第3話 授業さなかの質疑談?
藍白高校、2年1組の教室。
水城輝夜は、宙地原の歴史を語る教諭の声を聞き流しながら、斜め前の空席をぼうっと眺めていた。
そこは機國敦美の席だ。
(機國さん、今日も休みなんだ……)
敦美は1週間ほど学校に来ていない。
昨夜、友人の電谷からは『藍領地の防衛整備に目処がついたし、明日辺りには登校すると思う』と連絡があったのだが、どうやらまだ難しいようだ。
輝夜はここのところ、彼女の私生活を阻害しているような罪悪感を抱いていた。防衛整備は、確実に輝夜の家のために行われているからだ。
(今日はお昼を一緒に食べながら、踏み込んだことを聞こうって気合い入れてきたんだけどな。まずは甲斐のことから入って――とかさ)
水城家の愛犬ロボット・甲斐が、尻尾をぶんぶんと振ってこちらの顔を見上げる愛くるしい姿が思い浮かぶ。
元々、甲斐の持ち主は敦美なので「ロボットってどう作るの?」と口火を切り、そこから少しずつ敦美のことに話を広げて話そうと輝夜は考えていた。だが、今日はその試みを実践できないようだ。
輝夜と敦美の関係は、新しい約束を交わした時から特に変化はない。
たまに学校に来た敦美と一緒に昼食を取るぐらいの関わりしかなく、その時も藍領地での防衛政策などの報告を、敦美が淡々と話すだけで、あまりお互いの私生活や個人的な趣向など、踏み込んだ話ができていない。
守られる立場なのでその遠慮もあるし、何より輝夜の方が敦美を意識し過ぎて上手く頭が回らないせいも多分に影響している。
(せめて普通の会話くらいちゃんとできれば……情けない。俺が護衛が少なくても大丈夫なくらい頼りがいがあったら、話もしやすかったのかな)
輝夜は秀才で秀麗な兄、水城篁朝を思い起こし、そっと溜息を零す。
水城家家は、水族本家と藍領地『領王』の敦美との間に交わされた約定で、常に藍領地の領地ランカーに護衛されている。
篁朝の方は、9年前の翡翠革命によって翡翠領民に命を狙われているのだが、輝夜と違って病んでいても本人が異常に強い。なので護衛は少なく、さらには篁朝が不快に感じないように距離を取っての最低限のものになっていると聞く。
それに比べて輝夜は、常に上位領地ランカー1名と下位領地ランカー数名が周りを固めて護衛している状態でそれでも不安が残るというのだから、己の不甲斐なさに輝夜はげんなりとしていた。
篁朝以上に、輝夜は藍領地にとって手のかかり過ぎるお荷物だ。
しかも皇族御三家の1つ、月族という〝扱い厳重注意〟のラベルを張られている面倒な荷物である。
皇族としての護衛環境でいえば劣悪な部類らしいが、あまり皇族という立場の実感がない輝夜にとって、他人に迷惑をかけっぱなしなのは気になってすわりが悪い。
月族の力は、他種族の力のコントロールと掌握。自身だけで成り立つ力ではないので仕方がないと、いくら胸中で己に言い聞かせても気分は晴れない。
決して自立ができない月族の能力に、輝夜は心底辟易していた。
(このままずっと護衛対象じゃ、いつまでも機國さんに俺が男だと意識される気がしない。ただでさえ再会するまで女の子だと思われていたのに、これから先どうしたらいいんだよ……)
元より、輝夜は篁朝と違って見た目が良くない。童顔と身長の低さは男として致命的だと思う。
特に月族として覚醒してから白練色になった髪と瞳は、少女の変装をしていた幼い頃を敦美に強く思い出させるようで、輝夜のことを庇護対象として尊ぶ敦美の姿勢に戸惑っていた。
好きな子には、頼れる1人の男として意識して欲しい。何とか庇護対象という印象を払拭したいのだ。
だから近頃、輝夜は男らしさとは何か、真剣に悩んでいる。
(種族能力以外で考えると、男女の違いってやっぱり腕力かなぁ。機國さんも女の子だし、男の俺には絶対勝てない要素のはずなんだ。だから、さらっと重たい物を持てたりすると、俺も男なんだなって機國さんも思うんじゃないかな?)
