第8話 『皇帝』の殺害を画策する者
「御天日凰十『皇帝』陛下と御神地皇皇女殿下の葬儀の中で戴冠した御速海佐善皇子は、『皇帝』の地位を掠め取った盗っ人でしかない」
秀寿の口から語られた内容は衝撃的なものだった。
「御速海佐善皇子とは、御天日凰十『皇帝』陛下の義弟の電脳族だ。この世界では表立っては皇族がいらっしゃらないようだから、これから話す俺達の世界のことは、貴方がたには縁遠く理解し難いものかもしれない。まして、『皇帝』となった人間の殺害を俺達は企てている」
敦美の視界の端では剣が口角を上げて嗤っている。
しかしどこか引き攣った笑みと小刻みに震える手に、笑顔の下に恐怖を隠しているのではないかと思った。敦美の中で剣への不信感が生まれる。
(この人、本当に悪夢を覆す行動をしているんだろうか)
そこでふっと気付く。『皇帝』の殺害をするには、世界の終焉の悪夢は〝実現させるべきもの〟なのではないかと。
――彼らは自分達の『皇帝』……世界を壊しに。まさしく滅亡をさせに来たのだ。
『藍らふらいふ』アプリのメモの警告文、
《 現在、『藍らふらいふ』は『黄泉オンライン』のウイルス感染により、アプリが起動出来ません。セキュリティ対策をし、ウイルスを除去して下さい。 》
を思い出す。
『除去』とは元の世界に戻らせる意味だけではなく殺害をも示唆していて、だからこそこの秀寿と剣達の星が少なかったのか。
「宮廷には、次期『皇帝』たり得る者を告げる神祇官という地位の御方がいらっしゃる。全ては今世の神祇官の不用意な発言から始まった。公の場で、皇族御三家の血脈ではない御速海佐善皇子と風我尊様を『皇帝』の資質有りと告げられたんだ。太陽族内からはまだ誰も後継として名前を告げていない状態でだった」
〝風我〟の名字に、敦美、響華、透がピクリと肩を揺らして反応する。
敦美と響華の師匠であり、先々代藍領地『領王』風我唯が思い起こされた。彼女は天涯孤独の身の上だが、過去に自殺した双子の弟がいたのは皆が知る事実だ。
『藍らふらいふ』アプリのメモにも《 ★★★★☆ 風我尊 》とあって、あまり唯と関連づけないようにしていたが、次期『皇帝』候補に名前が挙がったと言われると意識せざるを得ない。
「……伯様は同じような立場の味方が欲しかっただけなんですがね」
「電拳、俺はお前ほど光耀様を擁護出来ない。客観的に見て、あの方の発言がこの事態の元凶だよ。いい加減認めるんだ」
剣の呟きに対して、秀寿は真っ向から否定する。
しかし剣はなお「だいたい伯様は視えた可能性を正直に告白しただけなのに……っ」と秀寿の言い分に渋面で反論していた。
秀寿はハアッと苛立ちの籠もった溜息を吐き出す。
「平行線だな。この話はもうよそう。……とにかく名指しされた2名は養子、またはそれに準ずる立場の人間で皇族御三家の出自じゃなかった。到底次期『皇帝』には認められない。その場で神祇官の発言は御大に反対され棄却された」
「――〝御大〟……。獣雲御大ですか?」
「この世界ではまだ獣雲様が御大なのか……! いや、俺達の世界では獣櫛涼柁という御方が御大なんだ」
「あー、今でも克明に思い出せるわぁ。あの御速海佐善の呆然とした顔! ざぁんねんでしたねぇぇっ、義兄よりも慕っていた御大に支持されなくってぇ。ぶった切られてホントざまぁないな!」
感情が凍った瞳でケラケラと嗤う剣を、秀寿は痛々しげに一瞥して続ける。
「……御天日凰十『皇帝』陛下も驚いてらっしゃったな。御速海佐善皇子は御大を兄のように慕っていて、2人は仲が良かったものだから。まさか宙地原族ではなく、御大が真っ先に御速海佐善皇子の次期『皇帝』候補擁立を反対するとは思われなかったようだ。
神祇官も御大の叱責が堪えたようで、以後公の場で次期『皇帝』候補の名指しはしていない。だが名を出された御速海佐善皇子は、その話を流せなかったんだ。
