第2話 『藍らふらいふ』アプリ
「殿ォォぉっ!! いつも返信は超絶早いくせに、何故に今日に限ってしてくれないの!? 何でもしますからお願いしますってばッ! 誤解を解かせて!!」
扉を開けた敦美と響華の耳に、電谷の悲嘆に暮れた絶叫が届く。
藍領地本部高層ビルの最上階の一角にある、幹部専用会議室。
広い部屋の中は半球型の長机が左右にあり、中央は空中に浮かぶ電脳表示や報告者のための場所として空けてある。さらに正面のその奥には横長のプレジデントデスクが別にあり、こちらは『領王』の執務机だ。
部屋に入って直ぐ右の隅で騒いでいる電谷という青年は、〝電脳技術専属アシスタント〟という名目で雇っている電脳族の民間人で、現在の彼の仕事は藍領地内の電脳全ての管理と運営である。
藍領地にとって重要な人材なのだが、電脳族は非戦闘種族であり最下層の種族という世間の認識が背景にあるせいか、彼は他の領地ランカー達にあまり評価をされていない。
そんな電谷を、敦美は今回初めて『領王』から『十位』までの上位領地ランカーのみが入室する幹部専用会議室への立ち入り許可していた。
「ハァーッ、殿ぉ」
〝殿〟とは、電谷特有の変わったあだ名で電脳族族長〝電拳剣〟を指す。会議室の机に丸眼鏡と丸い顔を押しつけて、電谷は意気消沈していた。
「『領王』様、おはようございます」
いつもと異なり、電谷の隣に座っていた藍領地階級順位『三位』の水名透が率先して席を立ち、敦美に頭を下げる。
他にも『四位』から『八位』、『十位』が既に揃っており、透と同様に起立すると敦美へ一礼した。
電谷が入室していることには特に異議はないような雰囲気に、敦美は肩の力を抜く。
響華は部屋の顔ぶれを見渡した。
「秀寿がまだじゃない?」
「雷様は今件とは関わりがありませんので、輝夜君の護衛についていただいています」
「そう。秀寿は電脳機器の類は持ってないものね。ってことはやっぱりアプリの件なの」
「ええ。……電谷君。いい加減、粘るのはやめて説明を始めてください」
透に促され、電谷は渋々と顔を上げて中央へと進み出る。
敦美はプレジデントデスクへ向かい、響華は自身の席につかず、近かった電谷の席にさっと腰を下ろした。透がそれを見て微かに片眉を上げる。
「昨日、藍領地内全ての携帯電話や端末、電脳機器に強制ダウンロードされたアプリ『藍らふらいふ』ですが、こちらが警告を出す前に大半の領民が触っちゃってました。電脳族に至っては、喜んで踏んでまして。
でもさすがに領地ランカーで不審アプリを触った人はゼロっす。正確な数は転送した報告書をご参照ー。
アプリの制作者は、言わずと知れた俺らの殿、電拳剣族長。おかげで『マスター』と俺の力じゃいじれないっていう無駄に高性能なウイルス系アプリですな」
敦美は電脳を空中に出して報告書に目を通し、電谷に尋ねる。
「――中身はどうだった?」
「名称的に、藍領地を舞台にしたほのぼの生活系街作りものかな? って予想に反して、恋愛シミュレーション課金ゲームでビビりました。藍領地の情報抜き取りだけが目当てじゃなくて、殿の活動資金集めまで兼ねてるんっすよ」
「ハァ?」
響華が眉根を寄せる。他の者も怪訝な表情を見せた。
電谷だけがからりと明るく笑って話す。
「なんと実在の藍領地民が攻略対象! 主人公はその携帯端末の持ち主そのもの! 起動しただけで、主人公の氏名と生年月日に住所に顔写真まで既に入力済みでオープニングが強制的に始まった瞬間は、俺ですらゾワッとくるものがありましたっ!」
透が眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら水色の瞳を伏せて補足する。
