第6話 辛夷『領王』との会談
領王執務室には、藍領地『領王』の機國敦美、『二位』の雷秀寿、『三位』の水名透、それと電谷が揃っていた。
敦美は革張りの椅子に座り、透はその傍に立つ。電谷は壁際の隅で持ち込んだパイプ椅子に座って陣取り、秀寿は出入り口の扉に寄りかかって、他3名とは離れた位置にいた。
電谷以外は藍色の開襟スーツの軍服を着て正装をしている。
辛夷領地と通信が繋がった電脳画面が部屋の中央の空間に表示されていた。
画面の向こう側には2人の男性がいる。
1人は、画面中央で黒のレーサーチェアに身体を預けきった青年だ。
無造作に伸ばした青い長髪を後ろでひとまとめにしている。その青い髪が白いフィールドジャケットの軍服によく映えていた。切れ長の鋭い橙色の瞳で、顎を上げて敦美達を見下ろすように睨んでいる。
年の頃は二十代後半――辛夷領地『領王』の火上堅炉は、一目で不機嫌とわかる態度だった。
そしてもう1人は、短髪の黒髪に虹色に輝く双眸で、目元に小皺が浮かぶ壮年の男性。穏やかな笑みを浮かべて火上の背後で姿勢正しく立っている。
秘書と言った風情だが、この男性は辛夷領地『二位』ランカーの音根比良高だ。
敦美から話し始めた。
「――初めまして、辛夷の火上堅炉『領王』」
『あー……、お初にお目にかかる。藍のき? ぐ……あ、ツミ『領王』』
火上は棒読みの上、名前を覚えていないのが見え見えの挨拶を返す。
透が相手方の態度に不快げに顔をしかめた。
さらに火上は敦美達の顔を見て舌打ちする。『何だよ、ガキばっかりじゃねぇか。この俺がガキどもに頭を下げなきゃならないってなんなんだよ』と悪態をつく。
透がとがめようと口を開けた瞬間、火上の肩を背後からたたく手があった。
火上は『うっ』っとうめく。音根が微笑みながら火上の肩に力を込めた。
『火上『領王』様。敗者風情が勝者にそんな態度を取るなんて、辛夷領地の外聞が悪くなると思いませんか? 恥ずかしいでしょう?』
『お、俺が敗者だと……!』
『え? 自覚が無いんですか? ただでさえ連敗続きですのに。恥ずかしくないと正気で発言を?』
『う……』
『礼を欠いた態度で申し訳ありません。どうかお許しを、機國『領王』様方』
辛辣に主を罵りながら音根が謝る。
透は開いた口を閉じて、この場は彼に任せることにした。
『事前に言い含めたはずですよね? 辛夷領地の電脳技師が、藍領地の電脳ハッキングを退けられずに完敗したんです。この会談を無事に終えるまで、辛夷の電脳は未だ藍領地の支配下にあります。いいですか、こちらは電脳を乗っ取られている立場なんですよ?』
――通信回線は他領地と繋がっていない、となっている。
そのため他領地の『領王』同士が連絡を取るには、手紙を持った特使を送り合うという、昔ながらの方法でコンタクトを取って日時を決め、それからその日時に互いの通信や電脳のチャンネルを相手領地に解放して連絡をするのが一般的だ。
だが、最近は事前に電脳のハッキング戦を繰り広げることがある。
電脳が繋がっていないといっても、オンラインゲームだけは特例で全領地繋がっていた。
なのでハッキングは、その回線から侵入するのがポピュラーになっている。
今回の会談に関しても、藍領地は特使を送らず、一足飛びに辛夷領地の電脳をハッキングして無理矢理チャンネルを開かせ、直接辛夷『領王』の個人回線に連絡を入れた。
どうやら辛夷領地には電脳を管理して防衛する電脳族がいないらしい。
電脳に頼りきった生活を送る現代で電脳を押さえられることは、生活基盤を揺るがされる事案だ。この攻防戦が起こると同等の立場は消失し、領地間の上下関係が生まれる。
電脳を制された辛夷領地は、防壁を破られた負け領地も同然の下位の立場となった。
逆に藍領地の方は、辛夷領地より上位の立場となる。上位の立場になると、無条件で要求を通せることがほぼ確定されるのだ。電谷のお手柄である。
透は、電谷が半日も経たずに辛夷領地の電脳を手中に収めた手腕に驚いていた。本来早くても2、3日はかかるものなのだ。
