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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
『眠る月の皇子』
20/141

     「私」を作るあなた【後編】


つき……ぞく……」


 敦美あつみはそれだけ呟くと言葉が出てこなかった。

 響華きょうかも絶句している。


「皇族に取り入る算段をしていた種族は、何も電脳族でんのうぞくだけではありません」

「――月族……。確かあの皇族には」

「ええ。臣下や従者などの後見と言える種族がいません。我々は電脳族とは年季が違いますよ。遙か古代の時代から月族だけを信奉しています」

「ふーん。他が火族ひぞく大地族だいちぞくに取られて枠がないから狙いを定めてたのね」


 とおるはちらりと響華きょうかを見る。

 皮肉ではなくただ感想を呟いただけの響華きょうかの態度に、とおるはまなじりを下げた。


「17年前。電脳族は確実なカードを揃えながら、宙地原族そらちのはらぞくもいる御前でそのカードを見せて『皇帝』陛下に直訴したようですね。電照でんしょう夫婦はただの交通事故で亡くなったのではありません。皇族に対しての侮辱だと、宙地原族のいかりを買ったのです」

とおる、とんでもないことを言っているって自覚はあるのかしら……」

「不敬な物言いでもこれは事実なんです。水族なら決して宙地原族がいる前で話を持ち出しはしなかったでしょう。その観点からも電脳族は皇族御三家に対して、新参ゆえの皇族への無知さを晒け出した種族でした」


 とおるは疲れの滲んだ顔で苦笑する。


「ここに電谷でんや君がいれば皇族史について雄弁に語っていたでしょうね。ですが歴史の文献書物からだけでは知り得ない情報というものも存在します。

 古代より直接皇族御三家を傍で見てきた水族だからこそ把握している事実――それが皇族御三家の確執です」

「ギスギスだったわけ?」

「随分と噛み砕いてくださいますね。残念ながらその感情とは真逆のものです」

「――仲が良過ぎた……?」

敦美あつみ、縁が無い話だからってぼやっと言ったわね。愛憎劇があったってことじゃない?」

「そうです。宙地原族は一方的に月族を偏愛していました。よく皇帝城内で刃傷沙汰にんじょうざたを起こしていたんです。その度に『皇帝』陛下が宙地原族を力でねじ伏せて止めておられました。月族側は被害者でしたが、元凶としての責任を取らされ〝かぐや〟と改名し、皇族序列落ちをさせられる事件が頻繁にあったと伝え聞いています」


 敦美あつみ響華きょうかは眉根を寄せる。神聖な存在であるはずの皇族御三家の話とは思いがたい内容だった。


「皇族御三家の中で最も大人しい月族は、決して自らの力で闘う種族ではありませんでしたから、処罰に逆らうこともなかったそうです。ですから大抵はそれで収まっていたんです」

「月族の能力って、月の満ち欠けのように他種族の能力を強くも弱くも変質させるものだったって聞くけど。他人を操って闘わせたり、弱らせて全滅させたり……一応攻撃系だったかしら。責任取らされたのは、能力で宙地原族を惑わせたからって見方をされたわけ?」

「ええ。まぁ、その判決に強引にもっていかせていたのは、最後には被害者ぶる宙地原族側だったようですが……。

 何より月族は皇族御三家の権力勢力図の中で後見種族がおらず、孤立していました。唯一身内が増えるのが、何百年かに1度突然変異で生まれる風族かぜぞくを伴侶に迎えた時のみです。不老の皇族御三家である月族はその何百年を待てましたからね。

 我々水族はそんな月族の後見役をずっと望み、尽くしてきたつもりです。そしてつい30年前に月族から放逐されたおぼろ様というチャンスを得た――……いえ、チャンスは語弊がありますね」

「――放逐された月族?」

「はい。その月族のおぼろ様は、月族と風族以外の間に生まれ、月族内で異端の御方でした。……月族の能力を不完全な形でしか引き継げなかった資質も要因だったかもしれません。