「まず、現実でサーチしなければ攻略対象のキャラ自体がゲーム内に出現しない作りだそうです。ゲーム内に登場させたい人物の住む付近に実際に行き、サーチをする必要があります。要するに、人工衛星で藍領地が覗けなくなった電拳族長に、藍領地の現在の街の状態を送信するための機能だと思われます」
その透の補足には、電谷が手を挙げて異議を唱える。
「いや、でもですね。本気で情報集める気があるんだか無いんだかって感じデス。サーチの次にいきなり、出会った人物を攻略したくば課金しろって表示が登場するんですよ。普通、課金しなきゃシナリオを始められないアプリなんかに大勢の人間が飛びつかないのはわかりきってるのに、この辺りは謎な設計ですね。流行らせる気がないのかな? と。まぁ、普通じゃない代物なんでみんな飛びついちゃいましたけども」
「――まさか、電谷も彼にお金を払ったの?」
「わわっ『マスター』! そこは必要経費なんで怒らないで大目に見てくだされー!」
敦美の射るような鋭い漆黒の眼差しに、電谷は慌てて弁解した。
「課金額が、どうも人によって違うようだのう」
眼前の空中に電脳のスクリーンを出し、そこに藍領地の掲示板を表示する『四位』の時蔵石斗が、のんびりと間延びした声で敦美達の会話に割って入った。
深紫の髪と藤紫の瞳が特徴的な彼は老人のような喋り方だが、見た目は20代の男性である。
「そうなんっすよクラ様! だいたい出ている情報によると、要求額は下は1万から、上は500万皇三銭ぐらいの幅っすね。500万の人はさすがに払う気にならなかったそうですが」
「結構ぼるわね」
響華が高額な金額に呆れ返った。
電谷も苦笑する。
「はは。しかも攻略対象のレアリティが基準じゃなく、純粋に殿が嫌いな人間にはふっかけて、好きな人にはお安く提供スタイルなのが電脳で情報が集まってバレたんで、逆に殿の好感度がわかるアプリってことで電脳族内では盛り上がってますな」
「――好感度……」
「敦美だと億単位要求されそうね」
「えー。まさか博士のお姉様に、いくら殿でもそんな金額は要求しないんじゃないでしょうかね」
「ちなみに電谷。アンタいくら要求されて払ったの?」
「ワンコイン」
「500皇三銭!? 安いじゃない!」
「や、10皇三銭です。今どき飴ひとつ買えやしません」
「……下は1万からって話はどこに消えたわけ!? アンタ、あのストーカー族長に随分と優遇されてるじゃないの! まさかうちの情報流して小遣い稼ぎしてないでしょうね!?」
「してませんってば! だいたい、エン様こそ無料で遊べますって!」
ボワッ!
雷用の紙の資料が真っ赤な炎を発して燃えた。
直ぐに水の球体が現れ、炎ごと資料を包む。だが既に資料は黒い消し炭となっていた。
透が水色の瞳をすがめて、響華をジロリとにらみつける。
「炎乃さん、資源の無駄です」
「悪かったわよ。イラっときたの」
響華の真紅の瞳に睥睨されて、電谷は冷や汗を掻きつつ、視線をさまよわせながら話を再開した。
「……も、問題てんこ盛りのアプリですが、護衛対象の水城家に関しては、てるやん以外サーチ出来ません。藍領地に存在しないことになってます。何故か異常な配慮仕様ですね。うちの殿、てるやんのおうちに対して何か後ろめたいことでもあるんですかね? ただし、てるやんは除く――というか、隠しキャラにしてまで入れたくてたまらなかった感が強烈です。
あ、ちなみに殿が崇拝する博士もいません。『マスター』1人っ子にされとりますぞ」
先ほどから連呼する〝マスター〟とは『領王』敦美のことで、〝博士〟とは敦美の弟・仁芸のことだ。電脳族は、ほぼ全員が仁芸をその愛称で呼ぶほど仁芸が作るロボットに惚れ込んでいる。
電谷は会議室中央の空間の電脳画面をもう1つ出し、『藍らふらいふ』内で存在しない人物名を表示した。
輝夜の父、〝水城朧〟
輝夜の母、〝水城紬〟
輝夜の兄、〝水城篁朝〟
敦美の弟、〝機國仁芸〟
藍領地『九位』、〝炎乃響華〟
