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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
『眠る月の皇子』
35/141

終章 2人の新たな約束


「―― 一緒に、お昼ご飯を食べない……?」


 輝夜てるやすは、目の前に立つ敦美あつみの姿に頭の中が真っ白になった。ぽかんと口を開いた。


「――百貨店では、出来なかった話をしたいの」


 輝夜てるやすからの返答が無く、敦美あつみは顔色を曇らせた。


「――駄目、ですか……?」

「えっ!? あ……えっと!」


 敦美あつみに再度尋ねられて、輝夜てるやすは、はっと意識を引き戻される。


「い、いいよ! どうぞ!!」


 何も考えず、反射的に輝夜てるやすは隣を空けた。

 敦美あつみが静かに隣に腰かける。

 その動作さえ可憐で、輝夜てるやすはジッと見とれてしまった。

 視線を感じた敦美あつみが、輝夜てるやすを見る。

 輝夜てるやすは慌てて前方の銀杏に目線をそらした。ドキドキと鼓動が高鳴る。敦美あつみの存在を傍で感じ、輝夜てるやすは顔を赤くした。


(き、緊張する……っ)


 敦美あつみにおかしな振る舞いを見せていないか、ご飯を口に入れてもいいタイミングはいつなのか、そんな些末な自分自身の一挙手いっきょしゅ一投足いっとうそくですら、酷く気になって仕方がない。


「――……」

「……」


 沈黙の間が続く。

 あまり表情の変化がない敦美あつみが、持っていたコンビニの袋から昼食を取り出した。ブラックコーヒーとヒレカツ定食弁当。更にホットショーケースで売っているチキンとワッフル。

 何となく、コンビニ袋を見た時からサンドイッチなどの軽食系が出てくるのを想定していた輝夜てるやすは、重たいラインナップに軽く衝撃を受ける。


(お、女の子も、お昼からがっつりしたものを食べたりするんだ……)


 思い返せば、幼い草乃かやのもボリュームたっぷりの唐揚げ弁当を所望していた。

 輝夜てるやすは自身の手元にある弁当に視線を落とす。

 野菜たっぷりのサラダと甘い卵焼きにくるまれた小さなオムレツ。肉巻きのアスパラとプチトマトが2つずつ。カラフルだが申し訳程度に添えてあるだけのおかずに、少なめのわかめご飯という中身……そもそも弁当の器自体がそれほど大きくない。


(いや、俺これが適量だし! そんなにあっても食べられないし、男だから大食いの方が良いとか全然無いはずで!)


 胸中で、ぶつぶつと自分自身を納得させる言葉を連ねる。


「――いただきます」

「! い、いただきますっ!」


 敦美あつみの言葉に、既に食べ始めていたはずの輝夜てるやすまで釣られて言う。直ぐに妙なことを口走ったと輝夜てるやすは恥ずかしくなった。

 敦美あつみは箸を手に持ちながらも、口に食べ物を運ぼうとはしない。彼女もまた、正面にある銀杏の樹を見つめていた。


「――私、子供の頃は男の子の格好をしていたの」

「え……?」

「――性別を理由に攻撃してくる人達の目が怖くて、そんな格好をしていたから貴方にも誤解をさせていたかもしれない」

「あ……」


(そう、だったんだ)


 ようやく腑に落ちた気がした。

 記憶が戻ってからも、何故あの少年を敦美あつみだと思ったのか、それともまた何か記憶違いをしているのではないかと、輝夜てるやすは確証が持てずに混乱していたのだ。


「――でも今になって思うの。私が恐れていた目を持つ人達は、私の人生にそこまで重要な人間だったのかなって。今となっては名前すら知らない、本当に私を見ていたのかもわからない、そんな〝誰か〟をどうしてあの頃はあんなに怖がっていたんだろうって……」


 輝夜てるやすは彼女の言葉を聞きながら、泣きじゃくっていた幼い敦美あつみの姿を思い出していた。


「――馬鹿みたい。本当に、どうしてだったのかな……」


(馬鹿なことなんて何もないよ)


