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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
第4章 平行世界の簒奪者
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 第10話 雉子領地への潜入 



 ――原始星石げんしせいせき――


 それは表面を原始月光石げんしげっこうせきに覆われた惑星の中心核。星の心臓とも言える不可侵の白き石。

 惑星の原始星石げんしせいせきは巨大で、その一部が地表に剥き出ており、皇帝城は『皇帝』の居城ではなくその原始星石げんしせいせきが鎮座するために存在している城である。皇族御三家とその関係者の住居、更に政治の場は全てその皇帝城の周りを囲うように造られている寝殿しんでんの方であり、宮廷と呼ばれる場所はそちらだ。

 原始星石げんしせいせきを皇族御三家がどう扱っているのか、彼らにとってどんな役割のものなのか。正確な情報は秘匿されている。

 『皇帝』の遺体が消失するのは原始星石げんしせいせきが関連しているという。稀に一般領民でも遺体が消える現象が起こることがあり、俗に「星に喚ばれた」と揶揄されたり、惑星の養分になったとも言われている。




「――それが今ここにある石なんだ」


 敦美あつみつるぎが抱えた60センチほどの大きさの白い原始星石げんしせいせきを見つめた。

 とおるが補足する。


「この原始星石げんしせいせきは皇帝城にあるものの一部だと思われます」

「っていうか敦美あつみは何で知らないのよ。アンタ一応は次期族長候補じゃなかったわけ」

「――機械族きかいぞく族長ののんきさをなめないで」

機械族きかいぞくって本当マイペースよね」


(この大きさ何か――……)


 敦美あつみは自然と原始星石げんしせいせきに手を伸ばしていた。石に触れる寸前でつるぎに阻まれる。ついでに警戒心もたっぷりに睨み付けられて敦美あつみは手を引っ込めた。


「急にどうしたのよ」

「――その石、重さがなさそうだよね」

「まぁ、ストーカーが担げてるくらいだし軽いんじゃない?」


輝夜てるやす君の兎のぬいぐるみと同じくらいの大きさかな……?)


