第12話 四面楚歌〝封建の皇族世界〟と〝戦乱の領王世界〟【前編】
※死傷表現が多々あります。苦手な方は適度に読み飛ばして下さい。
御速海佐善が御高月煌夜を使って脅したが、剣が姿を現すことはなかった。
御高月煌夜に危害を加えられて怒り狂った尊は、桐煌高校の校舎を暴風で破壊し尽くし瓦礫にする。
尊は瓦礫の中から偽装の水の防御壁を張っていた広早を見つけ、胸ぐらを掴み締め上げた。
「佐善を呼び出せ! 何なら貴公を煌夜と同じ目に合わせて呼び出してやろうかッ!?」
「ぐぅっ……! そ、そんなことをしたところで出てくるわけっ……!」
尊の周りでは常に巨大な暴風が吹き荒れていた。
広早は力が出せず、嵐の中に無防備に四肢を晒され、気圧の圧迫に呼吸が上手く出来ずにパクパクと口を開ける。更に広早の身体を鋭い風が皮膚を切り裂いてゆく。
「……っ!!」
広早が爆発のような暴風に吹っ飛ばされて転がった。ゼエハアと息も絶え絶えに無我夢中で起き上がり、無謀と分かっていても尊に身構える。
肝心の尊は広早から目を逸らした。先ほどまで見せていた怒りを消し、顔色を変えて過剰なくらい周囲を見渡す。
今、広早を吹き飛ばした暴風は尊のものではない。むしろ広早共々尊も攻撃をされたのだ。尊は広早の胸ぐらを掴んでいた腕を切り裂かれていた。微かに肌を血が伝うのを感じる。
「ゆ……い!?」
尊はゴクリと息を呑む。ここにいるはずのない身内の名を呟いたと同時に、風の揺らぎを察知する。瞬時に身体は迎撃に動いていた――はずだった。
既に相手の攻撃的な暴風が目の前にある状況に愕然とする。自身の力は未だ発動前。緩慢な力の流れと身体の動きが鈍い異常さに目を剥く。
(私の時間が!?)
異常な状態に気付くのが遅過ぎた。暴風にぶつかり吹き飛ぶ。
身体は落下した先でバウンドし、何度か地面に叩きつけられる。背中に様々な異物が突き刺さった。「ゲホッ……」と血反吐を口から零す。直ぐに尊は自身の身体の時間を支配する力の痕跡を追う。
その微かな風を辿って敵を見つけた。その終着地点を知覚した尊は顔を強張らせる。遠方の寮らしき建物の屋上にいた人物に驚愕した。
(馬鹿な……何故……貴方様までここに!?)
瞬時に、この世界の皇族が御高月煌夜の扱いを見て静観は出来ないと、人質の奪還に動き出したのだと理解した。
しかし月族の皇子如きを、仮にも〝太陽族の皇族〟が直々に奪還に来るなんて有り得ないことだと理性が否定する。尊の常識が通じない不条理な現状に混乱した。
人違いで太陽族の皇族を人質に取ったのではないかとも疑心が芽生える。
(彼は本当に別世界の煌夜だったのか……?)
輝夜のことを思い起こしながら朦朧となりつつある頭を振り、ぐっと歯を食いしばって立ち上がる。
発動前に攻撃を受ける目に遭うと分かっていても、竜巻を発生させるために力を込めた。普段通りなら尊が思った瞬間には全てを呑み込む竜巻が生まれていなければならない。だが力を込めても、その身体に迸る力の流れ自体が周りにとって滑稽なほどスローのようだ。
発動前に巨大な暴風がぶつかってくる衝撃を受け、身体は羽根のように軽く高く領地外へと吹き飛んだ。海面に叩きつけられ、漸く力の発動が完了した時には海に沈んでいた。
竜巻が海水を巻き上げる、がそれだけだ。それによって一瞬だけ取り込めた空気。未だ緩慢な身体で維持が出来ずに竜巻は消え去る。
尊は何故か、小麦色のバスケットを思い起こしていた。あえて見て見ぬ振りをした二重底。入っていたのは服だったのだろうかと些末なことが気になった。
