表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
眠る月の皇子  作者: 古波萩子
第4章 平行世界の簒奪者
113/141

 第11話 人質の警鐘と末路



※ラストの電須佐由のパートで一方的な残虐行為・暴力表現が有ります。苦手な方は電須佐由のパートが始まったら読むのをやめて下さい。

 次回冒頭で何があったか軽く説明します。なので飛ばしても大丈夫です。




「……佐由さよしさん」


 ふと輝夜てるやすの口から言葉が零れる。

 続いて桐煌きりこう高校の校舎を覆っている水の壁が震えたように見えた。涼柁りょうたの耳と尻尾がピンと上へと上がり、輝夜てるやすの中で『かぐや』の声が聞こえる。



『主上。臣下の1人、電須でんす佐由さよし雉子きぎす領地に推参したようです』


佐由さよしさん。俺も近くに感じた)



 輝夜てるやすの応えに『かぐや』が喜色を滲ませて微笑んだようだった。『私が担う力も、主上の力となりつつあるのでしょう。おめでとうございます』と喜ばれ、半信半疑ながらも照れる。


佐由さよしさんはきっと涼柁りょうたさんを迎えに来たんだ)


 輝夜てるやすは目の前の机上で、ちんまりと座り込む小さな狼を見つめた。



電須でんす佐由さよしが力を封じたままで良いのかと主上に伺いを立てています。どうなさいますか?』


(ああ。佐由さよしさん、非常事態だし力を戻して欲しいんだ。いいよ)


『いえ、主上の意向に従うそうです。本人は特に戻らなくても問題ないようです』


(エエェー……!?)



 その時、ガラリと化学準備室の扉が開いた。

 たけるが戻ってきたのかと輝夜てるやすは振り返る。しかし予想に反して、入って来たのは御速海みはやみ佐善さよしだった。電谷でんやにそっくりな電河でんかわを背後に引き連れている。

 御高月みたかつく煌夜こうやが身体を強張らせて縮こまった。

 御速海みはやみ佐善さよしはそんな御高月みたかつく煌夜こうやの挙動に一瞬白い目を向けてから、輝夜てるやすの方に向かってくる。

 机上の涼柁りょうたがすくっと立ち上がった。尻尾を上げて毛を逆立てる。ウゥーッと歯を剥き出して唸る姿に輝夜てるやすは驚いた。水族みずぞく本家の屋敷で佐由さよしに尻尾を引っ張られても怒らなかった涼柁りょうたが威嚇しているのだ。

 御速海みはやみ佐善さよしの歩みが止まる。酸漿ほおずき色の瞳とかち合い、不審を滲ませた表情でじっと覗き込むように見つめ返す。


(この佐由さよしさんは、涼柁りょうたさんの狼姿を見たことないんだ)


 だが髪と瞳の色が一致するので訝っている。

 御速海みはやみ佐善さよしは別世界の涼柁りょうたと親しくないのかもしれない。もしくは別世界の涼柁りょうたが一切半獣型(はんじゅうがた)獣型けものがたにならなかったのか。獣族けものぞくは常に半獣型はんじゅうがたのイメージがあるので輝夜てるやすは首を傾げた。

 輝夜てるやすの疑問に『かぐや』が『獣族けものぞくは800年前まで獣姿を宮廷では晒しませんでした。宮廷で半獣型はんじゅうがた姿の御大にご挨拶したことはございません』と補足する。

 その補足に聞き入っていったせいもあって、御速海みはやみ佐善さよしへの畏怖の感情が湧く隙がなかった。元々輝夜(てるやす)佐由さよしを恐ろしいと思ったことはないのだが。


「……お前は御高月みたかつく煌夜こうやか?」

「えっ。あ、はい」


 御速海みはやみ佐善さよしに問われて、思わず間の抜けた返答をした。しかし、しまった! と思う。輝夜てるやすの名前は〝水城みずしろ輝夜てるやす〟だ。絡まれる要因を作ったのではとヒヤッとする。

 しかし御速海みはやみ佐善さよし輝夜てるやすに向ける視線は奇怪なものを見るようだった。怯えの様子が無いどころか真っ直ぐな輝夜てるやすの眼差しに、御速海みはやみ佐善さよしは逆に息を呑むことになる。内心生じた不可解な恐れには直ぐに蓋をした。


