第17章 明暗必衰のターニングポイント
「うっし! 撮れた! もう思い切って当てたのも功を奏したぜーいっ」
くだんのバス停から15メートル離れた曲がり角の先。
バス停付近を重力で粉々に押し潰した粒島賢は、塀の壁にへばりついていた。携帯電話で、発生した黒い霧とその中に消えた輝夜達の姿を依頼主に生中継が出来、肩の荷を下ろす。
「依頼終了! これで帰るべ帰るべ!」
ほくほくと顔を綻ばせて喜んでいた賢だったが相方が随分と静かなことに気付く。
氷藤信次は険しい顔つきで、ジッと賢が力を行使した方向を凝視していた。
「シンちゃん?」
「アイツ……生きてね……?」
黒い霧に吸い込まれず、その場に取り残されていた青年が微動だにせず立っている。
「まぁ適当にやったし、運良くそれたんでしょーよ」
「あの顔……どっかで……」
バチッ!!
「っうあ!?」
賢の携帯電話が火花を散らす。手から地面に滑り落ちるとバチバチと内部から音をさせ、黒い煙を出して沈黙した。
「ちょっ、え!?」
突然のことに理解が追いつかない。賢は壊れた携帯電話に目が釘付けになる。
信次は賢より反応が早い。直ぐさま四方を見渡し、異常を探す。薄暗いコンビニの店内、停車した車、聞こえなくなった民家のテレビや掃除機の生活音――……
ぐいっと賢の上着を引っ張り、身を低くする。
「えっ!? 何、シンちゃ……」
バチバチバチッ!!
屈む前まで賢の頭があった空中に強烈な電撃が走った。同時に地を伝ってくる電撃もある。寸前に自分達が立つ地面を氷結させた信次だったが、それでは防ぎきれない。
「いってぇ!!」
「な!?」
「クッソッッッ!! 貫通すんのかよ!!」
信次は歯をくいしばりながら賢を突き飛ばし、自分との間に氷の分厚い障壁を創り出す。さらにこっちへ歩いてくる青年の姿を目の端に捉え、彼の進行方向にも同じ氷の壁を何十と出現させた。
「逃げろ! 俺達の敵う相手じゃねぇ!! 『二位』の雷だ!!」
「『二位』!? 階級順位表に顔写真が載ってない奴か!?」
「間違いねぇ!! 俺が姉ちゃんと同じ翡翠領地ランカーだった奴の顔を見間違えるかっての!!」
何かが上空から迫る気配に、賢は瞬時に運動エネルギーを押し返すドームの壁を張った。
だが賢の壁は真っ赤な炎に溶かされる。
ぎょっと目を剥いたときには賢の頭に鮮やかな回し蹴りが入っていた。
賢が倒れると同時に華麗に地面に着地した人物は、紅く長いウェーブを掻き上げながら、反対方向に逃走する信次の背に向かって巨大な炎の塊を放つ。
豪速の火球が当たった信次の姿はパリンッと音がして氷の欠片に変わる。そして粉々に弾けて飛び散った。
「嘘っ、フェイクなの!?」
響華は信次に逃げられ、目を見張る。のびて気を失う賢の身体を真っ赤なハイヒールで足蹴にしながら言った。
「こっちが『十八位』よね!? なんで『三十四位』の氷族の方がうわ手なのよ!」
無人の小型飛行機が吊す梯子から飛び降りた敦美は、響華の横に着地して淡々と指摘する。
「――工作員ランカーだもの。順位の低い方がだいたい熟練者だよ。強さを抜きにして選ばれている理由があるの」
「それ先に教えといてくれない!? 分かっていたら氷族を先に攻撃しといたわよ」
「――この知識、風我師匠の教えだけど……」
「綺麗さっぱり忘れたわ」
「……」
潔い響華の断言に、敦美は二の句を告げられない。
笑みを浮かべた秀寿が2人の傍へやってきた。
「鮮やかな手並みはさすが。ここまでくると俺が手を出す隙も無いな」
「秀寿、お世辞で誤魔化せると思わないで。私が乱入するって分かった途端、直ぐに手を抜いていたでしょ。しっかり見てたから」
「敵わないなぁ」
秀寿は困ったように苦笑して駅前の方角を見た。
「彼は俺が影響を及ぼした圏外に出ると思う」
「駅前? 人通りは多いし、藍領地ランカーが警備してるわよ。指名手配されているって知らないのか、馬鹿なのかしら?」