(獣族が傍にいる時点でもっと勘ぐるべきだったな……私も冷静では無かったのか)
疲れきった表情で苦笑いを浮かべ、彼は独り水底へと沈んでいった。
――煌夜、守ってやれなくてすまない……
即座に物陰に隠れ、最小の水の防御壁を張っていた広早は、繰り広げられる一方的な戦闘に胸中で上がった悲鳴を呑み込むのに必死だった。動揺によって起こる興奮を抱えたまま震える指先で携帯端末を動かし、御速海佐善に連絡する。声を出さずに文字を打ち込んだ。
《この世界の風族が出て来ました。どうするのですか?》
《尊殿を始末出来ただろう》
御速海佐善の返事に広早は息を呑む。険しい表情で文字を打った。
《平行世界を見てこうなると知っていたのですか?》
御速海佐善は通話へと切り替え、電脳画面に通信映像が出る。
『ほんの少しの子細は、と言っておこうか。思い違いをしているようだが、多次元能力は覗くだけで必要な情報は得られない。調べ物によっては年単位でその世界に滞在し調査しないと分からないものだ。剣の終焉能力のように、自動的にピンポイントで原因と結果が見られると楽なんだがな』
広早は冷や冷やしながら辺りを見渡した。
《つまり、風族が乗り込んできた理由は分からないということですか》
『ここは皇族家の支配がない世界だ。月族の皇子でも貴重なんだろう』
《それは推察ですか。事実ですか》
『何故それを問う?』
《本当に始末したかったのは、炎乃族長を殺害した共犯者の俺じゃないのか?》
切り込んだ質問を文字で送った広早は真顔だった。
電脳画面に映る御速海佐善も表情を消す。
《風我様だけじゃない。俺も最初から元の世界に帰す気が無かった。そうでしょう?》
『……』
《別に切られることに不満はありません。貴方の蛮行のおかげで水名から水族族長の地位を奪えた。終着点としては満足しています》
『憎い皇族の弟の処刑も見れたものな』
御速海佐善の揶揄に、広早は皮肉を込めた笑みを浮かべて文字の返答を止めた。
「案外感慨も無かったですよ。生まれた時から俺より地位が高いだけの凡人が、偉そうにして目障りで堪らなかったはずなんですがね。あっけない」
『俺にとっての義兄上か。くだらないな』
「御天日凰十『皇帝』陛下は凡人ではなかったでしょう」
『凡人であれば、もっと長く生きていたさ』
「……才人だから目障りだったのですか?」
『貴様はいつも優劣に目がいくのだな。――お綺麗な生き方が気にくわなかったよ。他人の反感を買う言葉は己の口からはおっしゃらない。周りの者に全て任せていた。……御大を殺したのは御神地皇殿下ではない。義兄上だ……っ』
不意に影が差す。背後から凪ぐ風に広早は気付かない振りをした。虚勢を張って御速海佐善に告げる。
「運が悪ければ、生きて会いましょう」
『ああ、会えないことを祈る』
御速海佐善は通話を切った。
ここは自身の次元空間内。桐煌高校の校舎という次元の一部を切り取った暗黒の世界、化学準備室から少し離れた空き教室である。
何とはなしに床の木目を這う血の流れをぼんやりと追う。広早に感慨が無かったように、御速海佐善の方も罪悪感の欠片すら生まれなかったと思いながら屈む。
うつぶせだった姿勢を抱えて仰向けにし、御高月煌夜の脈が無いのを確認した。最期まで抵抗らしきものをしなかった月族の皇子という存在に、皇族としての矜持もないのかと軽く苛立ちが芽生える。
ガシャンッ! と窓硝子が割れた音が聞こえた。
(まさか暴れているのか?)