しかし輝夜自身、それほど力があるわけではない。重いものを軽々と持つにはどこを鍛えればいいのか知識も無い。
腕力の鍛え方とは何だろう。腕立て伏せだろうかと考え込む。
肩、そして腕をじっと見る。さらに手のひらへと視線を移し、軽く握り拳を作った。
(握力も欲しい。母さんがたまに瓶のフタが開けられなくて怒っていることあるし、機國さんも困っていたら助けられるよな)
よし、まずはハンドグリップを買うところから始めよう! と内心計画を練っていると、目の前に円形の次元空間が出現した。
「おっはよう! てるやん!」
現れたのは学ラン姿の電谷だ。
黒板を背にして輝夜を見下ろし、椅子の背もたれの上に右足を置いて、堂々と両腕を組んだ姿で胸を張っている。
「……おはよう、やっくん。遅刻してるけど」
しかも授業中だ。何故それほど堂々とどや顔で椅子の上に立っていられるのか。
「てるやんに緊急アンケートのお時間デース!」
「はい?」
電谷が明るく大声を張り、輝夜は意表を突かれた。
電谷の言葉に、こちらの様子を見ていた教諭は教科書を閉じて、教室からすたすたと出て行く。
輝夜と同様に電谷をぽかんと口を開けて見ていた周りのクラスメイト達は、領地ランカーのクラスメイトに出ていくように促され、皆ぞろぞろと教室から退出する。廊下に出ると、その領地ランカーが今度は教室の扉の前で仁王立ちしているようだ。
教室内で電谷とともに取り残された輝夜だけが、呆然としたまま状況についていけない。
「え? え……?」
「俺も同席していい案件かな」
輝夜の背後から声がする。
後ろの席で輝夜から距離を取って座る、藍領地階級順位『二位』雷秀寿が電谷に笑いかけた。
「勿論っすよ。というかアズ様は『マスター』と同じ情報を極力共有していただかないとっ! 『マスター』に何かあった時は、アズ様が『マスター』代行なんですからして」
電谷にビシっと指差され、秀寿は苦笑しながら蜜柑色の癖毛な髪を掻く。
同時に、輝夜の目の前の空中に電脳画面が表示された。電谷が出したようだ。
輝夜は興味津々で触ってみようと手を伸ばす。だが指は画面を突き抜けて触れられなかった。
「凄いなぁ。これ、やっくんはどうやって操作するんだ?」
「この共用の電脳なら、ユーザー登録で脳とリンクさせれば誰でも念じただけで動かせるよん。俺専用のやつは無理だけどね。電脳族固有の個人回線だと、同じ電脳族でも他人のは見えない上に干渉できないのさ。相手より力が上ならハッキングで操ることは可能だけど」
「へ、へぇ……」
(脳とリンク……。思ってたより、怖いシステムなんだな。でもみんな普通に使っているみたいだし、俺って古い考えの人間なのかもしれない。遅れてる?)
未だに機器を介してでしか電脳を触らないので、輝夜はドギマギする。
ちらりと横目で背後の秀寿を見ると、秀寿は爽やかな笑みを浮かべながらも、自分とは関係無いといったふうで関心薄く聞き流しているようだった。その姿勢に、この電脳が使えないのは自分1人だけではないという安心感がある。
電谷は1度コホンッと咳払いして話を切り出した。
「その、ヒッジョーに聞きにくいことについて、てるやんには絶対に包み隠さず答えて欲しいことがあったのでした」
「? その言い方だと聞き終わってるみたいに聞こえるけど、答えなくてもいいのか?」
「や、まぁ……うーん。一応、概要は既に聞いてはいるんで当人には細かい確認だけというか。その細かいところが踏み込んで聞くことになっちゃうわけでごめんよー、てるやん」
「はあ」
「単刀直入に! 雉子領地での騒動を暴露してもらいたい!」
電谷の問いに、輝夜は困惑する。
「キギス領地……?」
「ほら、桐煌高校」
「キリコウ……」
(え、どこだっけ?)
