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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
『眠る月の皇子』
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第28章 明日への指標

「信じられない。見た瞬間に攻撃するなんて!」

「あれぐらい攻撃に入らない」

「威力の問題!? どっちにしても出会い頭に殴りかかったようなもんだろ!」

 

 輝夜てるやすが一生懸命に先の廊下での一件を怒っているのだが、肝心の篁朝たかときはどこ吹く風である。


 現在、2人がいるのは水族みずぞく本家の客間。

 輝夜てるやすが寝ていたのとはまた別棟で、獣櫛じゅうくし涼柁りょうた獣櫛じゅうくし草乃かやののためにあてがわれた部屋である。


「とにかく俺のことで協力を求めていた人にすることじゃない。おかしいから!」

「どうせあの男、協力しなかったんだろう」


 篁朝たかとき涼柁りょうたを一瞥する。

 屋敷の使用人から服を借りた涼柁りょうたは、現在半獣(はんじゅう)がたの姿だ。篁朝たかときの視線に、涼柁りょうたは垂れた耳を少しだけ上げて背後を振り返る。


獣櫛じゅうくし。お前に聞いているんだ」

「わ、僕だったん。ごめんなん」

涼柁りょうたさんが謝ることないです! うちの兄貴の被害者なんだし!」

「その話、いい加減にしろ」

「びゃかあにきぃー!!」


 篁朝たかときに頬をつねられながらも、輝夜てるやすは抗議した。

 涼柁りょうたは微笑ましく2人を見ながら言う。


「よっちゃん、輝夜てるやす君に多次元の力を封じてもらったん」

電須でんすが……?」

「俺の無理矢理なわがままを聞いてくれたんだよ……!」

輝夜てるやす君、そんなに気にしなくていいん。本当に嫌なら、輝夜てるやす君の提案に乗ったりはしないん。前からちょっと、よっちゃんは自分の力に思うところがあったんよ。電拳でんつか族長のこともあるん……。丁度いいきっかけだったん」

「どうせ今回の件であい領地に定住しているのが電拳でんつかにバレなきゃ、腹をくくらなかっただろうがな」


 篁朝たかときとげのある言い方をして、輝夜てるやすに再び目を向けた。


「それで、お前は記憶を消さない選択か」

「あ……。いや、選択って言うか、そもそも佐由さよしさんがやる気無かったんだけど……」

「何だと!? あの男ッ……!!」


 柳眉を釣り上げて怒る篁朝たかときに、輝夜てるやすは驚いていた。癇癪も起こさず、普通の反応を返すからだ。


(兄貴は、俺がずっと月族つきぞくでいる状態に手がつけられないほど暴れるかと思っていたのに)


 百貨店の時のようになってしまったらどう止めればいいのか。輝夜てるやすはその打開策が思いつかず、内心では冷や冷やしていた。

 しかし目の前の篁朝たかときは信じられないくらい落ち着いている。月族の輝夜てるやすを受け入れているようなのだ。


「さっき水族族長の要望で、藍領地『領王』と上位領地ランカー全員が俺と月族のお前を内密に警護する約定が交わされた」

「え!?」

「藍領地は翡翠ひすい革命被害者の『二位』あずまがいるから、翡翠領地とも元々断交しているしな。ここは桔梗ききょう領地の次に安全な領地になっただろうから、父さん達が定住するって」

「本当に!?」


(もう引っ越さなくていいんだ!)


 嬉しくて輝夜てるやすの目頭が熱くなってくる。

 同時に、篁朝たかときの精神状態が安定している理由もわかった。周りから、月族としての輝夜てるやすと家族の安全が保証されたからだ。


植物しょくぶつぞくから抗議の声が出るだろうが、俺達の生活圏内の土が剥き出しの場所をコンクリートで塞ぐって話もしていたな。お前、藍領地内でも出るなって境界ラインを用意されるらしいから、そこからは不用意に出るなよ」