元・桔梗領地の次期御大候補者、〝獣櫛涼柁〟
涼柁の妹、〝獣櫛草乃〟
先代電脳族族長の子息、〝電須佐由〟
「電須佐由様と博士とエン様は、殿的にひいきで除外した人選でしょうね。あとは基準がわかりません! まぁ、電須佐由様に至っては、まずサーチ自体が不可能なんですけどね」
「いや、1ヶ月以前に遡ると藍領地にいない人間ばかりじゃないか? 電須佐由も藍領地での在住がはっきりしたのはついこの間のことだろう。これは配慮ではなく、間に合わなかった印象を受ける」
「へ……?」
銀鼠色の瞳を鋭く光らせ、電脳画面を真剣に見つめる『五位』刃佐間逍遙の指摘に、電谷はポカンとした。
刃佐間の意見に透も相づちをうつ。
「確かにそうですね。電谷君、そのゲームは藍領地民1人1人に細かなシナリオがあるという認識で合っていますか? もしそうなら、制作期間もそれなりに日数を必要とする出来映えなのではないですか」
「そ、それは確かに……。いくら殿でも短期間にここまで濃密なゲームは作れないかも……。じゃあこのアプリ自体は、藍領地にちょっかい出す1ヶ月前には完成していた? ああっ、そっか! 殿は『マスター』に人工衛星を取り上げられる最悪の可能性込みで、準備万端にして藍領地に仕掛けてたのか!?」
「――でも、そのアプリを人工衛星を失ったのに1ヶ月間バラまかなかった。この1ヶ月、水城く……〝水城輝夜〟のシナリオを作っていたのかもしれない。もしそうなら、わざわざ1ヶ月遅らせてまで強引にゲームに追加させる理由に、電谷は思い当たることは?」
敦美が心持ち身を乗り出して尋ねる。
電谷は腕を組んでうなった。
「うーむ、俺は無いっすね。ただ、てるやんのシナリオは妙なメッセージ付き内容だったのは確かっす。大地族側の重要な情報っぽいのが付属していて……殿、ひょっとして手を組んで味方のはずの大地族に実はブチ切れてんの? って俺は感じました。相手が相手なんで、殿の安否が俺個人としては心配っすよ」
電谷は先ほど文字を表示していた電脳画面を『藍らふらいふ』の録画映像に切り替え、神妙に全員の顔を見渡す。
「俺がてるやんを攻略したのはマジ仕事なんで! 本人には絶対言わないでくださいよ! 友情にヒビが入ります!!」
電谷が必死に念を押すさまに、響華は眉根を寄せた。
「はぁ……? アンタ、上位領地ランカーは全員攻略して中身を確認したんでしょ。今更、水城輝夜1人に神経質になってどうしたのよ」
響華の言葉にひっそりと身体を強張らせた『十位』闇束霞が、暗黒色の瞳を揺らして電谷を不安そうに窺った。
「いやいやいや! 最初に俺が隠しキャラって言いましたでしょ!? 他の同性キャラとは明らかに違うんっすよ!!」
「何が違うのよ」
「同性でも恋愛EDを迎えちゃう」
瞬時に、会議室は静まりかえった。
電谷を見る全員の目が無機質だ。
「……あの、皆さん……俺をそんな目で見ないでくださらないこと……? 作ったのは殿なんで! 俺の責任じゃないんだよおおお!!!」
周りの突き刺す視線に耐えきれず、電谷が床に顔を伏せてむせび泣く。
「殿ぉぉぉお! どうして、てるやんにだけ親友EDが存在しないの!? アズ様EDなんて他のキャラのバッド扱いで流用する酷さのくせに温度差が露骨過ぎ!! てるやんがちょっとばかし中性的な顔だからってそういう目で見てんの!?」
電谷はそこまで叫びきると、がばりと顔を上げる。
「は!? そうだ、殿がそういう目で見てるってことか! てるやんを攻略した言い分それで責めよう!! もう一回、殿に連絡し――」
「電谷君」
透に低い声音で呼ばれ、電谷はハッと我に返る。
「本題の話を続けてください」
「ア、ハイ。すみません。攻略したキャラを殿に集計されて把握されてると思ったら、その、殿に誤解というか今後ネタでも電脳でイジられたくなくてつい……!
