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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
『眠る月の皇子』
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第20章 偽装のひととき

「兄貴、お昼食べよ」

「ん……?」


 百貨店1階の休憩スペースに戻ってきた輝夜てるやすは、まだ眠っていた篁朝たかときを軽く揺すって起こした。

 篁朝たかときは、ぼんやりとした眼で輝夜てるやすを見る。


「俺、寝てたのか……?」

「うん。ご飯買ってきたよ。……あれ? 電谷でんや、サンドイッチだけ?」

「へ?」


 電谷でんやに手渡されたパン屋の袋にはタマゴサンド、フルーツサンド、カツサンドと、サンドイッチの種類は豊富だったが、頼んでいたジャムパン系統が一切入っていなかった。


「は! スッカリ忘れていたっ!?」

「あ、別にいいよ。ありがとう」


 輝夜てるやすは礼を言ってサンドイッチの代金を払う。サンドイッチを手渡された篁朝たかときは端正な顔を曇らせた。


「……ジャムパンは?」

「いやいや、兄貴! そこでごねられるとお礼言った俺の立場なくなるからさ!? ほら、甘いサンドイッチもあるじゃん。それで良くない?」

「じゃあ、これはお前に――」


 カツサンドを輝夜てるやすに差し出した篁朝たかときの手が寸前で止まる。


「お前、何食べるんだ?」

「え、唐揚げ弁当」

「肉ばっかり食べるな」


 そう言って、フルーツサンドに変更された。


(そこで何故デザート系に……)


 いや、これは篁朝たかときなりの気遣いなのだ。篁朝たかときにとってフルーツサンドはこの中で主力の主食だったはずなのだから。

 涼柁りょうた草乃かやのがしきりに鼻をこすっているのに気付く。


草乃かやの、どうしたん?」

「……におい、変なん。わからないん」

「そう言えば、僕も今、駄目みたいなん。多分、色んな臭いがある場所やから鼻が麻痺してるん。人型になってるせいもあるかもしれんよ」


 涼柁りょうたに言われて、草乃かやのは得心がいったらしい。鼻を触るのを止めた。


 篁朝たかとき涼柁りょうたが座っている椅子の対面のソファに輝夜てるやすは座った。対面と言っても壁に設置されていて、篁朝たかとき達とは4メートルほど離れている。

 涼柁りょうたの隣に座ると思っていた草乃かやのは、輝夜てるやすの左隣に陣取り、「いただきます……」と手を合わせると唐揚げ弁当を食べ始めた。

 涼柁りょうたの隣には電谷でんやが座る。


あずま、俺の隣に来なよ」


 ずっと立っていた秀寿ひでとしに声をかけた。静電気の心配をして座るのを躊躇っているのだろうとうかがえた。

 秀寿ひでとし輝夜てるやすの右隣に腰かけながら、もぐもぐと唐揚げを頬張る草乃かやのをじっと見ている。そういえば、エスカレーターに乗っている間もずっと草乃かやのを見ていた。


「そういえばあずまは、草乃かやのちゃんが人型になってるのは初めて見るんだっけ?」

「――その服……」

「服?」


 草乃かやのが着ているフリルのワンピースだろうか。


「――桔梗領地で買った服……?」

「確か、手作りだったような……。売り物じゃないはずだけど」


 一時期、母のつむぎは自作の服ばかりを輝夜てるやすに着せていた。

 つむぎが服を作らなくなったのは、篁朝たかときの一件で逃亡生活を始めて少ししてからだ。作る時間と余裕もすっかり無くなってしまったのだと思う。


輝夜てるやす様のお古なん……」


 草乃かやのが、はにかんで言う。


「――……え……」

「わーっ! 草乃かやのちゃん! とっても誤解を生む!? 変装服ってやつね! ほら、兄貴のことあったからさ、女の子の格好で乗り切ってた時期があって!!」


 輝夜てるやすは顔を真っ赤にして慌てて弁解した。

 秀寿ひでとしがその返答に目を瞠る。

 次の瞬間、突然秀寿(ひでとし)輝夜てるやすは手首を掴まれた。輝夜てるやすはびっくりする。

 秀寿ひでとしが、ぐっと顔を近付けてくる。間近で輝夜てるやすの顔を、目を見開いたままじっと凝視してきた。何かを探るような、その何かを1つも逃さないように目を皿にしてこちらの瞳を覗き込んでくる。


(……あ……)


 この真剣な瞳に覚えがあった。懐かしい。


 そう、これは桜並木で約束をした時の瞳だ。



 ――なのに、どうしてだろう……



 違う、と。



 じわじわと輝夜てるやすの胸中から疑念が湧いてくる。

 ドクンと、鼓動が鳴るたびに身体が強張り冷えていく。


あずま……じゃない……?)



 ――――『あ、あの時は、女の子の格好してて、なんか騙した感じかもっ、本当ごめん……! 色々事情があって』

 

 ――――『俺もずっと女の子だと思ってた』



(あれ、今……あずまはどうして驚いているんだ!? あずまとは、再会した時に変装服の話はとっくに……!?)



 バシュッ!


 輝夜てるやすの思考は中断され、掴まれていた手首が解放された。輝夜てるやす秀寿ひでとしの目の前に、薄い水の壁が2人を割くように立ちはだかっている。


「俺の弟に、それ以上近寄るな」


 篁朝たかときが不機嫌も隠さず、高圧的に告げた。


「あ、兄貴……」

「――お兄さん」

「お前に『お兄さん』呼ばわりされる覚えはない。いいな?」

「――……」

「ちょぉっ! なっ、何言ってんの!?」


 無表情を返す秀寿ひでとしに、輝夜てるやすは蒼白になりながら、あたふたと慌てふためく。


あずま、怒ってんじゃん!?)


「いやー、仲いいんっすね」


 篁朝たかとき輝夜てるやすの会話に、電谷でんやが感心したように言った。


「こうちゃんは輝夜てるやす君が1番大事な家族なん」


 涼柁りょうた輝夜てるやす達を眺めながら微笑ましく言う。


「……俺だって、姉ちゃんがたった1人の大事な家族だったんだよクソ野郎ども……」


 ぼそりと電谷でんやが暗く呟いた一言に、涼柁りょうたは耳を疑った。

 電谷でんやが怒りを含んだ目で、涼柁りょうた越しに篁朝たかときを憎々しく睨みつける。


 突如、無数の氷のつららが篁朝たかとき涼柁りょうたに降り注いだ。


 殺気に反応した篁朝たかときは、瞬時に自身と涼柁りょうたの四方に水の壁を創り、頭上と床から生えたつららを防ぎきる。

 同時に動いていた秀寿ひでとしが直径5メートルほどの正方形の亜空間を2人の頭上に出現させていて、つららの一部を呑み込ませていた。

 その能力に篁朝たかとき秀寿ひでとしに目を凝らす。


「お前……! 電脳族か! あずまじゃないな!?」

「――いいえ、機械族きかいぞくです!」


 擬態が解かれ、あずま秀寿ひでとしの姿が機國きぐに敦美あつみの姿へと変わった。


あいの『領王』!!」


 篁朝たかときは美貌を歪めて不快げに舌打ちする。


輝夜てるやす君……!!」


 涼柁りょうたが悲鳴を上げた。これまでの一連の流れから狙われていたであろう涼柁りょうたを最優先で守った篁朝たかとき敦美あつみは、判断を誤った失態を知り、愕然とする。


 電谷でんやに化けていた氷藤ひょうどう信次しんじが真っ先に拘束したのは、輝夜てるやすだったのだ。

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