響華きょうかの態度に、輝夜てるやすの緊張もほぐれてくる。

 それに、携帯電話があることにほっとした。少なくとも、自由に使える光源を持つ安心感は大きい。早速携帯電話を触ってみる。


(え……何だこれ。電脳ネットと、電話とメール機能も一切使えない)


 アプリなどをいくら押しても動かない。これではどこにも連絡できない。


「俺の携帯も使えない」

「ふぅん。皇子様のもそうならよっぽどね。これ人為的なものかもしれないわ」

「……あのう」

「何?」

「そのオウジサマって呼び方はちょっと」

「……〝輝夜てるやす〟って、名前で呼んでいいのかしらね。敦美あつみも呼んでないのに」


(いきなり名前呼び捨てで!?)


 馴れ馴れしい呼び方の提案に、輝夜てるやすはぎょっとする。しかし、提案した響華きょうかの方が困惑しているようでもだった。


「目上の人間や特別な理由がある人間以外は、名前で呼びたいのよね。名字って、種族名を連呼しているようで好きになれなくって」

「それじゃあ、輝夜てるやすでいいよ。こっちも響華きょうかさん……?」

「別に無理に合わせなくても、アンタがわりがいい方で遠慮なく呼んでかまわないわ。ねぇ、ところであの袋は輝夜てるやすの私物よね?」


 響華きょうかが携帯端末の光をかざす。照らした先の地面には、白いビニールの袋が落ちていた。梨の入った袋だ。

 輝夜てるやすが近付いて袋の中を覗くと、梨は衝撃を受けて傷が入り、いたみ始めているようだった。そして袋の傍には丸くて白い毛玉があった。


草乃かやのちゃん!?」


 輝夜てるやすは慌てて丸まる白い子猫に駆け寄った。

 恐る恐る何度か輝夜てるやすが呼びかけていると、目を閉じたままの子猫姿の草乃かやのは、ぴくんと耳を微かに動かした。


草乃かやのって、確か獣櫛じゅうくし御大おんたいの妹よね? 近くに落ちている服はこの子の服?」

「あ、うん……?」


 生返事をする輝夜てるやすの脳裏では、疑問符が飛び交った。


(〝御大〟? 涼柁りょうたさんは御大じゃないよな??)


 涼柁りょうたは次期御大候補を辞退して、桔梗ききょう領地から出奔しゅっぽんしたのだ。既にその地位から遠ざかった一般領民のはずである。

 それに、以前も次期候補者だっただけで御大の地位に就いていないのに、そう呼ばれるのはおかしいと思う。

 輝夜てるやすが思考をぐるぐるしている間に、響華きょうかは付近に落ちている草乃かやのの衣服を屈んで拾うと綺麗にたたむ。「梨から果汁は出てないし、とりあえずこの子の服を入れておくわね」と輝夜てるやすに断り、衣服を袋へと入れた。

 響華きょうかはスカートのポケットからハンカチを出して膝の上に広げ、草乃かやのをそっとその上に乗せて拾い上げる。すると、草乃かやのが意識を取り戻したのか「ニャア……」とか細い声で鳴く。

 響華きょうかが一通り草乃かやのの身体を持ち上げて診る。特に外傷は見当たらないようだ。


「よかった。この子はかすり傷すらないみたいね。さすが獣族けものぞく獣型けものがただわ」

「うん……」

「何よ?」

「その、響華きょうかさんはどうして涼柁りょうたさんのことを〝獣櫛じゅうくし御大おんたい〟って呼ぶのかなって」

「あの人、御大っぽいじゃない」

「雰囲気で呼んでるだけ!? 何か色んなところで誤解を生みそう!?」

「アンタ、意外と元気ね。その袋を持つならこの子はこのまま私が持つわ。ねぇ、獣櫛じゅうくし草乃かやの。嫌じゃなきゃ大人しくしていてね」


 草乃かやのは微かに頷くと、静かに響華きょうかの手の中で丸くなっていた。

 梨の袋の重さを思い出した輝夜てるやすは、気合いを入れて袋を持ち上げる。これ以上、響華きょうかの負担になるわけにはいかない。


(え? ……軽い!)


 重さをまるで感じさせない袋に驚き、目を瞬く。


(何個か、梨が落ちちゃったのかな)


 しかし、見た目は元から持っていた量と変わらないように見える。輝夜てるやすは首を傾げた。

 突如、2人にライトの光が当たる。

 向けられた光が眩しくて、響華きょうか輝夜てるやすは目をすがめた。

 光の先から艶のある女性の声が聞こえる。


「久しいな、『かぐや』」


 輝夜てるやすはビクリと肩が震えた。改名前の名前だ。相手は翡翠ひすい革命以前の輝夜てるやすを知っているのか。


 ――いや、これは本当に輝夜てるやすの名前を呼んでいるのだろうか……?