ちなみに、この電脳の乗っ取りを会談の駆け引き以外の目的でやると、機械族族長と電脳族族長のストップが入る。戦争の道具として利用しないと言うのが暗黙のルールだ。
……9年前の翡翠革命では、そのルールをストッパーが破っていた節があるのだが。
『今件で火上『領王』様も、少しは電脳防衛の重要性がおわかりになったのではないでしょうか。はて、予算を真っ先に減らしたのはどこの誰でしたか?』
『……悪かった』
『では責任を被せる人材は、こちらで見繕っておきますからね? 誰かさんのせいで私の仕事が増えましたよ。どう補填してくださるのか、今後の手腕をわくわくと楽しみにしておりますからね』
にっこりと微笑む音根の迫力に、火上は顔を引きつらせながら半笑いだ。それから『何だよ何だよ……』とぶつぶつ呟き、仏頂面になって椅子の上で体育座りになりふて腐れた。
敦美達を子供だと罵っていた当の本人が、とても大人とは思えない子供っぽい言動を取ることに秀寿は苦笑して、透は冷たく彼らを見つめる。
敦美は淡々と火上を観察していた。不遜だがやる気が感じられず、けだるげでだらりとした態度の火上には密かに親近感を覚えていた。
(この人、ちょっと響華に雰囲気が似てる。同じ火族だからかな)
このように感じていたのは敦美だけではなかったらしい。
電谷が小声で「やーん、エン様っぽーい」と笑っていた。そして、声を潜めて秀寿に話す。
「ダンナぁ、知ってますかい? 宙地原世界の七不思議の1つ、『領王』制度の闘技大会の怪! 大会が自由参加の領地の『マスター』はマジメだけど優秀止まりの火力不足な能力者。逆に全領民が強制参加な領地だと、やる気なしでもその領地最強の能力者が『マスター』に君臨するっていう傾向の都市伝説。この辛夷『マスター』なんて、まさに後者の鑑って感じ。強そう(小並感)~」
「へぇ。自由参加になると強い能力者が出場しなくなるのか。不思議な話だな」
「面白いよね。だから、この法則にハマってない藍領地はかなり特殊だと思います。自由参加型にしては強い人間が揃っててステキ!」
「強いかどうかについてはコメントを控えるが、俺や闇束は生活のため。『領王』様や炎乃は周りの希望で半ば出場は強制的だったから、自由参加とは言いづらいんじゃないか」
「むお!?」
秀寿に爽やかに突っ込まれ、電谷は大袈裟に驚く反応を返した。
敦美は2人が和気あいあいと会話をしている様を視界の隅に入れながら、火上に本題を切り出した。
「――〝電牙葦茂〟という犯罪者が、そちらの刑務所から出所した理由を教えてください」
『はぁ……出所理由なら、捕まえた領地に訊くべき。辛夷では捕まえていないし、裁いてない。毎度毎度、どこの領地もうちに収監しとけって犯罪者と書類を一緒に送ってくるだけなんだぞ。反論したら「だって刑務所あるだろ」って、うるせーわ。何でよそはいつまで経っても自領地で刑務所作らないんだよ……。おかげで辛夷が刑務所のための刑務所領地に成り果ててる。刑務所なんて世界で最初に作るもんじゃないよな……』
最後は完全に火上の個人的なぼやきにすり替わっていた。辛夷領地の『領王』は随分と特殊な苦労をしているらしい。
透が火上のぼやき部分を流し、すかさず切り込んだ。
「先ほど、気になることを『二位』の方がおっしゃっていました。『連敗続き』だと」
『う。お前が余計なことを言うからだぞ』
火上は恨みがましく、ジロリと音根を睨む。
だが、音根は穏やかに微笑みながら「何、睨み付けてきてるんだ?」と言わんばかりに力強い虹色の双眸で見つめて圧力をかけ返した。ひるんだ火上は目を逸らす。
さらに音根は『負けたのは事実ですよね?』と火上を追い詰めるように上から小言を言い募る。
最早どちらが『領王』か、よくわからない力関係だ。
『大体敗者風情が、最初から誤魔化して乗り切ろだなんて無駄だからさっさと発言しておいたんです。よく汲み取ってください? どうせ、本気で藍領地にうちの電脳を漁られたら1ヶ月前の貴方の〝特例恩赦〟が白日の下に晒されますからね?』
『うわっ、馬鹿やめろ恥ずかしい!』
「恩赦……?」