 輝夜てるやすにも怖ろしいことはあった。

 家庭内だけが世界の全てだった子供の頃、兄に一生殴られ続けて生きていくのだと、輝夜てるやすも思い込んでいたのだ。 


「俺も……小さい時は、女の子の服を着てたよ。き……機國きぐにさんに女の子だと思われたと思うんだけどっ」

「――うん……」


 敦美あつみが静かに頷く。彼女もまた、当時の輝夜てるやすの姿を思い出しているのかもしれない。


「俺は兄貴が命を狙われてて、その用心のための格好だったとずっと思っていた。でも、今は違うってわかる。だって翡翠ひすい革命の前からだった。多分母さん達は俺を皇族の人達から隠したかったんだ。だからどこの領地で購入した物か特定されないように、既製品じゃなくて手作りの服を作って頑張っていたんだって思うんだ」

「――いいお母さんだね」

「あ……でも、本当はただ作るのが好きだっただけかもしれないけどさ」

「――獣櫛じゅうくし殿の妹が着ていたのを改めて見たけど、可愛いフリルのワンピースだよね。だから、ずっと桜並木で会った子は女の子だと思っていたの」

「俺も、ずっと機國きぐにさんを男だと――いや、実は途中まであずまだと勘違いしていたんだ。あずまも俺の記憶を混乱させないように話を合わせてくれてて……。それでもごめん!」

「――謝らなくていいよ。それに、間違ってもいないと思う。あずまもあそこにいたから」

「え!? そうだっけ!?」


 輝夜てるやすが目を丸くして驚くと、敦美あつみは思わず笑みを浮かべる。


「――あずま、怒るよ」

「うわっどうしよう、全然覚えてない! 長い間、記憶を思い出せなくなってたせいかな。思い出してからも、その前後の記憶が色々混ざっていたり無茶苦茶あやふやで……」

「――9年も前のことだもんね」

「だ、だね……子供の頃の話だし。でも、ごめん」

「平気。私が全部覚えているから」


(ああ……。俺、本当に約束をしたあの子と話しているんだ……)


 段々と実感が湧いてきて、輝夜てるやすは感動を覚えた。しかもそれが、一目惚れをした女の子だったなんて。


「――私は金平糖こんぺいとうの件が気になっていたから、あずまのことが余計印象に残っていたのだと思う。あずまはあの時、電須でんす佐由さよしの傍にいたんだよ。電須でんす佐由さよしが貴方に「時間切れ」と言って連れ去った。……ずっと訊きたかったの。あの時、私のせいで何かまずいことになったんじゃないかって」


 敦美あつみがためらいがちに尋ねる。

 次に笑ったのは輝夜てるやすの方だった。


「ああ! それならあれで良かったんだ」

「――そう、なの……?」

「うん。あとよく考えるとさ、そもそも機國きぐにさんに声を掛けた時点でルール的に違反だったと思うんだよ。佐由さよしさん、何の気まぐれか、機國きぐにさんと話しているのすら待っててくれていたけど」

「――電須でんす佐由さよし。まともに対面したことはないけれど、私の従兄弟いとこなの」

「えっ!? そんな近い血縁の人!?」

「――電脳族でんのうぞくは近親者に甘いから、そのせいかもしれない。私の方は話したこともない親戚なんてどうも思わないのに」


機國きぐにさん、結構ドライな人なんだ)


 可憐な容姿に反して、敦美あつみは淡々としながら辛辣しんらつだ。

 輝夜てるやすはそのギャップにも好感を持つ。

 突然、敦美あつみがスッと前方に手を伸ばした。すると、いつの間にか手の上に兎のぬいぐるみが乗っている。


「ツキちゃん……?」


 思わず、輝夜てるやすは記憶の片隅にあった名前を呼んだ。 

 それは9年前に敦美あつみに渡した輝夜てるやすの兎のぬいぐるみだった。


(あっ! うわ!? 今思うと、ぬいぐるみに名前つけてるって何だよ!?)

