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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
『眠る月の皇子』
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第25章 事件後日譚は海へと消える

 あい領地本部ビル。

 水名みずなとおるは、篁朝たかとき輝夜てるやす水族みずぞく本家に護送した後、直ぐにこちらへ戻って来ていた。

 電脳ネットで現在の藍領地の情勢に目を通していると画面にノイズが走り、顔を上げた。

 事務室の扉を見たと同時にノック音がする。


あずま様」

「ごめん。邪魔だったな」


 扉を開けた秀寿ひでとしは、とおるを見て部屋に入るのを躊躇した。

 とおるは「いいえ」と言い、電脳を閉じる。


灰兼はいかねさんに頼まれていたんだ。くず領地ランカー2人を無罪放免にして欲しいって」

「随分と優しい要求ですね。想定外の『領王』様からのミサイルで、賠償金もいくらか要求してくると思いました。迎撃に成功したようで何よりです」

「いや、どうだろう。被害があっても言わないと思う。昔から、『虚勢こそが最大の防御。他人に貸しは作らない』が信条なんだ。弱っていても敵から施しを受けない主義なんだよ。地盤の腐敗に繋がるからってさ」

「潔癖な方なんですね。勉強になります。期限の指定はありましたか?」

「特には」

「では、この5日内で引き渡しを」

水名みずな粒島りゅうしまけんが最後に爆破した木蓮もくれんホテルに誰が泊まっていたか、聞いたか?」

「ええ。偶然、大地族だいちぞくの親玉がいたそうですね。おかげで大地族が自主的に撤退し、助かりました」

「大地族は、葛領地ランカーの攻撃でどうして撤退を決めたと思う?」

「大事な御方が負傷でもなさったんじゃないでしょうか。藍領地で騒ぎを起こすどころではなくなったんでしょう」

「……水名みずな宙地原そらちのはら族が泊まっていたらしいという話を、誰から聞いて知っていたんだ?」

「大地族族長ではなく、宙地原族がいたんですか?」


 逆に聞き返されて、秀寿ひでとしは言葉に詰まる。ぼさぼさの髪をがしがしと掻き、困ったように笑った。


「俺だとダメだなぁ。水名みずなに勝てそうにない」

あずま様、勝ち負けじゃないですよ。情報源は灰兼はいかね殿ですか? なるほど。未だにあちらの陣営にいらっしゃるとは意外ですね」

「あの人がまだ太陽たいようぞく陣営なのかは正直わからないけれどね。太陽族の方は電須でんすさんの妹が出てきたんだ。この太陽族の介入が無ければ、水族はどうやって大地族を追い払う気だったのか水名みずなの考えを聞いておきたかった」


 とおる秀寿ひでとしをちらりと見る。


「藍領地『二位』ランカーとして、ですか?」

「何があろうと水岐みずきさんの味方でしかない立場の人間に対して、真実を頼むよ」

「……篁朝たかときさんに一掃していただくつもりでした。ですから篁朝たかときさんに処方する薬も、いつものものではなく、軽い睡眠薬にすり替えておいたんです。大勢の死傷者は覚悟していました」


 秀寿ひでとしとおるの返答に息を呑む。


「……『領王』様や、俺も……。水族以外の領地ランカーすげ替えも兼ねていたんだな」

「そこまで考えていなかったといったら、嘘になります。現に僕は、藍領地を治める気も無い方々に退位していただきたかったですから」


 とおるは言い淀む。その様子に秀寿ひでとしは、はっとした。


「百貨店のことはアクシデントだったのか」

「さすがに皆さんや他種族の住民を密かに避難させてから、篁朝たかときさんに頼むつもりでしたよ。僕達が攻撃したいのは大地族だけなんですから」


 ふうっととおるは重い溜息を吐き出すと、眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。


「ご回答に満足いただけましたか」

「一応」

「一応、ですか?」


 秀寿ひでとしは苦笑しながらとおるに背を向けた。


「俺は太陽族が介入しなければもう1つの皇族が、宙地原そらちのはら族を止めに姿を見せたんじゃないかと――水族が当てにしていたのはそっちだと思ってたよ」


 とおるは真顔になる。

 秀寿ひでとしとおるの反応は確認はせず、事務室を後にした。






                 ◇◇◇






 藍領地本部ビルの向かい、警察署内の留置所。

 能力封じの薬を飲まされた葛領地の氷藤ひょうどう信次しんじ粒島りゅうしまけんは鉄格子の中にいた。

 信次しんじは床に大の字になって寝ころび、じっと天井を睨み付けている。

 壁にぐったりともたれかかるけん信次しんじに尋ねた。


「シンちゃん、どったの?」

「……」


 信次しんじから反応は返ってこない。

 けんは「やれやれ」と肩をすくめた。


「何つーか、今回は俺のヘマでごめんってば。まぁ、心配しなくても俺達の首は大丈夫よ。灰兼はいかね『領王』様がチャラにしてくれたからね。大人しくしてたら葛領地に帰れるべ」

