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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
第4章 平行世界の簒奪者
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 第9話 御天日凰十『皇帝』の遺失



               ◇◇◇





煌夜こうや、まだ戻っていなかったのか」

たける様」


 御高月みたかつく煌夜こうやが、一陣の風と共に現れたたけるに振り向いた。

 たける御高月みたかつく煌夜こうや輝夜てるやすの傍を素通りし、廊下の曲がり角まで歩いて行く。

 輝夜てるやすは突然現れたたけるに驚き、更にその行動に慌てた。


(ちょっ!? そっちは葦成あししげが……!)


「……」


 たけるは曲がり角で立ち止まる。それから腰に手をやって周りを見渡し、輝夜てるやす達の傍まで戻ってきた。


「気のせいだったようだ」

たける様、疲れてらっしゃるのではないですか? 少しはお休み下さい」


 御高月みたかつく煌夜こうやの労りの言葉に、たけるはおどけるように肩を竦める。取り合う気はないようだ。

 葦成あししげも上手いこと逃げたようで、輝夜てるやすはほっと安堵する。

 たける輝夜てるやすの持つバスケットに視線を向けた。


「それは?」


 と問うと同時に、ぶわっと風が舞い、バスケットの蓋が持ち上がった。

 「ひっ!?」と輝夜てるやすは思わず声を上げる。中の人物への心配が先立って、純粋な驚きの声ではなく、上擦る悲鳴めいていた声を上げた。

 たける御高月みたかつく煌夜こうやはバスケットの中を覗き込み、子犬に目を丸くする。

 子犬は、灰色に黒の縦縞模様が入ったふさふさの尻尾を軽く揺らした。垂れた両耳と大きな酸漿ほおずき色の瞳が愛らしい。


 ――この子犬、実は狼である。しかも小さな獣型けものがたの姿に変化した獣族けものぞくの成人男性だ。名前は獣櫛じゅうくし涼柁りょうたという。


 輝夜てるやすは以前、水族みずぞく本家の屋敷で獣型けものがた涼柁りょうたを見ている。あの時は大型犬より一回り大きい狼の姿だった。あの姿を幼くすると、丁度今の姿になると思われる。


(どうしよう……。この毛並みと垂れ耳と瞳の色で、涼柁りょうたさんだってひと目で分かるよな。涼柁りょうたさんまで人質にされるんじゃないか!?)


 普段の半獣型はんじゅうがた姿の涼柁りょうたを見知っていれば、自然と涼柁りょうたを連想するはずだ。輝夜てるやすのように殴られたり酷い扱いを受けるかもしれない。嫌な想像にバクバクと鼓動が早鐘を打つ。


「わあっ! わあっ!」


 唐突に、明るく華やいだ歓声を御高月みたかつく煌夜こうやが上げた。白練色の瞳をキラキラと輝かせて口元を緩めている。

 その反応に輝夜てるやすは面食らった。


たける様! 犬です! 動物です!!」

「動ぶ……そうだな」

「可愛いです! 実物を初めて拝見しましたっ!」

「――そうだったな。良かったじゃないか」

「はい!!」


(……涼柁りょうたさんだって思ってない?)


 輝夜てるやすはぽかんと口を開けて、間抜けな顔になってしまった。

 御高月みたかつく煌夜こうやは感動に打ち震えながら、おもむろに伸ばした手を空中でふらふらと迷わせている。触りたくて堪らないといった様子だ。

 たけるはそんな御高月みたかつく煌夜こうやに苦笑した。


「あまり妙な動きをしていると噛まれるぞ」

「噛む? 食事の時のようにですか?」

「動物にとって口は立派な武器なんだ。人間だって手を武器として使うだろう」

「それは申し訳ありません」


 御高月みたかつく煌夜こうやは丁寧に涼柁りょうたへ頭を下げ、すっと手を下ろして着物の袖に隠した。

 輝夜てるやすは彼の素直な一挙手一投足に驚いていた。天然――いや、これが本当の意味で物を知らないという状態なのだろうか。輝夜てるやすも大概世間知らずだが、実物の犬を見たことがないほどではない。ましてやロボットでも子犬の甲斐かいが家族の一員だ。

