第4話 涼柁の本家と分家考察
「こんにちは。輝夜君」
「輝夜様、こんにちはなん……」
「涼柁さん、草乃ちゃん。こんにちは」
「こんにちワぁ! お2人とも仲が良いっすねー」
輝夜と電谷は、水城家のお向かいの獣櫛涼柁と獣櫛草乃の兄妹と挨拶を交わした。
涼柁は満面の笑みで尻尾を振りながら、妹の草乃は、はにかみつつ輝夜の傍に近寄る。
今日も涼柁は半獣型と呼ばれる、2足歩行で成人男性ぐらいの背丈がある狼の姿だ。
灰色を基調に黒の縦縞模様が入ったふさふさの毛柄と、酸漿色の双眸。そして犬っぽさをかもし出してしまう半分に折れて垂れた両耳。ぶかぶかのボーダーニットにダメージジーンズというパンクな格好で、涼柁の天然でおっとりとした性格とは合わない、ちぐはぐさを感じさせる服装をしていた。
一方の草乃は人型、7歳の幼い人間の女の子の姿である。
輝夜と同じ真っ白な長髪に大きな浅葱色の瞳。服装はワインレッドを基調にしたワンピース、袖などには白いフリルがあって木の実と葉っぱの模様は秋らしさがある。そして背中には淡いピンクのランドセルを背負っていた。
完全な動物姿の獣型、その中間の半獣型、そして人型の3つの姿形を好きに取れるのが、獣族の特徴なのだ。
どうやら不審者捜索の捜査中は、住民を公園に集めておくらしい。
現在、この住宅街に住んでいるのは水城家と涼柁達のみ。
水城家が引っ越して来た前後は水城家の周りだけ人払いがされていたそうだったが、1ヶ月前に起きた爆破事件後は住宅街一帯の住民が水族に追い出され――いや、土地や家を買い上げられて、今は空き家しかない。ちょっとしたゴーストタウンだ。
「涼柁さん達もここにしばらく待機って言われたんですか?」
「そうなん、また電脳族の不審者がいるらしいん」
「うう……。電脳族じゃないっすよぉ……大地族なんですってばァ」
電谷が情けない声で訂正すると、涼柁は目を丸くして首を傾げていた。
(『また』? 涼柁さん、誰のことを数えて言っているんだ?)
涼柁の発言に、輝夜は眉根を寄せる。まさか恋人の電須佐由のことを不審者だと言っているんじゃないか――と妙なところが引っかかり、つい涼柁と佐由の仲を勘ぐった。
佐由は基本的に次元空間に引き籠もっていて、主の輝夜が呼んだところでこの世界には出てこない。だが、涼柁の前にはよく現れているのだろうか。
(佐由さんには話したいことがあるんだよな)
月族としての記憶が戻り、その力で電脳族の特性の知識を得た輝夜だったが、先ほど携帯電話の謎の電脳回線に疑惑を持ったことで、電脳について無知な状態に気付かされた。
輝夜は、電脳族の次元移動やシェルターや次元を使って世界に影響を及ぼす能力については詳しくても、今や宙地原世界の全他種族が利用しているであろう電脳についての知識は無い。
時には機械を介在する変わった能力のためかわからないのだ。
月族の能力で特性がわからないということは、月族の能力で操れない力とも言える。
それはすなわち、皇族御三家が支配不可能な能力だ。
(これ、かなり凄い……いや、やばい事実だよな。早めに佐由さんに教えておきたい。いや、もう佐由さんは知っている……?)
「あの、涼柁さん。俺、佐由さんにまた会いたいんですけど、呼んでもらうことってできますか?」
「よっちゃん? そういえば、僕も水族本家からずっと会ってないん」
「え」
「輝夜君は、確かよっちゃんのゲームに誘われてたん。やってみるといいんよ。僕もおるし、きっとゲーム内ならよっちゃんの方から声かけてくるん」
どうやら涼柁の言う『電脳族の不審者』とは、佐由のことではないようだと判明する。輝夜は肩すかしをくらった気分になった。
しかし瞬時に、涼柁の言葉の意味を理解してぞっとする。目をむいて涼柁を見た。
(まさか『電脳族の不審者』って……既に電牙葦茂に遭遇してるのか!? 涼柁さん大丈夫だったの!?)