「――人を隠すには人がいる」
「ですね、『領王』様。誰もいない道路で人が歩いているとそれだけで目立つ。だけど人混みなら指名手配犯も意外と見つけづらい。しかも相手はさっきの使い方を見るに、氷の能力で姿を偽れる」
「あー、なるほどねぇ」
賢の落とした壊れた携帯電話を拾う敦美に、秀寿は訊く。
「よくここがわかりましたね」
「――この一帯の停電。監視カメラのブラックアウト。電話も通じなければ電脳族の力で移動も出来ない。これで雷がいるってわからない訳がない」
「『二位』様だから直接文句言わないけど、ここらに住む領民は全員心の中で悲鳴上げてるわよ。前の電脳掲示板の反応『うちの地域で雷様が戦闘始めたー! ギャアアアァ!!』って阿鼻叫喚っぷりだったもの」
「はは。すみません」
なごやかに笑う秀寿からは、あまり反省の色が見受けられない。本人もどうしようも出来ないことなので割り切っているのだろう。
何の前振りも無く、上空に巨大な正方形型の次元の穴が出現した。
秀寿と響華は驚いて空を見上げる。
「ちょっと敦美!?」
敦美自身は無表情で壊れた携帯電話を分解していた。
次元の穴からは、ドオオンッと地響きをとどろかせて高層マンション5つほどを合わせたぐらいの大きさを持つ長距離砲台がうなりと土煙を上げて地表に着地する。
6つの金属の足先から出したドリルでアスファルトを突き刺し、本体をがっちりと固定するとすかさず、
ドガンッ! ドガガンッ!!
と鼓膜を破りそうなほどの大音量をさせ、ロケットのような弾丸を発射した。
打ち出された弾の巨大な薬莢は地面に散らばることもなく、排出口の傍に出現していた亜空間の穴へと無音で吸い込まれていく。
最後には、上空にあった正方形型の次元の穴がひらりと布のように落ちてきて長距離砲台の上に被さった。
長距離砲台はすっと布の次元内に吸い込まれ、すうっと全て消え去った。
残されたのは、めくれてズタズタになっている道路ばかりである。
響華と秀寿は呆気に取られた。
「……敦美……、今のミサイルどこに撃ったの……?」
「――葛領地。近隣の領地も驚いてくれたと思う。翡翠革命の二の舞を避けるなら大ごとにして第3者が見ている状況にしておかないと。雷、これ……」
秀寿は帯電手袋をつけてから、敦美が直した賢の携帯電話を受け取った。
「でも敦美、葛領地と戦争にならない? あんなの喧嘩を吹っかけたようなもんでしょ?」
「――ならない。葛領地は海を隔てて遠過ぎる。今、葛領地は女郎花領地と藤袴領地の3つで睨み合いをしている情勢だから、藍領地を相手にしたらその隙に葛領地が盗られると思う」
響華は敦美の返答に感心すると口笛を吹いた。
「――雷。この辺りはカメラが壊れていて状況がわからないから、ここに留まっていればこの工作員ランカー達に指示を出していた人間から連絡がかかってくるかもしれない。向こうは知りたいと思うの。この携帯電話だけ、ここにいても繋がるように改造したから」
「ですが、上空から……」
「電拳族長の力を警戒しているのなら大丈夫。彼が所有している人工衛星では、もう今の藍領地は見えなくしてある。見えるのは別の時間の藍領地の映像だよ」
「わかりました」
秀寿はぐっと握る携帯電話に力を込めながら尋ねる。
「『領王』様、今回の件を既に誰かから……?」
「――水名から大体は。水族が2人の兄弟を守っていること。兄の正体は翡翠領地の水岐広早。弟は月族で宙地原族と大地族が狙っていること。大地族達と繋がっている電拳族長が、葛領地の工作員ランカーを操って獣櫛殿を追い回しているだろうってことまで」
「改めて言葉にすると、藍領地は好き放題に荒らされてるわねぇ」
響華のげんなりとした態度に秀寿は苦笑する。
「ちなみに俺は水岐さんと電須さんサイドで、藍領地ランカーの仕事を放棄してその月族を守っています」