輝夜は様々な領地を転々としていたため、領地名や高校名がほとんど記憶に残っておらず、問われても答えられない。引っ越し先が多過ぎて頭の中で地名や地理がぐちゃぐちゃなのだ。
輝夜の鈍い反応には、電谷も戸惑った。
「て、てるやん? ほら、転校初日にそこの制服着てたデショ?」
「……ああ。そういえば、やっくんがそんなこと言ってたっけ」
確か電谷との最初の会話は、輝夜が前に住んでいた領地とその領地に存在しない学校の制服を着ていた統合の取れ無さを面白がって声をかけてきたというものだった。
話の流れで、輝夜は自身が袖を通す制服を見下ろす。
もう転校初日に着用していたブレザーの制服ではなく、詰め襟の黒い学ランだ。藍領地に定住することが決まり、この藍白高校指定の制服を皆と同じように着用できている事実に、顔がほころぶ。
内心うきうきとして学ランに喜んでいる輝夜とは対照的に、電谷は困ったように肩を落とした。
「俺、てるやんには桐煌高校で地下アイドルやってた話を詳しく聞きたかったのですがー……」
「ちょっ!? 何それ!? や、やってない!!」
輝夜はぎょっとして即答した。否定してから絶句する。
そして〝地下アイドル〟という単語で思い出す。輝夜の脳裏に、無実の罪で教師に吊し上げられた悪夢の情景が蘇った。
蒼白になった輝夜の表情が見えない秀寿が、電谷を半眼で軽くにらむ。
「電谷、いい加減な物言いはよせ。水岐……いや、篁朝さんが追われているのに、水城がそんな目立つことをするはずないだろう。正確に事実を述べてくれ」
「いや、俺もびっくりなんだけど事実らしい。電脳でてるやんがそういう活動してたって」
「――してない……!!」
輝夜は顔を真っ赤にして大声で叫んだ。
輝夜の声に、電谷は目をぱちくりと瞬かせる。秀寿は溜息を吐くと、優しい声音で輝夜を気遣った。
「わかってる。電谷はいつも妙で、不快にさせてすまない」
「えええ!? アズ様!? 俺はナー様の依頼で訊いているのに!」
「ナー様って、透兄……?」
『三位』の水名透は、最も親しい水族の親戚だ。透の名前に、輝夜は波立つ心をどうにか落ち着かせる。
「ナー様曰く、てるやんのお母様が、てるやんが電脳で地下アイドルやってた件で学校に呼び出された経験があると。だから雉子領地の電脳で、そのてるやんのデータが未だに残っているなら消したいって依頼があったのさ。だもんで、俺はてるやん本人の話も一応訊いとくべきだと思った次第。でも、てるやんはやってないとな? ちょっと、てるやん視点の話を聞かせてもらいたい」
「俺視点って言われても……」
(言いづらい……。はっきり言って話したくない。機國さんの耳に入ったら嫌だ)
しかし、電谷も秀寿も真剣に輝夜が話し出すのを待ってくれている。
恥ずかしいから喋りたくないとわがままを貫き通せる雰囲気ではなく、輝夜は諦めて渋々語ることにした。