「……ケンちゃん。俺の姉ちゃんのこと、覚えてるか?」

信子のぶこさん?」


 けんは突然の問いに狐につままれた顔をした。


「そりゃまあ、スッゴイ清楚で美人だったね。俺にとっては近所に住む憧れのお姉さんだったわ。子供の頃の思い出補正があるかもしれんけど」


 信次しんじが体勢を変えず、目線だけけんに向けた。

 真剣に耳をそばだてている様子に、けんは姿勢を正すと、ごほんと咳払いをして腕を組み、遠い記憶を引っ張り出す。


「あ。そういや、シンちゃんに言ってない信子のぶこさんとの話あったなあ」

「何だよ」

「昔、でっかい蜂にね、公園で追いかけられて刺されそうになったことあってさ。

 冷静になれば、重力変えて簡単に倒せたはずなんだけど、結構パニくると力って出せないじゃん。ガキの頃って余計に力は不安定だし。そこを通りかかった信子のぶこさんが、氷の塊を飛ばして一撃で蜂を串刺しにしたの。か弱いイメージ持ってたけど格好良いひとだなぁって」

「……ソレだけかよ」

「それだけよ。まぁ、あの時はわかんなかったけど信子のぶこさんが飛ばした氷の塊って細くて長い針みたいなやつだったわけ」

「ソレが何だってんだ」

「気を悪くしないでね。工作員ランカーになってから気付いたんだけどさ。アレ暗器ってやつだったんじゃーないかとね」

「アンキ?」

「暗殺とか、裏の人が使う隠し武器っぽい形だったなぁ。実際、信子のぶこさんは翡翠領地の上位領地ランカーをやってたって、亡くなってから判明したでしょ? ご両親がいなくてシンちゃんと2人っきりの家族だったし、女手ひとつでシンちゃん養うために色々人に見せない顔があったのかも……ってシンちゃん、怒ってる!? ごめんってば!!」