それから宮廷内では、御速海佐善皇子が「何故自分を認めてくれないのか」と御大を問い詰め、声を荒げる姿が目撃された」
流れる誘導灯の光の切れ間に差していた影の色が、秀寿の姿と重なったその時、深くなった気がした。
「……1ヶ月後。宮廷内でくだんの神祇官が首を吊って自殺した。
遺書には〝御大が足を滑らせて崖から落ち、それを御神地皇殿下に見られて御大を殺したと勘違いされてしまい、諍いになった拍子に手に掛けてしまった〟という懺悔が綴られていた。
――そして遺書の内容通り、御神地皇皇女殿下が灯台付近で首を絞められて亡くなっていて、御大の遺体が浜辺に打ち上げられていた」
場は静まり返る。ビュンビュンと飛ばずジープの車体の音がうるさいくらいの音量で耳に届いた。
「続いて、火族の炎乃静流族長が簀子縁で倒れているのが発見される。外傷はなく、胸を押さえて亡くなっていた。医師の検死結果は心臓発作の急逝と思われるとのことだった。
更に数日後、大地族の地原養造族長が御天日凰十『皇帝』陛下に拝謁し、亡くなった御神地皇皇女殿下が転生しないと報告する。丁度、大地族内に臨月の妊婦がいて、従来ならその子供として生まれ変わっているはずが、その赤子はただの大地族だったと半狂乱で訴えた。御神地皇殿下の魂が――宙地原族がこの世界から消失したかもしれないと。
謁見後、かのご老人は庭園の池に浮かんだ状態で発見される。溺死だった。
その後、大地族達は地原養造族長殺害の疑惑と怒りの矛先を水族に向け、同じ日に参内していた水名晴樹族長が怪しいと騒ぐ。長年の仇敵を殺したのだ、と彼らは主張した」
父親の名前を出された透は俯いた。膝の上で両手を組み、動揺を隠すようにぎゅっと力を込める。
「水名晴樹族長も、容疑を晴らす決定的な証言や証人が出て来なかった。宮廷内で1人でいた空白の時間が確かにあって――水名晴樹族長は聡明な御方だった。主と族長を亡くして冷静な状態ではない大地族達と、このままでは戦争に発展しかねないとの危惧から、水名晴樹族長は「疑いがあるなら罰して欲しい」とその首を差し出したんだ。その代わりに水族一族への怒りを収めるという条件を提示し、大地族達はそれを呑んだ。
後日、水名晴樹族長は処刑される。次期水族族長候補の……水名透殿は罪人の息子という形になり跡を継げず、代わりに水族族長を水岐広早が継ぐことになった」
「ご両人どうー? 特に水名透殿は、族長の椅子取られてて不快な話ですよねぇ」
剣はニタニタ嗤いながら、後ろの透と篁朝を振り返る。
ところが剣の想像していた不快げな反応はそこにはなく、透は目を点にして不思議そうにしていて、篁朝も心底どうでもいい他人事を聞かされているかの如く涼しい顔だった。
「な、何で……。ああ、ビックリしすぎたとか!」
「そう、ですね。正直驚いています。僕が通常は族長を継げたらしいくだりで、急に夢物語の作り話をされた気に……」
「ハアァ!?」
剣は盛大に顔を顰めた。
横から響華が「透、もっと強気でいなさいよ」と嘆息する。
敦美は剣を無視して秀寿に話の続きを促した。秀寿は戸惑いながら話を再開する。
「……時間を置かず、御天日凰十『皇帝』陛下までもが崩御された。夕餉に毒が盛られていて、無事だった夕餉の鬼食い役が犯人とされ処刑されている。
空位になった『皇帝』の玉座には、神祇官に唯一名を出されている皇族、御速海佐善皇子が即位することになった。
――だが俺達は、御速海佐善皇子がこの一連の事件の全ての犯人だと確信している。そんな人物を『皇帝』として戴くことを許してはならない。このままでは両陛下と殿下が浮かばれないだろう。
あとは――……そうだな。俺達が別世界に迷い込んだのは、葬儀後に行われた『皇帝』の即位式でのアクシデントが原因だと思う」