 そんなおぼろ様の心を平凡な水族の女性が射止めました。偶然による幸運です。僕の父はその女性におぼろ様を連れてこられて天変地異が起こると思ったほど動転したそうですから」


 とおるは父親の顔を思い起こしたのか、笑みを浮かべた。


「月族本家から放逐されても、我々水族にとってはおぼろ様もまた雲の上の御方に他なりません。どのような形でも月族と繋がりを持てるようになったことは一族の誇りです。そしてそれは一方的な形ではなくなりました」

「――そこで水城みずしろ輝夜てるやすなんだね。彼は水族ではなく、月族の子供として生まれた……?」

「その通りです。水族は、いまや皇族の外戚になりました。もっともおぼろ様は月族本家とは絶縁状態ですし、元々水族が望んでいたのは大地族と同じ従者のくらいでしたので、本当に恐れ多い立場になってしまったのですが……」


 とおるは一旦言葉を切ると神妙に話を切り出した。


「ここからが本題です。おぼろ様と水族の女性の子供は、どちらも両親より優れた能力を持っています。

 兄の篁朝たかときさんは月族つきぞくの特徴である人を魅了する容姿と、自身の水族の力を最大限に高める月族つきぞくの力の一部を引き継いだ、特別な水族です。間違いなく、地上最強の能力者だと断言します。ただ精神面が脆い方なので、様々な障害で実力を完全に発揮なさらない弱点もあります」

「地上最強ねぇ……」


 うさんくさそうな眼差しを向ける響華きょうかに、とおるは優越感たっぷりに鼻で笑う。


風我かざわ様とて勝てませんよ」

「はあ!? 師匠が勝てないなんてありえないこと言ってんじゃないわよ!!」

「――それで下の子は……?」

輝夜てるやす君は生まれた当初から不思議な子でした。月族のような……水族のような……。2つの種族の2面性があるようで、どちらでもないような……。ただ篁朝たかときさんの時と違い、太陽族たいようぞく本家から内密に封書が届いたのです。

 『〝輝夜かぐや〟と名付けるように』――……と。

 それで我々は月族が生まれたことを知りました。輝夜てるやす君を月族として大切に守り、いつか月族本家にお返しする日を迎えるのが使命だと思っています」

「ちょっと待って。アンタ最初に言わなかった? 巫倉みくらの兄に、その月族の能力を再び封じてもらいたいって。月族として大切に守るって言葉と噛み合わないわよ?」

「実は我々には前『皇帝』陛下のとある命が下っています。

 〝翡翠から自分が無事に帰らぬ時は輝夜かぐやの月族としての能力を封じるように〟

 ――それが御天日凰十みあめひおうと『皇帝』陛下の遺言でしたので、水族としては本意ではなくとも従わねばなりません。

 『皇帝』の座は空位です。新しい『皇帝』が即位しない限り、前『皇帝』の下した命が有効のままです」

「翡翠って!」

「――翡翠革命。じゃあやっぱり、処刑された火族の翡翠『領王』が巫倉みくらの婚約者」

「嘘でしょ……。翡翠の奴ら、『皇帝』陛下を処刑したの!?」

「……それ以上は、篁朝たかときさんが確かなことを話されないので僕達も推察の域は出ないですが、まぁそう……だったのでしょう。

 問題は今の宙地原そらちのはら世界に『皇帝』陛下が存在しないことです。宙地原族は『皇帝』陛下の命でなければ何一つ聞き入れてくださりません。そして現在、宙地原族にとって月族の輝夜てるやす君を手に入れる絶好の機会が到来しています」

「皇族御三家って800年前に表の世界から一緒にいなくなったはずよね。なんで宙地原族は、わざわざ月族本家から追い出された人の子供を狙ってるのよ。他の月族だと都合が悪いの?」