脱出口を求めて窓硝子を割っているのか。もう1人の月族の皇子は随分と月族らしくない、と廊下へ出る。現在居る場所は御速海佐善にとって普通の校舎でしかないが他者には廊下が認識出来ず、人質は化学準備室から出られない。
残してきた電河の安否は気になった。月族の皇子が乱暴を働く場面が想像出来ないが万一ということもある。
化学準備室の扉を開けた瞬間、御速海佐善は息を止めた。目に飛び込んできた人物しか見えなくなる。
若い男性が窓際に佇んでいた。
彼は柔和で整った顔立ちを台無しにする目玉模様のおどろおどろしいシャツに黒のダメージジーンズというパンクな装いで、御速海佐善に振り返ると優しく微笑む。
「結構直ぐに来てくれて良かったん。貴方を呼ぶのもひと苦労なんよ」
そう口にしながらも、苦労など微塵も感じさせない余裕がある。左手を閉じたり握ったりを繰り返す動作もしていた。彼の立つ窓は割れている。だと言うのに椅子などを振り回した形跡はない。拳で叩き割ったのだ。獣族の強靱な身体能力――その腕力で。
「涼……柁、様……」
御速海佐善は目を見開いて声を詰まらせ、彼の人物の名を呟く。右手で顔を覆い、涙が滲んだ目元を拭った。
喜色を含んだ御速海佐善の声とは対照的に、御速海佐善の服に飛び散る血痕に顔色を翳らせた涼柁は沈んだ声音で一礼した。
「御速海佐善『皇帝』陛下。お初にお目にかかります。僕は藍領地で獣医をしている獣櫛涼柁という領民です」
「え……?」
頭を下げる涼柁に、御速海佐善は茫然としながら目を瞬く。涼柁の言葉が上手く咀嚼出来ずにいる。
涼柁は顔を上げることもなく桔梗訛りを消したまま尋ねた。
「……つきましては陛下。『皇帝』とは具体的にどのようなものでしょうか。何分歴史の教科書の中でしか僕達は皇族御三家を知りません。陛下は世界で一番貴い御方、そのような認識しかありません。ご無礼をお許し下さい」
「何、を……。あ、貴方は御大では」
「僕は御大じゃないん」
涼柁は標準語を引っ込めた否定の言葉と共に顔を上げる。
目を丸くした涼柁に、御速海佐善は御大のことについて言いつのる気勢をそがれた。
「僕に『皇帝』はどういうものか具体的に教えて欲しいん。別世界の陛下はどういう立場の人で、どうしてこんなことをするのか不思議なん」
「不思議も何も……。私は涼柁様がおっしゃる通り、この世で最高位の地位『皇帝』だ。逆らう者達を罰するのは当然のこと――確かに関係の無い貴方がたを巻き込んだのは申し訳なかった」
涼柁が返答を聞きながら顔色を曇らせたの見て、御速海佐善は慌てて謝罪を付け足した。
涼柁は少し考え込む。それから口を開いた。
「僕を御大とおっしゃっておられましたが、別世界の僕は陛下とお知り合いなのでしょうか? そして陛下を『皇帝』に戴くと決めたんですね」
「ああ……いや、だが貴方は決して私の味方ではなかった」
御速海佐善は自嘲気味に吐露する。
涼柁はその答えに酸漿色の目を細めて朗らかに笑った。
「そうなん。やっぱりよっちゃんの言う通り、どの平行世界にも貴方の味方になる僕はどこにもいないん。自分で言うのもなんやけど、僕は結構な頑固者なん」
御速海佐善は「平行世界」という単語でさっと顔色を変えた。
涼柁は改めて表情を引き締めて続ける。
「僕はこの世界の陛下に似ている電須佐由という人間を知っています。彼は17年前に皇族籍から外れた一般領民です。そしてその17年間で沢山の平行世界を渡り、膨大な情報を収集した。恐らくこの世界の電須佐由が最も可能性の平行世界を知り把握している存在。そしてそんな彼が言っていました。全ての可能性世界で同じ決断を下す、それが〝獣櫛涼柁という御大〟だと」
「同じ――決断……?」
「〝御速海佐善皇子〟もしくは〝御速海佐善『皇帝』〟の派閥を選ばない。敵対し、最期まで御天日凰十『皇帝』陛下の支持者である――〝獣櫛涼柁という御大〟は何があっても絶対的に揺らがない存在なのです」
「何があっても、か……」
御速海佐善は肩を震わせてくぐもった笑い声を上げた。まるで泣き声にも聞こえる笑い声を聞きながら、俯いた御速海佐善を涼柁は静かに見つめる。
御速海佐善は「……「よっちゃん」ですか、この世界の私は貴方と友人のようで羨ましい」とぽつりと呟く。涼柁は若干目を泳がせた。
「貴方は義兄上を……御天日凰十『皇帝』を見知っているのでは……? とても一般領民だとは思えない口振りですよ。
――涼柁様、教えていただけませんか。貴方は何故御天日凰十『皇帝』の御大であり続けるのだ……?」