 

 我に返ると恥ずかしい。しかもあの兎のぬいぐるみは御天日みあめひ凰十おうと『皇帝』から贈られたプレゼントだ。人に貰った物を、人に渡すなんてとんでもないことをしでかしている。

 だが、敦美あつみは全く気にする様子はない。

 輝夜てるやすはその反応に心底ほっとした。


「――私、約束通りに藍領地の『領王』になれたの。だから、約束の達成を貴方に示したい」


 敦美あつみの真剣な眼差しを受けて、輝夜てるやすは頷いた。

 兎のぬいぐるみが敦美あつみから差し出される。

 輝夜てるやすは緊張しつつも、しっかりと受け取った。それから照れながら精一杯の気持ちを込めて言う。


「おめでとう、機國きぐにさん!」

「――ありがとう。て……み、水城みずしろ、君……」


 敦美あつみは呼び方に迷いながら応えた。感謝の言葉を輝夜てるやすに言い終わると、笑みを浮かべる。

 輝夜てるやすも心の底から嬉しかった。


(「おめでとう」ってやっと言えたんだ)


 輝夜てるやすにとっても、敦美あつみとの約束は特別なものだった。


 輝夜てるやすのそれまでの記憶の終わりであり、始まりにすらなった思い出。

 あの約束の直後、月族つきぞくの〝水岐みずき輝夜かぐや〟としての人生は終わった。

 そして、水族みずぞくの〝水城みずしろ輝夜てるやす〟が生まれて、その人生が始まった――……

 そして今の自分自身を形作っているのは、ほぼ間違いなく〝水城みずしろ輝夜てるやす〟になってからの自分でしかないのだ。記憶が戻ってからもそれは変わらない。


 輝夜てるやすは、今となっては御天日みあめひ凰十おうと『皇帝』の遺品となった兎のぬいぐるみを感慨深げに見つめる。


「おかえり。……あ! その、甲斐かい――貰った犬のロボットは」

「あの子はいいよ。大事にしてあげて」

「そっか。良かった。うちの兄貴が甲斐かいがいないと駄目でさ」


 輝夜てるやすはほっと胸を撫で下ろす。甲斐かいはもう水城みずしろ家の家族の一員なのだ。


「――これからの、こと」


 敦美あつみがぽつりと零す呟きに、輝夜てるやすは反応して背筋を伸ばした。


「――藍領地『領王』として、水族との約定の下、水城みずしろ家を守ります。

 敵対対象は皇族御三家の太陽族たいようぞく宙地原族そらちのはらぞく。そして宙地原族の従者の大地族だいちぞく。宙地原族の協力者である電脳族でんのうぞく族長の電拳でんつかつるぎ。そして翡翠の領地民から」


(〝太陽族〟も?)


 水族の注文に太陽族が含まれているようで驚いた。水城みずしろ家と唯一繋がりがあり、好意的な皇族家だと認識していたのだが。


「とんでもない面々……。1つの領地の『領王』に頼んで任せる勢力じゃない」

「――かまわない。私が貴方を守りたいの」


 敦美あつみが力強く断言した。真剣な表情で輝夜てるやすを見つめる。

 その迷いのない漆黒の瞳に、輝夜てるやすはそのまま吸い込まれそうだった。


「そんな、無茶なこと……無理しなくていいんだ。せっかく『領王』になれたのに」

「――貴方がいなければなっていなかった。私は、貴方のための『領王』だと思っているの」


 輝夜てるやすは言葉に詰まる。

 顔も胸も、熱い。

 でもその熱は決して嬉しいとか、感動したとか、喜びに繋がる想いから生まれていない。


「それ……俺が、機國きぐにさんの足枷あしかせになってない……?」


 輝夜てるやすの存在が重苦しいと感じるのではないか。問いを投げる声音は確実に震えていた。


「貴方は私にとって枷じゃなくて……そう、次元の扉と同じだよ。きっと私は、どんな場所にだって行けるって思う」


 敦美あつみは潔くはっきりと言い切る。そこには、絶対的に揺らがない不動の意志があった。

 輝夜てるやすの瞳から一筋の涙が零れる。だが、慌てて敦美あつみに見られないようにさっと手で拭うと、誤魔化すためにわざと明るく言った。


「あーっ、俺も格好良く何か言えたら良かったんだけど! 自分の力だけでどうにか出来る種族でも無くって、ホント我が家一同、これからお世話になります!!」


 明るく早口でまくし立て頭を下げた。


「――はい……」


 敦美あつみは噛みしめるように返答して破顔する。滅多にない満面の笑みだった。

 だが顔を伏せた輝夜てるやすには、珍しい敦美あつみの表情を見ることは叶わなかった。輝夜てるやすの顔は不甲斐なさや情けなさがにじんだ表情で歪んでいた。



 ――月族は、他人に護られることが前提の種族――……

 輝夜てるやすはその能力の特殊性と限界をもう知ってしまった。



(俺はこの先……それこそ一生、好きな子を自分の力で守ることがない奴なんだ……)