 黙り込んで天井を睨み付ける信次しんじに、けんは慌てて謝罪した。


「――弟の癖に、マジで姉ちゃんのこと、何も知らねぇかもしれねー……」

「へ……?」

「俺、こおりぞくの族長に会いに行く」

「あらん。シンちゃん、1度も氷族本家に顔出したこと無いんデショ? 大丈夫かね」

「ソレも知らねー」

「ぶはっ! 行き当たりばったりだな!」

「んっだよ! 人のこと言えねーだろ!」


 信次しんじけんは顔を見合わせ、ケラケラと大笑いした。2人の笑い声は密室の檻の中で壁に跳ね返り、ぐわんわんと響き渡る。

 信次しんじは一通り笑い終えると、笑みを引っ込めた。


「ケンちゃん。俺、実は氷族族長の名前すら知らねぇんだよ」

「あらま。じゃ、いきなり氷族本家がある堅香子かたかご領地に行くより、情報収集から始めた方が良さげね」


 信次しんじが瞳だけを動かして、ちらっとけんを見た。


「手伝ってくれんのかよ」

「何を今更。子供の頃からの腐れ縁じゃないかね。シンちゃんに迷惑をかけられんのは慣れたもんよ」

「ハア!? 今まさに誰の迷惑で俺が豚箱に放り込まれてんだ!?」


 床に寝そべったままバタバタと手足を動かして騒がしい信次しんじを、けんは可笑しそうに肩を揺らして笑った。


「まーまー。それはそれ。これはこ――」



 刹那、けんの声は掻き消えた。



 視界は微かな物の輪郭さえ見えない、暗黒のとばりが降りて塞がれた。

 2人は誰かがミキサーをミュートにしたという、そんな奇妙な錯覚に囚われる。

 重く、身体にのし掛かってくるような無音の空間。

 互いに近くにいるはずがいないように思える。この恐ろしいほどの孤独感は何なのか。

 信次しんじは上半身を起こす。

 本当に体は起き上がったのか、まだ地面に寝そべっているのか、闇の中では判断がつかなかった。



「……目障りだ」



 不意に、信次しんじの耳元で男のささやき声が聞こえた。ぎょっと目をむき、そちらを振り返る。

 だが、視界を黒に塗りつぶされた世界では何も認識出来ない。

 本当に信次しんじは声の先を振り返ったのだろうか。それすら確かではない。背筋が凍り、心臓が早鐘を打つ。どこかでけんが息を呑んだ気配を感じた。


「どちらかでも、自分達が壊した建造物を覚えているか」

「……え……」


 第3の男の声は、低いが艶があり、しんしんと降り積もる雪のような硬質さのある底冷えする声音だった。潰されそうな異様な重圧を声から感じ、圧倒的な男の存在感に息を止める。

 この闇の世界の支配者だと直感した。


「俺は愛する人と過ごす時間をことごとく潰された……。お前達ごときに何の権利があったんだ……?」

 

 本能的に、声の男に生殺与奪を握られている事実に恐怖を感じて四肢ししがガクガクと震える。

 唾を飲み込むのも許可がいるのではないかと思えて、返事すらままならない。信次しんじは乾いた口を動かすばかりだ。

 かろうじて声を出せたけんが、男の機嫌を窺うように恐る恐る訊いた。


「あ、あの……何のはな……」

「――存在が不快だ」


 男の有無を言わさぬ一言と同時に、2人は心臓が止まりかける。

 ジェットコースターを落下する時に似た浮遊感と衝撃が全身を襲った。



 ドボンッ!



 目の前は、群青。

 薄暗い海の中。ごぼっと息が漏れる。

 身体を捻るだけで泡が沸き立った。

 暗闇から光の中へ出て目が開けられない。光の眩しさに加えて海水も目にしみる。

 突如、目前に突きつけられた死の危機に2人はパニックに陥った。

 海面へ出ようともがき苦しみ、無我夢中で信次しんじは足元の海の一部を氷結させ、けんを乗せて急浮上させた。

 ザバッと、2人は海面に顔を出す。


「がはっ」

「ゲホゲホッ……! はあ、はあ……っ」


 新鮮な空気が一気に肺へと流れ込んでくる。

 水面に浮かぶ平らな氷の板に身体を横たえ、2人は荒々しい呼吸を繰り返した。どうやら九死に一生を得たようだ。

 仰向けになった信次しんじは、空の雲を目の端に入れながら、ぼんやりと自身の右手を持ち上げて見つめた。

 手のひらの中に白い紋様が浮かび上がっている。それは白い月のようだった。


「あれ? シンちゃん、力封じのクスリ抜けてね?」

「あ、ああ……。変だな……。俺、効きが悪かったみてーだ……」

「そっか。でもそのおかげで助かったわぁ」


 信次しんじは慌てて拳を作り、手のひらの月の紋様もんようけんに隠す。




 ――『主上の臣下に選ばれた幸運に感謝をするといい』――




 月族つきぞくの少年に告げられた言葉が、信次しんじの脳裏に蘇った。


「マジかよ……。継続する力なのか……?」

「なぁ、シンちゃん。この状況ヤバくないか」


 青ざめるけんに指摘され、信次しんじは意識を引き戻される。

 改めて周りを見渡すと、海の真ん中にいた。遠方に見える藍領地の陸らしきものを2人は呆然と眺める。漂流していた。


「……嘘だろ……」


 信次しんじは絶句した。

 けんは何とかこの状況を理解しようと必死に脳を動かす。


「さっきの男、藍領地のランカー!? いや、俺達を勝手に処分する訳ないよな。人間を瞬間的に海へと投げ捨てられる力って何だ……?! こんな能力の種族なんて存在しないはず――」

「……電脳でんのう族……」


 信次しんじの口から無意識に飛び出た言葉に、けんは驚愕する。


「まさかっ! 電脳族の移動は他人を連れ込めねーって! 非戦闘種族の筆頭じゃんか!? ましてやこんな海の中に!」

「そりゃそうだけどさ……。ケンちゃん、ちょっと落ち着こうぜ。これからどうするよ」


 ショックも抜け切れず、2人とも憔悴しょうすいしていた。

 何より身体も服もぐっしょりと濡れ、体温を奪われ続けている。思考力も低下し始め、喋ることが億劫おっくうになりつつあった。


「今から藍領地に戻ったら、さっきの暗闇の奴にまたキレられるかもね……。今度こそ殺されるかもしんない。陸が見えないけど、反対の中央大陸を目指した方が無難かも。シンちゃん、保つかい?」