「……さっさと忘れたい話なんだ。隠し撮りの画像を勝手に女の子の格好に加工されて、電脳で晒されてたんだよ。俺は本当に知らなかった。お……男の娘だのなんだのって電脳で持ち上げられてて……。学校側がそれに気付いて何でか俺が怒られた。今でも思い出すと、むかむかする……」
「おぅふ……。てるやんは、えっとその……す、少しばかり中性的な顔立ちですカラネ」
電谷がおかしなうめき声を上げながら、棒読みのフォローを入れてくれる。その気遣いが逆にきつい。
どうしてこんな黒歴史を自分の口からわざわざ暴露しなければならないのか、理不尽を呑み込みつつ、俯きながら輝夜は話し続ける。
「犯人は――分かってる。同じクラスだった電脳族……。俺が担任に追求されていた時、他のやつと違って、1人「ヤバッ」って感じで俺から視線をそらしたんだ。そいつが勝手に俺を電脳で晒していたのに、俺が進んでやっていたことにされて、反省文も書かされた上に親まで呼び出された……。あまりにも騒ぎが大きかったから、うちは次の日には逃げるように別の領地に引っ越したんだ……」
輝夜が電脳族に苦手意識を持つきっかけになった出来事だ。領地名や高校名などは忘れることはできても、経験した記憶はこびりついている。嫌な記憶は忘れられないものだ。
その話を聞いて、秀寿が同情する。
「……大変だったんだな」
「ちょい待ち、てるやん。その電脳族の名前覚えてる!?」
問われて、輝夜は記憶の片隅にある名前を頭の中に引っ張り出した。顔と名前はまだ覚えている。高校に入学直後で、今から1年半前ぐらいだろうか。それほど昔でもないことに自分自身少し驚いた。
「電……えっと、だいぶ変わった読みの名前だったんだ。〝牙〟って書いて――」
途端、電谷が真っ青な顔色で悲鳴を上げた。
「まさか〝電牙葦成〟!?」
(ああ……。あいつ、確かそう読む名前だった)
輝夜がぼんやりそう思っていると、ガタンッ! と派手に電谷が椅子をなぎ倒し、輝夜はぎょっとした。
「ひぃぃい、そういう接点!? その御方、電脳族じゃないから! 電脳族の風評被害ィッー!! っていうかあのサイコ殺人犯、画像加工とか得意なの!? 何やってんの!? それとも、てるやんにガチなの!? そういう意味でも恐過ぎない!?!」
輝夜は電谷の発言に虚を突かれる。
(〝サイコ殺人犯〟?)
一体、誰の話をしているのだと思った。輝夜に電脳で嫌がらせをした、元クラスメイトの電脳族の話をしているのではなかったのだろうか。
「電脳族じゃない、ってどういう?」
「そもそも何で同じ高校!? 偶然、いや名門の桐煌高校だからむしろ居るのは必然!? ひえええっ! 腐っても大地族の御曹司!」
「電谷、落ち着いて詳しく話してくれ」
秀寿が、頭を抱えて教室内をぐるぐると歩き回る電谷に輝夜の傍に椅子を置いて促す。
2、3周教室内を回っていた電谷は、疲れたのかぐったりとしながら椅子に着席した。ふうぅと重い息を吐き出し天井を仰ぐ。
「まず、訂正させてくだーさい。その人間は電脳族じゃなくて大地族だからね、てるやん!!」
(やっくんは何を言っているんだ?)