「他の月族の居場所を知らないんですよ」

「――え」

「800年前の皇族御三家が歴史から姿を消す際、月族は単独で密かに姿をくらまし、太陽族と宙地原族は月族本家を見失って久しいのです。大地族を有する宙地原族でさえも、月族本家の場所を未だに知ることができずにいます。だから表で発見されたおぼろ様が、太陽族と宙地原族にとっても唯一の足掛かりで、輝夜てるやす君は目の前にいるたった1人の貴重な月族になります」

「逃げられたのは身から出たサビよね……」


 呆れかえった響華きょうかは嘆息する。


「――でも、とおる。どうして〝今〟なの……? 9年前までは抑止力だった『皇帝』陛下がいたから手を出さなかったのはわかる。でもこの9年間、宙地原族が彼を手に入れずにいた理由は何?」

「……その。どうやら今まさに昔封じた輝夜てるやす君の月族の力が戻りつつあるからです。宙地原族という御方は、力が封じられた状態で月族つきぞくとはみなせない輝夜てるやす君には全く興味が持てないご気性のようですよ。ですがずっと監視だけはしていたんでしょう」

「うっわ……、キモいわね」

「不敬ですよ、炎乃えんのさん。相手は皇族です」

「悪いけど、今日から私も火族ひぞく族長に倣って太陽族の信仰だけにしとくわ。話を聞いてると宙地原族がストーカーみたいで気持ち悪いわ。ソリだって一生合いそうにないわね」

「ああ、なるほど。言われてみればストーカー同士で気が合うのかもしれませんね。宙地原族そらちのはらぞく電拳でんつか族長は」

「え……」

「は? 何で電脳族族長が出てくるのよ」

「証拠はありませんが、翡翠革命は宙地原族と電拳でんつか族長のたくらみで間違いありません。翡翠の領民と下位領地ランカーのフリをした大地族が群衆に紛れて一般領民達の不安を煽り、誘導して暴動までたきつけました。自分達の手を汚さず、翡翠領民を御天日凰十みあめひおうと『皇帝』陛下の虐殺犯に仕立て上げたんです。

 仕立て上げられた方は正気に戻ってから恐慌状態に陥っていますよ。『皇帝』陛下だったと知らなかったでは済まされません。何とか皇族殺しを揉み消そうと9年間も現地での真相を知る被害者を追い回すほどです。

 そして今、藍領地で行おうとしているのがその時と同じやり口です……! 全くっ、翡翠領地で成功したからと舐めないでいただきたいですね。大地族と水族は、どちらも階級順位制度での順位に差がない種族だったってことを、皇族の従者だからと傲慢になっている大地族はどうやら忘れているご様子ですが……!」


 頭に血が上っているとおるの怒気に当てられて、敦美あつみ響華きょうかの2人は冷静でいられた。


「翡翠革命と同じねぇ……。うちの領民が暴動起こすようなネタあったかしら」


 とおるは鋭く響華きょうかを睨みつけた。


「『領王』、『二位』、『九位』! 藍領地には仕事を放棄したトップ2名と上位領地ランカーが1名もいて、よそから見たら大問題領地です。いつ翡翠のように爆発するかと他領地に心配までされて、侵入している偵察する工作員ランカーの多さに辟易するほどですよ!」

「へぇ、そうだったの」

「そうなんですよ! だから仕事をしてくださいといつも言っているでしょう!?」

「それ、皆そんなに怒ってたかしら?」


 響華きょうかの指摘に、とおるはぐっと言葉に詰まる。


「……いいえ。不思議なことに貴女方の態度に、藍領民は誰も怒っていませんね。

 10代の若さ。さらには『領王』様と炎乃えんのさんには「何もしないだけ風我かざわ様よりマシな弟子」ということで異様なほどの安堵感を、あずま様に対しても「翡翠革命に巻き込まれて気の毒だった」という謎の同情感を持って緩く許されています。本来引きずり降ろされる案件のはずなんですが!」

