第12章 事件現場跡にて、よもやま話に花が咲く
昨日、藍領地では2つの爆発事件と2次災害として火災が起こった。
1つは夕刻。
中央都市駅前。商店街の大通りに軒を連ねる紅茶専門の喫茶店が爆発。
近隣のビジネスホテル、コンビニ、住宅などがともに延焼し、重軽傷者数名と2名の死者が出ている。
もう1つは夜。
同じく中央都市駅前付近の観光ホテルが爆発。
書店、ドラッグストア、駅などがともに延焼。重軽傷者多数。
どちらも爆発した建物内では、藍領地にはいない獣族の目撃情報有り。
喫茶店では客の1人として。そして観光ホテルではフロントで。チェックインの宿泊名簿には〝獣櫛涼柁〟と記載している。
――もしこれが獣櫛涼柁本人だとしたら、滞在許可が下りていない藍領地に不法に入領しているにも関わらず、偽名も使わずに堂々と宿泊手続きをして、のんきにお茶を楽しんでいたことになる。
剛気なのか、愚直なだけなのか――……昨夜2つ目の爆発事件が起こった観光ホテルの現場で砂岳は頭を抱えた。
藍領地の軍服の上に茶色のコートを羽織った、くたびれた中年男性――砂岳はむき出しになった鉄筋の残骸を眺めながらコートのポケットに両手を突っ込んで疲れた溜息を零す。
「あーりゃま……。まいったね、こりゃ」
「砂岳のおっさん。時蔵のじーさんは? 指示欲しいよ」
(コラコラ。こちとらまだ40前だぞ。お兄さんと呼びたまえよ)
砂岳の心はいつだって若いつもりである。胸中で愚痴りながら藍領地ランカー『十一位』の砂岳巽は、隣で心底困り果てた様子の同僚を見下ろした。
『十二位』の同僚、土部阿騎は現在10歳。小学4年生である。
彼は9年前の闘技大会で藍領地ランカーになったわけではなく(その頃はまだ1歳だ)、つい最近父親の順位を譲り受けたという特殊な領地ランカーだ。
勿論、譲り受けるには『十二位』以下のランカーと対戦し、勝たなければその位は継げない。土部少年は見事勝利を収めているのである。
このような引き継ぎ式の特殊な領地ランカーは、世界広しといえど闘技大会で1つの領地に1名しか出場させないという厳格な規則がある大地族だからこそ許されていた。
――まぁ、大地族の総意としては土部少年には『十位』以内の上位領地ランカー……つまり幹部になるのを期待していたようだが、いかんせん砂岳が負かしてしまった。
この件は土部少年の父親――同窓生兼元同僚の男にも未だにかなりの嫌味を言われる。そのたびに砂岳は思うのだ。
(息子を俺の部下にさせんのがそんなに嫌か。ってかお前さんも嫌だったってことかーい)
おくびにも出さないようにしているが、土部家にとって砂岳は目の上のたんこぶってやつなのだ。
(俺が倒せても『十位』を倒して上位領地ランカーになれるとは限らんだろうになァ……)
大体、温かい家庭と息子までいて不服を言うとは何事か。
独り身の砂岳にとって、同窓生の子供と同じ職場に身をやつしているのはこたえるものだ。
今も昔も砂岳より強い人間はいくらでもいた。しかし彼らは年を重ねると「もう戦えない。昔みたいに力が使えなくなった」と領地ランカーをさっさと引退して家庭を作ってしまう。
砂岳も全く身体にガタがきていないわけではないのだが、闘技大会に出場するとなんだかんだと若者に混じってかなり良い順位をキープ出来てしまうのでそのままズルズルと藍領地ランカーを続けていた。もう普通に会社勤めをして働くことは一生涯ないのだろうと腹をくくっている。
「時蔵のじっちゃんはなぁ、火事現場で煙を吸ってひっくり返っちゃったんだ。しゃーないべ」
「はあ!? 自分の老化時間を止めてるヒマあったら火事現場の時間止めればいいじゃん!!」
「ごもっとも」
砂岳はぱちぱちと賛同の拍手を送る。
茶化されたと思ったのか、土部少年はむくれてしまった。
(しっかし、爆発物の残骸は残ってない。痕跡が一切無いってのは、やっぱ能力で爆発現象を起こしているタイプよな。えーと、引っぱるのは火族は基本として、意表を突いて新型兵器説も悪くないから機械族、粉塵爆発系を考慮してうちと、あと――)