頭の中で疑問符が飛び交った。
輝夜の記憶の中にある電牙葦成という人物は、間違いなく電脳族だったと思う。周りもそういう扱いをしていたのだ。
ふと、電脳族を馬鹿にする上級生に絡まれて、廊下の隅でお金を巻き上げられていた大人しい彼の姿を思い出す。
「てるやんにはぜひ、電脳に強い人は全員|電脳族っていう世間的にまかり取っている謎の先入観を捨てて欲しいっす。切実に!」
「いやでも、電脳族の名前で」
「そのね、謎の先入観を利用して、電脳族をゴミ箱扱いで利用する種族もおるのです。一族にいらない子をそのカテゴリに入れて一族から捨てるのにヒジョーにお手軽で便利使いされているのが、電脳族の姓名なのだよ! 電脳族が一族で集まる習性もない個人主義の種族だから、全人数を誰も把握してないから好都合ってね。電脳族を名乗る別の種族が何人増えても、余程のことがないかぎり電脳族は気付かないのも事実」
「そんな……」
「てるやんは引っ越しで中央大陸も横断しているって聞いてたんだけど、〝電牙葦成〟殺人鬼ネタを知らないのが摩訶不思議。通り魔で何人も殺してる有名人、ニュースで報道もバンバンされてたはずでしょーに」
「……え……本当……?」
(全然聞いたことない。そんな電脳ニュースも見たことないし)
空中に浮かぶ電脳画面には、どこかの他領地のニュースの動画が再生された。
それは輝夜が初めて見るニュースだった。秀寿も興味深そうに見る。
「この映像は、オンラインゲーム……からか?」
「そうっすよ。フレンドから送ってもらったのですー」
電脳は領地ごとに区切られているが、オンラインゲーム内に領境は無く、全ての領地と繋がっている。電谷の他領地の情報源は、複数のオンラインゲーム内かららしい。
「てるやんとアズ様は世俗に疎い勢なのね」と電谷が呟く声を聞き流し、輝夜は動画を食い入るように見つめる。
男性のニュースキャスターが、通り魔殺人犯の写真をバックに事件の概要を話していた。
殺人犯の写真の青年は、輝夜の知る電脳族の電牙葦成によく似ているが、写真と輝夜の記憶の中の顔つきとは違い過ぎて、別人のような違和感しかない。
つい、電谷と輝夜の言う〝電牙葦茂〟は別人なのではないかと疑ってしまう。多分同一人物で合っているのだが、どうにもしっくりこないのだ。
「〝電牙葦茂〟に関しては、余程のことをやっていたんでうちの殿が徹底的に調べたんっすよ。電脳族族長に、電脳族の皮を被った大地族だって事実を、電脳族全員へと周知させるという前代未聞の努力をさせるに至った危険人物でもありまする。しかも今、どうやら藍領地にいるらしいので捜索中だったり」
ちらりと電谷は秀寿に窺うような視線を向ける。秀寿は意を汲んで頷いた。
「わかった。水城、帰宅時間は少し遅らせてもいいかな?」
「え? あー、うん。兄貴が大丈夫なら、俺は別に」
「ういうい。コンビニ近くの公園辺りが待機場所としてはオススメ! 俺も付き合いますぞ」
「水城。その大地族には、護衛がいるかぎり接触する機会なんて来ないだろうけど、もしもの時は、決して近寄らないでくれ」
「う、うん」
(そっか。うちの周りを安全かどうか、領地ランカーの人達が調べてくれているのか。また機國さんに迷惑をかけてるんだな……)
輝夜が気落ちしている横で、電脳画面内の映像が変化した。
金髪の少女が映る、ゲーム画像が表示される。
緑と群青色の輝く瞳。左右の瞳の色が違う姿が、強烈に印象として残る少女だ。
「この子は、皇族御三家の宙地原族かもって言われてる人。アズ様とてるやんは、この子に見覚えある?」
「!?」
「これが宙地原族!? 見たのは初めてだ」
秀寿は表情を硬くした。秀寿にとって、宙地原族は翡翠革命で敵方にくみした関係者である。
輝夜も驚きながら首を横に振った。
「俺も、この子は初めて見る」
「うーむ、そっすか」
電谷は2人の答えに期待はしていなかったようで、さらりと流した。
初めて見ると答えた輝夜だったが、少女の画像を見ているうちに不可解な焦燥感がこみ上げてきた。段々と胸中に不安が広がっていく。
左右の瞳が違う少女なんて見たことがあれば、印象に残って忘れないだろう。
だから会ったことはないと断言できる。できる、のだが――……。
――おかしい。既視感が、ある……?