「恐れながら比べるべくもなく、陛下は『皇帝』たりえないと思います」
切り捨てるような冷たい断言に、御速海佐善は涼柁をくい入るように見つめる。
「先ほどの地位の質問か……!? あの答えで私は『皇帝』失格だと……!」
「いいえ。あれは僕個人が気にする質問であって、別世界の〝獣櫛涼柁という御大〟が重視する見解ではありません。「何故御天日凰十『皇帝』の御大であり続けるのか」この問いを僕に問うことこそ、貴方が『皇帝』たりえないと思ったところです」
「知識不足……」
「それは半分は不正解でしょうか。無知でも構わないのです。ただしその場合、陛下は誰に教わらずとも「何故獣族を『皇帝』の御大としなければならないのか」と、こう聞かねばなりませんでした」
「は、はは……だから貴方も御天日凰十『皇帝』の味方なんですね……」
「確かに尊敬は、過去の僕がしています。けれど、今の僕は誰の味方でもありません」
「そんなはずはない!」
「そんなことはあるのです」
瞬間的に激昂する御速海佐善に、涼柁は「信じて下さいませんか?」と首を傾げて苦笑を零す。
「よっちゃんは別世界の自分を――『皇帝』になる御速海佐善皇子殿下を〝愚図〟と罵ります。彼にとって陛下は、最高の環境に地位……全てが恵まれて育ったせいか多次元世界の未来観察を怠り、自分の世界で取り返しがつかなくなってから漸く次元能力を使い出す〝愚図〟な存在らしいです。普段から未来に備えた力の使い方をしていれば、『皇帝』につくなんて選択をする訳がないと言って憚りません。
そんなよっちゃんの考えは他の平行世界の陛下にとって異質でしょう。『皇帝』の義弟なら『皇帝』になるのが当然だと思うはずです。よっちゃんは〝御速海佐善〟ではないと目の前の陛下を見て僕は実感しています。よっちゃんはよっちゃん。〝電須佐由〟という名の別人、きっと彼は特異点なんです」
涼柁はゆっくり歩き出す。
御速海佐善は茫然としながら涼柁を目で追った。
「そして僕は人為的特異点のつもりです。よっちゃんから沢山の平行世界の情報を得て、敢えて御大を継がない、よっちゃんの傍に居続ける――本来の僕が選ばない決断をわざと拾い集め、御天日凰十『皇帝』陛下の命令を無視し続けて、もう9年でしょうか。
あまたの可能性の平行世界で、唯一無二の〝一般領民の獣櫛涼柁〟を作り上げました。この世界にしか有り得ない人工的な特異点の存在が僕です」
御速海佐善は涼柁が移動した先を見て目を瞠った。
涼柁の姿以外全く目に入らなかったが、この化学準備室に他にも人間がいたことを思い出す。
「ボランティアだと皮肉られた僕の意地は報われたと思います。9年の歳月を経て、僕は答えに辿り着きました。
この世界の御天日凰十『皇帝』陛下はいくつかの歪な謎を残して既に他界しています。
――電拳族長との翡翠の約束事、親友という水族に対等の存在を作った問題、光耀隆詩君のSOSの放置、納得出来なかったよっちゃんへの発言命令、輝夜君への遺言処置。当初からの目的である「御速海佐善『皇帝』の誕生阻止」のためになされたものだとは思えない行動の数々、そのブレへの答えを。僕に告げなかった急遽細工した別の目的への答えをです」
涼柁は白練色の少年の肩にそっと手を置く。浮かべていた苦笑は柔らかな微笑みに変わっていた。
「僕も本当に全容に気付いたのは葦成君という子とじっくりお話してみてからなんですが。太陽族以外の『皇帝』候補を潰し、後の禍根を断とうとした御天日凰十『皇帝』陛下は、故人の風我尊君とよっちゃん以外の、他種族の『皇帝』候補を発見してしまっていた。
皇族御三家が表から消えている世界も、よっちゃんが皇族籍から抜ける世界も、風我尊君が幼少時に亡くなっている世界もそれぞれ結構レアだと聞いたことがあります。
そんなレアな状況が重なり必然的に特異点が多くなっていたこの特殊な世界では、どうやら次期『皇帝』候補も特異点だったようです。陛下の世界よりも特殊な『皇帝』候補が生まれていたんです。
だから急増の細工を施すことになり、僕に内緒で行ったそれらは、僕がその人物を『皇帝』候補として認める懸念があったのだという答えに行き着きました。
ですから余計に、現在の僕は御天日凰十『皇帝』陛下の味方になるなんて御免被ります。右腕と言いながら、この僕に相談もせず隠れて次期『皇帝』候補達を葬ろうとしていたなんて許すわけにはいかないんっ」
涼柁は力強く断言する。
次いで白練色の髪と瞳を持つ少年が口を開いた。
「他に尋ねたいことはないか、『皇帝』を名乗る痴れ者よ」