土部少年の機嫌を窺うように、ちらりと横目で盗み見る。
(……気難しい秘密主義の大地族、だな。あーあ……また嫌味を言われちまうなァ)
土部少年と目が合い盗み見がバレた。
彼は中年のおっさんにウィンクされたと思ったのか「ゲーッ」と舌を出し、嗚咽する所業を目の前でくり広げる。大人だって傷つき涙を流す生き物だと土部少年には早く悟ってもらいたいものだ。
「――砂岳。電谷は……?」
背後で鈴を転がすような愛らしい声がした。
振り返ると美しい少女が出現している。イリュージョンではない。電脳族が扱える次元移動能力だ。
現・藍領地『領王』機國敦美――機械族と電脳族のハーフであり、両種族の能力を持つ少女。
砂岳の上司、会社でいうところの会長か社長ってやつだ。
「『領王』様!!」
土部少年は、ぱあっと満面の笑顔になって目を輝かせた。
「こっちには来てませんぜ。本部か、水名様のトコじゃないんですかい?」
(久々だなー……『領王』様のご尊顔を現場で見るって)
ここ数年、敦美は領地内の事件に全く関わらず、上位領地ランカー以外との謁見もほとんどしなくなっていた。
なので砂岳は地味に感動を覚える。
(けど、「電谷」ね。なるほど、相変わらず自分の領地に興味はないと! んー、ここまでくるといっそ清々しい)
「『領王』様が探し回ってるってこたぁ、つまり電谷と一切連絡が取れないんですか?」
「――別に探し回ってるってほどじゃない……。けど、訊きたいことがあって」
砂岳が携帯電話を出そうとコートのポケットを漁っているうちに、土部少年がささっと携帯端末を取り出していじった。結局、砂岳が取り出したのは葉巻のみだ。
「うわ、本当ですね。繋がらない。通信エラー!? メールも出せないじゃん! なんでこの非常時にオフってんだよアイツ。学校なんか行ってるんじゃないですか。空気読めないバカだから」
土部少年の頭に砂岳は葉巻を握り込んだゲンコツをくれてやる。
「お前さんね。学校行ってる方が本当は偉いんだっての」
大地族は異様に電脳族にあたりが強い。どうやら土部少年も、着々と大人の大地族と同じ価値観に染まりつつある。
敦美は土部の発言で2人には見えない独自の電脳を開いたようだった。電谷がいないか、学校の監視カメラ映像を洗っているのだろう。
そして土部少年は砂岳のゲンコツという暴力に理不尽を感じたらしい。頬を膨らせて容赦なく砂岳の横腹にドスドスと拳をくり出し始める。
「ぐはっ。地味に痛いからやめなさいよ!」
つつかれて情けない声を出しながらも砂岳は葉巻を口にくわえると、火も付けずに上下にブラブラと動かして『領王』を観察した。
敦美は感情の読めない漆黒の瞳で、彼女が出した電脳があるらしい空中をぼんやりと見つめている。
(いつ見ても、無気力な支配者って斬新よなァ……。なーんで闘技大会に出ようと思ったんだか。そんでなんでのぼり詰めるかな。無欲の勝利ってーのは闘技大会に関しては有り得ないんだがなァ)
実力があるのは当然のこと、「勝ちたい。誰にも負けたくない」という欲も無ければ勝てない場所で辿り着けない権力の椅子なのだ、『領王』という地位は。
闘技大会を荒らした『九位』の炎乃響華も、上位領地ランカー同士の試合になるまでは勝利に貪欲で全く手を抜かずに対戦相手を叩きのめしていた。
(……師匠の風我様とは真逆な『領王』様になったもんだ。風我様は戦闘が起これば飛んでくるような生粋の戦闘狂だったからなァ。
風我様に似てるのは、どっちかてーと炎乃様の方。どいつもこいつも風我様が『領王』だった頃を知らない若い連中ばかりだから、風我様と今の『領王』がいい加減で似てるなんてほざきやがる)
敦美の師匠――風我唯。
彼女は藍領地のアンダーグラウンドで在住しているという化け物級能力者と戦うためだけに、藍領地の『領王』に収まった人間だった。
数百年に1人生まれるかどうかの突然変異でしか誕生しない風族は、その時代に独りだけという環境のせいか、自由気ままな独裁者タイプが多い。
