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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
『眠る月の皇子』
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第19章 2人の邂逅は、台風の目のなかで

 駅前百貨店の館内1階にある休憩スペース。

 そこに設置された長椅子に輝夜てるやす達は腰を下ろし、バスが来る時間までこの場所で過ごすことになっている。

 爆発事件が響き、バスの運行数が極端に少なくなっているらしい。タクシーは「必ず検問で止められるからやめた方がいい」という電谷でんやの忠告があったので選択肢から外している。


「――で、爆発事件はくず領地ランカー2人が犯人ってところまで解明されてて、その2人を指名手配してるところなんっすよ。既に桔梗ききょう領地のジュークシ様って人は容疑者から外れておりますぞ」

電谷でんや君、とても詳しいん。教えてくれてありがとう。その桔梗領地の人、無事だといいん」

「ワー、トッテモ訛ッテマスネ、オ兄サン! 何コレ反応していいのマジなのこの人!?」


(ああ……、涼柁りょうたさん……)


 先ほどからずっと電谷でんやが、涼柁りょうたの素性を隠しているんだか暴露しているんだかわからない内容の会話に振り回されている。近くで聴いていて、輝夜てるやすは顔を手で覆いたくなった。

 電谷でんやは、爆発事件の被害者で逃走中の獣櫛じゅうくし涼柁りょうた本人だと確実に気付いているはずだ。

 彼が身元を隠しているのを察して、話を合わせようと努力してくれているようなのだが――……いかんせん、涼柁りょうたが桔梗領地特有の方言で喋るので、普通に話をし続けていいものなのか、何故か電谷でんやは葛藤と苦悩を強いられているようである。


あずまには連絡つけられないけど、どうしているかな……)


 輝夜てるやすは1人バス停に取り残された秀寿ひでとしが気にかかる。篁朝たかときにその不安を訴えたのだが、「気にする必要がない」とばっさり切られ、それ以上何も言えずにもやもやとした気持ちを抱えていた。

 右隣に座る篁朝たかときの顔色を窺う。篁朝たかときは眠っていた。精神安定剤の副作用だろう。


 きゅるる……


 代わりに可愛らしい音が左隣から聞こえてきた。人型ひとがた草乃かやのが顔を真っ赤にしてお腹を押さえている。草乃かやのは百貨店内で動物の姿はまずいので子猫姿から人型になっていた。着ている衣服はキャリーボックスから取り出した白いワンピースだ。