「うん……!」

輝夜てるやす君、良かったん」

「ありがとうございます!」


 涼柁りょうたがふさふさの尻尾をぶんぶんと振って、ともに喜んでくれた。その涼柁りょうたの傍には、タオルケットにくるまれて丸くなっている子猫の姿がある。

 輝夜てるやすは、そうっと眠る子猫の様子を窺った。ロボットの甲斐かいが彼女の近くで同じように寝転んでいる。


草乃かやのちゃん、大丈夫ですか?」

「お医者さんが、怪我もしとらんし大丈夫って言ってくれたん」

「今度ちゃんと、あんころ餅をおごるって目が覚めたら言ってください。さっきずぶ濡れにして駄目になっちゃったんです。――誰かさんのせいで!」


 輝夜てるやすが恨めしげに横目で篁朝たかときをにらむと、篁朝たかときはそっぽを向いて素知らぬフリをする。

 その拍子に、輝夜てるやすは入り口の障子戸しょうじどの隙間から中の様子を窺う人物に気付く。丸い眼鏡が光に反射してキラリと光っていた。


でん……や、やっくん!?」


 輝夜てるやすの言葉を待っていたのか、スパッァン! と勢いよく障子戸が全開にされた。


「やあっ! 偶然っすね、てるやん!!」


(偶然って何だっけ……)


 いわゆる、哲学的な問いだろうか。いや、輝夜てるやすの苦手な数学的設問の可能性もある。確かに、電脳でんのうぞく電谷でんやが水族本家にいるのは謎だった。その観点からなら偶然と言えなくもないのか……?

 篁朝たかとき電谷でんやに顔をしかめる。


輝夜てるやす電脳でんのうぞくの友人には気を付けろ。基本頭がおかしい」


 その忠告を言うのが2度目だと、篁朝たかときは気付いていないのだろうか。


「そんなことないん。きっと、輝夜てるやす君が心配で来てくれたん。友達思いな子なん」


 涼柁りょうたは気付いていないようだ。


「あ、すみません。『フオォォーっ! てるやんが月族!!』ってテンションと興味本位だけで来てしまいました!」


(興味本位って……)


 まさかの電谷でんや本人から訂正が入る。輝夜てるやすは、がくりと肩を落とした。

 密かに電谷でんやが友人を心配して顔を出してくれたのではと期待していたのだが、そんな輝夜てるやすの淡い希望は打ち砕かれた。

 でも電谷でんやの無事な姿を見れて安心した。百貨店で昼食を買うために別れて以来の再会だ。再び落ち合った時には、氷藤ひょうどう信次しんじ電谷でんやになりすましていたので、本物の電谷でんやはどうなったのか心配していたのだ。


「いやー、パン屋前の従業員用出入り口から出てきたくず領地ランカーに捕まりまして。逃げられなかった場合は素直に言うことを聞くのがセオリー! おかげで手荒な扱いは受けなかったんで、この通り怪我ひとつないっすよ!」


 電谷でんやは明るく笑い飛ばした。


「ただ、てるやんと俺の親しみ具合が浅すぎたことで、偽物合図が機能しなかったっぽいのは純粋に悲しい」

「偽物合図?」

「パンと呼び方ー」

「へ?」

「ぐあ! やっぱり、てるやん気付かなかったあっ!!」


 電谷でんやは芝居がかった動作でよろめき、畳に横たわる。 

 篁朝たかときが思い出しながら言った。


「お前なりの初歩のなりすまし対策か。あの男、俺の前では誰の名前も呼ばなかったぞ」

「あ、そうなんっすか。思っていた以上に賢い人でしたのね。喋り方は凄いチャラかったのになー。いやあ、アズ様本人じゃなくて実は『マスター』だったし、完全にあっちに運が向いてましたね」


 輝夜てるやすは、篁朝たかときとの電谷でんや2人の訳知り顔にぽかんとしてしまう。


「え? な、何? 何の話?」

輝夜てるやす。何のために〝てるやん〟って呼ばせているんだ。ちゃんと理解して利用しろ」

「えぇ!?」

「まーまー、タカ様! てるやんは一般人ですもん。あ。これからお兄さんのこと、勝手に〝タカ様〟ってお呼びしますんで!」

「あ、そうなん。僕ももう〝こうちゃん〟って呼びは止めるん。〝たっちゃん〟って呼ぼうと思うん」

「どっちも好きにしろ」


 困惑する輝夜てるやす電谷でんやが説明してくれる。


「俺ってば、領地ランカーに関わってるお仕事してるんで、捕まった時に『コイツ俺の偽物ダヨ』って周りに教える合図の1つがあだ名呼びなんっすよ。

 領地ランカーになりすます人はあんまりいないけど、非戦闘系の友人や家族のなりすましはあってですね。そんな時、普段からあだ名で呼んでもらってれば『こいつ別人だ!』ってわかって、俺の方も直ぐに次元空間に逃げられるんで自衛にも繋がりまっす」