えっとですね。このゲーム、基本的に同性に恋愛EDは無く、逆に異性には親友EDがありませぬ。ところがてるやんだけは、全方位というか、同性異性に限らず恋愛ED固定っぽいんです。しかも、ホラー映画みたいな後味の悪いオチ付きで」
「――オチ……?」
「てるやんと両思いになると、謎の少女に刺されて死ぬってオチです。俺もラストで殺されました。回避方法は、今のところ見つけられなくてめんぼくないー。電脳でも情報収集したところ、そもそもてるやんを攻略した人間が俺以外にいないっぽいですし……。
基本的に、てるやんは雷族のアズ様が護衛してるんで、電波妨害されてサーチ自体が難しい存在ですからね。まず、普通の藍領地民にとってはゲーム内に出現させるのが最難関レベルです。かろうじてクラスメイトぐらい? ちなみにその謎の少女はラスト以外で姿を現しません。随所に不穏な影を匂わせるイベントはあったんですけどね」
電谷はゲームに登場した少女の画像を電脳画面に表示する。
年の頃は15歳ぐらい。腰までの長く淡い金髪と真っ白な肌。右目は緑色、左目は群青色で左右瞳の色が違う。妙に妖艶さを漂わせる美貌の少女だ。
慈愛の笑みを浮かべる彼女の右手にはナイフがあり、笑みと相反する姿に妙な威圧感と不気味さを覚える。
「どなたか、この娘さんに見覚えありませーん? 多分、殿が情報源なら大地族の人間についてのリークだと思うんですけど、大地族っぽくない瞳の色なんですよね。この配色、どっちかっていうと植物族っぽさがあって」
電谷の問いに答える声は上がらない。
刃佐間がうなりながら提案する。
「……『十二位』の土部に確認させるのが早いのだろうな。だが、大地族の下位領地ランカーに尋ねるのはやはり悪手になるか」
「ハザ様。それやられると、うちの殿が大地族にブチ殺されるんじゃないかと怖いんでやめてつかーさい。殿も俺だから遊ばせてくれたと思うんっすよね。というかアレ? ひょっとして俺に遊ばせるのが目的だった……? てるやんだけ謎の特別無料キャンペーンだったし。
『マスター』、この前殿と話したそうですけども、殿が大地族にキレるようなコト言いました? これ、どう考えても敵のはずの『マスター』に大地族の情報を告げ口してる感なのですがー」
敦美がちらりと響華に視線を向ける。響華はそっぽを向いた。
その2人のやり取りに、電谷は溜息を吐く。
「あー、エン様の方かー……。内容はわかりませんが察するものがありますぞー」
「上手く立ち回っているつもりのストーカー野郎に、道化しかしてないわねって、事実を突きつけてやっただけよ」
「やめたげてよ。殿はあかん真面目さでも頑張っておるのですからして」
「――この女性、ひょっとして皇族御三家の宙地原族なのかな」
敦美の呟きに全員が息を呑んだ。
電谷ですら笑顔を引っ込めて黙り、会議室を重い沈黙が支配する。
(これが――皇族の宙地原族……?)