「なるほど。問題がないのに、よそから見たら揉めてて暴動が起こる下地があるように見えるのね。それで大地族どもが動いたのかしら。

 今回の件、確認したいんだけど」

「なんです」

とおるの検問は、最初は獣櫛じゅうくし御大を探しているフリをして翡翠関係者もしくは電拳でんつか族長が藍領地にいないか洗っていたのよね? だけど転校生の周辺に大地族がいるのに気付いて、検問は大量に密入領みつにゅうりょうしていた大地族への牽制に切り替えた」

「はい。ただ僕のところまで密入領みつにゅうりょうの大地族の情報がくるのが遅れました。藍領地に住む大地族もいますから」

獣櫛じゅうくし御大への襲撃は陽動目的かしら?」

くず領地ランカー2人がどういうつもりか知りませんが、大地族達は確実にそちらへ全ての目が向く瞬間を狙って待っていますね。だから僕達はあえて獣櫛じゅうくし殿と葛領地ランカー2人の居場所がわかっていないふうを装い、大地族を牽制する検問を続けています。割ける人員がこれ以上いないせいもありますが」

「じゃあとおるとしては葛領地ランカーは放置するしかないのね」

「何より触るとこちらが大地族を警戒している事実がバレます。獣櫛じゅうくし殿と葛領地ランカーは電拳でんつか族長がモニターをしている可能性が高いのです」

「根拠は?」

「普段からの電拳でんつか族長の獣櫛じゅうくし殿への異常な粘着の態度、でしょうか。あとは襲撃が正確過ぎます。空から藍領地内を見られているとしか思えません」

「人工衛星ね。こういう時に厄介なのよね、あの男」

「ですので普段から領内のことに関わらず、奇遇にも現在理由があって輝夜てるやす君の傍にいるフリー状態のあずま様に何とかしていただきたいのが本音です」


 とおるは意味ありげに響華きょうかに目配せした。

 響華きょうかは肩を竦める。


「あー、そういえばフリーなのが他にもいたわね」

「ドラマを見ている時間があるなら少しは自分の命を守るのに使ってくださいませんか」


 とおるは皮肉げに口角を上げた。

 そして2人は敦美あつみへと視線を向け、『領王』の返答を待った。



 敦美あつみは、ぼんやりと思考を巡らせていた。 



(翡翠革命のような虐殺事件が起こる可能性がある……?)



 起こると言われても、あまり実感はなかった。

 そうなると敦美あつみは処刑されるのだろうか。

 殺されると言われても「そう」としか感想が浮かばないのだ。



(……でも、それだと一生あの子に会えなくなるんだ……)



 嫌だ。


 それだけは、どうしても嫌だ。


 必ず会って、約束を叶えたと彼女に告げたいのに。



(それに、私が『領王』の時に藍領地で翡翠領地のような事件が起きるの……?)



 彼女はそんな『領王』になった敦美あつみにどんな顔をするだろうか――……




 想像を巡らせた途端、敦美あつみの中からいかりが湧き上がる。



(嫌だ! 私はあの子に、そんなことが起こった領地の『領王』だなんて名乗りたくない……!!)



 少女に約束を果たしたと、胸を張って報告出来なくなる。何より敦美あつみがしたくないのだ。





「ねぇ、敦美あつみ。昔、機國きぐに家の周りうろついてたストーカー族長が絡んでるみたいだし、気持ち悪いなら関わらないのも有りだとは思うわよ?」


 響華きょうかの言葉は返答を期待したものではなかったが敦美あつみは静かに呟いた。


「――ううん。もう1度、私が叩きつぶす……。私の領地(・・・・)から、みっともないものは皆出ていってもらう」


 響華きょうかは目を丸くする。敦美あつみの方は目が据わっていた。

 敦美あつみがソファから立ち上がる姿を目で追った響華きょうかは肩を震わせて笑い出した。


「――何?」

「だって敦美あつみったら! ふふっ、格好いいじゃない。しょうがないわね。私も目の前を綺麗にしておきたいから特別に付き合ったげるわよ」


 笑う響華きょうかが差し出した左手を、敦美あつみは剣呑さを漂わせながらもしっかりと握り返した。

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