「それで『やっくん』って呼べって」

「そ。いちいち呼び方を強要しちゃってすまんね、てるやん。でも俺も命がかかっているので、妥協は出来ませんぞ」


 話を聞いた輝夜てるやすは、電谷でんやのことを変なこだわりを見せる電脳族だと思っていたのが申し訳なくなった。

 輝夜てるやすの胸中を知ってか、電谷でんやはさらりと話題の矛先を変える。


「工作員ランカーもあだ名呼びがデフォですよねー。あっちは本名隠しを兼ねてますが」

「えっ、コードネームみたいなのは使わないんだ?」

「偽名なんて使う意味がない。階級順位表ランキングが公表されているかぎり、目を付けられて調べられれば本名なんて直ぐバレるからな。時間稼ぎのあだ名程度で十分だ」


(兄貴、本当に領地ランカーをしていたんだ)


 篁朝たかときが補足するのを見て、輝夜てるやすは不思議な心地がした。翡翠ひすい領地の『二位』ランカーだったと話に聞いていても、あまり実感が持てないのだ。 

 電谷でんやは起き上がって居住まいを正し、ごほんっと咳払いをすると、涼柁りょうたの前に正座する。


「ワタクシ、こう見えて藍領地専属の電脳技術アシスタント兼、水族の専属電脳技術屋なのデス。藍領地の情報系は何でもござれーな立場なんですよ」

「こいつ、専属って2回言わなかったか……?」


 電谷でんやの口上に、篁朝たかときは訝しむ。


(うん……。2つの組織に所属してるって全然専属じゃないよな……)


 輝夜てるやすも心の中でつっこみを入れる。

 涼柁りょうた電谷でんやの言葉に感心したように頷き、話し出した。


電谷でんや君は、とっても重要な役職の人だったん。僕も黙っていたことがあるん」

「……実は存じてます! アナタはジュークシリョータ様ですね。水族の意向としまして、桔梗ききょう領地と波風は立てたくないとのこと。不法入領(にゅうりょう)の件は、『マスター』にも許可を得ましてチャラにする方向になりました。

 で、ジュークシ様にはこっそりお忍びで帰還していただこう! と。でも希望があれば調整しますよー。どのくらいまで藍領地のご滞在をご希望でしょーか?」


 籾手もみての手振りまでして、電谷でんやは旅行プランナーになりきっているようだ。


「そういえば僕、よっちゃんに連れてきてもらってすっかり入領にゅうりょう手続き忘れてたん」

「ええ!?」


 おっとりと重大な見落としを話す涼柁りょうたに、輝夜てるやすはぎょっとする。


涼柁りょうたさん、天然過ぎない!? 本当に次期御大(おんたい)候補者なんて偉い立場だったのか……!?)


「それに、今は一文無しになってしまってるん」

「ホテルに預けてらっしゃった荷物なら、燃えきらずに無事でしたよ!」


 電谷でんやは傍に円形の次元空間を出現させ、その中に両手を突っ込んだ。そして、薄汚れた大きなスポーツバックと表面が焦げた小麦色のバスケットを取り出す。

 輝夜てるやすはその荷物に見覚えがあった。


(初めて涼柁りょうたさんが話しかけてきた時に持っていた荷物だ)


「ふいーっ、これっすよね? 保管所にありました。どぞどぞー」

「わぁ、ありがとう!」

「えっと、やっくん。次元空間は直ったんだ」

「うむ、ちょっとだけ回復しましたわ。俺が入って移動なトコまで直るにはまだまだ時間がかかるけども。ここからが結構長いんっすよ」


 涼柁りょうたは手渡された荷物を大事に抱えて、盛大に尻尾をブンブンと振った。半分に折れて垂れている両耳も、いつもよりピンっと立っているようだ。


「良かったん! 僕の全財産が入っているん!」


(旅行って全財産を持って出かけるものなのか?)