 

 未来の自分自身への絶望感が胸中で広がる。

 これなら、非戦闘能力の水族だと思い込んでいた頃の方がまだ幸せだった。

 何かが出来るわけでもなかったが、他人を利用する力を内に秘めた人間でもなかったのだから。


 月族の力は、他人を利用してその人生を歪める。

 創世の時代から、月族が大人しく力を使わずに暮らし、力を使った者を咎人とがびととして名前まで取り上げられる処罰をよしとした理由を、輝夜てるやすはもう誰に教わらずとも悟っていた。


(運動場とか、転校とか……俺のせいでたくさんの人に迷惑をかけている。世界を壊さないためになんて最もらしい理由を並べて、佐由さよしさんの力も奪った。本当は、俺が不安だっただけじゃないのか。佐由さよしさんに見えないところで何かされるのが不安で怖くて――ただのわがままだ。あの人の生き方を俺が潰した……)


 『かぐや』が輝夜てるやすのために使った月族の力。まぎれもなく輝夜てるやすが願ったことだった。


 どこからか、とある青年の声が響く。



『俺は自分がどれほど非力か、知ってるからね。力ある人間に頼るしか道がない。だからそうする。どれほどの失敗をして、道化のような醜態をさらそうが、頼って頼って笑われ続けるなかでしてやる』



(……つるぎ、さん……)


 ――これは、電脳族でんのうぞくの族長、電拳でんつかつるぎの声だ。

 優しかった人達の言葉より、電話音の心的外傷トラウマ輝夜てるやすに与えるような、辛辣な言葉ばかりだった彼の言葉の方が輝夜てるやすの心の中に深く刺さっている。

 おぼろに会いに来ていた御天日みあめひ凰十おうと『皇帝』と話をするために、何度も水城みずしろ家付近に足を運んでいたつるぎは、よく1人で公園にいた輝夜てるやすに話しかけてくれた。

 特に遊んでくれることもなかった。

 ただただ傍にいて、暗くなったら「早く家に帰れ」と言う。

 愚痴のような、決意表明のような、時には罵倒のような……ずっと輝夜てるやすの隣で一人言のような話をしていた。



『俺は、世界を好きに変えられる電須でんす佐由さよし様ほど特別な力なんてないんだ。大体まともに電脳族にもなれない電脳族モドキだ。それでも電脳族のためになることを成したいんだ。それはそんなにおかしな感情かな……?』



 両親は電脳族とはかけ離れた別の種族だと話していた。その両親に捨てられたとも。

 電脳族の中でさえ上手くとけ込めず、違和感を消すのに苦悩して、族長として電脳族のためになることを成せれば、きっと完全に電脳族の一員になれるとつるぎは信じているようだった。

 この間、輝夜てるやすが見た藍領地の電脳ネットの掲示板のつるぎらしき書き込み。

 彼が名乗っていたハンドルネームは〝未分類人〟だった。

 つるぎは今でも、電脳族である自分自身への違和感を消せないでいるのだ。


 9年の時間が経って成長した輝夜てるやすは、やっと彼との会話の内容を理解し始めている。

 つるぎ輝夜てるやすの大事な人を間接的におとしめて殺したであろう人間だが、多分、現在の輝夜てるやすと一番近い感情を共有している。



 ――無力な自分自身への憤り……



つるぎさんも、俺も、他人を動かさないと何も出来ない人間だから)


 今の輝夜てるやすなら、つるぎともっと向き合って話せると思う。

 話したいと……思い始めてもいる。

 9年前、つるぎが本当に求めていたのは、どこか似通った力と境遇だった輝夜てるやすとの会話だったのではないだろうか。


つるぎさん、ずっと俺に電話をかけてきていた)


