第10話 雉子領地への潜入
――原始星石――
それは表面を原始月光石に覆われた惑星の中心核。星の心臓とも言える不可侵の白き石。
惑星の原始星石は巨大で、その一部が地表に剥き出ており、皇帝城は『皇帝』の居城ではなくその原始星石が鎮座するために存在している城である。皇族御三家とその関係者の住居、更に政治の場は全てその皇帝城の周りを囲うように造られている寝殿の方であり、宮廷と呼ばれる場所はそちらだ。
原始星石を皇族御三家がどう扱っているのか、彼らにとってどんな役割のものなのか。正確な情報は秘匿されている。
『皇帝』の遺体が消失するのは原始星石が関連しているという。稀に一般領民でも遺体が消える現象が起こることがあり、俗に「星に喚ばれた」と揶揄されたり、惑星の養分になったとも言われている。
「――それが今ここにある石なんだ」
敦美は剣が抱えた60センチほどの大きさの白い原始星石を見つめた。
透が補足する。
「この原始星石は皇帝城にあるものの一部だと思われます」
「っていうか敦美は何で知らないのよ。アンタ一応は次期族長候補じゃなかったわけ」
「――機械族族長ののんきさをなめないで」
「機械族って本当マイペースよね」
(この大きさ何か――……)
敦美は自然と原始星石に手を伸ばしていた。石に触れる寸前で剣に阻まれる。ついでに警戒心もたっぷりに睨み付けられて敦美は手を引っ込めた。
「急にどうしたのよ」
「――その石、重さがなさそうだよね」
「まぁ、ストーカーが担げてるくらいだし軽いんじゃない?」
(輝夜君の兎のぬいぐるみと同じくらいの大きさかな……?)
響華にストーカー呼ばわりされた剣が盛大に顔を顰めた丁度その時だった。
「原始星石に重さの概念は存在しない」
助手席に新たな人物が出現して座っていた。
――電須佐由。
彼を視界に入れた瞬間、秀寿と剣が動いた。秀寿は雷撃と小刀を、剣は懐に隠していた拳銃を撃つ。
だが銃弾と小刀は即座に響華の炎に溶かされ、雷撃自体も透の水の壁に阻まれる。
なおかつ敦美が次元空間を壁のように眼前に展開した状態で右手に麻酔銃を持ち、既に2人の腕に麻酔を撃ち込んでいた。この麻酔は極めて少量で直ぐに抜けるものだ。
動きを止めた秀寿と剣の頭を響華が問答無用で掴み、ガツンと頭同士を打ち合わせる。剣と秀寿は痛みで悶絶し、座席に倒れ込んだ。
響華は手首をぶらぶら振って怒った。
「狭い車内でやめてくれる!? 蹴れないでしょ!」
「炎乃さん、論点がズレてます」
透がすかさず響華の発言に突っ込む。
響華は大業に肩を竦めると改めて佐由に目を眇めた。
「ひょっとして電脳族が崇めているって言う、あの〝電須佐由〟?」
「――別に崇めてないよ」
「敦美はね。って、また私は初対面の相手になるわね」
「僕も初めてお会いします……」
透は佐由に少し腰が引けていた。佐由の場を支配するような重苦しい雰囲気に威圧され、次の言葉が上手く出てこないでいる。
佐由は初対面の挨拶をする響華へと漆黒色の瞳を気怠げに向けた。
「〝ハナヤギヒビキ〟だろ。辛夷領地のクラフター納品クエストで戦闘職レベルを上げやがった効率厨。やり口がエンジョイ勢じゃなくて正直驚いた」
「何このゲーム運営。いきなり現実でプレイヤーのキャラばらすなんて、電脳マナーのリテラシー低過ぎじゃない?」
「――そんな風にレベル上げてたんだ」
「戦闘職に経験値吸わせてクエスト完了出来たのよね。出来るってことは仕様なんでしょ」
「もうメンテ入れて修正したからな」
「あら。バグだったらしいわよ」