「――らしいね。それでもここを次席として任せる。この携帯電話しか繋がらない状態を維持し続けて待ってみて。代わりに私があの氷族を追う」
「『領王』様は何の気まぐれで?」
秀寿の問いに、答えたのは響華だった。
「さっさとこの事件を終わらせて、巫倉の兄の電須佐由と〝思い出の桜並木の君〟についての話がしたいんだって。敦美の動機も藍領地をぽいっと投げ捨てているから秀寿も気にすることないわよ」
「桜……並木……」
敦美はさっと身を翻す。
その背中に、秀寿は追いすがるように大声をぶつけた。
「……っ。その子がもう死んでいたら、どうするんですかっ……!! 聞く意味なんてなかったら!?」
ぴたりと敦美の歩みが止まる。
ゆっくりと秀寿を振り返った。その漆黒の瞳は暗い海のように静かで揺らぐことのない意思の強さがある。
「――雷。私は9年前の光景をはっきり覚えている。貴方があの場所にいたことも」
「!?」
思ってもいなかった敦美の告白に、秀寿は息を詰める。
「――でも今まで私がそのことを聞くことは1度も無かった。だって雷は電須佐由に関わることを絶対に喋りはしないだろうから」
「……」
「雷の力は普通の家屋で暮らせるようなものじゃない。多分、ずっと電須佐由が創り出した次元の1つを住居として使わせてもらって電脳族のような生活をしているんだよね。私は雷の生活をおびやかす気はない。これからも――無理に喋らなくていい」
「『領王』様……」
「雷は、森花果凜が病で死んだって言われて諦められる? その目で確かめることさえ無くても納得するの?」
「……それは」
「――私は出来ないの。死んだなら、どうして死んだのか、どこでそうなってしまったのか、どこに弔われたのか。何もかもを1つずつ、話を聞いて自分の足で確かめたい。でなければ何1つだって信じられない」
「――……」
2人の会話に響華は傍で肩をすくめる。
秀寿は少し逡巡してから口を開いた。
「……あの葛領地ランカーを追いかけるなら俺の姿で追って下さい。確か〝擬態〟という、声まで本物そっくりになる変装を使えますよね。相手の視覚と聴覚を錯覚させる機械で、ホログラムを重ねてどうとかいうもの」
「――え……? うん」
「葛領地への砲撃はまだしも、『領王』本人が直接工作員を捕まえに行くと何故他の領地ランカーは検問を解いてそちらを捕まえに行かないのか、大地族が疑問に思います。でも直接攻撃を仕掛けられた俺が追うのは不自然じゃありません。
水名が検問と称して大地族の動きを封じているのを無駄にしたくない」
「あれ、手っ取り早く大地族を片っ端から捕えちゃまずいのかしらね」
「捕まえ出した時点で翡翠革命の時の暴動の煽動を仕掛けてくるだろう」
「はぁ、面倒ねぇ。最終的に大地族をどう追い出すのか、透はちゃんと策があるのかしら」
「どうだろうね。それと『領王』様、貴女は俺の姿で水城と話をした方がいい。今、彼は俺でないと混乱して倒れる危険があるから」
「――水城輝夜と……?」
「……話してみれば、わかりますよ」
秀寿はいつもの爽やかな笑みを浮かべた。
敦美は頷くと敦美達の前に走り込んできた無人自動車に乗り込む。
「あ! ちょっと待ってよ敦美!」
この場を去って行く2人の少女を見送りながら、秀寿は寂寥を滲ませて苦笑した。
「ただの傍観者じゃ、やっぱり誰の幼馴染みでもないですか……」
◇◇◇
トゥルルルルル……トゥルルルルル……
息も荒く路地の壁に寄りかかっていた信次は電話の音に顔を上げる。
公衆電話だ――……
いや、だがこんな細い路地の、しかも道の真ん中に公衆電話が設置されているものだろうか。
疑問を感じながらも受話器を取り、警戒しながら耳に当てると見知った依頼主の声がした。
『やあ、氷藤君。実は君のお姉さんの敵を取るチャンスが到来しているんだ。
水岐広早がこの領地にいる。良かったら詳しい場所を教えようか?』
◇◇◇




