表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
眠る月の皇子  作者: 古波萩子
第4章 平行世界の簒奪者
110/141

 第8話 『皇帝』の殺害を画策する者

御天日みあめひ凰十おうと『皇帝』陛下と御神地みかむちすめらぎ皇女殿下の葬儀の中で戴冠した御速海みはやみ佐善さよし皇子は、『皇帝』の地位をかすめ取った盗っ人でしかない」


 秀寿ひでとしの口から語られた内容は衝撃的なものだった。


御速海みはやみ佐善さよし皇子とは、御天日みあめひ凰十おうと『皇帝』陛下の義弟の電脳族でんのうぞくだ。この世界では表立っては皇族がいらっしゃらないようだから、これから話す俺達の世界のことは、貴方がたには縁遠く理解し難いものかもしれない。まして、『皇帝』となった人間の殺害を俺達は企てている」


 敦美あつみの視界の端ではつるぎが口角を上げて嗤っている。

 しかしどこか引き攣った笑みと小刻みに震える手に、笑顔の下に恐怖を隠しているのではないかと思った。敦美あつみの中でつるぎへの不信感が生まれる。


(この人、本当に悪夢を覆す行動をしているんだろうか)


 そこでふっと気付く。『皇帝』の殺害をするには、世界の終焉の悪夢は〝実現させるべきもの〟なのではないかと。



 ――彼らは自分達の『皇帝』……世界を壊しに。まさしく滅亡をさせに来たのだ。



 『あいらふらいふ』アプリのメモの警告文、

 《 現在、『あいらふらいふ』は『黄泉よもつオンライン』のウイルス感染により、アプリが起動出来ません。セキュリティ対策をし、ウイルスを除去して下さい。 》

 を思い出す。

 『除去』とは元の世界に戻らせる意味だけではなく殺害をも示唆していて、だからこそこの秀寿ひでとしつるぎ達の星が少なかったのか。



「宮廷には、次期『皇帝』たり得る者を告げる神祇官じんぎかんという地位の御方がいらっしゃる。全ては今世の神祇官の不用意な発言から始まった。おおやけの場で、皇族御三家の血脈ではない御速海みはやみ佐善さよし皇子と風我かざわたける様を『皇帝』の資質有りと告げられたんだ。太陽族たいようぞく内からはまだ誰も後継として名前を告げていない状態でだった」


 〝風我かざわ〟の名字に、敦美あつみ響華きょうかとおるがピクリと肩を揺らして反応する。

 敦美あつみ響華きょうかの師匠であり、先々代(あい)領地『領王』風我かざわゆいが思い起こされた。彼女は天涯孤独の身の上だが、過去に自殺した双子の弟がいたのは皆が知る事実だ。

 『あいらふらいふ』アプリのメモにも《 ★★★★☆ 風我尊 》とあって、あまりゆいと関連づけないようにしていたが、次期『皇帝』候補に名前が挙がったと言われると意識せざるを得ない。


「……はく様は同じような立場の味方が欲しかっただけなんですがね」

電拳でんつか、俺はお前ほど光耀こうよう様を擁護出来ない。客観的に見て、あの方の発言がこの事態の元凶だよ。いい加減認めるんだ」


 つるぎの呟きに対して、秀寿ひでとしは真っ向から否定する。

 しかしつるぎはなお「だいたい伯様は視えた可能性を正直に告白しただけなのに……っ」と秀寿ひでとしの言い分に渋面で反論していた。

 秀寿ひでとしはハアッと苛立ちの籠もった溜息を吐き出す。


「平行線だな。この話はもうよそう。……とにかく名指しされた2名は養子、またはそれに準ずる立場の人間で皇族御三家の出自じゃなかった。到底次期『皇帝』には認められない。その場で神祇官じんぎかんの発言は御大おんたいに反対され棄却された」

「――〝御大〟……。獣雲じゅうも御大ですか?」

「この世界ではまだ獣雲じゅうも様が御大なのか……! いや、俺達の世界では獣櫛じゅうくし涼柁りょうたという御方が御大なんだ」

「あー、今でも克明に思い出せるわぁ。あの御速海みはやみ佐善さよしの呆然とした顔! ざぁんねんでしたねぇぇっ、義兄よりも慕っていた御大に支持されなくってぇ。ぶった切られてホントざまぁないな!」


