第7.5話 同時刻/帰宅の途 〈炎乃響華視点〉
響華は朝から藍領地本部ビルに行き、領内の情報を確認した後は、辛夷領地の会談前に本部ビルを後にした。
本部ビル近所にあるコンビニのイートインスペースに腰を下ろした響華は、休憩がてらに緑茶を口にしつつ、不愉快げに眉間にしわを刻む。
2日連続、藍領地本部ビルに領地ランカーらしく通うはめになっている現状が不快だ。自分自身の意思ではないのが非常に気にくわない。
携帯端末に、電脳族族長・電拳剣の偵察アプリが強制インストールされてしまったので、響華は連絡で使う気が起きず、直接本部ビルへと足を運ぶはめになっているのである。
電谷曰く、アプリを起動してゲームを遊ばないかぎり情報は流れない仕組みだとのことだが、響華には勝手に端末内に居座られている時点で気持ちが悪く、警戒せざるをえない。
そう胸の内を話したら、透には妙な顔をされた。透こそ警戒心が足りないと響華は思う。どこか楽観的というか、考え方が甘い部分があるのは、いいところ育ちの御曹司だ。
敦美や電谷と違い、電脳の知識も技術もない響華達は電脳でトラブルが起こった時に対処ができないというのに、その危機感が透には欠けている。
ただ、欠けている部分はあっても、透は変に目ざとく厄介な男だ。
他の上位領地ランカーと違って、どこかで響華を〝頭の悪い馬鹿女〟だと根底で思っていない節があり、何かと9年前の闘技大会で手を抜いた件を持ち出して嫌味を言ってきたり「『九位』としての責務を果たしてください」と口を酸っぱくして苦言してくるのだ。
『六位』の色部直晃なんて「スイーツ女」と響華を馬鹿にしているのだから、素直に彼らと同じ評価をくだせばいいだろうに、何を期待しているのだか。
(そういえば辛夷との会談は13時からよね。もう始まっているのかしら。平崇はちょっと見たかったわ)
辛夷領地『二位』音根比良高――彼は堅香子領地の出身で、昔〝平崇〟という芸名で俳優をしていた男性だ。
知る人ぞ知る名脇役で、昔の有名なドラマや映画には基本彼が出演している。
会談相手の『二位』がその平崇だと気付いた響華は、密かにテンションが上がった。
しかし喜んだのは響華だけで、敦美達からは特に反応がなく、あの情報通のはずの電谷でさえスルーである。
電谷には軽く腹が立つ。ゲームばかりでなく、ドラマにも手を出して視野を広げるべきだろうと。
響華はあまり芸能人に熱を入れて応援するタイプの人間ではないが、「この人が出ている作品なら見ようかな」と思う程度のお気に入りの俳優や女優は何人かいる。その1人が平崇だった。
中でも、名脇役と称賛された彼が主役を演じたドラマ『透明の玉座』はお気に入りの作品だ。
そのドラマは、馬鹿な次男坊が父親の小さな会社を任され、ひょんなことから社長になってしまうところから始まり、その社長を補佐する秘書が主役で、平崇が演じた。
社長をぽんこつから敏腕へと成長させていく物語。最終的に大企業へとのし上がっていくのである。
しかしこのドラマ、社長と秘書の漫才のようなやり取りが、接待相手や交渉者の前で繰り広げられる場面が多く、大企業の幹部の前で社長が秘書に蹴りを入れて秘書が手刀でいなしたり、社長が取引相手の名前をいくら言っても覚えなかったり、体育座りでふて腐れたり、荒唐無稽な子供っぽさと過剰な不真面目すぎる態度の演出が、たとえドラマの中でもいかがなものかと堅香子領地でも物議を醸した作品である。
(2人のかけ合いコントがコメディとしてみなせるかどうか、賛否両論のドラマなのよね。……考えていたらまた見たくなってきたわ)
響華はそのドラマがかなり好きだ。そして平崇がそのドラマで注目を集め、次はどんな主役をやるのかと楽しみにしていた。
だが残念なことに、彼はそのあと俳優を引退している。
引退理由は、平崇が別のドラマで演じた白夜という悪役を憎悪する過激なドラマファンの男に、平崇の妻が殺されたからだ。
「妻を殺したその男が、命で償いをせずに牢獄の中でのうのうと生きていける現実はおかしい」と平崇は引退会見で語り、そのまま辛夷領地に移住してしまった。
(まさか辛夷領地の『二位』だなんてね。堅香子領地では領地ランカーですらなかったのに。辛夷の上位領地ランカーなら、軽犯罪者でも処刑できる権限があるらしいから……きっと、奥さんの復讐を果たしたんだわ。凄い人……)
響華は彼の芸能界への復帰が無いことに寂しさを感じる。ふうっと溜息を吐いて立ち上がった。
(帰ってドラマ見よっと。この時間に帰れば、学校サボったと思ってあの人達も安心するかしら)
いつも猜疑心を含んだ目で見てくる両親の姿を思い出し、響華は頭を振った。気晴らしに明るく笑えるドラマがいいと考えながら、コンビニの外に視線を向ける。
すると、とあるクラスメイトと同僚がいた。
(〝水城輝夜〟……と、霞? ああ。そういえば、秀寿は会談に出るんだったわね)
響華は店の外で小さな女の子と喋る輝夜の横顔をじっと見つめた。
(……顔、じゃないわよね。性格が好きってことかしら。こればっかりは喋ってみないとどんな奴かわからないわね。全く、面倒くさいわ)
彼に好意を寄せる敦美のことを思い起こし、響華は疲れた溜息を零す。
響華は、輝夜にそれほど魅力があるとは思えない。思い出補正や感謝の気持ちを、敦美は別の気持ちに変換してしまっているだけだと思うのだが。
(……でも相手を想う気持ちに違いはないか。恋だの愛情だの友情だの……実際全部一緒くたな部分があって、明確に1つずつ器用に別れているものじゃないんだわ。敦美が一方的につのらせていた恩人への親愛が、報われる可能性のある感情のほうに育ったのかしらね。相手が異性だったからこそ――)
他人事のせいか、随分冷静に分析している自身に響華は苦笑してコンビニを出る。輝夜の方へと歩き出した。
しかしふと、どこかで火が生まれる気配を感じ取る。反射的にどこぞのその火力を、力で少し抑えた。
次の瞬間、地面に衝撃が走る。爆弾での爆破が起こったと、響華は直感した。先ほど抑えたのはこの爆弾の火力だ。
地面が崩れる。とっさに響華は駆けて、輝夜へと手を伸ばした。
「霞ーッ!!」
唯一この状況で落下から救える能力の闇束霞に怒鳴りつけた。
だが闇束は即座に響華ほどの反応ができていない。ハッとした時にはもう遅い。
その場にいた人間は、落盤によって穴の底へと落ちていった。
2016/11/08:追記
活動報告にも書きましたが、今朝、現実で大きな陥没事故が起こったので、しばらく更新を控えます。本当にすみません。