「保たなくても保たせる。死にたくねー」


 体温が急に下がったせいか、異様に眠い。

 信次しんじは気力で立ち上がり、海面を凍らせて海の上に陸へと続く分厚い氷の道を一瞬で造り出した。

 その力にけんが目を丸くする。


「シンちゃんスゴっ! どーなってんの……前からそこまで出来たっけ?」

「……。火事場のバカ力ってやつじゃね」

「ほー、普段は本気出してなかったのね。全くシンちゃんったら、ものぐさー」


 それからけんが苦々しくぼやく。


「葛領地、勝手に帰ってまた灰兼はいかね『領王』様にどやされるんだろうな。不可抗力なのにさ」

「しばらく海から遠くて川も少ない水族のいないトコに留まりてぇ。もう溺れるのはこりごりだ」


 ハクシュンッ! とくしゃみをして鼻をすすった信次しんじに、けんはからからと笑った。


「シンちゃん、すっかりトラウマになってんね」

「うっせー!」


 けんは、ぼやく発言をしつつも葛領地の方角に向かって一度敬礼した。

 そんな忠誠心の厚いけんの背中を、信次しんじはうろんげに一瞥し、月の紋様がある手のひらを密かに見つめる。


 2人はそれぞれに別のものを見ながら、氷の道を歩き出した。






               ◇◇◇





「あちゃー……」


 もぬけの殻になった留置所の檻の中を、砂岳さたけはコートのポケットに両手をつっこんだ姿勢で困ったように覗き込む。


砂岳さたけのおっさん。これも、俺のカントクフユキトドキになるの……」


(お。やっと喋ったか)


 砂岳さたけは密かに安堵して、泣き腫らした顔の『十二位』の同僚を見下ろす。

 砂岳さたけの相方、小学生の土部つちべ阿騎あき少年は、少し前に父親から電話があってからというもの、酷く叱られたのか号泣していた。

 しかもそれ以降、砂岳さたけと口を利こうとしなかったのだ。


 砂岳さたけはと言うと、上から回ってきた指示通りに事件現場の処理や臨時指揮役を務め、その間いつものように阿騎あきを連れ回していただけなのだが、何故か今回はそれがとても評価された。おかげで臨時ボーナスがふところに飛び込む運びにまでなってほくほくしている。

 だが彼の様子に、手放しには喜べずにいたのだ。


「よし。俺が一緒に謝っちゃる。起きちまったもんばっかりはしょうがないからな。素直に事実を話せば、そんな厳しい処罰にはならんだろう」

「本当……?」

「俺がお前さんに嘘を言ってどうするっての」


 砂岳さたけの言葉に、阿騎あきは表情をぱあっと明るくさせた。


「うん! これは砂岳さたけのおっさんのせいだもんな!」

「こらこら。俺1人に押しつけんな」


 やっといつも通りの元気を取り戻した阿騎あき砂岳さたけも一安心だ。


「でも変だなぁ……? 見張り番は、話し声が聞こえなくなって直ぐに確認したんだよ。でも、もう消えていなかったんだって。監視カメラの映像も、突然葛領地の2人がいなくなってるんだ。まるで始めから誰もいなかったみたいに」


 口を尖らせて腕を組む阿騎あきは、眉を八文字にして考え込む。

 小学生が一丁前に考え込む姿は端から見ていて微笑ましい。


「よっしゃ。今日は怒られ終わったら大判焼きをおごっちゃる」

「おっさん、気前いいじゃん!」

「お兄さんだろう、土部つちべクン」

「40じゃん。ホントはジイさんだろ。俺、これでも思いやりでサバ読んでやってるのにさ」

「……」


 彼はなんと言う減らず口をたたくのだろうか。

 それにまだ砂岳さたけは40歳に到達していない。39歳だ。そこは譲れない。

 無言で阿騎あきの頭部にげんこつをくらわせると、阿騎あきの理不尽な暴力に抗議する声に耳を塞ぐ。

 砂岳さたけ阿騎あきに脇腹を拳や肘鉄で攻撃されながら、彼を小脇に抱えて藍領地本部へと報告に向かった。

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