「……画像はどこから入手したんだ? これもオンラインゲームか?」
「殿アプリの『藍らふらいふ』」
「ああ。強制ダウンロードされたっていうゲームか」
「何それ?」
輝夜の疑問の声に、2人は目を丸くした。
「へ? てるやんの携帯電話にもダウンロードされてるデショ? ほら、昨日俺がてるやんに触らないでねって言ったじゃん」
「あ、ごめん。実は昨日から、やっくんが何のことを言っているのか俺さっぱりわからなくてさ」
輝夜は、実は適当に会話を合わせていたことを、しどろもどろと白状する。
昨日、電谷からゲームアプリを触らないようにと連絡があった。だが、水城家家の携帯電話や電脳端末にそんなアプリは無く、正直何のことだろうかと家族全員で首を傾げていたのだ。
輝夜の答えを受けて、電谷は盛大に眉根を寄せた。
「……てるやん。差し支えなければ、携帯電話を見せて欲しいのだが」
「結構古いよ」
何だかんだで9年も持ち歩いている古い機種だから格好悪いなと胸中で思いながら、輝夜は連絡用に持たされている携帯電話を鞄から取り出し、電谷に手渡した。
電谷は携帯画面を見て、目を見開く。
慌てて「これで電脳を触ってもよい!?」と訊き、輝夜が頷くと、直ぐに空中に別の電脳画面を出して携帯画面と見比べ始めた。
「な、なんじゃーこりゃあ……。てるやん、この携帯電話どなたにもらったの? 水族本家からの支給品?」
「父さんから、逃亡用の特別仕様だって渡されたものだからそうかもしれない」
「電谷、何か問題があるのか?」
「と……殿のアプリがダウンロードされてない!」
「じゃあ、電拳族長が関われない携帯電話なのか。良いじゃないか」
「良いけど、良い物だろうけど、こ、これは……っ、何だ!?」
電谷が珍しく真面目な顔で仰天していた。輝夜の携帯電話を穴が空きそうなほど凝視して、身体を震わせている。
電谷はぶつぶつと「と、殿より上位回線……。どこの……いや、誰の電脳回線だ!? 藍領地の電脳なのに、俺が管理している藍領地の電脳内容と違う。厳選されてる……? ひえっ! 殿のアプリ関連の情報が痕跡すら無い!? ニュースも検索も検閲削除されてるのかコレっ!?」と独り言を呟き続け、何やら思考していた。
最終的に「てるやんの携帯電話、電須佐由様の特別仕様なんっすね。スゴイね……デンスサヨシ様」と疲れた声で輝夜は言われ、携帯電話を返された。
輝夜は、電谷の結論に眉を潜める。
電谷の独り言を拾うかぎり、輝夜の携帯電話の電脳回線は普通の藍領地固有のものではなく、電脳族個人が別に創り出して運用しているもののようだ。だから電谷は、電脳族族長の電拳剣より上位の力を持つ電須佐由が創り、運用している結論づけたのだろう。
電須佐由は、前・電脳族族長の息子で、電脳族にあるまじき、世界の理を破壊しかねない能力を持つ。
そのため皇族御三家の1つ、太陽族と養子縁組をした過去があり、御天日凰十『皇帝』の義弟だった人物である。
彼は御天日凰十『皇帝』の遺言を遵守し輝夜を長年見守ってくれていたが、水城家の電脳回線まで面倒を見てはいないはずだし、実際にこれに佐由の関与はない。現在、佐由を月族の力で眷属として支配する輝夜は、彼の力の使い道を把握できるので断言できる。
つまり佐由以外に、電脳族族長並みかそれ以上の力を持った電脳族が居て、水城家家に関わっているのだ。
(9年前の翡翠革命の時から、ずっとうちの家族を支えてくれている謎の電脳族がいる……? 何が目的で? 父さん達は誰なのか知っているのか……?)
突然不気味なものへと変わってしまった手の中の携帯電話を、輝夜はじっと見つめた。
その後、ほどなくして授業が再開されるが輝夜は色々と考え込んでしまい、授業に実が入らないままその日の日程を終えて下校することになった。
そして予定通り自宅へは帰らず、電谷の要望通りに近所のコンビニの斜め前の公園へと足を運ぶ。
するとそこに、仲良く手を繋いだ獣族の兄妹2人もやってきた。