草乃かやの、お腹が空いてるん」


 草乃かやのは小さく頷いた。

 涼柁りょうたは衣服のポケットを漁って落ち込む。


「僕、お金持ってないん……」

涼柁りょうたさん! 俺、少しなら持ってるんで奢ります!」


 もう特に気にせず、輝夜てるやす涼柁りょうたを本名で呼ぶ。


輝夜てるやす君、ありがとうなん。僕、きっと返すん。ホテルに行ったらお財布……あ! でも爆発してもたん……」

「うわあああああ!?」


 発作でも起こしたように電谷でんやは勢いよく立ち上がり、頭を抱えて走り出した。「もうダメだあああぁぁぁ……!!」と絶叫が遠退いていく。

 電谷でんやは細心の注意を払って話していたはずの爆発事件を、結局涼柁(りょうた)本人にさらりと持ち出されて遂に錯乱したらしい。

 だが壁に突き当たると、こちらへと走って戻ってきた。


「ふう! ただいまっ!」

「お、おかえり……」

「そだ。地下に昼ご飯を買いに行きません? そろそろ正午近くですし」


 立ち直りの早い電谷でんやは壁に設置されている大きな鳩時計を見ながら提案する。


「あ。でも……」

「こうちゃんなら僕が一緒にここにいるん。良かったら草乃かやのを連れて行ってあげて欲しいん」

「はい! じゃあ兄貴をお願いします」


 輝夜てるやす涼柁りょうたに頭を下げ、篁朝たかときを任せた。





 輝夜てるやす草乃かやの電谷でんやの3人は地下の食品売り場へとエスカレーターを下っていく。

 草乃かやのに乞われて手を繋ぐ輝夜てるやすは、電谷でんや草乃かやのにはあまり絡もうとしないのに気付いた。


でん……や、やっくん。ひょっとして、あんまり子供好きじゃない?」

「んー……、本人の前で言うのも申し訳ないけど苦手っすわ。幼女好きの輩とは一生わかり合えぬ運命さだめよ」

「そうなんだ」

「俺、年上好きなのよね。お姉さん属性が大好物なの。だからこのぐらいの年の女の子の良さがさっぱりわからーん! まだ女性ってカテゴリでも無いし、ひたすら理解出来ない生物系っすね。あ、でもうちの殿とのならワンチャンありそう」


 草乃かやのは話している内容が分からず、きょとんとしている。

 あまり子供の前で話すような内容ではないのだが、輝夜てるやすはこんな話が出来る相手は久しぶりでつい喋り続けてしまう。


「トノ?」

電拳でんつか族長! フハハ、殿もこんなところでロリコン扱いされてるとは思うまーいっ」

「えー……。族長がロリコンって」

「びっくり?」

「族長のイメージじゃないっていうか」

「そこは電脳族でんのうぞくだからさ。よそ様の、一族一丸! って精神とノリも皆無ですし、一族の顔役だから立派で清廉潔白な人物! にならないトコがうちの特徴っすね。俺達、烏合の衆だからして。ホント1人が基本。気楽だし……っとこんな贅沢な愚痴を言ってたらアズ様に怒られちゃうか」


 電谷でんやは眉根を下げて笑った。

 輝夜てるやすには電脳族が不思議だ。


「それだと、族長の意味はあるのか?」

「電脳族としては無いね。でも他種族から見たら族長って便利な存在でしょ。代表がいるならそいつに話しとけば電脳族全体に伝わるだろう感あるし」

「え!? じゃあ実際は伝わらないのか!?」

「電脳族全員に? 無理無理。ホントバラバラなんだよー。足並みが揃う日なんて世界が滅亡する前日だろうとありえない。

 だから殿とのが可哀想なのさ。独り相撲って言うのかな? まさにそんな空回り気味に皆をまとめようと昔から頑張っているけどね」

「空回り……」

「そ。例えるなら、学級崩壊しているクラスの学級委員長がまさにうちの殿の立ち位置。先生に皆を席に座らせてクラスの出し物の意見まとめろって言われて、色々提案したり、一生懸命教壇で進行しようと話してるんだけど、誰も意見出さない、決めない、座らない、そもそも話を聞いてない」

「電脳族の族長ってそんな役回りなのか」

「そーなの。だからさ、俺は殿のことを嫌いになれないんっすよね。あんなに真面目な電脳族、他にいないよ。色々やらかすし歪んだ一面有りな人だけど、根底にあるのは〝電脳族一族のため〟がスローガンだからさ。

 だからかなぁ。自分じゃなくて電須でんす佐由さよし様という御方が族長ならきっと皆が話を聞くし、まとまるだろうって幻想を抱いてんのは」


(ここでも電須でんすさんの名前が出てくるんだ。やっぱり記憶を消せたりするし、とんでもなく凄い人なんだなぁ)


「ひょっとして今の電脳族族長って電脳族の中では変わり者?」

「お。いいトコに目をつけるね、てるやん! 殿とののご両親、電脳族じゃないのだよ」

「……え……」

「どの種族かは秘密ね。殿とののプライバシー! というかトラウマえぐる感じなんで。

 多分ご両親のどっちかに薄くても電脳族の血を引いている人がいたんだろうね。だから殿が生まれた。ただ他種族の親から生まれた電脳族は地獄を見るよ。この世界でもっとも下等な位置にいる種族ってことになってるからさ。扱いは……まぁ、察してな世界ですわ」