 感情が凍った瞳でケラケラと嗤うつるぎを、秀寿ひでとしは痛々しげに一瞥して続ける。


「……御天日みあめひ凰十おうと『皇帝』陛下も驚いてらっしゃったな。御速海みはやみ佐善さよし皇子は御大を兄のように慕っていて、2人は仲が良かったものだから。まさか宙地原族そらちのはらぞくではなく、御大が真っ先に御速海みはやみ佐善さよし皇子の次期『皇帝』候補擁立を反対するとは思われなかったようだ。

 神祇官も御大の叱責が堪えたようで、以後公の場で次期『皇帝』候補の名指しはしていない。だが名を出された御速海みはやみ佐善さよし皇子は、その話を流せなかったんだ。

 それから宮廷内では、御速海みはやみ佐善さよし皇子が「何故自分を認めてくれないのか」と御大を問い詰め、声を荒げる姿が目撃された」


 流れる誘導灯の光の切れ間に差していた影の色が、秀寿ひでとしの姿と重なったその時、深くなった気がした。


「……1ヶ月後。宮廷内でくだんの神祇官が首をって自殺した。

 遺書には〝御大が足を滑らせて崖から落ち、それを御神地みかむちすめらぎ殿下に見られて御大を殺したと勘違いされてしまい、いさかいになった拍子に手に掛けてしまった〟という懺悔ざんげが綴られていた。

 ――そして遺書の内容通り、御神地みかむちすめらぎ皇女殿下が灯台付近で首を絞められて亡くなっていて、御大の遺体が浜辺に打ち上げられていた」


 場は静まり返る。ビュンビュンと飛ばずジープの車体の音がうるさいくらいの音量で耳に届いた。


「続いて、火族ひぞく炎乃えんの静流しずる族長が簀子すのこえんで倒れているのが発見される。外傷はなく、胸を押さえて亡くなっていた。医師の検死結果は心臓発作の急逝と思われるとのことだった。

 更に数日後、大地族だいちぞく地原ちはら養造ようぞう族長が御天日みあめひ凰十おうと『皇帝』陛下に拝謁し、亡くなった御神地みかむちすめらぎ皇女殿下が転生しないと報告する。丁度、大地族だいちぞく内に臨月の妊婦がいて、従来ならその子供として生まれ変わっているはずが、その赤子はただの大地族だいちぞくだったと半狂乱で訴えた。御神地みかむちすめらぎ殿下の魂が――宙地原族そらちのはらぞくがこの世界から消失したかもしれないと。

 謁見後、かのご老人は庭園の池に浮かんだ状態で発見される。溺死だった。

 その後、大地族だいちぞく達は地原ちはら養造ようぞう族長殺害の疑惑と怒りの矛先を水族みずぞくに向け、同じ日に参内していた水名みずな晴樹はるき族長が怪しいと騒ぐ。長年の仇敵を殺したのだ、と彼らは主張した」


 父親の名前を出されたとおるは俯いた。膝の上で両手を組み、動揺を隠すようにぎゅっと力を込める。


水名みずな晴樹はるき族長も、容疑を晴らす決定的な証言や証人が出て来なかった。宮廷内で1人でいた空白の時間が確かにあって――水名みずな晴樹はるき族長は聡明な御方だった。あるじと族長を亡くして冷静な状態ではない大地族だいちぞく達と、このままでは戦争に発展しかねないとの危惧から、水名みずな晴樹はるき族長は「疑いがあるなら罰して欲しい」とその首を差し出したんだ。その代わりに水族みずぞく一族への怒りを収めるという条件を提示し、大地族だいちぞく達はそれを呑んだ。

 後日、水名みずな晴樹はるき族長は処刑される。次期水族(みずぞく)族長候補の……水名みずなとおる殿は罪人の息子という形になり跡を継げず、代わりに水族みずぞく族長を水岐みずき広早こうさが継ぐことになった」