「――響華、結構オンラインゲームに適性あるね」
「電須、何の用だ?」
篁朝が会話に割って入る。
佐由は前方の景色を見つめて呟いた。
「……お前達、雉子領地に向かっているのか」
「見れば分かることを聞くなよ。ゴミ」
「質問に質問で返すな。無能」
「お前が先に質問に答えてないんだろうが」
「……そうだったか? それより涼ちゃんだ。雉子領地には涼ちゃんがいる……。あの愚図、寄りにもよって雉子領地に……っ」
「獣櫛殿も雉子領地に!?」
敦美と響華と透には寝耳に水だ。一体いつの間に藍領地から獣櫛涼柁までいなくなっていたというのか。
佐由は陰鬱な表情で電脳地図を空中に開いた。
篁朝は「お前の力で勝手に迎えに――」と言いかけた言葉を切って口角を上げる。
「電須、言われてないんだな? 獣櫛はどこに行くのかお前には教えてない」
「……」
「堂々と迎えに行けよ。助けられそうなら輝夜も頼む。今の今まで藍領地から引き籠もって出て来なかった電須の迎えに、獣櫛はきっと死ぬほど驚いてくれる」
「行けるわけが……」
「そろそろ振られてこい、クソプライバシー侵害野郎」
「……。お前らと一緒に行けば問題ない」
佐由はふて腐れたようにポツリと呟いて窓にもたれ掛かる。
響華は敦美の耳元でそっと囁いた。
「折角の完璧な領境防壁も、この人の次元移動にかかったら形無しね。出入りされ放題じゃないの」
「――この地下通路も全部終わったら埋めたい」
敦美の苦々しげな声を拾った佐由は「やれるものならな」と微かに笑って言う。
「雉子領地にいる愚図は、こっちが愚図側の人数を把握しているのを知らない。それにこの世界の御高月煌夜の誘拐なら剣だけが釣れると甘く考えている」
「御高月……は輝夜君ですよね。輝夜君が人質でこの電拳族長が釣れるとは一体……?」
透が困惑を滲ませて、伏せったままの剣に視線をやった。
「その剣は、別世界の御高月煌夜と友人関係のはずだ。こちらの世界の御高月煌夜がいなくなったと知ったら自分達のせいだと剣は考える。助け出そうと愚図のもとに行くよな」
佐由に断定口調で言われたことに剣は答えることもなく、倒れ込む座席に顔を埋めた。
「あの愚図はそもそも人質の価値を見誤っている。自分達の世界の基準で月族の皇子を見ているから、剣に同行者がいると思っていない。それにあの人質は――」
不意に口を閉じて佐由は黙る。何かを考えているようだ。
少しして、剣が痺れの残る身体を起こした。のろのろとした緩慢な動きで抱えるバックパックのチャックを締めて原始星石を再び隠す。
敦美はその動作をじっと静かに見つめていた。
「――原始星石を壊すと、どの程度宙地原世界に影響が出ると思う?」
敦美が響華に問うと、剣と秀寿の身体が不自然に揺れる。
響華の代わりに答えたのは佐由だった。
「元々原始星石は皇帝城から外部に持ち出して運べる。皇三の節会で用意している石の1つもこれだ」
「――そういうものなんですか」
「『皇帝』の原始星石なら、盟約者の『皇帝』以外は取り外し出来ないがな」
「――だから壊したと」
「あの愚図が持ち帰ったとしても修復は出来ない。進行を遅らせるぐらいか」
佐由との会話は噛み合っているようで一方的だ。敦美は1人で話している気がしてくる。
横から篁朝が口を挟んだ。
「何の進行だ?」
「世界の終焉――惑星の崩壊だ」
敦美と透が規模の壮大さに息を呑む。
響華と篁朝はその答えを予想していたのか動揺を見せない。微かに顔を顰めた程度だった。
「電脳族の『皇帝』が気に入らないって理由だけでやることじゃないな」