 響華きょうかにストーカー呼ばわりされたつるぎが盛大に顔を顰めた丁度その時だった。



原始星石げんしせいせきに重さの概念は存在しない」



 助手席に新たな人物が出現して座っていた。


 ――電須でんす佐由さよし


 彼を視界に入れた瞬間、秀寿ひでとしつるぎが動いた。秀寿ひでとしは雷撃と小刀を、つるぎは懐に隠していた拳銃を撃つ。

 だが銃弾と小刀は即座に響華きょうかの炎に溶かされ、雷撃自体もとおるの水の壁に阻まれる。

 なおかつ敦美あつみが次元空間を壁のように眼前に展開した状態で右手に麻酔銃を持ち、既に2人の腕に麻酔を撃ち込んでいた。この麻酔は極めて少量で直ぐに抜けるものだ。

 動きを止めた秀寿ひでとしつるぎの頭を響華きょうかが問答無用で掴み、ガツンと頭同士を打ち合わせる。つるぎ秀寿ひでとしは痛みで悶絶し、座席に倒れ込んだ。

 響華きょうかは手首をぶらぶら振って怒った。


「狭い車内でやめてくれる!? 蹴れないでしょ!」

炎乃えんのさん、論点がズレてます」


 とおるがすかさず響華きょうかの発言に突っ込む。

 響華きょうかは大業に肩を竦めると改めて佐由さよしに目を眇めた。


「ひょっとして電脳族でんのうぞくあがめているって言う、あの〝電須でんす佐由さよし〟?」

「――別に崇めてないよ」

敦美あつみはね。って、また私は初対面の相手になるわね」

「僕も初めてお会いします……」


 とおる佐由さよしに少し腰が引けていた。佐由さよしの場を支配するような重苦しい雰囲気に威圧され、次の言葉が上手く出てこないでいる。

 佐由さよしは初対面の挨拶をする響華きょうかへと漆黒色の瞳を気怠げに向けた。


「〝ハナヤギヒビキ〟だろ。辛夷こぶし領地のクラフター納品クエストで戦闘職レベルを上げやがった効率厨。やり口がエンジョイ勢じゃなくて正直驚いた」

「何このゲーム運営。いきなり現実でプレイヤーのキャラばらすなんて、電脳マナーのリテラシー低過ぎじゃない?」

「――そんな風にレベル上げてたんだ」

「戦闘職に経験値吸わせてクエスト完了出来たのよね。出来るってことは仕様なんでしょ」

「もうメンテ入れて修正したからな」

「あら。バグだったらしいわよ」

「――響華きょうか、結構オンラインゲームに適性あるね」

電須でんす、何の用だ?」


 篁朝たかときが会話に割って入る。

 佐由さよしは前方の景色を見つめて呟いた。


「……お前達、雉子きぎす領地に向かっているのか」

「見れば分かることを聞くなよ。ゴミ」

「質問に質問で返すな。無能」

「お前が先に質問に答えてないんだろうが」

「……そうだったか? それよりりょうちゃんだ。雉子きぎす領地にはりょうちゃんがいる……。あの愚図ぐず、寄りにもよって雉子きぎす領地に……っ」

獣櫛じゅうくし殿も雉子きぎす領地に!?」


 敦美あつみ響華きょうかとおるには寝耳に水だ。一体いつの間にあい領地から獣櫛じゅうくし涼柁りょうたまでいなくなっていたというのか。

 佐由さよしは陰鬱な表情で電脳地図を空中に開いた。

 篁朝たかときは「お前の力で勝手に迎えに――」と言いかけた言葉を切って口角を上げる。


電須でんす、言われてないんだな? 獣櫛じゅうくしはどこに行くのかお前には教えてない」

「……」

「堂々と迎えに行けよ。助けられそうなら輝夜てるやすも頼む。今の今まであい領地から引き籠もって出て来なかった電須でんすの迎えに、獣櫛じゅうくしはきっと死ぬほど驚いてくれる」

「行けるわけが……」

「そろそろ振られてこい、クソプライバシー侵害野郎」

「……。お前らと一緒に行けば問題ない」


 佐由さよしはふて腐れたようにポツリと呟いて窓にもたれ掛かる。

 響華きょうか敦美あつみの耳元でそっと囁いた。


「折角の完璧な領境りょうきょう防壁ぼうへきも、この人の次元移動にかかったら形無しね。出入りされ放題じゃないの」

「――この地下通路も全部終わったら埋めたい」


 敦美あつみの苦々しげな声を拾った佐由さよしは「やれるものならな」と微かに笑って言う。


雉子きぎす領地にいる愚図は、こっちが愚図側の人数を把握しているのを知らない。それにこの世界の御高月みたかつく煌夜こうやの誘拐ならつるぎだけが釣れると甘く考えている」

御高月みたかつく……は輝夜てるやす君ですよね。輝夜てるやす君が人質でこの電拳でんつか族長が釣れるとは一体……?」


 とおるが困惑を滲ませて、伏せったままのつるぎに視線をやった。


「そのつるぎは、別世界の御高月みたかつく煌夜こうやと友人関係のはずだ。こちらの世界の御高月みたかつく煌夜こうやがいなくなったと知ったら自分達のせいだとつるぎは考える。助け出そうと愚図のもとに行くよな」