「ご両人どうー? 特に水名みずなとおる殿は、族長の椅子取られてて不快な話ですよねぇ」


 つるぎはニタニタ嗤いながら、後ろのとおる篁朝たかときを振り返る。

 ところがつるぎの想像していた不快げな反応はそこにはなく、とおるは目を点にして不思議そうにしていて、篁朝たかときも心底どうでもいい他人事を聞かされているかの如く涼しい顔だった。


「な、何で……。ああ、ビックリしすぎたとか!」

「そう、ですね。正直驚いています。僕が通常は族長を継げたらしいくだりで、急に夢物語の作り話をされた気に……」

「ハアァ!?」


 つるぎは盛大に顔をしかめた。

 横から響華きょうかが「とおる、もっと強気でいなさいよ」と嘆息する。

 敦美あつみつるぎを無視して秀寿ひでとしに話の続きを促した。秀寿ひでとしは戸惑いながら話を再開する。


「……時間を置かず、御天日みあめひ凰十おうと『皇帝』陛下までもが崩御された。夕餉ゆうげに毒が盛られていて、無事だった夕餉の鬼食おにくい役が犯人とされ処刑されている。

 空位になった『皇帝』の玉座には、神祇官に唯一名を出されている皇族、御速海みはやみ佐善さよし皇子が即位することになった。

 ――だが俺達は、御速海みはやみ佐善さよし皇子がこの一連の事件の全ての犯人だと確信している。そんな人物を『皇帝』としていただくことを許してはならない。このままでは両陛下と殿下が浮かばれないだろう。

 あとは――……そうだな。俺達が別世界に迷い込んだのは、葬儀後に行われた『皇帝』の即位式でのアクシデントが原因だと思う」


 秀寿ひでとしは話は終わったとばかりに息をつく。

 それまで沈黙していた篁朝たかときが口を開いた。


「お前達の宮廷での地位と関係は?」

「……何故、地位を持っていると思うんだ」

「さっきから全て見てきたように宮廷の話をしている癖に最後まで話さない気か? 『領王』、つまみ出せ」


 秀寿ひでとしは、無言で動き出す敦美あつみを見てぎょっと目を剥き、慌てて篁朝たかときの質問に答えた。


電拳でんつか神祇官じんぎかん見習い。俺は御天日みあめひ凰十おうと『皇帝』陛下直属の隠密衆の1人で、宮廷に居がある立場だ……! 俺は一連の事件の捜査も頭目と共に関わっていた。電拳でんつかとは事件の前から親交がある。頭目に彼を紹介されていて――電拳でんつかは頭目の婚約者だ」


御速海みはやみ佐善さよし『皇帝』を排除したい理由は忠義の弔いじゃなく、その婚約者が理由だろ」

「!!」

「義憤に駆られたなんて白々しい。そっちの電拳でんつかも私怨でしか動かない男のはずだ」

「はあ!? 水岐みずき広早こうさ!! 水族みずぞく族長の地位を得るためなら犠牲もいとわないのはお前の方だろ!! プライドの権化みたいなクソ野郎の癖にッ!!」


 侮蔑を露わに怒鳴り散らすつるぎを前に、篁朝たかときは冷淡に断言した。


「馬鹿馬鹿しいな。そんなくだらないもの俺が望むかよ」

「な……?!」

「俺は弟を迎えに行く。邪魔をするなら容赦はしない。少なくともここにいる人間はそれが目的だ」


 篁朝たかときに凄まれたつるぎは息を詰めた。同意を促された敦美あつみ響華きょうかとおるも頷く。

 戸惑う秀寿ひでとしは、慎重に4人の顔を見渡してぎこちなく尋ねた。


「貴方達は何者だ……? 俺達の見知った顔もいるのに、まるでその知人とは別人みたいだ……」

秀寿ひでとし、随分聞くのが遅いんじゃない。最初に尋ねるべきことだったわよ」


 響華きょうかが不敵な笑みを浮かべる。

 秀寿ひでとしは、自身の名前を親しげに呼ぶ火族ひぞくとおぼしき少女の態度に、困惑の表情を返した。


「ふーん、私とは知り合いじゃないようね。アンタ達、この中で知人と同じ顔は何人いるわけ?」

「……水岐みずき広早こうさ殿と水名みずなとおる殿、それと電脳族でんのうぞく電照でんしょう敦美あつみ族長は、参内の際に拝見したことはある」


(あれ。機械族きかいぞくの私が、生粋の電脳族でんのうぞくってことになってる……?)