 改めて御高月みたかつく煌夜こうやを見ると、どこかあどけなく幼い雰囲気がある気がした。輝夜てるやすと同じ顔だというのに不思議なもので年下に思える。


「このバスケットと子犬はどこから持ってきたんだ?」

「あ……え、その、保健室に置いてあって」

「見つけて持って来たと?」

「う、は……はい」


 たけるの詰問に、輝夜てるやすは萎縮しながら答える。

 たける涼柁りょうたに手を伸ばすと、遠慮なく首根っこを掴んで持ち上げた。それから、じっと涼柁りょうたの顔を凝視する。

 宙吊りの涼柁りょうたはやはり笑顔で舌を出し、緩く尻尾を振っていた。

 完全に子犬になりきっている仕草に、輝夜てるやすは内心感服する。危機的な状況でこの度胸は見習いたい。


「その瞳の色は獣族けものぞくだろう。獣櫛じゅうくし御大、か……?」


 涼柁りょうたは更に小さな前足をカシカシとたけるの前に伸ばして、かまって欲しそうな仕草をした。

 肉球の足裏を眼前に突きつけられるたけるは、次第に眉間に皺を作っていく。

 たけるがかまってくれないので涼柁りょうたは身もだえして暴れだし、「キャン、キャンッ」と鳴き出した。

 たけるはすっかり毒気を抜かれ、「何を真剣に犬に話し掛けているのだか……」と己に嘆息する。御高月みたかつく煌夜こうやに子犬の抱え方をレクチャーしながら渡した。

 御高月みたかつく煌夜こうやは嬉しそうに目を輝かせ、軽く涼柁りょうたのふさふさな背中を撫でて言葉にならない様子だ。

 それからたけるはバスケットの中身も検分する。空っぽのバスケットを確認した後は、輝夜てるやすに手渡した。




 再び、輝夜てるやすは化学実験室に連行された。たけるに「大人しく座っていてくれ」と言われ、輝夜てるやすは出来るだけ廊下側の隅の椅子に座る。

 輝夜てるやす御高月みたかつく煌夜こうやの腕の中に抱えられた涼柁りょうたが気がかりで、ついそちらばかりを見てしまい、その視線を勘違いされた。


水城みずしろ殿も撫でたいですよね。配慮が足らず、申し訳ありません」

「!? ええっ!?」


 涼柁りょうただと知っている輝夜てるやすにはハードルが高い配慮である。


(いやいやいや! 涼柁りょうたさんに失礼だし! 後で佐由さよしさんも怒りそうだしさ……!!)


 ほとほと困りながら御高月みたかつく煌夜こうやから涼柁りょうたを受け取り、とりあえず目の前の机の上に乗せた。腕の中に抱き抱えるのは精神的な疲労が激し過ぎるのだ。

 涼柁りょうたは机上に座り込んだ後、ベターっと前身も机に密着させてうつぶせの体勢になる。くわっと小さな欠伸もした。

 本物の子犬のような仕草に、本当にこれは涼柁りょうたなのかと輝夜てるやすの方こそ疑ってしまう。


 良かれと思ってか、御高月みたかつく煌夜こうやが家庭科室から平皿を持って来て牛乳をそそぎ、涼柁りょうたの前に置いた。

 思わず驚愕の表情で2度見してしまった輝夜てるやすを誰も責められないと思う。

 涼柁りょうたは尻尾を振って少しずつ小さな舌で牛乳を飲み始めた。

 輝夜てるやすはその姿に色々と諦観する。


(……涼柁りょうたさん……。本当にこの人、肝が据わっているや……。スゴイ)


「どうかしましたか?」

「へ!? あ、えっと牛乳ってそのまま子犬にあげちゃまずかったような気が」

「! そうなのですか!?」

「人が飲む牛乳は、動物には栄養があり過ぎて毒だってどっかで聞いたけど」


 御高月みたかつく煌夜こうやが慌てて平皿を取り上げる。口元の毛についた牛乳のしずくを舌でなめとり、物欲しそうに見上げてくる涼柁りょうたに、御高月みたかつく煌夜こうやは真っ青になった。