 佐由さよしに断定口調で言われたことにつるぎは答えることもなく、倒れ込む座席に顔を埋めた。


「あの愚図はそもそも人質の価値を見誤っている。自分達の世界の基準で月族つきぞくの皇子を見ているから、つるぎに同行者がいると思っていない。それにあの人質は――」


 不意に口を閉じて佐由さよしは黙る。何かを考えているようだ。


 少しして、つるぎが痺れの残る身体を起こした。のろのろとした緩慢な動きで抱えるバックパックのチャックを締めて原始星石げんしせいせきを再び隠す。

 敦美あつみはその動作をじっと静かに見つめていた。


「――原始星石げんしせいせきを壊すと、どの程度宙地原(そらちのはら)世界に影響が出ると思う?」


 敦美あつみ響華きょうかに問うと、つるぎ秀寿ひでとしの身体が不自然に揺れる。

 響華きょうかの代わりに答えたのは佐由さよしだった。


「元々原始星石(げんしせいせき)は皇帝城から外部に持ち出して運べる。皇三こうさん節会せちえで用意している石の1つもこれだ」

「――そういうものなんですか」

「『皇帝』の原始星石げんしせいせきなら、盟約者の『皇帝』以外は取り外し出来ないがな」

「――だから壊したと」

「あの愚図が持ち帰ったとしても修復は出来ない。進行を遅らせるぐらいか」


 佐由さよしとの会話は噛み合っているようで一方的だ。敦美あつみは1人で話している気がしてくる。

 横から篁朝たかときが口を挟んだ。


「何の進行だ?」

「世界の終焉――惑星の崩壊だ」


 敦美あつみとおるが規模の壮大さに息を呑む。

 響華きょうか篁朝たかときはその答えを予想していたのか動揺を見せない。微かに顔を顰めた程度だった。


電脳族でんのうぞくの『皇帝』が気に入らないって理由だけでやることじゃないな」

「世界の終焉を視ている奴が起こす行動には意味がある」


 まるで謎掛けじみた佐由さよしの言葉を篁朝たかときは解きほぐす。


「……こいつらが原始星石げんしせいせきを破壊しなくても惑星は崩壊に向かう、ということか?」

「『黄泉よもつオンライン』の大規模種族戦争と根源は同じだ」

宙地原族そらちのはらぞくの魂の寿命……? メインラストにコウヨウとプレイヤーが直面する問題のやつか」

「そうだ。このつるぎ太陽族たいようぞく陣営は、ゲームと違って宙地原族そらちのはらぞく側との全面戦争をしなかった。滅びを早めてでも最期の時まで一般人に安寧を与える道を選んだ――いや、違うな。宙地原族そらちのはらぞくが先に死んで詰んだんだ。

 あの戦争レイドの主旨は、宙地原族そらちのはらぞくの魂を原始星石げんしせいせきへ帰還融合させるための説得だしな。宙地原族そらちのはらぞくが生存してなければ無意味だ」

「は? 説得出来るのかよ。駄作ゲーはレイド後の説得失敗して世界滅亡のラストだっただろうが」

「……え。ちょっと敦美あつみ。私達いきなりゲームのネタバレくらってない?」

「――うん」


 響華きょうか敦美あつみの呟きに佐由さよしはすかさず反応する。


「後でラストシナリオを変えておく」

「おい、既存プレイヤーに喧嘩売ってるのかよ」


 篁朝たかときの鋭い眼光を無視して佐由さよしはそっぽを向いた。

 とおるが恐る恐る2人に尋ねる。


「あの、すみません。その宙地原族そらちのはらぞくの寿命のお話は、この世界でも起こり得る事態なのでしょうか?」


 とおるの疑問は最もだった。佐由さよしは窓の外の流れる景色を眺めながら「さあ」と気怠けだるげに曖昧な返事をする。


翡翠ひすい革命とこの前の港で分かる人間は全員死んだ。俺もこの世界の未来は知らない」


 佐由さよしは手の月の紋様を指で触りながら楽しげに笑みを浮かべていた。

 それ以上の質問には答えないだろうという雰囲気を感じ、敦美あつみつるぎへと疑問を投げかける。


「――他の種族と同じように、次代の宙地原族そらちのはらぞくがいればいいというものではないの……? どうしても、えっと御神地みかむちすめらぎ殿下という方で無ければ世界は立ちゆかないものだったということ? だから貴方達は強行に及んだ」

「……おかしなことを言わないでくれ。宙地原族そらちのはらぞくは世界で唯一無二の存在。次代なんて存在しない種族だ」


 秀寿ひでとしが眉根を寄せて反論する。つるぎも奇異なものを見るような視線を敦美あつみに向けた。

 敦美あつみの方は断言されて戸惑う。続いて口を開こうとしたらコツンと軽く響華きょうかの足が当たった。意図を察して口を閉じる。


 別世界に〝彼〟が存在しない場合、何か起こる前からその別世界は滅亡を避けられない可能性があったのだという更なる絶望的な解釈にもなりかねない。黙っていた方がいいだろう。



 ――この世界には宙地原族そらちのはらぞくと名乗る〝電牙でんかび葦成あししげ〟が存在することを、敦美あつみ達は彼らに告げなかった。





 数時間後。

 地上への坂道に差し掛かり、ジープは減速をしながら駆け上がっていく。事前にサーチされた出口の映像は民家の家屋内だった。どうやら大地族だいちぞくは一軒家をハリボテにして地下通路の出入り口を隠していたらしい。

 ここまで一切大地族(だいちぞく)の人影が無いが、土菊つちくく理砂りさの手配によるものなのだろうか。もしくは監視カメラで出入りを管理しているのかも知れない。

 限りなく透明に近い薄い水の壁がジープを覆った。チラリと篁朝たかときを見る。篁朝たかときは瞼を閉じていた。敦美あつみ達を守ってくれるようなので、ありがたく甘えることにする。