輝夜が言葉を失って蒼白になる横で、涼柁はのんびりと草乃に優しく話しかける。
「草乃、どれで遊びたいん? ブランコも滑り台もあるん」
兄に訊かれて、草乃は公園をゆっくり見渡す。
この小さな公園は、輝夜の高校のグラウンドと同じく、合成ゴム舗装をされていて砂場や土の地面はない。
ロケットのような形をワイヤーで作っているジャングルジムのてっぺんを、草乃は少し見つめていたが目を伏せて微かに首を横に振る。
「兄様のそばで宿題するん」
「草乃はとってもお利口なん」
涼柁に褒められて、草乃はくすぐったそうに笑みを零した。
輝夜も釣られて2人と一緒にベンチに座る。
護衛の仕事中のせいか挨拶もしなかった秀寿は、涼柁達から距離を取って対面のベンチに腰を下ろす。最初からこちらに近付かないのは、獣族が特に静電気には敏感なので不快な思いをさせない配慮からだろうと思われた。
輝夜の背後には、他に2人の下位領地ランカーが立っている。公園の周りを歩いて回る護衛もいる。
傍にいる護衛2人は輝夜に背を向けてはいるが、話の内容を全て聞かれるほど近くにいるので、輝夜は内心嫌だなぁと思う。
だが、こう思うのは輝夜のわがままだとも直ぐに思い直しては、そっと溜息を吐く。
電谷がベンチの一番近くにある遊具のブランコに飛び乗り立ちこぎをして「ひゃっほうー!」と弾んだ声を上げた。
太股の上にランドセルを置き、取り出したプリントの机代わりにして宿題に励む草乃と比較すると、どちらが子供かわからない有様である。
「輝夜君は僕と同じ桐煌高校に通っていたから、僕の後輩になるん」
「え!? 涼柁さんも通っていたんですか!?」
初耳の話題に輝夜は驚く。涼柁は尻尾をぶんぶんと振って嬉しそうに頷いた。初対面の時、輝夜は涼柁にとって、とても懐かしい制服を着ていたらしい。
「……意外です。獣族って、桔梗領地から1歩も出ない感じなのに」
「桐煌高校は大昔からあって特別なんよ。元々は皇族や次期族長候補が一定期間同じ学舎で過ごす学校だったん」
「あ。だから最初に通わされた高校だったのかな。そんなに格調高い学校だったとは思いませんでした。生徒も凄く少なかった印象があって、田舎だったなぁとしか」
「その印象は間違ってないん。『領王』制度が生まれてから、それぞれの領地内で学校がいっぱいできたんよ。わざわざ他領地の学校に、次期族長候補の子息が通うなんて危険やもん。だから生徒数も年々減っていたらしいん。
雉子領地自体も陸の孤島やし、学校とその関係者や保護者が住める街や商店街はあっても『領王』や領地ランカーはおらんから危ないし、どこの種族の土地でもないから……。結局、今年の春に廃校になってしまったそうなん。雉子の島も、それで人がおらんようになってしまったらしいん」
「そう、なんですか」
「母校が無くなるのは寂しいん。あの学校は、色んな領地の重要な人達の人柄を知ったり、領地同士の交流関係を作れた大事な場所やったと思うのに……残念なん」
涼柁がしんみりと肩を落とす。耳も尻尾もすっかり下がってしまった。
転入先の1つでしかなかった輝夜はそれほど思い入れもないため、涼柁にかける言葉に詰まる。
ふと、御天日凰十『皇帝』や篁朝も通っていたのだろうかと思った。
だがその考えは、涼柁に否定される。涼柁が知るかぎりこの800年間、皇族御三家の血縁者は、輝夜以外は雉子領地に足を踏み入れていないはずだという。
「あー、リョー様ー! 領地のお話と言えばァーッ」
最近涼柁を名前の方で呼ぶようになった電谷が、ブランコを力いっぱい揺らした勢いでジャンプする。着地は失敗して、ビタンッと顔面が地面に叩きつけられる結果となった。もの凄く痛そうである。
よろよろと立ち上がり、ベンチの前で膝をついた電谷は顔面を手で覆っていた。
「うう……お恥ずかしや……」
「やっくん、怪我はない!?」
「ダイジョーブぅ……」
「無理したら駄目なん」
電谷は丸眼鏡の状態を確認しつつ、心配する涼柁の言葉を遮り尋ねた。
「そ、それよりリョー様。どうして藍領地の領地ランカーにはならないんっすか? ナー様から打診ありましたよね」
「僕は桔梗領地『二十一位』やったけど、あれは獣族の中での順位やし、それすら上位には入ってないん。僕、弱いんよ。それに獣族は他種族のような超常的能力があるわけやないん。藍領地で領地ランカーなんてとてもじゃないけど無理なんよ」