「こ、これはもうあげられません……! たける様、どうしましょう!? 飲ませてしまいました!」

「少しぐらいでどうにかなったりしないだろう。落ち着きなさい」

「そ、そうですよね……」


 御高月みたかつく煌夜こうやは胸を撫で下ろし、次いで涼柁りょうたの頭を撫でた。

 輝夜てるやすはこの状況をどうにかしようとして悪いことを口走ってしまったと反省する。いや、犬猫には専用の牛乳を与えなければお腹を壊すのは本当だ。伝えたことは事実だが、この子犬は――いや狼は涼柁りょうたなのでお腹を壊すことはないというだけである。

 不意に、たける涼柁りょうたを見つめながら呟く。


「……すめらぎ殿下……」

たける様?」

「いや、かの方は何が目的で保健室に子犬を置いたのか考えていた。この雉子きぎす領地は、いつからかは知らないが長い間無人だ。校内で時々感じる宙地原族そらちのはらぞくの気配の人物が置いていったのは違いないだろうなと」

「……たける様、本当に良いのですか? 御速海みはやみ佐善さよし『皇帝』陛下にその子細を伝えないままで」

「私達に危害を加える素振りもなく、何より別世界のすめらぎ殿下だ。〝触らぬ宙地原族そらちのはらぞくに祟り無し〟ではないかな」

「でもたける様は御神地みかむちすめらぎ殿下に攻撃をなさっているとおっしゃって……」

煌夜こうや。あれはただの牽制で、こちらに何もしないでくれという懇願だ」


 たけるは肩を竦めて笑みを零す。

 御高月みたかつく煌夜こうやは歯切れ悪く「よく分かりません……」と俯いた。

 たける達はそれから輝夜てるやすに聞こえないように位置を変え、声を潜めて会話を続ける。

 輝夜てるやすには全く2人の会話が聞こえなくなった。


(うわぁ……葦成あししげが校内にいるのはバレてるんだ)


 しかし隠れているのが宙地原族そらちのはらぞくとは気付かれていても、それが葦成あししげだとは全く想定されていないようだ。当然のように御神地みかむちすめらぎと断定している。

 輝夜てるやすは微かに違和感を覚えた。


(もしかしてこの2人、宙地原族そらちのはらぞく葦成あししげ自体を知らない……? 

 葦成あししげは別世界でも皇族に数えられてないのかな。宮廷にもいないなら、別世界の葦成あししげってどこでどう暮らしているんだろ。大地族だいちぞくの一般人? それとも電脳族でんのうぞくとして?

 そもそも電脳族でんのうぞくの種族階級順位って最下位なのかな。そうじゃなきゃ、大地族だいちぞくの人達も葦成あししげ電脳族でんのうぞくの姓なんて名乗らせられないよな……?)


 輝夜てるやすが頭を悩ませている傍で、涼柁りょうたの垂れた左耳がピクリと動き、少しだけ持ち上がる。どうやら涼柁りょうたにはたける達の会話が聞こえているらしい。

 その様子を見て、涼柁りょうたはひょっとしたらたける達の情報を得るために姿を現したんじゃないかとも思ったが、直ぐにその考えは打ち消した。それならこの数日の間に彼らの前に姿を現しているはずである。


(多分、俺が連れて来られたから、……かな。俺のこと心配して傍についていてくれるために出て来てくれたんだ)


 ――嬉しい。何より心強い。


 輝夜てるやすは小声で「ありがとうございます」と涼柁りょうたに感謝を述べる。

 涼柁りょうたは笑顔で尻尾をぶんぶんと勢いよく振り返してくれた。

 輝夜てるやすの頬も自然とほころぶ。のし掛かる不安や緊張が軽くなり、他のことを考える余裕も生まれた。


(……敦美あつみさん、家に行ったら俺がいなくなってびっくりしているだろうな)