 脳裏をよぎった考えに、ぞわりと悪寒が走る。

 輝夜てるやすはこの声の女性に心当たりがない。震えを抑えて声を絞り出した。


「……誰……?」


 すっと、空気が変わった気がした。薄暗い中、顔がよく見えない相手の雰囲気がとがる。


「『かぐや』ではない……?」

「何でその名前を知っているんだっ!?」


 重い、間があった。


 肌に突き刺さるようなピリッとした緊張感が場に満ちる。

 だが不意にそれらが緩和されて、相手がゆっくりと輝夜てるやすに近付いてくる。


「あなたの名前は〝かぐや〟って読むんだと思っていたんだけど、違うんだ?」


 ぼんやりと見えてきた相手の顔に、輝夜てるやすは既視感を覚えた。

 紺色のブレザーの制服を着た少女は、ふんわりとした長い茶髪で、焦げ茶の瞳を細め、にっこりと笑んでいる。

 しかし、既視感の正体がわからない。初対面のような感覚もあるのだ。


「職員室には迷わず行けた?」

「あ……。下駄箱の」


 相手に指摘され、思い当たる記憶が甦る。彼女は転校初日に職員室の場所を教えてくれた大地族の少女だ。

 あの時の輝夜てるやすは、大地族をとても優しくて親切な人達だと思っていた。

 だが、記憶が戻り、自身を巡る事情を正確に把握した時から素直にそう思えなくなっている。彼らにずっと、輝夜てるやすは見張られていたのだ。


「あれから大地族って理由で転校させられたの。横暴だよね、ここの『領王』。種族差別するなんてサイテー。今日もサイテーな日。こんなところに閉じ込められちゃって」


 愚痴を零しながら可愛く口をすぼめて、彼女は次第に輝夜てるやすとの距離を縮めてくる。

 輝夜てるやすは無意識に後ずさりかけて、自分が彼女と関わり合いたくないと思っていることに気付いた。


(目が、恐い)


 人懐っこい笑顔の中にある、無価値な物を眺めるような、硬質な輝きの色を宿した瞳が酷く不気味に思えた。

 心臓がバクバクとうるさく鼓動する。足も微かに震えていた。ぐっと歯を食いしばって、頭の中では動揺を隠すために集中しようと必死になっていた。


「きゃ!?」


 その時、近寄ってきた彼女の小型ライトを奪い取る存在がいた。

 輝夜てるやすは、眼前に現れた長い茜色のウェーブを呆然と見つめる。

 響華きょうか輝夜てるやすを背にかばい、大地族の少女と対峙した。2人の間に立った響華きょうかは、柳眉を釣り上げて奪い取ったライトを遠慮無く彼女の顔へと向ける。


「まぶし……っ! なっ、何するのっ! やめて!」

「アンタの顔、見たことあるような気がするわ。でも初対面にも感じる。まるで誰かに頭の中をもやだらけにされているみたいで気持ち悪いわね」

「わ、私は元々同じ藍白あいしろ高校の生徒よ! すれ違ったことぐらいあるわ!?」

「当時のクラスと名前は?」

「2年2組の、……地王ちわか那美なみ


 響華きょうかはじっと、おびえる大地族の少女を見つめる。


「大地族ならこの状況を何とかしてくれない?」

「む、無理……。私、そんなに力があるわけじゃないし、今は突然のことで何が何だか……。全然力が出ないの……」

「そう。じゃあ用はないわ。ここから消えて」


 響華きょうかは奪い取ったライトを、返却のために那美なみへ放り投げる。

 しかし那美なみは、受け取ろうと腕すら上げる素振りをしなかった。那美なみの背後でライトが落ちた音がする。

 那美なみ響華きょうかを睨み付け、怒りを含んだ低い声を出した。


「……何様のつもり?」

「上位領地ランカー『九位』様よ。目ざわりだから、どっかに行けって言っているの」

「領地ランカーのくせに、一般領民の私を助けないで見殺しにするつもりなの!?」

「は? 領地ランカーは領民を助けるヒーローや救助隊じゃないわ。守るのは人間じゃなくて領地よ。人が生活する土地を守るの。必然的に領民を救助活動することがあるから、勝手に勘違いしているみたいね」

「彼は助けるんでしょ! 私も一緒に助けてよ! ここから出たいの!」

「私も出る方法がわからないから。じゃ、さよなら」

 

 響華きょうか那美なみの言い分を一刀両断すると、彼女から視線をそらさず、背後の輝夜てるやすに小声で告げる。


「後ろに歩いて行って。こいつからさっさと離れるわよ」


 輝夜てるやすはおっかなびっくりに後ずさり、勇気を出して身を翻す。どうしてか那美なみに背を向けるのが怖くてたまらなかったのだ。

 背後に響華きょうかがいるのだから大丈夫だと気を奮い立たせ、瓦礫の足元を携帯電話の光源で照らしながら確認しつつ、闇の中を慎重に進む。

 じわりじわりと、背筋を冷たい汗が流れる。張り詰めるような緊張感があった。

 俯いていた輝夜てるやすは、あることに気付きハッとする。

 輝夜てるやすの視界に先ほどからちらちらと入る、自身の白い前髪だ。


 どうして彼女は下駄箱で会った輝夜てるやすと、今の輝夜てるやすを同一人物だと一目でわかったのだろうか。

 あの時、記憶が戻る前の輝夜てるやすは空色の髪と瞳をしていたはずなのに――……


 背後から、響華きょうか以外の足音がついてくるのに気付く。

 響華きょうかの舌打ちの音が聞こえた。輝夜てるやすはひたすら輝夜てるやす達を追いかけてくる足音に凍り付く。

 思わず出そうになった悲鳴を呑み込んで、懸命に足を動かした。


非常に早く道路が復旧されて良かったです。

前回しばらく更新を控える旨を追記していましたが、再開致します。

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