 敦美あつみは首を傾げた。どうやら電照でんしょう家の養子になった向こうの敦美あつみは、頭の中にある設計図の存在を公言しなかったらしい。やはり、敦美あつみが独自に生み出した機械ロボットや機械兵器、防衛システムは向こうでは誕生していないようだ。

 ならば、ついでに敦美あつみの弟の仁芸にぎ機械族きかいぞくとしては落ちこぼれている気がする。仁芸にぎの設計図は、他人の設計図を基礎にして生まれるという吸収型の特殊仕様なのだ。それも幼少時、敦美あつみが機械ロボットの子犬を共同で作る際に、複製した設計図を譲渡したことで発覚した能力だった。

 本来親子の関係でさえ、自身の設計図を見せたり渡したりはしない。幼い頃の敦美あつみ以外にそんなことをする人間が他にいるとは思えないので、余計に悲惨な想像が働く。


「そ。秀寿ひでとしは私だけ知らないのね。じゃあ、ハジメマシテ。私は炎乃えんの響華きょうかあい領地で……そうね、5本の指に入る程度の能力者よ」

炎乃えんのさん、謙遜も度を超すと嫌味です」

「『九位』からこれでも盛ったつもりだったわ」


 響華きょうかがふてぶてしくとおるの苦言を一蹴した。加えてニヤリと口角を上げながら「とおるったら、いつの間に私のことをそこまで買ってくれるようになったのかしら」とからかう。

 とおるは瞬間的に顔を真っ赤にすると、眉間に皺を寄せて何度も眼鏡のブリッジを押し上げ「ぐっ……!」と悔しそうにうめいていた。

 秀寿ひでとしはそんな響華きょうか達の会話に割って入り疑問をぶつける。


土菊つちくく殿との会話の時から色々と疑問に思ってはいたんだ。貴女が本当に〝炎乃えんの〟姓を持っているのか……? 貴女は炎乃えんの静流しずる族長か、次期族長候補を担う火上ひかみ家の血縁者なのか?」

「全く遠縁でもないし、赤の他人かしら」

「そ、それで炎乃えんの姓とは一体……?」

「秘密。こっちの世界はこっちでゴタついているってわけ。あとあのつちく……く理砂りさ? だったかしら。彼女の言っていた通り、こっちの敦美あつみは、機械族きかいぞくあい領地のトップだからそのつもりでね」

「――機國きぐに敦美あつみだよ。この世界のあずまとは、多分貴方のいう頭目とあずまの関係と同じじゃないかな。仕事仲間だよ」


 秀寿ひでとしの方は、初めて敦美あつみ機械族きかいぞくだと知ったという顔で驚いていたが、つるぎの方は特に動揺が見受けられなかった。

 続いてとおるが自己紹介する。


「僕のことはよくご存知のようですが名乗っておきます。水名みずなとおると申します。こちらは水城みずしろ篁朝たかときさん。先ほどから貴方がたが連呼する〝水岐みずき広早こうさ〟は、一応9年前に亡くなりました。そして篁朝たかときさんの弟は水城みずしろ輝夜てるやす君です。水族みずぞくの姓を持つ、月族つきぞくの御方です」


 亡くなったという言い回しに、秀寿ひでとしつるぎはうろんげな目を篁朝たかときに向ける。「月族つきぞくの弟を持つなら名前が違うだけで、やはり水岐みずき広早こうさじゃないか……?」とヒソヒソと言い合った。

 響華きょうかは2人の態度に鼻白む。


「はっきり言って、アンタ達の血生臭いゴタゴタにとんでもなく迷惑しているのよね。別世界の人間を誘拐するなんて醜いわ。自分達の世界の人間じゃなければ何やってもいいと思っているわよね」

「……そんなことは」

「嘘ね。アンタ達、自分達の世界にすら帰れなくていいと思っている輩だもの。御速海みはやみ佐善さよし『皇帝』とやらを殺したら帰る手段が無くなるでしょ。それについてもこっちが言及しなきゃ話もしないつもりのようだし」


「あいつを殺せるなら、どうなっても構わないに決まっているだろォッ……!!」


 つるぎは殺気を孕んだ声で唸る。

 「電拳でんつか」と秀寿ひでとしが制止の声を掛けたが、つるぎは止まらなかった。


「浜辺の御大おんたいの遺体は腐敗が無かったんだ。直ぐに海中から引き上げられている。落としたはく様は泳げないのに!