 また迷惑を掛けてしまった。心配もしているだろう。


(俺、告白の返事もまだ聞いてないんだった)


 思い出すと恥ずかしい。顔が熱くなる。多分、いや結構確実に色好い返事がもらえたはずだったのだ。なのに間が悪いというか、拍子が悪いというか。

 あい領地の方は今どうなっているのだろう。敦美あつみの責任問題にだけはなっていないよう、願わずにはいられない。


(兄貴は流石に暴れてないかな。最近は大人しいし。というか、いつもぼーっとしてるし。案外俺が家に居ないことにも全然気付いてないかも)


 それはそれで寂しい……としんみりした輝夜てるやすは、篁朝たかときには我が家を水没させてて欲しいなどと、つい身勝手なことを思ってしまった。




               ◇◇◇




 たける輝夜てるやす達から離れた窓際へ御高月みたかつく煌夜こうやを促し、話を切り出した。


「こちらに来てから、すめらぎ殿下の話の度に何か含むところがあるな。どうした?」


 御高月みたかつく煌夜こうやは俯き、ぎゅっと拳を握り込む。


「――私が知る御神地みかむちすめらぎ殿下は、お優しい御方でした」

月族つきぞくには甘い御方だったからな」

「……ですが私は水族みずぞくの出の上、男子です。そんな私と話すために、わざわざ離宮に会いに来て下さっていました」

煌夜こうやは公的な場でのすめらぎ殿下を見たことが無いから、優しいなどと思えるんだ。苛烈で独善的な人物だったよ。煌夜こうやに見せていた顔はただの一面だ」

「……たける様に見せていたその苛烈な顔もまた、御神地みかむちすめらぎ殿下の一面に過ぎないのではないのですか」

「驚いた。随分食い下がるな」


 たけるがふうっと呆れたような溜息を零す。

 御高月みたかつく煌夜こうやは、その溜息に身体を小さく縮こまりながらも話し続けた。


「私は、ここ最近宮廷内であった不幸の詳細を知りませんでした。葬儀で太陽族たいようぞくの侍従の方に知らされ、初めて御神地みかむちすめらぎ殿下が光耀こうよう様に手を掛けられたことになっている事件を知りました」

「『手に掛けられたことになっている』か。そういえば、電拳でんつか煌夜こうやの友人だったな。煌夜こうや佐善さよし『皇帝』陛下が一連の真犯人だと考えているのか?」

「わ、分かりません……! つるぎさ……いえ、電拳でんつか殿の考えは私も知りません。

 私はただ、御大が崖から落ちた事故を目撃した御神地みかむちすめらぎ殿下が、光耀こうよう様と口論となってしまい、光耀こうよう様がその手で御神地みかむちすめらぎ殿下を――そう、自害なされた光耀こうよう様の遺書にあったと聞き及んだだけです。ですが……!」


 御高月みたかつく煌夜こうやは震える声音で、自身がずっと抱えている気持ちを吐露する。


「おかしいのです。御神地みかむちすめらぎ殿下は光耀こうよう様と口論はなさらないはずなんです。……光耀こうよう様を怖がってらっしゃったのですから」


 たけるはピクリと反応し、眉を潜める。


「それは確証がある事実なのか?」

「は、はい。月族つきぞく祭祀さいしを行う神祇官じんぎかん様とは関わりがあるでしょう。それでよく廊下などですれ違うことがございます。御神地みかむちすめらぎ殿下は光耀こうよう様とすれ違うことすら苦手らしく、離宮から光耀こうよう様が去るまで匿って欲しいと私の居室に来たり、東屋あずまやの物陰に隠れてやり過ごしたりなさっていたんです」

「初耳だ。信じられないな、宙地原族そらちのはらぞくだぞ。……確かに、私と佐善さよし殿下が名指しを受けた時も反対はしなかったが、だがあれは御大が反対をしたからで――」


(では御大が反対をしなければ、代わりにすめらぎ殿下が反対をしたのか? ――いや、あの時のすめらぎ殿下にそのような雰囲気はなかった)