敦美は、じっと少女の画像を見つめた。
宙地原族は、有史以来、能力どころか身体の特徴すら秘匿し大地族が崇拝し続けているという、この惑星と同じ名を持つ種族だ。
太陽族や月族は教科書や一般の歴史書に載るほど、ある程度の能力の開示がされているというのにこの種族だけは非公開という、皇族御三家の中でも異質な存在である。
敦美は、機械族の自分がそんな種族の姿を見ることが叶っているかもしれない現状に、奇妙な心地がした。
「おや? 電拳族長、藍領地の掲示板におらんか?」
突如、のんびりとした時蔵の声が上がり、部屋の静寂は破られた。
電谷は急いでくだんの藍領地掲示板を覗き込む。
「藍領地民と一対一で言い合いをしておるようじゃな」
「うっわ、本当だ! 掲示板はチャットじゃないってのに! イヤーッ! うちの掲示板をスレッド立てまくって荒らさないで殿ぉおおっ!」
電脳は領地ごとに区切られていて基本的に繋がっていない。領地内の電脳情報や掲示板などの利用は、その領地内にいなければ出来ないのである。
しかし、電脳族族長だけはその制約がない。それが族長としての特権の1つだ。どの領地の電脳もどこにいようが自由に使える。だから剣は他領地からアクセスしているはずである。
現在、他領地の剣が藍領地の人間と掲示板で喧嘩をしていた。
電谷は2人を止めようと、急いで藍領地掲示板の管理画面を開く。ところがその手を止めた。そして眉を八の字にして、首を傾げた状態で固まる。
『六位』色部直晃が、常磐緑色の目を細めてその仕草を訝しんだ。
「おい、電脳族。どうしたよ?」
「電……牙……?」
電谷は呆然と呟いた。
「電谷君?」
再度透が声をかけると、電谷の顔色はすうっと青ざめ始める。
がばっと電脳画面に身を乗り出し、食い入るようにチャット場と化したスレッドを目で追った。
「藍領地に……っいる!? あの電牙がッ!?」
蒼白になってあわあわと1人でパニックになる電谷に皆は顔を見合わせた。
「ヒエェェッ!? 殿とスレッドで喧嘩してんの電牙ぐあああ!!!!」
電谷の尋常でない取り乱し様に、響華が傍まで歩いていき、スパアンッと頭をはたいた。
「落ち着きなさいよ!」
「ふあっ!」
はたかれて目を丸くした電谷はようやく周りが見えるようになったのか、会議室をぐるりと見渡すと額の汗を拭うような仕草をして、ふうう……と重たい息を吐いた。
「……すみません。え、えーと、単刀直入に。今まで気付きませんでしたが、うちの領地に中央大陸で超有名人な悪名とどろかせてるサイコ野郎が潜伏しています」
「は?」
「サイコ野郎の名前は、〝電牙葦成〟。殿が真面目系の狂人なら、こいつはガチ話が通じない系サイコ狂人っす。ちょっと前まで辛夷領地の刑務所に入ってたはずで、何で出所させたよ辛夷『マスター』!?
うちも既に他領地との領境防壁は電脳族や大地族が密入領不可能な防衛対策を施してもう侵入は……。まさか1ヶ月前の騒動の時に、他の大地族に混じって入り込んでた!? うへぇ! 真面目にいつから藍領地にいるんだ!? どうやって追い出せばいいのかわからないの本気で恐い!!」
「犯罪者ですか。辛夷領地に、いつ頃出所させたのか伺ってみましょう」
「――その電脳族は何者なの? 何をして刑務所に入っていたの?」
敦美の問いに、電谷は肩を落として首を横に振った。
「それが、まごうことなき〝大地族〟なんです……!」
「大地族!?」
「はい。大地族どもにとって汚点というか、身内だと思いたくない存在らしくって、電牙がちょっと電脳に強いからって、これ幸いに電脳族の姓をつけて無理矢理電脳族呼ばわりしているという……。個人的には本気で止めて欲シー。ハアー……」
「では、種族的にも藍領地にとって警戒が必要な人物ですね」
