第24章 世界を煙で重ねて巻いて
藍領地、中央都市郊外の映画館。
スクリーンにエンドロールが流れる館内は、まだ照明が点かず薄暗い。
最後部座席の中央に座った人物は、優雅に拍手をした。
「素晴らしい。『皇帝』陛下によって引き裂かれた、月族と宙地原族の悲恋を見事に描いた作品……。間違いなく今年の最優秀映画賞を取れるだろう」
満面の笑みを浮かべたその人物以外にも、館内には多数の人間がいる。
年齢や性別も多種多様。誰1人客席には座らず、通路やスロープに整列していた。
杖をついた老人が1歩前へ出る。
「堅香子領地は良い時代映画を作りますな」
「ふふ。だが、〝斬新歴史解釈〟という謳い文句が気に障る」
「つけた者を探しましょうに。後に主上が、その文言を目に入れることはございますまい」
老人の返答に、座席に座る人物は満足げに頷く。
「……時に、地原。今日は他にも気に障ることがあったな。私の秘めたる心中が察せられるか?」
軽い口調で向けられた詰問に、〝地原〟と呼ばれた老人は身体を固くする。
通路に整列していた人々にも緊張が走った。
「――存じております。主上に危険が及ぶような失態を……」
「よもや私が、ホテルの件をなじっていると思っているのか?」
ふうっと大業な溜息が吐かれる。
地原は狼狽した。
「あれは、太陽族からの警告ではないか。こちらの勝手を見つけたとな。だからことを起こさず、撤退を決めた。まさか貴様は、皇族の長たる太陽族に不満があるのか?」
「滅相もございません……っ!! で、では」
「この藍領地の者は何をしていた?」
地原は、はっとする。直ぐに鋭い目線を背後に立つ人物に向けた。
「土部卿士! お前の息子は何をしておったのだ!? 街角の検問は、全て獣櫛涼柁と葛領地のランカーどもを捕まえる目的だと報告していたではないか!! そう聞いていたからこそ、我々大地族は、検問に掛からぬようにと注意を払って動きを止めていたというに……まるで道化じゃ! まんまと奴らの牽制に従うはめになっておったわ!!」
「は……はい……」
〝土部卿士〟と名指しされた中年の男性は、顔色を無くして声も身体も震えていた。
「藍領地の『領王』にしてもじゃ! 〝領地の防衛をせず、水族との間に摩擦がある〟との、お前の息子からの情報だったというに! だからこその翡翠領地と同じ手を使うと決めたのだぞ!? それが蓋を開けてみれば、藍の『領王』と水族どもが結託して、太陽族が出張ってくるまでの時間稼ぎをしておったなどと……!! 全て報告と違っていたではないか!!」
「も、申し訳ありません。息子の阿騎は『十二位』でして、どうしても上位領地ランカー間の情報が得られず……」
「これだから幹部になれぬ輩の領地は」
再び、座席に座る人物から呆れたような溜息が聞こえ、地原と土部は冷や汗を掻く。
「土部。位を下げて藍領地の担当を下りてはどうだ?」
土部は出された宣告に悄然とした。
整列する他の者達から、冷ややかな視線が土部に突き刺さる。
だが、地原から助け船が入った。
「お待ち下され。土部家に匹敵する家は、なかなかありませぬ。ただ、藍領地の上位が……この土地は昔からどうにも人材が異質なのです。よそで『領王』になるような能力者が、上位領地ランカーとしてごろごろとおりまする。何とぞご容赦を」
「ふふ。大地族族長が、藍領地の上位領地ランカー全員が『領王』クラスだとのたまうか。言い訳にしては陳腐な喩えを使うものだな」
かの人物はこぎみよく笑っていたが、不意に真顔になった。
「強大な力を持つ者が集まる理由が……生まれる原因が、あるのか……。この領地に――」
「強大な力を持てる原因……」と、微かに復唱して口に弧を描く。
映画のエンドロールが終わり、館内の照明が点灯する。
座席に座る人物がライトを浴びて姿を現した。
それは10代に見える少女だった。
しかし、少女にしては表情から見え隠れする老獪さと妖艶さが、年齢にそぐわない。
黒を基調としたセーラー服に身を包んでいた彼女は、客席から悠然と立ち上がる。
セーラー服の襟元には〝地王〟と刺繍があった。
その場にいた全ての大地族が彼女に恭しく平伏する。
「ではしばし、800年振りの表の生活を楽しもうか。ふふ」
「どうかごゆるりと。我らが主――御神地皇殿下に、藍領地での恒久なる平穏を我らがお約束いたしましょう」