 湧いて出た疑念に、たけるは目を眇める。

 普段の御神地みかむちすめらぎであれば、御大に追随して次期『皇帝』候補に異議を唱えるぐらいはしているはずだ。だがあの場での御神地みかむちすめらぎは、沈黙を貫いて俯いていた。

 あの場の御大も、らしくない言動をしていたのではなかったか。通常では御天日みあめひ凰十おうとの意向を尊重し、それに添った形の発言をする人物だったはず。ところがあの時だけは、全く御天日みあめひ凰十おうとの意向を尋ねなかった。


(……崖で口論していたのは御大とすめらぎ殿下か? そうなると、御大を海に突き落としたのは光耀こうようではなく、すめらぎ殿下かもしれないな)


 たけるは敢えてその推理を口に出さない。


「……私自身も佐善さよし殿下が呼び出して3人を殺害したという電拳でんつか達と太陽族たいようぞく側の主張には、多少引っ掛かっている。いくら皇族と言っても、佐善さよし殿下は養子の電脳族でんのうぞく。彼の呼び出しで、あのすめらぎ殿下が灯台まで来るとは思えない」

「私も、そう思います」

「うん。煌夜こうやの言う通り、すめらぎ殿下が何かしらの理由で神祇官の光耀こうようおびえていて、呼び出しの内容が神祇官に関連するものだったら、例え誰の呼び出しだろうと来る可能性はあっただろう」


(呼び出したのも御大か? まさか1ヶ月も経った後になって次期『皇帝』候補についてではないだろう。神祇官が関わるなら次期族長について……しかし事前に宙地原族そらちのはらぞくと話す必要がある種族……? すめらぎ殿下は『皇帝』以外の地位にはわりと無頓着で、誰が族長になろうが対して気にしていなかったように思うが)


 むしろ宙地原族そらちのはらぞくほど、後継者問題に関して無縁の種族はないだろう。創世神話時代からの最初の人類が御神地みかむちすめらぎであり、後継が存在しない、唯一無二の存在だ。


(しかし煌夜こうやの話で、逆に佐善さよし『皇帝』の犯人説が濃厚になった。事故だろうと御大を殺したとなると、すめらぎ殿下が佐善さよし『皇帝』に殺される理由が出てくる。原因を作った神祇官もだ)


 御速海みはやみ佐善さよしが玉座を得る目的で主要人物を殺害するとは思えない。

 リスクしかないのだ。後先も考えず、取る手段ではない。現に、一連の事件のせいで皇族御三家の関係は崩壊している。元の世界に帰って真っ先に起こるのは、太陽族たいようぞく御速海みはやみ佐善さよし側との戦争なのは確実だった。

 太陽族たいようぞくの旗頭は、御速海みはやみ佐善さよしの実妹であり、御天日みあめひ凰十おうとの皇后である電照でんしょう巫倉みくらだ。

 彼女が皇族しか入れない皇帝城内部につるぎ秀寿ひでとしというテロリストを引き連れ、『皇帝』即位式に出席をした。皇后である巫倉みくらの行動は太陽族たいようぞくの総意と思われる。


(彼女をトップに据えるとは太陽族たいようぞくも思い切ったものだ。巫倉みくら皇后の能力は、佐善さよし『皇帝』に対して最大の手札ではあるが)


 つるぎ秀寿ひでとしが、皇帝城に鎮座する原始星石げんしせいせきを爆弾で吹っ飛ばした場面を思い出す。

 破壊された原始星石から放たれた力の爆発を感じた御速海みはやみ佐善さよしは、誰よりも早く次元空間に退避していた。ところがこれを想定していたらしい巫倉みくらは、御速海みはやみ佐善さよしの次元空間を溶かして表に引き摺り出すと同時に、巫倉みくら自身は次元空間に避難したのだ。

 ――だからあの時、御速海みはやみ佐善さよし達の近くにいたはずの巫倉みくらは別世界に飛ばされてはいないと断言出来る。御速海みはやみ佐善さよしはそれを目撃していないから確証が持てず、つるぎ達だけでなく巫倉みくらの存在も警戒していて動きづらいのだろう。