その上、強過ぎて皇族御三家でさえ手を焼いた相手として史実が残っている。最悪なことに放置すると領地など関係なくやりたい放題に暴れまくる。世界の厄災なのだ。
だから歴代の『皇帝』は風族が生まれるたび皇帝城に引き取って養子にし、同じ皇族の月族と婚姻させ大人しくさせてきた。
ところが、現代は肝心の皇族が800年前に階級順位制度の廃止を宣言して失踪している。ストッパーがいなくなった後に初めて誕生した風族が、風我唯というわけだ。
ただ彼女は今までの傍若無人な風族とは違い、それなりに常識を持っていた。幼い頃に自殺したという彼女の双子の弟が、性質に何かしらの影響を与えているのかもしれない。
まぁ、大人しいと言っても風我唯の名を聞けば震え上がる他領地の『領王』が多いぐらいには暴れているが。
10年前――
『あいつ、全然表に出てこないからつまらない。私と対等に戦える男を別に探すわ』
そう言って突然藍領地の『領王』を辞職し弟子を取ったかと思うと、その1年後には
『私、対等な相手を見つけたのよ』
と言って砂岳に女傑っぷりを見せ、弟子を1人連れてさっそうと藍領地から出て行ってしまった。
(ただ消え方がなぁ……。あんな目立つ女が、この9年間まるで噂1つ聞かないって。なんつーか皇族御三家みたいな不思議な消え方してんのが心配だ……。ちゃんと無事でいてくださいよ、風我様……)
こうして風我唯の身を案じる藍領地ランカーも、今は古株の砂岳のみだ。
しかし「藍領地に在住している化け物級能力者」とは一体どこの一族で誰だったのか。謎のままである。風族の風我唯と対等に渡り合えたそうだから、まさかの皇族だったのだろうか。いかんせん彼女の話でしかその存在を砂岳は知らないので都市伝説のようなものだ。
(そういや俺も、風我様が現役だった頃は若かったぜ)
つい若かりし頃を回想し、砂岳は哀愁を漂わせた。
「とぅっ! カルマを背負いし、電谷ここに爆誕!!!」
所謂ヒーローポーズと言われるポーズを決めながら学生服の電谷がこの場に出現した。
(お。本当に学校へ行っていたのか)
土部少年がヒーローポーズの電谷を睨みつけて明らかに腹を立てている。彼は大地族が毛嫌いする電脳族に好きなヒーローの真似をされて不快だったようだ。
電谷は、怒る土部に対して丸眼鏡を光らせながらドヤ顔である。
(知っててやっているのか。良い根性だぜ)
非力な電谷青年の、強者だろうと気にせずに我を貫き通す姿勢が砂岳は好きだ。
電谷は同じ電脳族からも変人のフリをしている変人として名高いらしい。それはもう「変人」の一言でよくないか? と常々思う評価ではあるが。
「うへぇ……『マスター』! 机の中から手が出てきてよく教室で悲鳴を上げなかったなってレベルのホラー演出な呼び出しは勘弁してくださいよー。俺でなければやられていたっす!!」
(そりゃこええな)
砂岳は思わず吹き出した。電谷の語り口はいつ聞いても楽しい。
それから砂岳は隣の同僚の頭をがっちりとホールドした。引きずって敦美と電谷から離れる。
「な、何するんだよっ! 砂岳のおっさん!?」
「何すんの、じゃねーべ。『領王』様の私的な会話を下位領地ランカーが盗み聞きしようなんざ、100年早いわい」
「盗み聞き」と指摘され、土部少年は頬を真っ赤にして口をへの字に引き結んだ。文句は出ない。幼い彼も自分の地位に比例する立場とやらを理解しているのだ。
「――砂岳はここにいて」
「へ? はい……?」
背中に敦美の声が掛かり、砂岳は目を丸くする。
ふくれっ面の土部を残して、敦美と電谷の傍に急いで近付いた。
「えーと、なんでしょうか? 電谷にご用件があっただけだと思ってたんですが」
「――砂岳は私が『領王』になる前から藍領地ランカーだよね。昔の藍領地に詳しいはず」
「まぁ、それなりに」
「――砂岳にも、電谷と同じ話を訊きたいの」
昔の藍領地の情報と、若い電谷青年の話が同じとは一体どんな話題なのか。
見当もつかず、砂岳と電谷は顔を見合わせる。
「――〝電須佐由〟のことを話して」
敦美はそう2人に命じた。