「世界の終焉を視ている奴が起こす行動には意味がある」
まるで謎掛けじみた佐由の言葉を篁朝は解きほぐす。
「……こいつらが原始星石を破壊しなくても惑星は崩壊に向かう、ということか?」
「『黄泉オンライン』の大規模種族戦争と根源は同じだ」
「宙地原族の魂の寿命……? メインラストにコウヨウとプレイヤーが直面する問題のやつか」
「そうだ。この剣の太陽族陣営は、ゲームと違って宙地原族側との全面戦争をしなかった。滅びを早めてでも最期の時まで一般人に安寧を与える道を選んだ――いや、違うな。宙地原族が先に死んで詰んだんだ。
あの戦争レイドの主旨は、宙地原族の魂を原始星石へ帰還融合させるための説得だしな。宙地原族が生存してなければ無意味だ」
「は? 説得出来るのかよ。駄作ゲーはレイド後の説得失敗して世界滅亡のラストだっただろうが」
「……え。ちょっと敦美。私達いきなりゲームのネタバレくらってない?」
「――うん」
響華と敦美の呟きに佐由はすかさず反応する。
「後でラストシナリオを変えておく」
「おい、既存プレイヤーに喧嘩売ってるのかよ」
篁朝の鋭い眼光を無視して佐由はそっぽを向いた。
透が恐る恐る2人に尋ねる。
「あの、すみません。その宙地原族の寿命のお話は、この世界でも起こり得る事態なのでしょうか?」
透の疑問は最もだった。佐由は窓の外の流れる景色を眺めながら「さあ」と気怠げに曖昧な返事をする。
「翡翠革命とこの前の港で分かる人間は全員死んだ。俺もこの世界の未来は知らない」
佐由は手の月の紋様を指で触りながら楽しげに笑みを浮かべていた。
それ以上の質問には答えないだろうという雰囲気を感じ、敦美は剣へと疑問を投げかける。
「――他の種族と同じように、次代の宙地原族がいればいいというものではないの……? どうしても、えっと御神地皇殿下という方で無ければ世界は立ちゆかないものだったということ? だから貴方達は強行に及んだ」
「……おかしなことを言わないでくれ。宙地原族は世界で唯一無二の存在。次代なんて存在しない種族だ」
秀寿が眉根を寄せて反論する。剣も奇異なものを見るような視線を敦美に向けた。
敦美の方は断言されて戸惑う。続いて口を開こうとしたらコツンと軽く響華の足が当たった。意図を察して口を閉じる。
別世界に〝彼〟が存在しない場合、何か起こる前からその別世界は滅亡を避けられない可能性があったのだという更なる絶望的な解釈にもなりかねない。黙っていた方がいいだろう。
――この世界には宙地原族と名乗る〝電牙葦成〟が存在することを、敦美達は彼らに告げなかった。
数時間後。
地上への坂道に差し掛かり、ジープは減速をしながら駆け上がっていく。事前にサーチされた出口の映像は民家の家屋内だった。どうやら大地族は一軒家をハリボテにして地下通路の出入り口を隠していたらしい。
ここまで一切大地族の人影が無いが、土菊理砂の手配によるものなのだろうか。もしくは監視カメラで出入りを管理しているのかも知れない。
限りなく透明に近い薄い水の壁がジープを覆った。チラリと篁朝を見る。篁朝は瞼を閉じていた。敦美達を守ってくれるようなので、ありがたく甘えることにする。
ジープが坂道を登り切って止まった。
終点場所の家は家具どころか壁の無い間取りで面白い光景になっている。
佐由がさっさと降り、黒い壁の中に入っていく。壁紙かのような黒い次元空間が左の壁一面に出現していた。
その佐由の次元空間に篁朝もジープを素早く降りると透を連れて入っていく。
敦美と響華も、目を白黒させる剣と秀寿を促してその中に続いた。