 あの時、月族つきぞく族長の御満月みみつく夜重やえが体調不良で欠席し、彼女の名代として葬儀と『皇帝』即位式に出席していたのがたけるであったのは、月族つきぞく側としては幸いだったと思っている。

 どうせたけるは争いの火種にしかなりえない。そんなたけるでも月族つきぞく族長の身代わりになれたことは僥倖ぎょうこうだった。

 たける自身も月族つきぞくを争いの渦中に置きたくはないのだが、神祇官の次期『皇帝』候補の名指しの過去がそれを許さないのだ。御速海みはやみ佐善さよしとの敵対を選んだ太陽族たいようぞくは、確実にたけるを担ぎ出すだろう。そして月族つきぞく太陽族たいようぞくの要請を拒む力はない。


 不意に、たけるは妙な引っ掛かりを覚えた。

 難しい顔で黙り込んだたけるを、御高月みたかつく煌夜こうやが不安そうに見上げる。

 その視線に気付き、たけるは曖昧に微笑んだ。


煌夜こうや。質問なんだが、先帝の凰十おうと『皇帝』陛下をどのような御方だったと思う?」


 御高月みたかつく煌夜こうやは目を丸くした。


御天日みあめひ凰十おうと『皇帝』陛下ですか。私は行事でご挨拶をするくらいで交流がありませんでしたから……。聖人君子で素晴らしい『皇帝』陛下であられたと、評判も高い御方でした」

「周りの評判は、まぁ、私自身もその通りの人物だったと思う。穏やかで人柄も良く、ただ誰にでも優し過ぎて少々頼りない御方だという印象だったな」

「はい、たける様には特にご配慮をなさっていた気遣いの御方でした」

「何……?」


 たけるは目を見開いて驚いた。

 御高月みたかつく煌夜こうやはきょとんとした顔で目を瞬かせる。


「結婚記念日の祝いの品や、たける様の姉君への時節への贈り物など、月族つきぞくへの配慮は全てたける様に宛てたもので、御満月みみつく夜重やえ族長にはなさらないことをなさっていたと思います」

「そう、だったか……?」

「はい。御満月みみつく夜重やえ族長も御天日みあめひ凰十おうと『皇帝』陛下は素晴らしい慧眼をお持ちの御方だとおっしゃっておりました。施政者として、力や権力を得る配下を味方につけるために贔屓ひいきなさることは、決して悪いことではないのでしょう? 自身にをもたらすためには、事前に利を配っておく必要があるのだと御満月みみつく夜重やえ族長から教わりました。御天日みあめひ凰十おうと『皇帝』陛下は賢帝であらせられたと思います」

「私自身が全く気付かなかったぞ……」

たける様に向けられるような優しい笑顔は、私には向けられることはありませんでした。私は人一倍皇族として劣る出自があるので……恥ずかしながら、人の目を気にし過ぎるきらいがあります。だから些細な表情の違いに気付けたのかもしれません」


 御高月みたかつく煌夜こうやの寂しげな呟きを聞きながら、たけるは考え込む。


煌夜こうやは他に誰に利を配っていたと思った?」

たける様以外にですか。あの、でも私は皇族の方々もほとんど知りませんし……」

「知っている範囲の名前を挙げてくれればいい」

「えっと巫倉みくら皇后様、炎乃えんの族長、水名みずな族長、獣櫛じゅうくし御大、御速海みはやみ佐善さよし……『皇帝』陛下、つる……電拳でんつか殿でしょうか。その方々に気を遣われていたように私には見えました」

「見事に一連の事件に関わった人間ばかりだな。神祇官ではなく、見習いの電拳でんつかの方だったんだな?」

「はい。御神地みかむちすめらぎ殿下とは違って光耀こうよう様にはあまり……。電拳でんつか殿の婚約者は、御天日みあめひ凰十おうと『皇帝』陛下の隠密衆頭領の氷藤ひょうどう様でしたし、その婚約も御天日みあめひ凰十おうと『皇帝』陛下の口添えがあったと電拳でんつか殿から聞きました」


