第14章 怪談と密会のエトランゼ
《緊急指名手配 葛領地『十八位』 粒島賢
葛領地『三十四位』 氷藤信次》
「あらま。もう死体偽装バレた」
「早ー、意外と普通に防衛してんじゃーん。入領はクソザルだったのによー」
藍領地、中央都市郊外の定食屋。
店内のテレビに自身の名前がテロップで流されている2人は、どこまでも他人事のようにそのことへの関心が薄い。
真っ赤なライダージャケットとスキニーボトムス。銀の髑髏ネックレスやブレスレットと指輪をつけ、とにかく見た目が騒がしい薄水色の髪が特徴的な青年は〝氷藤信次〟である。
彼は魚のてんぷらに醤油をたらして口の中に放り込む。白飯と味噌汁も一緒にかきこみムシャムシャと咀嚼した。
「キスのてんぷらクソうめえ! 俺なんで今まで食ってこなかったんだよ! ガチやべー!!」
「藍領地は海に囲まれてるからねー。シンちゃんの魚嫌いが治っておばさん喜ぶべ」
迷彩柄のシャツにダメージジーンズ。銀の鎖のアクセサリーや色とりどりのピアスを何点も耳朶につけている〝粒島賢〟は、顎にある青磁色の無精髭を左手でさすりつつ、右手で携帯電話をいじっていた。
「水族が多い土地って、水色がかった髪色ってだけで目立たないから俺達も楽ね」
「あアァ!? 誰がクソ水族だって!?」
「どうどう」
信次がやかましく吠えると賢はケラケラと笑う。
「シンちゃんの水族嫌いの方は治る見込みなさそー」
「マジ皇族のせいだ! 俺達一族に水を連想させる名前つけやがって!
せめて〝雪族〟とか〝結晶族〟とかにしてくれりゃ良かったのにっ!! 字面で氷族を水族の格下みたいに思ってるヤツら多過ぎなんだよ!! ふざけんなよ!! あとコッチとアイツらとは親戚でもねーからぁ!!」
「シンちゃんに雪って単語似合わんね」
「うるせえー!!」
騒ぐ信次の大声は店内に響き渡るほどの声量だった。
しかし他の客も店主も反応はない。2人の周りに無音状態を作る透明のドームが出現しており、周りの人間の耳に音が伝わらないのだ。
重力を操れる粒子族、粒島賢の能力である。
「次はバス停だってさ。人使いの荒い依頼人だこと。しっかし指名手配かぁ。そろそろ潮時かもしれんね。収穫無しだけど」
賢が持っていた携帯電話をヒラヒラと上下に振る。
信次はキスから箸を休めてナスのてんぷらをつゆにひたし、日常の雑談をしているかのように言う。
「やっぱまずかったんじゃねぇの? 灰兼に話を通さねーで、桔梗の狼を藍領地で追いかけ回すってのはさ。ケンちゃんが建物内の重力を変えただけで爆弾使ってないっつっても、事故で誤魔化せねぇ感ツエーわ」
賢は抹茶ソバをすする。
「灰兼『領王』様には、藍領地の反応見る工作の一環って事後報告しとけばいいべ。
んー、そうね。たまたま空気の密度が違う部屋の扉を開けたから爆発に見える現象が起きて、たーまたま部屋の設置器具が見えない何か重たい現象で押しつぶされて壊れて発火しただけじゃないかねー? いやー自然現象って恐いわー」
「ヤベー! 全然納得できねー! 俺ならゼッテー、ケンちゃん捕まえるわっ!! ギャハハ!」
2人は腹を抱えてゲラゲラと大笑いした。
「別に藍領民の死人も出してないからいいでしょーよ。ひょっとしたら俺と同じ系統の種族がその場にいたから防御したってこともあったかもだけど」
「同じって重力系か」
「慣性の法則って知ってるかいシンちゃん!」
「げっ! やめろ別に聞きたくねぇっ!!」
2人はぎゃあぎゃあと騒ぎながらも「ごっそーさん」と両手を合わせて食事を終える。机に代金を置いて賢と信次は腰を上げ、旅行鞄を肩に引っ掛けた。
「次が最後の襲撃にしたいもんだべ。出てきてくれるといーんだけど。〝デンス〟って電脳族」
「よく分かんねー話だから、もう帰りてぇ……。電脳族トップが見つけられない電脳族ってなんかもうイミフ過ぎね?」
「そーね。藍領地偵察ついでに「デンス」って電脳族を目撃するだけでオッケーっていう美味しい仕事だと思ってたんだけどな。電脳族トップに今後情報流してもらえるってコネのオマケつきだったし。
……でもなーんか段々と雲行きが怪しくなってる気がしてんのは俺も引っかかる。いつまで続けるんだってのも。つついちゃまずいもんをつつかされてるような」
「その胸騒ぎっぽいの、俺もだぜ」
「うわ、シンちゃんの嫌な予感センサーは当たるからなぁ」