「……」

「殿はそのせいか大人が苦手なんっすよ。子供好きが転じてロリショタコンっぽい残念さ。あとハーフの子にむっちゃ甘いトコあるね。基本敵と見なした相手には残虐さを徹底している性質たちなのに、絶対命までは取らないというか……」



 『やぁ、かぐやちゃん。君のお兄さん、真性のクズだと思うんだよ。幼い君を理由もなく殴るなんて許されないことじゃないか。……本当に、許されてはならない行為なんだ』



 ――また、輝夜てるやすの脳裏で誰か見知らぬ男の声がよぎる。電話のコール音の時にも聴いた気がする声だった。


(一体誰なんだろう……? 本当に、俺は知らないのか……? 誰なのか忘れているだけなんじゃないか――……?)




「よっし到着! てるやん、俺はパン人間なので、ちょいとパン屋へ行ってきます! お兄さんにはジャムパン系でしたっけね。では!」


 地下1階の食料売り場に着くと電谷でんや輝夜てるやすに敬礼し、パン屋がある方向へ向かっていった。


「後でここに待ち合わせなー!」


 輝夜てるやすは離れつつある電谷でんやに聞こえるよう、少し声を張り上げた。

 遠くから電谷でんやはぶんぶんと手を振る。


「じゃあ草乃かやのちゃん、何食べたい?」

「……鳥」

「!? ……あ! か、唐揚からあげ? ……かな」


 草乃かやのは小さく頷く。

 2人で惣菜屋の店舗が連なる一角をぶらぶら歩いた。食べ盛りの輝夜てるやすもやはり揚げ物や肉ばかりについつい目がいってしまう。


(うーん、幕の内かな。冷えても美味しいのがいいよなぁ。でも焼き肉弁当……、カツ丼も捨てがたい)


 これは難問だ。普段店で弁当を買うことが無い分、折角なので少し高めの弁当も食べてみたいという贅沢な思いも湧いてくる。

 草乃かやのはボリューム満点の唐揚げ弁当を見付けて目を輝かせていた。

 子供が1人で食べきれる量ではなかったが、350皇三銭こうさんせんでエビフライまで乗っているという破格の安値に釣られてそれを2つ購入した。


「兄様はお魚好きなん……。お肉は苦手なん」

「!? ……そ、そうなの」


 獣櫛じゅうくし兄妹は見た目と嗜好品が本当にちぐはぐだ。

 それから白身の揚げフライが付いた高菜弁当を涼柁りょうた用に購入し、お金を払っていると奥まった場所にある和菓子屋の陳列が目に入る。興味を惹かれて近寄った。


草乃かやのちゃんは何か食べたいのある?」


 草乃かやのは頬を染めながら、じっと一口サイズの小さなあんころ餅を熱心に見ていた。


(あ。それ食べたいんだ)


 輝夜てるやすがあんころ餅を手に取ると、草乃かやのは恥ずかしそうに俯いてしまった。

 他には色鮮やかな饅頭が並べてある傍に、小粋な木造のザルに千代紙風のパッケージが印刷された小袋が並んでいる。

 中には金平糖こんぺいとうがぎっしりと詰まっていた。


(へえ。金平糖も売ってるんだ)


「……佐由さよし様、好きなん」

「金平糖が?」


 輝夜てるやすの問いに草乃かやのは頷いた。


「そうなんだ」


(俺はこれから電須でんすさんに会うんだし、世話になるんだから手渡せるもの買っておこうかな)


 小分けに売られている金平糖の小袋を何個か一緒に購入した。草乃かやの達と食べる分も入っている。

 ふと、何気なく百貨店の出入り口付近に視線を向けて輝夜てるやすは目を瞠った。

 そこにいるのが誰なのか、考える前に衝動的に名前を呼ぶ。


あずま……!!」


 呼ばれた秀寿ひでとし輝夜てるやすの姿に目を見開く。

 輝夜てるやすは急いで秀寿ひでとしの傍に駆け寄った。


「良かった! あずまだけ電須でんすさんに連れてこられなくて心配してたんだ!」

「――電須でんす……!?」


 秀寿ひでとしがその名に驚愕する。

 驚いた様子の秀寿ひでとし輝夜てるやすも目を丸くした。


(え……あれ。俺は電須でんすさん……って人のおかげで瞬間移動したんだよな……? ち、違ったっけ?)