秀寿は話は終わったとばかりに息をつく。
それまで沈黙していた篁朝が口を開いた。
「お前達の宮廷での地位と関係は?」
「……何故、地位を持っていると思うんだ」
「さっきから全て見てきたように宮廷の話をしている癖に最後まで話さない気か? 『領王』、つまみ出せ」
秀寿は、無言で動き出す敦美を見てぎょっと目を剥き、慌てて篁朝の質問に答えた。
「電拳は神祇官見習い。俺は御天日凰十『皇帝』陛下直属の隠密衆の1人で、宮廷に居がある立場だ……! 俺は一連の事件の捜査も頭目と共に関わっていた。電拳とは事件の前から親交がある。頭目に彼を紹介されていて――電拳は頭目の婚約者だ」
「御速海佐善『皇帝』を排除したい理由は忠義の弔いじゃなく、その婚約者が理由だろ」
「!!」
「義憤に駆られたなんて白々しい。そっちの電拳も私怨でしか動かない男のはずだ」
「はあ!? 水岐広早!! 水族族長の地位を得るためなら犠牲も厭わないのはお前の方だろ!! プライドの権化みたいなクソ野郎の癖にッ!!」
侮蔑を露わに怒鳴り散らす剣を前に、篁朝は冷淡に断言した。
「馬鹿馬鹿しいな。そんなくだらないもの俺が望むかよ」
「な……?!」
「俺は弟を迎えに行く。邪魔をするなら容赦はしない。少なくともここにいる人間はそれが目的だ」
篁朝に凄まれた剣は息を詰めた。同意を促された敦美と響華と透も頷く。
戸惑う秀寿は、慎重に4人の顔を見渡してぎこちなく尋ねた。
「貴方達は何者だ……? 俺達の見知った顔もいるのに、まるでその知人とは別人みたいだ……」
「秀寿、随分聞くのが遅いんじゃない。最初に尋ねるべきことだったわよ」
響華が不敵な笑みを浮かべる。
秀寿は、自身の名前を親しげに呼ぶ火族とおぼしき少女の態度に、困惑の表情を返した。
「ふーん、私とは知り合いじゃないようね。アンタ達、この中で知人と同じ顔は何人いるわけ?」
「……水岐広早殿と水名透殿、それと電脳族の電照敦美族長は、参内の際に拝見したことはある」
(あれ。機械族の私が、生粋の電脳族ってことになってる……?)
敦美は首を傾げた。どうやら電照家の養子になった向こうの敦美は、頭の中にある設計図の存在を公言しなかったらしい。やはり、敦美が独自に生み出した機械ロボットや機械兵器、防衛システムは向こうでは誕生していないようだ。
ならば、ついでに敦美の弟の仁芸が機械族としては落ちこぼれている気がする。仁芸の設計図は、他人の設計図を基礎にして生まれるという吸収型の特殊仕様なのだ。それも幼少時、敦美が機械ロボットの子犬を共同で作る際に、複製した設計図を譲渡したことで発覚した能力だった。
本来親子の関係でさえ、自身の設計図を見せたり渡したりはしない。幼い頃の敦美以外にそんなことをする人間が他にいるとは思えないので、余計に悲惨な想像が働く。
「そ。秀寿は私だけ知らないのね。じゃあ、ハジメマシテ。私は炎乃響華。藍領地で……そうね、5本の指に入る程度の能力者よ」
「炎乃さん、謙遜も度を超すと嫌味です」
「『九位』からこれでも盛ったつもりだったわ」
響華がふてぶてしく透の苦言を一蹴した。加えてニヤリと口角を上げながら「透ったら、いつの間に私のことをそこまで買ってくれるようになったのかしら」とからかう。
透は瞬間的に顔を真っ赤にすると、眉間に皺を寄せて何度も眼鏡のブリッジを押し上げ「ぐっ……!」と悔しそうに呻いていた。
秀寿はそんな響華達の会話に割って入り疑問をぶつける。
「土菊殿との会話の時から色々と疑問に思ってはいたんだ。貴女が本当に〝炎乃〟姓を持っているのか……? 貴女は炎乃静流族長か、次期族長候補を担う火上家の血縁者なのか?」
「全く遠縁でもないし、赤の他人かしら」
「そ、それで炎乃姓とは一体……?」