「ワンワンワン!!」

「ヒエッ! こ……この子犬どうしたんですか!? 一体どこから!?」


 怒りの形相で今にも噛みついてきそうな剣幕の子犬に、電河でんかわがビクビク震えながら御高月みたかつく煌夜こうやに尋ねる。御高月みたかつく煌夜こうやは「……分かりません」と曖昧な答え方をして俯いた。

 輝夜てるやすの前から御速海みはやみ佐善さよしは身を翻し、御高月みたかつく煌夜こうやの方へと足を運ぶ。電河でんかわは目を点にして慌てて御速海みはやみ佐善さよしの後をついて行った。

 電河でんかわは何度か御速海みはやみ佐善さよし御高月みたかつく煌夜こうやの顔を交互に見て1度だけ離れた輝夜てるやすを一瞥する。輝夜てるやすと目が合った電河でんかわの顔は戸惑いと困惑が入り混じった表情だった。

 電河でんかわ御速海みはやみ佐善さよしに小声で尋ねる。


「え……と、いきなりいいんですか……?」

「どちらも御高月みたかつく煌夜こうや殿下だろう」

「そうですが、電拳でんつか殿とあずま殿を釣って用が済んだ方は――」

電河でんかわ。まだこの世界に留まるなら用は済んでいない」

「確かに保険なら……。これ以降、風我かざわ様が離れている状況は無いかもしれませんしね」


 ふっと世界が変わった感覚がした。輝夜てるやす御速海みはやみ佐善さよしを凝視する。


御高月みたかつく煌夜こうや殿下、ついてきなさい」

「は……はい、御速海みはやみ佐善さよし『皇帝』陛下……」


 御高月みたかつく煌夜こうやは声を震わせ、促されるまま御速海みはやみ佐善さよしの後をついて化学準備室から出て行った。

 輝夜てるやすは慌てて席を立ち追いかける。


「ちょっ、待……!」


 戸口の敷居を踏んだ先には廊下の床が無かった。先の見えない広大な黒い闇の空間が在るばかり。一体いつの間に御速海みはやみ佐善さよしの次元空間内に引き摺り込まれていたのか。

 電河でんかわに「無駄なんで大人しくしてた方がいいですよ」と素っ気ない忠告を投げられる。彼は電脳を空中に出して自身の作業に入った。

 輝夜てるやすは陥った状況に血の気が引く。隙があったとしても逃げ出す先すらなく、外部からの助けがあったとしてもここは誰も見つけられず辿り着けない異空間。電牙でんかび葦成あししげも多分ここにはいない。彼の手を借りるすべすら消え失せた。


(ここは……ここに俺と涼柁りょうたさんがいたら――……っ。『かぐや』、確認したい。あの御速海みはやみ佐善さよしって人の力は、月族つきぞくの力でどうにも出来ないんだよな!? 月族つきぞくの力は本人の意志を奪って従わせる力じゃない。相手にどんなに微かでも受け容れる気持ちがあって初めて他人の能力を制御出来る力だって認識で合ってるよな!? じゃなきゃ非戦闘種族に数えられたりしない……!)


 百貨店で月の紋様によって力を増幅させた氷藤ひょうどう信次しんじは溺死しかけていた。あの時、信次しんじ自身が篁朝たかときに抗う力を心の底で望んだのだ。

 そして水族みずぞく本家屋敷で月の紋様によって力を一部封じた電須でんす佐由さよしは、『かぐや』との会話で自ら封じられることを受け容れた。

 どちらもその心に添わせ、無理矢理屈服させたというものではなかったはず。

 ――それは絶望的な結論でもある。いくら力があっても御速海みはやみ佐善さよし輝夜てるやすは抵抗出来ない。



『その通りです。あの男を臣下とすることは成りません』


(やっぱり……! なぁ、別世界の俺はどこに連れて行かれたんだろう……!? 凄く嫌な予感がするんだ……っ)


『主上……』



 さっきからバクバクと心臓がうるさい。気分が悪くなるほどの不安が喉元までせり上がってくる。御高月みたかつく煌夜こうや輝夜てるやすの代わりに連れて行かれたのだ。先ほどは涼柁りょうたが必死に守ってくれて、だから輝夜てるやすは連れて行かれなかったのだと思う。