透は、反芻しながらその言葉の意味を薄らと察して顔を歪めた。
(まさか)
敦美も微かに身体を強張らせる。
『辛夷領地には〝特例恩赦〟という伝統があります。収監中の受刑者が、辛夷『領王』に戦いを挑む権利が等しく与えられていて、勝てば無罪放免で釈放、負ければその場で処刑となるものです。軽犯罪者でも敗者になると処刑になりますので、ここ数十年、挑む受刑者はいませんでしたが――』
音根はそこで初めて笑みを消し、敦美達に向かって腰を折った。
『電牙葦茂。彼は1ヶ月ほど前に〝特例恩赦〟で無罪になり、出所しています。問い合わせがあったということは藍領地にいるようですね。申し訳ありませんが、そちらで別件での逮捕をお願い致します』
「なっ!? 辛夷の『領王』が一般領民の受刑者に負けるなんて――」
『ですが!』
透の言葉を遮り、音根は毅然と言い放つ。
『辛夷領地の『領王』が、弱いなどと間違った認識を持たれるのは迷惑極まりないです。電牙葦茂は異質な能力者です。特例恩赦の攻略に繋がりかねないので戦闘の詳細は語れませんが……真面目に相対した火上『領王』様を欺き逃亡した対戦内容だったと断言します。純粋な種族能力の闘いではありませんでした』
そして音根はチラリと敦美を一瞥する。
『……『領王』として、火上『領王』様が他領地の方に劣っているとは欠片も思いませんね。辛夷領地民全員が同じ意見かと。我が辛夷領地は宙地原の中で藍領地より格う――』
『うっわ! やめろそこまで言うと逆に格好悪いだろうが!!』
火上は真っ赤になって音根に蹴りを繰り出す。音根は軽く避けると、その足に問答無用で手刀を振り下ろした。『ギャッ』と足を押さえて悶える火上を無視して、音根は敦美達に真顔で告げる。
『火上『領王』様は現宙地原世界で、火族トップの実力者ですから。次期火族族長にと、求められていますからね。この意味がわかるでしょう? 我ら辛夷『領王』は、皇族に関わろうと思えば関われる立場を手に入れるのが容易な御方なんですよ』
胸を張る音根に、敦美はどう答えればいいのか黙る。
(この人、主を褒めているのに行動に説得力がない)
コントを見せられている気分だ。いや、これは演技で藍領地を翻弄する策なのかもしれない。この2人のかけ合いはどこまで本気なのかと、敦美は計りかねる。
対応にかなり戸惑っているのだが、表情の変化に乏しい敦美の苦悩は周りに漏れることはなかった。
『お前の言葉で思い出した。藍領地には、炎乃家がいたんじゃないか!?』
『いたと思いますね。訊いてみるといいかと』
『気付いていたなら早く言えよ!』
火上が勢いよく立ち上がり、電脳画面にかぶりつく。その迫力に透は反射的に身構えた。
『炎乃って女が領地ランカーにいるよな!?』
「え……ええ。『九位』に、炎乃響華はいますが」
『炎乃響華! その娘だ! 個人的に一族のことで言っておきたいことがある。ただ、辛夷領地と藍領地じゃ接点も無いだろ? 今後も天変地異でも起こらないかぎり俺達は一生連絡を取ることも会う機会も無いだろうしな。き? きく?』
「――機國です」
『キグニ『領王』! わけは聞かず、今から俺が話すことを撮って炎乃響華に見せてほしい。頼めないか』
「――私達がこの場で聞いてもいいのならば」
『ああ!』
「それよりも、ここに炎乃さんを呼びましょうか?」
『やめろ! 俺が緊張するだろうが! 会ったことないんだよ空気読めメガネ!』
「……」
火上は一度咳払いをして神妙な雰囲気を作り、語り出す。
『やあ、初めまして炎乃響華。俺は火上堅炉。辛夷領地の『領王』をやっている。この間、火族族長が一族と疎遠の俺に次期族長の話を持ってきやがったぞ。刑務所までわざわざな。炎乃家には話がいってないんだよな? 後継ぎの話なら、炎乃家を抜きにして進めるのはおかしいと俺は言い返したんだが……族長は答えなくてさ。
どうも族長は、炎乃家と関わっていないようだが、いつからなのか。随分と放置、いや冷遇に年季が入っているように感じたんだが大丈夫なのか? 俺は炎乃家抜きの話は筋が通らないから、次期族長を断ったぞ。一体何のための〝炎乃〟姓なのか、意味わからんことになってないか。今の火族は正しくないと思う。だから俺は、お前の味方をやることにした。頼ってくれてかまわないからな。……以上だ』