 ジープが坂道を登り切って止まった。

 終点場所の家は家具どころか壁の無い間取りで面白い光景になっている。

 佐由さよしがさっさと降り、黒い壁の中に入っていく。壁紙かのような黒い次元空間が左の壁一面に出現していた。

 その佐由さよしの次元空間に篁朝たかときもジープを素早く降りるととおるを連れて入っていく。

 敦美あつみ響華きょうかも、目を白黒させるつるぎ秀寿ひでとしを促してその中に続いた。


 出た先はどこかの家の中だった。ジープが出た場所とは違い、普通に家具が設置されている。

 ただし床も家具も埃を被っていた。しばらく誰も住んでいないことが窺える。

 既に家の中の部屋の形ぴったりに水の壁が張られていた。床の埃には足を置いても触れられない。


 ドゴォンッ!! と凄まじい音が響き渡った。


 敦美あつみ達がいる建物も振動する。窓の外では遠方の一軒家が吹っ飛んでいる光景が硝子越しに見えた。


「あれはさっきまで僕達がいたところですか!?」

風族かぜぞくの設置型防御壁――って言っていいのか? 侵入者の空気の振動を察知して一帯が自動的に吹き飛ぶ。地下通路の出入り口はやはり見張られていたな」

「――あれが風族かぜぞくの戦い方……?」

「あんな理知的な力の使い方をする風族かぜぞく風我かざわたけるだけだ。風族かぜぞくという種族は基本的に人の姿をした災害。意思疎通が叶う常人じゃない」


 佐由さよしし様な言い方に、敦美あつみ響華きょうかは顔を見合わせる。


「うちの師匠はそれなりにまともだったわよ……?」

「――響華きょうか、そこは自信持って」

「ああ、あい領地『領王』までやれていた双子の片割れか。あの女も風我かざわたけるの影響で常識に適応する異端の風族かぜぞくだったな。

 そうだ。俺そっくりの愚図の次元空間に引っ張り込まれないようにしろよ。空気の無い空間に入れられて放置されればだいたい全員死ぬだろ」


 ついでのように零された情報に蒼白になるとおるの隣で、敦美あつみは淡々と呟く。


「――異端……」

風我かざわたける風族かぜぞくの特異点だ。どうして従来通りの災害として生まれないのか。これは災害に手を煩わせている場合じゃないという一種の危険信号……? そうだな。俺はこのところ考える――」


 独り言になり始めた佐由さよしは、月の紋様を見ながら窓際へと近付く。

 篁朝たかときもすっと目を細めて窓の外を見た。

 丘の上の桐煌きりこう高校上空、1人の男性が浮かんでいる。


「惑星からの警報か悲鳴か――この時代、未来予知の能力者が生まれ過ぎている。だが俺の世界は(りゅう)さまもつるぎも既にいない」


 佐由さよしは手を頭上に掲げ、月の紋様に静かに話し掛ける。


「もう俺だけしかいないぞ。どうする『かぐや』……いや、あるじ殿。お前は俺の平行世界の力を封じたまま満足していて平気か……?」


 すっと、つるぎ佐由さよしの隣に立つ。佐由さよしを睨み付けながらも冷静に喋り出した。


「ここから俺達を移動させて欲しい。貴方がたとは離れる。そっちは人質の確保だけが目的。俺達はあいつらの殲滅が目的だ。囮になれる」


 佐由さよしは漆黒の瞳をチラリと敦美あつみへと向ける。

 敦美あつみは視線を受け止めて頷いた。


「――構わない。けど貴方達だけで倒す気なの?」

「策はある。だから俺達が彼らの前に姿を現すまでは、絶対に動き出すような真似はしないで欲しい。頼む」


 つるぎ秀寿ひでとしが頭を下げる。次の瞬間には佐由さよしつるぎ秀寿ひでとしの3人は忽然と姿を消していた。

 床に落ちた布のような次元空間を敦美あつみは消す。

 とおるが不安げに呟いた。


電脳族でんのうぞく水族みずぞくならあずま様次第で何とかなるかもしれませんが……。風族かぜぞくは彼らだけでどうにかなる相手だとは思えません」

「そもそも敦美あつみと私でも無理だと思うわ。要は風我かざわ師匠が相手ってことでしょ。敦美あつみ、勝てる気する? 私、未だに師匠の竜巻の攻略思いつかないんだけど」

「――〝災害〟って凄くしっくりくる言葉だよね。科学技術が発達しても自然災害には勝てないから」


輝夜てるやす君のお兄さんなら対等以上に戦えそうだけど、輝夜てるやす君を助けること以外はしないよね)


 動く気配のない篁朝たかときを横目に、敦美あつみはしばしの待機を決める。絶望を宿した表情で「策がある」と言ったつるぎに一抹の不安を感じながらも彼らが動くのを待つことにした。


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