 ――連れて行かれたら何が待ち構えているか分からない。次は確実に輝夜てるやすの番だ――……


 脳裏で水岐みずき広早こうさに殴られた時のことが蘇る。心の中で形にした恐怖は心臓をぎゅっと鷲づかみにするかのような衝撃があり背筋を凍らせた。



『主上、脱出しましょう。今が力を使う非常時です』



 力強い『かぐや』の声が響いた瞬間、彼と輝夜てるやすの対面が叶う唯一の精神の場所にいた。

 円い石の祭壇上に輝夜てるやすは立っている。湖に軽く沈んだその場所は、足のくるぶしまで水に浸っていた。

 以前とは少し変化がある。石畳の中心をくり抜いた穴の上に浮遊していた夜空と月の球体が姿を変えていたのだ。夜空の球体は夜が明けたかのように薄ら蒼い色が帯び始め、月は豆粒ほど小さくなっている。位置も前より高く上がり、巨大な月が薄らと白く滲む青空へと近付いている。

 青空を仰いだ輝夜てるやすの傍に、輝夜てるやすに似た青年がこうべを垂れて跪く。


「主上。どうか私が表へと出ることをお許し下さい。必ず御速海みはやみ佐善さよしと名乗るれ者の次元空間から主上と獣櫛じゅうくし涼柁りょうた殿を救出致します」

「……うん。『かぐや』、頼む」




 戸口でうなだれていた輝夜てるやすがすっと背筋を伸ばす。

 電河でんかわはチラリと横目でその背中を見ながらも電脳画面の作業を続けた。

 辛夷こぶし領地の電脳のセキュリティが急に強化されたのだ。いや、これまで放置していたその電脳の支配者が戻ってきたような感触がある。この世界の太陽族たいようぞくの情報がありそうな領地だっただけに痛い。時間は掛かるがハッキングをしようと始めてみたが、段々と電河でんかわの中で奇妙な疑惑が生まれつつあった。


(本当にこの電脳族でんのうぞく辛夷こぶし領地にいるのか……? レスポンスが高速過ぎるってかラグが無いというか……まるで雉子きぎす領地にいるような――)



「いくら尽くそうとも、御速海みはやみ佐善さよしに貴様の真名は分からないだろうに」



 不意に飛び込んできた言葉に、電河でんかわの思考が止まった。

 戸口で佇む人物を凝視する。

 ゆっくりと優雅に振り向いた『かぐや』は悠然と電河でんかわに微笑み返した。





               ◇◇◇





 桐煌きりこう高校上空。風我かざわたけるは空中に浮き、自身が罠を設置していた地下通路の出入り口が吹っ飛んだ状況に目を細める。

 既に侵入者の気配は消えている。人間が潜んでいれば起こるはずの空気の揺らぎ、生物の呼吸が感じられない。防御壁内に潜んでいるのだろう。そしてたけるが察知出来ない防御壁はそうない。恐らく電脳族でんのうぞくの次元空間だと当たりをつけた。

 目の前に現れた電脳画面の通話アイコンをタップし、御速海みはやみ佐善さよしに現状を告げる。


電拳でんつかだけが来たようだ。恐らく自分の次元空間内にいる」

『それは見つけるのも厄介だな』


 御速海みはやみ佐善さよしの気のない応えにたけるの眉間に皺が寄る。まるで他人事だ。

 たけるは足元の桐煌きりこう高校を見下ろした。この校舎内を覆う水の防御壁を睥睨する。


「『皇帝』陛下。水の防御壁内にいたせいで侵入者の風の揺らぎを直ぐに感知出来なかった。雉子きぎす領地全体を覆えない防御壁に価値は無いと進言しただろう。その通りになったのでは?」

『防御壁内の動きを感知出来ない。価値は十分あったよ』

「内? 私は外の――」


 ゾワリと悪寒が走る。たけるは口を閉じ、電脳画面の御速海みはやみ佐善さよしに視線を戻した。

 御速海みはやみ佐善さよしはそんなたけるに含み笑いを見せる。


雉子きぎす領地全てをたける殿の力で吹き飛ばされては、つるぎを始末出来ても肝心の原始星石げんしせいせきまで消失させてしまう。誘い出せばいい』


 雉子きぎす領地の空に巨大な電脳のスクリーンが現れる。そこには御速海みはやみ佐善さよし御高月みたかつく煌夜こうやの首に右腕を引っかけて自由に身動き出来ないように拘束していた。更に近くの机に刃物が並ぶ。