「秘密。こっちの世界はこっちでゴタついているってわけ。あとあの土く……く理砂? だったかしら。彼女の言っていた通り、こっちの敦美は、機械族で藍領地のトップだからそのつもりでね」
「――機國敦美だよ。この世界の雷とは、多分貴方のいう頭目と雷の関係と同じじゃないかな。仕事仲間だよ」
秀寿の方は、初めて敦美が機械族だと知ったという顔で驚いていたが、剣の方は特に動揺が見受けられなかった。
続いて透が自己紹介する。
「僕のことはよくご存知のようですが名乗っておきます。水名透と申します。こちらは水城篁朝さん。先ほどから貴方がたが連呼する〝水岐広早〟は、一応9年前に亡くなりました。そして篁朝さんの弟は水城輝夜君です。水族の姓を持つ、月族の御方です」
亡くなったという言い回しに、秀寿と剣はうろんげな目を篁朝に向ける。「月族の弟を持つなら名前が違うだけで、やはり水岐広早じゃないか……?」とヒソヒソと言い合った。
響華は2人の態度に鼻白む。
「はっきり言って、アンタ達の血生臭いゴタゴタにとんでもなく迷惑しているのよね。別世界の人間を誘拐するなんて醜いわ。自分達の世界の人間じゃなければ何やってもいいと思っているわよね」
「……そんなことは」
「嘘ね。アンタ達、自分達の世界にすら帰れなくていいと思っている輩だもの。御速海佐善『皇帝』とやらを殺したら帰る手段が無くなるでしょ。それについてもこっちが言及しなきゃ話もしないつもりのようだし」
「あいつを殺せるなら、どうなっても構わないに決まっているだろォッ……!!」
剣は殺気を孕んだ声で唸る。
「電拳」と秀寿が制止の声を掛けたが、剣は止まらなかった。
「浜辺の御大の遺体は腐敗が無かったんだ。直ぐに海中から引き上げられている。落とした伯様は泳げないのに!
御神地皇殿下は何者かに呼び出されて灯台に居た。あの御方は皇族以外の呼び出しに応じない。なのに『皇帝』陛下も太陽族も月族も誰も呼び出しなんてしていないっ!
首を吊って自殺した伯様の首には別の紐の痣があった。遺書は電脳のメモ帳で第3者でも書ける。
御大を探していた炎乃族長は御速海佐善の東対を訪れた帰りの心臓発作で、地原族長は死ぬ前後に御速海佐善と話している姿が目撃されていたんだ。
目撃者は直ぐに消えた! 御天日凰十『皇帝』陛下に一連の捜査を報告していた彼女も――ああ……!! 許さない何があろうと許さない!! 伯様とのぶちゃんを殺したあいつを!! のうのうと『皇帝』の玉座に座らせてやるものかっ……!! どうせ壊れる世界だ、御速海佐善の玉座を先にぶっ壊してやる!!」
ぶつぶつと一気にまくし立てて喋る剣の横顔は悪鬼のそれだった。彼は両腕で抱え込んでいたバックパックのチャックを開ける。
中から姿を現したのは、大きな白い石。
響華はそれを目に入れた瞬間、顔色を変えた。
敦美は見たことのない不思議な石に魅入る。
(原始月光石……? いや、ちょっと輝きが違う)
「まさかこの石――……!」
少し遅れて、透が顔色を蒼くし、ひゅっと息を呑む。
剣は白い石を嗤いながら撫でて猫なで声を出した。
「『皇帝』即位式でねぇ、ハハっ! そう、俺と雷が乗り込んで御速海佐善の原始星石を壊して強奪してやったんだよぉ。壊した瞬間に石の中のさ、溜め込まれていた平行世界を渡る力が暴発するなんてアクシデントはあったけど、ホント些細な問題! それより御速海佐善の奴、この石が無いと元の世界に戻っても『皇帝』やれないんだぜ! アハハハ! 皇帝城の扉が開けられない『皇帝』って爆笑ものっ!!」
「アンタ達、気が狂ってるんじゃないの……」
青白い顔色の響華は吐き捨てるように呟いた。愕然としながら、ひび割れた原始星石を凝視する。
秀寿はくしゃりと顔を歪めて、乾いた喉を引き攣らせた。
「正気の状態がもう思い出せないよ」
◇◇◇
電牙葦成は廊下を走った。