一気に喋りきると、火上はふうっと溜息を吐いて敦美に笑いかける。
『ちゃんと撮ってくれたか?』
「――はい。あの、響華の家は火族族長に関係があるんですか?」
『わけは聞くなって言っただろう。って藍の『領王』、炎乃響華と親しいのか?』
「――私の姉妹弟子で、大事な幼馴染みです」
『……ふーん』
火上は、そこで初めて敦美を見るような視線を向ける。敦美のことをどうでもいい外野といった雰囲気だったのが、明らかに変わった。
『機國、敦美『領王』だったか』
「――はい」
『昔、火族の族長候補に、俺と炎乃響華の名前があがった。まぁ、今のもその話ってわけだ。他種族が踏み込むことじゃない』
火族の問題だから訊くなと念を押され、敦美も追求はしなかった。
「1つ、いいでしょうか?」
秀寿が片手を挙げて辛夷領地の2人に問う。
「電牙葦茂をどこの領地が捕まえたのか、こちらはまだ詳細を聞いていません。様々な領地で殺人を犯して指名手配中の人物を、最終的に辛夷領地に引き渡したのはどこの領地だったのか知りたい」
『聖地』
ぶっきらぼうに火上が答えた。
敦美達は目を見開く。
「旧・皇帝城!?」
『そう。世界中心の島、皇族領地だ。民間の警察が捕まえたんじゃない。近衛兵の大地族が、皇族御三家とその関係者以外に立ち入りが禁止されている領地に電牙葦茂が踏み込んだからって引っ捕らえて直接連れてきたんだ』
「待ってください! では殺人容疑での逮捕は」
『してない。だから、さっき音根も言ったはずだ。殺人の件でなら捕まえようと思えば捕まえられる。殺人が起こった領地でならだけどな。藍領地ではまだ人を殺してなさそうだが、そのうち何かするだろう。それで捕まえられるように頑張れ』
火上は最後は投げやりにそう言うと、仕事は終わったとばかりにレーサーチェアに深く身体を預けた。
音根が火上の後を継ぐ。
『では、他に質問はありますか?』
「――電牙葦茂はどんな能力でしたか」
(電脳族の名字の大地族。まともに戦ってなさそうだから情報は無いだろうか)
そう思いながらも、敦美は答えを求めた。
音根が火上の肩をぽんっと叩く。火上は口を尖らせながら言う。
『正しく大地族だった、な』
「――……」
不可思議な表現に、透は眉間に皺を寄せ、秀寿と電谷は首を傾げる。
敦美は漆黒の瞳で火上をじっと見つめた。
音根は〝異質〟といい、実際に対峙した火上は〝正しい〟と答えた。電牙葦茂の力を見た人物2人の見解が違う。
(火上『領王』にとって、〝正しく〟という言葉はどういう基準と意味を含んでいるんだろう。この人は火族の族長の話をしていた時も、正しいかどうかを口にしていた)
音根が再度、穏やかな笑みを浮かべて主の非礼を敦美に詫びた。
その時だった。
ぐらりと視界がぶれたと感じる。カップ内のコーヒーが波立ち、波紋を作った。
「……強風、ですか? 揺れましたね」
透が窓の外を見る。次に、頭上で領王執務室の電灯が点滅した。
「え? 今、一瞬停電した?」
電谷の声がおびえている。キョロキョロと落ち着きなく周りを見て電脳画面を出した。
「火上『領王』様、この度の会談ありがとうございました」
『ああ』
『では、失礼させていただきますね』
「地震じゃないのか。速報はまだ無し?」
「――雷、水名、電谷。3人とも今すぐ街の様子を調べて」
「わかりました」
(嫌な予感がする)
敦美は妙な胸騒ぎを感じた。
真っ青な顔色の電谷と目が合う。彼は敦美に向かってパクパクと口を開け、電脳画面を指差した。
敦美も素早く電脳にアクセスして異変を悟る。
2人の人物に連絡が取れない。
1人は電源自体を切っているようだが、もう1人は別の要因で繋がらない状態に陥っており、電谷と同様に血の気が引く。
藍領地内で異常事態が起きていた。
輝夜との通信が遮断されている――藍領地の電脳が、何者かに乗っ取りを受けていた。