「そういうもんなんっすか。せっかく領地ランカーになれるのに……ねぇ、かやのん?」
唐突に電谷に同意を求められ、草乃は目を瞬かせた。
草乃は兄が領地ランカーを断ったことに関して、特に何も思うことはないようだ。
「涼柁さん、じゃあ仕事は?」
「動物園の通いの獣医に決まったん。みんな、僕のこと凄く歓迎してくれるん」
「いや、そりゃね。獣族の獣医ってだけで取り合いっすよ。動物の言葉がわかりますもんね」
「そんなに期待されてるん? どうしよう。4足歩行の哺乳類以外の言語は、ちょっと自信がないん。鳥類は片言程度ならわかるんやけど」
電谷の指摘に、涼柁は新しい職場に不安を持ったらしい。
目を伏せて考え込んでから顔を上げると、ぐっと肉球付きの手で拳を作って意気込んだ。
「大変やけど、魚類の言語も勉強するんっ」
「勉強ができるってのが最早特殊能力の域っていうか、とんでもないよね、てるやん? 俺ら動物の周波数や鳴き声だのを言語とは思わないじゃん?」
「う、うーん?」
(俺から見れば、電脳族の電脳能力も大概だと思うんだよなぁ。電脳の回線なんて他の種族には全く目に見えないのに、やっくん達は見えてるみたいにわかるじゃないか)
輝夜がモヤモヤしている間に、電谷はちらりと輝夜の背後の護衛を見て溜息を吐いた。
「ちょうど水族の方々だけみたいだし、この際ぶっちゃけの愚痴を言っちゃいますヨ。ナー様への報告にでも、俺がこう感じてるってチクってくれてかまいませんぜ」
「透兄に? 水族の話?」
「そ。あのね、てるやん。俺は藍領地が真実俺の心の故郷だと思っているわけさ。ここで骨を埋める覚悟なの。だから、水族には『マスター』よりも優先して尽くしてるつもりだよん? 藍領地は結局のところ古代から現代まで、不変的に水族の領地だからさ」
「……うん」
「今日ね、水族本家のナー様が、随分と分家の顔色を窺っている発言を聞いてしまってさ。じゃあ俺、本家だけに尽くしててもあんまり意味無いのかなとか思ってしまったのデス。俺の働きってぶっちゃけ水族全体で評価されてないのかなぁ……がっくし」
「分家かぁ。俺もほとんど面識ないなぁ」
「はへ?」
輝夜の答えに、電谷はポカンと口を開けた。
「てるやんが面識無い!? 本家に集まる行事でも?!」
「無いよ。あ、でも分家の代表だけは本家の集まりに参加してたっけ。その代表とも話した記憶はない――かな? うちの母さんが本家筋だから、基本的に分家とは縁もゆかりも無くって」
「ちょ、ちょい待って! 縁もゆかりも!? 親戚じゃないの!?」
「違う。本家と分家は種族が同じだけで、別の血筋同士の家だよ。俺、分家とは血縁関係無いし親戚じゃない」
「同じ水族なのに!?」
「電脳族だって、同じ種族でもほとんど赤の他人じゃないのか? それとも全員親戚だったりする?」
「し、しない……」
「だよな」
「嘘ぉー……。カルチャーショック……」
電谷は愕然とした。
涼柁は電谷の驚く様を不思議そうに見つめる。
「電谷君は、集団を作っている種族がみんな血縁関係があると思ってたん?」
「さすがにそういうわけじゃ……、集まる領地があって集団を――いえ、やっぱりどっかでそう思い込んでいました。全員血縁者だから結束があるんだろうなって。そっか……。じゃあ、本家だけにパイプ持ってても駄目なのかー……はぁ」
「種族によっては本家すら赤の他人の集団になっているところもあるんよ。これも初耳なん?」
「え!?」
これには輝夜も驚いた。
涼柁は照れ笑いを浮かべながらも誇らしげに告げる。
「獣族がそうなん。それぞれの獣型の代表の集まりが本家って言われる一団なん。僕、狼系統の代表で本家の一員だったん」
(いや、涼柁さんはそもそも本家以前に次期御大候補者で、桔梗領地では2番目に偉い立場の人だったのでは)
胸を張る場所がずれていると、輝夜は思う。
桔梗領地の〝御大〟と呼ばれる存在は、桔梗領地の『領王』兼獣族族長なのだ。本家の一員どころかトップの当主である。
「大体の分家は、本家とは違う考え方の人達が集まった別の集団だとわかっていればいいん。藍領地に関しては、電谷君が水族本家と繋がりを持つだけで間違ってないと思うんよ。水族本家の本拠地が藍領地やから。分家は違う領地の人達なん」
「ふーむ……」
「古代に戦争をやったことがある種族は、特に分家の派生が多いん。水族は本家と分家の2つにしか別れてないから、歴史的に見ても穏やかな種族だったっていうのがわかるん」
