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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
『眠る月の皇子』
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第9章 偽物の思い出人、本物の通行人

「『二位』!? うわっ! じゅうぶん凄いよ! おめでとう!」


 ずっと温めてきた祝いの言葉を約束通り伝えられた。輝夜てるやすの頬は緩む。


「あ! ……ごめん! 電脳ネット階級順位表ランキングを見たはずなのに全然気付かなくて。あい領地に戻ってきたばかりなんだ。えっと……」


 携帯端末を取り出して藍領地の階級順位表を表示しかけるが、あずま秀寿ひでとしに止められた。


「気付かないのは無理ないよ。階級順位表に俺の顔写真は載ってないから」

「あ……」


(そういえば、『二位』の顔写真なかったっけ……。かみなりぞくだからって気にしてなかったな)


 今朝の記憶をたぐりよせ、納得する。


「ごめん。ずっと機械族きかいぞくだと思っていたから……」

「俺もずっと女の子だと思ってた。同じだよ」


 輝夜てるやすへの気遣いが感じられる答え方に、ぐっと嬉しくなる。


(優しい奴だなぁ。良かった、ちゃんと会えて)


 秀寿ひでとし輝夜てるやすに申し訳なさそうに話した。


「……それに謝るのは俺の方だよ。さっきのこと。慌てて耐電手袋を忘れて……俺がインターフォンに触ったら壊しそうだったから」

「あ、それであんなに叩いてたんだ。いいって気にしなくて!」


 今は落ち着いているが、秀寿ひでとしはさっきまでとても慌てふためいていた様子だった。

 輝夜てるやす秀寿ひでとしの目に微かに涙がにじんでいたのに気付き、ドキリと心臓が跳ねる。

 秀寿ひでとしが改めて篁朝たかときに真剣な眼差しを向けていた。篁朝たかときは特に気にしたふうでもなく、


「コスモスなら庭に埋めたから」


 などと、ひょうひょうと言う。

 どう見ても秀寿ひでとしがコスモスのその後を気にして来訪したわけではないのは一目瞭然だったのにだ。


(兄貴、少しは空気読もう!? 俺の幼馴染みみたいなもんに何をやったんだよ!?)


 輝夜てるやすは内心怒っていた。こんなことなら病院での一件をきちんと聞いておくべきだった。


果凜かりんがっ、病室に来たのは水族みずぞくの男性でコスモスの礼だと言われたと……! 水岐みずきさんですよね……!?」


 輝夜てるやすは耳を疑った。


(今、「水岐みずきさん」って……)


 水岐みずき輝夜てるやす達の旧姓だ。

 ――そういえば輝夜てるやすのことも〝かぐや〟と呼んでいた。9年前、自分は彼に名乗って……いただろうか……?


「ああ。輝夜てるやすのコスモスを貰ったからな」


(俺のコスモスって何!?)


 篁朝たかときの軽く飛んだ発言に輝夜てるやすは愕然とした。輝夜てるやすが受け取る前から、あの花は輝夜てるやすの物だったとでも言うのか。

 秀寿ひでとし篁朝たかときの妙な言葉回しに引っかかるどころか、感極まったように顔を伏せてすすり泣く。


果凜かりんがんを取り除いていただいて、本当に、本当にありがとうございました……っ!!」

「癌を!?」


 輝夜てるやすの背筋がゾワッと凍る。後ろで成り行きを見守っていたつむぎも絶句していた。

 篁朝たかときだけが場違いなくらいなんでもなさそうに微笑する。


「きちんとしたお礼をさせてください! ……ただ、電須でんすさんのことは俺にはどうにも出来ません。俺も世話になるばかりの立場なので、電須でんすさんの許可が無いと水岐みずきさんの要望も行えません……。

 ですが、それ以外のことなら! それこそ一生涯、いえ、この命と引き替えにしても果凜かりんの命を救ってくださった恩をお返しします……!!」


「ちょっ! たんま!!」


 秀寿ひでとしの目の前に手を突き出して輝夜てるやすが話を断ち切った。

 悲壮な顔で篁朝たかときに振り返る。そんな輝夜てるやすの様子に篁朝たかときは秀麗な顔を歪ませた。


輝夜てるやす、どうしたんだ」

「兄貴……。まさか病院で、病人の治療したの……? み、水族の力で……?」

「ああ。病気の原因で口論していたから、口論の種を取り除いてやった。な?」


 篁朝たかときは同意を求めて秀寿ひでとしに顎をしゃくる。

 輝夜てるやすは間髪入れずに怒鳴った。


「ふざけんな! どうして俺達が逃げ回ってると思ってるんだよ!? 兄貴が恨みを買ったからだろ! 種族の力を使って治療するのはさ、治さなかった他の人の恨みを買う行為なんだよ!! なんで水族がずっと禁止にしているのか、頭いい癖にわからないのかよ!!」


 顔を真っ赤にして激怒する輝夜てるやすに、篁朝たかときは顔をしかめた。


「禁止って……。俺以外に人体を液体化させて不純物を取り除ける奴が水族にいないだろ」

「だから余計に駄目だっつってんだよ!!」

「――誰にも言いません!」


 秀寿ひでとしの誠実な声が2人の間に割って入った。


果凜かりんと、果凜かりんの両親にも口止めを。絶対に誰にも漏らしません。輝夜かぐや君もそんなに責めないでほしい……。俺は本当に救われたんだ……」


 秀寿ひでとしの悲痛な訴えに、輝夜てるやすはぐっと言葉を飲み込むと口を閉じた。

 家の中では、つむぎが体から力が抜けてへたりこんでいた。

 それでも怒りが納まらない輝夜てるやすはギッと篁朝たかときを睨みつける。


「兄貴の馬鹿! アホ!」

「おい。兄に対してその口の利き方はなんだ」


 篁朝たかときもののしられて、さすがにムッと腹を立てると輝夜てるやすの頬をつねる。


「びゃかー!」


 そうやって輝夜てるやすがしつこく篁朝たかときにくってかかっている時だった。

 ふっと、輝夜てるやすの視界の隅を白い物が横切る。秀寿ひでとしの背後の道路を通り過ぎたそれに無意識に足が動き、篁朝たかとき秀寿ひでとしを押しのけて玄関から飛び出した。