 御神地みかむちすめらぎ殿下は何者かに呼び出されて灯台に居た。あの御方は皇族以外の呼び出しに応じない。なのに『皇帝』陛下も太陽族たいようぞく月族つきぞくも誰も呼び出しなんてしていないっ!

 首を吊って自殺した伯様の首には別の紐の痣があった。遺書は電脳のメモ帳で第3者でも書ける。

 御大を探していた炎乃えんの族長は御速海みはやみ佐善さよし東対ひがしのたいを訪れた帰りの心臓発作で、地原ちはら族長は死ぬ前後に御速海みはやみ佐善さよしと話している姿が目撃されていたんだ。

 目撃者は直ぐに消えた! 御天日みあめひ凰十おうと『皇帝』陛下に一連の捜査を報告していた彼女も――ああ……!! 許さない何があろうと許さない!! 伯様とのぶちゃんを殺したあいつを!! のうのうと『皇帝』の玉座に座らせてやるものかっ……!! どうせ壊れる世界だ、御速海みはやみ佐善さよしの玉座を先にぶっ壊してやる!!」


 ぶつぶつと一気にまくし立てて喋るつるぎの横顔は悪鬼のそれだった。彼は両腕で抱え込んでいたバックパックのチャックを開ける。



 中から姿を現したのは、大きな白い石。



 響華きょうかはそれを目に入れた瞬間、顔色を変えた。

 敦美あつみは見たことのない不思議な石に魅入る。


原始げんし月光石げっこうせき……? いや、ちょっと輝きが違う)


「まさかこの石――……!」


 少し遅れて、とおるが顔色を蒼くし、ひゅっと息を呑む。

 つるぎは白い石を嗤いながら撫でて猫なで声を出した。


「『皇帝』即位式でねぇ、ハハっ! そう、俺とあずまが乗り込んで御速海みはやみ佐善さよし原始げんし星石せいせきを壊して強奪してやったんだよぉ。壊した瞬間に石の中のさ、溜め込まれていた平行世界を渡る力が暴発するなんてアクシデントはあったけど、ホント些細な問題! それより御速海みやはみ佐善さよしの奴、この石が無いと元の世界に戻っても『皇帝』やれないんだぜ! アハハハ! 皇帝城の扉が開けられない『皇帝』って爆笑ものっ!!」


「アンタ達、気が狂ってるんじゃないの……」


 青白い顔色の響華きょうかは吐き捨てるように呟いた。愕然としながら、ひび割れた原始げんし星石せいせきを凝視する。

 秀寿ひでとしはくしゃりと顔を歪めて、乾いた喉を引き攣らせた。


「正気の状態がもう思い出せないよ」






                 ◇◇◇






 電牙でんかび葦成あししげは廊下を走った。

 曲がり角を曲がった先の壁にひっつき、身を潜ませる。遠目にバスケットを手渡されて慌てる輝夜てるやす御高月みたかつく煌夜こうやの姿がある。

 間一髪バスケットを輝夜てるやすに手渡せた。安堵しながらも、葦成あししげの背筋を冷や汗がどっと流れる。


(そろそろあの風族かぜぞくの男が来るな。……ギリギリだった)


 葦成あししげは細心の注意を払って風族かぜぞくの男から逃げ回っていた。

 葦成あししげは自分の姿を認識させない力を使っているのだが、風族かぜぞくの男は葦成あししげの呼吸、ちょっとした空気の揺らぎを感知すると、風のやいばを放ってくるのだ。それをほう(ほう)ていで逃げ出すのである。