電谷は真剣に涼柁の話を聴き、「はい、先生!」と手を挙げた。
「それ変じゃないですか! 戦争なら機械族もやってます。でも機械族には分家がありませーん。一応機械族族長のお家を本家とは呼んでいるそうですが!」
「機械族の分家なら、僕の目の前にいるん。本人達ですら全然わかってないみたいやけど」
「へ……?」
電谷と輝夜は目を丸くして、お互いの顔を見る。
涼柁はふさふさの尻尾をぶんぶんと振っていた。
電谷が半信半疑に、恐る恐る自分自身を指差す。
「で、電脳族……のこと?」
涼柁が笑顔で頷いた。
「ファ!?」
「え!? 電脳族って機械族の分家なの!?」
「周知もされてないし自覚もないみたいやけど、派生で生まれたって僕は考えているん。機械族と電脳族は一見別の種族やけど、電脳族はあまりにも機械族ありきな性質やと思うん。
機械族が通信機器を発明したことで機械族から枝分かれして誕生した種族。だから機械族が作る機械機器が無ければ生きていくことが難しくなる種族やと思ってるんよ。電谷君はその実感ないん?」
「……ア、ハイ。確かに電脳の無い生活は死ねます」
「機械族は、無口で淡々とした効率的な人が多いん。それに比べて電脳族は、お喋りで感情を優先して非効率でも好きなことに一直線な人が多いと思うん。まさに真逆の本家と分家の在り方なん」
「むむ。俺らだって知的で効率的な生物デスヨ!」
電谷は腕を組んで拗ねたように口を尖らせる。だが頬が緩んでおり、言い当てられたばつの悪さを誤魔化している照れ隠しのようだ。
輝夜も話を聴いていて疑問が湧いた。
「涼柁さん、皇族御三家と獣族はどんな分家……いえ、分家なんてあるんですか?」
「皇族御三家は、言い方が不敬になってしまうけど、反対の思想が生まれる土壌……それぞれの分家が生まれるほどの人数がそもそも存在しないん。だから本家と名乗っているけど分家自体は無いんよ」
(そっか。まぁ、皇族は太陽族が本家、月族と宙地原族が分家みたいなものだよな)
「獣族の分家も一応存在しないん。これは僕の勝手な考察になってしまうんやけど……」
「何ですか?」
「本来、狼の獣族が分家やったんやないかなぁって僕は考えているん」
「え。でも狼の獣族が御大になるのが伝統ですよね? それが本家なんじゃ……?」
「実は長い歴史を紐解くと、最初から狼の獣族が族長になる習慣はなかったん。でもいつの頃からか、そうなっているん。獣族は本家と分家が争わずに族長の座を譲った事実が伝統化したんやないかと思うんよ」
「争わずに譲った……」
「反乱分子を本家のトップにして、揉め事を最初から封じ込めるん。代々狼の獣族を御大にする始まりの理由はそれやないかと僕は考えているん」
「リョー様のお話、実に興味深いっすね。実際反乱してるお人の発言は真実味があるっす」
「僕が反乱?」
電谷の茶々に、涼柁が目を瞬く。
「御大候補を辞退の上、桔梗領地から勝手に出奔中。密入領の前科付き」
「わ!? 本当なん!」
涼柁が「やっぱり今の考察は聞かなかったことにしてほしいん」と慌てて言いつくろい、輝夜は思わず笑った。
電谷は顎に手をやって思考顔を作り、ぶつぶつと呟く。
「……電脳族が機械族分家説だと、該当するのは機械も介入する電脳能力の部分か。じゃあ次元空間能力はどっから湧いた? こっちは機械が関係ない……。この能力は後付けなのか? それともこの独自能力があったから機械族と別の種族になった? 初代電脳族は次元空間能力を持っていたのか否か……」
電谷の独り言が耳に入った輝夜は、電脳族へ抱いていた疑問が氷解する。
(ああ、なるほど! 電脳族の独自の種族能力と言えるのは、むしろ次元能力の方だけなんだ。だから俺は、電脳能力の知識が得られないのかも。電脳は機械族が生み出した発明でもあって独自の種族能力とはちょっと違うってことなんだな)
「……俺も一度、電須佐由様にお会いしたいっすね。個人的に能力のことで訊きたい案件があるんで。てるやん頼めない?」
「え?」
突然、話を振られて輝夜は驚く。
電谷は「このとーり!」と柏手を打ち、輝夜を拝んだ。おどけた仕草だったが、その声は真剣そのものである。
(あれ? 電谷って、電脳族の本当の次元能力を――世界に影響を及ぼす力としての次元能力に目覚めて使えていたりするのか……?)