「何をしている……!! 今直ぐ煌夜こうやを放せ!!」


 たけるが激昂する。桐煌きりこう高校の職員室を水の防御壁ごと暴風で抉り飛ばし消滅させた。しかし画面内に変化はなく、御速海みはやみ佐善さよしは涼しい顔でいる。


佐善さよし『皇帝』……ッ! 貴公……!!」

つるぎ、見ているな。貴様の友人の命が惜しくば原始星石げんしせいせきを持って出て来い』


 言葉を紡ぐたびに御速海みはやみ佐善さよしの瞳から感情が消えていくようだった。漆黒の双眸は酷く無機質である。







 上空の映像を敦美あつみは険しい表情で見上げていた。肩に手が置かれる。振り向かなくても制止の手は響華きょうかだと分かる。


「――大丈夫。彼は輝夜てるやす君じゃないって分かってる」

「コレね。あのストーカーが自分達が出て行くまで動くなって言っていたのは」


 敦美あつみは固い表情で頷く。響華きょうかが不快感も露わに舌打ちした。

 とおるは顔色を白くし、呆然と窓の外に広がる頭上の映像を見つめている。

 篁朝たかときだけが冷え切った瞳で空の電脳画面を眺めていた。







愚図ぐずは次元空間から実況しているな」


 佐由さよしの次元空間内。つるぎ秀寿ひでとしに外の映像をモニターで見せながら、佐由さよしは気怠げに金平糖をかじる。

 秀寿ひでとしつるぎに「……どのタイミングで出る?」と尋ねた。つるぎは歯を食いしばり、拳を握って震わせながら首を横に振る。その答えに秀寿ひでとしは目を瞠り、「……分かった」と呟くと沈痛な面持ちで俯いた。


つるぎ。貴様が素直に出て来ないと御高月みたかつく煌夜こうや殿下の両手両足が1本ずつ使い物にならなくなるぞ』

つるぎ……さん……』


 御高月みたかつく煌夜こうやの恐怖で震える声につるぎは背を向け、絶叫の悲鳴に耳を塞ぐ。

 佐由さよしは2人に目をやることもなく、御速海みはやみ佐善さよしの電脳画面を淡泊に見つめる。正確には彼の腕の中に拘束されて血まみれの人物を観察していた。


「あれが〝御高月みたかつく煌夜こうや〟……?」


 佐由さよしは眉を潜める。

 背後の御速海みはやみ佐善さよしに向ける怯えきった白練色の双眸。痛い目に合わされながら抵抗する態度も見せず、まるで自我なぞ欠片も持っていないかのような従順さ。あまりに佐由さよしの知る輝夜てるやすと違い過ぎる。

 輝夜てるやすは1度として佐由さよしに怯えたこともなければ嫌なことには反抗する。佐由さよしが持ちかけた賭けを受ける強気な面も持つ。



 ――『佐由さよしさん……!! 動物の尻尾は引っ張られると痛いんです!』



 佐由さよしはだいぶ前に輝夜てるやすに説教されたことを思い出してクスリと笑みを零した。


(そうだ、お前は御天日みあめひ凰十おうとみたいな奴だ。アイツと同じように俺に力を使うなって俺をしかる。でも俺は御天日みあめひ凰十おうとと違って、お前のことは嫌いじゃないな)


 再び御高月みたかつく煌夜こうやの無残な姿に目をやり、金平糖を噛み砕く。


(ずっと勘違いをしていたようだ。お前の名前は〝水城みずしろ輝夜てるやす〟――それ以外の何者でもなかった)


 外の映像では桐煌きりこう高校を破壊し、暴れているたけるの姿がある。空に表示された電脳画面では御速海みはやみ佐善さよしが動かなくなった御高月みたかつく煌夜こうやを床に落としていた。白い着物が真っ赤に染まっている。

 佐由さよしは顔を顰めると嫌悪と苛立ちを滲ませて吐き捨てた。


「愚図。お前の手の込んだ自殺に〝輝夜てるやす〟を付き合わせるな」


 いつの間にか床に崩れ落ちていたつるぎが「ふ……はは……っ」と肩を震わせて乾いた笑い声を上げた。


「俺達をあの崩れた桐煌きりこう高校の中庭辺りに出して下さいよ……化学準備室に近い場所に……。終わりですよ、俺達の末路は決まった」




 つるぎは悄然とした表情で虚ろな瞳に外のモニター映像を映し、ここにはいない人物へと血を吐くかのように重い憤りをぶつけた。


「……見たな。次は貴方・・がたの(・・・)皇子・・の番になるぞ。これでもう傍観している場合じゃないって訳だ!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