「私は外を見回るわ。中をお願い」


 秀寿ひでとしの隣にはあい領地の軍服を着用している同い年ぐらいの少女がいた。彼女はそれだけ告げるとさっと身を翻し、紅いウェーブの髪をなびかせながら外へと出て行く。

 改めて輝夜てるやす秀寿ひでとしを見れば、学生服ではなく藍領地の軍服を着ていた。


「ごめん……。ひょっとして領地ランカーの仕事中だったかな」


 仕事の邪魔をしてしまったようだ。輝夜てるやすは慌てて謝った。


「――電須でんす……さんに会った?」

「ううん、まだ会えてない。涼柁りょうたさんが呼んでも、今の藍領地には出てきたくはないらしいんだ。俺もちょっと心の準備出来てないかも」


 輝夜てるやすはそう言って対面への不安を押し隠し、苦笑いした。


「――そう……」

「う、うん」


 どうしてか、ドキリと輝夜てるやすの鼓動が跳ねる。


(あ、あれ……? あずま、雰囲気変わった……?)


 輝夜てるやすは今の秀寿ひでとしに違和感を覚えた。


(様子が……違うような……。軍服だし、何か緊急事態があったのかもしれない)


 涼柁りょうた達はここにいるのに、またどこかで爆発事件が起こったんだろうか。輝夜てるやすは急に不安になった。

 視界の端に、草乃かやの秀寿ひでとしを見つめて首を傾げている姿が映る。


(? 草乃かやのちゃん、それは何を言いたいポーズ……?)


 草乃かやのは不思議そうに秀寿ひでとしを見るばかりで、自身でも何をどう言えばいいのか悩んでいるようだ。

 秀寿ひでとし輝夜てるやすに尋ねる。


「――2人だけ?」

「兄貴も一緒だよ。あと電谷でんやもいてさ」

「――どこにいるの?」

「兄貴達は上の休めるところ。電谷でんやはパン買いに行ってるだけだからもう合流するかな」

「――――」


 秀寿ひでとしは少し思案する。


「――今、探している人間がいて」

「あ。そっか……やっぱり仕事中なんだ。ごめん、声かけて」


 輝夜てるやすは急いで謝った。

 秀寿ひでとしは軽く会釈すると足早に離れていく。だが直ぐに足を止めた。


「?」


 不思議に思って見ていると、秀寿ひでとしが進行方向へのかじを切り直し、輝夜てるやすの目の前に再び戻ってきた。

 輝夜てるやすの顔を秀寿ひでとしはじっと見つめる。しかも、かなり顔が近い。

 輝夜てるやすは逃げ腰になった。


「――話を、したい」

「う、うん……。い、いいけど」


 やはり秀寿ひでとしの様子が変だ。そんなに意気込まれると怖いのである。


「あああぁ!? あずま様じゃないっすかあ!! どうしてここにぃー!!?」


 フロアを突き抜けるほどの大きな声を出した電谷でんやが、待ち合わせ場所でジャンプしたり手をブンブンと振ってはしゃいでいる。そんな電谷でんやは頑なに待ち合わせの場所から動く気配がない。

 もの凄く他のお客さんに迷惑で、呼ばれている輝夜てるやすは恥ずかしかった。


 きゅうう……


 また草乃かやののお腹が鳴る。草乃かやのは恥ずかしそうに顔を伏せた。もうお腹がぺこぺこなのだ。これ以上待たせるのは可哀想である。


「話は皆とご飯食べながらでもいいかな?」


 購入した弁当の袋を見せて、輝夜てるやす秀寿ひでとしを昼食に誘った。

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