 輝夜てるやす涼柁りょうたの言葉に目を丸くする。輝夜てるやすは旅行という行為を経験したことが無い。


(引っ越しと同じ感じなんだな)


 そう勝手に納得していると、涼柁りょうたが高揚を押さえきれない顔で、少し声を潜めて全員に告げる。


「僕、出奔しゅっぽんしてきたん。もう桔梗領地には帰らないん」


 客間の空気が一気に張り詰める。

 涼柁りょうたは空気を読まずに照れくさそうに笑った。


「よっちゃんにも秘密にしてるん。こっそり草乃かやのと藍領地で暮らそうと思って」


 電谷でんやは二の句が告げられない。輝夜てるやすに至ってはぽかんと口を開けていた。

 篁朝たかときだけが、「獣櫛じゅうくし、口に出した時点で電須でんすには聞かれただろう」と妙に冷静な指摘をする。


「よっちゃんは僕を監視したりする人やないん」

「あ、いやあの、俺がいるのでどうでしょう……? 凰十おうとさんの件が終わったにしても、今度は俺、佐由さよしさんのあるじ的な立場になりましたし……。何だかんだで継続して様子を見ている可能性が」


 おずおずと輝夜てるやすは片手を上げる。

 涼柁りょうたがはっとした。後の祭りである。バックの中から携帯電話のコール音らしきオルゴールの音色がした。


「ほらみろ」

「兄貴がドヤ顔することじゃないから! 他の人がかけてきただけかもしれないだろ!?」

「こ、この場にいない人はムシなん……」


 涼柁りょうたはぎこちなく、消え入りそうな声音で言う。人を遠ざける言葉を言い慣れていないのだろう。

 すると、携帯電話がぴたりと鳴り止んだ。本当にかけてきていたのは佐由さよしだったのだろうか。着信履歴が気になる。


「でも涼柁りょうたさん。次期御大(おんたい)候補者だったのに帰らなくて大丈夫なんですか?」

「……そういう感じなん、桔梗領地」

「え」


 涼柁りょうたは困ったような笑顔を浮かべる。


「勇気を出してちゃんと候補を辞退したのに、桔梗領地ではずっと扱いが変わらないんよ。何だかんだ言っているけど、そのうち僕は御大を継ぐってみんな思ってるん。僕、怖くなってしまって桔梗領地から出ることにしたん」

「あ、あの、俺……」

「気にしないでいいん。桔梗領地内と違って、やっぱりよその領地は風通しがいいんよ。僕が御大にはなるとは思わない人がちゃんといるん」


 涼柁りょうたが嬉しそうに安堵の溜息をつく。

 輝夜てるやすは言葉に詰まって俯いた。その拍子に電谷でんやが頭を抱えて畳に突っぷしている姿が目に入る。


不法ふほう入領にゅうりょうしていた人を定住だもんなぁ。しかも桔梗領地にはどう言ったらいいのか……。やっくん、これから大変だ)


 廊下側の障子戸が静かに開いた。

 開けた人物は部屋の前で膝をつき、深く一礼してから入室する。そして、開けた時と同じように音を立てずに障子戸を閉めてから名乗った。


獣櫛じゅうくし涼柁りょうた殿。藍領地の階級順位『三位』の、水名みずなとおると申します」

「こんにちは、とおる君」


 涼柁りょうたも丁寧に頭を下げる。

 とおるは廊下で話を聞いていたのか、定住の話を切り出す。


「藍領地でのお住まいをお探しでしたら、ぜひ我々水族にお申し付けください。手頃な物件の紹介には、お力になれるかと思います」

「それは助かるん」

とおるにい!? うわぁっ、久しぶり!!」


 9年振りに親戚のとおると会えて、輝夜てるやすは嬉しくて大きな声を出した。

 とおるは苦笑する。


「僕と君は一応同い年なんですよ。――変わりませんね。お2人ともご無事で何よりでした」


 篁朝たかとき輝夜てるやすとおるはにこやかに微笑んでから、畳にへばり付く電谷でんやを冷ややかに見下ろした。


獣櫛じゅうくし殿の件、頼みますよ。獣櫛じゅうくし殿は桔梗に対しての人じ……いえ、賓客ひんきゃくになりえますから」

「ヒエッ!? 黒い本音漏れてませえぇぇんんっ!?!!」


 電谷でんやの悲痛な雄叫びが客間いっぱいに響く。

 その声に「うるさい」と篁朝たかときが怒り、その場にいた全員をびしょ濡れにするのに3秒もかからなかった。




 藍領地内での色々なことが片付き、輝夜てるやすが再び学校に登校出来るようになったのは、それから2週間後のことである――……

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