「一昨日ぐらいから藍領地にいるとザワザワすんだよ。前に藍領地を偵察に来た時はこんな嫌な感じしなかったのによー。
この領地全体が包まれてるっぽい息苦しさがある……? や、でもそんなでけぇスケールの能力者、今の藍領地にはいないはずだけどな」
「そろそろ本気で藍領地からの撤退を考えた方が良さげね」
「とにかく通行人に大地族が多くてキモイ! だから俺はさっさと帰りてぇんだよ!」
信次のはっきりとした不平に、賢は店の敷居をまたぎながら「おや?」と背後の信次を振り返った。
信次は珍しく難しい顔つきで、不快そうに眉根を寄せて考え込んでいるようだ。
「それがどったの?」
「ここは水族の本家がある藍領地だぜ、ケンちゃん。6割が水族の領民比率で、なんで俺らは大地族ばっかとすれ違ってんだよ」
「翡翠領地かな?」
その言葉を聞いた瞬間、信次が感情が失せた真顔で賢を見た。
賢は茶化す言葉の選択を誤ったのに気付きハッとする。
「あ! 今の無し! 違うのさっ……!」
「別に……姉ちゃんが翡翠で死んで、もう9年だ。気にしてねーよ……」
信次はそう言いながらも顔を背けた。
「――こういう雰囲気の領地はマジなんか胸クソ悪りいんだよ……っ!」
信次は苦虫をかみ潰しすように吐き捨てる。
信次の指摘に賢もまた、今の藍領地の異常な気配を意識し始めた。
普段学校などの公共の場や領地ランカーとして以外は、まるで存在感を示さない大地族。
道端で見かけることすら稀で、他種族に生活面を極力見せないという徹底した秘密主義のはずの彼等を、今回の藍領地では通行人の中でよく姿を目にしていた。
大地族を見分けるのは簡単だ。彼等の足が地面に触れた時、何も音がしない。つまり足音が無いのだ。
今の藍領地は雑踏に立っても不気味なほど足音が少ない。
(冗談じゃなく、〝翡翠革命〟前日ってこんな感じだったって噂なんだよな……)
――怪談として、9年前に残されているゲームログの話が有名である。
とあるオンラインゲームの広場の公開チャットで
『足音が消こえない! はっきりと見えているのに!! 街のいたるところに幽霊の集団がいるんだ!!!! 私は呪われている!!!』
とパニックに近い形で、1人延々と叫ぶプレイヤーがいた。
迷惑プレイヤーとしてブラックリストに入れたり、通報した者がほとんどだったらしいが、中には発狂するそのプレイヤーに親切に声をかけたプレイヤーもいた。
『それ、大地族じゃないかな? あの種族、足音しないよ』
その親切なプレイヤーの言葉が、全ての領地の電脳に〝大地族は足音がしない〟という事実を公の情報として残した初めての瞬間だったとも言われている。
ただ、発狂するプレイヤーはそのことを教えられても『領地が大地族に侵略されている!! 誰か助けてくれ殺される!!!』というチャット内容に変わっただけで、結局ずっと叫び続けていたという。
数時間後、そのプレイヤーキャラクターは削除された。
警告を受けても迷惑行為を辞めなかったとして運営が削除したのだが――次の日、のちに〝翡翠革命〟と呼ばれる翡翠の『領王』と上位領地ランカーの虐殺事件のニュースが全領地に舞い込み、かの発狂プレイヤーは翡翠領地の上位領地ランカーの関係者か身内だったのではないかと憶測が流れた。
さらに後日、『うちの領地に大地族はいないのに言いがかりにあたるチャットがゲーム内であったと聞いた。迷惑なのでゲームログを消してくれ』と運営へ匿名の領地から訴えがあり、ゲーム内のログまで削除する処置が取られたため信憑性が増したという。
しかし削除したところで既にログを保存している人間が多数おり、それぞれの領地の電脳で拡散された後だったので、今でも全領地の電脳でそのログは読めるというオチがつく。
これのどこが怪談かというと、大地族の特徴を結果的に全領地の人々に教えたことになった親切なプレイヤーが〝翡翠革命〟後に一切ログインしなくなってしまった辺りである。
ゲーム内でフレンドも多く、それまでは週に4日ログインし、サービス開始の5年前からプレイする古参だったせいで余計に憶測を呼んだ。
まさか、あのプレイヤーは大地族に消されて――……
(嵐の前の静けさ……? まさか、な)
賢は台風の中にいるような暗雲を、今の藍領地に感じて溜息を吐く。
そして澄みきった青空に浮かぶ太陽の眩しい光に目をすがめながら、前を歩く信次の背中を追いかけた。