曲がり角を曲がった先の壁にひっつき、身を潜ませる。遠目にバスケットを手渡されて慌てる輝夜と御高月煌夜の姿がある。
間一髪バスケットを輝夜に手渡せた。安堵しながらも、葦成の背筋を冷や汗がどっと流れる。
(そろそろあの風族の男が来るな。……ギリギリだった)
葦成は細心の注意を払って風族の男から逃げ回っていた。
葦成は自分の姿を認識させない力を使っているのだが、風族の男は葦成の呼吸、ちょっとした空気の揺らぎを感知すると、風の刃を放ってくるのだ。それを這々の体で逃げ出すのである。
百発百中の感知の後に「……気のせいか」と呟かれるたび、葦成の精神が疲弊していく。わざとやっていないかと疑心暗鬼も生じていた。
(あの御神地皇が、風族を太陽族の養子にして皇族にし、更には月族と婚姻させるのを了承するはずだ。なるほど、宙地原族の天敵種族って訳だ。抜け目ない。領地で暴れさせないためになんて綺麗な建前で包んで、よくもその事実を隠したものだ)
対峙せずとも、風族の男を恐ろしいと感じる自分がいる。まさか実体験で宙地原族の知識を深めることになるとは思わなかった。
葦成は創世神話の頃からの膨大な叡智を、御神地皇から継承することはない。歴史の記録者である宙地原族でありながら、真っ白な状態で現在から惑星の歴史の記録をスタートさせているのだ。いくら古文書を読み漁っても追いつかない。そして得られる知識には偏りがあり、知ることが出来ない知識がある。
その1つが、宙地原族の天敵種族の把握だ。
対応が苦手な能力はどんな種族にも存在する。このピンチの状態のここに来て、葦成はそのヒントを漸く掴んだ。
(御神地皇の言動から推察しろってことだな。自分が敵わないと認定した相手は皇族家に入れていた。突然変異種族は苦手か。養子に反対していた電須佐由は――案外、宙地原族の天敵ほどじゃないんだな)
葦成は佐由の存在を脅威に考えてはいたが、佐由に会ったことはない。対面してみないことには判断しづらいな、とまだ彼への評価を保留にすることにした。
ちらりと窓の外を見る。薄らと水の壁が張られていた。葦成は桐煌高校の校舎だけを覆っている防御壁に目を細める。
(……雑魚だな。水城篁朝の力か疑わしいレベルで弱い。警報器としては優秀だろうが、百貨店の時の存在感がまるで無いな)
水の防御壁の主は倒せる。しかし、触るだけで風族の男まで参戦してくる結果が見えてもいた。
おかげで葦成は校舎の中にずっと閉じ込められている。この数日間、学校の備蓄として残されていた非常食で飢えを凌いでいた。ここ最近の食事内容を思い出すと、葦成の目が死ぬ。
(戦闘苦手なんだよな……)
宙地原族は不意打ちや一対一なら強いのだが、多人数戦闘が根本的に駄目だ。太陽族に『皇帝』の玉座を譲って、自分で座らない理由はこれに尽きる。
他種族の族長がズラリと並んだ時、その場の全員を屈服させる強大な力が『皇帝』には必要なのだ。宙地原族にそれは出来ない。
――いや、正確には出来るがやってはならないのだ。地を揺らして地震を起こす。それならば何人だろうと倒すのは容易い。だが、その後に残るのは領土の崩壊。地脈にも潮の流れにも影響を与える。惑星の環境を崩壊しては、惑星の守護者を名乗る宙地原族としては種族の根源に関わる問題となる。
葦成は刑務所でも地震を起こす行為はしなかった。その力さえ使えば簡単に脱獄が出来、辛夷領地の『領王』と戦う必要は無かっただろうが――……
(俺は宙地原族だ。愚かな大地族じゃない)
電脳族の名字を与えられた葦成を侮蔑していた大地族の顔を思い出し、沸き上がる憤怒を静かに呑み下した。
視線の先に、風族の男が現れる。葦成は身を翻した。
先ほどまで自分がいた空間を振り返り、壁が刃の一閃を受けたかのように抉られている惨状に頬を引き攣らせ、この場から素早く走り去った。