輝夜てるやす!?」


 篁朝たかときが目を見張る。

 押しのけられた秀寿ひでとしは、自分を触って平然と去っていく輝夜てるやすの背を驚きの目で追った。

 輝夜てるやすを追いかけようとした篁朝たかときは、玄関から先に広がる暗闇に1歩も踏み出せない。背筋に冷や汗を流し、ぐっと吐き気を呑み込んで絞り出すように声を発した。


「おい、あずま……。電須でんす以外のことならなんでもするって言ったな!? 今直ぐ輝夜てるやすを追え! 無事に家まで連れ帰ってこい……輝夜てるやすを守ってくれっ……!」

「はい!」


 秀寿ひでとしは、はつらつとした返答と同時に素早く身を翻した。






「どこに行くんだ子猫……!?」


 家から飛び出した真っ白な子猫を輝夜てるやすは追いかける。

 夜道を走っていた子猫は、耳をぴくんと動かしてコンビニの前で立ち止まった。小さな背中が店内から漏れる明かりに照らされている。ミャアァ……と、か細く悲しげな鳴き声を発した。瞳いっぱいに大粒の涙を溜めて今にも零れそうだ。


 ゼイゼイと息を切らした輝夜てるやすも、子猫の姿が確認出来る位置まで辿り着くと足を止めた。膝に手を置いて息苦しさが治まるのを待つ。

 すると輝夜てるやすの前に震えながらも背を丸めた子猫が、ちょこんと座った。逃げられるかと、どぎまぎしながら手を伸ばす。

 意外にも子猫は嫌がりはしなかった。そっと抱えると特に抵抗もなく、そのまま腕の中にすっぽりと納まる。


「――けものぞく……?」

「わ!?」


 直ぐ傍で女の子の声が聞こえた。

 全く気付かなかった輝夜てるやすは、心底肝を冷やしながら声のぬしを見る。

 が、目の前にずいっと出されたペットボトルで視界を阻まれた。


「――あげる。中学生が、夜に出歩いちゃ危ないよ」

「へ? あ……」


 ペットボトルを受け取った次の瞬間、顔も見えなかった女の子の姿は消えていた。


(幽霊……!?)


 ぞわりと背筋に悪寒が走る。

 しかし直ぐに思い直した。


(いやいやいや! 何ビビってるんだ! あの消え方は電脳族でんのうぞくだよ、電脳族! 次元シェルターに入っただけだって!)


 輝夜てるやすは手渡されたペットボトルのパッケージ名を見て途方に暮れた。


「あの、俺ブラックコーヒーなんて飲めないんだけど……」


(しかも中学生に間違えられていたし)


 腕の中の子猫が聞き取れないぐらい小さな声でフーゥッと控えめにうなった。

 秀寿ひでとし輝夜てるやす達に追いついてこちらへやってくる。秀寿ひでとしは子猫の反応に苦笑いすると、輝夜てるやす達から半歩ほど下がって距離を取った。


「その猫を追いかけてたんだ?」

「うん。俺が拾ったんだけど……」



『――獣族けものぞく……?』



 さっきの女の子の声が輝夜てるやすの脳裏で木霊こだまする。


(……どうしよう。この子猫、ひょっとしなくても動物じゃなくて獣族けものぞくの人なのか……?)


 もしそれが本当なら軽々しく腕の中に抱いているのは、まずいのではないだろうか。困惑した輝夜てるやすは子猫を拾った遠い駅前の方角の空に視線を移して目を疑った。

 夜空が赤く染まっている。



『ついさっき、駅前で火災があったんですって』



「え……、火事ってこんなに空が明るくなるもの……?」


 抱えている子猫がブルリと身震いした。

 輝夜てるやすは安心させるように、そっと子猫の頭を撫でる。


「まだ建物の消火が終わってないんだろうね」


 秀寿ひでとしの他人事のような発言に違和感があった。


「えーと……あず……ま君」

「呼び捨てでいいよ。輝夜かぐや君、って俺も呼ぶのはやめた方がいいな。名前よりは名字の、水城みずしろでいい?」

「全然いいよ! あずまは『二位』の上位領地ランカーだろ。火事の現場に行かなくていいのか?」


(『二位』って実質『領王』のスペアっていうか、何かあった時の『領王』代行役じゃ……?)


「あー……うん。ホントは駄目なんだけど、多分『領王』様も行ってないだろうから平気」


(……機國きぐにさんが行ってないから平気ってなんだよ)


 第1印象で根は生真面目そうだと輝夜てるやすが感じたのは間違いだったようだ。機國きぐに敦美あつみの名前を言い訳に使われて腹が立った。


「お前、不良だな」

「フリョウ?」


 秀寿ひでとしは目を丸くする。それから赤い夜空の方角を見つめて、


「……確かに」


 と自嘲気味に苦々しく笑った。


「でも夕方のとは違って、今度のは死者は出てないから」

「え……。死者……?」


(あの、喫茶店か……?)


 輝夜てるやすの頭の中で、目の前で起こった爆発の光景が思い出される。



(……死ん、だ人、が……?)



 ふっと糸が切れるように、






 ――輝夜てるやすの視界全てが真っ白になった。






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