 百発百中の感知の後に「……気のせいか」と呟かれるたび、葦成あししげの精神が疲弊していく。わざとやっていないかと疑心暗鬼も生じていた。


(あの御神地みかむちすめらぎが、風族かぜぞく太陽族たいようぞくの養子にして皇族にし、更には月族つきぞくと婚姻させるのを了承するはずだ。なるほど、宙地原族そらちのはらぞくの天敵種族って訳だ。抜け目ない。領地で暴れさせないためになんて綺麗な建前で包んで、よくもその事実を隠したものだ)


 対峙せずとも、風族かぜぞくの男を恐ろしいと感じる自分がいる。まさか実体験で宙地原族そらちのはらぞくの知識を深めることになるとは思わなかった。

 葦成あししげは創世神話の頃からの膨大な叡智を、御神地みかむちすめらぎから継承することはない。歴史の記録者である宙地原族そらちのはらぞくでありながら、真っ白な状態で現在から惑星の歴史の記録をスタートさせているのだ。いくら古文書を読み漁っても追いつかない。そして得られる知識には偏りがあり、知ることが出来ない知識がある。


 その1つが、宙地原族そらちのはらぞくの天敵種族の把握だ。


 対応が苦手な能力はどんな種族にも存在する。このピンチの状態のここに来て、葦成あししげはそのヒントを漸く掴んだ。


御神地みかむちすめらぎの言動から推察しろってことだな。自分が敵わないと認定した相手は皇族家に入れていた。突然変異種族は苦手か。養子に反対していた電須でんす佐由さよしは――案外、宙地原族そらちのはらぞくの天敵ほどじゃないんだな)


 葦成あししげ佐由さよしの存在を脅威に考えてはいたが、佐由さよしに会ったことはない。対面してみないことには判断しづらいな、とまだ彼への評価を保留にすることにした。

 ちらりと窓の外を見る。薄らと水の壁が張られていた。葦成あししげ桐煌きりこう高校の校舎だけを覆っている防御壁に目を細める。


(……雑魚だな。水城みずしろ篁朝たかときの力か疑わしいレベルで弱い。警報器としては優秀だろうが、百貨店の時の存在感がまるで無いな)


 水の防御壁のぬしは倒せる。しかし、触るだけで風族かぜぞくの男まで参戦してくる結果が見えてもいた。

 おかげで葦成あししげは校舎の中にずっと閉じ込められている。この数日間、学校の備蓄として残されていた非常食で飢えをしのいでいた。ここ最近の食事内容を思い出すと、葦成あししげの目が死ぬ。


(戦闘苦手なんだよな……)


 宙地原族そらちのはらぞくは不意打ちや一対一なら強いのだが、多人数戦闘が根本的に駄目だ。太陽族たいようぞくに『皇帝』の玉座を譲って、自分で座らない理由はこれに尽きる。

 他種族の族長がズラリと並んだ時、その場の全員を屈服させる強大な力が『皇帝』には必要なのだ。宙地原族そらちのはらぞくにそれは出来ない。

 ――いや、正確には出来るがやってはならないのだ。地を揺らして地震を起こす。それならば何人だろうと倒すのは容易い。だが、その後に残るのは領土の崩壊。地脈にも潮の流れにも影響を与える。惑星の環境を崩壊しては、惑星の守護者を名乗る宙地原族そらちのはらぞくとしては種族の根源に関わる問題となる。

 葦成あししげは刑務所でも地震を起こす行為はしなかった。その力さえ使えば簡単に脱獄が出来、辛夷こぶし領地の『領王』と戦う必要は無かっただろうが――……


(俺は宙地原族そらちのはらぞくだ。愚かな大地族だいちぞくじゃない)


 電脳族でんのうぞくの名字を与えられた葦成あししげを侮蔑していた大地族だいちぞくの顔を思い出し、沸き上がる憤怒を静かに呑みくだした。


 視線の先に、風族かぜぞくの男が現れる。葦成あししげは身を翻した。

 先ほどまで自分がいた空間を振り返り、壁が刃の一閃を受けたかのようにえぐられている惨状に頬を引き攣らせ、この場から素早く走り去った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