「確か、血縁的には大地族族長の曾孫という結構な地位のお家柄出身だったかと。電牙はですね、数年前無差別に――いや、当人的には正当な理由有りのつもりだろうけども、とにかく中央大陸で人を殺して回った元・通り魔っす。電脳族も何人か被害に遭っているっぽい噂がありまして」
「犯罪の殺人をしている一般領民なんですか……」
「理由凄まじいっすよー。『自分より背が高い奴は醜いから死ね!』らしいですからね! しかも大地族だから足音が無いんで、被害者が背後を振り向けば電牙が立っているっていうホラー。うん、怪談の存在……。
そんな奴が今、うちの殿と藍領地のスレッドで喧嘩してるんっすよ。『藍らふらいふ』アプリでサーチしたから遊ばせろって電牙がキレまくってるみたいです。殿も金の問題じゃなくて、電牙なんかに遊ばせるかって怒ってののしり合いを」
電谷は話ながらスレッド内容を追っていたが、ある一文が目に飛び込んできて、ヒュッと息を止める。
急いで全員の目の前に電脳画面を出した。電谷が問題とするスレッドの1つが表示される。剣をののしる相手の一文に、敦美と透が顔色を変えた。
「『水城輝夜を攻略させろ』!?」
「もうね……電牙なんてサイコ犯罪者が、厳重に護衛している上に大地族が能力で侵入出来ない区画で生活しているはずのてるやんの近くに……サーチが出来る場所にいるとか……――どうなってるのか、俺もさっぱり……!!」
「水城家一帯を捜査します!」
透が言葉を発し終わる前には『八位』水瀬英貴が立ち上がり、会議室の扉へと向かっていた。
「朧様に断りを入れたのち、ご家族全員が外出後に水城家の敷地と周辺を念入りに調査。同行する下位領地ランカーは水族のみの構成にする」
「ええ、それでお願いします」
英貴は透の返答に頷き、会議室から出ていった。
「どれ、私も行くかのう。闇束殿も来てくれると助かるんじゃ」
「は、はい……っ」
時蔵にぽんと肩を叩かれ、慌てて闇束が立ち上がる。
腰を浮かせた刃佐間は、眉間に皺を寄せてむうっと唸ると再び座り直した。
左隣の色部は、刃佐間の真面目な態度に舌を出す。
さらに色部の隣の『七位』紙垂野司は、浮かない顔で刃佐間に「刃佐間様。空間範囲系でもない僕達に出来る探査はありませんから、仕方ないですよ」と同情を示す。その手元は黙々と紙カゴを何箱も折っていた。仕上がったものを色部の前に置き、「……俺に色をつけろとでも?」と突っ返されると、そのカゴを色部の腕に近い側に積み重ね続けている。
傍目にも色部の目がすわりかけているが、色部は敦美の姿を横目で見るたびに、ぐっと手を握り込んで堪えていた。
敦美は響華に視線を向ける。
目が合った響華は肩をすくめ、電谷の目の前にある電脳画面に触って『2人とも目障りだから藍領地から消えて』と書き込んだ。
すると書き込みがピタリと止んだ。
それから、それまで言い争いで乱立されたスレッドが全て消失し、着信音がする。
「あ。殿から連絡来ましたワー!」
電谷はうきうきとメールを開けた。メールの文面は長くびっちりと隙間無く文章が書かれており、電谷が「う! 気持ち悪いよ、殿!」とひるむ。
「えーと、〝拝啓、麗しの炎乃響華様。秋も深まる昨今、寒く〟――」
「虫唾が走るから簡潔にして」
「〝騒々しくして本当にすみませんでした。もうしません、相手にもやらせません。あれから博士には会いましたか? 元気でしたか?〟以上!」
「敦美。何か注文ある?」
「――今後、全電脳内で水城輝夜の名前を一切出さないで」
「じゃあ、返信はそれでいいわ。あと、「最近顔も合わせてないのに、敦美の弟の様子なんて私が知るわけないって言ったわよね」ってつけて、電谷が代筆しておいて」
「ほーい、了ー解」
「あの、『領王』様。以前輝夜君の名前が電脳内で挙がった一件があるので、そちらもまだ電脳内に残っているなら消去をお願いしたいんです。その旨を付け加えてくれませんか」
透の懇願に、敦美はじっと彼を見る。
「――それは別の領地でのこと?」