 当時は嫌がらせにしか思えなかったつるぎの所業も、全ては寂しさから行われていたのかもしれない。そう、思うのだ。




 唐突に、右手首を掴まれた。


 意識を現実に引き戻され、ハッと我に返る。顔を上げると、思っていた以上に敦美あつみの顔が間近にあった。


「――私は、たとえ『領王』でなくなったとしても、貴方の味方だから」


 敦美あつみ輝夜てるやすを見つめて力強く言いきる。

 藍領地の『領王』だから輝夜てるやすを守るのではない。それが自分の意志だと、改めて言い直されたことに気付くのに、輝夜てるやすは数秒かかった。


(え、あ……?)


 輝夜てるやすは上手く頭が切り替わらない。

 顔を上げない輝夜てるやすの反応が、敦美あつみに心配をかけて変な勘ぐりをさせていたのか。


機國きぐにさん! そんなに気負わ――」


 掴まれた輝夜てるやすの右手が動かされ、箸で刺していたプチトマトが敦美あつみの口の中へと放り込まれた。


 ――今、何が起こったんだ。


 輝夜てるやすの右手首が解放される。呆然としながら、目の前でそしゃくする唇と、右手が持つ箸を交互に見た。


(え……?)


 次に敦美あつみから、輝夜てるやすへヒレカツを挟んだ箸が向けられる。


(ええ!?!)


「どっ、どどどどどういう……?!」 

 

 輝夜てるやすは顔を真っ赤にして動揺する。どもり過ぎて、舌を軽く噛んでしまったぐらいだ。


「――交換出来るものが、食べ物だけだから」

「交、換……?」


(9年前と、同じように――……?)


 敦美あつみは、真摯しんしな眼差しを輝夜てるやすに向けた。


「――私は、本気だよ。ここに誓う。たとえ、この領地の全ての人間を敵に回したとしても、私は必ず貴方を助ける。貴方以外を、絶対に選ばない」


機國きぐにさん……」


(『領王』だからじゃなくて、機國きぐにさんは少なからず俺を大事に想ってくれている気持ちからなんだ)



 ――その想いが、輝夜てるやすと違って、幼い頃の恩人への親愛でしかないとしても。



(甘えているだけなんて嫌だ。自分を諦めて、ただ見ているだけじゃなくて、機國きぐにさんの気持ちに俺だって答えたい……!)


「俺も……誓うよ! 機國きぐにさんが困った時に、助けられるように努力する。それがたとえ、見えない形でも……なければ探す! かけられるものなんて何も無い俺だけど――」


 輝夜てるやすは深く息を吸い込んだ。気を静めて一息ついてから言い切る。


「……今は、頼らせてもらいます!」


 そして、敦美あつみが差し出していたヒレカツをばくりと口に入れた。真っ赤になりながら輝夜てるやすは食べる。


(ひい……っ! 恋人でもないのに、こんなことやるの無茶苦茶恥ずかしい……!! だ、誰にも見られてませんようにっ!!)


 敦美あつみは嬉しそうに目を細める。

 しかし、膝の上にある自身の弁当を見て直ぐにハッとする。いつもの淡々とした声音に、はっきりと焦りの色がにじむ。


「――あ、あの、私……。いつもコンビニのお弁当ってわけじゃなくて、今日はたまたま……なの」

「え、えっとこれ、美味しいね。俺も今度兄貴に買ってあげようかなー」


 輝夜てるやすはあまりにドキドキし過ぎてちっとも味はわからなかったが、気恥ずかしさを隠すため、とにかく会話をしようと思った。 



 それから、2人はとりとめのない話をする。

 好きな物。苦手な食べ物の話。授業の進み具合。学校の教諭の話。

 何でもない会話に、輝夜てるやすの方はドキドキしたり緊張したりとせわしなかったが、とても楽しい時間を2人は過ごした。

 足元では銀杏の落ち葉が秋風に揺られて、かさりと鳴っていた。



 ここから2人は、新しい約束を誓った日々を共に歩み出す。






【眠る月の皇子〈終〉】

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