出た先はどこかの家の中だった。ジープが出た場所とは違い、普通に家具が設置されている。
ただし床も家具も埃を被っていた。しばらく誰も住んでいないことが窺える。
既に家の中の部屋の形ぴったりに水の壁が張られていた。床の埃には足を置いても触れられない。
ドゴォンッ!! と凄まじい音が響き渡った。
敦美達がいる建物も振動する。窓の外では遠方の一軒家が吹っ飛んでいる光景が硝子越しに見えた。
「あれはさっきまで僕達がいたところですか!?」
「風族の設置型防御壁――って言っていいのか? 侵入者の空気の振動を察知して一帯が自動的に吹き飛ぶ。地下通路の出入り口はやはり見張られていたな」
「――あれが風族の戦い方……?」
「あんな理知的な力の使い方をする風族は風我尊だけだ。風族という種族は基本的に人の姿をした災害。意思疎通が叶う常人じゃない」
佐由の悪し様な言い方に、敦美と響華は顔を見合わせる。
「うちの師匠はそれなりにまともだったわよ……?」
「――響華、そこは自信持って」
「ああ、藍領地『領王』までやれていた双子の片割れか。あの女も風我尊の影響で常識に適応する異端の風族だったな。
そうだ。俺そっくりの愚図の次元空間に引っ張り込まれないようにしろよ。空気の無い空間に入れられて放置されればだいたい全員死ぬだろ」
ついでのように零された情報に蒼白になる透の隣で、敦美は淡々と呟く。
「――異端……」
「風我尊は風族の特異点だ。どうして従来通りの災害として生まれないのか。これは災害に手を煩わせている場合じゃないという一種の危険信号……? そうだな。俺はこのところ考える――」
独り言になり始めた佐由は、月の紋様を見ながら窓際へと近付く。
篁朝もすっと目を細めて窓の外を見た。
丘の上の桐煌高校上空、1人の男性が浮かんでいる。
「惑星からの警報か悲鳴か――この時代、未来予知の能力者が生まれ過ぎている。だが俺の世界は隆さまも剣も既にいない」
佐由は手を頭上に掲げ、月の紋様に静かに話し掛ける。
「もう俺だけしかいないぞ。どうする『かぐや』……いや、主殿。お前は俺の平行世界の力を封じたまま満足していて平気か……?」
すっと、剣が佐由の隣に立つ。佐由を睨み付けながらも冷静に喋り出した。
「ここから俺達を移動させて欲しい。貴方がたとは離れる。そっちは人質の確保だけが目的。俺達はあいつらの殲滅が目的だ。囮になれる」
佐由は漆黒の瞳をチラリと敦美へと向ける。
敦美は視線を受け止めて頷いた。
「――構わない。けど貴方達だけで倒す気なの?」
「策はある。だから俺達が彼らの前に姿を現すまでは、絶対に動き出すような真似はしないで欲しい。頼む」
剣と秀寿が頭を下げる。次の瞬間には佐由と剣と秀寿の3人は忽然と姿を消していた。
床に落ちた布のような次元空間を敦美は消す。
透が不安げに呟いた。
「電脳族と水族なら雷様次第で何とかなるかもしれませんが……。風族は彼らだけでどうにかなる相手だとは思えません」
「そもそも敦美と私でも無理だと思うわ。要は風我師匠が相手ってことでしょ。敦美、勝てる気する? 私、未だに師匠の竜巻の攻略思いつかないんだけど」
「――〝災害〟って凄くしっくりくる言葉だよね。科学技術が発達しても自然災害には勝てないから」
(輝夜君のお兄さんなら対等以上に戦えそうだけど、輝夜君を助けること以外はしないよね)
動く気配のない篁朝を横目に、敦美はしばしの待機を決める。絶望を宿した表情で「策がある」と言った剣に一抹の不安を感じながらも彼らが動くのを待つことにした。