輝夜の種族能力の知識は、全体的な大まかなものだけで個別のものは支配下に置かないかぎり月族の能力で把握できない。
だが、電脳族が次元移動や次元シェルターとしてしか使わないあの能力は、本来次元を通じて世界に干渉するための能力だということまではわかっている。
現在、そこまで覚醒した能力を持つ電脳族は、表立っては佐由のみなのだが、電谷は友人びいき無しに優秀だと感じるので覚醒している可能性がある。
(まぁ、電谷が隠しているなら言いたくないってことだよな。それほどの力じゃない、まだ確証が持てない段階の力なのかもしれない)
「……わかった。じゃあ、佐由さんのオンラインゲームを一緒に遊んで連絡を取れるようになろう」
「おお……っ! それはぜひっ!! てるやんは神じゃー」
「はは。代わりに、電谷には俺の筋力アップに付き合ってもらおうかなぁ」
思い出したように付け足した輝夜の軽口に、隣で宿題をしていた草乃が顔を上げた。
涼柁も興味を惹かれたように輝夜に尋ねる。
「輝夜君、身体を鍛えたいん?」
「えっと、男らしく力仕事ができるようになりたいかなって。とりあえず握力方面から」
輝夜が照れ笑いを浮かべると、学生服の裾を引っ張る感触があった。
見れば浅葱色のキラキラとした瞳が、じっと輝夜を見つめている。
草乃は、そっと手にしたランドセルを差し出してきた。広げられていた宿題は、いつの間にかランドセルの中に片付けられたようだ。
「輝夜様、うでずもう、してほしいん……」
「腕相撲? うん、いいけど」
その応えに草乃は嬉しそうにはにかんでランドセルの上に肘を置く。
輝夜は微笑ましく思いながら、草乃の小さな手を取って気軽に向かい合った。
「じゃあ、いくよ草乃ちゃん。せーの――」
かけ声とともに、ぐっと手に力を込めたと思った瞬間、輝夜の右手はぐったりとランドセルに押しつけられていた。
「え?」
「輝夜様にかったんっ」
草乃は声を弾ませて勝利に顔をほころばせる。
逆に、輝夜は茫然自失状態だ。7歳の小学生の女の子に一瞬で完敗したのである。
「……か、草乃ちゃんに……負けた……の、俺……?」
「気にしないでいいん。草乃は獣族やもん。僕達は身体能力が優れているのが種族能力やから」
「あ、はい……。そ、そうでした……」
涼柁の指摘にはっとして、輝夜は何とかガタガタに崩れかけたプライドと心を持ち直す。
だが、平常心にはほど遠い。
草乃は輝夜の動揺が浮かぶ強張った表情を見て、しょんぼりとしょげてしまった。彼女は得意なことを輝夜に披露して褒められたかっただけなのだ。
続いて、輝夜は電谷にも勝負を挑み、それにも負けてしまう。「てるやん、非力な俺にすら負けるって女子並みネ」とぐっさり心に刺さる一言をもらった。
最早、敦美に良いところを見せたいという願望を叶えるためではなく、早急に人並みの腕力をつけなければまずいと焦り始めるのだった。
その後、本日の水城家周辺の捜査は空振りに終わったと報告を受ける。
――結局、電牙葦成らしき人物は見つからなかった。