「はい。何分、昔の他領地での話で詳しくは輝夜君本人に聞く必要があるのですが……。電脳内でトラブルがあり学校に呼び出されたことがあると、紬さんから耳にしています。水族としては関わっていなかった9年間で起こっていたトラブルが気にかかっているんです」
「――……」
「水族ってそこまで水城輝夜を大事にしているなら、なんでこの9年間放置してヨソの領地を転々とさせていたわけ?」
響華の問いに、透は刃佐間と色部、紙垂野の顔と、空席になった英貴の椅子を見てから苦々しく重い口を開けた。
「……対外的な理由です。どこの一族でもそうでしょうが、本家や分家同士で派閥があり、水族も決して一枚岩ではありません。紬さんが朧様に選ばれたことは水族としては誇りではありましたが、本来、朧様の相手としては相応しくなく、僕の父である水名族長は援助を表立って出来ませんでした。恥ずかしいことに、紬さんへの援助を理由に分家から誹りを受け、族長の座を奪われることを危惧していたのです」
濁された言い分に、色部と紙垂野は首を傾げた。
刃佐間はじっと耳をそばだてたまま片眉を上げている。
何故、水族分家から誹りを受けると族長の座を奪われる理由になるのか、分家を〝対外〟と称すること自体もよくわからないといった面持ちでそれぞれ困惑が見て取れた。
電谷も目を丸くして不思議そうに透の話を聞く。もっとも電谷だけは、本家と分家などの一族で集団を作った経験のない電脳族だからこそ、透の話をおとぎ話のように感じている感情に起因していた。
唯一この場で透のあやふやな言葉を汲み取れたのは、敦美と響華のみだ。
対外とは――水族分家のことではなく、月族本家のことだと2人は考える。
(朧殿は、ただ月族から放逐されたわけじゃないんだ。多分、表に月族本家が指定した養う家が――婚約者が別にいた。だから水岐紬への援助は、月族本家への逆心になる。それを理由に分家に引きずり降ろされるのを恐れたんだ)
他の皇族御三家には知らぬ振りをして、水族は月族本家の居場所を把握し、なおかつ秘匿していると気付く敦美達には、この仮説が容易に浮かぶ。
(別の婚約者って風我師匠……? ううん、朧殿が結婚したのは30年前の話だし、師匠はまだ生まれてない。え、まさか別の種族と月族が……?)
「9年の月日は長かったですが致し方ありません。水族で意思を統一するには必要な時間でもありました。そしてようやく本家も分家も足並みを揃え、水城家を援助する体裁が整ったんです」
言葉を選ぶ透の話を訊きながら、ふっと敦美の胸中に不安が広がった。
(今になって月族本家が朧殿と水岐紬との結婚を認めたのは、水城君が宙地原族のターゲットになったから……?)
30年間、堂々と表で生活していても宙地原族に全く見向きもされなかった朧。
ところがその息子の輝夜に宙地原族の影が見えた瞬間、放逐をよしとしていた水族本家――いや、月族本家が意見をひるがえしている。
月族本家の指針は、まるで宙地原族の動きを追っているかのようだ。
透に聞かされた朧の放逐の話と実態は、逆な気がする。
朧は月族として不出来な存在だから放逐されたのではなく、宙地原族が興味を示さない存在だったからこそ放逐することが――表での生活が叶ったのではないのだろうか。
透が以前言っていた言葉が、敦美の脳裏をよぎる。
――『輝夜君を月族として大切に守り、いつか月族本家にお返しする日を迎えるのが使命だと思っています』
輝夜はそのうち月族本家に迎え入れられて、それから――
ソレカラ――……?
ぐにゃりと、目の前の景色が歪む気がした。
それ以上考えたくはないのに、頭の中で答えがはじき出されてしまっている。
真っ黒に塗りつぶしてもなお、次の瞬間には白く、黒の中に浮かび上がる不吉な考え。
いつか月族本家に――……輝夜を取り上げられる日が来る。
……そして、敦美と輝夜は、2度と会えはしないのだ。