(口添え……。私が太陽族たいようぞくの養子にならずに月族つきぞく族長の夫になれたのも、凰十おうと『皇帝』陛下が賛同して下さったからだった)


 これに対する御天日みあめひ凰十おうとの〝利〟とは何だ。

 彼は亡くなってしまった。これが味方を増やして自身を守るための行動だったならば、御速海みはやみ佐善さよしに裏切られ、その思惑は実らずに失敗している。

 更には、御速海みはやみ佐善さよしの『皇帝』即位の賛否によって泥沼と化した争いにまで発展――……


(――待て。生き残っている人材は、全員〝御速海みはやみ佐善さよしの敵〟に回っているのか!?)


 巫倉みくらつるぎは、復讐のために御速海みはやみ佐善さよしの命を狙い、『皇帝』という地位の対抗馬であるたける自身も、潜在的には御速海みはやみ佐善さよしの敵になる。



 最初に亡くなった涼柁りょうたも、彼を次代の『皇帝』候補とは認めなかった。

 太陽族たいようぞくの近臣であることを誇る火族ひぞく族長も、生きていれば電脳族でんのうぞくの『皇帝』に仕えはしないだろう。

 水族みずぞく水名みずな晴樹はるき族長は、御高月みたかつく煌夜こうやを従者としているたけるを支持していた。

 つるぎに協力している秀寿ひでとしは、御天日みあめひ凰十おうと『皇帝』の隠密衆の1人。



(これが……御天日みあめひ凰十おうと『皇帝』陛下の〝利〟だとおっしゃられるのでしたら、貴方様は死んでから恐ろしくなる御方だ……)


 自らの『皇帝』の地位を盤石に、安定させるためではなく、自身が座らない『皇帝』の地位をいかに配するか、その仕込みのために聖人君子然として生きていたというなら――狂人の所業だ。

 死後の独裁的な権力図を描くことのために人生を費やすなんて正気の沙汰ではない。


 たけるはぞわっと鳥肌が立った。

 御天日みあめひ凰十おうとが黄泉の彼方で微笑を浮かべる姿を幻視し、寒気を覚える。


 御速海みはやみ佐善さよしはこのまま『皇帝』として君臨する未来を掴めないだろう。

 御天日みあめひ凰十おうとが許可しない。――そして死者はもう喋らない。永遠に許可は下りないのだ。


 たけるの許可は、果たして下りているのか――……?



「……少し外の風に当たってくる」

たける様? あの、ご気分でも……?」

「大丈夫だ。……直ぐに戻る」


 血の気の引いた顔色で、たけるは化学準備室を出て行った。

 ゆっくりと冷たい空気の廊下を歩く。


(自分より強者や対等な力の人間を自然と察することもある――……。神祇官に教えられずとも、凰十おうと『皇帝』陛下は、『皇帝』たり得る人間が誰か知っていたのだ……)


 そしてたけるは、御天日みあめひ凰十おうと太陽族たいようぞくの養子にならないことを賛成された。――つまりあの時点で、たける御天日みあめひ凰十おうとに『皇帝』の玉座に近寄ることを許されなかったのだ。御速海みはやみ佐善さよしほど徹底した否定ではないにしろ、玉座への資格は〝たけるの意志を尊重する〟という大義名分の下に消された。

 たけるは別に『皇帝』になりたい気持ちは全くない。

 問題は、生前の御天日みあめひ凰十おうとに、御速海みはやみ佐善さよしと一緒くたにした色眼鏡で見られていたのではないかということだ。


 何故(たける)は、今まで『皇帝』即位式の襲撃を他人事のように考えていたのだろう。実際、共に巻き込まれていたというのにだ。

 つるぎ秀寿ひでとし、そしてこの別世界に来なかった巫倉みくら太陽族たいようぞく達は、たけるの命も狙っていたのではないか――……


 たけるは凍り付く背筋を無理矢理伸ばして歩き続ける。

 これから、否が応でも訪れる破滅の予感にきつく歯をくいしばった。


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